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2005-08

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August 31, 2005
リマ
エクアドルからバスで24時間ちょっと、ペルーの首都リマにつきました。
24時間はけっこう長いなと久しぶりに感じました。笑 そし
て日本語がつかえるPCに初めて出会いました。

もう少し、エクアドルにいたかったのですが、ビザみたいなや
つの期限が20日しかなくて、仕方なく出国してペルーに来ま
した。たぶん、ちりまで行く時間ができました。

まあ、マチュピチュまでが無駄なルートになるので、そこでど
れぐらい時間のロスがあるかにもよりますが。

まあ、楽しんでおります。

ではでは。

Posted by takeshi at 05:05 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 25, 2005
GALAPAGOS
From 25 Aug to 28, I am going to Galapagos islanmds. (Ecuador time)
I am looking forward to going there.

I think that there are many strange animals , blue sky and
blue sea.

BYE

 

 

 
Posted by takeshi at 06:51 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 22, 2005
I am in Quito
Now I am in Quito(kito) capital city of Ecuador.
last night I arrived here by airplane.about 24 hours from
Japan.

Last night I slept well, and this morning I had good
breakfast.

Today is very fine day, so I feel good. From now I
am going to book galapagos tour.
Very Exciting!

Now Am 9:30

good bye

Oh, last dinner was kebabu, Turkish food.
Posted by takeshi at 11:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 21, 2005
ではでは、早起きして行ってきます。
今日は5時30分に起きましたよ。

成田と言う不便な場所に行くために。まあ、うちからは一本なのでそこまで遠くないのですが。

ああ、エクアドルまでけっこう時間がかかると思う。でも、スペインに行ったとき、シンガポール経由だったし、慣れてます。それに、飛行機に長時間乗るの好きだし。

って、今回はどんな旅になるのでしょうか。未知の南米です。それに、今までで最長になりそうなので、自分のペースで気をつけながら楽しんできたいと思っています。

それでは、行ってきます!

Posted by takeshi at 05:42 AM | コメント (5) | トラックバック (0)|
August 19, 2005
この人かっこいいんだろうな
この人かっこいいと思う。
大平 貴之さんっていうんだけど、一人でプラネタリウムを作っている人。それも世界最高の。

小さい頃から星に憧れ、天の川を見てほれ込み、多くの人に感じてほしかったからって。大学でもプラネタリウムを作って、今も作って。

夢見てる人だな。それを現実に達成している人。いや、かっこいいと思う。

Posted by takeshi at 12:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
大地を見るために
星空を青空を青い海を、沈みゆく・空へと上る太陽や月を見るために、新しいめがねを買った。

昔のめがねよりも鮮明に見るために。

ああ、楽しみだなー。

フレームとレンズ込みで15000円と安かった。
ああ、あの有楽町の無印でね。

半分メモみたいなエントリー

Posted by takeshi at 09:50 AM | コメント (3) | トラックバック (0)|
August 17, 2005
小学校で旅の話
なんとなく小学校へ行きたくなって、小学校へ行った。僕はよく小学校へ行く。それは大学に入ってからのことだ。知っている先生がいるわけでも、友達と一緒に行くわけでもない。特に理由はないのだ。ただ、行くと自分の原点のような気がして。中学校と高校には自然と足は向かないのだ。

いつものように、小学校へ行った。校庭を歩き、平均台に座りぼーっとして、空を見上げていた。
松原辰夫さんなる用務員のそのおっさんは、64カ国に行ったことあるという旅好き。今でも、年に2,3回旅に出ているみたいだ。

そんなおっさんが、職員室の引き出しをあさり、どっかの景品でもらったような新品のボールペンとシャープペンのセットを開け、ボールペンは使うからとぼそっと言って、シャープペンをくれた。

そこで、そんな声をかけられた。「何か用ですか?」と。
僕は、「卒業した小学校で、ふらっと来ましたといった。」
そうしたら、おっさんに「何やってるの?」
僕は「東京で大学生を」
用務員のおっさん「18きっぷかね」
僕「そうです。」
おっさん「夏休み、長いんかね」
僕「8,9月です」
おっさん「アメリカでも行って来たら?」
僕「エクアドルとペルーとボリビアには日曜日から行きます」
おっさん「そうなんかね、ブラジルとアルゼンチンとチリなら行ったことあるがね」

Posted by takeshi at 01:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 16, 2005
テストしてみる
メールでエントリーできるか確認
外国のネットカフェからはメールのほうが楽そうだからねー。
その準備という奴ですは。

 

 

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August 15, 2005
帰る場所に集う仲間
東京に住む岐阜人は仲間なんだろうな。仲間と言う表現が一番ぴったり来る感じがする。なんか、みんな形状で言えば円なのだ。そして、そのふちはあいまいな部分を持ちつつ、シャープな線もある。そんな円が重なり合っている仲間なんだろうと思う。そんな仲間と、8月13,14日をフルに使って、関、美濃、郡上と回ってきた。13日朝9時に岐阜駅に集合して、関へ向かった。善光寺というお寺へ行き、戒壇巡りと言うのをやった。卍形のものはここだけらしい。真っ暗な地下の通路を歩くもの。途中鍵に触ると幸せになれるという。その後、隣の名前は忘れた俳人が晩年すんだという家に。すると、そこに昔の水うちわが。一同ビックリ。偶然な出会いの旅の始まりを予感させた。その後、関にあるうなぎ屋へ。うなぎ、鯉をのあらいを食べた。鯉は初めてかもしれない。骨がちょっと多かったが、うまかった。そんで、関はものミュージアムみたいなところに。そこには、関東と関西の分かれ目は関だという看板が。それも平成4年に決めたらしい。その強引さがたまらなくうけた。後、刀を見て刃物の切れ味のよさを目で見るだけで感じた。岐阜の関といえば刃物。世界三大刃物の町である。そこを見れたのが良かった。それから美濃和紙里の会館へ。ここは小学校低学年から知っている。資料集か何かで全国の伝統文化を紹介してあって、岐阜は美濃和紙だった。そこで、美濃和紙里の会館がのっていたんだとおもう。それをみて、僕はわしをどうやって作るのかという手紙を送った。そうしたら、丁寧に資料と返事をくれた。だから、一度行ってみたいなと思っていたのだ。なんか、ここは和紙で作ったものがたくさんおいてあった。それは、子供のおもちゃみたいなのが多かった。でも、小さい頃よりも無邪気に遊ぶ僕たちがいた。そこにはどんな背景があるのだろうか。天井から和紙の作品がいろいろ釣り下がっていた。将来は家から50メートルぐらい離れたところに、プライベート図書館と美術館、カフェ、何もない広い空間(アトリエっぽい感じ)がほしいと思っている。その夢がかなうなら、天井から美濃和紙でつくった作品をぶら下げたいと思った。

車で移動する最中も、いろいろ話した。いつもなのだが、こうやって話す何気ない会話が非常に何かのきっかけを与えてくれる。そうして、パブリックシステムへ。まずはワークショップを3つの班に分かれて行った。山と川の学校をやっているこの会社であるが、次は土地を約2年3万円で貸す事業が始まった。その戦略についてワークショップをした。それぞれの方の思いが伝わってきたもので面白かった。おなかも減りバーベキュー。郡上牛の肉とか、取れたてのおいしい野菜(トマト、きゅうり)や、明宝ハム、ビールとってもおいしかった。23時ごろかな郡上踊りへ行った。初めての郡上踊りだった。すごい人であふれかえっていた。どうやって踊るか分からなかったけど、見よう見まねで適当に踊った。周りとはだいぶ違っていたみたいだけど、一心不乱に踊った。力を入れすぎて疲れた。汗が滝のように流れ、目にしみた。でも、すごい気持ちよかった。リミッターを切って踊った感じだった。しかし、疲れるので休憩してお茶を飲んだりもした。本当に面白かったが、次の日もあるので2時に戻った。みんなシャワーを浴びていたが、3人で外で星を見ていた。僕は星とか空とか海とか太陽とかそんなものが大好きだ。永遠に近づくことができないものだからだろうか。で、12日が今年の流れ星のピークだということをネットで見ていた。そうして二人に言って3人で見ていた。すると、すぐに一つ目の流れ星が見えた。久しぶりだ。流れ星を見るのは。うれしかった。何で流れ星はうれしいのか。桜と同じはかなさなのだろうか。で、空を見上げつつけていると、途轍もない、目に焼きつくほどの大きな強い光を放った流れ星が流れた。正直何事かと思った。そして、3人で大きな声で発狂してしまったぐらいだ。死ぬまでで一番大きな流れ星だろう。それからみんなシャワーを浴びて寝た。が、僕はもう少し夜空の星と一緒にいたかったので外で寝ることにした。で、星を見ながらひと眠りしたが、危ないかなと思って、部屋に戻って寝た。翌朝、すぐ裏の川へ行った。太くて曲がったきゅうりをもらったので、3人で川できゅうりを洗って食べた。きれいな川が流れ、その水できゅうりを洗い、足を川に突っ込みながら、セミの鳴き声を聞きながら食べたきゅうりはうまかった。なんか、きゅうりのヘタをかじって、捨てるのが絵になる光景だ。喫茶店で朝食をとって、郡上町歩きをした。食品サンプルが有名だというのをはじめて知った。そして川遊びをすることに。橋から川へ飛び降りる有名なところだ。そんな時に今年から名古屋で働き始めた特攻隊長が車で到着した。夜中の3時まで仕事だったというのに、2日しか休みがないのに郡上まで来るあのパワーには脱帽だ。それから川に飛び込んだ。といっても三角岩から。三角岩は橋から飛び降りる練習の場所のようなものらしい。ここでも結構高い。傍からみているとたいして高そうではないのだが、実際に岩の上に上って、飛び込もうとすると高く感じる。恐怖と言うものが湧き上がってくる。やはり、見に迫ったもの、当事者にならないと気がつけないものがある。絶対に分からないものがあるんだと思った。口だけでえらそうなことを言っても価値がない。その経験が伴うことによってのみ重みが生まれると思う。で、飛び込んだ。飛び込んだ時に、カウントしてもらった。確かに飛びやすかった。でも、自分の意思で飛び込んでない感じもした。で、飛び込んで、飛んでいる最中の記憶がない。さらに、まわりの景色も見えなかった。川にザブーンって入ってからの記憶しか。けっこうな時間飛んでいたという時間の感覚だけはあった。なんか、不思議な感じだ。時間だけしかなくなった世界。で、2回目。もう一回飛んでいるのに、飛び降りるギリギリの岩の先へくると怖い。でも、カウントダウンなしでとんだ。自分のタイミングで飛びたいと思って。この時は、一回目よりも滞空時間が長かった感じがした。同じく2回飛んだ友達も2回目のほうが長かったといっていた。いやー、飛んだよ。飛んだ。めったにない経験だ。それから、イタリアンのランチを食べた。そして、岐阜へ。あっという間な詰まった旅だった。非常にさまざまなものが詰まっていた。とても、いい合宿?旅?だった。

BGM:帰る場所 キロロ
Posted by takeshi at 09:37 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 14, 2005
流れ星
流れ星、川へジャンプ、 郡上踊り。

郡上で印上に残ったこと。

あの、流れ星は死ぬまで忘れない。そのぐらい。星が爆発し、そのまま落ちていった。目に焼きつく流れ星だった。

高い岩のうえから川へダイブ。けっこう怖かった。でも、なんか今まで経験したことのないような脳の状態になっていた。

Posted by takeshi at 08:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 12, 2005
日本のものづくり
岐阜で航空機の工場見学をさせてもらった。工場見学なんて、初めてかもしれないと思う。実に、すごい。いや、工作加工機械もすごいし、職人の人の作業もすごい。お話を聞いていっても日本の持っている技術のすごさを知ったし、航空機のかなりの部分を日本、特に岐阜で作られていることも知った。

なんだろう、実際に見ると日本のものづくりの力を感じる。
Posted by takeshi at 10:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 11, 2005
バンザーイ
先日、衆議院が解散された。解散されると普通、議員がバンザーイという。しかし、今回はバンザーイというのかどうかと、解散前から少しだけ話題になっていた。

実際、バンザーイと解散されてみんな言ったのだが、そのバンザーイが情けない。政治家の情けなさをあらわしていたように思う。周りがバンザーイというのかを伺って、少しの人がバンザーイといったから後から続いて、多くの人がバンザーイと続いていった。

政治家たるもの、自分の意思で決めるべきだ。回りがバンザーイといったから自分もバンザーイと言うというのは論外だ。自分が言うと決めたら言えばいいのであって、周りが言ったらバンザーイと言うなら、その政治家は存在意義がない。

これは、バンザーイと言うことだけでなく政治家すべての行動に現れるのだと思う。
些細なことから、なんか無理やり意味を見出すのが趣味です。
Posted by takeshi at 07:14 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空の青さに恋をして
空の青さに恋をして
—-

旅をして出会う空
何で、ボリビアなの?何で南米なの?そんなにもお金をかけてなぜ行くか全く分からないといわれる。ので、自分が南米その中でもボリビア・エクアドル・ペルー・(チリ)を選んだ理由を書きたいと思う。

2年ぐらい前に一枚の写真に出会った。衝撃をうけた。これはどこだ?いったいどうなっているんだ。そこがウユニだった。ウユニに行かずに死ねないと思った。そんな世界が僕の目の前にあるということが想像できなかった。だから、行ってみたかった。

Posted by takeshi at 07:09 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
最後は一人で
最後の意思決定は一人で。特に、自分にしかかかわってこないものの時は。まあ、意思決定を下す前にたくさんの人の話を聞くことは重要だ。参考にする。自分では考え付かなかったことを聞ける。

たとえば、靴を買いに行ったとしよう、最終的に使うのは自分ひとりだ。だが、何人かで買いに行く。いろいろ言われるし、周りの人に迷惑をかけたくないと急いであまり吟味せずに選ぶ。そして選んだものに問題がある。それの被害は自分だけなのだ。そこを常に忘れてはならないな。

意思決定は一人で。

Posted by takeshi at 06:54 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 10, 2005
破壊欲
僕は物にあたったりとか、そういう破壊衝動はないと思う。

でも、目に見えないものを破壊したい欲求は強いと思う。古臭い制度であるとか、つまらない考え方とか、自分の固定概念とか、損なようなものは破壊したい。

それがあるから、海外へ行くのだし、今までの自分の人生とは関係のないところに行って、今までの自分の常識を壊しに行くのだろう。

Posted by takeshi at 12:37 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
医療制度おかしいだろう。
緑内障のくすりでありながら、利尿作用があることから高山病の薬としても使われるダイアモックスを7錠処方してもらった。国内では処方箋がないと買えない。というか、病気になってから処方する薬は普通に買えるが、病気になる前の予防のための薬、すなわち予防薬は基本的に処方してもらえない。だから、はじめ大学の医務室に行って事情を話したが処方できないといわれ、紹介された病院へ電話をしたが、午前11時までしかやっていなかったり、大病院で待ち時間とかあって不便だった。それで、ネットで調べていたら、ダイアモックスを処方できる病院リストがあった。そこに、家から近いところがあったので、電話をしたら救急の担当の医者しか出せなくて、その医者がいないと処方できないとかめんどくさいことを言われた。めんどくさいなと思って、次に近かった三信ビルクリニックという有楽町の病院に電話をする。すると、電話を取った受付の人もダイアモックスのことを知っているらしく、話がスムーズに進んだ。そして、病院に来て医者に事情を話せばすぐ処方すると言われた。じゃあ、ということで、すぐに病院へ行った。すごい小さい病院で待ち時間もなく、かつ医者も高山病の予防薬の処方が慣れているらしく、もの分かりがよい。さらに、ペルーでは処方なしでも買えるといったら、はじめの1週間だけ出して、あとは現地で買ってもいいよって言われたし。良かった。富士山の経験から高山病の薬を買ったが、まあこれは気休めのようなものだから、もっているだけで安心なのだ。一錠500円 250mgで一回半分にして飲む。12時間きっかりしか持たないとのこと。

ついでに、夜はエクアドルとペルーに行った友達からいろいろ話を聞いた。彼はチュニジアとかとドーハに行くといっていた。なんか、サハラ砂漠がメインだとか。今回もエクアドルとペルーのよい情報がゲットできた。国際バスに乗ると、エクアドル・ペルーの国境越えの手続きがみんな一緒にやるから楽だとか、キトとリマはつまらないとか、一食1ドルで食べられるとか、ガラパゴスはやっぱりすごいとか。

で、予防薬って何で出せないんだ?おかしいだろ?ということについて。高山病の予防薬を買おうとして思った。日本では予防薬は基本的に処方できない。なぜなら、必要ないのに薬を処方して、間違って(故意も含め)服用して副作用でたらまずいというような類のことだろう。しかし、これは自分の責任で防ぐことができる。しかし、近い将来にほぼ確実に発生する病気がある、その病気を防ぐためには事前に薬があればOK。しかし、予防薬は出せないからという理由で薬を入手できなかったとする。すると、くすりさえあれば防げた病気を防げない。これは自分の意思で防ごうと思ってもどうしようもできない。予防薬さえあれば病気にならなくてすんだのに。という事態になりかねない。処方して間違って飲むのは個人の責任、しかし、処方されなくて防げた病気を防げないのは個人の問題ではない。医療制度の問題だ。まとめてしまえば、予防薬をもっと簡単にだせということだな。

Posted by takeshi at 12:30 AM | コメント (2) | トラックバック (0)|
今まで言葉につまずいてきた
なんだろう、うまくすんなり学べた言語はないかもしれない。

まず、日本語でつまずいた。ひらがながかけなかったらしい。周りの子供はひらがなを普通に書くのに、全くかけなかったらしい。

次に、英語も。thisというのがディスでなんでthisと書くのか真剣に分からなかった。古典も漢文も全くだめ。大学に入ってドイツ語も一番初めのテストからくじけた。もちろん、プログラミング言語も全くだめだ。

そして今スペイン語をかじり中。難しい。難しいというかおぼわらない。CDをずっとかけているから雰囲気はつかめてきたかなと思うが、この言語はスペイン語か英語化ドイツ語かと分かるレベル。会話なんて程遠い。今は数字と挨拶に集中している。でも、道のりは長い。

僕の周りの友達は海外に一人旅に行くと現地の言葉を覚えてくる。少なくとも挨拶ぐらいは。しかし、俺は全くだ。スペインに行って覚えた言葉は「オーラ」と「グラシアス」のみ。これ以外はスペイン語を使ってない。インドなんて「ナマステ」以外使ってないし、知らない。ひどいもんだ。現地の言葉を知らなくても、ボディーランゲージと片言の英語で何とかなってしまっていると自分で思っている。じゃあ、必要ないジャンと思うと僕は脳が働かなくなる性質なんだと思う。

でも、南米は英語が通じないと聞く。さらに、現地の言葉が話せたほうが面白いんじゃないかと純粋に思うようになったので、ちょっと勉強している。さあ、あと2週間ない。数字と簡単な挨拶はマスターしたいものだ。現地ではなまりとかあってすぐには理解できないかもしれないが、旅の楽しみが増えるのは確かだろう。

まあ、言葉とはその文化の背景や雰囲気をなんとなく理解することであるのだろう。だから、下地があれば、体に脳になじみやすいのかなーと。相変わらずプラス思考。のーてんき。

Posted by takeshi at 12:13 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 09, 2005
実に良かった
実に良かった。
基本的に、生きているだけで良いことしかないと思ってしまう人間であるのだが。

まあ、スペースシャトルが無事に帰還して実に良かった。本当に良かった。宇宙飛行士が無事に帰還できて本当に良かった。今回、無事に帰還できていなかったら、スペースシャトル計画はなくなっていたかもしれない。そうすれば、宇宙への夢は遠のくことになってしまう。

また、夢を乗せて宇宙へ行くことができることがうれしくてたまらない。

こう書いていると俺は宇宙好きなんだなー。小学生の頃からそうなんだけど。なんでだろう、なんかワクワクするんだよなー。宇宙。

Posted by takeshi at 11:52 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 08, 2005
政治家としての器
郵政民政化法案が参議院で否決された。個人的に、この法案がベストかどうかは別として民営化するのは当たり前だと思う。まあ、国政というなかで活動したことがないのでなんともいえない部分はあるが、政治も変わったなと思う。純粋に、意味不明な論理(小泉さん風に言うとわけの分からない論理ってやつ)がまかり通って、進んでいく政治は全くもって面白くないが、政治が変化しているのを見ると面白い。さらに、投票の瞬間や解散詔書が朗読される瞬間は何かワクワクする。あの場にいたいと思う。今後政治がどうなるかは読みにくくなっているかもしれないが、明らかに政治の内部は見えやすくなっていると思う。だから面白い。小泉という男の出現ととった行動によって、明らかに政治という常識が変わってきているとおもう。

野党のどのトップを見ていても、与党で反対した人や賛成してインタビューに答えている人を見ても真の政治家としての器があると感じられない。政治家としての器とは何たるかと言われると困る部分もあるが。

言い訳する奴とか、流される奴とか。へたれる信念のない政治家が多い。その中で小泉純一郎という男はすごい。顔の表情とかにも何か魂を感じる。肝っ玉が据わっているというのだろうか。政治家たるもの国を背負っているんだから、それぐらいの覚悟が必要だ。

あと、20年たてば俺は40だろ。その頃には政治はだいぶ変わってきているだろうな。くだらん根回しとか、自分の信念を持っていない奴とか、わけの分からない論理がだいぶなくなっていて、政治がまともになっていそう。ということは、あと、20年が政治の一番面白い時なんだろう。20年の間に、今、50から60代の人はいなくなってることだし。

こんな興味深い選挙が9月11日に行われる。しかし、投票できないのが悲しいところである。

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August 07, 2005
そらがあおいから
そらがあおいから
うみがあおいから

そこに大地があるから

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状況に合った歌詞の歌が自然と湧き出る不思議
状況に合った歌詞の歌が自然と湧き出る不思議。これは前から思っていた。前にもエントリーしたことあるかもなー。

Posted by takeshi at 09:33 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
これなんだろうな。
インドで偶然3,4回会った、足の悪いインド人との写真があった。この人はすごいいい人だった。言葉は通じなかったが。お互い理解していた。

これなんだろうな。

Posted by takeshi at 09:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 06, 2005
水分を取る練習
水分を取る練習をしている。
最近暑いからむちゃくちゃ水分を取る。だから、練習じゃないと思うかもしれない。

しかし、これは練習だ。普段からたくさん水分を取ることは重要で心がけているのだが、そのレベルでは足りないところへ行くから。

高山ではたくさん水分をとることが高山病対策になるらしい。ダイアモックスという薬、これは緑内障の薬らしいが、高山病の薬としても認められているらしい。日本では医者に処方してもらわないともらえなくって、高山へ行くといっても処方はしてもらえないらしい。この薬も利尿作用を高める薬なのだ。すなわち、よく水を飲んでよく小便をすることが高山病対策の基本であると。そのために水分をいつもより多く取る練習をしています。5000メートルでは一日5リットル、4000メートルでは一日4リットルが目安みたいです。

また、旅行先マニアになってきた。それに付随する情報も集めまくって面白い。キチキチのスケジュールを立てるのは嫌いかつ、自分のようなたびスタイルでは意味が無いが、現地のことを調べて知るのは実に面白い。

気温も面白い。あたりまえだけどエクアドルは赤道直下ということもあって暖かい。しかし、ペルー、ボリビアへと下ると寒くなる。ということで、エクアドルからペルーへ入国するあたりで服を現地調達かな。あと、ウユニでは多少雨が降っている模様。これはうれしい。うっすらとウユニ塩湖に水がたまる上体が最高だからだ。天空を飛ぶ気持ち。

それにしても、インターネットのおかげで旅の情報がすごく集めやすかった。ネットがない時代に旅をした人はほとんど情報は無かったんだろうな。だって、現地の気候だってアメリカのヤフーウェザーへ行けばどんな国のどんな都市の気候だって分かるし。それに、今までに行った事ある人の旅行記とかもすごく参考になるし。現地の代理店ともアポが取れるし。まあ、言語の大切さも痛感します。
Posted by takeshi at 10:18 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
だから旅をして
自分の常識をぶっこわしたい
だから旅をして

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答え無き選択をいかに行うか、答えなき不安をいかに処理するか
生きるうえで答え無き選択をいかに行うか、答えなき不安をいかに処理するか、これは重要なことになってくると思う。

さらに、この類の話をしたり、この類の問題の意見を求められたりすることがちょくちょくある。

その後は考え中。

Posted by takeshi at 10:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
人生とは想定外の積み重ねである
人生とは想定外の積み重ねである

生きていれば、将来をシュミレーションしていても、その想定外のことばかり起こる。

それが人生だ。それが起こるからこそ人生楽しくなるともいえる。

Posted by takeshi at 12:35 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 05, 2005
あの暖かさ
壁が忘れた昼の暖かさを思いださせた 
夕暮れの壁の暖かさ 
空が羽をひろげた 
空気のいろ
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ひとつだけの最後の夏休み
長い長い最後の夏休み
たくさんの思い出をつくることもできる
でもひとつだけを選択した
ひとつの中にも様々な出来事がおこるだろう
最後の夏の思い出
人生の思い出

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自戒
僕は神経が図太いというのか、ずうずうしというのか、態度がでかいというのか、あつかましいというか、ちょうしにのってる部分がある。

これがすべて悪いと思わない。この考え方のおかげで、いろいろなことができたのだと思う。

でも、少し違う。
関係ないが、
DVDを家で見れる設備がほしい。
でかいディスプレイも。
5.1chで。

何を見るかって、ミスチルのライブDVDと世界遺産。

来年だな。一眼レフデジカメとDVDセット。

Posted by takeshi at 08:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空に絵を描いてみた
空に絵を描いてみた

絵をかく場所がなくなったので、
空に絵を描いてみた。

失敗しても、たくさんキャンバスがあるから、
また違うところに描けばいいや。
Posted by takeshi at 08:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
August 03, 2005
臆病スパイラル
臆病スパイラルってあると思う。

臆病な人は行動を起こさないと、どんどん臆病になっていってしまう。臆病だったりビビリだったりする人は行動するということを通してしか臆病な部分を克服できないと思う。

安全のために臆病である部分も必要なんだけど、臆病な人が行動しないとどんどん脳の中だけで考えて、悪い方向に考えて、さらに臆病になり行動できなくなる。だから、臆病な人は行動して臆病スパイラルにならないように気をつけることが必要なんだろう。

now now now

start now
今はじめる。思い立ったが吉日。

これと関連するかな。
http://www.teratown.com/blog/archives/000721.html

Posted by takeshi at 10:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
雨なのに晴れた朝
雨なのに晴れた朝

雨という天気予報だったのに晴れた朝。
そんな日は何かうれしい。

Posted by takeshi at 10:19 PM | コメント (0) | トラックバック (2)|
最後に一番星を見たのはいつのことだっただろうか。
最後に一番星を見たのはいつのことだっただろうか。

あの薄暗くなった空に、
いつのまにか、
そっと
そっと
輝き始める。

そんな旅ができるといいな。

Posted by takeshi at 10:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
福井の兄ちゃん
福井に行ってきた。
ただ、福井に住んでいる友達に会うために。
友達といっても、一回しか会ったことがない。
それに、30分ぐらいしか話したことがないそんな人。

その時とはインドからネパールへ行くジープが一緒だった。彼は一番前の席、僕は一番後ろ。話すことはなかった。しかし、車が休憩で止まった店で、その彼は風景とどうかするようにブロックに座っていた。僕はなんかその姿が気になった。そして、声をかけた。その時何を話したかはもう記憶にない。たぶん、一言二言だったと思う。彼の座っていた席は、一番前の列なんだけど、そこに、4人座っていた。すごく狭いのに文句一言も漏らしていなかった。

そして、国境越えの時彼だけはみんなより一足先に済ませ、先で待っていた。なんかすごい自然なのだ。自然という言葉のほうが仰々しいくらいに。風が流れるような感じなのだ。それから、同じドミトリーになった。彼は何も言わず汚れたベッドを選んだ。僕は彼のことが気になっていたので、彼の前のベッドにした。何か話したかったのだ。たしか7人部屋ぐらいだっただろうか。シャワーはひとつで先にみんな入っていった。僕は風呂はあとでいいやと思い、彼に話しかけた。旅の話をしたんだと思う。そのほかにも出身県の話とか。たぶん、そんな込み入った話ではなかった。そうしていると、風呂に入る時になった。僕がいったら水が出なくなった。タンクの水が切れたのだ。海外の安宿ではよくある話。で、シャワーを浴びれなかった。彼も浴びれなかったが、別にいいやと心のそこから気にしていない感じだった。ドミトリーなので、電気を消してすぐなないといけなかった。その前に、彼に連絡先を聞いた。正直、切り出すのに躊躇した。連絡先を聞こうかどうか相当悩んだ。旅は一期一会であって、連絡先を交換するような人ではないと僕も感じていたから。僕はそんな考え方の人だから魅力的に写った。でも、聞くと決めてたずねると彼はPHSの番号とアドレスをを書いた。そして、高校のときから使っていて変わってないといっていた。彼も手帳を出してきて僕の連絡先を書いた。次の日も朝からバスで出発だったしみんなすぐ寝た。

あさ、宿で朝飯を食べた。そしてみんなで写真を撮ってもらった。彼はビルガンジへ僕はポカラへと向かった。

それから日本に帰国しても連絡を取らなかった。僕からも無効からも。でも、なんか気になっていた。その生き方が自然すぎるのだ。でも半年ぐらいたって突然メールが来た。彼は北海道の極寒の地で一人で旅をしている時だった。メールがうれしかった。なんか、僕から連絡先を聞いたから、こっちが一方的に気になっていただけかと思っていたら、向こうからメールをくれたし、この人ともっと話したら面白そうと直感的に思っていたからだ。それから、たまに旅に出る時などにメールをやり取りした。そして、福井に遊びにきたらとメールが来たので、すぐに行こうと思った。僕はもう、どんな用事が他にあろうと福井に行くと心で決めていた。すると、夏休みの時間があるときになったら連絡するとメールが着てから、2ヵ月後ぐらい、本当にメールが来た。なんか、これなんだろうな。その信頼感というか、ささいなことを覚えているというか。

そして、福井に行くことになったのだ。回りに言うとわざわざ福井までそのためだけに会いに行く理由が分からないとか、旅先でそこまで話したわけでも、仲良くなったわけでもないのに、なぜ?と首を傾げるし、お互いがどんな人間かも分かっていないのに、という人もいた。けど、僕はなにか確信に似たものがあった。この人は自分と話があうな。話だけじゃなくって生きるベースが共有できるなと。行く前、部屋にクーラーがないけど余裕でしょ?ってきた。俺はクーラーなんかとは縁がないので余裕だ。暑い時は汗をかけばいいのだ。

そして、福井へ行った。18きっぷで。金沢まで金沢21世紀美術館に行って菓子折りを買って、夕方17:30に福井駅から2,3駅先の駅で待ち合わせた。定刻通りに来た。彼の家にお邪魔した。彼の部屋でお茶を飲みながら話した。世界地図、モンサンミッシェルのでっかいパズル、マチュピチュのポスター、数限りないCDと世界遺産のDVDすべてそろってる、サッカーボールも。うけたのが、インドでずっとはいていたぼろぼろのジーパンを洗わずに、壁に飾ってあった。なんかいいよなーその感じ。
夏にいくたびの話(彼はイランとアルメニアに行くらしい。それもあった日の前日に決めたらしい)とか、ちょうど一年間にあった出来事の話とかいろいろ話して、スーパー銭湯へ行った。露天風呂の岩場に座りながらいろいろ話した。ガラパゴスの星のこととか。将来のこととか。たぶん、風呂に1時間以上いたとおもう。一人旅をする人は間(ま)を分かっている。常に一緒にいるわけではない。自分の行きたいところには行く、常に一緒にいるわけではない。でも、一緒のところに行く時は一緒に。なんか一人旅をする人のその距離のとり方が好きだ。

僕が蚊取り線香をたいたことも彼は覚えていたり、彼はインドをなめていたといっていたって話をしたり。それから、また車でスタミナ太郎で食った。がんがん食う予定だったが、肉が意外と食えない。年なのかと話していた。ティラミスがうまいといって彼は5個ぐらい食っていた。好きだといったらミスチルのシングル、アルバム、DVDすべて集めるし、世界遺産の雑誌もすべてそろえるし。飲み会に一回も行ったことないらしいし。なんか、性格の片鱗が見えるのだが、ここで書いたことだけから想像したら実際の人物と全く違うだろう。なんか、僕が今言葉で表すことはできない。それぐらいの人間なのだ。

で、部屋に戻って寝る準備をした。ミスチルのDVDを見て盛り上がったり、お勧めのCDを聞いてみたり。夜は意外と早く寝た。しかし、3時ごろに起きてまた少し語った。

あさ、9時ごろだっただろうか。起きて朝食をいただいて、出発した。永平寺と東尋坊へ。雨という天気予報だった。案の定ぱらぱら降ってきた。さらに、永平寺につく頃には激しい雨だった。こんな雨一年に一回歩かないかというほどの。でも、駐車場で傘を貸してもらって永平寺へ。曹洞宗の総本山らしい。300人が修行しているという。一回修行してみたいって話していたけど、中途半端にはできないよなーって話してた。それから、大学の近くにある蕎麦屋に。長島さんも着たことのある店。住宅街に一軒だけ店がある。そんな店なのに並んでた。おろしそばを食った。うまかったなー。店を出ると雨はやんでいた。東尋坊は雨だったらいけなかったので、晴れてよかった。時がたつにつれ晴天になってきた。うれしい限り。そして、東尋坊へ。想像していた以上だった。絶壁だ、柵も何もない。自然なんだから当たり前だといわれた。そうか。でも、日本だと安全とかいって柵を作りそうかと直感で思ったんだろうな。ギリギリのところへ行くのは怖かった。腰が引けてた。しかし、そいつは普通にギリギリのところまで行く。ぜんぜん怖くないと。本当に怖くなさそう。すっすって歩いていく。それから、家まで戻った。外国で撮ったの写真を見せてもらったり、ラオスのビザを見せてもらったり。それからカツどんをいただいた。そして、駅まで送ってもらって分かれた。駅から歩いても2,3分なのだが 笑 ちなみにこの武生という町、福井で二番目の都市らしい。そんでもってどっかと合併して名前が変わるとか。非常にいい旅だった。

こんなことを話した。

タイがどうしても苦手なのも似ている。日本人の貧しいたびといえばって感じでみんな行くのがいや。
五大陸性制覇したいとか、全権制覇したいってのも同じ。
行きたいところも大体似ている。
スペイン、ポルトガルに行ったのも同じ。
写真を見て直感でいいと思って旅に出るスタイルも同じ
ミスチル好き。夜にライブのDVDを見た。そして、彼のお勧めの曲を聴いたら、いいチョイスだった。曲の趣味まで合う。
今まで旅先で一人としか連絡先を交換していないらしい。それが俺らしい。なんかうれしかった。
そんな福井の兄ちゃんは福井で医学部に通う4年生。
ビザがかっこいい。ビザがいらない国でも安いならとりたい。
スペインとポルトガルの国境で反復横とびを50回したとか。
JTBの店長とも仲良くなってる。

あと2年大学いって、2年研修医、そして病院で2,3年働いたら若い時期に海外で医療活動をしたいらしい。
たぶん、30歳になった頃、見知らぬ国の見知らぬ村で診察している彼に会いに行くんだろうな。
そこが、どんな場所であろうと、どんなに忙しかろうと。
そんな気がする。

すべての友達にありがとうって心のそこから伝えたい気分。

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プレゼン方法
誰に 何を どうやって伝えるか
プレゼンは相手に最終的に何をして欲しいのかを明確にする
プレゼンはキーワードと雰囲気しかのこらない
明確具体的夢のあるビジョン 

Posted by takeshi at 03:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
家族
家族とは不思議なものである。
ずっと会ってなくて何ヶ月ぶりに会っても毎日会っているような、昨日も会ったような気持ちになる。
多分これが血の繋がりなんだろう

Posted by takeshi at 03:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|

2005-07

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_07.html

July 28, 2005
浪漫なのにロマン
浪漫なのにロマン

なんかいい言葉だ。
ロマンがある日々を送りたい。

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カーテンから空の青さ
岐阜にいたころからカーテンを空けて寝ていた。夏も冬もだ。冬は親に寒いからカーテンを閉めて寝ろといわれたこともあったが、基本的には一年中あけて寝ていた。夜寝る時は星が見えるし、月が見えるし、朝は太陽と青い空が。

太陽の光で起きると気持ちが良いのだ。それに、起きた時に暗い部屋よりも明るいほうが何か落ち着く。さらに、その日の天気も分かるし。

だから夏は早起きだ。太陽の光で自然におきる。本当に朝太陽の光で起きるのはすがすがしい。
さらに、目を空けたときに青い空と白い雲がパッと目にはいる瞬間の突き抜ける喜びと爽快感。

あれは、カーテンを開けていないと味わえない。
台風一過というやつか。
昨日の太陽の暑さ、空気、空の青、はスカーンとしていて、気持ちよかった。一年に何度味わえるだろうかというほどの爽快感。昨日は、ただそれだけで気分が良くなった。あんなにもいい天気なのに、部屋でクーラーをつける理由が分からない。すがすがしい汗をかくのは心地よい。

Posted by takeshi at 01:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
可視光通信
パルスポジションモジュレーション フリクエンシーシフトキーイング LED 法規制がない 電子機器へ影響無し 範囲限定 目で見れる 毎秒数十メガ

Posted by takeshi at 01:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
過去の記憶の時間軸
脳で更新されてないと思っている記憶も更新されている 時間軸で更新されてる 何も意識しないで生きてても昔の記憶はどんどん昔のこととして脳で判定されてる 全ての記憶と時間軸の関係がきになる 思い出せない記憶ともからみそう  
Posted by takeshi at 01:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 27, 2005
乗り物
飛行機にしろ、スペースシャトルにしろ、船にしろ、スポーツカーにしろなんにしろっわっくっわくする。

小さいころ乗り物図鑑とか見ていた時もワクワクしていた。

僕は、一個一個の乗り物に関して機種の名前とか詳しくないが、実際に乗ったり、見たりするのは大好きだ。本当に心躍る。わぁーーって感じ。

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July 26, 2005
そこに行ってみたい、自分で見てみたい。それが原点
野口聡一さんが搭乗しているスペースシャトル・ディスカバリーが日本時間26日午後11時39分に無事に打ち上げられた。

いやー、すごいな。すんごい。

宇宙へ飛んでいった。あの、飛ぶ瞬間を生で感じ取りたい。

まさに、野口さんが宇宙に行く思いがこもった言葉。
「そこに行ってみたい、自分で見てみたい。それが原点」

 
Posted by takeshi at 11:57 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
小さなノートに詰まった時間
小さなノート。
普通の大学ノートの1/4ぐらいのサイズだろうか。

一人旅をする人はだいたいカバンに挟んで持っている。
ボールペンと一緒に。

言葉が通じない時に、絵を描いたりしてコミュニケーションをとる。
であった人との連絡先を交換したり。

普通は、大学ノートはノートだけで完結してしまう。
でも、小さなノートは限りなく続く時間という可能性を持っている。

Posted by takeshi at 07:11 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空に空に
スペースシャトル。

この打ち上げが見たい。僕の趣向が分かっている人なら、ああ、って分かるかもしれないが、まさに、ああいうものを見たい、感じたい。スペースシャトルが発射するときの轟音。煙、振動、想像するだけで、心の奥底からぞくぞくしてくる。

なんだろう、何か極限のような気がする、そんなものに夢まで乗っているような。

昔、宇宙飛行士にマジでなりたかったんだよな。何だろう、あのゾクゾク感。ワクワク感というより身震い一歩手前のゾクゾク感。

何度延期されても、しぶとく見ます。この前は4時に起きたら延期で寂しかったけど。それと絶対に絶対に生でスペースシャトルの打ち上げを見たいな。夜とかだとベストかも。

Posted by takeshi at 04:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
なんか脳が反転するような
なんか、脳が反転するような考え方のベースが覆るようなものに出会いたいと最近思う。今まで生きてきて、そのようなことは何度かあった。

一人で海外に行ったりとかして、何でもできるじゃんと思った経験とか、自分の考えってのは客観的といっても自分の主観でしかないんじゃないかと気づいた時とか。マスコミとか偉いとされている人の言っていることは嘘が多かったりとか、そんなことを知ったとき。これらはたいしたことないように思うかもしれないけど、何か行動する時とか、判断する時すべてのベースになっている考えだ。だから、大きな影響なのだ。

それは何かしらの経験でも、自分の頭で考えて気づいたこと、誰か人に会ってかも、本を読んでかも、旅でも、芸術作品でも、修行でも、電車に乗っているような日常でも、友達と飯食って話している時でも。何によってかは分からないが。

なんか、そんなものを今求めている気がする。自分の今の考えがぶっ潰されて根底から変わってしまうのを望んでいるような。しかし、ビビリな人間だからそんなような出来事に出会っても、守りに入ってしまい徐々にしか脳が反転しないということがありそうだ。

たぶん、周りから見たら何も変わっていないんだろうけど、自分だけ分かる。それも、瞬間で感じるんじゃなくて、ふっと気がつくと。

Posted by takeshi at 12:30 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 25, 2005
思い出せない記憶
三木成夫記念シンポ 
発生と進化 

思い出せない記憶 アーカイブとして残っている(脳に保存されている)が、意識的に思い出すこと、引っ張り出すことができない記憶。意識の中で表象されない記憶

フロイトの無意識
生命記憶を思い出す

Screen Memory 思い出したくない記憶を覆い隠す

オーナーシップ 自分の記憶とは何か、過去からの痕跡、臓器に残っている、遺伝子にあるものは?記憶は誰のもの?

