「ビジネス」カテゴリーアーカイブ

自分に起こる問題の原因と解決策を知っている人

肉体的問題、精神的問題がどんな人にも起こる。

毎回同じ理由とは限らないけれど、自分の思考パターンや行動パターンから頻繁に起こる問題が誰にもある。
肩こり、からだのだるさ、眠け、むくみ、やる気のなさ、キレることなど。

その原因と解決策を知っている人、さらには未然に防ぐ方法を知り、事前に対策が打てたり、問題になりにくいよう何らかの策を習慣化できると強い。
自分を客観的に捉えて、物事を判断できたり、行動できる人の証だと思う。

問題だけでなく、自分の好きなことを知っている人も同じ。
好きなことを知っていると言うとちょっとつまらない感じがするが、自分の好きなことがハッキリとある人。

好きなことがあると、明らかに人生が彩り豊かなものになると思う。

送信者 岐阜

< a=href"http://teratown.com/blog/2010/09/24/yeece/">好きなことがある幸せ

ナンセンスなことを言うときはナンセンスだと言う明確な意識を持って

ナンセンスなことを言うときは、最低限ナンセンスなことを言っているという明確な意識を持って伝えるべきだ。

センスとは自分の感覚だ。だから偏りは必ずあるし、それでいい。

ただ、偏りすぎていても問題なのも事実。周りのセンスの良いと感じる人と照らし合わせながら、見習いながら、自分のセンスを核にして磨いていく必要がある。

ただ、一人で生きている訳ではないから、ナンセンスなことにぶち当たることもよくある。基本的には、ナンセンスなことを言う人や組織に、なぜナンセンスかを明確に説明する必要があって、センスのある方向に正すべきである。もしくは、自分がセンスの良いと思っていたこたが、実はナンセンスだと分かるまで、お互いの理解を擦り合わせるべきである。

しかし、組織の原理だったり、今までのナンセンスな習慣にどっぷり浸かった人たちは、それがいかにナンセンスか本当に分からなくなっている。それに対抗するのはなかなか困難だ。こうしたときに、どうしてもナンセンスな方向に歩みを進めなければならないこともある。そんなときは、自分がいかにナンセンスなことをしているか、具体的に何がダメでどうしたらいいか、ハッキリと意識した上でナンセンスなことをするべきだ。

そうしないと、いつのまにか自分も組織のナンセンスな習慣が染み付いて、おかしな感覚になる。これがどんどん広まっていけば、組織は崩壊する。ささやかな抵抗だが、感覚を麻痺させないためにも、ナンセンスなことをしなければならないときは、ナンセンスなことをしている、いけてないと明確に意識し続けるべきだ。

例えば、目標というものは、人を頑張らせるためのツールで、それを達成させるための指標だ。達成すれば、任務完了だ。しかし、個人が達成しても、周りが達成しなくて、その分を達成した人に目標を安易に上乗せすることがある。

組織の原理からすれば、選択肢としてありだ。ただ、個人からすればおかしさがある。達成すれば終わりという約束の目標を達成したのに、達成したらまた上乗せで降ってくる。いったい、最初の約束はなんだったのか。

もちろんお互い様だから助け合おうという気持ちもあるだろうし、同じ組織の仲間だからというのはある。だから、ただ単に上乗せしたりせず、明確な共感を伴う理解をした上でやるべき何だと思う。そして、目標をクリアした人が、将来的にも不利にならないような工夫をして。

送信者 いろいろ

太り気味だと気づいた時でも、体重計に乗れるか

近頃は太り気味だなということは、誰にもある。
薄々そんな状態に気づいた時、体重計に乗れるか。

太りたくないという気持がないので、気にすることなく体重計に乗れる人
太りたくないという気持があって、しぶしぶ体重計に乗る人
太りたくないという気持があって、今は見ないでおきたいから体重計に乗らない人

こんなパターンがあると思う。
どーでもいいことなのだが、これは人の性格が読み取れる行為だと思う。

これが意味するところは、マイナスな現状になった時でも、現実を直視できるかということを表している。
良くない状態になった時に、現実を見ようとせず、逃げる性格なのか、
悪いと知っていても、それを客観的に捉えようとする性格なのか。

客観的に捉えて、解決策を見いだしていく。
そして、嫌でも毎日体重計に乗ってモニタリングして、解決策の効果を見ていく。

これは、日常生活の体重の話しだけれど、ビジネスの世界の方でより重要な気がする。

悪いところに目を向ける。
その状態を具体的な事象(数値)として冷静に見て、対策を行っていく。

ついつい俺も悪いこと、嫌なこと、めんどくさいこと、失敗していることから目を反らしたくなる。後回しにしたくなる。
嫌だなと思うってことは、その対象が大切なことであったり、重要だと自分が認識している証。それがうまくいっていないから嫌だなと思う。
どうでもいいことだったら、嫌だなとか、まずいなーって思わない。

でも、悪いところにこそ目を向けるべきなのだ。
速い段階でしっかりと目を向けて、向き合っていれば大きな問題にならないのに、目を背けていたせいで大問題なんてことも。
常に嫌なことから目をそらさない。長期的に見てそれが結果的に一番無駄もなくベストな方法なのだから。

