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大人はいろいろなことを失っていた

大人はいろいろなことを忘れていく。
忘れていったこと、失ったことすら気づかず、時にそれを成長とすら思っていることもある。

先日、毎年恒例の石打スキーへいった。

そして、いつもの石打ドライブインで焼き肉。

最初にキャベツの千切りがでてきて、むしゃむしゃ食べていた。うまいなーと。すると、ゴーサンとこのかすみちゃんが「辛い」と言って、泣き出したのだ。まだ、キムチとか辛いたれの肉も出てないのに、どうしたんだろうと。

すると、辛さの正体はキャベツのドレッシングだったのだ。おれは、そのからさを全く感じなかった。甘いとすら思っていた。その瞬間、これは鈍さだと思ったのだ。

子供は、繊細な辛さを感じ取っている。そんな能力があったのだ。どんな子供も小さな頃は、辛さとかに対して鋭い味覚を持っていた。大人より厳密に判断できる装置を持ち、それを的確に脳が判断して、辛さを見極めていたのだ。

が、大人になるとその能力は鈍っている。失っていく。子供はすごく精度の高いセンサーを持っている。そして、判別しているのだ。ただ、言葉が不自由で、大人にはうまく伝えれないだけ。

大人は、いろんな味を経験し、うまいだのまずいだの言う。さらに、子供にはこの味は分からないとか、そんな発言も聞く。でも、味覚は子供より劣っているかもしれない。そんな可能性があることは、常に頭の片隅に記憶しておきたい。そう思う。

食の経験を通して食事を楽しむ意味では大人のうんちくも価値を持つこともあるが、子供より味覚は鈍っているんじゃないか、少なくともかすみんより俺の舌は鈍感だと言うことはまちがいない笑

ついでに、大人がすぐスマホを使い出す。無意識のうちに。すると、スマホをこすってるね。大人は。こういわれた。確かに、スマホを使う自分を肯定するために、スマホを触るとか、使うというが、かさみんからしたら、擦ってるのと変わらない。

そんなことを学んだ石打スキー。

LOST WORLD5 4時半に始まる朝。僕らはロライマに向かった。

朝起きるのは決まって4時30分。今日も暗い朝。
ミッチェルという安宿に泊まっていて、すぐ隣がバックパッカーツアーズなので、迎えのジープが来たかをちょこちょこ確認する。比較的時間にはしっかりしている国民だが、もし来なくて宿の鍵がしまったら大変なので、ひとりは宿の中にいて、もう一人が確認する。

5時ちょうどぐらいに4駆が登場した。少し古めのランドクルーザーだ。ガイドの若い兄ちゃんと顔を合わせ、昨日のトラブルになったおばちゃんもきているが、相変わらず我々とは話そうとしない。完全に怒っている笑いらない荷物をタクジさんはエージェントに託し、俺は全てを担いでいくことにした。朝も一悶着あったのち、出発、恒例行事のようだ笑

送信者 ベネズエラ2015-16

暗い中、サンタエレナの町を出発したがすぐに夜が明けた。トレイルヘッドはプエルトオルダスから来た道を50キロほど戻る。トレイルヘッドに入る前に朝食。いつもの揚げパンとカフェ・コン・レチェ、こちらも恒例行事のよう。ガイドの兄ちゃんはここでパンとかを買って山に持って行った。

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通常の登山パーティーは荷物を全部ポーターに持ってもらい、食事もお願いしているからガイドもそれに便乗できるが、俺達は食料もテントも全部自分たちで担ぐ、そのためガイドも自分で荷物を自分で全部持たなければならず、ちょっと不満気。それに6日の行程を4日に短縮して行くので一日に歩く距離が長いのだ。アスファルトの道路を外れトレイルヘッドからロライマへと。この砂利道がすごいのなんのって。地割れがしていて、車が落ちたら死にそうだし。あまりにもデコボコで車が上下にジェットコースターのように揺れる。そこを猛スピードで行くもんだから、冷や汗ダラダラ。