創造性Creativityを合理的に捉えていきたい

創発 emergence

偶有性コンティンジェンシー 半ば合理的、半ば非合理

FOK (Feeling of Knowing)

思い出すことと想像する事は似ている ロジャーペンローズ

ヨナのコンプレックス(自分の能力をフルに使うことを恐れる、自分の枠の外に出ようとすることを恐れる)

世界観を広げる、変えること、予定調和ではない・

イントロン

2600年の教科書を考えてみる。
Posted by takeshi at 11:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
飛ぶ夢を見てから1年
ちょうど一年前に原美術館で「飛ぶ夢を見た」という写真を見た。あれは、茂木さんの日記でこの写真を見て衝撃を受けた。

そして、知ったのが写真展が終わる2日前だったが、テストの合間を縫って品川のソニーの森の奥にある住宅街の小さな美術館へ行ったのだった。

あの写真は大きなパネルで2階の部屋においてあった。

http://www.teratown.com/blog/archives/000748.html

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July 23, 2005
答えってあるのか
たぶん答えってのはない気がします。

いくら悩んでも、答えはないが選択するしかないのかなと、なんとなく思う。

しいて言うなら、選択したものが答えになるのかなぁという気がする。
Posted by takeshi at 05:27 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 21, 2005
夏の敵は蚊だよ
蚊だ。蚊。ふざけるな。

家よりも外のほうが涼しいから、公園で座って本を読もうとしたんですよ。ちょっとたつと、なにやら足が、手が、ああ、蚊だ。蚊に刺された。何だ、あの蚊って奴は。

大嫌いだ。さされたところを掻くとさらに皮膚がやられるし。絶えるしかない。ムヒなんぞもいいのだが、油っぽいし。絶えるだけしかないのである。

でも、蚊を嫌いになったのはインドに行ってからだと思う。ネパールのカトマンズからパトナというインドの町にバスで向かった時の国境のことである。そこは蚊地獄だった。まさに、発狂しそうで、気が狂いそうなくらいの蚊であった。それはネパール(ビルガンジ)との国境でインドのラクソウルという小さな町だ。その時の状況はここに書かれている。

あの、街の埃っぽさと、蒸し暑さと、暗さと、人がうじゃうじゃした感じ。夜光バス出発のために、バスの中で待っていると、ビニールのシートと汗をかいた足がべたつく。そこに、大量の蚊。マラリアになるかもという恐怖心も少しあり、蚊がいやでいやで。

Posted by takeshi at 05:43 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 20, 2005
バカなおやじになりたくて
なんていうんだろう、無謀であれば無謀であるほど。

そこにあるまん丸の太陽を掴み掛かるような。

砂漠で迫りくる星を殴り返すような。

向かい来る風の木を打ち返すような。

でも、あるかないか分からないほど透き通った瞳で。

そんなバカなおやじになりたくて。

Posted by takeshi at 08:41 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
行ってきます
いってきます。行ってきます。

この言葉って、実はすごい言葉だよな。

いろいろな意味がふかされていて、また覚悟を決めたような、そんな重みを持った言葉であるきがする。
行ってきます。

Posted by takeshi at 08:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
バカなおっさんになりたくて
旅する前の地図は、

    ただの紙きれである

戸井十月 『旅人に訊け』

Posted by takeshi at 08:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
テレビとの距離、PCとの距離
テレビとの距離、PCとの距離

ブロードバンドとか言うと動画が見やすくなるという、

インターネットを好んで長時間やる人たち、ネットヲタクはせっかちだと思うんです。自分で自分の時間をコントロールしたい。

以前のエントリー

だとすると、ネットであんまりテレビは見ないんじゃないのかな。

テレビは大衆を相手にしているので、情報が薄すぎる。だから、個人で使うPCのネット配信することは向いていないと思う。

少なくともネットヘビーユーザーを対象に配信するのはね。

ネットヘビーユーザーを対象にしないんだろうけど

Posted by takeshi at 08:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 19, 2005
夢で詩を読む
最近、夢の中で詩を読んでいることがけっこうある。

しかし、どんな内容な詩を読んだかは覚えているが、一字一句覚えてはいない。

が、5行ぐらいの詩だと思う。
「なんでもやりたいことをやっている人は悲しい」、というような内容の詩だったと思う。

夢を覚えておきたいな。
メモ帳を枕元において、すぐ書くといいのかな。

Posted by takeshi at 07:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 18, 2005
思い立ったが吉日って言葉
思い立ったが吉日って言葉は天才的な言葉だと思うわけです。

僕は、今しかできないことを重要視したりもするわけなんですが、基本は「思い立ったが吉日」です。

実際にそうだろうなと思うこともあるのですが、この強引なまでの自己正当化っぽさも好きであります。

ということで、思い立ったが吉日。単純な言葉のミスは情けない。しっかり覚えます。人の言葉遣いをいう前に、自分をなおします。

Posted by takeshi at 10:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
思い立ったら吉日って言葉
思い立ったら吉日って言葉は天才的な言葉だと思うわけです。

僕は、今しかできないことを重要視したりもするわけなんですが、基本は「思い立ったら吉日」です。

実際にそうだろうなと思うこともあるのですが、この強引なまでの自己正当化っぽさも好きであります。

Posted by takeshi at 10:28 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
SonyExploraScience
お台場のアクトシティだっけ、そんなところにあるソニーのExploraScienceってところ。

インターフェース形が多かった。触ると微弱な電機でってのが多かったなー。

でも、衝撃を受けるほどのものはなかった。

インターフェース難しいよなー。一気に、脳でイメージしたことで動かすってことになりそうだな。なんとなく。

Posted by takeshi at 09:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
当たり前なんだけど、ずーっと不思議なこと
当たり前なんだけど、ずーっと不思議なこと。違和感のあることがある。

友達数人と一緒に話していたとする。その友達は、家に帰る。ばらばらになる。しかし、また何日かたったら同じところにいる。これが不思議でならない。当たり前すぎるのだが、これがなんか違和感というか、そんな感じ。もっと極論を言えば、なんか有名な人が自分の近くにいて、話していたとする。その人がテレビに出ていたりした時に感じる感覚。そして、また一緒にいる、その感覚かな。

もう少し言うと、今一緒に話していた友達が、一人はチベットへ行き、一人はアフリカへ。そして、また一緒のところに戻って話していることも似ている。

共有している時間はひとつしかないものであるように感じるのだが、ばらばらになった時に時間がパラレルであるという感覚を覚え、また時間は唯一のものという感覚を覚えるのが不思議なんだと思う。結局のところ自分の意識外での時間の流れというものが不思議というか、信じれないというか、つかみきれていないというか、果たして。。。

そもそも時間って言うよりも、空間の認知の問題といってもいいのかもなー。自分の存在していない空間が本質的にあるのかどうかって話とかもあるしな。

Posted by takeshi at 09:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
小学校とか中学校とか
小学校とか中学校とかは夏休みなんだ。

あのコロの生活には区切りがあったな。明確に夏休みとその他の日には白と黒ぐらいの差があった。
大学生は、グラデーションな感じだ。

社会人もまた白と黒の世界だろう。

あの夏休みが訪れる時の独特の感情はなかなかいいものだったな。

Posted by takeshi at 09:03 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
PHS復活しました
PHSのメール復活しました。

どうもwillcomの問題のようでした。
お騒がせしました。

Posted by takeshi at 08:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 17, 2005
エスポワールな料理屋店主
松嶋啓介。像熱大陸でやっていた。フランス・ニース在住の料理人。27歳。

20歳の時にコネも何にもなくフランスに渡って、エスポワールに選ばれる。
何にも持っていなく乗り込んで、夢を達成した、サッカーの三浦カズヨシと一緒にとった写真を支えに、単身フランスで耐え抜いた。裸一貫で乗り込んで、勝ち抜くってこと。でも、そんな表現よりも自分の思ったように楽にやって、ひらめきを実現してって感じ。

ニースに自分の店ケイズパッションをもつ。
エスポワール、期待の星 星に最も近いレストラン Kei’s Passion 座席22席

客が席についてから直感で料理を決める。
ひらめきで料理をして毎回毎回勝負をする。
ランチは23ユーロ。

厨房では松嶋が一番年下。

ミシュラン調査員は一人できて、会計の時に水戸黄門みたいに名刺を出すらしい。

物怖じしない。貪欲。あたって砕けろ。20歳でフランスへ行き、25歳の時自らの店を持つ。
人のことをいい名と思うなら、やればいいじゃん。いいなと思えるなら、その人にもできるんだから。

味が落ちたとうわさが出れば客なんてすぐいなくなる。
信じた道を走り続けるしかない。

バルセロナ。今料理界で最も刺激に満ちている国。
世界一といわれるレストラン、エルブジの元No.2の友達カルロスアベジャと。

分からないことがあれば質問攻めにする。
追い込まれるとやるほうなんで。友達の料理人に自分の一番の料理の秘密を教えてしまう。

ミシュランの星よりも大切なことがある。
親友の南フランス有数のワイナリー。いいワインを知るには、その土地を知ること。食材が生まれた土や風を知る。

ひらめきには偶然ではなく、必然と確信がある。

普段から何に対してもアンテナを張っている。何を食べても、何がおいしかったか気にしている。

自然に触れると頭が働きますよね。

誰も食べたことない味でも、自分の頭の中では、味が創造できる。
最高の瞬間はひらめきがぴたりと当たったとき。

人を驚かすことができるって言うのが楽しい。

一人前の大人になるということは、自分を分かるということ。
富や名声のために、自分の道を曲げない。
自分の道は自分で決める。

一年に一回しかこないミシュラン調査員よりも、毎日来てくれるお客さんに喜んでもらえることのほうが重要だ。

小澤征二さんもスクーターを持ってヨーロッパに乗り込んで、ここまでになったというしなー。

Posted by takeshi at 11:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
野茂英雄
NHKの日曜日のスポーツニュースの特集より

1995年大リーグデビュー

6つの球団を渡り歩く。そして、戦力外通告を今日受けた。
そんな日に、偶然インタビューが報道された。
収録は200勝達成2週間後のインタビュー。

HIDEO NOMO

誰よりも早く球場にあらわれ、コンディションを整える。メジャーに入ったからずっと。
フォームの修正点が思いついたらすぐに、投げて試してみる。

実践のための練習。練習のための練習ではない。

一球一球にプランを持っている。

どんなことがあっても、同じことを続けている。それは普通。それをやらなきゃ、次の試合に勝てない。

毎年3,000球投げてきた証。

何よりも大切にしてきた球、ストレート

全盛期150キロを超えた球も、今は140キロ台。だが、ストレートにこだわる。
ストレートが武器にならないと、他の球も生きてこない。
オープン戦最後の登板(マイナーからメジャーがかかった登板)、打たれても打たれてもストレートにこだわった。ストレートがどこまで通用するか試し続けた。

マウンドで力を出さないと、本当の意味でチームに入れない。でも、一試合一試合結果を出さないと信頼されない。常にそれを思ってやっている。

マウンドを達成するためには、変化模索し続けていた。

上半身の強化をすることで、シーズンを通して戦える体を維持しようとした。ピッチングのためにはどんな変化も受け入れる。三振にこだわる投球スタイルも変えた。そうしないと、長いいイニング投げれない。相手も自分のことをわかってきている。

200勝を前にあと一勝ができないでいた。登板した翌日、球場の一室で自分の投球を食い入るように見ていた。どこを修正すればいいのか。答えを追い求める。

ブルペンでも意識が変化していた。ピッチングコーチのアドバイスにも耳を傾ける。役に立つと思ったものは何でも受け入れる。マウンドで結果を出すために、変えるところは変える。

野球があって、グラウンドで結果をださないと認めてくれないから。

野球に対する真摯な気持ちは揺るがない。
プロでもアマチュア精神。毎試合毎試合、試合をあきらめたくない。アマチュアはその試合に負けたらそれで終わり。その精神。あきらめたくない。

野茂の練習量にはかなわない。

先発として、チームの代表として投げるのだから恥ずかしい姿は見せてはならない。

Posted by takeshi at 10:34 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
PHSのメールが使えません
なぜかPHSのメールが送信も受信も使えません。
電話は通じます。

もし、返信が必要なメールを送られた方がいましたら、PCメールか電話でご連絡ください。

よろしくお願いします。
Posted by takeshi at 09:02 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
テレビとネットと静止画と動画
テレビは物事のほんの一面しかあらわせない。それは時間とかの制約も出し、視聴者のレベルに合わせる問題も。だから、本当に危険だなとつくづく思う。テレビで興味を持ったことは、自分で他のメディアを使ってしっかり調べるように気をつけよう。

ネット人(ヘビーユーザー)と動画は親和性がすくないのかも
ブロードバンドで静止画から動画というが、ネット人はせっかち、動画はこちらがコントロールできない。だから、あまり動画は見ないんじゃないかな。

ヘビーユーザーが使わなかったら、一般の人にも広まらない。だから、動画の広まりは疑わしい部分もある。それに、PCというものが、自らがコントロールするものであるという認識が人にはある。テレビは自分は基本的に何もせずに動いているもの。その違いもあるだろう。

それか、ネットのヘビーユーザーじゃない人にいきなりアプローチして広める方法をとるか。そんな方法ってあるのかな。この方法が確立できればすごいと思う。アーリーアダプターを飛び越す、大衆への直接マーケティング。マスメディアとかではPC系は難しいからなぁ。

 
Posted by takeshi at 05:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空母か飛行場か
空母か飛行場か
パラグライダーかジェット機か

基本的にまとまりはなく、いつもはじめる時に着地点は決まっていません。そのとき次第。あまり
将来のことは考えずにとりあえずやってみる性格。やってみて、感覚をつかんでいく感じの人間です。脳的にも、実際にやり始めるとやる気が出てくるという人間の特質はあるみたいです。たとえば、掃除をめったにしないのにやり始めると、徹底的にやり始めるとか。

まあ、それはいいとして、何かをやるにはきっかけがある。そのきっかけが空母か飛行場か。何かに瞬間的に反応し一瞬でエネルギーがたまり、一気に決断して飛び出すのが空母な人。一方で徐々にやりたいことを見つけ、そのやりたいことへの気持ちが積み重なってゆっくりとやり始める人が飛行場な人。

パラグライダーかジェット機かは飛び出してから、とりあえずやり始めてからどうするか。パラグライダーは何かを始めてから、何がいいかなといろいろ試してみる。寄り道をして、その過程で着地点を見定めていくタイプ。また、ジェット機はひとつの達成すべきゴールを定め猪突猛進。直線で一気にゴールまで駆け抜ける人。その間に寄り道とかはしない感じ。

なんとなく、いろいろな人の行動とか行動にいたるまでの経緯を見たり、聞いたりして、いきなりこんなことを考えてみた。

特にまとまった考えではないけれどね。

自分は空母で、パラグライダーかな。たまに物事によってジェット機になる時もある。

Posted by takeshi at 04:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 16, 2005
ワクワクするものを共有できる人
ワクワクするものを共有できる人、この人としか友達になれないんだろう。

人それぞれワクワクするものがたくさんあって、そのどっかに引っかかれば一緒にいて楽しめるということだ。

なんか、悲しさを共有できるだけでは仲良くなれる気がしないし。

とりあえず、なんであれワクワクする対象が重なるってことが重要な気がした。感覚的に。
なんでいつも思いついたことをメモするかというと、簡単に言えばメモ代わり。後から自分で読むと、ああ、これってこう考えればいいジャンとか。なんか困った時に解決材料になるから。まあ、これは僕以外の人には僕と同じ価値はないわけで。これは僕の脳から生まれてきたものだからこそ、僕が後から読むと価値を持ってくるわけで。

僕以外の人が読んだ時の価値とは全く違うと思うのです。はい。

Posted by takeshi at 10:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
汗だきる夏らしさ
汗だきる夏らしさって

汗だきるってどういう意味っていわれても分からない。たぶん、日本語にはない。私の作った言葉。

夏だよ。日本の夏だよ。
蒸し暑い、体がベトベトするなつ。それが汗だきる夏です。

私は昔から自分で言葉を作る傾向にある。
のめのめしい。とかね。この言葉はすごくいい言葉だと思う。的確に状態を表しているとおもうんだな。

だから、最近若者の言葉が乱れているとか、若者が新しい言葉を作っているとかどうのこうのニュースで言っているが特に気にならない。ただ、通じなかったり、相手に失礼なのは問題があると思う。

文法的に間違っていても、すごく豊かな表現とかある。別にこれは女子高生とかが作った言葉じゃなくても。詩人とかって文法的に用法的におかしな使い方をしていることも多いと思う。それは文字の制限が理由なのだが。でも、そこで使われている言葉を見て豊かな感じを得る。

まあ、そうさ、言葉なんて感覚でしか理解していないのさー。外国の言葉が分かるようになる瞬間ってのは、相手の文化とか表現の背景にあるその国の人の思考回路がだいたいつかめた時だと思うんだなー。言葉の文法的な辞書的な意味が分かる時じゃないと思うんだなー。言葉なんてそんなもんだと思う。そんな共通の感覚を持っているってことが重要なんだと思うんですよ。

多くの人に伝える時は、正確に使う必要があるかもしれないけどね。
何が言いたいのか分からないが、夏だということが言いたい。私はなtうが好きだということが言いたい。夏でも冬でも夏がすきといい続けているといいたい。日本の夏が好きだ。夏になるとこう心が躍る。

ただそれだけ。

夏だぜ、暑いぜ、カマキリリュウジ。 小学校の教科書の詩の一部

Posted by takeshi at 10:11 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
ちょうど一年たったのかぁ
この前の木曜日、7月14日かなちょうど芸大の美術解剖の春学期最後の授業だった。

昨年の秋学期の一番最初の授業からもぐり始めたのでちょうど一年間丸まるたったことになる。行かなかったのは一回だけかな。それ以外は遅刻しようとも行っていたし、自分の中で重要度ランクは相当高かった。

一番最初教室に入った時のドキドキ感は今となっては懐かしい。

去年の授業形式と、今年の授業は全くといっていいほど違う。去年は茂木さんがメインで授業していたけど、今年は外部からいろいろな人がいらっしゃってお話してくださる。それも、普段お会いすることなんてできないすごいな方。でも、個人的には去年のような授業スタイルがいいなー。

こんなに芸大に行くなんて、全く想像もつかなかったことだ。
Posted by takeshi at 09:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ひらめき
ひらめきが世界を変える

学校の試験はひらめきとは関係ない。学校の試験とは関係ないところにひらめきがある。

ひらめきには脱抑制が重要。

経験をつめばつむほど経験アーカイブが増えるから、ひらめきが増える。

Aha!体験

よくわからないけれど、答えを知るとそれ以外に見えなくなる。0.1秒のひらめきで見え方が変わる。

答えが決まっている問題を答えるより、ひらめく時のほうが脳に良い

なにかが分かった瞬間に神経細胞が一気に活動する。

・アハセンテンス(キーワードを出すと、意味が分かる文)
布が破れると、ワラの山が重要になる。(パラシュート)
鍵が壊れると、
キーワードを知ると、ああ、そうかという驚きがある。

時間制限とか正解がどうだとか忘れて、いくら時間がかかってもいいから、他の人が考えなかったことを思いつく。コンピューターはひらめかない。

アハ体験がどれだけもてるかで人生の幸せさが決まる。

なんだろうと考える時間は贅沢な時間

茂木さん

Posted by takeshi at 08:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
「行動して」「気付いて」「観察して」「理解して」「実現する」
経験が絶対に論理を超えているからなんです。論理で予想できるようなことはわざわざ経験する必要がないですから。何の脈絡もなく入ってくるからこそ、経験というものには価値があるわけです。

そうだと思います。

「行動して」「気付いて」「観察して」「理解して」「実現する」

Posted by takeshi at 05:09 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
サービスの質なる物
サービスの質なるものに今まであまり興味がなかった。良いか悪いかは分かるが、サービスの質に対して喜びというか効用を感じていなかった。最終的に求めているものさえ達成されればサービスとかはどうでもいいぐらいで思っていた。だから、サービスが良いから高いってものに全く興味がなかった。

世の中全く同じ商品を購入するにしても、料金が違う。すなわち企業の利益とかコストが違うからなんだろうけど、そのコストのひとつとしてサービスが違うこともある。さあ、同じ商品ならサービスが良くて高いのか、サービスが悪くて安いのどれを選ぶか。

セルフガソリンスタンドのように、サービスが簡略化されている場合はまた別です。

安心だろう。
自分がやりたいことを確実に達成するために、無駄な不安を持たずにできること。

あと、気分がいいか悪いか。いい気分でいたいじゃないか。ってことなのかな。僕はあまり怒りの感情がないので、あまり高いサービスを求めてないのかも。

コンビニのファックスも改善されてたしなー。送った後に送った内容と送り先が確認書類として出てきた。

Posted by takeshi at 09:21 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 13, 2005
きっかけ
きっかけ
凍るきっかけを失った水。この表現が何かしらの美しさを持っている。

変わるきっかけ

何かを始めるきっかけ

きっかけを見極める

きっかけ。あるよでないようで。

Posted by takeshi at 07:51 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
インターネットとテレビ
別に当たり前なんだよな。

作る側があえてインターネットとテレビの融合を考えて作り上げていなくても、ユーザーは勝手に両方をうまくミックスして使っているんだよなー。

当たり前だけど、テレビで紹介されてすぐメールが来る。それも、テレビで見てインターネットで検索して、申し込みましたとか書いてあるとさらに実感として感じる。

やっぱり、いつも思うけど、自分以外のものを理解しているのと、実際に体験するのでは感じるものが全く違うなー。

Posted by takeshi at 12:32 AM | コメント (0) | トラックバック (2)|
July 12, 2005
旅人が答える100問
1 お名前、性別、生年月日、血液型をどーぞ。
teratown 男 1983年 A型
2 あなたのお仕事はなんですか?
学生
3 出身地と現在住んでいる場所を教えて。
岐阜、東京
4 もし海外で暮らしたことがあるなら、それはどこ?どのくらいの期間?
なし
5 年に何回くらい海外旅行をしていますか?
1,2回
6 暑い国と寒い国、どちらが得意?
暑い国
7 自分に、海外でも通用するもう1つの名前をつけるとしたら何にする?
KEN
8 外国人に自分のどんな部分をアピールしたい?
特になし
9 今まで行ったことのある国と回数を教えて。
ギリシャ2回、トルコ、シンガポール2回、スペイン、ポルトガル、モロッコ、インド、ネパール、韓国
10 どんな旅のスタイルが得意?
行く地域にひとつだけ強烈に行きたい場所とか、理由があってそのために行く。あとは、まわりを適当に思うがままに行く感じ。宿とかは安いのをがんばって見つけて、現地で告ぎ生きたい場所を探す。基本的に広大な自然が好き。海、空、塩湖、山などなど
11 旅に出ると私は○○になります。○○をうめよ。(文字数無制限)
しっかりもの。荷物の整理とか日記とかもまめにつける。
12 今後行ってみたい国はどこ?
ボリビア、エクアドル、ペルー、中国、砂漠、中東、キリマンジャロ、南極とか北極とか
13 初めての海外旅行はいつ、どこだった?
ギリシャ、高校1年
14 初めて海外に降り立ったときの感想を一言。
空気が違った。
15 あなたがむしょーに旅立ちたくなるときってどんなとき?
前回の海外旅行から時間がたった時。海外の自然の写真とかをみて強烈に魅了された時。日本での生活では自分にまとわりついたものが多くて、いろいろ細かすぎてめんどくささ苦なった時。あとは、自分の人生において一人になる必要があるとき。
16 愛用のガイドブックは?
歩き方。ロンプラ
17 よくお世話になる旅行会社は?
とくになし。安いところ。
18 お気に入りの航空会社は?
特になし。どんな飛行機でも好き。機内食も大好き。あと、飛行機から見る日の出、夕日、星が大好きで何時間でも見ていられる。見ていたい。
19 旅にどんな機種のカメラを持って行く?
オリンパスのCAMEDIAかな。
20 今までに行った国の中で、あなたのベストはどこ?
どこも良かった。小学校のころ本を読まなかった俺が偶然ガウディの夢って本を読んで、ガウディに惚れて、自分ひとりでバルセロナのグエル公園に着いたときは感慨深かったからスペインかな。
21 今までに行った国の中で、もう2度と行くことはないだろう、と思う国があれば教えて。
なし
22 死ぬまでに絶対行かなくては、と思う国を1つ教えて。
ボリビア、ウユニ塩湖
23 飛行機の中での過ごし方を教えて。
外を見る、飯を食う、寝る、旅する国の下調べ。映画はあんまり見ない。
24 飛行機でこれができたら嬉しいのにな~っていう、非現実的なことって何?
コックピットから星空を見る
25 飛行機の中で、こんな人の隣には座りたくない、というのはどんな人?
すっごいでぶ。自分の席まで侵入するから。
26 旅行中、なにをいちばん恐れてる?
拉致とか強盗?
27 どーしても馴染めない外国の習慣って何?
特になし。3日目から心は現地人
28 海外の友達に日本からお土産を持っていくとしたら、何を持参する?
友達というか安くて、初めて会った外国人に上げられる折り紙。鶴を折ってプレゼント。
29 旅先で、これは買ってよかった!と自慢したくなるようなものはある?それは何?
トルコ、じゅうたん。基本的にお土産は買わない。
30 なんでこんなもの買ってきちゃったんだろう?という1品を紹介して。
モロッコで買ったシャツ。
31 本当は人に言いたくないんだけど・・・という旅の裏ワザがあれば教えて。
特になし
32 海外旅行は大好きなんだけど、これがちょっとイヤなんだよねーってことがあればどーぞ。
なし
33 旅にはどんなカバンで行きますか?
バックパック、最近小さいのを買えばよかったと後悔
34 旅の計画を立てるとき、旅行中、パソコンをどのように活用させている?
チケット購入と、移動手段の調査。
35 旅先で出会ったことがきっかけで、いまだに仲良くしている人は何人くらいいる?
3人ぐらいかな。基本的に旅人は一瞬の身分なので、あとを引かない。それが旅人。
36 ホテルを選ぶときの基準、注意点は?
安いか。安全か。
37 今まで泊まった宿の中で、最も思い出深い宿は?また、その理由も。
いろいろありすぎる。
38 旅行中、何を着て寝てる?
普通の服。
39 旅にはどのような薬を持参する?
風邪薬、胃腸系、など普通の。
40 日本から食べ物を1品持って行くとしたら何?
二郎ラーメン?
41 旅に1冊の本(雑誌orマンガ)を持っていくとしたら何?
特にないし、毎回違う。まあ白紙のノートかな
42 1回の旅の予算はどのくらい?
毎回違う。
43 旅に必ず持っていきたい物ベスト3をあげよ。(必需品以外で)
デジカメ、小さいノート、心のゆとり
44 こんな人とだけは一緒に旅をしたくない、というのはどんな人?
潔癖症
45 旅仲間と旅先でケンカしたことがある?あると答えた人→それはどうして?
ない
46 自分が憧れる、夢の“新婚旅行”を思う存分語ってちょーだい。
バックパックで秘境に行くとか。それとか世界一周かな。ツアーはつまらんな。
47 人にぜひおすすめしたい、というオプショナルな旅があれば教えて。
場所に寄るでしょう。なんともいえません。
48 “世界うるるん滞在記”に出演するとしたら、どこでどんなことにチャンレンジしたい?
アメリカ大統領の付き人かNASAの職員か。そういったもの以外やろうと思えば自分でもできそう。
49 今までで見た中で一番美しい風景は、どこのどんな風景?
難しい。ジブラルタル海峡の夕日か、モロッコのカスバから見た海か。ヒマラヤ山脈か。
50 旅行中に食べた、忘れられない食べ物と言えば?
スペインの生ハムとかワインとか。スペイン最強。トルコの屋台も。インド料理もチベット料理もだな。
51 旅行中泣いたことがある?“ある”と答えた人→それはなぜ?
まあ、泣いたというか泣きそうになったことや、涙が出たことはあるな。ネパールのがけ崩れとか、グエル公園でうるっときたぐらいか。
52 旅行中、怪我や病気をしたことがあれば、その状況を教えて。
インドでちょっとだけ腹を壊したぐらいか。
53 旅行中、怖い思いをしたことある?あれば紹介して。
ネパールのがけ崩れ上り。
54 旅でこんなドジしちゃった、ってことがあれば教えて。
そんなにないかも
55 海外でしちゃった悪いことがあれば、こっそり教えて。
とくにないな。
56 旅で出会った人の中で、印象的だった人物の話を1つ聞かせて。
インドのブッダガヤであった、国会議員とその周りにいたおっちゃん。
57 外国人に、日本ってどんなところ?と尋ねられたら、どうやって説明する?
一回こい。いろんなもんが混ざった国で面白いぞ。
58 外国人に、日本のこんなところを見習って欲しい!って思うのはどんな部分?
全くない。その国はその国でいいじゃん。
59 日本人としてはずかしいよ~っていう日本特有のあんなこと、こんなことを語って♪
ない。
60 旅先で手に入るもので、なにかコレクションしているものがあれば教えて。
なし
61 あぁ~日本人でよかったなぁ、と思うのはどんなとき?
日本食と言葉が通じるところか。
62 ズバリ、自分に足りないものって何?
足りない物だらけだろう。
63 海外にいるときに、日本の何を恋しく思う?
別にないなー
64 もし海外に長期滞在をすることになって、真っ先に心配するのはどんなこと?
金?
65 海外で大活躍するとしたら、どこでどんな風に活躍したい?
アメリカのNYとかシリコンバレーでおもろい企業を経営したいね。
66 外国人に食事をふるまうとしたら、何を作る?
おにぎりだな。
67 外国人に日本の歌を1曲披露するとしたら、何を歌う?
ふるさと
68 外国人に、何か日本語を教えてと言われて、まず教える言葉はなに?
こんにちは
69 自慢できる日本のもの(こと)ベスト3をあげよ。
日本人、日本の森、日本の最先端技術
70 過去に世界で起こった事件の中で、何が一番ショックだった?
特にない
71 旅先で有名人に出会ったことある?あると答えた人→それはどこで誰に?
ない
72 自転車の旅かヒッチハイクの旅、するならどっち?
自転車してみたい
73 永住するとしたらどこの国がいい?
日本
74 外国の人と恋愛に発展したことある?あると答えた人→どこの国の人?
ない
75 外国人のこんな部分が好き♪どこの国の人のどんな部分?
べつに
76 旅先でのアバンチュールってどう思う?
べつに
77 日本人以外の誰かと結婚(再婚)しなければいけないとしたら、どこの国の人がいい?
スペイン人。バルセロナはなんか気に入ったから。あそこなら住んでもいいから。それにきれいな人も多かった。まあ、イスタンブールもいいかも。
78 別の国で生まれ変わるとしたら、どこの国の住人になりたい?
英語圏だな。語学が苦手だから、勉強量が減って楽。
79 イタリア料理、フランス料理、インド料理、中華料理、タイ料理……一生食べ続けなければいけないなら、何料理にする?
中華かな
80 旅の道連れに一匹だけ動物を連れて行くとしたら、何を連れて行く?
あり。基本は何も連れて行きたくない。だから、アリを連れて行きすぐ逃がす。
81 沈没事故、墜落事故、どちらかに遭遇するとしたらどっちを選ぶ?
墜落だろうな。
82 究極の選択です。1都市1泊ずつの超ハードな世界一周旅行をするのと、2泊3日しかないけど、自分の好きな国に行けるのとではどちらを選ぶ?
1都市1泊ずつの超ハードな世界一周旅行にきまってるじゃん
83 “ここが変だよ外国人”というお題で、好きなことを述べてください。
別に
84 1ヶ月あげます。金額は気にせず、自分なりの旅コースを作成してみなさい。
今なら、エクアドル、ペルー、ボリビアだろうな。ウユニメインで。
85 あなたが外国人だとして、初めて日本に来たら、まず何に驚くでしょう?
空港遠すぎ
86 旅先でお世話になった外国人が自分の町へ遊びにきたら、どうやってもてなす?
日本でやりたいことを手伝ってあげる。
87 自分の好きな有名人と旅行できるとしたら、誰とどんな旅をしてみたい?
ビルゲイツと世界一リッチな旅行。笑
88 旅先で一文無しに!どうやってお金を作ります?
バイトだろう。大使館かも。漢字を書道で書いて売るとか。
89 どこかの国の伝統文化を習うとしたら、何を習いたい?
日本の武術
90 ある風景をスケッチしなければいけないとしたら、どこの国の何を描く?
ブッダガヤの菩提樹。
91 もし海外で殺されることになるなら、どうやって殺されたい?
維持でも殺されたくない。
92 もし、日本の位置を変えられるとしたら、どこへ移動させたい?
火星の近く。火星人と対面
93 あと30分で飛行機が墜落!1通だけ手紙を書くとしたら、誰にどういう内容の手紙を書く?
親だろう。すいませんと。でも、自分の意思で来た旅行だから後悔はないと。
94 海外の映画をリメイクするとして、もしあなたが演じるなら、何の映画の誰の役をやりたい?
映画はよく分からない
95 拉致されるのと暴行されるの、どっちがマシ?
拉致されてすぐ開放されたい。
96 自分の骨を散骨してもらうとしたら、どこがいい?
岐阜の墓
97 もう二度と旅へ行けないのと、どこかへ行ったきり一生帰って来れないのとでは、どちらを選ぶ?
二度と旅へ行けない。旅じゃなくて移動だとか言い張ってどっかへ行こうとする。
98 あなたが90歳になって、最後にとっておきの旅をするとしたら、どこへ行く?
どこだろうね。まだわからんね。岐阜をじっくり見てみようかね。それかオーロラをみてばったりとか。まだ分からんよ。
99 ズバリ!あなたにとって旅とはなんですか?
生きることそのものじゃないかな。
100 最後になにか一言どうぞ。
今後もいろいろな旅をしてみたいな。
http://yukai.jp/~maiky/100.htm

Posted by takeshi at 09:49 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
未来の自分のためのお供え物
片岡鶴太郎さんがテレビに出ていた。

次の日の料理の準備をすること、これを「未来の自分のためのお供え物」と例えていた。
過去の自分が、現在の自分に尽くしてくれたんだな、と準備して作っておいたものを食べる時思うそうだ。

このようなことは考えたこともなかった。さらに、なにか引っかかった。

未来の自分のためのお供え物

Posted by takeshi at 08:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 11, 2005
場で涙
何回も見ているはずなのに、ウユニの写真を見ていたら一筋涙が出た。

何でかわからない。

スペインのグエル公園からサグラダファミリアを見た時も涙が出た。あれは、小学校のころの夢の地に一人できた感慨深さだろう。

本物のウユニ、見たらどんな気持ちになるんだろう。

雨季か乾季でどっちに行くか悩んだが、雨季も乾季も行けばいいのだ。

これだけ、僕をとりこにした写真、場所、ものはいまだかつてないのではないか。

Kiroroの生きてこそが耳を覆っていた。

Posted by takeshi at 12:44 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 10, 2005
みんなのうた
吉本佳代さんの「アオゾラ」という曲とその映像がなんか気になる。いい。

NHKのみんなのうたで流れている曲なのだ.。

Posted by takeshi at 11:06 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
何かを表現する
何かを表現する。それは明示的にではなく、

感ではなく認識。

自分をメディアにして表現する、また他に託して表現すれば自分がいなくても伝えられる。他に託すってのは、絵とかCDとか文章とか。

何かを表現する。自らあふれ出るものを。

Posted by takeshi at 11:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
三つのこと
感じること、考えること、シュミレーション(実際に起こった状況をリアルに想像する)すること。

子供が育つ上でこの三つは非常に重要だと思うのです。

自ら実際に経験する。本屋テレビだけではなく、自らが現場で体験し感じること。

そして、考えること。世の中の仕組みでも、人の心でも、何でも考える。マスコミの話も偉いといわれる人の話も鵜呑みせず自分で考えること。

そして、自分がやったことないことを今までの経験や聞いたことを用いて空想する、シュミレーションすることが重要でないかと思います。

Posted by takeshi at 09:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ブラックボックス
外からは見えないブラックボックス。

これがあると、外部からは価値などを評価しにくくなる。世の中一般と切り離すことによって地位を権威を作り上げる。

それとか、魅惑な感じを出してみるとか。

なんでも、このブラックボックスを作ることが人をひきつけたり、個人の心の中に生まれるなんとなくな価値を付加したり。

オープンソースの流れと反するというよりも、併用が重要だな。ってか、オープンにする部分とブラックボックスにする部分は全く違う部分なんだろう。

Posted by takeshi at 07:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
本物の信頼と本物の仕事
命がかかっている、自分の人生をかけている。あえてそのような状況になっていなくても、なってしまったような、なっている職業。宇宙飛行士。

前回、スペースシャトルは失敗し飛行士はなくなっている。そんなことがあってから、初めての打ち上げだ。恐怖は拭い去れないだろう。でも、それ以上に信頼と宇宙飛行士としての生きがいがあるのだろう。

何十年もたったら、宇宙飛行士って仕事も特別ではなくなっているかもしれないけど今は特別な仕事のような気がする。

宇宙飛行士は昔なりたかった。それでマジで調べたこともある。なるための条件を調べて、それをクリアーしようと大学とか調べていた記憶も。それに、英語の教科書に宇宙飛行士の教材が載っていて、その写真がすばらしく心躍った記憶がある。

なんか宇宙飛行士という人たちに惹かれる。それは宇宙飛行士という名前のかっこよさや希少性、宇宙へのロマンだけではなく人柄に。

宇宙飛行士の方を見ていると、どの方も人間としてすばらしい方が多いような気がする。何というのだろう、人間としてすばらしい人がどんな人か一言で言えといわれても分からないが、なにか、かんじる。宇宙飛行士(特に日本人)には共通の何かがあるような気がして、その独特の世界観が僕にはすんなり入ってくる。別に、どんなビジョンがあってそれでやっているからどうのこうの、という話でもないし。

ああ、ロケットやスペースシャトルの発射を見たい。肌で地響きを感じたい。

Posted by takeshi at 07:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 09, 2005
120人のうち1人
知力、胆力(肝っ玉が据わっている)、行動力+オーナーと経営者が同じ(自分の利益が会社の利益になるというインセンティブ)M&Aコンサルティングの村上さん。

三木谷さんが言っていた、経営者、株主、社員、お客、取引先、の利益の方向性を一致させる。

板倉さんが言っていた、変数をできるだけ少なくする。ひとつの事業に関係すること(変数)が多すぎて複雑になると経営が難しいから。あと、事業のリスクにあった金の調達方法をする。

100万人ということは日本人120人のうち1人。この100万人を超えると世の中に相当インパクトをもってくるな。これはキーの数字だな。mixiにしろgyaoにしろ。

Posted by takeshi at 07:41 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
作り出される背景ストーリー
ものに付加された背景ストーリー(意味づけ)とそれをいかに広めるかにかかっている。

当たり前だが、同じ商品でも売り上げが全く違う。それは、その商品にどんな意味づけがなされているかだ。ただのリストバンド。でも、アフリカの飢餓を救うために収益が使われるというと、有名人が宣伝し、大衆がつける。こういった意味づけひとつで商品の価値が違う。いかに、ストーリーを作るかが商品が売れるかどうかの差だな。

あと、それをどうやって広めるか。どのチャネルを使って、いつ、とか。いくらストーリーがあってもみんなに伝わらなかったら意味がないから。

メモメモ。

Posted by takeshi at 03:52 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 08, 2005
島を買うとすると
ディカプリオという映画に出る人がいるらしいが、その人が島を買ったらしい。その島はベリーズ沖のブラッカドーケイ島(41.6ヘクタール)という島らしい。お値段175万ドル≒2億円。

ふーん、2億で島が帰るんだ。

プライベートジェットは50億円ぐらいらしい(堀江さん買うらしいですよ)。しかし、島には飛行機が降りれないかもしれないので、ヘリも買ったとする。それと、島に最低限のライフラインを引くのを考えても、60億円あれば自分の島、自分の国をゲットってな感じですな。まあ、レンタルでもよさそうなものばっかだけど。

ああ、なんかプライベートジェットの破格のやつをどっかの会社がつくっているというニュースを依然聞いて、確かそれが数億円だかなんとか。それを考えると、有名な金持ちなら買えてしまうんだなー。

島か。それはそれでうらやましいんだけど、長期間いるところじゃないよな。変化という刺激が少なすぎる気がする。

まあ、メモがわりにのっけときました。

Posted by takeshi at 11:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 06, 2005
携帯のメールが長い傾向
携帯が苦手、PCも苦手な友達がいます。PCにメールを送ってもまず見ないので、携帯に送ります。彼らから返信があるのは、早くて2日後ぐらい。遅いと一週間後ぐらいに忘れたころにやってくる。

しかし、その携帯メールはとても長いのです。

そんな人たちは、絶対向こうから連絡してこない。僕も自分から連絡することが全くといっていいほどないのですが、世の中に2,3人だけたまに(年に2,3度)連絡する人がいる。彼らは純粋にすごい面白い人たちで、話すと楽しいのである。

そんな一人に会いに7月末福井に行くことにした。楽しみで仕方ない。あの兄ちゃんに会っていろいろ話そう。

Posted by takeshi at 08:19 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
2012年オリンピック
なんでいまさらオリンピックがこんなに祭りになっているんだ?ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、マドリッド、パリ???おいおい世界中のトップ都市ばかりじゃないか。何かあったのか?何でだ?

