「音楽」カテゴリーアーカイブ

6日前に始まったBonin Islandsへの旅

イルカと泳ぎたかったし、クジラと時を共にしたかった。もちろん25時間の船でしか行けないと言う、その不便さに惹かれるところもあった。まだ見ぬ、ここではない、どこか遠き場所。そんな理由から小笠原諸島はずっと僕の行きたいとこリストには入っていたし、長い休みの際にフェリーのスケジュールをチェックしたことも幾度となくある。仮予約までして、行けなかったこともある。そんな、手の届きそうで届かなかったBonin Islands。

送信者 小笠原

8/7(土)のフェリーに乗って小笠原へ向かうことに決めたのだが、そのきっかけは6日前の8/1(日)だった。7/31から巾着田で焚き火のキャンプをしていた。川沿いで泊まって家に帰ったのが思っていたよりも早く1日(日)の午前中だった。休日の日中に東京で暇だったので、トレランシューズを買いに行ったりしていたのだが、その際にふと思った。次の土曜から小笠原諸島に行けるのではないか!そう気づくと、小笠原に行くことしか頭になくなる。店の中で、歩きながら、電車の中で、小笠原について調べ始める。早速調べるとフェリーのスケジュールが8/7(土)に東京を発ち、8/15(日)に東京に戻ると言う、僕の休みにぴったり当てはまる航海予定だった。こんなにもきれいにおが丸の航海スケジュールと休みが合うことは滅多にない。この時、僕の中では行くことが決まった。

送信者 小笠原

しかし、チケットだ。夏休み、GW、冬休みはチケットが取りづらいと聞いていた。早速電話をすると土日は休み。旅行代理店でも小笠原海運に連絡が取れず無理。さらに、ファミリーマートとローソンの端末で購入可能とあったが、コンビニ分は売り切れていた。しかたない、月曜まで待つことにした。月曜の朝に電話すると、電話での予約は2週間前までだと言われ、仕方なく東京駅のJRビュープラザへ。ここで何とか往復のチケットを購入できた。さあ、小笠原への旅は始まった。

送信者 小笠原

まずは大まかなスケジュールを決める。始めは旅の鉄則通り、不便なところに先に行き、便利なところに戻るという規則に従って、母島にまず行き、それから父島に戻ることを考えた。しかし、12日の未明がペルセウス座流星群のピークだった。流れ星はより暗くて静かな場所で見たいと思い、父島→母島というルートにした。(僕が母島にいる間に父島では大きな盆踊りがあるので、なんでわざわざ逆のスケジュールにしたのかと聞かれることが多々あった。)

送信者 小笠原

さて、島内はキャンプが禁止と言うことで宿を探す必要がある。安宿で十分なので観光協会のページにあるリストから安い順に電話をした。僕は自炊が嫌だったので2食付きに。けっこう満室の宿が多かったけれど、南国荘という宿の相部屋で1泊2食6000円。問題無し。ここに決めて3泊することにした。そして後半の母島の宿も同額でママヤというところが見つかった。水曜日か木曜日に決めるという直前だった。

あとは現地で何をするか。父島の3日目にドルフィンスイムの1日ツアーをsea-tac(12,600円)という店に予約し、母島の2日目にノアという店でダイビング2本(20,000円レンタル込み)を頼んだ。とりあえず、準備しなければいけないことはした。ついでに、足ヒレとシュノーケルとマスク、そして水中10mまでOKなパナソニックのLUMIX FT2も購入した。せっかくイルカと泳ぐのだから、できるだけイルカと同じような感覚で泳ぎたかったし、それを記録に残したかった。こうして準備をしている間に、何人かの友達が同じタイミングで小笠原を旅することが分かり驚いた。そんな風にして準備を終え、当日を迎えた。

送信者 小笠原

荷物を持って浜松町駅まで。フェリーに乗る前に飲み物とパンなどの食事を購入。そして、竹芝のフェリーターミナルへ。これから島に行きますってな感じの人で溢れかえっていた。乗船券に引き換え、乗船。2等船室は広い絨毯に毛布が折り畳んで敷いてある。その毛布が自分の寝場所だ。起きて半畳、寝て1畳というが、寝て1/3畳ぐらいのスペース。ずっとここにいるのは辛いので、友達がデッキに敷物を広げてくつろぐスペースを確保してくれていた。そこに合流して、ごろごろ。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

高層ビルを背に、東京湾から大海原へと向かって行った。茶色い海からだんだん青い海へと色を変えていった。本を読んだり、話したり、寝たりしている時に、マッコウクジラウォッチングをしたいと思い電話でパパヤに予約をした。運良く予約が取れ、父島2日目にマッコウクジラを見に行けることになった(10,000円)。この時に小笠原を何度か旅していた人に聞いたのだが、夏休み、GW、冬休みは3ヶ月以上前から宿を予約し、マリンショップの予約もすると言う。それでもキャンセル待ちなのだとか。僕は一人だったのと直前キャンセルがあったのか、運がよく空きに滑り込んだみたいだ。うん、ありがたい。

