「人生」カテゴリーアーカイブ

脱ペーパードライバーの道

14年ほどのペーパードライバーを脱するために、運転をしてみた。詳細は以下な感じだが、新しいことにトライするのが好きなのと、そのために色々考えて行動して、新しいことを学び、感じ、修正していくプロセスが好きなので、やってみると意外と楽しみながら運転の練習ができている。沖縄で3日ほど運転して、コンパクトカーであればだいたい運転できそうな気がしてきたので、そのプロセスを忘れないようにメモ。

■免許取得
18歳の時に横浜の自動車学校でマニュアル免許を取得。その後、中型バイクの免許も取得した。

■免許取得後の運転
免許取得後はほぼ運転はしていない。19歳ぐらいの時に、岐阜から福井まで一度運転した。あとは、数年前から年に1回ぐらい岐阜に帰ると父と一緒に練習をした。その程度で、あとは友達の車に乗せてもらって、助手席ばかり。

■脱ペーパードライバーのきっかけ
アウトドアでいろいろなところに行く事が多いし、車が乗れたほうが便利だと。かつ、去年ぐらいに岐阜で練習した時に、乗れそうな感覚を掴んだのと、今後家族が増えるにあたって車を運転できないといろいろと不便だといろいろな友達に言われたので乗れるようになろうと思った。新しいことを習得するチャレンジは、自動車の運転に限らずなんでもトライする性格なので、運転もその一つ。やると決めたからには、不安になることが一番のデメリットで、どっしり構えて取り組もうと決め、後は手順を考えた。

■練習のステップ
【事前学習】
・youtubeやウェブサイトで運転の初歩を勉強
  →エンジンの入れ方からスタート運転、停止、駐車、交通標識を学ぶ

【1回目の運転】
■概要
・エリア:奄美大島
・車種:日産ノート
・期間:2日間
・距離:100km
・交通量が少なく、道路が広そうかつ地図を知っているエリアを選びレンタカーを借りる
→今回は奄美大島をchoice。過去に原付きで2度ほど旅して交通量や道を知っているため。
・まずは田舎を短距離を運転し、駐車。その後、中心街へ。 最後に空き地でバックでの駐車練習。
・2日連続で乗ることにより、感覚を体に覚えさせる

【2回目の運転】
■概要
・エリア:沖縄本島
・車種:ホンダフィット
・期間:3日間
・距離:250km
・こういった技術の習得は短期集中が重要なので、翌々週に沖縄へ
 →交通量が奄美大島より多いが、都内などより少ない。難易度の低い高速があるという理由からchoice
・目的地を複数用意して、移動・駐車を繰り返す。都市部や幹線道路も含めたルート設計。
・金曜は大雨の中を運転
・最後に高速道路で移動し、3日間の最終試験とした。

■今後の練習
・次回は都内から2時間以内の場所まで運転する
・その後は、1ヶ月に1度ぐらいはレンタカーをして感覚を忘れないようにする。
・そして、以下の課題を順に克服していく

■課題
・夜間の運転
・バックでの駐車
・機敏な車線変更
・斜め後ろの車をいかに把握するか
・雪道
・コンパクトカーより大きい車の運転

■学んだこと・常に気をつけること
【フェイルセーフ】
・一瞬でも気が緩むと事故に繋がるため、フェイルセーフシステムが必要
・追突事故防止のブレーキシステムがついた車にする
・白線をはみ出るとアラートが鳴るシステム
・事故した時の保険も万全のものにしておく

【斜め後ろは見えない】
・自動車の構造上、すぐ斜め後ろは非常に見えづらい。そこに車がいないか常に気をつける

【歩行者や自転車は特に危険】
・自動車のドライバーより歩行者や自転車の人のほうが交通規則を破る。かつ小さいので見えづらい。
・そのため、歩行者などの飛び出しや信号無視などを気をつけて行動する

【右に寄りやすい】
・白線の真ん中を運転するのがベストだが、右に寄りがち。
・それを踏まえたうえで、ちょい左によることを意識して運転する

【上り坂での減速、下り坂での加速】
・一定の速度で運転するのがベター
・上り坂や下り坂でのスピード変化を踏まえてアクセルを調整する

【無駄なブレーキを減らす】
・先を見て道路のアップダウン、周囲の車のスピードを踏まえてアクセルを離す
・下り坂で無駄にブレーキを踏むよりもアクセルを話して事前にスピード調整