今さら、それになんか各国力を入れすぎでしょ、シラクさんにしろ、ブレアさんにしろサミットあるでしょ。それにベッカムさん、モハメドアリさんにしろ。それに、スピルバーグかなんか知らんがそんなような有名な映画監督がアピールのムービー作ったり。パリはリュックベッソンとかいう人がムービー作ったみたい。ヒラリークリントンもシンガポール来てるし。松井も紹介ビデオに出てるし。なぜかマドリッドのビデオにはバルセロナのサグラダファミリアとか映ってるし。

毎回こんなに各国チカラ入れていますか?もし毎回チカラ入れているとしたら、今回だけマスコミが祭りしすぎ?マスコミ報道量も変わらないなら偶然俺が見すぎただけ?

なんか裏であるのですかね?

本命のフランスは負け、ロンドンになったそうで。

あ、パリに住んでいる某先生、街中の反応はどうでした?

Posted by takeshi at 07:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
機械に負けた
電車の券売機にお金を食われる経験をしたことがある人も多いだろう。

今回もそんなことが起きた。そんなんで金を損するのは癪に障るので呼び出しボタンで、駅員を呼び出した。

そもそも、人間よりも機械のほうが信頼されている。正しいとされている。確かに人間の脳は本来不確かさを持っているらしいから、失敗をしないという前提で作られた機械が信頼されるのは仕方ないのかもしれない。だが、機械が常に正常に動作するとも限らない。俺は確実に210円を券売機に入れた。そうしたら、110円としか出ない。ふざけるなと思って、駅員を呼ぶ。そして取り消しを押したら100円しか出てこない。110円と表示されているのに100円しか出てこない。この時点で故障している。しかし、駅員はそれを認めない。バカだ。マジでバカだ。ふざけるな。俺が絶対入れたと言い張ったら、今日の営業が終わってから実際の金額と、機械が認識した金の額を比べて110円多かったら、110円返すといった。そして、電話するといった。

案の定電話があって、110円返してもらったのだが、あるいみ機械は犯罪者なんだけど、なにも責任を取らない。機械は俺の金を盗んだのだ。しかし、機械のほうが正しいと言い張る。ある意味嘘もついている。人の金を盗んで、盗んでいないとうそをつく。しかし機械だから何もお咎めなし。機械が犯罪する時代なんだな。

Posted by takeshi at 06:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
海馬
依然読んだ進化しすぎた脳が面白く、同じ著者の海馬/脳は疲れないも読んだみたいと思っていた。そうしたら、文庫が出ていたので購入。
進化しすぎた脳 中高生と語る「大脳生理学」の最前線
池谷 裕二 長崎 訓子

 

で、一気に読み終えたのです。面白すぎたので本当に集中して読み続けた感じです。

なんか、糸井さんの話が始めつまらなかった。つまらなかったというか、はじめは科学的な話が読みたいと思っていたので、糸井さんの話が期待はずれだった。しかし、途中から池谷さんの話が増え面白くなってきた。それに、この二人のコンビネーションが絶妙で面白かった。糸井さんのコピーライターというか、あんまり脳の仕組みとは関係ないけど一線で働いていた人と、科学の世界で一線で働く人、それぞれの経験が抽象的な原理の部分で重なることが多く、しっくりきた。

それにしても、面白かった。
たとえば、以前のエントリーで五感の中でも視覚というエントリーで五感の中では一番視覚を人間は信頼している気がすると書いたのだがその理由が分かった。純粋に視覚野が一番でかいらしい。まあ、一番でかいから一番重要視するかどうかは一概には言えないし、もしそれが真だとしても、なぜ視覚が重要視されているのかは分からないんだけど。
メモ

それとか、脳は疲れない、会議などで疲れるのは目や体だけであって、休む時は体をほぐすだけで、議題を考え続けても問題ないってこと。これも気分転換に休むのはOKといえばそうだけど。

これが面白かった。ある意味普段の生活も寝ている時に見ている夢と同じ。脳は無意識のうちにランダムに情報をくっつける。これは起きている時も寝ている時も。寝ている時にこれが怒っているのが夢。寝ながら記憶の組み合わせをいろいろ行っているので、ありえないような夢を見る。まあ、夢には記憶にあるものしか出てこないことからも言える。さらに、昼間になんとなく見たことがよる夢になるというおれが行っていたことにも当てはまる。

30歳から脳のつながり能力がアップする。経験記憶というか方法記憶。howの記憶です。これは実際の経験による記憶で、これは累乗でアップするからすごいことになる。これは30歳以降発達する。

何かを始めてから、やる気がアップする細胞(部位)がある。側坐核というらしい。理由がなくても、とりあえずやってみて、やり始めて時間がたつとやる気が出てくるような仕組みになっている。目標もビジョンもなく、とりあえずやってみることも重要。

受け手に決定権がある。これはコミュニケーションにおいて。いくら発信する側が熱心でも、受け手に聴く気がなければ全く伝わらない。それに、発信側の表現はひとつであって、同じであっても、受けては人によってみんな違う。芸術の感じ方も。

オープンソースの強さ。人間は一人では限界。ある程度核ができて途中でも発表することによって、他の人のアイディアが加わりよいものができる。これは人間の仕組みに即している。

行ってしまったことが未来を作る。口で言ったら現実化する。これは脳が安定を求める性質があるのと似ている。

心とは脳が働く状態のこと。
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July 05, 2005
人間の瞬間のチカラ
人間は他者に対してプラスのパワーの方が強い。これは精神面に与える影響のことです。何かっていうと、ある人が何かを成し遂げた。それはイチローの最多安打でも、野茂の200勝でも、高橋尚子の金メダルでも、サッカーでも、まあ、スポーツに限らない。田中さんのノーベル賞でも、べつにもっと身近な家族の話でもなんでもいい。こうやって何かを成し遂げた人がいると感動する。感動すると一言で言ってしまえば安っぽいが、心に響くものがある。

何でこう思ったかというと、長島さんが帰ってきて本当に喜んでいる人がいた。たくさんのおっさんたちが、長嶋茂雄という人物が帰ってきたことに心のそこから喜んでいるようにテレビを見ながら思った。スポーツを通して感動を与えることができるんだな、もっといえば彼は現在は現役ではない。たった一人の人間がこれだけ多くの人にパワーを与えられるのが人間なんだなと思った。昔、僕は長島さんの何がすごくてみんなが持ち上げるのか分からないと言い放っていた。確かに、今でもその部分はある。しかし、一方で長島さんによってあれだけパワーをもらっている人がいるという事実があるのだ。今の僕にはそちらのほうが重要だ。

なんか、言葉じゃなくて、人の生き様とか行動によって受ける感動とか感じるものってのは本当に強いものだ。言葉でも確かに感動するし、衝撃を受けるが、なんか言葉を超えたもの。ある意味、詩とかもそう思う。あれは小説などと違って短い。だから瞬間のチカラがものすごい。写真にしろ絵にしろ、瞬間の力が強いと思う。小説とか映画とかすばらしいものはたくさんあるけど、瞬間のチカラというのは弱いと思う。その瞬間のチカラを長島さんという存在が持っているのだと思う。同様に美空ひばりさんに対して、なぜあんなにも持ち上げられるのか分からなかった。けど、同じなんだと思う。

人間は他者に対して、プラスのパワー、感動させたり勇気付けたりする力が強いと思う。伝わりやすいのかもしれないし、マイナスよりもプラスのパワーのほうが感じ取りやすいのかもしれない。それは分からないが、人間が他者に与える影響がプラスのものとマイナスのものがあるとしたら、プラスのほうが圧倒的に強いと思う。

なんか、ある人がショックを受けているすると回りも心配になりちょっと落ち込むかもしれない。しかし、それが回りに与える影響と、ある人が何かを成し遂げた時に周りに与える影響は大きさが違うと思うんだな。何でかわからないけど。(これは、僕が楽観主義過ぎて、自分だけがプラスの影響ばかり感じているから、社会の見方が偏っているだけかもしれないのだけれど。)

こういう言い方をすると、勘違いされるかもしれないが長島さんが病気になられた時にショックを受けて元気がなくなった日本中の総計と、長島さんが復活して元気をもらった人の総計を取ったら後者のほうが圧倒的に大きい気がするんだよな。

人間ってなんて伝染しやすいのかな。

Posted by takeshi at 09:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
つぼは花瓶にも骨壷にもなるよ
うけたなー。どっかで見かけたのであなたがつぶやく最後の言葉っていうのをやってみた。そうしたら、「つぼは花瓶にも骨壷にもなるよ」。最後にこんなこという人っていないよなー。笑

あなたがつぶやく最後の言葉は「つぼは花瓶にも骨壷にもなるよ」です。
走りすぎ、過呼吸をこじらせ、死亡。(推定年令:不明)

総合運 ☆☆☆☆☆
新しい物好きのあなたは、メールマガジンを購読したり、雑誌には欠かさず目を通したりと、情報収集にも余念がありません。そんなあなたの情報処理能力が買われて、あなたは周囲から何かと頼りにされることが多いことでしょう。現状のことに飽き足らず、常に何かを求め走りつづけているあなたが満足を覚える日はいったいいつのことやら。
そんなあなたが探し当てたものは、最期の言葉『つぼは花瓶にも骨壷にもなるよ』です。走りっぱなしのあなたは、実は地球を一周していたのでした!? バトン代わりのつぼが最期にはあなたの骨つぼに。そして、めぐりめぐって輪廻転生、つぼには花が活けられ、誰かに笑顔をもたらすでしょう。

仕事運 ☆☆☆
情報収集に長けているあなたは、うまい話の側にいることも多いようです。これといって何かしているわけではないのですが、同僚からは『仕事のできるやつ』と羨ましがられる存在であることでしょう。しかし、うまいことはそんなに長続きはしません。努力する者は報われる、です。あなたが努力を惜しまなければ、その密やかな努力がやがて、あなたにとっての真の糧となることでしょう。

金運 ☆☆☆☆☆
つい、こまごまとお金を使ってしまうあなた。しかし、大きな買い物には慎重なので、知らず知らずの内にお金は貯まっていることでしょう。あなた自身、それほどお金に困ることはありませが、貯蓄に関心のないせいか、自分にはお金がないと思い込みがちです。将来を意識し、貯蓄運用に励みば、ますます安泰となることでしょう。

恋愛運 ☆☆
新しい物好きのあなたは、新しい出会いにも積極的だったりします。しかし、あれもこれもと、焦点が定まらず、せっかくの出会いもふいにしがち。時には地に足のついた行動で一人、一人、じっくりとつき合ってみては。その人の新しい一面に、うちのめされる衝撃を味わうことになるでしょう。

ラッキーワード
『長いものには巻かれたフリをしろ!』
 (酒の席で後輩に対する説教として使うとラッキー度、更にアップ!)

http://marylou.m78.com/lastword/

Posted by takeshi at 08:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
二階堂-お酒のCMが洗練されているわけ-
寝ようとしたら、二階堂のCMが流れた。正確には二階堂かどうか分からなかった。なんかすごいいい感じのCMだなと感じて、なんのCMかなと思って、最後まで見ていたら二階堂だと分かったのだ。

どんなCMかっていえば、たおやかさを持ったCMという感じ。ゆったりとした流れの中に、一つ一つの言葉が存在感を持っていたそんなCM。まあ、CMライブラリーでも見てください。

で、思ったのがお酒のCMは洗練されている。依然書いたiichikoしかり。何でだろうと思う。まあ、ビールとかはわいわいがやがやしながら飲むものだから、ああいうCMでいい。しかし、焼酎とか日本酒とかまったりと飲むものであるし、味わうものだからああいうCMになるんだろうな。って当たり前か。今後も酒のCM 注目ですな。

CMは映像と音が合わさって勝ちのあるものなので、文字だけでは伝わらないものもありますが。。。

ナレーション
2004年 「詩人の島」
水平線を引いたのは、
空があまりにも空だったから。
夜空に星を撒いたのは、
地球と言う星を忘れそうだったから。
私は私のままでここにいる。

そして、むぎ100%
大分むぎ焼酎、二階堂。
2003年「遠い憧れ」篇
錆びついていた時計が、
再び時を刻みはじめた。
縺れた糸はほどけ出し、
古びた迷路は、一筋の道になる。
麦100%は、私のふるさと。
大分むぎ焼酎、二階堂。

2002年「父」篇
私の記憶に、いつも後姿で現れる人がいる。
あの頃、あなたが口にしなかった言葉に、
いつか私は、辿り着くのだろうか・・・?
ずっと、麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

2001年「雨宿り」篇
刻の我侭に流されて、
私は、記憶の海に辿りつく。
ふるさとは、私の中に流れています。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

2000年「風の海峡」篇
確かな言葉は、誰も持っていませんでした。
海、渡る。
風、渡る。
懐かしさは、不思議な力を持っています。
私は麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1999年「旅人の車窓」篇
生まれたばかりの風が、
窓から飛び込んでくる。
旅人のほろ苦い後悔は、
やがて美味しい溜め息に解きほぐされていく。
私は麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1998年「刻の迷路」篇
風追い街、誘われ道。
置き去りにされた刻の迷路で、
物語は今も続いている。
私の住処は、ここにあります。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1997年「木登り」篇
ただいま。
グラスに映るのは、本当の私です。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1996年「シネマグラス」篇
探していた想い出に、
人は、どこで追いつけるのだろう。
人はみな、帰るべき刻があり、辿りつく夢がある。
夢から醒めて、ここにいる。
私は麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1995年「天文詩人」篇
幾千、幾万光年の彼方から、
星たちは、どんなメッセージを伝えようとしていたのだろう。
満天の星が、今宵も天文詩人たちを悩ませる。
いつも、新しい輝きと、新しいいのち。
私は麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1994年「風の棲む町」篇
その呟きは、やがて街に温もりを宿し、
溜息は、懐かしい時間を映し出す。
風が、描く。
刻を、描く。
私は、おいしい風を知っています。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1993年「文士」篇
東にいれば、西へ行きたい。
春が来れば、冬が恋しい。
いたずら頑固に、生きてゆく。
そんな時代がありました。
誰にも似ていない、誰にも辿れない。
麦100%が私の生き方。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1992年「私の道」篇
風の道を辿って、旅は始まる。
忘れていた夢に出会い、見知らぬ刻に触れる。
私の旅は、終わりのない旅かもしれない。
風の道が、私の道。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1991年「森のオルガン」篇
この星が生まれたばかりの頃、
鳥たちはここで飛ぶことを学び、
風は歌うことを学んだ。
ここで生まれて、ここにいる・・・。
私は麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1990年「刻のオブジェ」篇
海から抜け出した魚たちが、今夜帰ってくる。
大地の上で、彼らは一体、どんな夢を見たのだろう。
聞こえてくるのは、魚たちの夢の話。
彼らの夢を肴に、今夜も・・・。
麦100%。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1989年「街の夢」篇
風の気持ちも、光の想いも、知っている。
全てが隙間なく、 私の心に重なり合う。
街は今日も、ふるさとの夢を見ているのか。
麦100%が原点。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1988年「水の旅」篇
人知れず、彷徨いながら、揺い(たゆたい)ながら、水はおいしく磨かれていく。
大分の、おいしい水と出会って、私は麦だけの焼酎になる。
大分むぎ焼酎、二階堂。

1987年「自然」篇
いつ、来れますか・・・。
いつ、逢えますか・・・。
いつ、話せますか・・・。
自然も、街も、人も、みんな、ゆっくり、もっと、ゆっくり・・・。
大分むぎ焼酎、二階堂。

いいちこに関する以前のエントリー

Posted by takeshi at 02:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
何でブログを書くかって
自分が考えたこと感じたことを文字にして書くことによって再度考えるため、そして忘れないようにするためのメモ。

基本的に他人が読むことはあまり考えていない。自分の脳アーカイブ。

Posted by takeshi at 02:05 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
「生きる」という詩
谷川俊太郎さんの、「生きる」という詩を見かけた。この詩を見た時、聞いたとき、耳に入った時、いつか聞いたことある、いつか音読したことあると思った。

そうだ、たぶん国語の教科書に載っていたのだ。それで、授業中に朗読したのだった。

なんか、その朗読に対していい思い出がない。なんか、先生の想定している谷川さんの思いにしたがって読まされている感じがあった。たぶん、人それぞれ違うのだから、どんなとらえ方をして、どんな読み方をしてもいいはずなのに。先生が喜ぶような朗読の仕方をしていた。

なんか、気持ち悪いほどの感情をこもったような朗読する人がほめられていた。僕はあれが本当の姿だと思わない。感情をこめているとアピールするための感情のこめ方だと思っていた。でも、小学校という環境ではそんな疑問を持っても、何の意味もない。小学一年生のコロから批判的だったらしいが、一年生にしては批判的だったかもしれないが、そのころは先生は遠い存在で、完璧で、先生の言うことは正しいと思わされていた。それにしても、小学校教育は難しいな。人生に大きな影響を与えすぎているのにもかかわらず、現状のままでは相当問題だな。

以前、「教職をとっていなくても俺みたいな人は教育実習に行くといい」といわれたことがある。その芸大の彼は、教職を採っていないのに教育実習へ行った。そして自分の信念に従って、実習を行った。しかし、よくわからない学校の論理には合わなかったらしく、単位はもらえなかったらしい。でも、彼はそれならそれでいいといっていた。僕は彼のことを本物の人間だと思っている・。

子供を何十年も教えていると自分がいかに大変な、大切なことをしているかが見えなくなってしまうと思う。(別にこれは先生だけにいえたことではない。他の仕事も同じことが言える。でも、人を育てるということは、それだけ重要だと思うから、とりわけこのような発言になる。)教える技術のテクニカルな部分は長年のノウハウがいるかもしれない。でも、日々の生活の部分は一般の人がやってもいいと思う。子供の世の中に対する考えが開けると思う。

ああ、なんかあんな朗読の仕方をしていなかったらなーと思う。

生きる 谷川俊太郎
生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと 生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬がほえるということ
いま地球がまわっているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと
生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと 生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

ぐりとぐら。がNHK教育ロシア語の番組でやっていた。

Posted by takeshi at 12:21 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
July 04, 2005
ゆっくり歩くと変わる町
先日、友達とスクワットの競争みたいなものをして足が筋肉痛。それで早く歩けないし、ぎこちない歩き方。いつもはせっかちで早歩きだから、全くといっていいほど歩き方が違う。

で、今日いつも行っているスーパーへ歩いていった。ゆっくりしか歩けなく、ゆっくりと歩いていった。いつもはスタスタと歩いて見ている景色。しかし、ゆっくり歩くとなんか違って見えた。

Posted by takeshi at 10:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ゲーム性、競争、スキルアップ
あまりにもスタート時点でレベルの差があるといけない。多少は競争心を増す。

ゲームの時間は短すぎず、長すぎず。これが難しい。

ゲーム性、競争心、負けたくない、ワクワク感をあおるようなインセンティブシステム。

評価方法・基準をしっかり決めておく。

負けた人のフォローの方法を考える。
全体としてのレベルアップ。
普段なら身につけることのない(めんどくさいから)知識をつけられる。
勝敗により人間関係に亀裂。

Posted by takeshi at 01:08 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
風のように
小田和正さんの歌にはまっております。

自己ベストとそうかなの2枚に。

きれいな声と透き通ったメロディーライン。
そして、しなやかな歌詞。

たまらんです。

「風のようにうたが流れていた」こんなタイトルを考えるなんて天才です。

Posted by takeshi at 12:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|

2005-06

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_06.html

June 29, 2005
夏の夜、屋根の上に寝ながら月を見る
夏の夜、屋根の上に寝ながら月を見る、こんなことしてみたくなった。

「屋上で月を眺めていた」というミスチルの新曲 And I love youの歌詞を聞いて思った。

なんか、昔の日本のイメージってまさに夏の夜に、屋根にのぼって寝転がりながらぼーっと月や星を見る。暑い日中のことを忘れるくらいの清清しさなんだろうな。

今はそんな低い建物もなくなったし、屋根がないマンションも多いし、危ないからって上れないとかそんなんが多いもんなー。

Posted by takeshi at 10:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|

風なるものが気になる。
風です、風。

この得体の知れないもの、目にも見えないし、実態があるわけでもない。
人間の風に対するイメージもプラスのものとマイナスのもの、さまざまだ。

風といえば、突風だ。
風といえば湿っぽい生暖かいよどんだ風だ。
風といえば暑い日に吹くとてもさわやかな風だ。
Posted by takeshi at 09:49 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
Musical Baton
・Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
4.98G

・Song playing right now (今聞いている曲)
なし

・The last CD I bought (最後に買ったCD)
WAYNA RUNAS (WINAY) traditonal Andes Music From Peru Bolivia Ecuador

・Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
The Song of Life 世界遺産の曲です。かなりの名曲です。雄大な自然を見る時に頭の中でこの曲が流れると最高に興奮します。

ふるさと 童謡です。篳篥なんかで演奏されると最高です。

Mr.Childrenは大好きです。まあ、一曲なら終わりなき旅にしておきます。

Summer 久石譲 北野武の映画、菊次郎の夏の曲です。

Desperado The Eagles これなんか、しょんぼりした時に一筋の光が見える感じの曲。なんかそんな場面でよくテレビで使われています。

そのほかにも、ひととようとか小田和正とか平原綾香とか雅楽とか洋楽とか鬼束ちひろとかBilly JoelとかSarah BrightmanとかKenny Gとか好きです。でも、名前も曲名も知らないけど好きなのがたくさんあります。はい。

・Five people to whom I’m passing the baton (バトンを渡す5人)
小泉純一郎
堀江貴文
村上世彰
Bill Gates
Sergey Brin

Musical Batonというチェーンメールのようなものがあります。なぜ、これに限ってこれだけチェーンメールが拡大しているのでしょうか?なぜか気になります。

すべては質問内容とタイトルに起因するのだと思います。さらに、誰からバトンをもらったかということでしょうか。

質問内容を考えてみれば、音楽についてということです。近年のiPodやMP3プレイヤーブーム、PtoPのブーム、そこらへんも時流に乗っているのでしょうか。多くの人がMP3に移行して、自らの音楽の容量を誇示したいのでしょうか。ああ、あと、レンタルCD屋さんはほとんどレンタルDVD屋さんになっています。DVD(≒映画)もネットで流通していますが、回線とHDの容量的にはまだ一般化していないのでしょう。そこで、DVD屋になっているという時代背景からもネットと音楽の結びつきの強さを感じます。

思ったのが、数年前よりも音楽を聴く人が増えたんだと思います。そんで、レンタルCD屋の登場とウォークマンの登場によって起こった現象がさらに進んだ形でMP3(ネット経由で聴く音楽)とMP3プレイヤーによって起こされるのではないかと思います。すなわち、さまざまな音楽を容易に聴けるようになった、さらに音楽を個人の好みで聴けるすんわち音楽が自分のものになり、いつでもどこでも聴けるようになった。

これらによって、人間はどんな影響を受けるのでしょうか?レンタルCD屋の登場とウォークマンの登場によって起きた社会の変化と似たようなものがおこるのでしょうか。さらに、人間は多種多様な音楽を常に聴くことによってどのような変化が起こるのでしょうか?気になります。

これは音楽著作権協会とかリサーチ会社の調査だったり、どっかの会社のマーケティングだったりしないのですかね?それにしても、インターネットにおける情報の伝達の威力を痛感します。その情報も人と人をつなげる情報の威力を感じます。ブログにしろ、SNSにしろ、Musical Batonにしろ。

Posted by takeshi at 07:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空を飛んだ日
前回のエントリーでgoogle mapsを絶賛しましたが、google earthのほうが面白いかもなー。

こちらはソフトをダウンロードして、地図情報はストリーミングするタイプ。基本的にはmapsと同じなんだけど、丸い地球な感じと動かすと慣性の法則な感じで動くのがすき。

なんか、ストリーミングの仕方というか、その辺もユーザーの視点に立っているなーと思った。その視点があり、かつそれができる技術力があるのがgoogleなんですかねー。

それにしても面白いよなー。こういうことができるのがグーグルなのかな。まあ、これは買収した会社の技術だったりするわけですが。いいところに目をつけているには違いない。

mapsで羽が生えて、earthで空を飛んだ感じです。

Posted by takeshi at 02:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 28, 2005
永遠は一瞬になり、一瞬は永遠になる
永遠は一瞬になり、一瞬は永遠になる、ふとそう感じました。

現在、過去、未来とした場合、過去というものは人生で言えば20年ちょっと、地球の歴史で言えば60億年、まあと途轍もなく長い時間です。未来もいつまで続くか分からないけれど、きっと長い時間なのだろう。

現在ってのはあるようでないようで。そんな時間。だから、この一瞬は永遠のように長くなる。

そんなことを思ったら、美しいものを常に感じていたくなった。

Posted by takeshi at 10:54 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
羽がはえた日
はじめて地図帳をもらった時とてもうれしかった。自分の知らない、まだ見ぬ世界を見れる気がした。暇になると地図帳を見ていた気がした。中学になってさらに詳しい地図帳、高校になってさらに詳しい地図帳。なんか地図帳はワクワクする。今も高校の時の地図帳を持っていてたまに見る。

ということで、いまさらながらgoogle maps

 

世界全体PCのスペックが悪い方は気をつけたほうがいいかも。

日本

たぶん富士山

ウォール街。グラウンドゼロもみえる。
青い屋根がコロンビア大学

雲で見えない。隠しているのかも。

自分の家は空爆されないように、公開しません 笑
あと、キャンプデービット山荘はちゃんと隠されているのかとか気になります。

こんな詳細な地図がクリックするだけで見られる時代になったんだな。小学校の先生とかはこういうのを社会の授業で実践して見せたり、子供に触らせるといいと思うんだよな。子供にしたら途轍もなくワクワクすると思うんだな。クリックひとつでこんな細かい地図が見られて。まあ、地図というよりもこの写真は、地図ではなくなっている気がします。なんていっていいか分からないけど。

小学生とか中学生なら自分の視点が変わる経験もするし、この世界というものを身近なものとして捉えられると思う。そんでもって、今まで体験したことのないようなものに触れる衝撃。子供からしたら最先端のサービスだしなー。ワクワクするぜー。

とりあえず、おいらが小学生でこれを見ていたら人生変わるぐらいの衝撃だっただろうなー。

ネットでgoogle mapsが多少流行っているけど、アーリーアダプターは同じ行動をするんだよね。行動もそうだし、どんなことに反応するかも似ているよなー。すなわち物事に対して持つ感情が非常に似ているんだよね。

地図帳に関する以前のエントリー
アーリーアダプターの以前の記事

 
はてなの近藤さんのブログより引用
http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20050628
世界を上空から眺めながら、自分の知っている有名な場所や、自分の行ったことのある場所を探して空からの眺めを確認し、一通り確認が終わると、次は何か面白い場所がないか旅に出てみる。

一連の出来事を見ていると、そういうことがついに技術的に可能になって、一般の人々に解放されたのだなあと感慨深く思います。ちょっと大げさに言えば、人が自由に飛べる翼を手に入れたんだと言える気がします。

初めて飛行機に乗ったとき、僕は窓からの景色に圧倒されて行き先の空港に降りるまでひと時も窓から離れることができませんでした。普段生活している街はとても小さくてこまごまとしていて、高いと思っていた峠道もとても平坦に見えました。人間は地球の表面のほんの限られた場所に、びっしりとへばりついて生きているんだなあと感じ、世界観が変わったのを覚えています。

できればもっと長く空を飛んでいたいと思うのですが、残念ながら空を飛ぶのはそんなに簡単ではありません。

そんな空を飛んだ感動が、朝ノートパソコンに向かいながらでも少しだけ感じられるようになったのですから、素晴しい事だと思います。
Posted by takeshi at 09:20 AM | コメント (1) | トラックバック (2)|
自分のブログのエントリーを書くとき
自分のブログを書くとき僕は攻撃的な感じだと思った。

人のブログにコメントを書くときはなんかもっと、引いているというか、まろやか。ふんわりと言葉が出てくる感じ。コメントを書くときは、買い手も2,3行だから気を張らずにかけるんだろうな。だからこそ生まれてくる柔らかな表現がある。

自分のブログを書くときは、書きたいことを書いているといっても肩に力が入ってしまっているのだなと、友達のブログに書いた自分のコメントを改めて読んで思った。

それと同時に思うのが、言葉って重要だよなってこと。

同じようなことを言っている文章でも、使われた言葉によって全く印象がかわってくる。ほとんど同じでも、感じ方が全く違うことがある。

Posted by takeshi at 01:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 27, 2005
トヨタの副社長
なんか、シリコンバレーに行きたい。何をしたいというわけではなく空気を感じに。そしてその周辺のスタンフォードやUCLAやcaltechにも行ってみたい。適当に授業にもぐって、学生と話してみたい。ふらっとグーグルなんかにも訪れても見たい。

トヨタの人事が変わったというニュースがあって、トヨタのウェブへ飛んでみていた。そこに人事のニュースがあったわけだが、それに驚いた。代表取締役副社長が8人、専務取締役が13人ぐらいいた。純粋に多いとおもった。まあ、大きな会社だからある程度必要なのかもしれないが、それにしても多い気がする。これじゃ、意思決定できないよなー。

そんなこといっても、業績がよければ問題ない。なんていっても結果出しているから、ああだこうだ言っても意味ないですね。トヨタ神伝説。とはいいつつ、利益が一兆円超えているというところだけ注目を浴びて、テクニカルな話で財務面が今後問題になるのではということもあるようですが。

でも、個人的にはgoogle的な会社が好きです。

Posted by takeshi at 09:41 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
100円シリーズ
100円シリーズ。かの有名な青色発光ダイオードやレーザーを発明した中村さんの本。

いやー、この本は表現が荒い。詰めが甘いというか、言葉の精度が低いというか。前後関係で明らかに矛盾していると思わせてしまう表現が数箇所あるように感じました。(まあ、自分のほうがもっと言葉が荒くて、前後矛盾ありまくりなのですが。。。)

でも、そんなこと本質的にはどうでもいい。この人の性格が伝わってくる本だった。と書くと、社会的に作られた中村さんの激しい、自分の道以外無視する性格を思わせるかもしれない。確かにひとつのことにのめりこむ、人を寄せ付けずに自分ひとりで没頭する部分も感じた。しかし、純粋に人間的なことを感じたり、キープするところはする人だなと感じた。

中村さんの発想というか考えは個人的に好き。というか自分と重なり合う部分も多少あった。

とりあえず、権威ある人が正しいといったから盲目的に従うな、やるなら徹底的に、工作機械つくりから改造から部品つくりから何から何まで全部やれ。それで身につく勘や職人技が身につく。そしてこれが役に立つ。失敗しても、またやれ。人と同じようなことしても、そいつらには勝てない。

コンチクショーの精神。これはすごいパワーの源となる。

あと、ダイオードの説明とかすごく分かりやすかった。たぶん、中村さんの専門分野でない(教育機関で体系的に習得していないという意味)からかもしれない。

まさに、タイトルどおり、自ら考え、やり抜く、それに尽きるのだろう。
考える力、やり抜く力 私の方法
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June 25, 2005
なぜ肩の力が入りすぎるか
なんか、多くの人前で話したり、なにかを見せる時、さらには教習所の試験のようなときに肩に力が入りすぎることがある。話すだけのときよりも、体を動かす行動を伴う行為を人前で行うときや、一回しかないような試験のときに方に力が入りすぎる傾向にある。

肩に力が入っても、ほとんどの場合良い結果は生まれない。肩の力を抜いてリラックスすればなんてないことでも、方に力が入るとできない。では、なぜ人間は肩に力が入ってしまうのだろうか?何か理由があるから肩に力が入ると思うのだが、違うのだろうか?

気になるな。生物の本能として肩に力が入るには理由がありそうな気がするんだよな。

そもそも、肩に力が入るとはどのような状態なのだろうか?筋肉が硬直している、縮んでいる状態?筋肉が緊張している、このような状態は体が締まっている?ともいえる。肩に力が入ったときって、姿勢が良くなる気がする。背筋が伸びるというか。本来人前などに立つときは背筋が伸びたほうが見栄えがいい、だから肩に力が入るのだろうか。しかし、体を動かすときもこわばる。これはメリットなさそう。何でかさっぱりだなぁ。

肩に力が入るって他者を威嚇するポーズになるということなんだろうか。そもそも、後付の理由なんてどうでもよくって、肩に力が入るものは入ってしまうのだろう。

 
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現在の記憶と過去の記憶と思考
現在の記憶と過去の記憶と思考について思った。

過去の記憶は残っているが、現在の記憶は残らない人がいる。逆に過去の記憶は全部消えてしまったという人がいる。しかし、過去の記憶すべてを失ったら何もできないと思う。過去の記憶が亡くなったという人が会話を普通にしているのを見ると、会話に関する記憶は残っていると思う。さらに現在の記憶が残らない人は厳密には何もできないと思う。こういった人の思考もある意味において記憶の変形したものであると思うのです。ただ一瞬で忘れるということなのかもしれないが。まあ、ここではうまくかけなかったが、現在の記憶と過去の記憶の違いって何かなと不思議に思った。さらに、言語とか思考がかかわってくると思う。それらの厳密な血が言ってなんだろう。どれも複雑に重なり合っているから、はっきりと線は引けないかもしれないけど。

Posted by takeshi at 09:33 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
五感の中でも視覚
人間には五感というものがあるといわれている。

その中で、視覚、すなわち見ることを一番重要視する、信じる傾向にあると思う。自分の見たものを信じる。

何かひとつのものを読み取る、感じ取る場合に、嗅覚や味覚や触覚や聴覚からよりも視覚をもっとも信頼できる情報としている気がする。

順番で言ったら視覚、聴覚がもっとも重要視しているだろうな。あと3つはどれも大差ないかな。

それよりも、真実とされる情報を重要視する気もするんだけどね。

Posted by takeshi at 08:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
いつものよーぉーに100yenだ
なんで、読んだ本をエントリーするのか分からないが、最近この習慣がなんとなくついた気がする。まあ、ちょっとたてばエントリーしなくなりそうだが。

ブックオフで100円で買った本です。まあ、基本的に自分で買うときは100円本だ。やっぱり安いのが一番。それに、古い本とか正規の値段だと買わない本も買う。だからバラエティーに富んだ本を読めるという効用が。

この本、すごくかわいい感じの薄い本です。しかし、中身は意外と面白い。一つ一つのページが伝えたい哲学的概念は、そこまで高度なことではなく、日々感じる程度のもの。しかし、例として挙げられているのが秀逸。いや、ここにあげられている、かわいいアニメ風の例は鋭いです。驚き。

本が読み終わったのでまたカバーをかけよう。

プチ哲学
 佐藤 雅彦

マガジンハウス 2000-06
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易しい内容ながらも奥が深いです
希代のCMプランナー&大学教授が語る「プチ哲学」
身近な哲学

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Posted by takeshi at 08:29 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
記憶
記憶とか脳の番組が連続でやっていた。ビデオにとったわけだがイマイチピンとこなかった。なんか、ドラマチックな方向に持っていこうとしているように感じだ。もっとサイエンスよりのことを知りたかったのに。まあ、マスメディアだからしょうがないのだけど。。。

その点NHKスペシャルはいいよな。

Posted by takeshi at 01:31 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
千代の富士
松山千春さんの歌を聞いていたら思い出した。なんか分からないけど、千代の富士。この人は昔から好きだった。相撲をしている姿と顔を見て。この力士がどのような背景を持った人かも知らなかったけどなんとなく。

そして、千代の富士の自伝っぽいドラマを見て少し知った。そのときのエンディングを松山千春さんが歌っていたと思う。それで、千代の富士を思い出したのだ。

なんか、千代の富士には常に勝ってほしかった。なんか、最強であってほしかった。今でもそう思う。なんか魂というか、信念というか、おとこらしさを感じる。僕にとってのヒーローの一人だったんだと思う。

ビルゲイツとかアインシュタインもヒーローだった。

Posted by takeshi at 12:39 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 24, 2005
全部ひっくるめて考える
味噌もくそも一緒という言葉があるが、まさに僕の思考方法はそれだ。

考えるというか、感じる、判断するときに、その対象とするものをすべてのものにしてしまう。普通は自分のおかれた状況を踏まえて対象を狭めている。しかし、私にはその概念が小さいころからないようだ。

たとえば、日本での日常で飲食店が汚いという話になったとしよう。その時普通は日本を前提としている。しかし、僕はインドの田舎で食べたときのほうが汚いというラインを持ち込む。そうやって考えるから、みんなが汚いといっても特に感じない。

これは昔からそうだった。たとえば、肉を食べるときは生き物を殺すのだから残さず食べろといわれる。もちろん魚も言われる。しかし、野菜のときは言われない。米は一粒の越さず食べろといわれるかもしれないが、これは意味合いが違ってお百姓さんが一生懸命作ったからという理由付けだ。しかし、僕にはなぜ肉や魚と野菜を区別するのか分からなかった。本当に心のそこから思っていた。肉や魚を食べないなら野菜も食べるべきではない。そういうと、人間は食べないと生きていけないから、と説明されるがこれは説明になっていない。

人間は自分の普段の生活を思考範囲の対象にしがちである。しかし、それは自分が説明しやすかったり、そんなレベルではいいかもしれないが、突っ込んで考えれば何で除外して考えるのか分からない。

この考え方自体がいいとか悪いというのは知らないが、私はこう考えてしまう。この思考回路だから変わった発想といわれるのかも知れない。

Posted by takeshi at 11:13 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
抵抗感がなくなった
坊主に6月12日(日)にしたわけだ。それも特に理由もなく暑かったからという理由で。

昔は坊主にすることに抵抗があったが、今はほとんど何も感じずにできてしまった。

なぜだろう。考え方とか感じ方とかかわったのか?その考えの違いは他のものにも適用されているのだろうか。

坊主というより、スキンヘッドなんだな。剃刀でそったから。

Posted by takeshi at 07:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 23, 2005
たった一回の経験とたった一人
一回経験したことは何故ほとんど不安にならないか。何か始めてやるときは、いつも恐怖というか不安というかそんなものが付きまとう。どうなるか推測できないからだろう。頭の中である程度シュミレーションはできるが、やったことない事に関して詳細まで想像することは困難だ。その想像できない部分でどんなことが起こるかわからないから恐れるのだろう。これはひとりは不安二人だとほとんど不安じゃないというのとも似ているのかもしれない。普段の生活だったら、ひとりでも全く不安でもない。そういう状況ではなく、周りに人気のいない真っ暗なところとかの話だ。知り合いが一人いるだけで精神状態が全く違う。一人だろうが二人だろうが、得体の知れないものが襲ってきたら死んでしまうだろう。二人いるからといって格段に強くなるわけではないのだから。

何故二人だと平気なのか。それに追加して考えると、三人だと二人のときと不安度は変わらない。すなわち一人と二人の間にだけ差があって、二人と三人では差がない。一回も行ったことないところや、一回もやったことないことは不安だが、2回目のときは不安じゃない。3回目は2回目と精神状態が大して変わらない。と考えると、不安とはあるかないかなのか。1か0かというものなのだろうか?