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ただ、雲の隙間からロライマとクケナンテプイが見える。近い。幹線道路から見たテプイとは比べ物にならないぐらい近くに見える。そして、周りは赤茶けた大地だから、こちらの気持ちも高まる。車を止めてもらって、テプイ(テーブルマウンテン)を眺める。ああ、思えば遠くに来たもんだ。ついにここまできたという気持ちがこみ上げてくる。30分ぐらい走っただろうか、小屋がいくつか建つ集落に到着。ここが、登山のゲートであり、ポーターが住んでいる村らしい。僕らは受付でチェックをしてさっそく歩き始める。今朝は曇りがち。

GPSを入れて歩き始める。と、ガイドの兄ちゃんは集落に知り合いがいたらしく会話を始め、おれらに先に行っててと言葉を残して、彼はトモダチとの会話に熱中。まあ、いいかとタクジさんと2人で歩き出す。と、すぐに道が2本に分かれている。けっこう違うルートになっているので、どっちかねーと話しながら、GPSで確認して。ベネズエラはゆるいw商売ッケとサービス精神のなさに逆に感動するぐらいw

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ほぼフラットな道。緩やかなアップダウンを進んでいく。でっかい大地だな。遠くに雲にかかったテプイが見える。テプイの上だけ雲があるのは気候が違うからなのか。不思議だ。見えるテプイはクケナンとロライマの2つ。ロライマのほうが大きいが、クケナンの形も力強くかっこいいのだ。1時間版ほどしたらガイドが追いついた。少し話したが、またすぐに離れて見えなくなった。彼の奥さんもガイドをしていて、すれ違った時に、俺も帰ろうかなと冗談で言ったのが、冗談には聞こえなかったw多くのポーターが荷物をかごに縛り付けて運んでいる。サンダルの人も多い。さすが地元の民。一番驚いたのは靴下がいた事だった笑

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第1キャンプがある。ここで、川を渡渉する。ただ、暑かったので川で水浴び。するとすぐにプイプイと呼ばれるアブみたいなものにたくさん刺された。。。いつの間にか、足が虫刺されだらけに。ちーん。ここを超えると、少し上り坂になってくると同時に、テプイに近づいてきた。そう実感するほど、見上げる位置にやってきた。ただ、遠くから雲にかかっていたとおり、ガスっている。たまに、小雨がパラパラ。でも、本降りになることはなかった。それにしてもDAY1は25キロほど歩く。食料も5日分入っていて、思いザックを背負って。久しぶりに長いな−と感じる。

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草原を登っていく。上から眺めると太陽の光があたり輝く緑の絨毯のように美しい。行動食と水を飲みながら行くが、暑いし重いし、ちょっと疲れてきた。川で水を補充しながら、プイプイに怯えながら、休憩しながら。高度が上がるとやはり景色が美しく、気持ちがいい。長い距離でも景色を楽しめるとその距離を忘れてしまうとは、まさにこのことだ。

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ついに来たなと感じる、ロライマに。こんな遠くにやってきた。南米も3回めだが、本当に遠くまで来たなと久しぶりに実感したように感じる。夕方の4時過ぎ、ベースキャンプに到着。山小屋があるかと思ったら、そうではなくテントのみ。全部で20〜30張りぐらいだっただろうか。ガイドもたくさんいた。川が流れ水が豊富だった。

送信者 ベネズエラ2015-16
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できるだけテプイの眺めがいい場所を探し、テントをそれぞれ貼る、すぐに夕暮れの時間になり空が焼けていく。夕暮れの太陽がテプイをオレンジ色に染め上げていく。勇ましい色と形。絵に描いたような大きな自然が目の前に広がっている。こんな垂直な壁を登っていけるのかと不安になるほどの壁だ。雲もオレンジ色に染められ、1場ごとに変わっていく夕暮れの光景を楽しんでいたら、暗く前に水を汲んでこないとということで、プラティパスを持ってダッシュwすると、大きな岩に立ちロライマを眺める旅人の姿がシルエットで浮かび上がっていた。かっこいいね~。絵になるねー。

送信者 ベネズエラ2015-16
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タクジさんがMSRを持ってきてくれていて、ガソリンをベネズエラでもらったのでそれで湯を沸かす。ゆらゆらと炎が上がる。まずは、コーヒーを入れて、一息つくとこころが休まる。それから、尾西を取り出してお湯を入れて15分ほど待てば夕食完成。2つ食べれるかなと思ったが、1つでお腹がいっぱいになり、翌日の朝ごはんにすることにした。そして、自分のテントに戻ると、すぐに眠りについた。満天の星空は見えなかったが、夜中に起きてテントから外を除くと、雲海とロライマが見えた。

