「写真」カテゴリーアーカイブ

色鮮やかなキューバの印象

キューバとカナダ。

お気楽な旅。

キューバの印象

陽気だ

暖かい

治安がいい

外貨が欲しい

究極の民泊国家(AirBnbすらいらないぐらい、どの家も泊まれる国家制度)

2重通貨(外国人用と現地人用で25倍の差)

現代と過去が合わさった不思議な国(最新の車も60年前のアメ車も)

広告とか看板がいっさいない

大企業とかもなさそう

観光に力を入れている(特にビーチリゾート)

アジア人はいないがカナダとヨーロッパ旅行者多い

ビーチリゾートは高すぎる

音楽が大好き

踊りが大好き

ラム酒が大好き

そんなキューバを2週間旅してからの、カナダはトロント、そしてナイアガラの滝へ。

さくっと行くはずが、カナダのトロントはちょっと不便だった。エアカナダのベースとなる空港なのだが、巨大空港かつ離発着むちゃくちゃ多いのに、ただのハブ空港で乗り継ぎだけに使われるっぽい。出国する人がほとんどいなく、空港の両替所も人がいなかったり、空港からナイアガラの滝へのバスもなかったり。もっと言うと、トロントユニオンスクエア駅へ直接行く方法もない。(この春からやっとできるとか)

ガイドブックもネットもなしで、街中でナイアガラの滝への行き方を聞いても分かるはずなく、バス、バス、電車、バス、タクシーというすごい乗り継ぎをかましてたどり着いたナイアガラの滝は寒かった。そして、華やかな街だった。やっぱり、北米は旅がしづらいな。大きすぎて、車社会すぎて。

送信者 キューバ201503

有から無になることの感情とボディシェーマ

有るものが無くなる。

物体
組織
概念
関係
感情

有形にしろ無形にしろ、存在したものが無くなる。それ自体は、質量保存の法則がある通り、物質としては存在し続ける。ここでの無くなることは、その形が変わったり、構造とか関係性が変わるということだ。常に同じもの、同じ状態のものはなく、すべてが今この瞬間も変わり続けている。有るとか無いとかってのも、何を境に判断するか、何を判断軸にするかによって、常に有と無は発生し続けているが、人間が明示的に有るから無いになった時に、反応する場合は、そこに人の感情が介在するからである。

極論、あってもなくても変わらないという側面もある。というのは、存在していてもずっと放置ってのもあるし、それなのに無くなると寂しがるとか。一方で、星野道夫さんの言葉を借りれば「もうひとつの時間」。今ここにはないけれど、確かに存在して、それを想像することができることに大きな意味があるのも事実。東京で忙しく働いて、ビジネスしか見えない時に、ふとアラスカの自然を思えば、確かにその瞬間もカリブーの大移動がなされているとか。

話が逸れてしまったが、有から無になることに感情が関わる話だ。一度、何らか「有」になると、人は愛着を持つ。これは、意思決定においては心理的なバイアスになるのだが、これは多くの人にとって避けられない。では、なぜこんなバイアスが生まれるのか。

それは、自分を愛することに根源があるのだろう。自分を愛する対象とは、自分の肉体と精神のこと。

なぜ、自分を愛するのか。物質として、離れなれない自分。肉体と精神が同一である自分は、ここから切り離されることなく生きている。自分という肉体と精神の範囲でしか生きられず、それをよりよくしたいという思いが人にはあるから。これも認識に過ぎないのだが、痛いとか、疲れたという肉体的なもの、嬉しい、辛いといった感情も結局自分に襲ってくるという意味で。

ということは、その感覚というか概念の延長が一度存在したものに対しても生まれるのだろう。

自分を育ててくれた、自分を守ってくれた、自分を楽しませてくれたということが、肉体と感情に刷り込まれ、自分の身体の延長と成っている。

家とか、車とか、組織とか、人間関係とかそういったものに人は愛着をいだくのは、自分への影響度が大きかったからだろう。

無くなるということは、自分の身体の一部がなくなること。

車の運転でも自分の身体の範囲のようの車の大きさの感覚を覚える事、赤ん坊が自分の身体の範囲をものを触ったり怪我をしたりしながら、覚えるのもそう。身体感覚の延長と呼ばれる、ボディシェーマ

