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相手の時間をどう捉えるか

相手の時間

遅刻は相手の時間をつぶす事だ。
これは取り返しのつかない問題だと思う。
相手の時間を無駄にしてしまったら、どうしようもない。
弁償という問題でもないし、いつ死ぬか分からない時間を台無しにしてしまう。
取り返しのつかないほどの罪だと思う。

でも、一緒に遊んでいる時は気にしない。
お互いが楽しいと思って、完全なる本人の自由意志で使っている時間。
お互いが価値があると持っている時間だから気にならない。

仕事での無駄な時間は特に問題だ。
まあ、納得の上で仕事をしているからいいんだけど、現代の日本社会では、納得いってないけれど働いている人も多い。
お金という対価があるから、それに価値を感じているから、いいのかもしれないが、そうも割り切れない。
一部のベンチャー操業メンバーみたいば場合はちょっと違うかもしれない。

組織に命令される仕事
上司が部下を評価するとか
そういった制度下における時は、相手の時間を無駄には絶対できない。

最後は本人の自由意志なのだが。

相手の死ぬまでの貴重な時間を無駄にはできない。
無駄にさせてしまうかもしれない。
自分の判断ミスで。
それは避けたい。
明日死ぬかもしれないのに、無駄にさせるわけにはいかない。

その想いがベースにある。

自分が、そうされた時も同じように思う。
この人は時間を大切にしていない人だなと。
さらには、相手のことを大切にしていない人だなと。

送信者 UTMF2012心折れ部&金環日食

忙しいが嫌いだ。自分の問題を他人にもアピールするセンスのなさ

忙しいという言葉を好まない。
僕は忙しいという言葉が嫌いだから、ほとんど使ったことがないと思う。

すぐに忙しいとか言うのが好きじゃない。
僕が言わない理由としては、僕が忙しいということは、周りにしたら関係ない。
忙しいのは自分の問題であって、周りにしたら関係ない。忙しいことはお前の中で解決しろと言った感じ。

仕事とかで、忙しくて引き受けられないというような場合なら、使うことはありだと思う。
不可能なのに引き受けて周りに迷惑をかけるのはよろしくない。

ただ、上に立つ人間は忙しいと言ったり、忙しそうに見せるべきではない。
何か聞きたい事があっても、忙しそうな人には相談しづらい。邪魔するかも、機嫌悪くて怒られるかもと。
些細な質問でも、それが解決しないともやもやしたり、それがネックになって仕事が何時間もスタックする事がある。
それは、もったいない。だから、上に立つ人間は常に暇そうにしているべきだと思っている。常々。

仕事以外でも、何かを誘ってくれたときに、僕が忙しいかは僕がどうにかする問題であって、友だちには関係ないのだ。
さらに、忙しい忙しいといって、面白いことに出会うチャンスを逃したくないという気持ちもある。
忙しぶっている人を誘おうとは思わない。
なんでもやってみたい性格的には、これが大きい。

忙しい忙しいと言っている人も好きではない。
そりゃ、忙しいときもあるだろう。
でも、常に忙しい忙しいと言われても、知ったこっちゃない。
お前がどうにかしろと。
たいして忙しそうでもないのに、忙しいと言いたがる人は無視だ。
さらに、常に忙しいなら、忙しくなくする方法を考えればいい。
常に忙しいのが好きであるならば、ずっと忙しくしてれば良いと思う。
だが、いちいち周りに忙しいというのはナンセンスだ。

まあ、時間にゆとりがあるように見える方がいい。
チャンスはそこにしかやってこない。
そして、チャンスはいつ来るか分からないから、常に暇なように見せている事が大切だと思う。

送信者 いろいろ

場所の持つ力

2日連続結婚式で、新郎の友達が2人とも偶然にも同じことを話した。
それは、結婚する理由。

結婚式をする場所が、ここだと感じて、結婚しようという話が進んだ。

一人は長野の山の中にある、ログハウス。
そして、その前の空間を草むしりして作り出した。

もう一人は、鎌倉の高台にある旧小林秀雄邸。
茂木さんと飲んでる時に、ここでやればいいじゃんと言われてイメージが湧いたとか。

この話を聞いて思ったのが、場所が持つ力。

ここなら式をしてもいい。
ここで式をしたい。
だから、結婚したい。
場から結婚のイメージが湧くということ。

別に結婚じゃなくても、場の持つ力ってやっぱり、スゴいと思う。

スペインを旅した時に、バルを知った。
第3の場という言葉が流行っていた。
そういった空間って、すごい価値だと思う。

島とか田舎における祭りも場だ。
ものすごい意味がある場。
人と人がつながる場。

星野さんがアラスカに住んだ話も。
根無し草で、家も持たずにアラスカにいた時と、居を構えてアラスカに住み始めてからは全く違ったと。

写真展を何度かした。
コンセプトを考え考え、
展示の方法や写真を選び、
告知はガキを作り、
搬入して場を作る。
そして、いろいろな人が行き交う場にいる。
新たな出会いや新たな会話が生まれる。

