「ビジネス」カテゴリーアーカイブ

他人は自分じゃない

他人は自分じゃない。

経験してきたことも違う。
考えているレベルも違う。
価値観も違う。
立場も違う。
とかとか、人それぞれ違うことだらけ。

しかし、他人を自分と同じ目線で見てしまう。
相手の状況を踏まえて考えたり、話しをしようと思っても、ついつい自分目線になる。
極論言ってしまうと、自分しか経験していないし、自分の脳を通してしかみれないからしかたない。

例えば、俺は出来ているんだからとか、それぐらいできるとか。感情で捉える人に、論理的に説明してしまうとか。でも、その視点で話したところで、相手の心に刺さらなかったら意味がない。

出来る限り、その自分ありきの視点を排除できるようになりたい。
それには、どうすればいいのだろうか。

自分が、自分が、俺なら、という自我をできるだけ排除して、俳優や女優並みに与えられた脚本の人の気持を理解してなりきることなんだろう。
そうして、その人になりきって、その人のステージに合わせて、その人に刺さりそうなことを言う。

自分の考え方的に嫌いなことであっても、俳優として縁起の一環として伝える。

そんなことが、出来るようになったらいいなと思う。一方で、こんなことばかりしていると、自分自身の本当の気持がなくなってしまうリスクもある。そんなリスクも踏まえつつ、少しは演技できるようになることが、今は必要なんだろうな。

送信者 いろいろ

振り返ると、色々な経験をさせてもらっている人生だと思う

過去の自分のブログを引用しようとした。
書いたことの概要は覚えていたが、キーワードで検索しても見つからない。
そこで、1記事ずつ順番に見ながら遡っていった。

全て自分の書いた文章だし、自分が考えていたことだし、自分が感じてきたことだし、自分が経験してきたことだ。

それにも関わらず、すこし他人事のように、色々な経験をしているなと思った。
言い方を変えれば、色々な経験をさせてもらっている人生だと思う。
さまざまなことを経験している渦中にいると見えないけれど、こうやって振り返ってまとめて見ると、改めて感じる。

当事者としてまっただ中にいると、特にいろいろなことをしているという認識はなかったが、ブログと写真を見返してみると、いろいろ経験して、いろいろ考えてたんだなと思う。
ありがたい。もう、これは周りに感謝するしかない。

そして、思うのがブログを書き残し、写真を撮ることを初めて、思いで巡りをする楽しさをもらったと思う。
まあ、まだまだこれからの人生なんで、過去だけ見ている訳じゃないけれど、未来も過去も今も楽しみながら生きていけたらと思う。

思い出をより彩り豊かに再現してくれる写真と文章を残しておいて良かったなと思う。

でも、経験を重ねることによって、見えなくなることがあることも忘れてはならない。
経験した人しか分からないことがあるということは、経験していない人は分からないということ。
経験していない人の気持ちが分からなくなってはいけない。
一度経験すると、していない時のことを想像するのは難しいが、なんとかその感覚をもっていなければ。
それだけは肝に命じておこうと思う。

送信者 小笠原

無意識の処理能力が脳の回転速度を決定する

この人は地頭が良いとか、頭の回転が速いっていうけど、それは何なのか。

一般的に言われる頭の回転が速いってことは、以下のような可能性があると思う。

・経験が抱負で過去に同様の経験があり、対応方法が分かっている。
・タグ漬けというかレッテル(思い込み)があり、意思決定が速い
・具体的な経験を抽象化して脳にストックできており、新たな具体的事象にも類似の出来事を当てはめて考えられる
・1を聞いただけで様々な可能性を予想して展開をイメージでき先に打ち手が打てる
・無意識の情報処理能力が高い