たぶん、有るものが無くなることに感情が生まれるのはBody schemaというか、外部への身体および精神の拡張が原因なのではないか。

とま、長々と書いたのだが、ばあちゃんの家を取り壊すということになり、年末に久しぶりに訪れた。最後なので写真を撮ったということがあったり、組織が解散するとかいう話があったり、して考えた事。

ややこしく書いたけど、ようは家とか組織って自分の体の一部だから、寂しいとかって感情が生まれるって話しなのだ笑

送信者 記録

http://www.teratown.com/blog/archives/000995.html

http://teratown.com/blog/2013/11/09/aaadhaeaeieceauyaeeee/

あまりにまともな人が生きづらい世の中なのかもしれない

4年ほど前、それは東日本大震災が起こる前の年。
情熱大陸で、石井一男さんという画家を見て思ったこと。

「あまりにまともな人が生きづらい世の中なのかな」と。

なんで今さら、こんなことを書くのだろうかと言えば、直接的には高倉健さんが亡くなったニュースを聞いたから。そして、先日の奄美大島で田村一村美術館にいったことが重なりあったから。

高倉健さんは、自分と名前の漢字が同じというだけで、昔から一方的な親近感と言うか、何かしらの共通項があるのではという気持ちを勝手に抱いていた。そして、以前から高倉健という人物のエピソードを聞くにつれ、人として本当にすばらしい精神をお持ちで、それを実行されている人間的に魅力的で、本当に尊敬できる方だなと思っていた。なによりも、芸能界という華やかな場所に長く居続けて、それも大御所と呼ばれる地位を確立してもなお、周囲の人に対する気遣いの姿勢や映画に対する姿勢が一貫していることに、尊敬と驚きを抱くと同時に、生きづらくないのかなとも思っていた。

亡くなった後の報道を見ても、高倉健さんのエピソードがいくつもでてきて、ニュースサイトで読んでいたのだが、その場だけじゃない、口先だけじゃない、真摯な姿勢に心打たれた。

そんな高倉健さんの記事を読んでいると、田村一村の生き方や石井一男さんを思い出した。そして、東日本大震災の後に献身的にボランティアをし続けて今も東北にいながら活動を続けている仲間、地震の後に東京を離れそれぞれの地域で活動している友達たち、科学を追究して究極の答えを求めようとしている仲間たち、芸術を追求する芸大時代の仲間たち、山野井さんのような登山家も同じかもしれない、奇跡のリンゴの木村さんも。具体的な名前を挙げた方々は、僕が知っているくらいなので、今も社会でもある程度は認められ、本人もある程度適応し社会の枠組みの中で生きていける方かもしれない。でも、そうでない、あまりにも純粋でまともな人たちが世の中には何人もいるのだろう。

最近Zero to oneという本が話題のPayPal創業者でシリコンバレーでも絶大な影響力をもつPeter Thiel(ピーター・ティール)が、最近こんなことを言っていた。

===
科学者達は彼らの素晴らしいイノベーションに対して、それに見合う報酬を得ていない。彼らは、頑張って良い仕事をやればそれに見合う報酬は必ずついてくるはずだ、と信じてきました。

この妄想によって多くの科学者が損をしています。テクノロジー業界も同じで、素晴らしいイノベーションが数多く生まれてきたものの、それを開発したその人がその価値に対して充分な報酬を受けていない。