自戒の念を込めて。

送信者 小笠原

未来の自分への手紙

なぜブログをこんなにも書くのか。

それは、未来の自分への手紙。

今考えていること、今感じていること。
その時しか沸き上がらない自分を記録しておく。
将来、自分がこう変わったのかと分かって、自分の人生を振り返り、それからの未来を思い描ける。

未来は分からないけれど、自分が歩んできた時間、経験は事実であり、自らの意思決定の結晶だ。
そこには、自分自身というものが詰まっている。
未来に迷った時は、変わることのない過去に立ち返ると何かが見えてくるはず。
過去は解釈次第で、いくらでも変えられるということも含めて。

また、違う意味での未来の自分への手紙でもある。
今はゆとりがあって考えられる発想。
追いつめられたら、考えられなくなりそうなこと。

そんなピンチな時に、自分をハッとさせてくれるような一歩引いた目線で捉えられる考え方、価値観などを書き残しておく。
すると、未来の自分が見て、それに助けられるかもしれない。

送信者 ALASKA 2009

今はこう思っているけれど、忙しくて追い込まれた時に、こういう発想があることを忘れないために。
これから訪れる、いつかの自分へのメモ。

自然体でありながら、結果を出す思考フロー

出来る限り自然体で、無理をせず、出来る限りの効果を上げる思考方法と行動パターンを考えてみた。

大前提として、肩肘張ると疲れる。長続きしない。結果として、最大の成果は生まれない。周りからも肩肘張っていると、近寄りがたかったり、親近感を持ってもらえず、協力してもらえない。自分視点でも周りからの視点でも、メリットがないと思う。

やはり自然体でいる方が、自分としてもストレスはないし、楽しめる。周りからも、この人は取り繕ってないし、信頼できると思われるだろう。

そこで、自然体でありながら、結果を出す思考フローと行動について考えた。基本は自分が大学生の時からやっていることの延長なのだが、それを少しブラッシュアップした感じ。

(こんな風に大学時代に考えたことが、今も残っていて、すぐに検索できて引っ張りだせるのもスゴいもんだ。記録しておくことの大切さ、ネットのスゴさを改めて感じる。)

このビジネスモデルは儲かるか。
どういった戦略にするべきか。
この人物は採用すべきか。
どういった組織にするべきか。
etc

などなどについて、考え行動する場合に使えると思う。
ビジネス以外でも、趣味とか日々の生活などプライベートでもこの方法が俺には合っている。

ざっくり言うと、以下の4つの流れだ。
1.直感→2.論理的思考→3.総合判断→4.行動

細かく分けると、こんな感じ。

1.直感
 感じる
 記録する
 忘れる

まずはまっ白な状態で直感で感じたままの印象を大切にする。そして、その感覚を忘れないうちに記録しておく。最初の印象は後から思い出そうとしても、正しくは思い出せない。その後に考えたことや他人の評価などのバイアスが入ってします。だから、最初の段階でしっかり記録することが大切。俺がこのブログしかり記録魔であるのは、この理由から。そして、記録したら綺麗サッパリ忘れる。ここで忘れないと、次の過程である論理的思考をする際の妨げになる。直感が思考のバイアスになってはいけない。

*最初に論理的に考えてから忘れて、直感で感じるという流れはNG。一回、論理的に考えた後だと直感に影響を与えて、冴えた直感ではなくなるから。

2.論理的思考
 調べる
 考える
 評価する
 忘れる

次に考える。出来るだけ客観的に、フラットな視点で捉えて考える。そのためには、肯定的な視点からも、否定的な視点からも調べる。時間やお金などの制約の中で出来る限りのことを調べる。その調査データをもとに考えていく。そうしてまとめ上げたものを、どこが良いのか何が悪いのか。どの程度良いのか、どの程度悪いのか、どういった対応がいいのか。可能な限り定量的に表し、評価する。そして、また忘れる。

*この過程で出てきた成果物は周りに説明する際に利用できる。カリスマな人物か、自分で完結できること意外は、誰かに説明が必要なので、説明の際はこの過程を話せばOK。

3.総合判断
 決断する
 忘れる

直感で出た結論と論理的に考えた結論を踏まえた上で、総合的に判断する。あまり直感や論理的な結論を意識せず、直感的に判断していい。これが最終的な判断となる。脳の研究で自分が論理的に考えているという認識の時よりも、抽象的に感じながら判断している時の方が、脳の血流量が多いという論文もある。これからも分かるように、無意識のうちに脳が処理している情報量は厖大なのだ。そこを信じて、最後も直感で最終判断を下す。

4.行動
 自然体で行動する

最終的な判断を下したが、それに振り回されすぎてはいけない。レールに敷かれて、その通りやっても現実社会では上手くいかない。だから、最終判断も基本的には忘れる。忘れても自分の中には残っている。一度感じたこと、考えたことは、自分の脳には堆積している。その堆積したものに影響を受けて行動するので、忘れてもたいして心配はない。自分の思い描いた世界に近づいていく。それも、杓子定規にならず、その時々の状況に合わせて臨機応変に。

論理と直感
http://www.teratown.com/blog/archives/001640.html

送信者 八丈島2012GW