送信者 小笠原
送信者 小笠原

船旅は本当にいい。高速船とかではなくて、デッキに出られる船旅は本当に気持いいのだ。あっという間に時間は過ぎて行き、夕方になった。雲が多く夕日はお預け。さらに、波と風が強くなりデッキが閉じられた。普通なら深夜0時まで使って良いのだが、天候によっては早く閉め出されるのだ。仕方なく、貸し出しのゴザを船内の通路に敷いて陣地をとり、毛布を敷いた。それからレストランで友達4人と夕食をとった。けっこう揺れたので、たくさん食べることが出来ず残念。やることもないので通路に敷いたゴザと毛布の上で快適に寝た。

送信者 小笠原

小笠原のおもいで

25時間の船旅が長く感じなかったこと。
今まで行った島とは違う、不思議な感覚。
イルカと泳ぐ異次元の感覚。
クジラだけが持つ時間の流れ。
小笠原を訪れる旅人の目的意識の高さ。
旅人との出会い。
ウミガメの刺身を食べた夜に、浜で偶然ウミガメの産卵を見たこと。
歌、酒、食事、祭り、文化、島の伝統がないこと。
友達と偶然一緒になったこと。
久しぶりに焼けた体。
久しぶりにやったダイビングの水と一体化する感覚。
夕日、そしてわずかなグリーンフラッシュ。
ペルセウス座流星群の幸せ。
母島の時間の流れの豊かさ。
ジャックマイヨールと池澤夏樹とイルカとクジラ。

送信者 小笠原

今日はおやすみなさい。
また、今度アップします。

カタチが作られていく

なんだかもう分からないけれど、もう1人友達がおなじ便で小笠原に向かうらしい。
いったい何人の友達が、同じ船に乗り合わせて25時間を共にするのだろうか。
友達と偶然一緒に乗り合わせるのは、イランに向かった飛行機以来だろうか。

僕は偶然の再開が多いと思う。
偶然すぎる偶然が必然かとも思える程に。

パナリ島で会い、連絡先も知らない人に1年後に悪石島で会う。
ペルーとボリビアで偶然数回会い、3年後ぐらいに浅草でばったり会う。
パナリで会い、八重洲ブックセンターで出会う。
全員、名前も知らないし、連絡先も知らない人だった。

奈良で交差点を歩いていたら、ばったり会う。
高校の時に東京に行った。中学が同じだった友達と偶然同じ車両に居合わせた。
越後つまりトリエンナーレに行く時に立ち寄ったサービスエリアで、花火を見に行く友達とばったり会う。

言い出せばきりがないほどある、偶然の再開。

そう考えると、その時は気づかなかっただけで、同じ船に乗っている、飛行機に乗っている、電車に乗っている、同じバスに乗っている、もちろん同じ場にいた友達が何人もいたのだろう。
そして、未来の友達とも過去に同じ場所にいた可能性だって、おおいににあるのだろう。

僕はこうして人に出会い、本に出会い、好きなことに出会い、僕が作られてきた。
そしておそらくこれからも。

小笠原に持っていく本を決めるため、家に溢れかえるほんの中から選び出した。
一冊はクジラが見る夢 池澤夏樹
開口一番 開高健
偶然の音楽 ポールオースター

それから、駅の近くにある本屋に行った。
「愛」という言葉を口にできなかった二人のために 沢木耕太郎
トゥルー・ストーリーズ ポール オースター

本屋で旅で読みたい本を探す。大きな意味で旅で出会った作家の本を。また旅で本を読みさまざまな経験をする。そして、また自分が何らかの形を持ち始めるのだろう。

送信者 ドロップ ボックス

旅をして、作家に出会い、本に出会い、好きなことに出会い、そしてまた本と旅に出る。

クジラが見る夢

持っていく本が決まれば、出かける準備は終わったようなものだ。

世界中でいちばん会いたい人に、また会えた

SWITCH

プールで潜水をしていた。
ただひたすら1人でドルフィンキックをしていた。

それはイルカのように滑らかに水を捉えたいと思って、潜水ドルフィンをひたすらやっていたのだ。
どうすればより無駄なく滑らかに長時間ドルフィンを出来るか、そんなことを考えながら。

実は今までは潜水が嫌いだった。
だから、練習メニューに入っていないとあまりやってこなかった。
その理由はただひとつで、息苦しいから。

でも、イルカのように水を切るように泳ぎたいという思いが強くなり練習をしていた。
確かに、最初は辛かった。
けれど、ただひたすら潜水ドルフィンキックだけをしていたら、ある時コツが掴めた。
いろいろ工夫をして改善していったら、ある時、スムーズに潜水ができているという感覚になり、違うステージに上がった気がした。
体の動きからもぎこちなさがなくなり、滑らかになった。