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LOST WORLD4 日本を出て100時間、ついにロライマを遠目に通り過ぎる

時間の長さが、気持ちを高めてくれる。

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まだ暗い。かれこれ、この度がはじまってからずっと4時30分ぐらいから活動している。5つ星だけど、水シャワーのホテルを出ると、すでにジープがきていた。まだ新車と言ってもいいほどきれいで高級なジープだ。7〜8時間ほどかかるので、ラッキーだ。なんといってもシートが良くて心地いいし、2人で貸しきっているので自由なのだ。そして、運転手のおっちゃんも陽気でのりがいい。ノリノリなのは車のBGMもだった。

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真っ暗な街を抜け、すぐに大きな高速道路のような真っ直ぐな道。こういう道を走ると外国に来たなといつも実感する。爆音の陽気な音楽と真っ直ぐな道。東の空が明るくなり、日が昇ってきた。朝焼けはいつ、どこで見ても美しく、爽やかだ。朝ごはんということで、立ち寄り。ベネズエラでお馴染みの揚げパン。中はチーズ。このチーズが塩辛かった。そして、カフェ・コン・レチェ(牛乳入りコーヒー)。草原をひた走る。青空と真っ直ぐな道、こんな道は眠たくなる。

送信者 ベネズエラ2015-16
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と、検問が。降ろされて、ザックの中身も全部チェック。何度も何度も検問があると聞いていたので、これが続くとなるとめんどくさいな−と、ちょっとテンション下がる。ただ、この後も検問所はたくさんあったが、基本は顔パスで、車から降りることもなかった。

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すぐに寝る。と、小さな町から兄ちゃんが乗ってきた。英語が少し話せたので、グランサバンナのことやテプイのこと、国立公園についていろいろと聞いていたら、また彼は降りていった。あまりにも広大な風景で、抜け感が気持ちいい。何度か運転手さんに頼んで止まってもらった。これが、チャーターのメリット。さらに、滝に立ち寄ってくれたり、川に立ち寄ってくれたりと、楽しみながらのドライブ。特に滝は落差もあり、虹も出ていて予想外に観光気分。

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ガソリンが無くなって、ガソリンを入れたがなんと50リットル5ボリバール。すなわち1円以下という驚きのやすさ。石油埋蔵量が世界一と言っても人件費すらでないのになーと不思議に感じた。12時すぎに、サンタエレナに到着。ブラジルとの国境、そしてロライマへの起点となる街だ。といってもロライマのトレイルヘッドを車で通りすぎてサンタエレナに着いたのだがw明日の朝、また50キロほど戻って、ロライマのトレイルヘッドへと向かうのだ。

送信者 ベネズエラ2015-16
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サンタエレナに着くと、プエルトオルダスで会った兄ちゃんの紹介で民家に行ったが本当に民家で泊まれる感じではなく、民家の人もどうしていいのか分からないみたいな状況だったのでホテルを探すことに。2件ほど回ったが、どこも満室と言われ諦めることに。そして、車でグルグル回っている時に登山ガイドを頼んでいたバックパッカーツアーズがあったので、そこでおろしてもらうことに。ついでに、レストランもあったので、パスタとビール。いい人だったので運転手のおっちゃんにもおごって、100ドルを払って別れた。

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バックパッカーツアーズで、明日からのスケジュールを相談する。と、明日の朝5時からは行けないと言い出したり、トイレ用に小さいテントを持って行く必要があるから追加で金を払えといったり、事前のやり取りと違うことばかり。ふざけるなという感じで、デブな店のおばちゃんとバトル。タクジさん交渉しまくり、日本でメールをやり取りしていたドイツ人のグレッグを呼び出して、とりあえずトイレテントは持って行かなくて良くなり、スケジュールも電話でボスと話してまとまった。ただ、ガソリンが無いので闇でガソリンを入れるからということで、2000円以上払うことに。ブラジルからガソリンを入れにきていて、長蛇の列ですぐに入れれないのだ。