一回やったからといって安全度がアップするわけでも、二人だからといって大して安全度がアップするわけでもない。この不安なる物は人間の意識によって生み出されるわけだが、なんと不確かなものなのだろうか。でも、自然にこのようになるのはなぜだろう。
 不安と恐怖の違いに関するエントリー
Posted by takeshi at 09:07 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
チンパンジーの絵が288万円
ロンドンで行われたオークションで、3点の落札価格が288万円(1万4400ポンド)だったらしい。チンパンジーの故コンゴ画伯の絵は、ピカソ好んでアトリエに飾ったらしい。落札価格は予想の8倍近かった模様。オークションに出た絵は1957年に描いた3点のテンペラ画
 テンペラとは油絵の具がなかった500年ほど前に確立されたもので、顔料を油の代わりに卵で溶くものらしい

 

なんか面白いニュースだった。どう考えるかは人それぞれ全く違うんだろうなー。

http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200506/sha2005062202.html

Posted by takeshi at 12:51 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 22, 2005
思想クローン
自分の遺伝子を残したいと生物は思っているというが、自分の考えのクローンを残したいという欲求もあるのではないかと話していた。

それは、子供であるとか教育者となり子供を育てるとかそういう行動で現れる。金持ちになった創業者とかが教育やりたがるのもこれかな?金がないと教育はできないが、金があると思想クローン製造に走る。

Posted by takeshi at 08:53 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ビル・ゲイツ 未来を語る
以前から良いと書いていた”>「ビル・ゲイツ 未来を語る」をやっと読み終えた。約10年前の95年に出版された本だ。450ページ近いけっこうタフな本である。

10年前、私が小学生6年ぐらいだったと思う。そのころから日経新聞を読んでいた。当時の日経の広告欄に、このビルゲイツ未来を語るが載っていた。この本の表紙が印象的だった。一本道にビルゲイツが立っている。そんな表装。あの時、未来を語るを読みたかった。しかし、金もなかったし、こんなレベルの長い本を読めるほどの能力もなかったのだろう。簡単に言えば、この本への憧れがあったんだと思う。

そして、10年近くたって、ブックオフで100円で買い、読んだ。この本の中で10年前にビルゲイツが書いた10年後の未来がまさに今である。そんな現在を暮らしている自分。はっきり言って驚いた。冷静な未来予測、そして具体性。彼自らが作り上げた(方向付けた)部分も多いかも知れないが、これだけの能力を持った人は世界中探してもめったにいないであろう。

確かにこの本の内容はすばらしい。しかし本がすばらしいという前に、ビルゲイツという人間の偉大さを知らされた。この本を読む前は、ビルゲイツはすごいと思っていたが、正直ちょっとなめていた部分もあった。

僕がどうのこうの言うよりも読んだほうがいいと思う。特に、これからの社会を生きる人間は。

この本を読み始めるとき、最後まで読めるとは思わなかった。確かにヘビーであった。その証拠に、この本を読んでいる途中なのに、何冊か他の本読了した。僕は普通、本を読み賭けで他の本に移ると読み続けることがない。しかし、今回だけは違った、また「ビル・ゲイツ 未来を語る」に戻ってきていたのだ。
ビル・ゲイツ未来を語る
 ビル・ゲイツ

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ビル・ゲイツの思考回路が伺える

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Posted by takeshi at 11:18 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
June 21, 2005
バーチャル
本物であろうと偽者であろうと関係なく、本物だと自分が納得することによって、自らが産み出す(自らが認める)価値がある。 実際とバーチャルが全く区別がつかなくても、本物思えば価値がある。 生放送である意味がスポーツにあるのと同じ。何故、生であることや本物だと思うと高揚できるのか?

自分がその場を生であると理解する、その文脈を理解して自分の立場を置き換える。脳がそう判断するからなのだろう。

だからいくらオーディオ機器が発達してもライブはなくならない。
人はたくさん集まることによってのみ感じる感情があるんだろうから。

Posted by takeshi at 11:52 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
貯められるものそうでないもの
ためられるものとそうでないものがあると思う。そりゃ当たり前。食いだめ、寝だめなる言葉はよく使う。しかし、実際は寝だめも食いだめもできないと聞くこともある。

厳密言えば食いだめはできそうだ。食べて脂肪として体についていれば、食べなくても生き延びれるとか。寝だめもしかり。しかし、それにも限度がありそうな気がする。

知識をためるということもためることの一種として考えてみる。知識もためることはできるが完全な形でためることは難しい。 

何故ためることができるものとできないものがあるか。厳密に言えば人間は何も完全な形ではためることができない。ああ、だから人間は変化を繰り返し、適応できたのだろうか。人間というか生き物含め社会もだけど。

となると、無常ってことか。すべて常にあらず。

Posted by takeshi at 11:51 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
脳と魂
脳と魂

やはり対談本は内容の深さにかける気がするが、それだからすらすら読める。そんなことは言いつつ、真ん中あたりは面白かった。

天職なんてないという件で、人間の生活に必要だから仕事がある、そして人間はその仕事をする。この順番なんだから、すべての人に天職なんてあるはずがない。社会的な必要性から仕事ができ、人間はそれを行うんだから、という当たり前だが、自分で気がつかなかった思考パターンが面白かった。

歴史的なことや、哲学史的なことなど、自分が一回読んでもすぐ忘れる系のことも結構書いてあった。

脳と魂
 養老 孟司 玄侑 宗久

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Posted by takeshi at 10:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
マクドナルド
マクドナルド価格変わりすぎ。最近出した100円と500円のセットもしかり。前は60円バーガーがあったり。ころころ価格が変わるから、いったい今どの商品があって、いくらなのかがさっぱり分からない。消費者のことを考えていないなー。まあ、値段を変えることによってニュースとして報道される宣伝効果も狙っているのかな。あと、今回のぽっきりの値段は、レジでのおつりのやり取りの時間短縮があったみたいだ。それと、安い製品を買ったついでに、もらおうという作戦。これは海外では成功しているみたいだけど、日本ではイマイチで、業績予想を下回ったとか。

そんでもって、ジュースを100円で出したのが分からない。たぶん、カフェが増えているからそれに対抗しているのだろうけど、相当利益率が高いドリンクを100円にしちゃうとね。

でも、売り上げ増減はありながらプレゼンスがあるのは世界企業である証拠であるのだろう。新商品の投入や新しいシステムの導入は絶対に必要だ。しかし、ころころ変わりすぎるのもややこしいだけだ。スイッチングコストがかかるだけになりかねない。どのような状況になったら、どのタイミングで、どのような頻度で、どのような改革を実施するのがベストなのかは難しい問題だ。

Posted by takeshi at 01:16 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
6月19日の日経
この前の日曜日、6月19日の日経には中途採用の広告ばかりだった。

何でだろうか。この時期に中途採用が活発になるのは。

不思議だったのでメモ。

Posted by takeshi at 01:15 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 20, 2005
続ける価値は久しぶりにある
続ける価値は久しぶりにあると思いました。

どんな些細なことでも、続けると価値が出てくることはよく言われることです。実際に私もおもしろいメリットがあると思います。

続けるということは、途切れのない線である感じです。その継続性は普段から価値があるのではなく、久しぶりである時だからこそ価値が出てくるのだなと思った。まあ、当たり前すぎることなんだけど。

あと、自分とはまったく違う人と話すのは面白い。新たな思考回路ができるというか。同じような人と一緒にいると思考回路も似てきて、同じ発想しかでてこない。と、実感した日々。

 

 

Posted by takeshi at 11:01 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
グレコ・トレド
テレビをつけたらNHKの5分世界遺産番組でスペインのトレドをやっていた。ここは2年生の夏に行った。2003年の9月ぐらいだ。

スペインをぐるっと一周して、マドリッドへ戻る一個前の都市だ。ポルトガルのリスボンから夜行バスでマドリッドへ戻り、朝一番のバスでトレドへ行った。トレドについてからは、宿を探した。ここのユースホステルみたいなところは昔のお城を改装したところで、とまってみたいと思ったがフルだった。それからこの町では安くてよい宿が見つからず、何時間も町をほっつき歩いた。けっこう疲れた記憶がある。それでも、安くてけっこうきれいな宿を見つけた。そして、この町をまた歩いた。なんか落ち着きのある町で、ゆっくりできた。公園でのんきに本を読んだりもした。

400年立っても町の姿は変わってないらしい。ああ、タホ川に囲まれた小さな町。かつての首都とは思えないほどこじんまりしている。この町ははっきりとした行動の記憶ではなく、なんか思い出があるんだよな。

 

Posted by takeshi at 10:56 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 19, 2005
砂浜に無数にあった鳥の足跡
無人島から帰って思い出す光景がある。

それは砂浜に無数にあった鳥の足跡だ。

無人島には黒くて大きな海鳥っぽいのが無数にいた。時には木にとまり、時には空を優雅に飛び、時には海にもぐり魚を取り、時には砂浜に並んでたっていた。

そして、砂浜に鳥の足跡が無数にあった。まるで砂の模様のように。
3本の指は何か恐竜の足跡の化石を思い起こさせた。

何か恐怖感のようなものを覚えた。

Posted by takeshi at 12:12 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
感動を行動に
人の話や人の行動、人の成果に感動しているだけでは意味がない。

その感動から、自ら何かを感じ取り行動に移さなければ意味がない。

ただ感動しているだけでは、何も生まれない。

感動するだけで終わらせるのではなく、その感動をばねに行動に移す。

Posted by takeshi at 12:05 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 18, 2005
怒りの感情がないのか?
みんなが言う、私の印象はけっこうバラバラだ。それも僕のことを分かってくれていると思っている人からの印象が。しかし、ばらばらだからといって外れているかといえば違う。それぞれが的を得ている。

でも、珍しく共通することがある。起こった事を見たことがない。ってこと。

確かに、怒らない。別に、怒りの感情もたいしてこみ上げてこない。

大学一年生のころ、自分がもっと感情的になりたいと思った。怒りたいと思った。なんかすごく人間的な気がして。しかし、怒りの感情はこみ上げてこない。

怒った時にうまれるパワーってのがすごいと思う。一方で負の力も大きいと思う。

どんな理由からなのだろうか

小さいころあまり怒る機会がなかった。そんな育てられ方をした。
平生の会話でも違うと思ったら批判することが他の人より多い。批判するという行為には、怒ったときと同じ精神的な作用がある。僕は徐々にそのストレスを解放しているから、たくさんたまることがなく怒りにならない。
僕の性格はビビリで常に殺されることを考える。で、自分が怒って相手が怒るとけんかになって収拾がつかなくなる。すると相手が何をするか予測不可能になるかもしれない。そうするとぼこぼこにされて殺されるかもと考える。そのリスクをはじめからなくしている。

まあ、怒っても仕方ないと思ってしまう考え方なのだろうか。
Posted by takeshi at 11:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
俺の思考パターン
俺の思考パターンというか、ブログに書くときのパターン。

逆説的なことを論理的に正しいとする、新たな気づき系、
ある自分がした経験とか、知ったことをまったく関係なさそうなことに当てはめてみたりする一般化、
いたって当たり前のことを、再度自分の体験を通し気づく系。

Posted by takeshi at 10:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
天才が目立ちやすい事
なんか、サッカーという競技は天才が目立ちやすいのかと思った。

それは、野球と比べるとルールが少ないからだ。細かいルールが多いか少ないかではなく、自由度が高いという表現なのかもしれない。野球だと、ファースト、セカンド、サード、ホームという順番に走ると決まっている。守りと攻撃が時間によって完全に分けられている。などなど。サッカーは、同時に責め同時に守る。というように、自由度が高い気がする。

自由度が高いと、一人ひとりの裁量権が大きいというか、一人ひとりの動作が大きな影響を与える。だから、天才が目立ちやすい。

これは、組織とか他のものにも当てはまりそうだよなー。

Posted by takeshi at 10:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
海に浮かぶ船
エンジンを切った船が海の上に浮かんでいる

あのゆるやかな波の上に

まぶしい日差しを浴びながら。

故障したのか、漁をしているのか、ただ休んでいるのか。

この船はいつ動き始めるのだろう

Posted by takeshi at 09:23 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
感じ方が変わる
風の旅人という写真が多い雑誌がある。この創刊号を偶然渋谷のブックファーストで買った。偶然というのは、売れ残っており100円だったから。だから以前から読んでいた。といっても一回だけ。なんか、変わっている印象。なにか得体の知れない感じをこの本から得ていた。寂しさの中にある殺伐さといえばいいのか、現実の中の寂しさの中の現実離れした感じ。

しかし、編集長の話を直接聞く機械があった。すると印象が変わった。なんか、あいまいな点の印象が、線につながったというか、ああ、そうなんだと思えた。

言葉で明確にコンセプトを知ったから。
作っている人柄を知ったから。

なんでだろうか。まったく同じものを見るのにこれほどまでに印象が違う。

Posted by takeshi at 09:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
落胆のメカニズム
最近、期待と落胆について思った。それは子供のころの遠足のようなそわそわする感じがしたから。でも、実際に遊ぶとそのそわそわする期待以下だった。つまらないことを言ってしまえば、そわそわしているときから、期待以下なんだろうなとうすうす感じていた。それは、今までの経験上、事前にそわそわ期待した時は、実際に行動してみると落胆してきたから。

そこで思う、あの感情をコントロールできないのか。何かする前のそわそわ感をコントロールできないのであろうか。そわそわしないように。
落胆のメカニズム解明 脳の特定部分が活発化

 期待している大きな報酬ではなく、やむを得ずほかのものしか選べない場合には、脳の特定の部分が活発に活動していることを木村実京都府立医大教授(神経生理学)らがサルの実験で解明、米科学誌サイエンスに17日、発表した。
 木村教授は「この部分は葛藤(かっとう)や落胆などの感情や試行錯誤することと関係がある」としている。
 木村教授らは、ランプの色によって報酬となる水の量が多い場合と少ない場合の2種類が表示され、正しいボタン操作をすると水が得られるようにして実験した。
 すると水の量が多い表示の場合はサルは素早く行動しミスは少なく、自分の行動と得られる結果の関係を学習していた。
 サルの脳の視床にある正中中心核(せいちゅうちゅうしんかく )(CM核)という部分に電極を入れると、期待を裏切る少ない量の表示が出た時にだけ、CM核で活動電位が高まっていることが分かった。(共同通信) – 6月17日6時12分更新

Posted by takeshi at 02:59 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 17, 2005
Stay hungry, stay foolish
http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/grad-061505.html

スタンフォードの卒業式でアップルのジョブズが話したみたい。うけたのが、ガウンの下はジーンズとサンダルだったみたい。

‘Stay hungry, stay foolishが最後の言葉

Posted by takeshi at 06:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
今さらながら
微妙に古い新聞、本を読むのが好きなのですが、いまさらチーズはどこへ消えたを読んでみた。

世の中、どんなものでも常に変化がおこって、その変化をただ恐れるだけでなく、小さな変化を見極めて対処することが重要だと書いてあったのです。

で、この本、小学校の学級会みたい。なんか、登場人物の会話がよそよそしい。みんな一人の言うきれい事を支持しているし。なんか、こんな感じの本は気持ち悪いし。好きじゃないな。

Posted by takeshi at 04:06 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
何が起こるかわからない
何が起こるかわからない、それが世の中なんだなぁ。

時がたてばどうなるかわからない。

絶対ありえないと思うこと、絶対ありえないと思うことすらない想定外なこと。
そんなことも起こりえるのが世の中なんだなぁ。

明日は明日の風が吹く。
今日も楽しく、明日も楽しく。

Posted by takeshi at 02:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
梅雨なのに朗らかな夕べ
昨日は本当に朗らかな気持ちになった。

梅雨の時期でジメジメしている。そんな夕暮れ。
普通だったら外に出るのが億劫になる。

しかし、昨日はそうではない日だったのだろう。

芸大の授業が終わってから、根津の車屋へ行った。
入り口のちいさいテーブルをあふれ出すように人が囲んでいた。
そして、いろいろ話しながら飲んでいた。

特に何を話したかは覚えていない。でも、授業後の教室、そして車屋へ行く道、飲んで話しているとき、先に店を出るときのあの空気感、それらも含めて何か幸せだった。

次の用事のために車屋を先に出た。そして、駅の入り口の前の信号で止まった。その時、

「今日という幸せな日」

という、フレーズが頭に浮かんだ。

今日という日は今日というだけで幸せなんだ。今日という日を送れているだけで幸せなんだ。と切実に思った。

その後、渋谷で飲みながら話した。はじめは二人で話していた。構えることなく、肩肘張らずに話せるってのは、心地よく落ち着く。いろいろ話した。今の仕事の話を聞いたり、驚愕の事実を聞いたり。なんか、そんな風に話しているのが、そんな風に話をできるのが、うれしい。朗らかな気持ちにさせてくれる。遅れて某氏が登場。その場の雰囲気は変わらない。この心地よい空間。話していて、三人のバックグラウンドが似ていて、お互いに理解できるのだろうって話になった。みんな、集まると自分の家みたいな気持ちになり落ち着ける。自然に集まってしまうって言ってたし、僕もそう思う。

ああ、前もこのメンバーで食べたときは沖縄料理だった。と思いつつ、いつの間にかすぎさっていった時間を惜しみながら、家路についた。

Posted by takeshi at 02:03 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ニーズ?
ニーズやマーケットの顔色伺いだけでは、自分のやりたいことでないし根強いファンはうまれない。ファンという固定客がつくと会社として安定する。
表面上の客だけでは、ちょっとしたことで他の商品に移っていってしまう客だ。これは、会社にとってはリスク名経営となってしまう。

自分たちの会社が、明確な理念を持って、ただ単に大衆の流れに迎合しない粋な商品を提供することによって熱狂的なファンがうまれる。自分たちの商品に魂がこもらなかったらファンはうまれない!

しかし全くマーケットニーズの方向と違ってもビジネスにならないのも事実。独自の道と社会性のエッジをいかに見極めるかということになるんだろう。

Posted by takeshi at 09:49 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
次の試合に勝つことだけ
野茂選手をいつも好きだと書いている。そんな彼が日米通産200勝した。その後のインタビューを見て、再度惚れ直した。

「次の試合に勝つことだけ」 長期的な戦略どうのこうのより目の前のことをがむしゃらにやることに意味があることもあるのだろう。特に野球の勝利数なんて皮算用してもあまり意味がないと思う。そんなんよりも目の前の一勝を積み重ねることの意義深さと難しさが伝わってくる。

長期的な戦略も必要だろう、しかしそればっかりでは泥臭いかっこよさ、魂のこもったものが伝わってこない。目の前のものだけに徹する、その向こう見ずなひたむきさからは何か強いものを感じる。

這上がる、そんなイメージがある。這い上がるという。野茂選手は常に良い結果を出し続けているわけではない。無理といわれたメジャーに日本での成果を捨て殴りこみ、手術をしたり、チームを追い出されたり、マイナーでプレーしたり、年俸なんて10分の一になったり。 みんなが失敗すると失笑するようなことを、反論などつべこべ言わずがメジャー成果を出してくつがえす。そんなところがかっこいい。さらに、基本は走ることだと考え、足腰強化のためにひたすら走る。一人の人間として尊敬します。

派手ではなくても、ちゃんとやれば認めてくれる環境があったのも事実なのかもしれない。
野茂という生き方

―今の気持ちは?

 「僕としては200勝は意識はしていなかった。だけど、情報を知ったチームメートやファンの存在で、少し意識し始めた」

 ―200勝は、どんな意味を持つ?

 「もともと、そういう目標を持っていなかった。区切りの目標ではないので、次の試合に勝つことだけ」

 ―印象に残る試合は?

 「一つ挙げるのは難しい。これまでずっと僕を見てきてくれたファンが『いい試合あったな』と思ってくれれば、それで十分。これからも、そういう試合をつくっていきたい」

 ―野茂投手のメジャー入りから、日本人選手が次々に海を渡った。パイオニアとしての思いは?

 「僕はまだ(日米)15年しかやってないし。僕よりずっと長く(現役で)プレーやっている人はいる。それこそ、僕が目指しているもの。(メジャー入りした日本人に)アドバイスできる立場では、まだないと思う」

(スポーツ報知) – 6月17日8時1分更新

Posted by takeshi at 09:46 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
実体験をともなう感情
実体験をともなう感情ともなわない感情がある。

人の話を聞いていると特に思う。

実体験をともなう感情しか、心動かされないのだ。人から聞いた話を受け売りしていたり、自分が心のそこから突き動かされていないのに、それっぽく話すのを聞いたとき。まったくわくわくしない。

自分の感情を伝えるときに、その感情が実際に生まれた実体験があると、魂がこもっていて伝わってくるものがある。表面的ではない。生の体験というのはそれほどの力があるのだろう。バーチャルの発展によりバーチャルの世界と現実の区別がつきにくくなっていくかもしれない。さらに、言えば想像と現実の究極の違いなんてわからない。しかし、想像では超えられない世界がある。実体験の持つ重み。

あの、人を突き動かす実体験に基づく感情とは、すさまじいパワーを持っている。それであるがゆえに、危険なときもあるのはわすれちゃならない。

Posted by takeshi at 09:46 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
今日という幸せな日
特別なんいうわけでもない。
ただ、根津の車屋でみんなと話し飲んでいた。
その後渋谷へ移動するために先に抜けて、根津駅へついたときにこのフレーズが頭にふと浮かんだ。

「今日という幸せな日」

今日は雨がしとしと降るような日だった。ゆっくりおきて、芸大へ歩いていった。
授業のあと久しぶりに車屋へ飲みに行った。

車屋での空間が心地よかった。なんだろう、授業を終わってからの20分ぐらい。
さらに、車屋での2時間弱。何が心地よかったのだろう。異様なほどうれしかった。
今日という日は今日というだけで幸せなのである。

たぶんいつの日も今日という幸せな日を送っております。

布施さんの雪だるま理論。自分の芯ができればあとは雪だるまのように能力とか環境とかが身についていく。 
茂木さん 空白があるから夢が産まれる 

Posted by takeshi at 01:07 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ワクワクする対象
自分が何に対してワクワクするのか。
本質的に何に対してワクワクするのかが、最近気になる。

ワクワクすることは結構ある。瞬間で、おお、これだと思うことがある。
そんなことを並べて共通点を見つけてもはっきりとは現れない。

何なんだろう。ワクワクするって。

サッカーの華麗なシュート、人の生き様、すばらしいテクノロジー、あっと驚くようなアイディア。いろんなものにわくわくする。共通点なんてあるのかな。

共通点があるとしたら、僕の心が反応したってことかな

Posted by takeshi at 01:03 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 16, 2005
二郎大ダブル完食
三田二郎本店で大ダブルを食べた。
食べつくした。

ということで、記録として残しておきます。

次は鍋二郎をやりたいですな。鍋もって、いざ二郎。
Posted by takeshi at 12:56 AM | コメント (2) | トラックバック (0)|
June 15, 2005
LOHASに対抗してJIROってどうですか
最近、ローハスってのがブームですがなんかだまされてる感じがする。エコとかさー、天然、健康、自然、あるがまま、人間本来の力とか、スローライフとか。

もうね、やってられるかって。
対抗してJIROって概念。漢字で書けば二郎。
油っぽくて、化学調味料、超機械チックな生活。うん、たまらない。科学的に人間の脳を分析しうまみを調べた上でのうまさだとか言い張って。

なんてね。笑。ネタだけど、こうやって本気で言い張る人がいてもおもろいよな。

Posted by takeshi at 05:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 14, 2005
自らを削る生き方と、自らに肉付けする生き方
人間はAな人と、Aでない人の2種類があるとかよく言われます。たとえば、物事を成し遂げる人と、物事を成し遂げない人。こんな感じで。

それと似ている感じなんですけど、自らを削る生き方と、自らに肉付けする生き方があると思いました。これは、仕事で分類できるとか、年齢で分類できるとかそんな感じじゃなくて、その人の性格というか人生・生き方そのものなんですけど。

その人が一言を発するとき、その発し方、その人の中で発するまでの過程、何か行動をとるときになぜとるかってのも関係あるし、そんなことから削る生き方と肉付けする生き方がわかると思う。

Posted by takeshi at 11:42 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
クールビズ
クールビズとか騒がれる今日この頃いかがお過ごしでしょうか。
「チーム・マイナス6%」とかも騒がれていますが。

なんと、チーム・マイナス6%の参加を表明する名刺も作れるとか。。

クールビズとはそもそも何ぞや?エントリーの最後を参照。

まあ、それはどうでもいいですよ。クールビズとかいって政治家さんや官僚さんがネクタイはずしているのはうけました。かなりギコチナイ着こなし方。それに、クールビズといえばすべての官僚がノーネクタイ。さすが公務員さんだと思いました。すごいなーこの結束力というか、統率力というか、絶対服従というか。

さらにですね、環境省のチーム6%サイトではノーネクタイの着こなし方まで解説してくれてます。

いやはや、おもしろい国ですなー。

まあ、僕も完全なクールビズスタイルです。クールビズはCO2対策だけでしょ。地球温暖化対策だけ。私はそれと同時に化石燃料(特に石油)消費も抑え、大気汚染も抑える手法をとりました。究極のエコですよ。私の真似をすれば日本は世界一のエコ国家ですな。笑
クールビズとは
温室効果ガス削減のために、夏のエアコンの温度設定を28℃に。そんなオフィスで快適に過ごすために、環境省では夏のノーネクタイ・ノー上着ファッションを提唱しました。その名称を公募、決定したのが「COOL BIZ(クール ビズ)」です。「ビズ」はビジネスの意味で、夏を涼しく過ごすための、新しいビジネススタイルという意味が込められています。
ネクタイと上着を脱げば、体感温度でなんと2℃の差が出ると言います。環境にも優しく、エアコンで寒がる女性にも優しい。日本の夏の新しいビジネススタイルとして、その普及にご協力ください。
http://www.team-6.jp/action/coolbiz/index.htmlより

 
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話していて面白い人
話していて面白い人、

実際の体験に基づいている。
実績を出している。
社会の多くの人に迎合しない考え方。
頭がいい。頭の回転が早い。
年齢や身分相応っぽさを持ちながら、子供っぽさがある。

なんだろう、頭のいい馬鹿といっていたりもしたが、面白いと思う人はどんな理由からなのだろう。
言葉で明示はできないが、なんかあるんだよな。

先日のSOHOしずおかの小出宗昭さんとか。
昨日の方々とか。
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June 13, 2005
儲けの根幹を自らで持つということ
人の話や実体験から感じたこと。

広告代理店と飲料メーカーの例。

スーパーやコンビにで売っているペットボトルのお茶なんて全部同じようなもんだ。そりゃ、ウーロン茶と緑茶は違う。同じ種類のお茶でも多少味は違う。それは事実だ。でも、他の製品と比べると違いが少ない。絶対このお茶と決めている人も少ない。コンビニへ行きなんとなく決める人が多いのではなかろうか。そんなものがお茶である。

こんな他のお茶と違いの少ないお茶たちなんですが、ヒット商品とまったく売れずに消え去るお茶がある。この市場、毎年毎年大量のお茶が投入されほんの一部が残り、ほとんどがなくなる。この違いはなんだ?といえば商品のイメージといいますか、ブランド化といいますか、ようは広告とかパッケージ、商品名、そんなものによって売り上げが決定付けられると思うのです。

となると、飲料メーカーが売れるか売れないかの最大の決定要因を持っているのではなく、広告代理店が持っているということになる。飲料メーカーにしてみれば大きな問題です。自分の会社で儲けの根幹をコントローラぶる出ないのは経営のリスクが高すぎる。

あと、インターネット企業にも同じことが言える。インターネットのみで儲ける会社はグーグルやヤフーが儲けの根幹を握っている。ヤフーとグーグルが検索結果からあるインターネット企業を消してしまえばつぶれる会社だってたくさんある。アマゾンの結果をグーグルがのっけなかったら売り上げが下がるという話が典型だ。

儲けるための最大要因を自らの会社で持つということは安定した経営の基本であるのだなと思いました。まあ、自社以外の外部の組織や要因があるからこそ、お金を儲けることができるのも事実でありまして。これは自分の会社しかなえれば取引もできず儲けることができないということです。儲ける要因がいくつかあると思うのですが、それを分散したり、最大要因は自社でコントロール可能にしたりと。そんなことが大切なんだろうな。

ブランドとかインターネットとか金融の技術とか最先端のものはすごい売り上げに大きな影響を与えるが、何かあったら一気に崩れ去ってしまう気がします。実は昔から商売の基本といわれるようなもっと地味なことがいざとなったときに強いんだろうな。泥臭いことってやつね。たぶん、これは会社という組織にも個人にもいえるのだろう。

金融の専門家となりテクニカルな取引をしたとしよう。この業界は進化が早い。結果を出していたとしても、若くて頭の柔らかい人がどんどん頭角を表してくる。年を重ね若いときに結果を出していて、かつマネージする側にうまく移ることができればいいが、そうなれなかったら年をとり進化の激しい金融技術についていけなかったら、仕事を失ってしまうなんてこともなくなないと思う。

自らの会社で儲かるかどうかの決定要因を持つことが重要。それは他に依存(ネットワークに)しない独自のものなんだろうな。ネット意外なところにあるもの、とか。

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June 12, 2005
現代社会という文脈においてのみ価値ある「天然」
「天然」といったらどんなイメージを持つのだろうか。天然ボケとかもあるが、魚とかの天然を思い出す人もいると思う。

スーパーや料理屋さんへ行くと、天然の鯛とかそんなコピーで価値をあげている。一方で養殖物といえば無駄に油っぽくてあまり高い評価は受けない。天然>養殖、こんな構図だ。これは疑う余地はないだろう。だって、天然と養殖が同じ値段だったら天然を頼むだろうし、普通天然のほうが高価であるから。

しかし、本当に天然というものには価値があるのか。まあ、価値はあるのだがそれ現代一般社会という状況・文脈においてのみだ。少なくとも僕はそうでした。

無人島で網にアナゴが引っかかった。言ってみれば、究極の天然ものだ。しかし、食べるときに、工場排水で汚染されていないかとか、食べても問題ないかとかいろいろ考えた。食べるのに勇気がいった。しかし、魚屋へ行けば、その魚がどこで取れて安全かどうかの保証もないのに安心して買って食べる。それも人為的に作られた養殖よりも、天然を好む。不思議だ。究極の天然は食べるのが怖いのに、スーパーにある天然は無条件に安心し、好んで選択する。これは社会という文脈、社会という安心感によっているのだろう。

とおもった。少なくとも僕はそういう思考回路の人間だ。

Posted by takeshi at 02:19 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
スリッパのビニル袋を開けたら
無人島ではいていたスリッパが入っているビニル袋を開けたら無人島のにおいがした。

なんか戻った感じがして、砂浜から見た海を思い出した。
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June 10, 2005
突き詰めればあいまいなのに、人間は瞬時に明確な選別ができる不思議
たとえばAとBについて突き詰めればその厳密な違いははっきりしないのに、人間は瞬時にその二つを明確に選別ができることがある。これが不思議でならない。

人間は何によって判断しているのだろうか。あいまいなものから無意識的にポイントとなる違いを抽出しているのだろう。そんでもって、そのあいまいなものの選別はほとんどの人で共通する。ああ、不思議。この人間の能力を分析すると大きな発見につながりそうですがな。

人間とは何かと突き詰めていけばロボットとの違いを明確に示せないが、人間は瞬時にロボットと人間を区別できる。それについていっている感じです。

Posted by takeshi at 11:05 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
1901年の新聞に載った「予言」
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/info/yogen.htm

「20世紀の予言」は明治34年(1901年)1月2、3の両日にわたり報知新聞に掲載されたが、予言の「七日間世界一周」「東京神戸間二時間半」などがずばり的中。21世紀を間近にした平成になり、マスコミ界が注目。テレビなどで取り上げられ「百年もの昔の大スクープ」として話題を呼んだ。

●二十世紀の豫言(一)
   十九世紀は既に去り人も世も共に二十世紀の新舞臺に現はるゝことゝなりぬ、十九世紀に於ける世界の進歩は頗る驚くべきものあり、形而下に於ては『蒸汽力時代』『電氣力時代』の稱ありまた形而上に於ては『人道時代』『婦人時代』の名あることなるが更に歩を進めて二十世紀の社會は如何なる現象をか呈出するべき、既に此三四十年間には佛國の小説家ジュール・ベルヌの輩が二十世紀の豫言めきたる小説をものして讀者の喝采を博したることなるが若し十九世紀間進歩の勢力にして年と共に愈よ増加せんか、今日なほ不思議の惑問中に在るもの漸漸思議の領内に入り來ることなるべし、今や其大時期の冒頭に立ちて遙かに未來を豫望するも亦た快ならずとせず、世界列強形成の變動は先づさし措きて暫く物質上の進歩に就きて想像するに
   
  無線電信及電話 マルコニー氏發明の無線電信は一層進歩して只だに電信のみならず無線電話は世界諸國に聯絡して東京に在るものが倫敦紐育にある友人と自由に對話することを得べし
遠距離の寫眞 數十年の後歐洲の天に戰雲暗澹たることあらん時東京の新聞記者は編輯局にゐながら電氣力によりて其状況を早取寫眞となすことを得べく而して其寫眞は天然色を現象すべし
野獸の滅亡 亞弗利加の原野に到るも獅子虎鰐魚等の野獸を見ること能はず彼等は僅に大都會の博物館に餘命を繼ぐべし
サハラ砂漠 サハラの大砂漠は漸次沃野に化し東半球の文明は漸々支那日本及び亞弗利加に於て發達すべし
七日間世界一周 十九世紀の末年に於て尠くとも八十日間を要したりし世界一周は二十世紀末には七日を要すれば足ることなるべくまた世界文明國の人民は男女を問はず必ず一回以上世界漫遊をなすに至らむ
空中軍艦空中砲臺 チェッペリン式の空中船は大に發達して空中に軍艦漂ひ空中に修羅場を現出すべく從って空中に砲臺浮ぶの奇觀を呈するに至らん
蚊及蚤の滅亡 衛生事業進歩する結果、蚊及び蚤の類は漸次滅亡すべし
暑寒知らず 新器械發明せられ暑寒を調和する爲に適宜の空氣を送り出すことを得べし亞弗利加の進歩も此爲なるべし
植物と電氣 電氣力を以て野菜を成長することを得べく而して豌豆(注=そらまめ)は橙大となり菊牡丹薔薇は緑黒等の花を開くもあるべく北寒帶のグリーンランドに熱帶の植物生長するに至らん
人聲十里に達す 傳聲器の改良ありて十里の遠きを隔てたる男女互に婉婉たる情話をなすことを得べし
寫眞電話 電話口には對話者の肖像現出するの裝置あるべし
買物便法 寫眞電話によりて遠距離にある品物を鑑定し且つ賣買の契約を整へ其品物は地中鐵管の裝置によりて瞬時に落手することを得ん
電氣の世界 薪炭石炭共に竭き電氣之に代りて燃料となるべし

●二十世紀の豫言(二)
  鐵道の速力 十九世紀末に發明せられし葉巻煙草形の機關車は大成せられ列車は小家屋大にてあらゆる便利を備へ乘客をして旅中にあるの感無からしむべく啻(注=ただ)に冬期室内を暖むるのみならず暑中には之に冷氣を催すの裝置あるべく而して速力は通常一分時に二哩急行ならば一時間百五十哩以上を進行し東京神戸間は二時間半を要しまた今日四日半を要する紐育桑港間は一晝夜にて通ずべしまた動力は勿論石炭を使用せざるを以て煤煙の汚水無くまた給水の爲に停車すること無かるべし
市街鐵道 馬車鐵道及び鋼索鐵道の存在せしことは老人の昔話にのみ残り電氣車及び壓窄空氣車も大改良を加へられて車輪はゴム製となり且つ文明國の大都會にては街路上を去りて空中及び地中を走る
鐵道の聯絡 航海の便利至らざる無きと共に鐵道は五大洲を貫通して自由に通行するを得べし
暴風を防ぐ 氣象上の觀測術進歩して天災來らんとすることは一ヶ月以前に豫測するを得べく天災中の最も恐るべき暴風起らんとすれば大砲を空中に放ちて變じて雨となすを得べしされば二十世紀の後半期に至りては難船海嘯等の變無かるべしまた地震の動搖は免れざるも家屋道路の建築は能く其害を免るゝに適當なるべし
人の身幹 運動術及び外科手術の効によりて人の身体は六尺以上に達す
醫術の進歩 藥劑の飲用は止み電氣針を以て苦痛無く局部に藥液を注射しまた顯微鏡とエッキス光線の發達によりて病源を摘發して之に應急の治療を施すこと自由なるべしまた内科術の領分は十中八九まで外科術に移りて後には肺結核の如きも肺臟を剔出して腐敗を防ぎバチルスを殺すことを得べし而して切開術は電氣によるを以て毫も苦痛を與ふること無し
自動車の世 馬車は廢せられ之に代ふるに自動車は廉價に購うことを得べくまた軍用にも自轉車及び自動車を以て馬に代ふることとなるべし從って馬なるものは僅かに好奇者によりて飼養せらるゝに至るべし
人と獸との會話自在 獸語の研究進歩して小學校に獸語科あり人と犬猫猿とは自由に對話することを得るに至り從って下女下男の地位は多く犬によりて占められ犬が人の使に歩く世となるべし
幼稚園の廢止 人智は遺傳によりて大に發達し且つ家庭に無教育の人無きを以て幼稚園の用無く男女共に大學を卒業せざれば一人前と見做されざるにいたらむ
電氣の輸送 當本(注=にほん)は琵琶湖の水を用ひ米國はナイヤガラの瀑布によりて水力電氣を起して各々其全國内に輸送することとなる

   
   以上の如くに算へ來らば到底俄に盡し難きを以て先づ我豫言も之に止め餘は讀者の想像に任す兎に角二十世紀は奇異の時代なるべし
   【注】「報知新聞」明治34年(1901年)1月2日、3日付。
Posted by takeshi at 11:34 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 09, 2005
バランスが悪いからバランスがいい
大道芸のおっさんを見て思った。そのおっさんは、円柱(筒)の上に板を置いて、その上に乗っかりバランスをとっていた。右に行ったり左に傾いたり。ぎこちないと言うか、プロなんだからぎこちないという表現は違うだろうが、なんか右に揺れたり左に揺れたり。でも、落っこちない。すなわちバランスが取れているのである。右に行ったり左に行ったりとバランスが悪いのに、落ちない=バランスが取れている。