そして、潜水ドルフィンが楽しくなった。
その感覚をもう一度味わいたくて、また同じように泳いだ。
やはり、気持よく泳げる。
より長い距離を滑らかに泳げるし、息苦しさも軽くなっている。
楽しい。
この感覚だ。

これが、スイッチ。

自分の根底をなす価値観の外側になければ、それを好きになる可能性が大いにある。
好きになっていなかったのは、ただそういったスイッチが入る経験をしていないだけ。
何事に関してもそう思っている。
だから、いろいろな経験を自分でしようと心がけている。

僕がいきなりブランドものを好きになることはないけれど、山を好きになる可能性も、水を好きになる可能性も、読書を好きになる可能性も、写真を好きになる可能性も持っていた。
そう、写真を好きになったスイッチは旅で出会った何処までも続く広大な風景であり、人々の笑顔だった。

スイッチは色々あって、
何かが出来るようになったときであり、
見たこともない光景にであったときであり、
人情に触れたときであり、
心から尊敬できる人にであったときであり、
今まで感じなかった心地よさにふと気づいたときであり、
爆発しそうな感情がこみ上げてきたときであり、
自分が言葉にできなかった根底の価値観に出会ったときである。

こんなスイッチに出会えると幸せだ。
人生の楽しみがまた増えた気がして。

=======

◆今日掴んだ潜水ドルフィンのコツ

・楽な気持になって呼吸を落ち着かせる。体をリラックス。無になる。
・軽く壁をけって体をゆっくり伸ばす
・大きく体を動かし、水をしっかり掴んでで強くキックする。
・キックは波のようなリズム。
・目線は手の先を見る。あまり下を見ない。

送信者 ドロップ ボックス

出会いの一冊
http://teratown.com/blog/2008/05/21/dhniy/

クジラが見る夢
http://teratown.com/blog/2008/11/12/yyyeei/

見たい夢を見る

実は見たい夢を見ることが出来る。確率にして5割程度だろうか。空を飛ぶ夢を見る人は夢をコントロールしやすいとか、明晰夢を見る人も同様であると聞いたことがあるけれど、真実のところは知らない。さらに、怪しい世界に入り込みたいと思っているわけでもない。今までの経験上でなんとなく自分の中で気づいた方法にすぎない。

先日書いた「はやぶさ」の記事で「今夜はなんだか希望に満ちあふれた夢を見れそうだ。」と締めくくった。はやぶさの帰還に興奮し、もういちどあのドキドキを味わいたいと思った。テレビのニュースで再度見ても、最初に見たようなドキドキは味わえない。野球の結果を知っているのに、試合の再放送を見ても盛り上がれないように。でも、夢の中であれば、最初に見たときと同じように興奮する。いや、現実よりもよりリアリティをもつかもしれない。そんなこともあって、はやぶさの夢を見れたらなと思っていた。そこで、夢を見るための準備をして床についた。

僕の夢を見る方法はいたってシンプルだ。

◆見たい夢を見る方法

・寝る少し前に(直前ではない)、見たい夢のことを”ちょっとだけ”考える。
・思い詰めるように考えるのではなく、なんとなくぼんやりと。

すると、夢に出てくるのだ。

科学的に考えれば、夜寝ている時にその日に起こった出来事(情報)を整理しているという。寝る少し前にぼんやりと考えたことは、その日の最後の情報になる。だから寝ている間に処理されるのも最後、すなわち明け方だ。よって、夢に出てくる順番も最後の方だ。

人間は一晩で夢を4、5つぐらい見ていると言う。ノンレム睡眠とレム睡眠の周期で夢がやってくるのだ。毎晩こんなにも夢を見ているけれど、夜中に熟睡しているときの夢は覚えていない。でも。明け方に見る夢は、目が覚める直前で覚えている可能性が高いのだ。僕の方法はこの時に、夢に出てくる状態を意図的に作り出しているのだ。

こんな風に言ってしまうと、当たり前でつまらないけれど、見たい夢を見れるのも悪くはない。

それで「はやぶさ」の夢の内容だけれど、真っ暗な夜空に閃光を放ち「はやぶさ」が地球に戻る瞬間を草原で見ていた。なぜだか一緒に見ていたのは仕事仲間だった。はやぶさが去った後の夜空には、オーロラが瞬いた。緑色のオーロラに続いて赤色の強いオーロラも空を舞った。現実に見ているかのようにリアリティーがあり、美しいオーロラを楽しんだ。そして、目が覚めた。目が覚めた時に、「何だ、夢だったのか」とショックを受けるのではなく、「良い夢を見れたな」と朝から幸せな気持になれた。

送信者 四国