インターネットのサイトもそうだ。
Facebookにしろ、このブログも同じドメインで書き続けている。
そうした場によって生まれてくる者がある。

別に会社という場もそうだろうし、コワーキングスペースも、公園も、図書館も、老人にとっての病院の待合室も。

場の持つ力。

場があるということの価値。

送信者 トカラ

第3の場としてのバル
http://www.teratown.com/blog/archives/001116.html

怒ってばかりいると、人は近寄ってこない

怒りは時に大きなエネルギーになる。
屈辱も時に大きなエネルギーになる。

好きなことや夢とか、使命といったものも強い動機だが、それらと同様に。

俺はあまり怒らない性格だと思う。

でも、怒ることがある。
最近は怒ることがおおくて、客観的に見ている自分がよくないなと思うときがちょくちょくある。

で、自分が怒るときはどんなときか。
そう考えると、理不尽なときだ。
相手が私利私欲とか、エゴに基づいて判断して、周りに迷惑をかけても平気でいる。
私利私欲という表現には、めんどくさいから放置とか、そういった怠慢も含んでいる。
それなのに、自分のこととして捉えず、他人の責任にしたりする。

さらに、自分が権力を持っている人、立場を利用してそんな我田引水なことをすると許せない。

しっかりやれよ。
そんなら、ぶっつぶしてやる。

まっとうな意思決定をして、まっとうなことをやっていく。
別に、ルールが好きなわけでも、お固いことが好きなわけじゃない。
どちらかというと、人なんて多様だし、なにをしてもいいと思っているし、秩序なんてないカオスの方が面白い考える。

でも、大きな組織だったり、そういった規律のもとになりたっている組織、またそういったルールで運営がなされると決まっているなら別だ。そのルールに従わないと、組織は動かない。そのルールがおかしいと持ったら、ルールを変えてから、好き勝手にやるべきだ。

まあ、正義感が強いのか、そういった不公平が許せない。
こそこそして、抜けがけして、評価だけされようとか言語道断。

私利私欲を捨て、周囲を含めた全体としてベストな意思決定をしていく。
そういう思想を持たずに動いていると、許せない。
それで人に迷惑をかけても意に関せずとか。

そんなときに怒ってしまう。
ただ、怒ってばかりいるとよくない。
幸せが遠のいていく、楽しいことが近づいてこない。
怒っている人に、人は近づいてこないからだ。
笑っている人には引き寄せられても、怒っている人にどんどん近づきたい人なんていない。

自分一人では何もできないし、自分一人では生きていけない。
だから、協力してくれる人がたくさん必要だ。
そう、怒っていると人が離れていく、すなわち物事がうまくいかなくなる。
笑っていれば、うまくいく理由はここにある。こんな風に思っている。

まあ、怒らないといけないときもあるけれど、怒ることが続くと、怒るのが習慣になり、怒りっぽくなる。
周りの人にも、そういう風に見られ、認知されてしまうとろくなことがない。

徳を積んで、すべてを受け入れる。
どんな時も笑っていられるような人間になりたいと思うし、そう慣れるように日々精進したいと思う。

送信者 イラン

【場を作る新しい旅0】ワクワクすること年にひとつ。場をつくる。

何かどうしてもやりたいけれど、今の自分には無謀なことを思いついて、いろいろ調べて、準備して。だいたい半年。それぐらいの期間が自分にはいい。

そして、冷静さを保ってると思い込んで、でも、がむしゃらに挑んで。

何らかの結果に、舞い上がり、落胆し。ほとぼりが覚めるまで、少しの時間が必要で、言葉や写真で記録に残すのにまた半年。

そう思うと、一年に一回ぐらい、熱をおびることがあるのが、自分にはあっている。

最近は山とか、スポーツとかだったけど、それは学問でも、家を建てるでも、空を飛ぶでも、旅でも、場をつくることでも、プログラミングでも、楽器でも、絵でも、ビジネスでも、地域のことでも、なんでもよくて。

最近は、それを一人じゃなくて、志を友にする仲間とやっていたい。

いつも、それが生きるエネルギー。

っさ、今までとは全然違う、けど、昔からやりたかったことの、第一歩になりそうなことを7月ぐらいから始めれるかな。

空間、場、そんなものを作りたかった。
ネットも好きだけど、実際に存在する場。
スペインを旅したときのバル、岐阜で言えばオルガンのオフィス、徳島のカフェオニヴァもそうだった、山小屋もそうだろう。
そんな空間を作りたい。

外に出て、新しい世界に飛び込んで、いろいろなモノや人や発想、価値観、場に出会う。
外に出ることによって、その好きなものが増え、家というか自分のHOMEスペースにも好きなものが増える。
内(HOME)の多様性&居心地も増していく。
そんな空間は、HOMEに戻れば好きなものに囲まれた生活。

究極は自分で家を造ってと思っているが、まだまだそこまでは道のりがあるし、いきなりやっても空間プロデュース能力が低いので、まずは小さなところからやってみたい。

送信者 ドロップ ボックス