で、今回は無意識の情報処理能力について思うことを。

習慣化することによって、意識でコントロールする脳の部分を使わなくても良くなる。
そうすると、無意識でできることが積み重なる。

意識で動かせる脳(処理)はある瞬間で(同時に)ひとつ。
一方で、無意識で処理できることは2つ3つ・・・無限な感じ。

様々な経験をしたり、職人のように体が覚えたり、習慣化することによって無意識にできることが増える。
すると、無意識で処理できることが増える。

意識で処理できることは皆1つだから、無意識の処理数が増えれば増えるだけ、短時間でより精度の高いアウトプットができるはず。
さらに、同時に3つのことを脳が処理した場合と、1つ1つ処理して3つのことを脳で処理した場合では、かかる時間が長くなるだけではないと思う。
無意識も使って同時に処理したときの方が、3つのことの関連性も踏まえてベストな解をアウトプットできる気がする。
まあ、根拠はないが感覚的にそう思うのだ。

イメージとしては以下のような感じ。
みんな【意識】処理は1つだけだが、無意識処理できる数が違う。
ここではCさんが一番、脳の回転速度が速いと言われるはず。

A:”無”意識処理1+”無”意識処理2+【意識】処理1
B:”無”意識処理1+”無”意識処理2+”無”意識処理3+【意識】処理1
C:”無”意識処理1+”無”意識処理2+”無”意識処理3+”無”意識処理4+【意識】処理1

まあ、無意識って本当にスゴイと思う。
無意識で処理できることを増やしていきたいと思う。
そのためには、経験を重ねたり、習慣化したり、感じたり、考えたことを、自分の中にしみ込ませる必要があるんだろうな。

※ちなみに、深い思考と頭の回転が速いってのは別だと思う。

送信者 五島列島(上五島)と軍艦島

負け癖がつきそうなら、どんなことをしても流れをぶった切れ

負け癖がつきそうなら、どんなことをしても流れをぶった切れ。

これは、かなり重要なことだと思っている。
人生において、結果的に負け戦をすることもあるけれど、それはあくまで結果的にだと思う。
負けることが嫌で勝負から逃げるのはそもそも違うと思うが、最大限やるだけやって負けなければ負けた意味がない。
最大限やってなくて負けても、まだ全力じゃなかったからと言い訳してしまうので、負けても悔しさも反省もなく、次に活かされない。
もちろん勝つ場合も最大限やるだけやって、勝たなければ面白みや喜びがない。

この前提で、「負け癖がつきそうなら、どんなことをしても流れをぶった切らなければならない」。
ぶった切れるかぶった切れないかは別にして。ぶった切ろうとしなければならない。

負のスパイラルに陥ると、様々なことが連鎖的に悪化する。どんどん悪化する。
だから、出来るだけ速い段階で負のスパイラルに陥りそうなことを感じとる。
そして、出来るだけ早く対策を打つ。一番効果的なポイントを見つけ出して、その流れを力づくで食い止める。

個人や組織において結果を出すには技術や能力、制度なども重要だが、特に組織の場合は雰囲気や流れが大切だと思っている。
仕組み的に連鎖して悪くなるのも事実だが、負けの雰囲気や流れもあると思う。
これをいかに向きを変えるか。
無茶苦茶重要なこと。

送信者 パプアニューギニア2011

ひとつのバランスが崩れると、全てが崩れていく
http://teratown.com/blog/2010/09/03/oeaiydhyeyoyeoieecaaeeoiae/

負け戦をするという経験
http://teratown.com/blog/2013/04/20/eeaioeedh/

本当に価値ある物と貨幣価値は反比例する

世の中で貨幣価値の高い物は兌換性が高い物だ。
要は、交換できなかったら社会的には価値がない。

ただ、個人が本当に価値を感じる物は、その人のみの思い出の詰まった物。
すなわち、他人からしたらどうでもいいものだったりする。

例えば、大切な家族からもらった手紙だったり、
苦楽を共にした仲間との写真だったり、
一人旅で着続けたぼろぼろになった愛着ある洋服かもしれない。
それは形のない部活や仕事の思い出かもしれないし、
100マイルの旅かもしれない。

これらを高いお金を出して買う人はいない。
でも、もっている本人からすると、何物にも代え難い。
いくらお金を積まれても交換しない、大切なもの。

こう考えると、本当に価値ある物は貨幣価値は低いんだろう。
本当に価値あるものを大切に生きるなら、お金に固執しなくてもいいんだと強く感じる。

以前、人間の関係性の濃さとお金の必要さは反比例するとブログを書いたのも似ているな。

送信者 岐阜