まあ、嫌な気持ちのままとなりの安宿500円ぐらいに荷物をおく。ここ、トイレが流れないので1階まで水を汲みに行って流すというなかなか大変な宿だった。腹も減ったのでまちなかに。小さな街だが、カンビオ(両替)がいた。レートは空港よりもかなり悪いレートだった。観光地だからか。パン屋でパンを買ったり、ぶらぶらして宿に。登山で必要な水やパンなどが揃って、荷物をパッキングしなおし、準備完了。

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夕食は中華へ。世界中どこにでも中華があるのは本当にすごいのだ。移動、移動、移動の連続で疲れていたので、明日からの登山に備えて寝ることにした。

LOST WORLD3 空港の住人としてベネズエラを眺めた日

朝の4時30分にホテルを出る。もちろん外は真っ暗で、人通りは皆無と言っていい。ホテルの前に一台のタクシーが止まり、僕らは乗り込んだ。昨日どきどきしながら空港からカラカス市街へ向かった道を戻り、空港へと向かう。高速道路のような道路から見た街の明かりは綺麗で、空には月が輝いていた。

送信者 ベネズエラ2015-16
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空港につくと、ほとんど人はいなかったが、一部の航空会社のカウンターには人が並んでいた。片言のスペイン語でヒアリングを繰り返す。朝8時にプエルトオルダス行きの飛行機がconviasaから出ているとか、asercaからは何時とか、aeropostalからは何時とか。みんなの言うことも違うし、電光掲示板の情報も場所によって異なる。まさか、空港の電光掲示板が間違っているとは思わなかったが、結果的に間違っていたのだ。

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最も正しかったのは、多くの人が並んでいるカウンターの航空会社からは飛行機が出るということだった。クリスマスで、昨日のバス同様に完全停止している航空会社や間引き運行をしている航空会社がほとんどで、大いに悩まされた。いろいろな列に並んでは、空席はないと言われ、また別の列に並びということを繰り返す。ぼくらと同様にキャンセル待ちをする人も多くいた。ベネズエラ出身で今はカナダに住んでいる親子やおかまちゃん3人組は行き先もプエルトオルダスと一緒で、いろいろな列で時間をともにした。空港に一日いると、いろいろな人、人間模様が見れた。

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なんでこんなことを朝からしていたかといえば、17時30分のカラカス発、プエルトオルダス行きのrutaca航空のチケットは持っていた。しかし、到着が18時30分になり、そのまま夜行バスでサンタエレナに向かうのが難しいかもしれない。そうすると1日無駄にする。だから、少しでも早くプエルトオルダスへ行き、そのままサンタエレナに行きたかったのだ。あとは、新しい街に暗くなってから到着するのもリスクが有るという理由。まあ、それらの背景にはrutacaの航空券が往復で1500円以下ととても安いので捨ててもいいやという気持ちが大きかったのもある。

空港に8時間も9時間もいると疲れてくる。地べたに座り込んで、行き交う人を見ている。ほとんど観光客はいない、西洋人の5,6人グループがサーフボードを持って来ていたが、それ以外は10人も観光客を見なかったと思う。だいたいは、クリスマスで地元に戻るベネズエラ人だった。町中にいる人よりはお金持ちな気がしたが、飛行機のチケットはとても安いので、誰でも気楽に乗っている感じだった。そして、おかまちゃんがけっこういて、とてもオープンなところは日本より進んでいる感じがした。

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時おり、客引きが僕らに声をかけてくる。しかし、みんなカウンターで交渉しても討ち死にしていた。が、13時過ぎになっておかまちゃん3人が14時の便を取れたという。すると、客引きもチケットを取れるとアピール。僕らは、もう7時間以上粘って無理だったので、半ば諦めていた。取れるなら取ってくれと。すると、取れたっぽい。マジカ?ということで、買ってくれた人に1人10ドルを払う。しかし、出発まで30分しかない。急いで、ザックをビニールでプラスティファイ(ぐるぐる巻き)にして、荷物を預け、セキュリティーチェックへと向かった。紹介した客引きに2人で10ドル渡して、飛行機にかけ乗った。こんな事もあるもんだと、驚き、そして恐怖のカラカスを脱出できたことに安堵の気持ちだった。

