「旅」カテゴリーアーカイブ

記録魔のメリット

普通の人と比べると違う財産を持っている。

それは、自分で書き残した記録、ブログだ。

自分にしか価値は無いものだが、自分にとっては大切なものだ。

未来のことは分からないけれど、自分が歩んできた過去は明確だ。何かしらの思いや理由があり意思決定をしてきたのだから。そこには、自分という人間の本質というか拠り所というか、自分が大切にしている価値観の痕跡があると思う。もちろん、それが全てではなくて、ヘタレな判断を重ねてきてたかもだし、過去の軸から離れることが、次のステップへ行くきっかけになるかもしれない。

まあ、分かっている過去を見てみる。何かの答えを出しあぐねている時、振り返って、自分の根本的な性格、価値観を見るにはいい。もちろん、自分が好きでないものが何かを、見るうえでも。

何で決断してきたか見てみると、こんな感じなのかな。

惚れた人、かっこいいなと思う人と一緒に何かを一緒にやりたい

複数の仲間とああだこうだと議論しながら何かをやりとげたい

今しかないチャンスを活かしたい

全く知らない世界を自分で体感したい

背伸びしても届かないけど、限界までジャンプすれば届くかもしれないチャレンジに挑みたい

純粋に美しいもの、景色を愛でたい

固定概念でただしいと思われてるけど、おかしなものを正したい

ひとりひとり、そのままのキャラ、個性が当たり前に受け入れられる世界

なんでもやってみないと分からない、やったことを全てやりたい

世界の誰も分かっていないハードプロブレムを解きたい。意識とか宗教とか、生命のありようとか

自分で決めて、動ける、信念に基づいたオーナーシップをもちつつ動くけど、新たな視点も柔軟に受け入れる

ひとり一人が、自由に意見を出して、無駄なしがらみなく、純粋に良いものを選択していける組織風土

人や自然の根本的な原理を究明するような事

でも、自己のダメなところは受け入れて改善する

おごり高ぶらない。

常にだれからも学ばせてもらう姿勢

勝って兜の尾をしめよ

逆に苦手な軸

せっかち、ノロノロしたのが嫌い

頭の回転が遅い人

行動せずに、文句を言う人

自分の価値観を持っていないひと

行くかどうか迷ったら、行くに限る。

旅をするといつもいい出会いがあって、確実に楽しいという法則がある。

でも、行く前から常にワクワクするだけではない。
恐れや不安、お金がかかりすぎるなどのマイナス要素も大きいこともある。
未知なる世界に対する希望と分からないからこその恐怖、これらが織り混ざっている状態。
結果的にこんな状態が一番自分に楽しみをあたえてくれる。

30年ほど生きて様々な経験を重ねてきたが、実際に行動をすると、例外なく面白い。
想像もしなかったことに遭遇し、来て良かった、行動して良かったと思う。

だから、行くかどうか迷ったら、行くに限る。
答えはシンプルなのだ。

旅人はみな、そう思っているから、また旅に出るんだろう。

これは自分を肯定したいだけなのかもしれない。
旅に時間とお金をつかった、自分の意思決定や行動を肯定したいだけなのかもしれない。

でも、心の底から楽しいと思えるならそれでいい。
そう思える。

旅に限らない。
何かをやるかどうか迷った時。
えいやっと飛び込んでみて、後悔したことはない。
その先には、想像を遥かに越える世界が待っている。

迷ったら、飛び込む。
いつになっても、常にこのスタンスで構えていたい。

送信者 Aconcagua&Patagonia

波に乗っている時に、リスクをとる

ダメになってからでは、次の一手が遅すぎる。
ダメになっているときは、すでに周りの環境が悪い。すなわち次の一手も不利な環境で打つ必要が出てくる。

今のタイミングが調子良ければ、まわりの環境や条件も良い。
そんなときに、リスクをとってチャレンジ、一手を打つことが大事だ。

先手先手でいくことが、波に乗り続ける秘訣。
波に乗っていれば、多少失敗しても立ち直りやすいし、そもそも調子が良ければ、1つぐらい失敗しても良いことが補完してくれる。