もし、右に行ったり左に行ったりしていなくて、止まっていたら絶対に落っこちている。でも、とまっているということはバランスが取れていると考えることができる。このようなバランスがとれていると、結果としてバランスは取れない。

なんかそんな変な、当たり前なことを見て思った。一見するとバランスの悪いような状況のほうが安定している。バランスが取れすぎているほうが不安定だって感じで。
あと、一番じゃなくても社会的にというか自然界では生きていけるということをもう少しわかる必要があるのかもしれない。わかるというか、考え方が極端なので真ん中というか、中庸というか、そんな状態でも勝ち抜けるサバイブしていけるといことを。
おいらはなんでも一番、ベストという思考なので。

Posted by takeshi at 09:12 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
論理と直感
最終的に意思決定をする時は直感が多い。

直感がもつ危険性というものがあることは知っている。でも、それ以上に直感の持つ意味合いも感じる。

私の意思決定方法は、一番はじめに感じたままをメモする。次に論理的に考える。データなんかも使ったりして定量的にも。そして最後に今までの2ステップを完全に忘れて(厳密には忘れることはできないが)直感で判断する。

一番初めに感じたままをメモするのは、論理的に考えた後、周囲からの余分な情報が入ってからでは絶対に感じることのできない貴重な思い、感情を書き残すため。

最後に直感なのは、その前に論理的に考えている。それで振り落とされたものがある。そして残ったものの中ならどれを選択しても大差ない。そこで、一番心にしっくりくるものを選択するため。
この会社の社名の由来に似たことが書いてあった。
http://www.outlogic.co.jp/
 「OutLogic」とは、論理的に徹底的に考え抜き、しかし、解は論理の積み重ねを超えたところにある、
という思考過程の在り方を意味しています。直感だけではなく、また、データの積み重ねだけでなく、
データに基づいた論理的思考を重ねたうえで、論理を飛躍する。そうしたイノベーティブなソリューション
の実現支援を、事業の中核目標としています。

Posted by takeshi at 10:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
言葉の繰り返しは性格にしみいる
言葉の繰り返しは性格にしみいると思う。たぶん人間の性格というのは言葉によって作られると思う。たしかに、小さいころの実際の行動を伴ったことも性格を作り上げる要素だと思う。しかし、赤ちゃんのころはそんなにもいろいろな経験をするわけではない。(とはいっても、赤ちゃんにとってはすべてが実際の行動を伴う経験なのかもしれないが)まあ、それで、言葉というものが大きな要因だ。それも親の。なぜかって子供は、赤ちゃんはほとんど親としかいない。まあ、それ以外でも特定の人だ。少数の人といると、その少数の大人は同じ言葉を使う。同じとはいわなくても言葉に偏りができる。これが私の言うところの言葉の繰り返しであって、これが性格を形成する。

言葉によって人間は考える、意思決定の道具になる、判断のよりどころになる。ということは言葉によって行動が規定される。ということは性格そのものを作っている事なんだろう。

Posted by takeshi at 10:38 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
気になる人
気になる人がいる、それは下條信輔さんという方。茂木さんのブログに登場していた方。ほかにもよくいろいろな人が登場するが下條さんはなんか引っかかった。

それで調べると猛烈に興味を持つ。面白そう。「意識とはなんだろうか」という本も面白そう。早速読もう。神経経済学とか面白そうだよな

この企画むっちゃ面白そう「ルネッサンスジェネレーション」 今年のは9月に詳細は発表されるみたい。やっているのは金沢工業大学。やっぱやるなKIT。
http://www.kitnet.jp/rg2004/index.html

カリフォルニア工科大学の下條信輔さんのページhttp://neuro.caltech.edu/index.shtml
jstの戦略的創造研究推進事業 http://www.jst.go.jp/pr/info/info115/shiryo1-3.html

Posted by takeshi at 10:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
大黒選手は何か落ち着きがある
昨日、サッカーを一人で見とったわけです。すると、なぜか二郎が食べたくなる。深い理由は知りません。

それはいいとして、大黒という選手に何か感じる。あの選手は年齢の割りに落ち着きすぎている。ストイックといわれる種類の選手なのだろうか。サッカー選手ではあまりみないタイプのように感じる。

それか、人生経験豊富なんだろうか、器が大きいというんだろうかそんな感じがする。サッカーがうまいというよりも。もちろん、サッカーはうまいんだろうけど。そういうことはあまりわからないので。

Posted by takeshi at 09:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
周りへの影響
たぶん生まれてきてからずっと私に存在する問題?(まあ、問題ではないんだけど)は周囲への影響だ。

自分が他者からあまり影響を受けないので、他者も僕の言動に影響を受けないと無意識のうちに思ってしまっている。そして、そのことが無意識のうちに行動に現れる。相手への影響を考えない言動を取ってしまうことがある。気づかないうちに。自分が思っている以上に他社への影響が多いようだ。

それは辛辣なぼくの言葉遣いもかかわっていると思う。

このようなことは、口だけ人間として捉えられる。口だけの人間にはなりたくないから言葉には気をつけよう。それに何といっても、多くの人にいやな思いをさせることは僕も好きではないし。

小学校一年のときにも、周りへの影響を考えないで批判的な発言が多いといわれているし。そんな昔からだからすぐには直らないかもしれないが。日々の努力だな。

実は普段の会話ならそこまで問題ないと思うが、スイッチが入って興奮しだすと強い言葉を使ってしまうことがある。ここが問題だ。でも、この正直な強い言葉が僕っぽさでもあるんだけど。まあ、そのあたり人を見て状況を見てコントロールできるのが大人って奴なんだろうな。

Posted by takeshi at 09:45 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
そこに蜘蛛の巣はなかった
そこに蜘蛛の巣はなかった

ただそう思いました。これは無人島の感想です。

人がいない、無人ということは社会という文脈からは完全に切り離されているからです。なんの決まりも制約も常識も何もないんです。蜘蛛の巣のような網の目のような社会的制約はなにもない。たぶん一人で行ったらさらにそう思ったんだと思います。

こう書くと制約が悪く聞こえますが、一概にそうは思いません。蜘蛛の巣のような細かな制約があるからこそ、人間は生きていけるのです。制約と制約のハザマにそれぞれの存在の場を見出し生きていく。それだからこそ人間は生きてゆける。そんなんが現代社会だと思うからです。そんな恩恵を受けて生きている自分ですから。

Posted by takeshi at 09:35 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
僕はただあの青が見たいだけなんだ
僕はただあの青が見たいだけなんだ

特に深い考えとかあるわけじゃない。みんな勘違いしているが、本当に僕は何も考えていない。

僕はただあの青が見たいだけなんだから。

Posted by takeshi at 09:31 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
サッカーの得点シーンが不思議でたまらない
なんだろう、スポーツをテレビで見るといったら個人的に野球、サッカー、ゴルフ、水泳こんなもんだろうか。その中でサッカーが一番秩序だっていないというか、変化が早い。

野球は順番に塁を進める、ゴルフは一打づつ、水泳は単調、サッカーは攻撃と守備が一瞬に変わる。だから、サッカーは若者が見るのに適しているとかいわれることがある。

まあ、それとも関係するんだが、サッカーの得点シーンが不思議でしょうがない。あの「あっけなさ」ともいえるもの。

本当に得点が入ったのかその瞬間にはわからない。その不確かさ。永遠にサッカーのゴールは見れないような感覚。
Posted by takeshi at 09:16 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 07, 2005
言葉の背景の再認識
言葉というものには生まれてきた背景がある。しかし、その言葉が生まれ、広く使われると言葉が生まれた背景は忘れられ、失われていく。言葉だけが切り取られた存在となる。

そこで、今一度言葉が持っている背景を考える。そうすると面白い。それは辞典などで言葉が作られた背景を調べるのもいいが、自分でいろいろと思索するのもいい。その言葉に対する見方が変わる。

言葉の背景を含めれば、もともと含まれてしまっているような形容詞をある言葉に付加して使うことによって言葉に深みが増すことがある。これは厳密に言えば価値のないことかもしれないが、言葉が切り取られた現代では大きな意味を持つし、言葉の質感を再認識するいいきっかけになるんだろう。

この場合、言葉というよりも単語といったほうがいいのかもしれない。

Posted by takeshi at 07:41 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
自分の性格
ややこしい性格です。
相当ややこしい性格です。
自分勝手というのかもしれません。
自分中心主義過ぎるというのかもしれません。

性格というか、思考プロセスとそれによる判断、実行のこと。
特に他者に対する行動で、この性格なるものに気がつく。

極端に触れすぎた考え方をする。
天邪鬼。
表面上のコミュニケーションが苦手。

あと基本的に、僕は怒りの感情は少ない。多少あっても怒らない。
知識欲が強い。

楽しいと思ったら目の色が変わる。
つまらないと思ったこと、人はどーでもいいと思う。

そんな感じ。

Posted by takeshi at 07:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
天邪鬼の生き方
自分は天邪鬼かどうかはわからないが、天邪鬼っぽいところはあるのかもしれない。

で、やはり天邪鬼という人間は、結果を出すしかない。

公の場で逃げのような発言をするのは一番かっこ悪い。ただのウザイ人間だ。

天邪鬼として価値のある天邪鬼になるには、結果を出すこと。アウトプットをだすこと。

とりあえず、これだな。

目に見える結果をアウトプットを出したことない人間が、偉そうに目に見えない価値だけ語っても意味がない。

Posted by takeshi at 06:41 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 06, 2005
一生忘れない経験と瞬間
人生には死ぬまで忘れないだろうという記憶がある。

長期記憶というものか。

基本的に一生に一回しかないもの、それは中学校の入学式であったり、海外旅行であったりそんな類のもの。こういったものは比較的覚えているはずである。海外旅行のような長いイベントは要約的なことだけ記憶に残ることもある。

これがなんか不思議である。死ぬときまで覚えている。この一瞬は死ぬまで覚えているんだろうなと思った瞬間があった。その瞬間が不思議だ。死ぬまで覚えているのだから。この瞬間がスパッと切り取られ保存されるような。よくわからない感情になった。

もちろん、何気ない日常の一こまをなぜかずっと覚えていることもあるだよね。
Posted by takeshi at 08:14 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ギリシャじゃねーよ、シギリヤだよ 笑
一回しかあったことない、それも長時間話したわけでもない。そんな人がいる。そいつは一本筋が通っている。かっこいい。

普通だったら、俺からは連絡を取らない。が、無人島に行ったと連絡してみた。予想通り食いついてきた。で、彼は今年の夏にシギリヤへ行く予定とメールが来た。

かってにギリシャだと思って、2回行ったことある。と返信したのだが、私の早合点だった。シギリヤとはスリランカの都市の名前らしい。。。夏休みにギリシャに行くほどリッチじゃねーよと突っ込まれた。ごもっとも。

こんな風にミスをしないようにしないといけないな。でも、ミスをするから新しいことが生まれるのと、人間はミスをしてしまう生き物なので、それを踏まえたうえで調整して認識をしようとするから誤認識するんだけど。といいわけ。

Posted by takeshi at 07:14 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
夢を見すぎるということ
無人島では夢を見すぎた。
寝ると毎回毎回見た。

でこぼこの床、塩っぽい風、などなど普段にはない刺激が寝ているときにあり、夢を見たのだろうか。
熟睡できなくて、夜中に何度も起きた。だから、普通なら忘れる夜中に見た夢まで、夢を見たと記憶した。(普通でも毎晩何回も夢を見ているが、夜中に起きないので記憶していない)

まあ、こういった理由があるだろうが、何か無人島で夢を脳からこぼれるほどみたというのは他の理由があると考えてしまってもおかしくない。

Posted by takeshi at 07:12 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
永遠
ZARDという歌手がいます。

その人の歌で「永遠」というものがあります。その歌がここ何ヶ月か頭の中で流れます。

君と僕との間に永遠は見えるのかな。これは恋愛の文脈で書かれた歌詞かもしれません。しかし、なんかこの文章が気になるなる。永遠。永遠。永遠って何だ。あるものとあるものの間に関係性があって、その関係性の中に永遠は生まれるのか?

永遠を考えるとき時間的なものとしてとらえる。となると時間とは何かを考えないといけなくなる。しかし、この永遠なるもの時間的概念におけるものだけではない気がする。なんかもっとほかのものに横たわっているものの気がする。

Posted by takeshi at 01:43 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
心臓と脳と心と、えもいえぬ感情が生まれてくること
心臓と脳と心と、えもいえぬ感情が生まれてくること。

光村図書とかいう会社の教科書を使ったことある人はわかるかも。赤い実はじけたという作品。中学一年の初めだったかな。そんな記憶が。そこであらわされた心臓の鼓動と締め付けられる感じ。それが
心臓に心があるといわれるゆえんだと思う。

心脳問題+心臓が気になる。日本でも(日本語でも)心といえば心臓。英語文化でも心といえば心臓。これが言葉でも文化としても習慣となっていている。この理由は心臓と心が何か関係しているからではないか。

心が痛むというのは脳が、そう認識しているだけなんだろうか。なぜその時、心臓が締め付けられるように感じるのだろうか。心ってなんだ?心は存在するのか?存在するならどこに?

まあ、ある意味において、脳というものの働きも、痛さ、におい、味に反応することと同じなんだろうか。そんで心臓の周りから血液に混ざって興奮させるような物質が流れるといえばそれまでなのだろうか?その物質は心臓で作られる?

Posted by takeshi at 01:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
June 05, 2005
夢を見すぎた無人島
瀬戸内海の島へ行ってきました。そこの島は無人。

無人島という響きが呼び起こす感情は、なんとも表現しがたい未知へのワクワク感と不安。人間は群れて生活する傾向があります。群れるというか、人は一人で生活できないといいますが、それよりも人は集団で生活しやすいから群れるのだと思います。それがコミュニティであり、国であり。民族であり、言語である。人と人がいることによって、生まれる会話、またそこから生まれるアイディア。そしてアイディアが実行される。そんなことが繰り返されよりすみやすい町になってくる。

だから、無人になった場所に長期間住む人は少ない。人が住んでいないということは、生活をするのに必要な前提条件がすべてないということなんであって、、それを実感しました。

島へは東京から神戸までバスを使い、そこから電車に乗って、さらにバスに乗って船乗り場へ。まあ、船乗り場といっても、そんなたいそうなとこじゃなくて漁船が集まっているところ。こんな小さな船に乗るのは中学2年以来?小さな漁船にはいい思い出がなかった。この中二のときに思いっきり酔っ払った。だが、今回はまったくそんなことなかった。自分もいろいろな経験をして強くなったなあと、あのスペインのグエル公園で感じたときと同じ感情がふつふつと込みあがってきた。まあ、その漁船は風を切り水を切り走った。心地よかった。日差しを浴びながら、僕たちだけを乗せた漁船が走る。そして、人生何度目かの瀬戸大橋。一回目は四国へ行くときに渡り、二回目は大阪から九州でフェリーへ行くときに下をくぐり、今回は漁船でくぐる。なんか壮観であった。さらに、この渡船のおっちゃんもいい味だった。しゃべり方といい、焼けた肌といい。何日もおるんやってなぁー。って笑顔で。きいつけーや。と。なんか、こういう何気ない会話が非常にうれしく感じる。

まもなく、島に。これが島だ。という感じ。やっとついたよ。このときは晴れていたし、多くの人が想像するような無人島だった。船から一歩下りると、とうとうきたなという感じ。どんな生活が待っているんだろう。

それから、荷物を置き島を見て回ることにした。島全体を確認することと、寝る場所の確保が主な目的だ。砂浜はふかふかしており歩きにくかった。人が歩いていないので、砂が詰まっていないのだ。海岸からの距離、砂のきれいさ、周りにあるもの、風が直接当たらないかなどを踏まえ寝場所決めが行われた。そして、そこに簡易テントみたいな住居を作る。まあ、これも結構時間はかかったのだが、できて実際に寝てみると坂だった。でこぼこだった。たいして、でこぼこにも見えないのに、実際に横になるとでこぼこだ。そこで、砂を足らないところに増したり、坂で砂がありすぎるところからは砂を出した。スコップなんてないから手と流木で。これに時間がかかった。まあ、これだけやってもでこぼこで、寝づらく、おきると体の節々が痛く、間接・筋肉痛になった。衣食住というが、その住がある程度めどがついたので、次は食だ。魚を取る網を持参した。お魚キラー(スプリングアナゴかご)というもの。これを仕掛ける準備だ。正直つりの経験は皆無に近い。つりには何度か行ったが一回もつったことがない。。。まあ、それでもやりゃなきゃならない。紐とかごを結ぶ。そもそもどういう状態でかごを設置すれば魚が取れるかもわからない。考えるのみである。さらに、紐とかごをどれくらいの強さで結ぶかもわからない。波によって紐がほどけてしまうのかもわからない。紐をどれぐらいの木にくくりつければいいのかも。。。まあ、その辺は適当に。木に結びつけた。はじめはちょっと不安でかごに2箇所結んだ。そして、海にかごを設置。そろそろ暗くなり始め、人間は寝静まる時間だ。
しかし、それから、満潮干潮が気になる気になる。かごを設置しているときに潮が満ちてきたように感じた。迫ってくる。

夜寝転がりながら星を見ていると、波の音が島の森に反射してすごく近くに感じる。いったい満潮の時にはどこまで迫ってくるのか?自分たちの住処まで海水で覆われるのではないか?と本気で心配に。そこで、住処の周りを掘り出す。溝を作って、波の衝撃を抑え、溝の後ろに山を作ろうという作戦。真っ暗なんだけど、ひたすら流木で掘った。掘った。砂の濡れ具合と、物が打ち上げられているラインを確認してたぶん大丈夫だと自分たちを納得させた。

そのあと、寝ながら星を眺めた。一番星を見つけた。二番星も、三番星も、四番星も。星はいきいきと輝いていた。きれいな星を見るのも久しぶりだ。一番初めに星がこんなにもたくさんあるんだと、心のそこから衝撃を食らったのは、小学生のころフェリーで大阪から九州へ行くときだ。あの時、瀬戸大橋をくぐったのだ。星の思い出は以前のエントリー。そんなこんなで夜は過ぎた。

異様に夢を見た。体の節々が痛かった。波の音が迫ってくるように聞こえ何度もおきた。簡易テントの中はなぜか水滴でいっぱい。雨かと思ったがちがった。理由はわからず。まあ、横になればすぐ眠れたが、すぐおきてしまった。

次の日。朝は早く訪れた。

 
人が住んでいないということは、生活をするのに必要な前提条件がすべてないということなんだな、と実感しました。

強い雨と風、岩で足を怪我、ほとんど物を食べられない日々、海に浮かんでいるセロファンみたいな海藻?を食べ、一回だけアナゴが取れ喜び、満潮にビビリひたすら溝を堀り、夜は8時に暗くなり一番星を見つけた日々でした。

本州に戻り食事をしたときのうまさとありがたさ。
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2005-05

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_05.html

 May 30, 2005
メールが不通になります
一週間ほど瀬戸内海の島へ行ってきます。
そのため、メールもブログも使えなくなります。

モブログはするかもしれません。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。
Posted by takeshi at 11:56 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
自分で話したことから気づきを得る
自分で意識的に今まで考えていなかったこと。自分の中にもともとあったものだが、ひとりではその考えや思いに気がつかない。自分ひとりでは生まれてこないものがある。

他者との会話(たとえほとんど自分が話していたとしても)で、生まれてくる、見つけることができる自分の考えがある。考えというか、点と点が線になるようなこと。

コミュニケーションって胡散臭いけど、偉大ですなぁ。

そんな自分の奥底にあるものを引き出すきっかけをくれる会話をできる人はいるものです。そんな人と話していると途轍もなく面白いです。そんなことを静岡の夜中に思いました。
あと、自分の基礎となる地道な地味な作業・行動・仕事は非常に重要でないがしろにしてはいけないな。そんな作業を有名になろうと、どうなろうとやり続けることが重要なんだな。
俗物化しちゃならんと自分に言い聞かせたいです。

Posted by takeshi at 12:36 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 28, 2005
野茂という生き方
以前にも書いたが、野茂英雄という男は本物だと思う。

彼の実績、大リーグで2度のノーヒットノーラン、大リーグで10年以上プレーし、日米通通算200勝まであと一勝。これらはいうまでもないが、それ以外の部分もすごい。

野茂という男を始めて知ったのは、彼が大リーグへ行ったときだったと思う。ロサンジェルスドジャースへ行ったときだ。その時、かっこいいと思った。なんか、金や日本での地位を投げ捨て自らの望む世界へ飛び込んだ。彼の一貫した自分の思いには脱帽する。有名になろうと、金をたくさんもらおうと、実績を残そうと、流されない感がある。まったく俗物化しない。そういえばあの時、野茂のファイルノートみたいなのを買って使った記憶があるなー。

そういえば、スポーツ雑誌を読んだことがなかったが、先月ぐらい大学の生協で立ち止まって読んだ。野茂が表紙だった。野茂の記事を一字一句読みこぼさず読んだ。細かいことに動じない。メジャーから落ちても淡々と自分のすべきことをする。軸がぶれずに、一歩一歩足を進める。

たぶん、本人も悩むことがあると思う、どうしようもなく答えが出ないこともあるんだろう。でも、彼は彼なりの答えを出して、周りの答えではない。そこが、野茂という生き方なんだろうと思う。

イチローの振り子打法、野茂のトルネード投法。両方とも野球の常識や科学的にはよくない手法なのかもしれない。でも、論理的だからとか科学的だからといって、その人個人にベストだとは限らない。論理的とか科学的は平均的なものに対して適していたりすることもあるし、個人には当てはまらないこともある。それに、論理的だからベストというわけではないと思う。その人個人が納得しなかったら、どんなに論理的に正しくても、その人個人にとってはなんの価値も持たないのだ。そんな両氏の独自の手法。二人にとっては自分にあっていたのだろう。周りの意見に流されず(周りの意見を聞かないということではない)、その自分なりのやり方を貫く。独立リーグの経営もこの顕著な例だろう。

こんな生き方はすごいと思う。俺みたいなちゃんちゃらな人間にはわからない部分もある、俺も自分の道を歩んで生きたいと思う。

このときも、野本イチローは特別と書いてるなぁー。
http://www.teratown.com/blog/archives/000923.html

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May 27, 2005
耳で食べる
耳で食事すると言うと変に聞こえるかもしれない。

先日、特に何も考えずヘッドフォンをつけて食事をしようとした。というか、食べ始めた。すると、いつもの味と違う。何か違う。いつもより無味な感じがする。ふと思って、ヘッドフォンをとるといつもの味のような気がした。

食事のときの音といえば、そばを食べる音、油で揚げる音などいろいろあるが、これらはおいしさの大きな要素なんだと思う。食事は目で楽しむというが、食事は耳でも楽しんでいるのだな。

Posted by takeshi at 12:47 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
これはいいと思う瞬間
話をしていて、「それいいね」と猛烈に思うことがある。

もともと、「それ」相手が話した内容をいいと思っていたわけでなく、話相手が突発的に思いついたアイディアに対して、自分も瞬間で「いいな。」と思うことがある。

これはどういうことなのだろうか。なんで瞬間で良いと感じれるのか判断できるのか。判断する際のよりどころとなるものは何なんだろうか?

Posted by takeshi at 10:25 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
やるべきでないことをやるべきであるということ
じっくり考えるとやるべきではないこと、そうあるべきではない状況になったほうがいいこともあると思う。

われを失って、何かに没頭してしまう。周りが見えなくなって、周りに迷惑をかける。やるべきではないかも知れないが、一度こういったことを経験するのは意味があるんだろう。

Posted by takeshi at 10:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
自分とその他のもの
自分とその他のものに対する意識の違い。

なぜ自分のものは汚くなくて、自分以外のものは汚いと思うのか。
そういえば自分(身体的な意味で)は、小さいころはイマイチ明確でないようだ。成長する段階で、自分の意思で手が動くことや物に触れる過程を通して自分の腕を自分の一部であると認識するようになるらしい。
:後から追加:
脳と魂という本で玄侑宗久さんが「」自己っていうものを形成していくときに、自己と清潔ってどうかかわるかっていうと、清潔は自己なんですよね。不清潔って根拠は何かっていったら、自己外なんですよね」といっていて、ああ、俺の感覚と一緒だと思った。
Posted by takeshi at 02:21 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 25, 2005
製品サービスにあいまいさを持たせる
飽きないロボットが現在のロボット作りのコンセプトだと聞いた。すごく面白い発想だと感じた。

人間は鮮明に記憶できないから創造性が生まれる。ということは商品やサービスにもあいまいさを持たせると面白いのだろうなとふと思った。

これかなりのポイントだな。

Posted by takeshi at 04:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
口に出してしか読めなかったはず
今、ビル・ゲイツ未来を語るを読んでいる。結構長い本で時間がかかっている。しかし、読み続けられるのは面白いからだ。正直ビルゲイツという男のことをなめていた。もちろん、世界中の人がみんな使う商品・サービスを作り上げ、そしてあそこまでの企業を作り上げ、社会の変化を先導してきたのだからすごいとは思っていた。だが、「そうはいってもね」みたいな感情がどこかにあった。

約10年前に書かれたこの本を読んで、すいませんという感じになりました。そりゃ、ここまでの企業になるよと純粋に思った。抜群にすごい。情熱的であり冷静沈着である。すごい。

まあ、それはいいとして、本を読んでいてふと思った。小さいころは黙読なるものができなかった。目で読むことができなかった。目に字が入ってきて読もうとすると自然と文字を口で読み上げてしまっていた。これは黙読の練習をするうちに、口で話さなくなった。練習は文字を読むと口でも読み上げたくなるのを我慢して、口を無理やり閉じて本を読んだ記憶がある。あの、話したいのに「ぐっと」こらえるような感じで。

僕は完全に話しながら考えるタイプだと思う。だからかもしれないが、ちょっとなぜか考えてみた。そもそも、日本語というか言葉を身につける過程として、一番最初にやったことというか、まあ自然になんだけど、実際に大人が話している言葉を聴いて身に着けた。子供は文字なんか書けないけど、話せる。それは大人の話を聞いてなんとなく身につけていったからだ。ということは、もともと人間の脳には言葉というものが音声として記憶されている。音声があってその上で文字があるという記憶なんだろう。だから、小さいころ本を読むと(文字を見ると)、音声の記憶とリンクして、口からも発したくなってしまう。ということなのだろう。

しかし、大人になると口に出して本を読んでしまう人は少ない。ということは、脳の中で音声と文字のリンクが弱まったと考えられる。となると、人間にとっての言葉の意味合いも、捉え方も必然的に変わってくるのだろう。どのように変わるかとか、気になる。

あと、言葉なんてのは本当に話したり、文字になっているものよりも、抑揚とか顔の表情などの文脈から意味を理解しているのだな。だから、外国語を学ぶのも音声だけよりも映像、映像だけよりも生の現場のほうがよい。話している状況を感じ、顔の表情や抑揚、その場の空気から読み取って、現地の人の思考パターンを感覚的に理解したり、文脈と言葉の関係性を理解することによって言語を習得できるのだろう。そのトライアルアンドエラーの繰り返しによって言葉は習得できるのだと実感。

だから、古典とか苦手なんだろう。私が電話が苦手な理由(以前のエントリー)も文字からよりもその場の状況から意味を理解するタイプなので、古典のように完全に文字しかないものから理解することが難しいのだと思う。

Posted by takeshi at 03:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
窓越しの暖かさ
最近暖かくなってきた。そりゃ五月も下旬になれば暖かくなる。
部屋に光が差し込んでいた。青い空と真っ白な雲の隙間からまぶしすぎる太陽が降り注いでいた。窓を閉めていると風が入ってこないので、温室のように暖かさだけ部屋に伝わる。窓際でふと立ち止まると、太陽の暖かさを感じた。

ふと思い出した。岐阜の自分の部屋を。あの時も窓を閉めて太陽の暖かさを感じていた。この暖かさはほっとする。なんだろう、心が穏やかになる感じがする。

不思議に思った。まどぎわの暖かさを感じることなんてどこでもあるはずだ。普段の生活でも何度もあるなんでもないことだ。しかし、この感覚は一人でいるときにしか湧き上がってこない。

思い出すのは岐阜の感覚だけ。脳によみがえってくる感覚は岐阜の自分の部屋の窓際の暖かさだけだ。不思議な話だ。

思い出される記憶というのは、一番初めに味わったものなのだろうか、一番回数の多いものなのだろうか、一番印象に残っているものが正しいのかもしれない。が、違う気もする。そのとき求めている状態に一番近いものが呼び起こされるのだろうか。子供のころ一番記憶に残っているものなのだろうか。

まあ、人間が状況・状態などを抽象的に記憶する、その記憶の仕方やどのような分類わけをして記憶するかにかかわってくるんだろう。

それにしても夏というのは無邪気さがある。

Posted by takeshi at 01:26 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
バリンク
バリンクという言葉はさっき作られたばかりの言葉。

どんな意味かといえば、value drinkの略です。

valueといえばマクドナルドのバリューセットにもあるようにお得とか価値があるという感じの意味です。drinkといえば飲む、酒を飲むという意味です。

まさにこの二つの単語をあわせた意味です。お得に酒を飲もうということです。

バリンクの条件
・つまみと酒合わせて500円以内
・腹が満たされる
・集合するときはみんな500円玉を握り締めて

これです。面白そうじゃないですか?バリンク参加者募集中です。メールでもください。
Posted by takeshi at 02:04 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
セレンゲティーでヒヒ
テレビのメモ

ストレスが病気を起こすか否かはストレスホルモンを測ることによってわかる。 
人々の性格によってストレスが病気になるかが決定する。

人間で言うAタイプのヒヒはストレスによって病気になりやすい。
努力して、Aタイプの性格を変えると病気になりにくくなる。
って、当たり前ジャンとか思いました。でも、もっといろいろ考えると面白そうな内容。

アフリカのセレンゲティーでヒヒの行動をみて研究。
瞑想にはストレスによって起こる体への悪影響を除去する作用がある。ハーバード大学教授

戦うか逃げるかと反対の作用リラクゼーション

リラクゼーション
言葉、音、動きを繰り返す
反復に集中して頭の中から考えを排除

反復運動:脳の検査によりわかる
10分間脳から雑念を取り払う。呼吸に集中する。すると頭の心配事は消えリラックスできる。
脳の活動は低下、しかし一部だけ活発化。それは呼吸と覚醒、決断、感情をつかさどる部分。

BBC world

Posted by takeshi at 01:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
現状維持を望み変化を望む
人間は現状維持を望む説きもあれば、変化を望む事もある。この割合は人によって違うだろうが、おそらくすべての人が両方の面を持っている。どのようなことに関しては現状維持を望み、またどのようなことに関しては変革を望むのかわからない、人には共通の傾向があるのだろうか。それともまったくばらばらなのだろうか。

なんで人間は相反することを望むのだろうか?!不思議である。人間は生き延びようと思っている。そのためには安全が安定的に保証されることが重要である。言ってしまえばぬくぬくした生活が一番いいのかもしれない。だから現状維持を求める。将来の変化のリスクは大体推測できると入っても不確定な要素が絶対に残るのである。もし、リスクが害が発生することもある。これを人は避けたいと思う。

しかし、人間はなぜか刺激を求める。なぜかといえば、安定していてもそれが一生安定しているとは限らない。周りの環境変化により安定していたものが安定していられなくなる。変化しなければ新しい環境では安定でいられなくなることもある。さらに、このようになることを先読みして大きなメリットを得ようと変化することもある。そこで、何か変化を起こす。

さらに、現状で満足している場合は現状維持だろう。少しの不満があるが、変化を起こすことによって起こる問題のリスクが大きいと思えば現状維持、現状に著しく不満があって変えればよくなると高確率で思えば変化だろう。そんなの当たり前だ。これは当たり前のことなんだろう。

キになるのは、このような意思決定はすべての物事に適用されるのか、もしくは一部のものに適用されるのか。人による現状維持と変化を望む思考は何によって起こるのかなどが気になる。

自分のことだけしかわからないので自分も考えてみることしかできないが。
自分に直接関係あること、もし変化を起こせば自分の生活に支障をきたす時などは現状維持になり、外部のものに関しては変化を望むのだろうか。これはなんとも安っぽい考えだ。でも、この考えをすると最終的に自分にとってマイナスなのではないか。それなのに、このような思考を行うのはなぜか。なぜなら、外部に対しては変化を働きかける。外部が変われば自分も変わることが求められるだろう。そうすると変化するリスクに自らがさらされることになるのだ。最終的に自分にもリスクが降りかかってくることをなぜするのか。さらに、外部のものを先に変化させ、後に自分が変化するということは、変化に遅れている。変化に遅れるということはメリットを享受できなくなる。問題が多いのではないか。まあ、後から自分が変化するということは、リスクヘッジにもなる。外部の変化を見届けてから変化することによって、誤った変化をするリスクがなくなるからだ。とか考えていたら眠たくなったので寝る。
話は変わるが、PCを再インストールした。PCというのは個人個人カスタマイズされていて、固有の使い方があると思う。そのカスタマイズされていたPCは再インストールによって標準に戻った。だいぶ自分色に染まってきたが、依然とは違う使い方を始めた部分もある。それによってライフスタイルの変化、というかパソコンライフは変化した。偶然起こった(自らやったかも)インストールがスタイルを変えた。

Posted by takeshi at 01:06 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 24, 2005
インターネットでの検索自体が情報漏えい
インターネットでの検索自体が情報漏えいになってしまうかもしれないと思った。検索エンジンでキーワードを入力し、検索結果として表示されたウェブサイトへ飛ぶ。飛んできたウェブサイトがアクセス解析をしていて、細かくそのアクセス解析をチェックしていたら検索した人の情報漏えいが起こる。

もっと細かく例を言うと、ある企業(官公庁でも)がA社のB取締役をヘッドハンティングしようと思う。ヘッドハンティングまでいかなくても、候補の一人として考えたとする。するとある企業の社員はB取締役の名前で検索をする。そして結果としてでてきたページに飛ぶ。すると、とんできたページのアクセス解析にはどこのドメイン(会社名)から、どんな単語(B取締役の名前)で検索してきたかがわかる。

個人のページが検索で上位に来ることがよくあるこの時代、個人がアクセス解析していたら情報が漏えいしてしまう。企業の今後の戦略の情報が断片的にだが個人に漏洩してしまうリスクがある。さらに、断片的な情報が個人に入れば、ありえない噂だけ一人歩きしてしまうかもしれない。これは企業にとって大きなリスクとなりかねない。

企業は自分のところにストックしている個人情報やその発信だけ心配して対処しているかもしれないが、インターネットという性質をもっと理解して何気ない動作の情報漏洩にも気をつけるべきなんだろう。

Posted by takeshi at 11:30 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
時報ストレッチ
昨日、話をしていて思いついた。時報ストレッチ。まったく価値はないかもしれないが、なんか面白い。

人間同じ姿勢で長い間いると疲れる。伸び(ストレッチ)をしたくなるものだ。で、定期的にストレッチをすると体にもよいキがする。ということで、たとえば九時になれば、時計の長針と短針が9時をさす方向に手を伸ばしてストレッチ。そうすれば、周りの人は時間がわかってしまうという優れもの。とかいいながら大体の時間だし。まあ、まあ。

Posted by takeshi at 07:46 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
人類の進化とは
人間は昔と比べると苦味を感じなくなったらしい。この記事は非常に興味深かった。安全なものばかり食べるからこうなってきたのだろう。ということは、苦くても体に害のないものをさらに見つけて食べるようになるのかな。

人間の進化は不思議だ。先日読んだのだが、人間は環境を変えるようになったので人間自体の生物学的進化が止まった。というようなことを以前のエントリーで書いた。ある程度こても真実であり、やはり人間は生物学的な変化をしているというのも事実なんだろう。

で、人間の変化は面白い。たとえば、この苦味の話。かなり極端な例になっている。ひいじいちゃん世代は危険なものも多くあって、そのような状況で食べていた。しかし、じいちゃん世代は比較的安全なものを食べた。すると、おやじ世代からは苦味遺伝子が減りはじめる。そして自分の世代は著しく苦味遺伝子が減っている。実際に苦味遺伝子を食べなくなった世代の遺伝子は変わっていないのに、その次の世代の遺伝子は変わっている。なんか不思議だ。そんな経験による変化は遺伝子に刻み込まれ次の世代はそれに対応した遺伝子を持つようになっている。そうやって変化が遂げられる。たぶん、一歩進んで二歩下がる的な変化をしているのかもしれないが、全体として前の世代の習慣の変化が
遺伝子にのっかり、次の世代には遺伝子が変化する。

あと、全体の平均というのもすごく面白い。平均を取るとある傾向が見られるのは当たり前なのかもしれないが、ばらばらなものが集合することにより傾向が生まれてくるというのはなんか面白い感じがする。
苦味感じる遺伝子、人類進化で急速に退化
 苦味を感じる遺伝子は人類進化の道のりで急速に退化したことを、総合研究大学院大学(神奈川県葉山町)の郷康広研究員らが突き止めた。
 苦味への感受性は、毒を体内に取り入れないよう備えられたとされているが、人類は、発達した脳で毒を学習し、実際に食べなくても見分けられるようになったことが急な退化の原因らしい。この成果は米遺伝学会誌の今月号に発表された。
 苦味を感じるセンサーを作り出す遺伝子は人類では25個が働いている。ほかに機能を失った残がいのような遺伝子が11個ある。
 研究チームがチンパンジーやゴリラ、マカクザルなど12種の霊長類の苦味遺伝子を調べたところ、これらが持つ残がいの遺伝子は人類よりも少なかった。さらに、1個の苦味遺伝子が機能しなくなるのにこれらの霊長類では平均して約780万年かかっていたのに対し、人類は約200万年と退化が3・9倍も速かった。
(読売新聞) – 5月23日3時7分

Posted by takeshi at 03:38 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
未来を語る
ここ二日ぐらい面白いことを考えていたんだけどなんか、メモするのも、記憶していることもできなくて忘れた。擬似旅を提供するサービスとか面白そう。

それはいいとして、未来を語る。ビルゲイツさんが10年ほど前に書いた本。去年ぐらいに100円で買った。新しさが命のカテゴリーの本で微妙に出版された時期が古い本を買うのが好きで、なんでかっていうとその本を今読むからこそ面白さが伝わることがあるから。

このビルゲイツ未来を語るは面白い。まだ50ページしかよんでいないけど、面白い。おもしろい。

先日のiモード事件簿。も面白かった。と思ったら、友達も同じ本を100円で買い読んでいた。それも時期はずれな本なのに同じ時期に。iモードも未来を語るも。

まあ、それもいいとして、まじめに未来を語る予測する会があったら面白い。少人数で定期的に。コアな人は5から8人ぐらい固定で3人から5人毎回ゲストが来る感じ。それで分野ごとにテーマを決めて毎回語る。アカデミーオリンピアみたいな感じ。ああ、こんなのやりたいなー。

Posted by takeshi at 03:27 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 23, 2005
さすがなんだろう。
海を超える想像力―東京ディズニーリゾート誕生の物語を読んだ。

ディズニーランドには行ったことがないし、興味もあまりなかった。ただ、あれだけ人をひきつけるのはすごいと思っていた。相当な戦略また努力があってこそだろうと思っていた。

で、この本を読んだらやっぱりすごいな。徹底している。それはオリエンタルランドもそうだし、ディズニー社も。ここまでやると人はひきつけられるんだな。

こんど、ディズニーランドへ行っていかほどかこの目で確かめようと思う。

Posted by takeshi at 12:31 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
今月なら携帯が3500円引きだから・・・
持ったものと持たざるものの心境の違いはすごいものだ。なんで、ここまで違うのだろうか。いったいその根本は何なのか。

「今月なら携帯が3500円引きだから・・・」
道を歩いていたら、携帯ショップの前で中学生か高校生ぐらいの少年が友達の携帯電話を借りて親に電話をしていた(と思う)

そのときの彼の顔からは切実さが伝わってきた。携帯持ったことがない彼にとってはとどうしても欲しい大きな問題なんだろう。一回持ったら解約しても、持ったことの無いときのような欲しいという感情はこみあげて来ない。不思議だ。一回持って解約したら携帯は所有していない。今までまったく所有したことがない状態と携帯を持っていないということでは同じだ。同じ状況であるが、以前に携帯を持っていたというだけで、そのときの気持ちはまったく違う。