【遠くを見て運転】
・無駄なブレーキと同様に、遠くを見て先の行動を踏まえて運転する
・リスク回避は遠くを見ていたほうが、対処の時間があり良い

【左右、後ろはミラーで確認】
・左右や後ろは見逃しやすいので、定期的に周囲を見る。
・車幅や車間距離は十分にとって運転する

【迷いは危険】
・迷ってちんたらしていると、余計危険になることがある。
・決めたら優柔不断なハンドル操作はしない

近くにある旅のよろこびピクニック

近所の公園にピクニックに行く事なんてほとんど無かったし、そんなんよりもっとまだ見ぬ地へ出かけることのほうがワクワクする。だから、そんな気持ちにそって、いろいろな地域や自然の中へと足を運んだ。ただ、5月の晴れた日に2度ほどピクニックにでかけた。1回は砧公園、1回は代々木公園。

たしかに、南東アラスカ行ってみたい、ナミビアに行きたい、中米をゆっくり旅したい、アメリカのロングトレイルもとかとか。国内も、北海道をゆっくりとか、島めぐりも、山も。でも、近くの公園でも幸せな旅で感じる気持ちを味わえることを知った。まったく同じ程度とは言いがたいのは事実だが、日常の生活では感じない心地よさを感じる。

前から、のんびり公園でピクニックとか楽しそうだと思っていたが、1人だと行こうとはならない。家で料理を作って、それを持って公園になんて、たいしたことじゃないのに、そんなことに少しの幸せを感じれるようになったのも、歳を重ね宝なのかもしれない。

青空
大地
音楽
食事
仲間

結局のところ、これがあれば幸せなのかもしれない。休日の朝、部屋に太陽が降り注ぐのと同じように。

持ち物
・敷物
・エアマット
・防寒着
・ウェットティッシュ
・料理
・飲み物
・クーラーボックス
・皿
・コップ
・箸
・スピーカー
・iPod
・本

社会を仕組み化して運営することと人間の多様性のアンマッチ

最近、誕生日というのが不思議でならない。母親の体内から出た日を誕生日としているが、それは適切で無い気がするのだ。というのも、早産で早く生まれた人も通常より遅く生まれた人も、母体から出た日が誕生日だ。これだと、成長のレベルは大きく異る。そもそも、10ヶ月と分母が小さいので、2ヶ月早く生まれたら20%小さいということになる。と、成長が遅いのだ。なのにも、誕生日はそれを基準にカウントされてしまう。スタートからハンデをおっている。100メートル走をひとりだけ20メートル後ろからスタートするようなもの。これは、ウサインボルト並の能力があろうとも、勝つことはできない。

まあ、誕生日単体で考えるならば、それでも問題ない。誕生日自体は個人の問題だから、他の事柄と関係しないから。だが、学校という制度があると不都合が生じる。学校制度が1年という単位で区切っているが、4月生まれと3月生まれでは1年違って、入学するタイミングでは、5歳とかだから、1年違うと20%。こんなに成長が違うのに、同じアウトプットを求められる。100メートル走を20メートル後ろから走り始めることが、実際に起こっている。オリンピックでスタートが20メートル後ろからスタートすると違和感があるが、学校という制度がずっとむかしから存在して、当たり前になっているとこの不思議さに誰も気づかない。人間の感覚や認識なんて不思議なものだ。

まあ、社会には多くの人がいて、なんとかしてひとまとまりにして国家というか社会を運営する必要があるので、個人ごとの個別対応ではなく、多くの人をひとかたまりにまとめて、対応していかないと国家は回らない。運営側からすればアタリマエのことだし、自分が運営側だったらそうした仕組みを作ると思う。制度を作って、一括して対応しないといけないのだが、それと個人の置かれた状況から考えると、制度の歪は明らかだ。制度と個人事の状況の違いは顕著なのだから。