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青い空と赤茶けた大地。1時間弱でプエルトオルダスに到着。上空から見ると、大きな工場がたくさんある街だった。空港につくとカラカスよりも賑わっていて、観光客もちょくちょくいた。やはり、ロライマの起点となる町だ。ここからサンタエレナへ行くバスやツアーが無いか聞いたが結局クリスマスでダメだった。おかまちゃんの1人がバスターミナルに行くというので、一緒にタクシーで向かう。しかし、ここのバスターミナルもほぼクローズ状態でバスがいない。活気ゼロ。。。タクシーの運ちゃんが何人かいて交渉したが、タクシーに乗ったら高い値段をふっかけてきて止めることにした。ガソリンが無いから明日のほうが良いよと、ヒゲモジャの若い兄ちゃんが話しかけてきて、彼は英語も話せたので助かった。そして、彼女が迎えに来るから、ホテルまで連れて行ってあげるよと。オリノコ川が見えるベンチュールオリノコホテルへと。バスターミナルからは10分ほど。その間は幹線道路があり、マクドナルドやサブウェイなど日本の田舎にあるようなファーストフードの路面店があった。

送信者 ベネズエラ2015-16
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彼の友達に相談すれば100ドルでサンタエレナへ行ってくれるという。まあ悪そうな人じゃないし、ホテルに5時に迎えに来てもらえるように頼んだ。ベンチュールホテルに到着すると、いかにも豪華な感じ。街の中心から離れ、ホテルまでのアプローチも長い。5つ星ホテルに泊まることに興味はない2人だが今日も疲れたし、日本円にしたら2000円程度だったので泊まることにした。それにしても2万ボリバールとなると200枚以上の札を渡すことになる。なんともすごい話だ。

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部屋にチェックインすると、川が見えた。オリノコ川だと思ったが、カロニー川で少し奥がオリノコ川だったらしい。ラ・リョビスナの滝が遠くに見える。この眺めはいい。一気にこのホテルが気に入った。夕日の時間とも重なり、外へ行く。川沿いに降りて夕日を眺める。ああ、空が広い。赤く染まった夕焼け空が美しい。川に足をつけたりしていたら、すぐに日は落ちた。ビールで、ここまで来たことに乾杯。そして、ホテルのレストランでバイキング。まあ、正直そんなに美味しいわけではなかったが、ゆっくり食事をすることができた。他のお客さんは家族旅行が多かった気がする。
ベネズエラに来てからどこのホテルもwifiが使えるので、スマホでネットを使う。ふと思う。キューバより便利だ。キューバはネットがほぼ使えなかった。何を基準に豊かというのかは難しいが、ネットが使えるということはやはり便利だ。それは、情報というものがいかに大切かということだ。旅のためには情報が必要だ。正しい情報があれば、正しい行動ができて、効率的にもなる。そして、ネットが使えるということはコミュニケーションができるということで、その心理的充足感もおおきい。そうすると、キューバよりベネズエラの方が豊かなのだろうか。いや、物資という意味ではベネズエラよりキューバが豊かな面も大いにある。豊かさとはwifi?コミュニケーション?正しい情報を得られ正しい判断ができること?それとも食事?ホテルの豪華さ?教育水準?なんであろうか。

送信者 ベネズエラ2015-16
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そんなことを思いながら、夜を過ごした。部屋のシャワーがまさか水しか出ず、おいおい5つ星ホテルw。さらに、トイレの水が流れない。ということで、部屋を変えてもらって、寝ることにした。明日の朝も速い。毎日5時までには動くという元気な日々をベネズエラで過ごしている。

LOST WORLD 2 うまくいかない旅の始まり

NYからカラカスへ。飛行機から南米の大地が見える。青い空と赤茶けた大地が南米の記憶を呼び覚ます。2年ぶり3回目の南米大陸に到着した。カラカスの空港の周りは殺風景で、赤茶けた大地が広がっていた。カラカスの中心地から少し離れたところにある空港だったからだ。

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まず空港につくと、飛行機を探す。翌日の夕方のプエルトオルダス行きの飛行機チケットは持っていたが、できればすぐに移動したかった。カラカスの治安が悪いという話があったからというのと、年に入るよりも山にいる時間を長くしたいという思いがあったから。