持つ前は、夢だけ広がる。携帯があればこんな生活があるのではないか。そうしたらこんなに面白そう。それと、携帯を持ったことがないと周りから馬鹿にされる。しかし、一度もって解約したということは、持つという選択肢もとれるがあえて持っていないということを回りに知らしめることができる。自分の目で何でも確かめないと気がすまない。

こんな気持ちになるのは社会で生きている人間だからなのだろうか。しかし、このたいしたことないように思える感情が、そのときの本人にとっては最も大切なことだったりする。そんな人間の感情は不思議だ。何がそうさせているのか。人間の感情や、人間のしぐさから感じられる感情を明確な形で知りたい。

携帯だけではなく、何かほしいものを持つ前後、何かやりたいことをやる前と後でも基本的に同じかな。でも、ものに関してのほうがより近い感覚。

Posted by takeshi at 01:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
イチローの言葉
何かをなりたい、したいだけでは子供と同じ。資格(しっかりとした準備)が必要。したいという

目標のための準備へのこだわり。

よい結果ならば満足すればいい。そうしないと終わっちゃう。その満足感があるからその次もがんばろうと思える。うれしさがわからなければ、次もうれしいことをやろうと思えない。

4月は見極めの時期である。5月に照準を合わせる。

Get sportsのイチローインタビュー

Posted by takeshi at 01:06 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
再インストール
先日PCを再インストール。データをバックアップ取っておいて再インストールしました。いやー、想定外の問題が起こり予定より時間がかかってしまった。

でも、動作がかなり速くなったのと、ごちゃごちゃになっていたファイルもいっそうされた。しかし、ソフトを入れたり設定を変えたりといろいろやることがある。

でも、たまには再インストールもいいもんだ。

Posted by takeshi at 01:01 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 20, 2005
建設費
アクアライン1兆4000億円
六本木ヒルズ2800億円
東京都庁1560億円
レインボーブリッジ1280億円
丸ビル580億円
東京ドーム350億円
大江戸温泉50億円
東京タワー28億円

TBSの企画工房なりあがり という番組から
まあ、どれほど正確か知りませんが、参考までにメモ。
Posted by takeshi at 01:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
結局は権威とか組織とか
結局は権威とか巨大組織とか社会的評価そういうものなのかなぁ。個人的に、こういった類のものはあまり好きではない。なんかに群れて、群れることによって力を持ってそれで南下しようとしているのが好きじゃない。そういったものをぶっ潰すのが面白いという感覚がある。

しかし、この社会と言うものは多くの人が持たれ合いながら、支えあいながら成り立っている。その時点で、組織と言うものが力を持つのは当たり前で、どうしようもないことなのかもしれない。それはでかい組織だったり、強いつながりを持ったもの、権威を作り上げたものが力を持つのは必然なのであろう。

さらに、このようなエスタブリッシュされたものをつぶすのは面白いと自分で言ってみたが、もしつぶした時点で、つぶした側がエスタブリッシュされたものになってしまうのだろう。

まあ、それでもなんか権威とかに盲目的に寄り添ったりするのは全く好きになれない。

なんか、この中間のような状態はありえないのだろうか。ありえないのだろうかと自分で書いておきながら、これからの世の中はそんな、中間のような世の中になりそうな気がする。感覚的に。いろいろ考えていないし、他のものをからめて考えていないので、また考える必要があるな。今後の社会がどうなるかを含めて。

Posted by takeshi at 12:54 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ブログを書くときの2パターン
何か衝撃を感じ猛烈に文章を書くというか叩く時。

なんとなく書き始めて、いろいろ感じながら考えながら書いていくとき。

ブログを書くときは大きく分けて2パターンかな。

Posted by takeshi at 12:45 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
距離と制御可能範囲
距離といってもいろいろな距離がある。物理的(地理的)な距離もあれば精神的な距離もある。自分が近いと思うか遠いと思うか。

また、その距離によって自分がコントローラブル(制御可能)かどうかが気になる。制御可能と思っているかどうかと言うことだ。では、なぜその距離を制御可能と思ったのだろうか。

Posted by takeshi at 12:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
何かを思いついてから、面白いと思うまで
なんか、いろいろやっていたり、いろいろ考えていると、こんなことどうだろうか、これをやってみたいとか思いつくことがある。それは、Aというものがきっかけで、Bという記憶が呼び起こされ、AとBの一部が偶然つながって新たなものが生まれるからだろう。これ以外にも、新たなアイデアが創造されることがあるが、今回はそれが問題ではない。

その思いついたアイデアを自分の脳が面白いと思う不思議なのだ。面白いと思うまでにタイムラグがあるときがある。それは、そのタイムラグの間に思いついたアイデアに肉をつけていき、さらによいアイデアになったから面白いと思ったとか言うのではない。思いついたアイデアそのままなのだが、ちょっと時間がたつとなんか面白そう。これをやってみたい、やろうと思うのである。このちょっとの時間と言うのは本当にちょっとの時間のことだ。10分とかそういう単位ではない。1秒もないかもしれない、それくらいのことを言っている。普通、何か考えるときはどんどん考えが進み、そのような空白の時間はあまりない。空白の時間があってもそれは考えている時間だ。このちょっとの時間(1秒ぐらい?)は、感覚的には空白の時間、宇宙が、世界の時間が止まった感じの時間のことを言っている。

このときは脳がどうなっているのだろう。このような感覚はあまり経験することがない。このような空白の時間を感じたときはだいたい良いことがおこる。このときの脳波とか見てみると何か新しい発見でもないのだろうか。ただ、この状態は意図的に作り出そうと思っても感嘆には作り出せないので、研究は難しそうであろう。こういう感覚はみんなするのだろうか?
Posted by takeshi at 12:34 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
読みやすい本の不思議
iモード事件簿という本をよんだ。確か岐阜のブックオフで100円で買った。

この本は読みやすかった。さらっと読めた。どんどん次へ次へと進んでいきあっという間だった。まあ、スグ読めるほうが、考えないからダメとかよいとか言う話はここでは関係ない。読みやすい本とはナンなのか。なぜなのか。角田光代さんとか重松清さん、茂木さんの本も読みやすい。さらさら読めてどんどん次のページへといきいつの間にか読み終わっている。自分の使っている文体だとか、自分がいつも考えていることについて書かれていると、脳が理解しやすいのであろうか。

あと、外へ出かけるときだいたい本をカバンに入れて出かける。そのとき本を選択する前にパラパラと見る。なんか、体に入ってきやすい本と入ってきにくい本がある。それは時と場合による。Aという本が昨日は読む気にならなかったけど、次の日になるとすんなり入ってきて、手にとって一気に読んでしまうことがある。これはその時の興味とかが関係するのかもしれない。でも、今これに興味があるからこの本というふうに選択するわけではない。感覚的に取捨選択する。自分の脳では意識的にどんな本を読みたいとかないけど、なんとなく感覚的にこれは読みたいとか読みたくないとかあるのだろう。それは、適当に本を手に取ってから、これ読みたいとか分かる。ある本を手に取るまでは顕在化しない感覚なのだ。それに、意識的に読みたいか読みたくないかは分からないのに、手がそれを分かっていて選んでいる。不思議なもんだ。

Posted by takeshi at 12:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
日常会話で単語を気にしていない
ちょっと英語を聞く機会があった。で、まあ聞いていたんですけど意味が全て分からないのです。まあ、それは仕方がないとする。が、単語は大体分かる。単語は耳から入り、脳が認識している。が意味を持った言葉として理解できていない。

日本語は全ての単語を聞き分けているわけではない。文章としてざっくり耳に入り、抽象的な意味として理解している。

ということは、英語は単語で理解してしまっている。一連の文章として認識できていない。それは単語から勉強したからかもしれない。日本語は単語を勉強することなく文章で耳からなれた。この違いかも。

まあ、英語も聞きまくって文章として分かるようになることが大切なんだなと、改めて思いました。

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May 18, 2005
曖昧な記憶からしか産まれない感情や感覚
曖昧な記憶からしか産まれない感情や感覚はあるのか。曖昧な記憶と言うのは、ここでは脳にだけに保存された記憶ということにする。何かあったときに記録として文字にしたり、写真にしたりそのようにしていなくて、脳にだけに記憶されているものだ。

この場合に呼び起こされる感情と言うのは、文字として記録したものによって呼び起こされる感情と異なるのだろうか。言ってしまえば、文字を認識するときに使う脳の部位と、写真を見るときに使う脳の部位、脳にある情報を参照するときに使う脳の部位が違う。よって、生まれてくる感情も違うといえばそうなんだろう。

でも、電車の中でふと思ったことはそういうことじゃなくて、どちらのほうがリアリティを持つのか。どちらのほうがわくわくするのか。写真の記録、文字の記録、脳の記憶、絵の記録それぞれどんな感情を呼び覚ますのだろうか。なにか傾向はあるのだろうか。気になるところである。
Posted by takeshi at 12:38 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
あっつ
今日、図書館に行って本を借りた。これはいつもの行動だ。で、一冊の本をとり、借りて家に帰った。その電車で本を開いた。「DATE DUE」という返却日のハンコが打ってあるところには、一つしか押されていない。それもだいたい一年前。ああ、一人しか借りていないんだと思った。

で、パラパラめくっていた。すると一枚の紙切れが入っていた。そこに書いてあったものが目に飛び込んできた。まさに、目に飛び込んできた。ハッとした。何でかって、自分の名前が書かれていたからだ。その紙はご利用控えというものだ。借りた人の名前や返却日が書いてある。まさに、一年前の日付が書かれていた。一年たって借りたのは私だけだったのだ。おどろいた。それもこの本を以前にも借りたことを知っていて今回借りたわけではない。このご利用控えを見て以前にも借りたことを思い出した。以前は読まずに返したのだった。

それにしても面白い。人間は同じ本を面白そうと思って借りたのだ。人間のなんとなくよいと思う感覚は変わらないし。同じような行動にいたるのだ。これは面白い人間の行動だ。

Posted by takeshi at 12:33 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 16, 2005
失敗知識データベース
失敗知識データベースなるものがある。科学技術振興機構という硬い感じのところがやっているのに、意外と視点が面白い。失敗まんだらとかも。

失敗した場合はこのサイトを見て、自らの失敗を分析してみるのも面白いかも。事例ごとの失敗例があるのでそれを見るのも面白い。

失敗を教訓にしようということらしい。

http://shippai.jst.go.jp/fkd/Search 
Posted by takeshi at 11:55 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
同じことを書かない、書けない
同じことを書かないし、書けない。同じ私という人間なのに、そのときによって出てくる言葉が違う。決して、同じ文章を書くことはないし、またかけないであろう。(極端に短い文章は別)

それって、当たり前のようでいて不思議なことである。なんか、一瞬ふっと思って不思議で仕方がない。当たり前すぎて、どこから考えればいいのか、考えるきっかけすら思いつかない。

一回性という言葉がある。厳密に言えば同じ状況というのはおとずれない。それは時間が過ぎ去っているということもそうだし、脳が同じ状態ということは絶対にないからであるのかもしれない。ということは、言葉というものでの表現では本当に思っていることを伝えることが出来ないと思うことも多々あるが、その表現はその時しか生まれなかった、そのときだからこそ生まれた言葉なのだろう。ということは、その自然に生まれてきた言葉がもっとも思いを表した適当な表現なのかも知れない。

なんで、こんなことを思ったかというと、昔の自分の文章を読んで「あ、同じようなことを思っている。でも、こうは書かないな」と思ったから。正確にはこのように考えたわけではないが、そんな感じがした。いきなりパッと思ったので、どのような思考回路をたどったのかがイマイチ分からない。こう、一瞬のひらめきを自分でたどることは出来ないのかなー。

で、同じことを書けないということは大変なことだと思うのです。同じ人間が、同じようなことを思っているのに、生まれてくる言葉が違う。当たり前なんだけど、なんか不思議で仕方がない。これは大変なことだと思うんだよなー。

Posted by takeshi at 09:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
空が逆さに見えた
家から歩いて2,30分のところに荒川がある。今日は天気が非常によかったので、ふと思いついて荒川の土手を歩いてみた。平日ということもあり人がいなくて心地よかった。で、野球ボールが落ちていたので、ネットに向かって投げていた。あんまり同じ事を続けることが苦手な性格なので、左手でも投げてみた。すると、予想通り投げにくい。右利きだからだ。しかし、なんで左の場合だと投げにくいのか。右の場合と手を変えただけなんだから、右と同じことを左で行えばイイだけである。しかし、人間の脳はそれに対応できていない。

両利きのメリットとデメリット<右利きのメリットデメリット なのであろうか。だから、人間は生まれもって右利きが多い。でも、左利きも相当いるしなー。よく分からない。でも、利き手というものはナンなのだろう。体の各部位に対して脳が働く場所は、生まれてから決まるらしい。利き手というのは脳の問題であると思う。ということは、利き手は生まれてから決まるのか?そもそも利き手と利き手じゃないのの違いってナンなんだ?

過去の関連エントリー

それと思ったのが、野球ボール一つあれば特に何も考えていなくても新しい遊び方をするもんだなーと思った。人間の脳は物を与えられるとそれを使っている無意識のうちに特性をつかみ、自ら勝手なルールを作って遊ぶものなんだなと思った。ものがあるということは人間の創造性のきっかけになるのだと改めて感じた。もしボールがなかったら生まれなかったものが、ボールがあったからこそ生まれるものがある。これは当たり前なんだけど、すごいことだよなー。

あと、芝生に寝転がって逆さに見たら、空というか地面もなんだけど楕円に見えた。何でだろう。普通に見るよりも明らかに丸かった。

Posted by takeshi at 09:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
結果としての実際の行動はどんな意味を持つのか
結果としての実際の行動はどんな意味を持つのかが気になります。この表現は遠回りで分かりにくいのですが、ようは、実際に行った行動は本人に対してどんな意味合いを持つのかということが気になるのです。このとき、前提条件として行動を行う場合に選択肢があることとします。やるかやらないか、AをとるかBをとるかなどの選択肢があることです。
それは、その本人の意思決定過程と、その意思決定を行ったことによる本人への影響、最終的にある行動をとったということは、本人の意識下における意思決定過程を通り越えた本人の本心が存在するのか。また、その行動をとったことによる本人への影響です。

一番気になるのは、「最終的にある行動をとったということは、本人の意識下における意思決定過程を通り越えた本人の本心が存在するのか。」ということです。これは人それぞれ、かつ状況によって変わるといってしまえばそれまでです。

でも考えて見ます。私がAとBという選択肢で意思決定できない状況であるとします。で、結局どちらかを選択できないとします。この場合における選択できないとは、項目を作りメリットデメリットを比較しても、論理的に考えても選択肢を決定できないということです。で、この場合に直感で、なんとなくBを選んだとします。こうした場合に、自らの意識による(論理的に)判断は出来なかったが、それを通り越した本心が選択肢を決定しているのかが気になるのです。

これは個人の主観であり、世の中に「たられば」というものがないために比較しようがないので答えが出ないのかもしれないんですけど、気になるところです。

Posted by takeshi at 01:43 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
自分の性格はややこしいと思うのです。
自分の性格はややこしいと思うのです。
たぶん、これは事実です。
天邪鬼だからかもしれないのですが、それだけではナイキがするのです。
難しい性格です。

Posted by takeshi at 01:17 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 15, 2005
風呂ってすげー
確かあれは大学2年の夏だったと思う。北海道へ18きっぷで行った。そのとき、夜中の駅でいろいろな人と話をした。サークルで来ている人、18切符で来た人、フェリーで来た人、自転車で来た人、歩いてきた人、いろいろな旅人が来ていた。

そんな人たちと朝まで話していた。北海道は駅で泊まる人がたくさんいるのだ。で、自転車で来ていた人と歩いてきた人が言っていた。風呂に入った火と入らない日では足の疲れ具合が全く違うと。風呂はすごい大切だと。

今日実感した。先日の山登りによる筋肉痛。けっこうひどくてぎこちない歩き方だった。しかし、今日ゆっくり風呂に入ったらかなり筋肉痛が和らいだ。いやーすごい。これからも、風呂をしっかりと利用しよう。

筋肉痛って血流が悪くなることなのかな?だから、風呂に入ると暖かい湯によって血流がよくなって筋肉痛が解消されるのか?それとも、水圧によってマッサージされるからなのか?まあ、マッサージも血流をよくするんだよな?

Posted by takeshi at 12:53 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
繰り返すとよく感じるようになる?
なんとなくいいなと思った曲、これを聴き続ける傾向にある。

で、今日はLie Fu 「Life is like a boat」をざっと50回聞た。はじめからいい曲だとは思ったのだが、聞き続けて50回ぐらいになったら、極に対する印象が変わった。

語学でも何回も練習し、繰り返し繰り返しなれることが基本だ。そもそも、論理というものの基礎にのっとったもの以外は繰り返しによる慣れが重要なのかもしれない。芸術や言葉はそれに当たるだろう。繰り返しだ。繰り返すことによってなんとなく分かる。これが重要なのだ。これがこうだから、結果としてこうなるといったものは、あまり繰り返す必要はない。それは論理というものの支えによって理解できるからだ。しかし、そうでないものは慣れによって理解する。こうだっ、と分からなくても分かっているものが数多くあると思う。「インターネット」って何といわれても分からないかも知れないが、日々使っていればなんとなくこんなものとイメージが想像できる。論理というものの基礎となる言葉や芸術は感覚的に理解するしかない。そのためには、何回も何回もそのものに触れるしかない。触れるうちになんか分かってくる。それは明確に分かるのではないかもしれない。だが、このなんとなく分かるということが重要ナンだと思う。

聞きなれるということは、脳をあまり使わなくてもよいということなのだろうか?だから何かするときのBGMによいのかもしれない。

よく歩きなれた場所を歩きながら考え事をすると、なんか創造的になる感じがする。それはなぜか。そもそも、音楽を聴いたり、歩きながら考えるということは、考えるほかに音楽を聴くことや歩くことに脳を使わないといけない。もちろん、初めて聴く音楽や初めて歩く道と比べれば脳を使わなくていいと思う。がしかし、何かを考えるならば、BGMなしで、歩かないで考えたほうが脳をフルに使えるはずである。では、なぜBGMがあったほうが、歩いていたほうが考えが進むのであろうか。

まず、歩くことや音楽を聴くことに使う脳が一部分違うのかもしれない。もし脳の使う部分が完全に違っているなら、初めての音楽でも初めての道でも、聴きなれた音楽や歩きなれた道と同じ状態のはずである。聴きなれた音楽や歩きなれた道のほうが考えが進むということは、考えることに必要な脳の部分が一部かぶっていて、一部異なっているからだと思う。一方で、全く一緒ならば考える能力に影響を与えすぎてしまう。一部分脳の仕様部分がかぶることによって、考えていることに新たな情報(刺激)が与えられ、新たなものが創造されるということなのだろうか。

話が脱線した。繰り返し聞くとさらによい曲に聞こえるのはなぜだろうか?繰り返し聞くということは、脳に安心感を与えるのではなかろうか。初めてやることには恐怖感が伴う。くつろいだ状態ではないということだ。繰り返すことによって、そのものやことは安全という状態で安定していると高確率で考えられる。すなわち自分にとって害がないから、安心。ということになるんじゃないかな。安心ということはよいと思っていたものをプラスの方向に誘導する材料になると思う。

また、繰り返し過ぎると飽きるということもある。これは、同じもので安定しているが、安定失すぎると不安定になるということではないか。同じものの繰り返しでリスクはないが、リスクがないところに進歩はない。すなわち人間は環境変化に対して変化しなければ生存していけない。だから変化を求める。その安定と変化の瀬戸際で心地よさというものは存在しているのだと思う。厄介なものだ。まあ、恒常的に心地よいものはないということなのだろう。

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May 14, 2005
生きる喜び
最近どうもこの写真が気になる。
これは、インドのバラナシというところの細い路地で撮った写真だ。

 

このおっさんの顔が非常にいい。
確か、写真を撮ろうとしたら照れくさそうに笑ったんだと思う。
なんか、人間の本質に迫る、原点を感じる。

たぶん、生きる喜びなんだと思う。
世の中、カッコイイことはいくらでもある。人から注目されること、なんか大掛かりなこと。頭を使って必死に考えて答えを導くこと、ごちゃごちゃした数字を駆使したこと、大きなお金が関係すること、多くの人に影響を与えること、それはそれの面白さがあると思う。僕もそういうものに面白さを感じる。

その一方でこのおっさんの顔。なんか超越してる。何を超越してるかって何もかも超越している。
Posted by takeshi at 09:33 PM | コメント (1) | トラックバック (0)|
人の成長は止まったのか
生物は気候の変化で絶滅した。
疫病がはやり多くの生き物が死んだ。
飢饉があり多くの人が死んでいた。

生き物は環境の変化で死ぬものであった。
だからこそ、人はその環境変化に対応するように、進化していった。
完璧な仕組みは何かあったら弱い、だから曖昧な部分を残し変化する。
突然変異も生命が生き延びる基本だ。
このように生き物は生物学的に進歩成長(変化)してきた。

しかし、現代の人は医療の発達で生き延びることが出来る。
人間が環境を変えた、そのために人間自体の生物学的な成長は止まった。
このような考え方が本に書かれていた。
うなずいた。
けっこう面白い考え方だ。

これは地球が始まって以来の大きな出来事であったんだと思った。この人間の行為自体が単に悪いとは思わない。この人が環境を変えるということは多かれ少なかれ今後も続く。だから、このことを踏まえて物事を考える必要があるんだろうと思う。

まあ、疑問なのがな生物は生き延びようとするのか、子孫を残そうとするのか。だいたいの問題の終着点として、生物が生き延びるためにとか、自らの種のDNAをのこすためという答えにいたるのがつまらない。なんで、生き延びようと、DNAを残そうとするのかが不思議でたまらん。

Posted by takeshi at 08:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
旅と散歩と移動の違い
今日、散歩した。
ケイタイを家に置いて。
ケイタイなる物とは、高校一年生の頃からだから7年目の付き合いになる。
たぶん、眼鏡の次に長い付き合いであると思う。

たまに、家に忘れて出かけることはあった。
でも、ほぼ毎日一緒にいた。

初めて長期間離れたのはトルコへ行ったときであったであろうか。
あの時、少し違和感があった。物足りなさといったほうがよいのかもしれない。
ポケットにあるものがない。そんな感じだ。
この頃はケイタイへの依存度が高かったのだろう。
だからそんな気持ちになったんだと思う。

しかし、今日あえてケイタイを家に置いて散歩した。
雲取山の筋肉痛が続き、歩く姿がぎこちない。
だから、3時間ぐらいの散歩になった。
だいたいケイタイなんてものは家に置いて出たすぐの時だけ何か物足りなさを感じるもの。
今日は、その家を出てすぐも物足りなさを感じなかった。
ケイタイへの依存度が少なくなったからであろう。

ケイタイを持っていないということは時間も失う。
時計をもっていないからだ。
だからなんだという話だ。

ケイタイも時計もない生活。
食べられることがどれだけ素晴らしいことか、
安心して生活できるということがどれだけありがたいことかを感じたい。

で、散歩をしていて思ったこと。
旅と散歩と移動は何が違うのか。
旅と旅行の違いはなんか前に書いたことがあると思う。

たぶん、世界一周している人は旅をしていると第三者は思うはずである。しかし、その人の目的地がパリだとする。その人は日本を出発して陸路でパリまで行く。普通この人は旅をしている。しかし、目的地のパリにしか興味がなく、パリへ行く陸路の過程にも興味がないとする。するとこの人にとっては、パリまでの道のりは単なる移動なんだろう。

移動というのは、最終的な目的地以外に興味がなく、その目的地へ行く過程を移動というんじゃないのだろうか。だから、ツアーで旅行に行くときの交通手段を使った行為は移動であるのかもしれない。一方で、個人で旅をする人これは交通機関に乗っているときも旅なのであろう。

散歩、これと旅を区別するのは難しい。「世界一周の散歩」であっても問題ないと思う。散歩は日帰りとか、気軽に出かけるものであると思うのだが、世界一周するのにすごい少ない荷物で出かける人もいる。

僕も18きっぷがあれば、日本中どこへでも散歩気分でいける。

まあ、何が言いたいわけでもない。
なんとなく、旅ってことが頭から離れないだけである。

Lie Fu
「Life is like a boat」
という歌が非常にいいです。

旅はまだ続いてく 穏やかな日も
つきはまた新しい周期で 舟を照らし出す

中略

運命の船を漕ぎ 波は次から次へと私たちを襲うけど
それも素敵な旅ね どれも素敵な旅ね

まあ、人生という名の旅路を歩んでいるということだ。
まあ、このブログのタイトル通りであるわけだ。

Posted by takeshi at 08:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
脳で作り出されたイメージを残す
脳で作り出されたイメージを残す

文字にしても、言葉にして話しても、伝わらないことはたくさんある。

この脳で作り出されたイメージ、明確なアウトプットとして出しにくいもの。どう表現すればいいのであろうか。この再現不可能な一回性のものを普遍へとすることは意味のないことなのか、意味のあることなのか。

そもそも脳で作り出されたイメージって何なんだ?

Posted by takeshi at 06:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 13, 2005
何かを食べたくなるとき
ひらめいたように、何かを食べたくなるときがある。

それも、友達と数人いて全く同じものを猛烈に食べたくなるときがある。

足らない栄養素を補給するために食べたくなっているのだろうか?そうしたら、人間は勝手に足らない栄養分を認識し、それが入っている食べ物を脳のアーカイブ中から選び出し、食べたいという気持ちを作り出している。これが達成されるには、日々の食事のときに脳が無意識的にものを食べたときにこれはどんな栄養があるかを分析していることになる。

まあ、こんな理由で食べたくなるんじゃないかも知れないからなー。なんであるものを突如、食べたくなるんだろう。

純粋に、好きな食べ物だったり、最近テレビや友達の話で出てきた食べ物が頭をよぎっただけかもしれないのだけどね。

Posted by takeshi at 09:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
検索の主流はgoogleからteratown.comへ?!
検索。インターネットの基本動作です。
多くの人がyahooかgoogleで検索すると思います。

いやー、ちょっと話が変わります。世の中より多くの人がハッピーなほうがいいですよね。でも、自分のメリットが低下してはいやですよね。

ということで、グーグルの検索品質を保ちながら、より多くの人がメリットを享受できる検索方法はこちらです。

http://teratown.com/これが検索のデファクトになれば僕はうれしいです。

まあ、半分ネタですから 笑

Posted by takeshi at 09:17 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
「場」の記憶
私の記憶力の悪さは多くの人が存知でしょう。

語学が苦手、人の名前がおぼわらない。などなど記憶力に関して問題だらけ。

先日面白いことを読んだ、記憶力がいいほうが低俗動物であると。人間は脳の仕組みとして記憶力がよくないように出来ているらしい。

記憶力がよすぎると問題が多い。融通が利かない。新たなものを作り出すのに障害があるということらしい。

私は場の記憶に関しては強いと思う。イメージとして覚えている。そのとき話した要旨も大体分かる。その場の小物の色とか、本筋とはなれた細かいイメージ記憶が残っている。そこまで覚えていなくても、その時の雰囲気は思い出せる。どんな感じだったかを覚えている。それも、その場に居合わせたほとんどの人が記憶にない、ことをケッコウ鮮明に覚えている。

また、話が変わるが私の提唱する「曖昧記憶法」は脳の記憶力の悪さ。脳の仕組み自体が曖昧であることとつながっているのだろうか。

Posted by takeshi at 09:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
絆創膏のサイズの不思議
絆創膏
ばんそうこうってこんな漢字書くんだ。難しいなー。初めて知った。普通商品名でバンドエイドって言ってしまう。ポータブルオーディオプレイヤーといわずにウォークマンといってしまう。宅急便といってしまう。そんな感じです。

で、話は変わる。最近連続で擦り傷をした。擦り傷といったら、水洗いをして消毒をして絆創膏。これが基本です。小学生のころはよく絆創膏にお世話になった気がする。しかし、いつの間にか絆創膏と出会う機会が少なくなった。擦り傷をするようなことをしなくなったのと、このような行動をとると怪我をすると分かり始めたからってのと、今が一番体力があり体のバランスがあるのでこけないからといった理由であろうか。近年、絆創膏と出会うのは海外へ旅するときの準備ぐらいだった。一応怪我をするといけないから、絆創膏を歯ブラシや薬を入れる袋に詰めて持っていっていた。

そんな絆創膏と縁がなくなっていた私だったが、最近連続でお世話になった。ちょっとした擦り傷をしたのだ。そうしたらふと気がついた。絆創膏の大きさに驚いたのだ。絆創膏にもたくさんの種類があるが、市場に普及しているほとんど全てといっていいと思う普通サイズの絆創膏に驚いた。もっと正確に言えば、普通サイズの絆創膏の布の部分の大きさに驚いた。

まあ、これは偶然なのかもしれないが、怪我した部分の大きさ調度ぐらいの大きさなのである。それも2回ともちょうどのサイズだった。これは、何かあるに違いないとかってに思って考えてみた。

・普通サイズの絆創膏以上の大きさの怪我はケッコウ大きな怪我で病院へ行くほどの場合がほとんど。だから、絆創膏の役割はあの普通サイズ絆創膏まで。
・擦り傷というのは皮膚と何かがすれることによっておこる。何かと擦れる場合、人間は本能的に回避しようとする。そうした場合の反射にかかる時間でこすれてしまう面積の大きさがだいたい普通サイズ絆創膏の大きさである。
・絆創膏といえば、指の怪我に巻いているイメージがある。(指の怪我が他人の目に付きやすいからかもしれないが。)指のサイズにあっているのが普通サイズ絆創膏である。
・なんなく、見た目がよいサイズにしたら、あの普通サイズになった。
・昔の製造機械で作れる小ささの限界が今の普通サイズで、それが標準になった。
ジョンソンアンドジョンソン社のホームページによると絆創膏が出来た経緯は、料理するときの怪我らしい。すなわち湯の野怪我であると思われる。やっぱ、普通サイズは指にあったサイズなのであろうか。

http://www.jnj.co.jp/entrance/history/story18.html

ちなみにジョンソンアンドジョンソンが出している普通サイズはスタンダードサイズといい、76mm×19mmの大きさみたい。

まあ、2000メートルの登山の後は、足が痛い、背中が痛い。となっています。

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May 12, 2005
いざ雲取山
三頭山、富士山、高尾山、に続く山。

昨年のちょうど今頃、本格的な登山靴を買い三頭山へ行った。このとき候補に挙がっていたのが雲取山。この雲取山は東京で一番高い山で、2017メートル。

昨年行った三頭山の新緑がとてもきれいだったので、今年も行くことに。そのターゲットが雲取山ということです。登山靴も買ったかいがあります。

ルートは奥多摩駅→鴨沢→堂所→ブナ坂→頂上→ブナ坂→堂所→鴨沢→奥多摩駅てな感じ。
朝の4時半ぐらいに起きた。そして、テレビとネットで天気予報チェック。2,3日前までは晴れる予定だったのに、今朝見ると雲行きが少し怪しい。しかし、たいしたことなさそうなので、行くことに。雨合羽とウィンドブレーカー、通称シャカパン、Tシャツのかえ、などを搭載し出発。5時48分の電車でいざ奥多摩駅。昨日パンとスポーツドリンク2リットルを買い、今朝おにぎりを2つ買った。

奥多摩駅についてから、バスで40分ぐらい揺られ鴨沢バス停へ。ここは標高500メートルぐらい。ここから上ります。9時30分に上り始めた。少しおくにはいると、新緑がすごくきれいだった。あの黄緑はこの時期しか見れない、さらに都心では見れないものだ。生き生きとした、一本一本の木が楽しそうに育っている感じがする。そんで、定期的に水分補給&休憩。スポーツドリンクが一番よい。体温調節も重要で、服を脱いだりきたりした。何気に、急な坂があったり、緩やかな坂が長く続いたりして、疲れることもあった。ってか、正直言って長い。高い。
途中雨が降り出してポンチョを着たり、昼食。それでも、上る。一泊する準備はしていないので、頂上について帰る時間を計算して、上る。そういえば、この山で人にほとんどあっていない。マイナーかつ平日、雨降りそうってことで人が少ないのだろう。

で、頂上に着くちょっと前から、ペースを速める。そしてずんずん歩いた。そうしたら、着いちゃったという感じで着いた。頂上だ。頂上から富士山も見えるらしいが、さすがに霧というか雨。5メートル先が見えないこともあったので、見えるはずがない。まあ、頂上は気持ちがよくて、写真を撮ったり叫んでみたり、山小屋を覗いたりして、下山。当初、行きとは別ルートで温泉には行って帰ろうとしていたが、時間が間に合わないということになり、粋と同じ道で下山。今までの傾向的に下山は早い。今回も早かった。帰りは雨がずーっと降りポンチョとウィンドブレーカーが役に立った。さらにチョコレートも重要なアイテムだ。滑らないように気をつけながら降りていった。そんでもって、帰り道でこんなに長い道を登ってきたのかと自分でも不思議なくらいだった。そうとうな距離だ。夕方の5時30分か6時ぐらいに地上に着いた。8時間近く山を歩き続けたことになる。タフだなー。

まあ、面白かった。地上に降りて服を着替えてすっきりしてバスを待った。バスに乗りそして電車で家に。今回の登山もよかったなー。なんといっても空気がきれい。新緑がきれい。これに尽きます。また、体を動かして気持ちがいい。自然と一体化できる感じ。

 

 

Posted by takeshi at 11:34 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 11, 2005
頭が硬くないほうがよいようで、ないとワクワクしない
進化しすぎた脳を読み終わった。ケッコウ面白かった。後半は新目の研究について紹介されていた。科学的なアプローチが多かった気がする。

それとは、関係ないが、駅を歩いていた。すると前に同じ商品と思われる広告が並んであった。
グリコの野菜ジュースの広告か健康食品の広告だと思う。それを駅で見た。その広告は普通のポスターのようなものだった。しかし、ちょっと目に止まったものがあった。そのポスターの真ん中に、紙パックジュースの殻がつけられているようだった。ああ、いたずらされていると思った。これはいたずらかと思った。歩いて、近づいて確認してみると違った。ポスターの立体ディスプレイとして、殻の紙パックが貼り付けてあったのだ。やられた。一本とられた感じだった。

ちょっとへちゃけた紙パックを見た瞬間にいたずらと思ってしまった。これは自分の頭が堅くて固定概念でかためられているからなのかも知れない。そのことにショックをうけた。常識とか、凝り固まった考え方に染められてしまっている。

しかし考えてみればこの固定観念があるからこそ衝撃的な感情を感じることができるわけだ。今まで自分の中で常識だと思っていたことがある、それが何らかのきっかけで崩れ去っていく。今までの当たり前が通用しないものに出会う。このときの出会いは非常にガツーンとくるもので、心地よいものである。あの衝撃的なパラダイムシフトは私の楽しみでもある。この心地よい感覚は固定観念がないと生まれないものなのである。固定観念があるからこそ、それが崩れさる喜びも味わえる。

固定観念が嫌いといいながら、それがないと味わえない固定観念の崩壊を味わえない。なんというものであろう。

まあどこまで型にはまった見方をしてしまうかというのは、経験の豊富さや思考の深さなどに関係してくることである。いくら、固定観念が崩れようと、いくらでも固定観念は壊され続ける。頭の固い私の固定観念はいくらでもあって尽きることはないだろう。ということは、より視点を増やして固定観念をひたすら壊すことをしていけば、嫌いな固定観念も少なくなり、固定観念が崩れる楽しみも多く味わえるのかな。

Posted by takeshi at 12:52 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 10, 2005
最近思うこと
数日前までは、旅行のことばかり考えていた。
この2日は脳のことや意識のことが気になる。
それは本をよんだのと、話を聞いたから。

そんなことは言いつつも、明後日雲取山へ大学の友達と3人で上ってくる。ちょうど一年前に三頭山に同じメンバーで登ったなと思い出した。あのときの新緑の美しさはたまらんかった。今回も新緑が楽しみだ。

そんんでもって、マイルがたまっているのでインドネシアにタダでいけることが判明した。それもネットでチケットが取れるので無茶苦茶簡単に。空港利用税などが1万1000円かかるが、期限が切れる前に使わないともったいない。

Posted by takeshi at 07:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
「脳と創造性」出版記念
「脳と創造性」出版記念の茂木健一郎さんのトークショーが神保町の三省堂で行われた。

そのログです。ログというか気になった言葉をピックアップ。

「モーツァルト問題」
モーツァルトの作品の素晴らしさと、モーツァルト本人のだらしなさに大きな乖離が存在する。小林秀雄も

エランビタール(生命の躍動)
・創造性によって生まれたものと生み出す主体のギャップが大きいほど本物である。

このような生理的な奇跡(モーツァルト問題)をどう理解するか?

個人差というものは科学にとって天敵である。なぜなら、個人差は科学的証明において例外となるから。これの最たるものは人間の感情など。

「脳はいかにして美を見るか」←本のタイトル

創造性について
ずっと遊んでいても飽きないロボットを作ることがソニーの(ロボットの最先端の)今の命題

飽きないということがいかにすごいことか!
人間はいくらコミュニケーションをとっても飽きない。創造的なことをしていても飽きない。
人間が飽きないもの・コミュニケーションと創造性

ラマヌジャン(天才数学者)→天才的な創造性とは?

創造性と文脈

文脈を理解することが創造性のカギ
AがBという文脈になるとAがA’に変化する。それが創造性のポイント。A’が出ることは普遍的なこと。

人間は文脈を判断して行動する
例)ライブとDVDの違いは文脈が違うのである。DVDもライブも音や映像などの人間に入ってくる情報は同じ。しかし、ライブは立ち上がって叫んでもよいという文脈に存在している。

携帯電話は複数の文脈を引き受けることが出来るものである

文脈はダイナミクスに関する

優れた作品こそ文脈やダイナミクスからかけ離れている。→わけが分からないことや生活臭の刷る作品はたいしたことがない。

心脳問題
なぜ人間は意識を持ってしまったのか。
進化心理学 →行動を問題にする。実際に目に見えることを。個体(生物)を通しての学問

では人が作った作品を扱う学問は?

科学的な意味において、芸術的な作品を評価できない。

例)夏目漱石にとって子供を残すことのみが目的だったら、あのように優れた文学作品を残す必要はなかったのではないか?

ミーム

脱抑制と自己組織化
創造性の本当のところ→(例)スイッチを押すとなぜか出来てしまう。

Feeling of Knowing
こういうものが欲しいなという感覚

こんなものが作りたいというイメージ
 ↓   ↓   ↓
メモリーのアーカイブと関連させる
 ↓   ↓   ↓
自己組織化
ゼロから物を作る人はいない
 
普通は自分の経験を基にしてしか作り出せないのだけれど、天才はFeeling of Knowingがぶっ飛んでいるから、優れたものを作り出せる。

これが本人と作品のギャップを生む。モーツアルト問題

Feeling of Knowingがぶっ飛んでいるといっても、ランダムな飛びかたではなく、意味のある飛び方をする

記憶のアーカイブにリクエストしよう

Feeling of Knowing

自己組織化

なんとなくイメージがあるだけで、会話がどんどん出来るのは上記の仕組みから

○○っぽいものを作りたい!と思うのは、その作品のクオリアをまねしているということ。
(クオリアは前頭葉で把握している)

メタ認知
ディーテールは無意識のところで覚えている。
意識が把握できるのはクオリア(抽象的な部分)だけ。抽象的な質感のみ記憶できる。

いろいろなクオリアを知っていることは創造性の前提条件。様々なクオリアを知らないのは罪。

創造性アップのポイント
☆記憶のクオリアアーカイブを増やす
☆感覚(喜怒哀楽のことではない)を研ぎすます。どれくらい細部を詰めるか。

創造性が経済価値を生む時代。
創造性が個人を評価し、社会全体を変えていく。

遇有性(コンティンジェンシー)=半ば規則があって、半ば規則がない。
この遇有性が非常に重要で、人間らしさを生む。

例)規則正しすぎる会話もつまらない
全くランダムな会話もつまらない。
人間だけがこの中間を操ることが出来る。この中間領域に創造性がある。

宗教的な天才はめったに出ない。→科学やアートの天才よりもまれ

クオリアは私秘的(プライベート)なもの
他人の気持ち(クオリア)は本質的には分からないのが前提
Posted by takeshi at 12:44 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
脳と創造性@三省堂
学校帰りに、神田で降りた。
そして、神保町三省堂本店へ。
雲取山の山岳地図と、旅の本をみる。エクアドル、ボリビアの歩き方もチェック。
そういえば、今日昼にHIS田町に行った。知らない情報をゲットした。

で、三省堂で茂木健一郎さんのトークショー。このまえ、脳と創造性を買ったんだけど、その本の出版記念で。

いつもの芸大同様面白い話で、アタマがぐるぐるしっぱなしだった。それから、知らない概念も知った。面白い。それから、なんとなく家まで歩いて帰った。歩いて考えたかったから。

帰り、谷中墓地を通ると、70ぐらいのおじいさんがシャツ一枚でひたすら走っていた。体力づくりだろう。どっか山でも登るのか?エベレストか?