ただ、今の状態が調子良いと、なかなかリスクが取れないのも人間だ。
調子の良い状態をキープしたいという保身。
個人の中でのイノベーションのジレンマ的なもの。

そこを、えいやっと飛び出す、それが人生を面白くする。

だいたい、リスクだとか、できない理由って、ちょっと価値観とか捉え方が変われば、何の問題でもないって気づくことも多いのだから。

そう思いつつ、人間の思考とは、自分の価値観を打ち破れない生き物であったりするのだ笑

送信者 ドロップ ボックス

自ら終わりを決めること

自分で終わりを決めることは難しい。
最初から明確な終わり(ゴール)があれば、別だ。

100メートル走であれば、100メートル先がゴールだ。
マラソンであれば42キロ先にゴールがある。
頂上を目指す登山であれば、ゴールが明確だ。
試験なども、それをパスすることがゴールだ。

でも、そうじゃないものが生きる根幹であったりする。
ゴールがないもの。

例えば、
絵の最後の一筆をどこで終えるか。
大きな経営の意思決定をいつ行うか。
世界を旅する旅人がいつ旅を終えるか。
料理人が最後の味付けをどこまでするか。

ただ長い時間かけて料理をすれば美味しくなるとも限らず、手早く作るからこそ美味しい料理になることもある。手を込めるということは、時間が経過するということ。それによるプラス面とマイナス面。

もちろん、100メートル走にはゴールがあるが、100メートルの選手をいつ引退するかは自ら決める終わりだ。

その終わりを決めること。
自分で終わりを決めること。

どうやって決断するのか。

論理的や経済合理性などで解がでるもことは簡単だ。答えの出ないものに、いかに答えを出していくかが生きることそのものである。そこに、その人の人間性というか、人間の深みがでるんだと思う。

井伏鱒二は「サヨナラだけが人生だ」と言ったが、さよならをすることにより、人生が積み上がっていく。

そして「大切なことは、出発することだった。」と星野道夫は語った。

逆説的だが、スタートするにも終わりを決めることが重要なんだと思う。終わりを決めなければ、次の始まりはない。

送信者 奄美大島と加計呂麻島

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ただ、終わりを決めるという意思決定も大きいけど、終わりを決めないということも意思決定なのだ。終わりを決めないことによってリスクが高まることやチャンスを失うこともある。もちろん終わりを決めないで良いことがあることも。慣性というか慣れて続けていることも、本来は意思決定なんだという意識を常にもって生きていきた。

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終わりのない最後

移動にかかってしまう時間

旅は移動時間に意味があると思っている。
それは瞬間移動じゃ旅の意味がないということだ。
どうしても移動にかかってしまう時間、それがありがたい。

3年ぐらい前のPTL、昨年のアコンカグア、そして今年の4月にウガンダに行く話が現実味を持ち始めた。

仲間と旅に出る。

事前に準備をして、同じ夢を見て、旅を共にする。

一人旅も楽しいが、そんな仲間との旅が最近は面白い。

ウガンダ人の友だちがいる友だちが、ウガンダへと半ビジネス半遊びで旅に行くというので、乗っからせてもらうことにした。

偶然それが4月ということで、まあ、タイミングが良かった。

ウガンダにどうしても行きたいわけではないのだが、その友達がイケてるな、かっこいいなと昔から思っていたので、瞬間的に行くと決めた。そんな友達と一緒なら面白いに違いない、何か新しい偶然に出会えそう、その直感だ。

PTLに出ることを決めた時もアコンカグアの時も同じだ。結局、人が好きで、イケてる人と旅に行くこと、同じ時間を共有していくことに興味というか価値を感じる人間なのだろう。

大学の2個ぐらい先輩なのだが、大学うんぬん関係なく、なぜだか知り合ってセンスがいいなと思っていた友達。もっと言えば、高校ぐらいの時から、彼のことはネットで知っていた。

彼の会社に遊びに行き、ランチをしながらウガンダの話をした。ウガンダへのトリップについて、背景とか聞くとますますワクワクしてくるし、現地で企てようとしていること、テーマを決めていろいろな人に会うなど、アイディアが膨らんでいく。

何もないものから、徐々にアイディアが湧いてきて、準備を重ねていく、この時間が楽しい。

行くまでの時間

帰るまでの時間

行く前にワクワクして、
現地で現実を見て、想像しない世界に触れ刺激を受け、
帰りに頭を整理する

そう、特に帰りの移動時間は貴重だ。

旅であったことを、色々と振り返りながら、考える。感じたことを考える。

旅で出会った具体的なことを抽象的にとらえ直して、他の日常の日々にあてはめてみる。

そうした、実益面での意味だけじゃなく、旅先で高揚した自分の気持ちを日常にアジャストするための時間。心を冷静に落ち着かせるにも、移動時間はありがたい存在だ。

送信者 三宅島手銛漁

どこでもドアは使わない
http://teratown.com/blog/2011/08/24/ecayeycieie/