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まずは、無事にバックパックをピックアップして、入国する。ただ、空港についても観光客は少なそうで、明らかに観光客っぽい僕らにも客引きが声をかけまくってくるというほどではなかった。とは言え、空港も治安が悪くて危険レベル2と外務省の安全情報がなっていたので気を使う。新しい国についた瞬間は、感覚がつかめないから慎重になる。

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旅行会社や航空会社のカウンターで聞いたが、プエルトオルダス行きのチケットはなかったし、ツアーもなかった。というか、ほとんどのカウンターが閉じていた。クリスマスだからだった。のちのち分かるが、クリスマス前後の3日間は、ほぼすべてがストップする国だった。話しかけてきたポーターのおっちゃんや警備員と話して、国内線のターミナルへ移動。結局飛行機はなく、両替することに。

まずは1ドルを700ボリバールで、100ドル分。闇両替なので、公定レートり3倍以上よいのだ。100ボリバール紙幣が最高紙幣なので、100枚の束を7冊もらう。かばんに束ごと突っ込まれる。これは、すごい感覚だ。枚数を数えないと不安だが、お金を数えているのを見られるのも危険だ。こういった時、2人いると見張りと数える役割分担ができていい。もう少しキャッシュがほしいので、追加で100ドルを両替することにした。

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そして、カラカスの町へ。タクシーに乗って30分ぐらい7000ボリバール。タクシーも密室なのでドキドキするが、けっこうな年齢のおっさんなのでリスクは低そうだ。さあ、ここがカラカス。貧しいとか物資が少ないという話だったが、スラム街はあるものの、新しい車もちょくちょく走っているし、大きな看板もあるし、そこまで悲惨な状態には感じなかった。

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ラバンデラのバスターミナルは危険地域にあるということで、フラミンゴという会社のバスターミナルにタクシーで連れて行ってもらった。スマホの地図&GPSを見れば自分がどこにいるか分かる。なんとも旅の仕方が変化した。バスターミナルにつくと、静まり返っている。車も人もいない。普通のバスターミナルとは違うと思ったら、クリスマスの3日間は完全に営業しないらしい・・・長距離バスで、そんなことってあるんだと、タクジさんと驚く。これで、今日中のプエルトオルダスへの移動は不可能になった。

アルタミラ地区が大使館があったり安全というので、ラフローレスタという宿にタクシーで送ってもらった。鉄格子で囲われたホテル。というか、どこの家も鉄格子があることにちょっとビビる。ベルもなくて、窓ガラスをどんどん叩く。すると、今日は満室だという。タクシーも行ってしまった。うーん、急ぎ足で近くのアルタミラというホテルへ向かった。ドキドキする。ザックがでかくて観光客とまるわかり。こちらも鉄格子。部屋が開いていて、部屋も綺麗だったので泊まることに。ふーっ。一安心。

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荷物をおろして、サンケイトラベルというツアー会社探しと夕食を食べに。明るいうちに済ましておきたかったのだ。身軽になって街へ出る。おのずと急ぎ足に夏。プラザフランシアを横切るとファミリーやカップルが公園でのんびりしている。決して危ない危険には感じない。街行く人も危なそうではないし、薄着で銃を持っているようにも見えない。本当に世界一危険というほどなのかと疑問になるが、油断禁物。結局ツアー会社は見つからず、ケバブ屋で夕食を食べる。量は少なかったが、うまかった。薄暗くなったので、早々に宿に戻ると、宿の前に差し掛かった時に「パッーン」という銃声のような音がして、鉄格子の中の宿へと駆け込んだ。銃声だったのか、爆竹だったのかは不明なママ。後からわかったが、この国は花火や爆竹をよく鳴らすので、おそらく爆竹だったと思う。

翌日の朝イチで、空港に行き飛行機チケットのキャンセル待ちをしたかったのでフロントで翌朝のタクシーを頼み、シャワーを浴びてすぐに眠りについた。クリスマスの時期に旅することが多い。クリスマスと年末年始を合わせると長くなるからという理由なのだが、この国はクリスマスに一斉に休むので旅がしづらいことに徐々に気が付き始めた。さて、明日の朝は飛行機のキャンセル待ちをゲットできるのだろうか?!