Posted by takeshi at 12:42 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 09, 2005
手相
言われて気がついた。

おいらの手相って、百握りっていわれるやつです。

真ん中の線がまっすぐ一本です。

なんか、運がいいといわれているらしいです。

なんとか線となんとか線がつながっているんだと思います。

Posted by takeshi at 10:14 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
グーグルで遊んでみた。
なんとなくグーグルで遊んでみた。

まず、「て」で検索。次に「てて」、「ててて」というふうに検索してみた。いつになったらゼロになるのだろう。

「あ」でもよかったが、「あ」は多すぎるので。「て」

「て」 検索結果 約 12,300,000 件
「てて」 検索結果 約 651,000 件
「ててて」 検索結果 約 20,700 件
「てててて」 検索結果 約 10,800 件
「ててててて」 検索結果 約 779 件
「てててててて」 検索結果 約 753 件
「ててててててて」 検索結果 約 7,360 件
「てててててててて」 検索結果 約 13,900 件
「ててててててててて」 検索結果 約 4,730 件
「てててててててててて」 検索結果 約 7,710 件
「ててててててててててて」 検索結果 約 2,670 件
「てててててててててててて」 検索結果 約 5,240 件
「ててててててててててててて」 検索結果 約 1,790 件
「てててててててててててててて」 索結果 約 215 件
「ててててててててててててててて」 検索結果 約 1,460 件
「てててててててててててててててて」 検索結果 約 2,430 件
「ててててててててててててててててて」 検索結果 約 1,020 件
「てててててててててててててててててて」 検索結果 約 2,260 件
「ててててててててててててててててててて」 検索結果 約 993 件
「てててててててててててててててててててて」 検索結果 約 2,110 件
「ててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 876 件
「てててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 2,070 件
「ててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 860 件
「てててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 1,460 件
「ててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 312 件
「てててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 1,430 件
「ててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 296 件
「てててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 1,220
「ててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 113 件
「てててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 681 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 105 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 518 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 88 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 385 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 71 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 217 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 61 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 122 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 54 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 96 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 35 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 90 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 35 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 65 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 32 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 58 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 31 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 57 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 30 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 56 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 30 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて
てて」 検索結果 約 53 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 30 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 53 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 29 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 49 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 29 件   
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 48 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 27 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 31 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 16 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 30 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 15 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件
「てててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件
「ててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててててて」 検索結果 約 24 件

検索が32語までに制限されているので”てて”とその後の語句は検索には使用されていません。

こうなってしまって、ゼロにはならず。。。検索結果の増減はどうなっているのだろう。グラフとか作ってみようかな。
Posted by takeshi at 11:26 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
想定外
想定内Tシャツがはやるこの頃いかがお過ごしでしょうか。
私は元気です。

この書き出し方は想定内でしょうか?
はたまた、想定外でしょうか。

脈略のないこと、起こるとしても確率が低いと勝手に思い込んでしまっていること。
自分が経験したことなくて想像がつかないこと。

このようなときに、突拍子もないことが起こったとすると「想定外」なんだと思うのです。

じゃあ、想定内というのはその起こりうる可能性を全て予想し、対策を考えていたかというと、そうではないと思うのです。こんなこと起こるかもとちらっと考えた、思っただけで、人間の中では想定内なのだと思うのです。

で、想定内だと何だという話です。こんなこと起こるかもとちらっと考えた、思っていただけで、それが起こってもあせらないと思うのです。別にそれに対する対策があったわけでもないのに、あせらない。人間って不思議だと思うのです。本質的に、チラッと思っていただけのことが、実際に起こった時にどんなアドバンテージがあるかといえば、何もないと思う。しかし、それだけで実際に起こったときに余裕を持てる。

となると、ゆとりを持った状態からうまれる発想と、窮地に追い込まれたときにうまれる発想何が違うか。どちらが、よい発想(解決策)を導き出せるかは一概には言えないと思います。たぶん、その違いは脳が事前に考えたことだと、全く違うものととらえるとか?よく分からんとです。

なんか、feeling of knowingって話とか自己組織化とか気になる今日この頃です
Posted by takeshi at 11:08 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
素人が玄人に尋ねること
先日、某最高学府の人二人とおいらで飲みながら話していた。

二人とも理系で、現在の研究内容をチラッと聞いた。そうしたら、疑問が生まれるわけです。ああ、その仕組みってどうなってんだろう。と、で相変わらず、それなんでそうなってんの。具体的にイメージするとどんな感じなの。この原理と同じなの?と質問連発。

そんな稚拙な質問にも二人はしっかりと答えてくれたわけです。二人の学問を学んだことない私は脳の中でシュミレーション。そして、いろいろどうなっているんだろうと思って質問したわけです。

面白かったのが、大学で習ったときは何でこんなこと(原理の理由など)を教えられるのだろうかと思ったけど、今聞かれてそっかと思った。というような内容の話を聞いて、ふむふむと思ったわけです。

よく言われる話だけど、素人の人は玄人(プロ)の人に質問することを躊躇する。それは、こんな馬鹿な質問していいのだろうかとか、プロの人に馬鹿にされたり、簡単な質問することがはずかしかったり、機嫌を損ねるのではないかと思うからだろう。しかし、素人にしかない、純粋な疑問というのも存在して、それをプロは忘れてしまっているかもしれない。さらに、素人の質問をプロで知識があるので、素人の質問内容を発展して解釈したりして、新たな気づきを与えられるかもしれないんじゃないかなー。

Posted by takeshi at 11:08 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
脳の中で作られる想像と、それに伴って生まれる感情
脳の中で作られる想像と、それに伴って生まれる感情

Posted by takeshi at 11:00 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 08, 2005
自分はやっぱり見えない
今日、駅で待ち合わせをしていました。そして、おいらは改札のすぐ近くに立っていました。そして、横を見たら、隣の人がポケットから手を出すと同時に切符がヒラヒラと落ちていった。

しかし、その人は気がつかず。そんで、切符を探し始めた。カバンの中、ポケット、財布の中、さらには電話をして誰かにヘルプを求めようとしていた。ケッコウあせっていた。

ちょいと傍観していた。なぜなら、絶対に見つかるところにあったからだ。その人が目を斜め45度下に向ければ絶対見えるところに落ちていたのだ。それも、床は白で切符はオレンジ。無茶苦茶目立つ。でも、その人はあせっていて、そんな目立つものに目が行かない。不思議だなーと思い。傍観。人間の行動観察。

しかし、その人が気がつかなさそうだったし、おいらも時間になったのでそれとなく教えてあげました。

いつも思うけど、自分が当事者になると見えなくなるものってあるんだなー。つくづく感じる。これをいつも忘れないようにしないとな。

Posted by takeshi at 12:39 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
青空を投げ飛ばしてやりたい
ということで、青空と青い海を投げ飛ばしてやりたいぐらいです。

地面ごと持ち上げて、青空を投げ飛ばしてやりたい。

Posted by takeshi at 12:38 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 07, 2005
地図帳と歴史年表
地図帳と歴史年表は中学のときみんな持っていたはずです。

地理の副教材が地図帳。
歴史の副教材が年表。

地理の授業が始まる前に、机の上に地理の教科書、地図帳、ノートが出ていたはずです。
歴史の授業が始まる前に、机の上に歴史の教科書、年表、ノートが出ていたはずです。

歴史と地理、おんなじ社会科で習います。両方好きな人もいれば、地理だけの人、歴史だけの人、両方嫌いな人がいるんだと思います。

僕は、授業が始まる前に見ていた、地図帳が好きでした。特に、どこの国を見ようと思うわけでもなく、勉強しようという意識もなく、地図帳を眺めるのが好きでした。

年表はイマイチでした。歴史を好きという人は友達にたくさんいて、マニアックな人がたくさんいます。でも、僕はイマイチでした。テストは無難にこなす程度でした。

歴史は社会の動きがどのようになったか、人と人との関係、事件と事件の関係などを知っていくうちにつながっていって面白いのかもしれません。確かに面白そうで、現代と照らし合わせるともっと面白そう。

地理は自分の知らない世界を知ることが出来ます。もちろん歴史も知らないことを知れます。その間の大きな違いは、地理は自分の目で確かめることが出来るということです。(歴史も遺跡を見れるかも知れないが、過去のものなんです)未知の世界を知り、そして空想できる。ワクワクする。現在実際に存在している。空想したものを自分の目で確かめることが出来ると思うとワクワクしてきます。

地図帳を見ていると夢が膨らみます。
Posted by takeshi at 12:36 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
青すぎて青々しい
どうも、エクアドルの空と海は青すぎて青すぎて青々しすぎて目が青くなりそうです。
正直、おいらは真っ青になりました。

友達がくれた写真。

 

一回目見たときは、すっげーと思ったけど、エクアドルに行くと確信しなかったが、2回目見たら確信した。その違いは何だろう。脳の中でどのようなことが起こったのだろう。

Posted by takeshi at 12:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 06, 2005
片足バランス立ちする不思議
人が片足でバランスをとる時の脳の不思議 

バランスを意識的にとっているが論理的に重心を考えてバランスをとっているわけではない。しかしある意味において数学的というか論理的にバランスをとっているから片足で立っていられる。無意識的に論理的にバランスをとっているんですなぁ。そのとき脳は相当な処理を行っているはずである!しかしその処理を人間は感じれない。これはなぜか。不思議ですな。

片足で立とうと意識的に思う。そうすると、人間は立てるわけですけれども、こっちにどれぐらいの体重がかかっているから、もう少し足の右側で踏ん張ってとかやっているわけじゃない。もっと言えば、右に12キロ重さが偏っているから、左にそれだけの力をかけてとかやっているはず。しかし、それは気がついていない。意識的にやっていない。けど出来ている。

意識的に行動→無意識での動き(処理)→意識的な目的の状態を達成。

こうなっている。最終的な意識的な目的の状態を達成しようと思ったら、それを行うための途中過程を具体的にどうやるとか人間は分かっていなくても、出来てしまっているんですよね。これって、すごすぎないですか?

片足バランスの意識と無意識はどんな脳の状態なんだろう?

これは走っているスクーターを見ていて、止まったら倒れるなと思い、人は止まっても倒れないことから考え始めました。

Posted by takeshi at 12:04 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
May 05, 2005
どうでもいいが、格安航空会社
アメリカの格安航空会社といえばジェットブルー
ヨーロッパのの格安航空会社といえばイージージェット
プライスラインなんかも安いかも。

最近はインドでも格安航空会社が発達しているらしい。その航空会社はキングフィッシャー航空。
キングフィッシャーといえばあのビール会社だ。インドでビールを飲んだ人ならみんな知っているはずである。キングフィッシャーだ。ストロングビールなんてのもあって、アルコール度数8%かなんか。キングフィッシャーはミネラルウォーターも販売していたはず。そんなキングフィッシャーが航空業界進出だ。ちょっと前にはじめ、今は国内2位とかなんとか。

http://www.flykingfisher.in/

キングフィッシャービール

Posted by takeshi at 11:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
原色ってなんかきな臭いんだけど
原色ってなんか、きな臭い。胡散臭い。装った感じというか、無理やり作り出した感じがする。自然じゃない感じがするんです。原色は毒々しいんだなぁ。原色は偽物な感じがする。

これだけ書いたら、原色に対するおいらのイメージがなんとなく分かってもらえたかな。まあ、原色は人工的すぎるイメージがあるということです。

普段生活していても、原色は人工的に作られたもので良く見かける気がする。だから、知らないうちに、自分の中にそういうイメージが出来上がってるわけです。

たぶん、普段の生活で原色ではないもの、すなわち何色もの色が混ざり合ったような色に自然っぽさ、天然っぽさ、人間によってる作られていない感じをえるのは、町でみる自然に作られたと推測できるものが原色ではないからなのです。それはなぜかといえば、自然界のものは純粋な一色だけではなく、不純物が混ざっていたりして、原色ではなくなるからだと思うのです。人間が故意に不純物を排除して作り出さなければ原色は生まれない。このように思うのです。

しかしだしかし、エクアドルのガラパゴスへ行った友達からもらった写真をさっき見ていたのです。ガラパゴスといえば、世界中でも人間の手が入っていない数少ない地域だと思うのです。人間が入るときは靴の中敷の間に生態系を壊す虫がいないかまでチェックされると聞いたことがあります。それに、人間は勝手に入れず特定のツアーでしかいけないみたいです。そんなところで撮影された写真です。そこに映っていた鳥の色が鮮やかすぎた。天然とは思えないほどの水色をした鳥の足が映っていたのです。

ほとんどの人が見たことあると思うが、天然の鳥の鮮やかさといったら原色そのものなんです。オスの鳥は鮮やかだよ、そんなの当たり前と言われるかもしれない。繁殖期のアピールで鮮やかになるという理由だろう。しかし、それは羽とかの色が鮮やかになるだけだ。足が、足だけが水色なのである。しかし、私は本質的にそんなことが言いたいわけではない。

原色に対する人工的なイメージも結局は人の手によって作られた社会で作られた私の脳の中のことだけで、本当は原色≠人工的ってことだ。自然のきわみは原色を生み出すのだろう。

しかし、こんなことを言いたかったわけではないんだなぁ。なんだろう、まさに一枚の写真を見たときに湧き上がってきた感情は言葉では表現できない。そうやって逃げるようなことは嫌いだが、この私しか感じることが出来ない感情なのだ。世界じゅうのだれもかんじることのできない。たぶん、あれなんだろう。写真を見たときに感じたのは、自分の固定観念というか、常識が崩れた、何も知らなかったと抽象的な力強さをもって心に響いてきた感じ。テレビでは原色の動物を見ても今まで何も感じなかったのに、今回はなぜか不思議な感情、どうしようもない不安に駆られたのだ。以前のエントリーでも書いた「友達が取った写真は身近に感じる」も関係しているのかなー。

その、おいらを悩ませた一枚の写真(ここをクリックすると見れます)。

「抽象的な力強さ」だよな。たぶん。「抽象的な力強さ」
抽象的って、うまく伝わらないと全くもって弱いものなんだけど、なんかの影響を受けるか、抽象的は抽象的でも何か違うものを持っている、または抽象的なものを見る人の視点が少し変われば、具体例なんてたいしたことないってぐらいの力強さを持つ。

Posted by takeshi at 01:19 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
意識って
なんか、アメリカの消防士さんが消火活動で脳を損傷して意識を失っていたが、10年ぶりに意識を回復し言葉を発したらしい。

米ニューヨーク大学メディカル・センターのローズ・リン・シャー博士によると、脳に損傷を受けた患者が、こうした回復に至るのは、2-3年以内が普通とし、「10年というのは、ほとんど聞いたことがない。しかし、時にはこういうことが起きるのでしょう。理由はわからないですけどね」と驚いていた。

こんなことを書いてあった。おいらは10年たって意識が回復したことに驚いたのではなく、2,3年たって意識が回復すること自体にも驚いたのです。

その前に、意識がなくなるとはどういうことなのだろう?そのためには意識というものの定義をしっかりしないといけない。

となると、意識の定義。進化しすぎた脳によると、・表現の選択・ワーキングメモリ(短期記憶)・可塑性(過去の記憶)を満たすものが意識の定義とされている。ここでは「言葉」そのものが意識ということになっている。

今回のニュースの件でも意識を回復し言葉を発したとある。(言葉を話せても、黙っていたら意識がないことになるのか?という屁理屈は置いておくとして。)

で、なんで言葉を回復したのだろう?10年間言葉をつかさどる脳の働きが止まっていたから言葉を発していなかった、すなわち意識がなかったのだろう。だが、何らかのことが起こり、脳が動き始めた。そのため意識が復活した。ということは、脳の機能をストップして、何らかの刺激を与えることによって、脳の働きを復活させることが出来るのではないか。そうすれば、エネルギーを効率的に利用できるよなー。でも、それ以上に脳の働きがコントロール可能ってのが怖くもあり、面白そうでもある。

冬眠ってのは、意識がなくなるというものと何が違うんだろう。
特に、何も考えていないけど、ふと気になった記事だったのでエントリーしました。

Posted by takeshi at 01:10 AM | コメント (1) | トラックバック (0)|
May 03, 2005
協調性のなさ
どうも私は昔から協調性がないらしい。
おそらく、幼稚園の頃からないことは明らかになった。

自分でもそう思うところがある。

しかしだ、自分の基本的考えは「十人十色」である。ということは、どんな人でも受け入れるということではないのかと、自分に対して疑問。で、考えてみると、十人十色といっているのは、あまり気に入らない人、もっといえばどうでもいいと思う人は完全に無視なのである。勝手にしてください。という感じで存在は認めるが完全無視している。そのような状態を十人十色として私は思っていた。

まあ、どんな人のどんな考え方でも受け入れるのは難しい。しかし、無視するのではなく理解したうえで、受け入れるということも必要なのかもしれない。自分の意見を言って強烈に相手の考えを跳ね返すのは社会では協調性がないといわれるらしい。

まあ、相手を受け入れるということも頭の片隅に入れておこう。まあ、こうなりすぎても私の良いところが薄まってしまう。まあ、大人な言葉ではバランスというらしい。

Posted by takeshi at 09:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
いつかのあの日
いつかのあの日

いつかのあの日は絶対にあった特定の日であるはずだ。
しかし、いつかのあの日は抽象的なある一日という感じがしてならない。

この言葉の不思議が頭から離れない。
進化しすぎた脳を電車でよんでいた。かなりつぼにはまった。面白い。ここの本を読んでいるとどんどん疑問が浮かんできて、本を閉じていろいろ考え出す。

それを繰り返していたら、いつの間にか東京についていた。電車で周りにいた人からすれば、ゴールデンウィークなのに何を猛烈に悩んでいるのかと思われていたのだろう。笑

たぶん、この本はつまらない人にとっては究極につまらないんだろうと思う。

Posted by takeshi at 07:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
環境ってたいしたことないのか?
岐阜にいた。
そして、昔の通知表を見た。それも、成績ではなく、教師のコメントや生活面でのAとかBとかを。

幼稚園から中学までを全てよんでみた。すると、面白いことに気がつくのだ。
やっつけな、誰にでも通用するようなお褒めの言葉ではなく、ケッコウ厳しいことを書いてくれた先生もいた。それは正直驚きだった。

成績表をもらった当時は、厳しいコメントが書かれていると自分で認識していなかったと思う。

まあ、それは良いが、その当時のコメントがケッコウあたっている。あたっているというか、今と変わらない。性格検査なるものを最近受けたが、それと同じようなことが多く書かれていた。さらに、今時分で認識している、性格もそこには書かれていた。

結局、幼稚園や小学生の低学年から性格というものの本質は変わっていないのではないか。この事実は私の中でケッコウな衝撃だった。遺伝とか生まれ持った性格というものと環境要因によって人間の特性は決定付けられると思っていた。しかしだ、幼稚園や小学生のころから性格の本質は変化していないのだ。成長過程における環境要因はそれほど小さな影響しか与えないのか?それとも、幼稚園入学前の環境要因が非常に大きく作用しているのか?環境要因が大きいとしたら、双子の場合ほとんど同じ環境で育つはずである。すると、環境によって影響されるとしたら同じ影響のされ方。もし、生まれ持った性格も同じだったら、同じような性格になるはず。しかし、双子でも性格が違う人が多い木がする。すると、環境はほぼ同じだとすると、生まれ持ったものが大きな決定要因なのだろうか。

生まれ持った性格で全てが決まるとは言わないが、ほとんど決まってしまうのか?
だからといって、成長する過程において努力をやめたらいけないよな。

また、5年後と10年後ぐらいに成績表をすべて見直すときがあるだろうと思う。
その時は、何を思い、何を感じるのだろうか。
Posted by takeshi at 06:35 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
Modern Design Museum TV
Modern Design Museum TV

月曜日の13:30~13:55 BSフジでやっている番組。

かなり、おしゃれな感じの番組。ナレーションはなく、音楽が流れている。
プロダクツの映像は、使い方や特徴が分かる演出方法。

BGM=バックグラウンドムービーとしてかなり最強。

そんでもって、こんな優雅なテレビショッピングがあってもいい。みんな、ついつい買っちゃいそう。

http://www.bsfuji.tv/mdmtv/
Posted by takeshi at 06:33 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
青い空への質問
そこには、あの頃からある青い空があった。

何も変わっていない。

岐阜へ帰ると、小学校へ行くことが多い。
散歩をかねて小学校へ行く。
見慣れたいつもの小学校がそこにはある。

何も変わっていない。

小学4年生のある昼休み、ボール置き場の横で寝転がって見た空。
雲が動いているのを感じた衝撃は今も新鮮なままそこに残っていた。

子供は砂場で遊び、ボールを追いかけていた。
何も変わっていない日常がそこにはあった。

私もあの頃となんら変わっていないのかもしれない。

Posted by takeshi at 06:32 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
 

2005-04

http://www.teratown.com/blog/archives/2005_04.html

April 24, 2005
PCメール一週間普通になります
PCメール一週間普通になります。

ちょっと、PCの調子が悪く修理に出します。
ということで、PCが一週間ほど使えません。
この時期でよかった。

ということで、メールなども使えません。
すいませんが、よろしくおねがいします。

Posted by takeshi at 09:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 23, 2005
友達が取った写真は身近に感じる
友達が取った写真だと、身近に感じる。

友達が南米に行ってきた。先日南米の話をいろいろ聞いて面白そうだなと思ったのです。そして、写真をCDRでもらった。エクアドルとペルーの写真が200枚ぐらいだろうか。その写真を見ていた。ガラパゴスやマチュピチュ、ナスカなどの写真がたくさんあった。その写真はとてつもなく美しかった。特に空がきれいだった。あの空の青はめったに見ることが出来ない青色だと思う。嘘のない青とでも言えばいいのか、なんかこれ以上の青はないというほどの美しさ。濃い青もあれば淡い青もあるのだが、澄み切っている。空気がきれいなところはあんなにも空の青が美しくなるのだろうか。

で、そんな写真をいろいろ見ていた。食事の写真も写っていた。はっきり言ってうまそうだった。日本人の口に合うといっていた理由がわかる。街の写真も写っていたし、なんか南米という国が少し分かった気がした。その中でも、マチュピチュの写真を見たときにふと不思議な親近感を感じた。

マチュピチュの写真や映像はテレビや雑誌、インターネットなどでよく見る。あれだけ有名なので、もう見慣れたといってもいいほどであるだろう。しかしだ、友達が取ったマチュピチュの写真を見たときに、いつも見るマチュピチュの写真とは明らかに違う感情を持った。何か、マチュピチュが自分に近く感じた。手に取れる感情とでも言おうか。友達が取った写真はなぜ身近に感じるのか。

つい先日その写真を撮った彼と直接会っていた。だから、そんな身近な友達、実際に自分のそばにいた人がペルーまで行ったというのが身近に感じている理由だろう。その友達がペルーと日本を行き来した。そして、実際に行った人が自分のそばにいる。友達という物体は実際にペルーと日本を行き来して俺のそばにもいる。というのでリアリティが沸いたのだろう。それと、その友達からマチュピチュの話を聞いていたので、話と写真がシンクロしたからかもしれない。さらに、その友達がどんな気持ちでマチュピチュに行き、何を感じたかをだいたい推測できる。写真を取った気持ちが分かるから身近に感じたのだろうか。

まあ、人間の感情というものは不思議なものだ。

Posted by takeshi at 12:27 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
信頼と喜び
世の中、本当に信頼できる奴は少ない。
この人なら信じれるって思う人は数えるほどしかいない。

信頼って言うのは、お互い約束をして守ることによって生まれるものだと依然誰かが言っていた。しかし、これだけじゃないと思う。日々の会話で嘘をつかないってのが重要じゃないかな。まあ嘘だけじゃなくて、話していて信頼できるって何か感じるものがある。無駄な隠し事はしない。率直に話しているように感じる。まあ、その人の顔を見れば分かるんだとおもう。本物の人間の顔は本物の顔をしている。

なんか、分からんがこの人は信じれるという人がいる。お互いの心を分かっているなという人がいる。毎日あっているからとか、なんかのプロジェクトをやって成功したとかだけじゃない。よくわからんが、信頼できると感じている人がいる。その人の考え方や行動も信頼できるというか、尊敬できる。その考えや行動を自分もその人がなぜとるのか分かる。また、その逆もしかりなんだろう。

そうやって、信頼できる人の行動や成果は自分のことのようにうれしい。別に自分が何かを成し遂げたわけでもないのに、うれしい。その人の考えや行動がある程度自分でも分かっているからうれしいのだろうか。こんな友達がいてうれしいと思いました。

本当におめでとう。今の気持ちを忘れないで、やって欲しい。そして、そこがどんなところであろうと、俺がどんな忙しかろうと、実際に行き、またその成果を目で見て喜びあいたい。

もちろん、俺も今の気持ちは忘れないし、精一杯やって日本を日本の一人一人を面白くしていたいと思う。

たぶん、十年後とかに話しをしてお互いのことを面白いと思える状態がベストな将来像なんじゃないかな。そんな日を楽しみにして。

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April 22, 2005
カルロスゴーン
そういえば、この本も猛烈に良かった。なんだかんだ言っても、一流と呼ばれる人は違うな。

かなり前に書いた文章より

有名人には何かがある。これは有名人だからすごいといっているわけではありません。有名人だから偉いとも思っていません。しかし有名になるためには、何か理由があったはずです。その人の能力なのか外的な要因なのかはいろいろだと思いますが。これもなんとなく書いてみただけ。2002/12/4

カルロスゴーンさんがたいしたことないといっている訳ではまったくないです。有名になるにはそれなりの理由がある。と再びただ思っただけ。

それにしても、この本も良かったな。

ルネッサンス ― 再生への挑戦
 カルロス・ゴーン 中川 治子

ダイヤモンド社 2001-10-25
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シンプルなことは強いこと
失望したあとに気付いたこと
ゴーンさんと呼びたくなる本

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Posted by takeshi at 12:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
a great vantage point
a great vantage pointとはどこだろうか?

今一度考えてみたい。

生ぬるい性格なので、一回根性を入れられるのもいいと思うんだよね。

Posted by takeshi at 01:11 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
iichiko design
iichiko design展に行ってきた。
これに行く予定で行ったのではなく、アクシデントな感じで。

企業のデザイン展ということで「いいちこ」の広告やボトルデザインなどが展示されていた。正直「いいちこ」がこんなにデザインとかにこだわっているとはしりませんでした。地方の酒造メーカーがこの商品のブランド戦略で成功して全国的に有名になったみたい。

なんか、広告は写真と短いフレーズが書かれたものが多かった。なんか、ゆったりとあいたゆとりのある広告が多くて落ち着いた。

いいちこの広告ギャラリー

いいちこパーソンのボトルが欲しくなった。このボトルいいんだよなー。たまらんくらいいいはー。本当に欲しい。値段も441円と安くていいねえ。
いいちこスーパーのボトルもいいかんじだ。でも、パーソンのほうがいいな。

スーパーはいいというか、こんなボトルの焼酎が合ったんだと驚いたというのが正しいだろうか。いいちこパーソンは普通のスーパーとか酒屋さんに売っているのだろうか?

iichiko design project なるものがある。

 
関係ないが、スペイン語を話せるようになりたい。
スペイン語勉強しよう。

Posted by takeshi at 12:12 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 21, 2005
で、どうしたいんだ?
で、どうしたいんだ?
って自分に言ってみました。
あのですね、もうすぐ一年に一度人生について考える日ですよ。

そう、だからいろいろ考えたこと、もとい思うことをつらつら書こうと思う。
今まであったことはいくらでも書いてきた、だから未来について書こうと思う。己が将来に対して何を考え、何を思い、どうしていきたいのか。また、それはなぜか?将来のためになにをするべきか?それを書いていきたい。

ある種、吾人の任務のようなものだ。

Posted by takeshi at 10:44 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
甘いと思っていると甘さは増幅する
(無意識に)甘いと思っていると甘さは増幅するのかな。

何かを食べるとき、その何かを食べたことあったら事前にある程度の味を推測する。意識的にではなくても、食べたという経験があれば、無意識的に味が脳の中で想像される。食べたことなくても、テレビで見たり、似たような食べ物から味を想像している。

そうすると、実際の甘さよりも甘く感じる。のではないかと思ったのです。ただ、意識的に過剰に甘いだろうと意識しすぎると、その期待が大きすぎて実際の甘さよりもあまり甘く感じられないかもしれないです。

これは、ところてんをはじめて食べたとき、くずきりと思って食べたらものすごくすっぱかったという話を聞いて思った。

このエピソードから分かることは、脳が事前に甘いものが口に入ると認識していて、甘いという状態が脳で作られているからこそ、想像以上にすっぱいと感じる。こう思ったのです。となると、甘いという状態が脳で作られているプラス実際の甘さで、甘さが増幅しているのではないかと思ったのです。

Posted by takeshi at 09:55 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
アランブラ
あ、今NHKの世界遺産の番組でアランブラ宮殿をやっている。

アランブラ、アルハンブラ宮殿といえば、スペインの南にあるグラナダだ。まさに、あの町だ。
あの、スペインで最も安い宿に泊まったグラナダだ。

夜中まで知り合った日本人とアランブラ宮殿を見ながら語ったグラナダだ。
バルサやマドリッドとは違って夜店がすぐに閉まってしまったグラナダだ。
グラナダビールがうまかった。

夕食は、デパートで買い物をしてみんなで食べたグラナダだ。
このとき生ハムにはまってしまったグラナダだ。
みんなで夜中まで飲みながら話していたグラナダだ。

あ、そうだ。
あそこの町を離れるときは笑った。

パスポートがないって一人の奴が騒いで、バスに乗り遅れそうになった。
が、そもそも、乗るバスなんて確定しているわけじゃないので困らない。
そこで、みんなばらばらに散っていった。
一人はグラナダに残り、後にモロッコへ行ったらしい。
一人はマドリッドに行き、
一人はマラガへ行き、
俺はあるへシラスへ行った。

そんな町だ。
この町で食べた最後のものは、トルティーヤだった。
一番最初に食べたのはバーガーっぽいやつ。
なんか、おばちゃんが変な花を売りつけてきた町だ。

熱かったなー。

でも、一番思い出に残っているのは、夜ライトアップされたアランブラ宮殿だ。
きれいだった。美しかった。光によって浮かび上がっていた。
そんな、アランブラを見ながらみんなで話していた。

あ、いい町だった。グラナダ。

Posted by takeshi at 08:22 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
なぜ感じる心は共通するか
CRM

アマゾンのこれを買った人は、こっちも買ってますみたいなの。
これは、イマイチなこともある。

しかし、ブログなんかをよんでいると、この人の感性とあうなーって人がいる。
さらに、なにかをしたときに感じること、何を良いと思うか、世の中的にはレアなものをいきなり持ちだしたり、レアな同じ行動をとる。

まあ、何個か重なっただけで、過剰に重なっていると感じてしまっているだけかもしれない。

Posted by takeshi at 12:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
みかん
みかん。
みかんといえば、愛媛。
手軽に食べられて、ビタミンCもたっぷり摂取できる優れもの。

そのみかんの愛媛。愛媛のみかんが一意転落。
和歌山さんに一位をとられたみたい。

小学校でテストを作っていた先生、順位変わりましたよ。
テストの採点のときは、和歌山で正解ですよ。
気をつけてくださいねー。
と、まったく意味のないアドバイス。

みかんには1年ごとに収穫量が多い年と少ない年を繰り返すという傾向があるみたい。初めて知った。

朝日新聞 2005年04月20日20時08分
「ミカン王国」愛媛県が、1970年から守り続けてきた収穫量日本一の座から滑り落ちた。農水省が20日発表した04年産ミカンの収穫量調査で1位になったのは18万300トンの和歌山県。愛媛は17万200トンで69年以来の2位。両県の台風被害の違いが影響した。

 ミカンは1年ごとに収穫量が多い年と少ない年を繰り返す。04年産は収穫量が少ない「裏年」。

Posted by takeshi at 01:28 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
なんか昨日、飛行機でインディアのマックから新宿へ飛んだ気分
なんか昨日、飛行機でインディアのマックから新宿へ飛んだ気分。

でした。

えっと、昨日インドで会った友達に新宿であった。
彼はなんかいい味を出している。
ネパールで話して、インドのマックで会う約束をして会って話して以来だった。

なんで、あったかというと彼が今年の春に南米に行ってきたので話を聞いたのだ。基本的に、年下の人と少人数でいることすらままならない私なんですけど、彼とはかなり楽しく話せるのです。

まあ、一人旅している人なら年下でも年上でも、どんな人でも話したら面白いと思います。

で、南米はやはり面白いみたい。あと、一人旅をしていて気をつけなければならないところを知っていれば危険はないみたい。そんでもって、ペリーのナスカとかマチュピチュは観光地化していてテンション下がるみたい。

で、彼はエクアドルとペルーに行ったんだけど、エクアドルで行ったガラパゴスの船ツアーは最高に良かったらしい。しかし、2泊3日で10万。星が無茶苦茶きれいらしい。そりゃそうだろう。船しかなくて、周りはジャングルの中の川だから。周りは真っ暗らしい。そこから見る星は抜群みたいだ。もちろん日本人は一人だったから寂しいみたい。

あ、スペイン語を話せると南米旅行は楽しめるみたいだ。やっぱり、言葉は出来たほうがいい。それと物価はインドより少し高いくらいみたい。食事は100円で食えるみたいだし、宿も500円ぐらいみたいだ。一日1000円でいけるみたい。さらに、食事も日本人の口に合うみたいだ。

南米はやっぱりいいところなんだなー。

あと、エクアドルであった韓国人が日本語を一つだけ知っているといって、話しかけてきたらしい。その日本語は「スゲー、スゲー」。なんとウユニ塩湖で日本人が一緒だったらしく、そこで覚えたみたい。韓国人が覚えるほど日本人はウユニでスゲーと連呼していたのだろう。まあ、それだけウユニはすごいのだろうな。

あ、ナスカの地上絵を飛行機で見るのは30ドルぐらいみたい。

写真をCDRに焼いてもらうので楽しみだ。

Posted by takeshi at 12:56 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 19, 2005
感覚が変わる
人間は感覚が変わる。当たり前といえば当たり前だが不思議だ。

たとえば、小さい頃はテレビでやっているアニメにかぶりついてみていた人も、それから10年20年たてば見ていないだろう。ニュースを見たくなったりするものだ。

小さい頃、お菓子や甘いものを好きで好きで、それしか食べたくないと思っていた人が、年をとると塩辛とかいわゆる大人の味を好きになる。味覚が変化しているのだ。

これって、当たり前かもしれないが不思議だ。例えば食べ物で考えると人間の舌は昔も今も一緒だ。(正確には細胞は日々変わっているから違うのだろうけど。)なのに、人間が感じ取るうまさというものは変わる。舌も食べ物も基本的に変わっていない。すると、それをおいしいと感じる脳だけが変化していることになる。

さあて、ではなぜ脳が変化するのか?

過去の感覚経験で成長した?いろいろな経験をしていくうちに、感覚が成長していった。スポーツ選手が練習してスポーツがうまくなり、グローブの良し悪しが分かるようになったりするのと同じだ。毎日の食事は練習で、鍛えられていった。

体が欲している栄養分などを無意識のうちに脳が判断し、それが含まれる食べ物をおいしいと感じている。

周りの趣向が変化して、大人っぽいと言われるものを好きになっているのに自分だけ子供の頃と一緒だと恥ずかしいから、大人っぽいことを真似るうちに感覚が変わっていった。

よー分からん。

関係ないが、
なんかCMで人間は輝くために生まれてきたといっていた。なんか、うれしかった。

Posted by takeshi at 10:29 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
素朴な疑問
日々生活をしていると疑問だらけである。

本当に、当たり前の光景が不思議で仕方がなくなるときがある。

昨日もカラスがビルの上に止まった時に、不思議で仕方がなくなった。カラスは頭がいいと聞く。それを踏まえてよんで欲しい。カラスはビルの上の看板に止まったのだ。その看板は正方形のような形。だったら、一番安全な奥に止まればいい。なのに、一番角で一番落ちそうなところに止まった。人間なら、一番怖いと思おうところだ。なんで、頭のいいカラスがそんな危険なところにあえて止まるのか。

で、思ったのはカラスは空が飛べるから、上から落ちるという怖さがないのかもしれない。上から落ちても飛ばば良くて死なないから、高い危険なところに止まることはまったく怖くない。これは、海に入ると死んでしまう動物は海が怖いが、海へ入っても死なない動物は怖くないのと同じなのだろう。

それと、角に止まったほうが地上を見やすい。地上にはえさがたくさんある。だから、地上のえさを監視してすぐにとりにいける。こんな理由じゃないかな。

まあ、カラスの低空飛行は怖いです。って関係ないな 笑

Posted by takeshi at 10:19 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
変な感じ
BBC worldを見ていました。
といっても、多重音声で日本語同時通訳で。

そこで、小泉首相のインタビューが流れて声が聞こえてきた。
すると、英語を話す人用のテレビなので小泉さんのインタビューを英語にしてイギリス人通訳の人が話しているわけです。それをまた、日本人の通訳が日本語にしている。

という不思議な現象でした。

日本語→英語→日本語
小泉さん→イギリス人通訳→日本人通訳
こんな感じです

Posted by takeshi at 01:23 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 16, 2005
で、何だ?→デナーダ
で、何だ?と言葉を発したら、デナーダという言葉を思い出した。
思い出したのだと思う。

たぶん、どっかの国で良くつかったっきがする。
スペイン?ポルトガル?そのあたりかなと思った。

ネットで調べたら、「De Nada デナーダ (どういたしまして)」だった。
じゃあ、ありがとうってナンだっただろう?

オーラは良く使った。Hi!のような感じだ。どこでもかしこでもオーラと言っていた。
うーん、思い出せなかった。
で、調べた。グラシアスだ。

ああ、そういえばそうだ。
思い出せないと、えもいえぬ気持ちになるが、分かってしまうとあっそうかぁ。という感じ。
たいした喜びもない。
マジックの謎解きもそう。
どうしても分からなくて、いろいろ考える。あのときの感情はなんともいえないくらいもどかしい。意地でも謎解きをしてやると思う。
しかし、どうしても解けず答えを聞く。あっそうか。という気持ちになる。謎解きをして考えている最中はあれだけ、脳に負荷をかけ、真剣に考えているんだから、答えが分かったらもっと喜んでもいい気がする。

なんでだろう。自分で解いたとしても、答えを聞いたときよりも少し喜びは大きいが、そこまでの感動はないと思う。なぜだろう。
あれだけ脳に負荷がかかっていることをして、その負荷がとかれるはずなのになんであんなにも喜びが少ないんだろう。不思議だ。

Posted by takeshi at 05:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 15, 2005
one-shot learning
one-shot learningが気になりすぎです。aha体験とも言うらしい。0.1秒の同期発火

まあ、科学的にはACC→DLPFCということらしいのですが、科学的にも気になるが、何か引っかかる。

たぶん、人間は脳が全てといっても良くて、さらに言えば脳の動きが全てといってもいいと思うのですが、その中で、重要なのは記憶と考えるということだと思うのです。で、パッと思いつくのがone-shot learningのような感じがするのですが。

でね、脳って不思議すぎるのです。自分の脳の思考過程を自分の脳で見る、メタ認知といいますかホムンクルスといいますか。

自分の脳のことで、昔から俺が言っている。2003年12月17日にこんなことを私は書いている。

思いつきでも、何か頭の中でスイッチが入るとそれを実現に向けて行動する。
同じように頭の中でポカーンと思っていただけなのに、何が違うのか?
自分の中でのプライオリティーが上がった?
そんなもんじゃないよな。
これは、スイッチとしか言いようがない。

たとえば、あと24時間後には行こうと思えばタンザニアにもいければイグアスの滝にもマチュピチュにも、しかし私は日吉にいるだろう。
なんなのかねー。

October 30, 2003にも同様のことを書いている。

で、言いたいことは
たとえば、私が24時間後ぐらいにはにベネズエラに行こうとしたら飛行機を乗り継ぎいくことができる。
しかし、実際は私は行かないだろう。ベネズエラにはいないだろう。なぜだろう?