今後の社会は、ネット含めてテクノロジーが発展したので、より個別最適化が昔よりしやすくなっているはずである。だからこそ、個人にあったサービスが提供され、よりその人のエネルギーが発揮される社会になればいいと思う。一方で、人間というものは感情の生き物で、不条理な条件を突きつけられているからこそ、こんちくしょうというエネルギーで頑張ることも考えられる。トータルでどちらがいいかは分からないが、普段当たり前だと思っていることでも、違う視点から見てみると不思議なことで溢れている社会は面白いし、変えがいがあるなとつくづく思うのだ。

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる

先日3人で飲みながら、そうかと思ったことがある。

自分がやりたいこと。
それをたどれば、自分が大人になる過程で経験し、そこから学んだこと。自分にとって大きな影響を与えた経験とそれを通して考え学んだこと。それによって、自分の人生が一番自分らしくなったできごと。それを他者に、将来に、次の世代に伝えたくなる。そんなことがしたくなる。それは、教育かもしれないし、政治かもしれないし、研究として学問としてかもしれないし、作品かもしれないし、サービスかもしれないし、農作物かもしれないし、生き様かもしれない。

そう、思ったのだ。

というか、友達がこんないい会社見つけた。それは、自分がずっとやりたかったことを、ビジネスとして成立させていた。すごいなと。これだと思ったと。その背景を聞いていると、自分が小さい頃の両親との関係があったりしていた。人間って、そういう生き物なんだなと、共感した。

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる。自分の人生が大きく切り開かれた経験。それは旅かもしれないし、部活かもしれないし、受験戦争かも、アウトドアかも、本かも、食事かも、音楽家も、アートかも、誰かに言われたヒトコトかも、何かは関係ないけれど、自分の人生を自分らしくしてくれた経験を社会に還元したくなるのだ。この人間に組み込まれた欲求が、世界をより良くしていく原動力になっているのは事実なんだろう。

それは、いいことだ。ただ、押し付けにならないようにしなければならない。ここが難しいところ。その人にとって良かった経験でも、他者にとっては何の価値もない経験になるかもしれない。ある経験から何を学ぶかは、その人の価値観によっても違うし、過去の経験によっても何を感じ取るかは異なる。ぜんぜん違う経験から大きな学びを得るかもしれない。それは人それぞれ。それを頭の片隅に置いたうえで、経験を押し付けるのではなく、機会が提供される場がより多く、多様であればと願う。

一度途切れたことを復活する

1年ちょっと前に、オンライン英会話を始めた。そして、1ヶ月のうち27日ぐらいやり続けていた。しかし3月はほぼやっていなく、1回やったかやってないか。
理由は、引っ越してからWimaxの電波が悪く、聞こえないこともしばしばあり、ついに音声もできないほどになったことだ。

と、機械のせいにしつつ、1年ほどやってマンネリ化し、飽きたというのも背景にあると思う。オンライン英会話ができないという理由だけではなく、インターネットが使えないのが不便なので、光回線を引いた。英会話ができる環境は整った。

光回線が引いた直後に英会話を復活するかがポイントだ。ちょっとめんどくさいなとか、しばらくやってないから上手く話せないかもとか、ネガティブな理由は無限に思い浮かび、気が進まない。ただ、こうした何かを再開する時は、できるようになった直後にやるかどうかが全てを分ける。この日にやらないと、ずるずるとやらずにいって、忘れていく。だから、全てのネガティブな気持ちを忘れて、とりあえずやる。やるという事実が一番重要だから。

そう言い聞かせて、英語を復活してみた。そうしたら、うまくいかないこともあるが、やってみるとやはり面白いこともある。無心になってやる。やっていると面白みが出てくる、悔しさが出てくる。そうしていると、いつの間にか習慣化している。ああ、もっとニュアンスを伝えれると良いなと、そうなりたいなと思いながら。

英語とは違うなと思ったのは、社会人になって2年ぐらい旅もブランクがあった。でも、旅は完全な趣味だから復活しやすい。といいつつ、趣味の情熱も時によっては変わる。まあ、期間が長くなればどんなことでも情熱が減衰していく。悲しいことに。だからこそ、情熱を持ち続けれる人ってかっこいいし、それに挑み続けている姿は美しい。でも、英語は楽しいが、趣味ではないので、より難易度は高いと思う。そういったことを、継続して次のステージに移っていき、世界を楽しみ続ける人生を歩んでいきたい。