例えば皆さんが20世紀最大の物理学者であり、世をうならす新発見をしたとしても億万長者にはなれないのです。蒸気機関車、素晴らしいイノベーションです。しかし、蒸気機関車に携わっていた会社のほとんどが倒産しました。なぜなら業界内の競争が激しすぎたから。

http://logmi.jp/28352
===

この内容は、事実なんだと思う。でも、科学者がお金儲けをうまくなる必要もないと思う。それは、全く別の能力だから。

まあ、お金が全てではないにしろ、今の地球で生きていくにはある程度お金というものとつきあっていかなければならない。そのつきあい方がヘタというだけで、あまりにもまともな人々が生きづらくなったり、お金との付き合いはヘタだけど他の才能にあふれる人が生きづらい世の中って、何かおかしい気がする。おかしいというよりも、お金との付き合いがうまい人ばかりが表出し、そうでない他の才能を持った人が埋もれる社会ってつまらないと思う。

送信者 ALASKA 2009

===

当時、情熱大陸を見た時にメモしたこと。

あまりにまともな人が生きづらい世の中。ある意味、東京で普通に暮らしているヒトこそが精神異常かもと思わせる。これは言い過ぎかもしれないが、ある程度は真であると思う。情熱大陸 石井一男
2010年01月17日
http://www.mbs.jp/jounetsu/2010/01_17.shtml

===

道後温泉、しまなみ海道、尾道、そしてアートウォーク

今年はめずらしく、中国四国地方に来ている。徳島、鳥取、愛媛、広島。このあたりもいいエリア。

こちらも珍しく今回は同期6人と旅行。道後温泉からしまなみ海道、そして尾道というルート。とは言っても、2名は遅れて参加、1名離脱、1名離脱、俺も離脱。という自由なスタイルだけは変わらない。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

朝6時発の飛行機で松山へ。それも成田発。1日が長く使えるからいいのだが、交通手段がないので、友達の弟が成田まで送ってくれた。真っ暗の成田に到着して、JETSTARで松山へ。こんな時間なのに、Jetstarは全国にフライトがあった。飛行機は、7割ぐらいの搭乗率。綿菓子が床にぎっしり詰まったような雲。それも、地上が全く見えないぐらいに。前に進んでいるのに、まったく移動していないような感覚に陥る不思議な気持ち。なかなか、面白かった。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

松山空港に到着し、レンタカーで20年ぶりぐらいの道後温泉。朝早かったけど、ひとっ風呂。それから、「ことり」という店で鍋焼きうどんを食べに。俺自身はグルメじゃないけど、食べるの好きな仲間が多いので、食い道楽な旅に。スープはうまかった。さらに、昼ご飯は鯛飯。店の名はそのまんま「鯛や」。さっき食べたばっかりだが、鯛飯がうまくておかわり。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

四国なんで88カ所にも入っている寺へ。出会って9年ぐらい。昔とみんな趣味趣向が変わり、御朱印集めてたり、お遍路さんしてたり。年を重ねるとみんなこうなるのかw車の中でもワイワイガヤガヤ。いつものように自由きままなスタイル。雨が降ってきて、せっかくのしまなみ海道も残念な景色。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

大島について宿に。素泊まりだったので、夕食を食べに出かけたけれど、どこもやってなく夕食難民。。。電話したら宴会の前の30分ぐらいで食べれるよということで、さくっと夕食。宿に戻って、2人が遅れて今治まで到着する。ということで、車で迎えに。これで6人揃った。宿に戻って宴会スタート。いつの間にか寝ていた。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

翌朝は早々に1人離脱で、バス停まで送って行く。5人になって、一部は温泉に一部は道の駅とかぶらぶら。しまなみ海道=サイクリングという印象があったが、かなりサイクリストが多かった。そして、サイクリスト用の施設とかも充実。サイクリングでブランディングに成功してるなーという印象を強く持った。昔来た時はこんなイメージなかったから、この20年ぐらいで観光のためにいろいろな施策を打ってきたんだろう。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

それから、大漁という人気の海鮮の店に行くも100人ぐらい待ちで残念。隣の神社へ行ったり、道の駅でうまい蒸し牡蠣食べたりして、レモン狩りしたいということで、瀬戸田のシトラスパークへ。まるで廃墟wネタかと思うような施設に一同絶句からの爆笑。運がいいことに晴れて来た。青い空と爽やかな風。瀬戸内海の島々。そんなしまなみ海道を進んで行く。行き先は尾道。元祖・尾道ラーメンの朱華園へ。ここもすごい行列だったが、ラーメン屋なんで回転は速かった。チャーシューが美味。ワンタンもうまかった。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