私が意識の中でそう思っていないから。
そう、意思決定しなかったから。
このように、私にとってこの問題は気になることだったのだ。なんというか、こんなことを書いているとは覚えていなかったというか、one-shot learningを聞いたときに、過去に書いてことを思い出さなかった。でも、なんかすごく気になった。何でかしらないけど、気になった。で、家に帰って少し考えてみると、昔も同じようなことを考えたぞと思い出した。そして、過去のブログを検索したら、あった。それも2回もエントリーしている。ということは、やはり気になることなのだ。どんな思考回路をたどって気になっているのかは分からない。しかし、この問題を気になるという事実は変わらない。私の脳の中にはこのような問題を気になる思考回路が備わっているのだろうか。それにしてもなんで、このような類の問題が気になるのだろうか?無意識的にこの問題に反応する自分の脳の仕組みが気になる。これもone-shot learning
的でなんか一瞬気になると思ったのだ。

もっといえば、2個目(October 30, 2003)は偶然見つかった。なんとなく、大学にあった昔のブログを新しいブログに移行しようとした。そのときに、前以降作業の途中で終わったと思い出し、どこまで移行したかを確認しようとした。そして、 October 2003をクリックしてみた、そうしたら一番上に2個目(October 30, 2003)があったのだ。まさに、セレンディピティですか?幸運が偶然起こる。たぶん、このone-shot learningについて考えていなかったら、そのまま気にしずにながすだろう。しかし、one-shot learningについて考えていたので、このエントリーが気になった。それで、すごくいろいろ頭の中で考えた。ワクワクしてきた。セレンディピティを感じるにはある物事について事前に考えている必要があるのだろう。これは、一生懸命に研究者が数学の難問をといていてちょっと一休みしたときに良い開放が思いついたという話や、夢で見てそれが開放につながったという話に似ている。では、なぜ、そのようなときに良い開放が思いついたのだろう?その時の脳の動きはどうなんだろう?
意思決定の瞬間とかもそうなのだと思う。ここで書いているスイッチがone-shot learningナンだと思う。で、なぜこのようになるかというと、なんか面白そうと思っていて、それを一押しする情報が入ったり、脳の思考回路が何かを感じ取ったのだ。そう思うのはセレンディピティも関連してくると思ってみたり。

aha 体験 でググッテ思い出した。私のaha!体験は不等号の計算だな。なんか、あれがぜんぜん分からなかったんだけど、一瞬でぴカーンときて概念を理解できた。たぶん、ウユニもイイと思ったのはaha!体験だと思うのです。どーのこーのという理由はないけど、なんか感じた。

aha!体験による記憶や自分への影響は非常に大きい気がする。それは何でだろうと考えてみたり。

Posted by takeshi at 03:06 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
人生を二回生きたいわけで
人生を二回生きたいわけで、でもそれは無理なわけで。

いろいろな意味からして無理ですね。

本質的に「人生を二回生きたいわけで」に含んでいる意味は、一回この世の中で生きてみて、一回目は実験、そして二回目はそれを踏まえて人生を生きてみたい。この時点で、脳のデータが受け継がれているので人生を二回生きたことにはなりません。

さらに、現実的な意味としては二回いきることは不可能です。一回死んでしまったら、再び生まれてくることは出来ない。

しかし、二回いきてみたい。とてつもなく面白そう。面白そうというのは絶対出来ないと脳が認識しているから、道のものに対するワクワク感と、希少性のようなものにワクワクしているのだと思う。

某先生が、生きている理由は死んだら生き返れないからといいますが、これは究極を言えば正しいと思うのです。

なんで、こんなこと思ったかというと、いけてる人って本当にいけてる。おもろい。最近の私の言葉で言いますとファンキーなのです。痛快なのです。そんな人生を送っている人はたくさんいるわけです。その人たちの年齢は私と変わらないぐらい。で、この人たちは年をとってからも痛快な人生を送るのだろうなと思った。で、現実に目を向けると痛快な人生を送っている大人はほとんどいないと思う。じゃあ、私の周りにいる痛快な人も年を取れば痛快じゃなくなるのか?気になる。で、痛快な人が痛快なままならば、それはすごく希少性をもった人たち。その人たちを小さいところから見てみたい。まあ、これだとタイムスリップしたいのかとも捉えられますが、まあ、それでもいいです。

Posted by takeshi at 02:58 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
歌のタイトルも歌手名も知らない
歌のタイトルも歌手名も知らない。

私は、歌をけっこう聞くほうだと思う。雅楽から邦楽から洋楽からCM曲からなにからなんまで。

それは、小学生の終わりからだったと思う。
昔は、なんちゃらという歌手のなんちゃらという曲という認識を持って、そして実際に歌手名もタイトルも覚えていた。知った上で歌を聞いていた。

しかし、最近といえば、歌手名もタイトルも知らない。いいなと思った曲でタイトルおよび歌手名を知っている歌なんてほとんどないのではないか。だから、人に○○○って歌いいねとか○○って歌手いいねといわれても分からない。歌を聴いて初めてああ、この歌好きと分かる。

でも、連続で100回くらい聞いてしまうくらい好きな曲もたくさんある。しかし、タイトルも歌手名も知らない。別にどうでもいい。歌手が誰であろうと、タイトルがナンであろうと、チャートでトップ10だろうと、売れていようと、売れていまいと、関係ない。ただ、聞いて心地よければいい。それ以外に私は興味がなくなったのだ。

これは大学に入ってからだろう。昔はタイトルや歌手名というものに価値を感じていたから覚えていたのだろう。しかし、今は歌そのものにしか興味がない。

たぶん、これは歌だけじゃなくて、社会の見方とか様々なものに対する考え方も変化したのだろう。昔から、権威とかそういった類のものは嫌いだった。それは嫌いだったのだ。しかし、権威というものにすがるというか、知名度のあるものやみんなが良いとするものに頼っていた部分があった。しかし、自分は自分、良いものは良いという性格、それだけ自分に自信を持ったというか、ずうずうしくなったというか。まあ、社会不適合度が上がっているとも言う。名前を覚えなければコミュニケーションもとりづらくなるのだから。

Posted by takeshi at 01:28 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
新橋のど真ん中でタイムスリップした
先日、新橋を歩いておりました。
すると、信号が赤になり交差点で待っていました。
すると、後ろから声が聞こえてきた。

年は70ぐらいのおじいさん二人がなにやらしゃべっている。

A:ライブドアフェニックスはどうなったんかなぁ?
B:ああ、ライブドアフェニックスはダメで、楽天が入ったはぁ。
A:そうか、じゃあ、6チームと7チームやな
B:近鉄がなくなったがな

って話だった。おじいさんの口からライブドアフェニックスというなんとも不釣合いな言葉が出てきて驚いたのもつかの間、おいらの脳は昔へ戻っていた。

そのおじいさんたちと俺だけ少し前にタイムスリップしているようだった。ライブドアと楽天どちらが新規参入するかのニュースが毎日のように報道されていたまさに、あの頃に。

なぜだろう、自分の頭からほかのことが抜け、目から入ってくる周りのものからの情報もなくなっていた。なんか、そのおじいさんの話しかアタマに入ってきていない感じ。

その当時の他の記憶も思い出し、現在というものが存在しているのかもあやふやになった。まさに、今がライブドアと楽天が参入を争っている、まさにそのときであるかのような感覚。

そして、ふとカトマンズを思い出した。カトマンズの町を夕方歩いた。完全に、あれはタイムスリップだった。今回のおじいさん現象が町中で起きていた。町中が過去だった。なんか、ドラえもんのタイムスリップみたいな感じ。
Posted by takeshi at 12:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 12, 2005
ドラえもんが
ドラえもんがドラえもんじゃなくなっていた。

ドラえもんの番組宣伝を見た。

なんか、違和感を覚えるな。声とキャラクター(見た目)が共通のものとして認識しているからなんだろう。

まあ、時は流れ、生きている物(人)も流れるが、情報(コンテンツ)は生き延びていくのだな。
ある意味情報(コンテンツ)は常に死に続けているということなんだろう。

Posted by takeshi at 09:49 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
人間の気持ちと行動
いやー、人間のなんとなく感じる気持ちと、論理的というか客観的な数値による分析がずれたとする。
例えばAとBの選択肢があったとする。感覚的にはAがいいとする。しかし、客観的データなどをもとに評価するとBがいいとする。

すると、私はなんとなく感じる気持ちを重要視して客観的に出てきた優位な数字をいじりたくなる。
すなわちBの評価を何とかして下げようとして、BよりもAを客観的にも勝っているようにしたくなる。というか、そのような行動に出る。

すなわち、自分のなんとなく感じる気持ち、感性のようなものを一番重視している、重視したい、気持ちに客観的裏づけを無理やり合わせる。

このような行動を私が取るということは、数字を信じるというよりも自分の感覚を重視する人間というものなのだろう。そういう性格と分かったなら感覚を重視するべきなんだろう。そうしたほうが、自分にあっているのだから。

選択肢があって、自ら納得して決めていれば後悔はないはず。あとから、ああしとけばと思わないくらいやれるだけのことをやればいいのだ。
Posted by takeshi at 06:10 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
噛めば味の出る奴らしい
最後になって、第一印象は軟弱な奴だと思ったといわれた。
しかし、時間がたって話をして噛めば味の出る奴だといわれた。

うん、そうなのかもしれない。

なんか、ややこしい性格だし。
一言であらわせといわれても、あらわせない。
何か一つの経験であらわせといっても表せない。
なんかいろいろ話しているうちに私というものが見えてくるのだと思う。
さらに、私の考えをまったく理解できない人がいる。
そのような人には、

でも、噛めば味が出る奴っておっさんになって言われることだよなと思いつつ。

まあ、見た目の性格や考えやってきたことが違うんだろう。

軟弱に見えるらしいけれど、いわゆるスマートな人間でも洗練された人間でもない。
泥臭くて一気にやるときはやる、意地とか根性とか気合とか、そんなキャラだったりするのです。

あと、このブログだけを見て私の性格を想像している人は、いろいろ考えてマイナスのスパイラルに陥る無口で暗いキャラだと創造している人がいるんですけど、まったく違いますから。うるさすぎて、運と勢いと乗りでいきていて死ななきゃなんとかなると思っている楽観主義者ですから。
身の回りの出来事をコントロールする要素

自己65%
運命21%
他者14%

基本的に自分が全ての性格なんです。笑

Posted by takeshi at 04:45 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
もし世の中に、
もし世の中に、偶然があるとするならば全ては偶然なのかもしれない。
もし世の中に、必然があるとするならば全ては必然なのかもしれない。

もし世の中に、「もし」があったなら。

だが、世の中に「もし」はない。
Posted by takeshi at 12:21 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 11, 2005
他人が気になる?!
私は、あんまり他人のことは気にならない。他人は他人俺は俺と思っているから。

でも、世の中の多くの人はそうではないらしい。
特に他人の学歴とか職業、年収、とか社会的な評価などが気になるらしい。

一方で他人の夢とかそんなもんは気にならないらしい。

数字で現れたり、目で見てすぐ分かるもの。それらが気になるらしい。それらは比較的どっちが上でどっちが下かというものが現れやすいもののようだ。

他人の夢とか、評価しづらかったり、優劣のつけにくいものにたいする興味はないみたいだ。

なんでなのだろうか?

私は、比較的他人の目に見える学歴とかどーでもいい。正確にはどうでもよくはないときもある。しかし、どんなところにもすごい奴はいて、学歴がどうのこうのとは思わない。それよりも、キャラが面白かったり、その人の夢とか哲学とかを重視する。

だって、他人がどんな学歴もってようと俺には関係ない。おれの人生を左右しない。けれど、夢とかなら共感できたり、刺激されたり、その人の考えを利用して自分の考えを発展できる。

他人の学歴とかを知りたい人ってのは、なんでそうなったんだろう。自分に自信がないのかな。あんたはあんたでいいじゃん。その境地に達するには、そうとう考え抜いたり、経験したりして自分を持った人か、いわゆる学歴を一度持った人でそれに興味がなくなった人なのかもしれない。

私についてあれこれ詮索する人がいるが、私はそういう人には教えたくない。そういう類の人が嫌いだからだ。一方で、詮索しない人にはオープンに話す。表面上の私で評価しない姿勢が感じられるからだ。そんな人には好感を持つ。詮索したい人はもう少し考えたほうがいいよ。

Posted by takeshi at 11:20 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
不確定要素
不確定要素、まあそうだ。
未来のことは神のみぞ知る。という。

だから、最も不確定要素の強いものを選ぶ。
周りの視線を無視する。
自分が納得したり、感覚的にあったものを選ぶ。
未来のことだからこそ、過去を見る。

ということで、毎年一回書いている、読みにくいたらたら思いついたことを書いた文章を書く日が近づいてきた。

なんか、厳しい世界で働いてきて、能力をつけ、かつ金に流されない人は自分の信念を持っているんだな。

Posted by takeshi at 10:48 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
モヤイ像
今日はなんとなくモヤイ像。
渋谷に突っ立ているモヤイ像。
行ったわけでもないが、モヤイ像。

なんかワクワクすること、
今しか出来ないこと、
やったことないこと、
ちょっと変なこと、
新しいこと、

Posted by takeshi at 10:38 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 09, 2005
一年に一度の  1/22
1/42

っていうミスチルのアルバムがあった。ライブのアルバムだ。
42回のツアーの1回分をアルバムにしたものだった。

1/22

22年分の1年間。
ああ、去年から一年たった。早いのか遅いのかそれは分からない。
昨年は22年間の1年間をアルバムにしたものだった。

相変わらず思う。去年もいろいろなことがありすぎた。
昨年の今頃、今回のような長ったらしい文章を書いているときにはまったく、想像しなかったこと。そんなことがいくつも起こった。やはり、今年も、そして来年も想像もつかないことが起こるのだろう。想像がつかないことが起こるというよりは、去年このような文章を書いているときは自分で想像もしなかったことを、自分の意思で決定して行っている。すなわち、今まで知らなかったさまざまな情報や経験を偶発的に行ってきた事によって、さらに私の思考回路が変化し、想像もつかなかった意思決定を当たり前のように行ってきた。なんとも、不思議な話だ。やはり、「経験から生まれる志」とはまさにこのことだ。まあ、来年の今頃はまた、今では想像もつかないことをしているのだろう。想像もつかないような意思決定をしているのだろう。それが、楽しいのだ。大体人生がどうなるか分かるとつまらなく感じる性格で、まったくどうなるか分からないから楽しめる。1年後の将来が大体予想できる世の中はいやだ。だから、独占的な職業とかが嫌いだ。だって、将来どうなるか決まっている。決まらない人もいるが、人間はだいたい、資格をもつと守りに入って、それにすがっていきていこうとする。あえて、リスクをとらなくても普通の生活が出来るからだ。こんなことを言っている私も、来年はどんなことを言っているか分からないし、年齢を重ねるうちに、このような考え方で生活していくのはつらくなるかもしれない。しかし、そんなこと今の私のしったこっちゃない。で、答えのないことをまた考えるわけだが、私は何をベースに生きているのか。ベースにいきている表現が正しいかどうかはしらないが、他の表現方法を知らない。で、何がいい対価というと、ベースとなるものそれが考えであれば宗教である場合もある。熱心なイスラム教徒とかはそうなんだろう。自分の最もベースとなる重要な価値基準が宗教の考えとなる。私もインドに行ってから自分は文化的な意味を含めた文化的仏教徒であるといっている。ただ、仏教というものを私は自分勝手にとらえていて、何か唯一絶対の規範がないものが仏教だと思っている。その人その人が持っている考え、それを大枠で認めるものが仏教だと思っている。だから、仏教というものが私の中で絶対的なベースとならない。
私は瞬発的な脳の力は多少ある。何か言われたり、何かあったらそれに対してある程度的確に考え、答えを導き出せる。しかし、私はその答えを意識的に脳にストックし、考えを発展させるという能力が欠けていると私は思っている。

感覚、すなわち何か感じるときのほうが考えているときよりも脳が働いているという研究成果を聞いたことがある。たぶん、そんな感じがあると思う。

私は完全なプラス思考だと思う。自分のいいように解釈する。自分が好きだし、自分を信じている。確か、中学のときの国語の授業で私が先生に当てられて、漢字を黒板に書いた。私はあっていると思っていた。しかし、周りの友達がみんな違うといった。先生に、あってる?間違っている?今なら書き直してもいいよと言われた。そのとき私は、「己を信ずること」だ。と先生に言った。しかし、周りの意見に流され漢字を書き換えた。そうしたら、実は書き直したほうが間違っていたのだ。そうしたら、先生に己を信ずることって言ったじゃない。見たいなことを言われた。その時は、よくありそうな授業の一こまだが、今もその状況は鮮明に覚えている。黒板のどの位置に書いたかも覚えている。それ以来私は己を信ずることをいきる基本とし始めた。なんでもない授業だったのだ、そのときに絶対この経験を忘れないとか、そのときに己を信ずることを座右の銘のようにしようとも思わなかった。しかし、その場面を今でも覚えている。人間の記憶や感じ方というものはなんと不思議なのであろうか。

まあ、小学生のときから物の見方がひねくれていたようだ。それも小学1年生のときから。君は批判的なものの見方をするといわれたらしい。そんなときから、批判的な見方をする奴って憎たらしい。教師から見たら、ウザイ奴だ。たぶん、自分で認識しているよりもウザイ奴なんだろう。まあ、それはいいとして、私が何かを見るときの視点や何かを面白いとか心躍る、ワクワクすることといえば、「今しか出来ないこと、新しいこと、今後さらに変化・発展していき大きなインパクトをあたえそうなもの、常識とは違った考えだけど、論理的に証明されているもの、みんなはやりたいけど出来ないような馬鹿なこと、無邪気なこと」、こんなことを面白いと感じるんじゃないかな。じゃあ、なんでこれらを面白いと感じるのだろう。

で、それはいいとして21歳という一年間はどんなことがあったのか、なぜそのような行動にいたったのか、を今一度振り返ってみたいと思う。自分が行った意思決定を、その時の脳を自らの脳で再現してみたい。実はブログにいろいろ書いているために、その時の心境というものは分かる。まあ、皆さんが読んで感じた印象、イメージとはまったく違う、もっとリアルなものが私だけにはよみがえってくる。そうなのだ。大学の校舎が変わった。それは、いいとして私は人生における選択に関して非常に重要な教訓を得た。それは、私が選択においてミスをしたから分かった教訓だ。昨日、芸大の授業で「布施さんが養老孟司先生の一言を引用されていた。「人生の分岐点で、先が見える選択肢と、どうなるか判らない選択肢の二つがあったら、不確実な方を選びなさい」と。まさにこれに近いことを昨年の春に実感したのだ。なんだかんだ理由をつけて、楽な選択肢を取る。その時はイイと思っていた。最善の選択だと思っていた。最善というか選択肢があるという時点で人間は選ぶということができ、豊かなのである。選択が迫られたときに、どの選択肢をとっても良い悪いはないと思う。なぜなら、たらればというものは世の中にないからだ。だから、選択したらその選択肢を選んだということしか実際に起こらない。だから、どんな選択をしようとそれはそれで正しいのだ。でも、その選択をする際の基準がある。私はまず、冷静になって選択する必要があると考える。というのは選択肢が実際に選択できるようになる前に、選択肢となりうるものを全て並べ、いくつかの観点から選択肢となりうるものを評価するのである。それで、様々な観点から、指標を元にするとどれを選択すべきかをあらかじめ決めておく。そのあと、実際に選択できるものが出揃ったらまた、同じことをする。観点ごとに選択肢を評価するのである。それで、どれを選択するかを決める。その後に、自分のことを知っている人にたずねてみる。選択肢に関することと自分の過程を知っている人と、選択肢が出てきた過程はまったく知らないが私のことをよく知っている人に尋ねて、どの選択肢が私にあっているかを聞く。今まであげてきたものはただ参考にするだけだ。そして、次、選択肢の中で一番つらい物を選ぶ。困難なものを選ぶ。一番やさしいものを何だかんだと理由をつけて選択すると、後から絶対に後悔する。で、一番困難なものを選んだ。選ぶというか、どれが一番困難かを認識したのだ。この部分が養老先生の不確実なほうを選べというものに似ていると思う。それで最後に、これで選択肢を選ぶ。直感だ。これだと思ったものを選ぶのだ。ただそれだけ。そうすれば、納得いく決断が出来るはずだ。これが、春に学んだこと。

なんか、いろいろあった。春は山にも登った。山というものがこんなにも美しいものかと知った。大学ではレポートが多かったが何とかみんなの助けもあって乗り切った。いろいろな人に出会った。そして、いろいろなことを話した、今まで考えなかったこともいろいろ考えた。いい写真にもたくさんであった。面白い話もたくさん聞いた。なんか、自分というものは寝たら死んでいて、朝起きると新しい自分になっているかのようにも感じた。そんな話をしみったれた居酒屋に行き、某氏と良く語り合った。たぶん、多くの学生が話していることを僕は話したことがないと思う。多くの人がどんなことを話しているのか知らない。たぶん、私の周りの人は私と話すときは政治や経済の話や人間の意識の問題と普通の人と話さないことを話していたのだと思う。まあ、そんなこんなで夏が来た。この夏は人間というものが何たるかを考えた。それは、夏休みに入る直前の出来事も含め、永遠はないことを知った。し、時は流れ、しかし時は止まることを知った。もちろんインドに行き、人々を見て人間について考えたし、ネパールのがけ崩れでは本当に死にそうになり自ら生きるということも考えた。思い出したがインドという地。1年生の頃から友達が行ったという理由で気になっていた。気になっていたというか大学生の間に絶対行くと決めていた。行かなきゃ分からない。

で、ナンなんだ。何が言いたいのかまったく分からない。多分、それでもイイから今脳にあることをただただ出しておく。書き残しておくことが重要なのだと思う。

まあ、私の生きるベースというものが一番問題で、あと何年いきるか分からないがそれを出来るだけ明確にしたい。明確に一生ならないものなのかもしれないし、常に変化し続けるものなのかもしれない。しかし、多分年を重ねるごとに人間は体の衰えなどを脳が自然に感じ何かにすがりたくなる、しっかりとした、動かないもの、それがいきるベースだと思うのだが、それを欲しくなるのだと思う。今の私がそれを欲しいかといえば分からない。

多分、来年という年、もっと言えば、今の私は、私の人生を右にも左にも後ろにも、前にも、上にも、下にも、斜めにも、違う次元の世界にも導ける。しかし、それで人生が固定されるとは思わない。この私の人生はミガルであることをモットーとしているので、固定はない。しかし、人生が大きな局面に来ているのも確かだ。

絶対に、予想通り行かないのだが、人生設計をしてみるのもいいかもしれない。10年後何をしている、何をしているのではなく、何をしていたいか、20年後、30年後・・・も同様に、もっと短いスパンで、5年後3年後、1年後も何をしたいのか。そしてそれをするためには今何をするべきなのか。多分、究極の目的があって、それがないと難しいのかもしれない。だんだん逆算をするだろうから。

で、私は禅問答のような答えのない話が好きだ。まあ、結果的に答えが出るのも好きだ。そして、日本の教育を変えたいとも思う、さらに、雄大な自然の田舎で暮らしたいし、世界中の雄大な自然の場所に行きたいし、僧侶や料理人やゲージツかというものになるんじゃないかなとも思う。じゃあ、それらが夢なのか?それらを達成するためにいきるのか?何をするのか?たぶん、有名になりたいとか、みんなにすごいと言われたいとか、すごいお金が欲しいとかはない。

結局は何をしても満足しない性格で、新たなものを求める。多分そんな性格、自分の能力の可能性を無限であると思っている性格。だから、頑張ったことは?ときかれてもないという。あえて言えば、ネパールのがけ崩れぐらいだ。なんで頑張ってないかというと、力を入れたことはある。しかし、頑張ったと自分で認めると、それが限界のように感じる。私はガンバリズムがどうのこうので、自分らしい生き方をといいたいわけではない。頑張ったと自分で認めると、それ以上頑張れないのかということになると思う。私の考える頑張ったは一つだけ。過労死だ。死ぬまで頑張ってこそ、頑張ったといえると思う。そう簡単に、やすやすと頑張ったということは出来ない。
今年22のテーマを一つ決めよう。
「日々続けること」
「継続して体系的に学ぶ、行動する。」
「休むことはさび付くことだ」byエジソン
Posted by takeshi at 11:53 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
24
24って数字をみてどう思いますか?
この数字に何か深い意味があるのか?

とあるものの誕生日の例は24日ばかりなのだ。

それは私が24日生まれだから気がつくのかもしれない。

年、月はときによって違うときもあるが24日だけは変わらない。

どうしてだ24日。

響きがいいのか?

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さくら
さくらってきれいだな。

きれいっていうよりも。

心がやさしさでつつまれる。

なんか、そんな感じ。

見渡す限りさくらが咲いているところにいれたらな。
もちろん、そこに人がいなければいいんだけど。

ゆっくりさくらを見ながらねっころがりたい。

さくらさく

Posted by takeshi at 11:25 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 08, 2005
空港ランキング
空港のランキング 

関空が5位らしい。ケッコウ驚き。そういえば、前も書いたけど松下を再建した人が関空に移っていろいろやっているらしいしね。

2位のチャンギ(シンガポール)は何度か行ったことあって、広いしきれいだと思っていたんだけどやっぱり世界的に見てもそうなんだなぁ。

The World’s Top 10 Airports – 2005

1 Hong Kong International Airport
2 Singapore Changi Airpor
3 Seoul Incheon Airport
4 Munich Airport
5 Kansai International Airport
6 Dubai International Airport
7 KLIA Kuala Lumpur
8 Amsterdam Schiphol Airport
9 Copenhagen Airport
10 Sydney Airport

In Japan, Osaka’s Kansai International was named 5th Best airport in the world – being specifically praised for high standards of cleanliness, and quality of airport staff service across all front-line functions.

だって。きれいでスタッフがいいみたいねぇ。

http://www.airlinequality.com/2005/airport-05-press.htm

Posted by takeshi at 11:02 PM | コメント (4) | トラックバック (0)|
脳年齢
http://homepage2.nifty.com/shimicha/brain/brain3.html

あなたの脳は現在34 歳です。
あなたの脳は全盛期とはいえませんが、かなり活発に働いています。

でも、油断をすると急速に脳は衰えるので、今の状態を維持するよう心がけましょう。

実際の年齢とは13 歳差があります。

ということは、実際の年齢と比べてあなたの脳は少し老けています。

もっともっと脳を刺激して、脳を使わないといけません。

もしかしたら、部分的に使えない脳がいくつかあるかもしれません。

ちょっとリハビリを考えてみてはいかがでしょうか。

あなたの脳機能が停止するまでの年数: 46 年です。

Posted by takeshi at 08:54 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
作り笑顔から考える
ちょっと、状況を説明するのが難しい。
まあ、以下のような状況を見てふと思いました。

ある人がトイレへ入るために、ドアを開けた。すると場所が狭く、トイレのドアが座っている人のいすにゴツンとあたった。すると、トイレに行く人がすいません、という。それに対して座っていた人が笑顔で頭を下げた。

と、これを見ていたのです。いつでもどこでもありそうな光景。でも、これを見たときなんか変な感じを覚えた。人間は面白いと思っていないのに笑顔が作れるんだと。そんなもん当たり前だ。多くの人がいる社会では作り笑顔も必要で、心の底から面白いとおもっていなくても笑顔がでるのだ。作れるのだ。

動物もこの能力を持っているのか。動物も作り笑顔をつくれるのか?もし動物がこの能力を持っていなかったら、人間はいつこの能力をつけたのか?それに、どんな理由から作り笑顔の能力をつけたのだろう?

人はしらない間に心の底からの笑顔の時に、どの筋肉を使うかを脳が判断しストックして作り笑いをする。 笑顔が他人にどんな影響を与えるか人は本能的に分かっているからこそ、作り笑いをする。しかし感情そのままの顔をするときと作り笑いをする時、人は戦略的な判断してる 。作り笑いがうまい人は繊細で敏感な人なんだろう、したたかでいやらしい人でもあるかもしれないが。他人の笑顔の要素を分析し、自分の笑顔造りに意識的・無意識的に応用している。 

人は人の顔の表情からウソかどうかを判断できる。話を聞かなくても顔だけでもなんとなく嘘と感じることもある。 無意識のうちに嘘の顔の要素をしり判断しする能力をもっているようだ。数値化されないし、脳がどう処理しているかもかなり不思議だ。

書き途中、考え途中、何もまとまってないけど、いいや。

Posted by takeshi at 08:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 06, 2005
春がきーたー
春がきーたー、春がきーたーと電車で子供が叫んでいた。

たぶん、3歳と4歳ぐらいの兄弟だった。あの子供の高い特徴的な声で春がき~た~春がき~た~と連呼。

まじ、のりのりだった。母親は、電車だからやめなさい。と、何度も何度も怒っていた。

で、ふと思った。春がきーたーという言葉は本質的に美しい響きを持っているのだろうか?言葉というものは、人それぞれの経験によってとらえ方がかなり違う。それを超えた美しさはあるのだろうか。たぶん、3歳の子供はほとんど経験がない、さらに春という意味や、桜が春に咲く、とか分かっていないんじゃないかな?

でも、すでに記憶があるからこそ、春がきたと叫べるわけであるから、春が来たという言葉に何かしらの意味を感じているのだろうか。それとも「音」だけを真似して連呼しているのだろうか?音だけ真似して連呼しているのなら、他の言葉ではなくなぜ春が来たという言葉をその子供は選択し連呼したのか。気になるな。

まあ、桜っていいですね。あの淡いいろがいいです。まさに春。私の生まれた春です。
Posted by takeshi at 06:39 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 05, 2005
理想は理想であるからこそ理想である
理想は理想であるからこそ理想である。
と当たり前のことを言ってみました。

何かを得れば、さらに今までは知らなかったもの欲しくなる。
それと一緒で、理想という完璧なものはない。

青い鳥を追い続けることもいいが、それは本質的には存在しない。
心の中にのみ存在するのである。

Posted by takeshi at 10:56 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 04, 2005
雨のち晴れの日は脳が疲れる
雨のち晴れの日は脳が疲れる。

私は意外とタフであまり疲れたとか感じない。鈍くて感じないのかもしれない。大学に入るまで疲れるという感覚とか分からなかったし。。。まあ、海外行ったときでもケッコウタフだし、長時間頭使っていてもあんまり疲れない。まあ、めったに使うことがないからかも知れないが。

疲れると感じるのは、何が起こると脳がそう認識して、疲れるという言葉が脳に浮かぶかは知らないが、その一連の流れのどこかが故障しているのかもしれない。まあ、こんなことを考えてしまう時点で、故障していると言われればそれまでだ。

で、なんで雨のち晴れの日は脳が疲れるのかってこと。

雨のち晴れという前提を説明する必要がある。まず雨が降っている。これは、家を出ているとき雨が降っていると考えてもらいたい。すなわち、家を出るときに傘を持って出ると。しかし、のち晴れだ。用事がすむと雨がやんでいる。ということは、傘はいらない。しかし、持ち帰る必要がある。(金があって、物を大切にしない人は、放置するのかも。そういう人だったら脳は疲れない)そのためには、傘を常にもって移動しなければならない。家に帰るまでには、用事のあった場所から出て、歩き、信号で止まり、切符を買い、電車に乗りとまあ、たくさんのことをする。その間に傘を置き忘れてはいけない。だから、傘を持っていないとと常に考えておかなければならない。それを記憶しておくために脳を使わないといけない。普通の人なら、ほとんど脳を活動させずに、傘を持ち帰るということを記憶出来るのかもしれないが、私はこのような記憶に人以上に脳を使わないといけないように感じる。だから、常に脳を活動させていないといけない。だから疲れるし、周りの変化だとかにも気がつきにくくなる。ってことだ。前にも書いたが、私は小学生のころに、体育の服装の袋を落としてきた。家に帰って、親に言われるまで気がつかなかった。道を戻ると、何の変哲もない、何か止まる要素など何もない道のど真ん中に落としていた。というように、物を持っているということが苦手である。カバンも手提げを嫌っていた。その理由は忘れるから。そういうと、何度か馬鹿にされ子供じゃないからといわれたが、忘れてしまう。このような能力が著しく欠如しているようだ。いつも同じものをもって習慣化すれば、忘れない。だから、同じカバンをいつも持つ。みんなハイカラな人は良くカバンを服に合わせて変えるが、私はそんなことしたらカバンを忘れてしまう可能性が高い。まあ、カバンはファッションとか気にしないから変えないって理由でもあるな。
あと、足らない能力は演劇や映画(特に外国の)を見ること。正確には見ることは出来るが、理解するのが厳しい。演劇や映画は出てくる人が多い。名前が一気におぼわらないから、ついていけなくなる。さらに、場面がころころ変わるともう記憶していられない。そうなのだ、多分小学生とか幼稚園のころに漫画も読まなければ物語もまったく読まなかったためだと考えられる。そのような思考回路というか、脳の働きが活性化されていないのだ。こういうと、人の気持ちが分からないとか思われるのだが、人の気持ちはある程度分かると思います。物語とかはよんでいないけど、人の心を読むという行動は小さい頃からずっとしていたから。まあ、子供は漫画も物語りも読む必要があるな。事実が書いてないから読む必要はないと言う小学生はよくなかったな。でも生活で支障があるかというと特にない。演劇や映画、漫画、ゲームという娯楽を楽しむことが出来ないと言うぐらいかな。まあ、それなりの楽しみ方はあるんだけどね。あと、ひとつ。テレビドラマや小説は何とかいけます。ドラマは1週間置きなので、みんな前の回をケッコウ忘れているので、それを踏まえて作ってあるから。私でもついていけるレベル。小説も自分の速度で読めるからなんとかいける。しかし、場面が変わりすぎるややこしいのは無理。
転寝(うたたね)という、現実と夢のハザマのような脳の働きが不思議で興味がある。ノンレムとレムなんだろうか。なんか、転寝の状態は不思議だ。非常に興味深い。

Posted by takeshi at 09:12 PM | コメント (2) | トラックバック (0)|
あの青い空を飛ぶ日まで
それは、小学生のころからのあこがれ。
家族でよくテレビで見ていた。
なんか、大学生がばっかみたいに、魂込めて、マジになってやっていた。
でも、ものすごく楽しそうだった。

そう、人間が生まれてからずっとあこがれ続けている、飛ぶということ。

鳥人間コンテストだ。

去年、インドへ行った。そのとき、ドミトリーで会った彼は東北大学工学部、鳥人間のサークルに入り、パイロットとして2度出場し上位に入っていた。

彼は、大学院に入学が決まり、入学式に出ないで休学届けを出して、初めての海外旅行で、世界一周に飛び出した男だった。

そんな彼と、あの、暑苦しく、寝づらいインドで朝まで語り明かした。今でも、あの状況を思い出すと心が躍る。

東北は試験飛行の場所を借りることもままならない。もちろんスポンサーもつかない。メンバーで積み立てたかねで部品を買い、みんなで朝から晩までつくり、みんなの思いとともにそらへ飛び立つ。

そんな、鳥人間コンテスト、今年の締め切りが3月10日だった。もう今年でることはない。

空が好きです。

パリダカ、鳥人間、ロボコン、男の夢。

彼の世界一周は無事に終わり、今春はれて大学院入学となったのだろうか。

旅人は群れない。

旅人はひと時の身分なんだから。

それは、彼自身しか知らないのだ。

Posted by takeshi at 01:18 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|
April 02, 2005
脳とか
立ち読みで、池谷 裕二の進化しすぎた脳をよんだ。海馬も面白かった

おもしろそう。茂木さんの脳と創造性も売っていた。暇になったら読もう。

暗記メモリー
経験メモリー
whatの記憶
howの記憶

脳 心 ゲノム 意識 芸術 経済 記憶

Posted by takeshi at 05:19 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
子供の時間は大人の数倍
今日、松屋へ行った。
あの、ガッツリ系ファーストフードな松屋だ。
あの、メニューがたくさんある松屋だ。

ここは、ボリュームあるを食事を、安く、短時間で食べたいという人向けの店だ。
このような人は基本的に、若くて金のない男、ガテン系の仕事をしている人だと思う。
基本的に、腹にものを入れることを主目的としているため、殺伐と食事をする。
そんな店だ。

そんな店に今日行った。まあ、良く行くのだが。
で、偶然、私が食べ始めようとしたら、子供の声が。
子供3人と両親という家族が松屋に来た。
持ち帰りかなと思ったが、ところがどっこい、席について店で食うみたいだ。
子供は、「僕が選ぶぅ」とか、「やっぱこれがいい」とか「えーん」と泣き出したり。
店の殺伐と雰囲気とは程遠い。
ここに普通、来ている人はそんな幸せな家族を見たいとは思わない。
ここに普通来る人はそんな幸せな人が多くないのだから。
だから、ある意味殺伐というか、冷たい視線が家族にとんだ。

まあ、私もはじめは冷たい視線を送ったわけだが、そんな気分で飯を食べても面白くない。
天邪鬼な俺は、ふと気がつく。そして、面白くなった。
子供って、時間感覚が大人の数倍だなと感じたのだ。
それは、姉と弟の会話だった。
弟「えーん、えーん。食べたくない。あれが食べたい」
姉→弟「●●、うるさい。静かにしてよ」
弟「だって、だって、えーん。」
姉「早く食べなよ」
弟「食べ始める。(静かになる)」

2分後ぐらい。親と姉が何か会話

姉「いやだぁ。いやだぁ。(だだをこね始める)」

弟も姉も切り替え早すぎ。感情の変化が激しいな。
といっても、精神の状態が不安定とかではないように感じる。
この、感情(気持ち)の切り替えと精神の不安定って何が違うんだろう?

実際の行動を見ると同じように感じるんですけど。まあ、専門家に言わせるとぜんぜん違うといわれそう。知っている人教えてください。

で、どうして子供は気持ちの切り替えが早いのか?
記憶力が極端に悪いから、前のことを記憶していないのか?
大人よりも時間の進むスピード感が早いから、もう、すっかり前のことのように感じるのか?
経験が少ないから、新たらしいことが子供に与える衝撃が強すぎて、前のことなんか吹っ飛んでしまうのか?
実は、大人も同じくらい感情(気持ち)の変化は起こっているが、社会性(社会的な立場)のために押さえているだけ?それが、習慣化し気持ちの変化を感じなくなった?

どうなんだろうな?

まあ、親が子供を育てるって大変だなと思ったけど、人間が人間の脳が進化していく過程を見れることと、実験できることが楽しそうと、無責任な発言してみたり。

Posted by takeshi at 05:16 PM | コメント (0) | トラックバック (0)|
ニュートラル
neutralって本を見ました。
この本いいです。

月がテーマだったんですけど、いい月うつってました。

毎度毎度のウユニ塩湖&満月とか最高でした。

なんか、ウユニ塩湖に少し水が張っていると空に浮いている感じらしい。

この本に載っていた、角田光代さんの文章やっぱ良かったです。角田さんは、情熱大陸見てエントリーした人ね。やっぱ、本読もう。
まあ、ウェブは微妙ですけどね。。
http://www.neutralmag.com/index.html

Posted by takeshi at 12:45 AM | コメント (0) | トラックバック (0)|