尾道といったら千光寺ということでロープウェイ。ちょうど夕焼け時。西の空がオレンジ色に染まり、東に見える町並みは明るく照らされていた。てくてく歩いておりて、尾道の町を散策。おしゃれな町になったと噂では聞いていたが、まさに。シャッター街になりそうな商店街にもそれなりに人がいて、若者がそれぞれにリノベーションしたカフェやゲストハウス、雑貨屋、ギャラリー、ビストロが並ぶ。このおしゃれな雰囲気だと人が集まるなーと。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

レンタカーを返して、宿の浦島へ。今日は食事付きなので、飢えの心配はないwたっくさんご飯を食べ、満腹。そして、部屋で宴会の開始。やっている仕事も違うし、会社辞めた仲間もいるので、話が多様で面白い。そして、いつも遊んでいる仲間とも趣味とか価値観が違った友達なんで、いろいろ自分が最近振れてない視点とかが新鮮に感じる。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

翌朝もしっかり食べて、宿を後にする。3連休というのに1泊2食で9000円とは安かった。バスで尾道駅へ。途中の新尾道駅で1人離脱して、4人に。尾道駅まで行き、尾道焼き=お好み焼きを食べる。ここで、俺も離脱。尾道でちょうどこの日にやっていたベッチャー祭りを見たかったのと隣町の福山に生きたかったので。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

ベッチャー祭りはベタ・ソバ・ショウキの三つの鬼の面を付けた氏子が子供たちを追いまわし、ささらや祝棒などの棒で頭を叩いたり、突いたりされると子宝に恵まれたり頭が良くなるというもの。こういった祭りが好きなのだ。古くからある祭りだが、若者もたくさん来ていて、現代に合わせた変化をしている。生きた祭りだった。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

それから電車で福山へ。福山城は駅の目の前。この日は文化の日で入場無料だった。城からの眺めもなかなか。ここに来たのは、11/2,3の2日間ふくやまアート・ウォーク2014が開催されているから。ここに芸大時代からの友達の植田工さんが展示しているというので。茂木さんをコミカルなタッチで描いたアニメーション。かわいい茂木さんがいっぱい。でも、その丸みはどこか植田さんのようでもあった。アニメーションの原画が畳に敷き詰められ、子供たちも楽しそう。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク
送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

ズガ・コーサクさんの展示&パフォーマンスが面白く、展示の作品があまりにも本物みたいでびっくりした。そして、杉作J太郎さんにはあだ名をつけていただいて、なぜか「ファイブ」。若木くるみさんの気合いの入ったパフォーマンスもよかった。髪の毛を借り上げて、後頭部とか横に顔を描いているのだから。林さんの阿修羅の骨格もインパクト抜群。植田さんと話しながら、縁側でひなたぼっこしていた。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

芸大時代の津口さんが、尾道に住んでいて終了間際に遊びにいらした。片付けをして、植田さん、津口さん、若木くるみさん、林さんなどと飲みに。なんと若木さんはアーティストであり、ウルトラランナー。UTMFも昨年完走して、ついでにさくら道と川の道も。この前はギリシャのスパルタスロンにも出たとか。まじすごい。走るネタで盛り上がったが、終電があり俺だけ早々に離脱。植田さんも昔陸上部だったという話を昔していて、でも運動して体が鍛えられると線が変わるという話をしていたのが興味深かった。若木さんにも走ることって、自分に撮ってどんな位置づけなのか、もう少し聞いてみたかった。また、どこかであえたら聞こう。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

こうして、文化の日の3連休は過ぎて行った。なんだか、いろいろ偶然に恵まれて、どこに行ってもいろいろな人に恵まれて、いろんな視点をもらって、考えたり感じたりできて、ありがとうございました。

そういえば、今回の旅には一眼レフを持って行かなかった。スマホのカメラが優秀になってきたからだ。単焦点レンズだといい写真が撮れるし、暗いところはISOを上げられるから一眼レフだが、めんどくさくてスマホになりつつある最近の旅。

ミュアウッズとサンフランシスコの町

日本から9時間弱でサンフランシスコに到着。
思っていたよりも近く、シンガポールに行くのと変わらない。
さくっと、おもいついたら行けるぐらいの近さ。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

事前にサンフランシスコの近くでいいフィールドといったらヨセミテ。でも車で5時間。行ってみたかったけど、今回は無理ということで、ミュアウッズに行くことに。空港から直接行けるかインフォメーションで聞いたら、無理とのことだったので電車でサンフランシスコ市内に。その電車の中でツアーを予約。それも1時間後の11時出発の。圏外になりながら、なんとか予約できた。確認のメールを見たらホテルのピックアップは10時5分。あれ、あと3分後じゃん。未だに電車の中だから無理。電話して13時10分ホテルピックアップのツアーに変更してもらった。

こんな風にさくっと変更できるのもネット&スマホが発達した今ならでは。とりあえず、ユニオンスクエアのヒルトンホテルにチェックイン。個人的にはもっと安いモーテルで十分だ。友達が泊まっていた中心地から少し離れたモーテルの方が設備的にもいい気がしたwそれはさておき、時間があるので路面電車でフィッシャーマンズワーフへ。Powel駅の近くの路面電車乗り場近くにユニクロ。H&MとかGAPもある。サンフランシスコの表参道的な場所かな?そこにユニクロがあった。ユニクロの世界進出もすごいなと実感する。店内を見ると日本の価格の1.5倍ぐらいなイメージ。日本よりちょい高級路線。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

坂道のサンフランシスコを路面電車で進むとすぐにフィッシャーマンズワーフに。べただけど、カニとクラムチャウダーの昼飯。まあ、うまい。そんな感動はないがw時間もないので、タクシーでホテルに。ピックアップの場所が分からず、再び電話で確認。Behind the lobbyって言われても、ロビーの裏?どこ?ホテルの外に出てもバスはいないし、困った困った会話しても通じない。ホテルの中にあるとか言われてますます不明。あっと思ったら、細い通路がありロービーの後ろに行けた。やっと見つけてホッと。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー
送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

バスでミュアウッズに。バスで1時間30分ぐらいかな。この森を2時間弱ほどお散歩。のつもりが、ついつい走ってしまった。高くまっすぐ伸びる木々の間を走るのは気持ちいい。アメリカのトレイルを初めて走ったけど、走りやすかった。海の見えるトレイルという名前だったけど、たいして見えなかったのは残念。でも、静かで、気持ちよい山を満喫できた。帰りは海沿いのサウサリートからサンフランシスコの市街を眺め、サンフランシスコランニングカンパニーの前を通って、夕焼けを眺めながらゴールデンゲートブリッジへ。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

再びホテルに戻り、タクジさんたちが飯を食べている中華料理屋へ。取材で来ていたので、雑誌の編集長とカメラマンさんなども。まさか、サンフランシスコで会うとは。ビールを飲みながら、いろいろな話をして盛り上がる。それにしても、サンフランシスコで会うとは、それも遊びで一緒に来たのでもなくて、ビジネストリップが偶然同じタイミングであるなんて。それから、二人でもう1軒のみに行って、Uberでホテルへ。アメリカだとUberはすぐ来るし、タクシーよりも2割ぐらい安いし、支払いはカードなんでしなくていいし、ルートがGPSで表示されるのでだまされないし、こんなに便利なものはない。あっという間に1日が過ぎて行った。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

翌日からはみっちり仕事をして、サンフランシスコでワールドシリーズがあるのでAT&Tパークをよるにのぞきに行った。中には入れなかったが、目の前の店はおふれんばかりの人。そして、点が入るとボールパークから声がこぼれた。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

最後の日の朝に、REIによってみた。なんにんもの友達が昔ここで働いていたというので、ちょっと物色。でもギアにこだわりのない僕は、何も買わずに終わりw

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー