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意味が崩壊して、祈りに変わる

意味が崩壊して、祈りに変わる。

荒川沿いを久しぶりに自転車で走っていて、こんなことを思ってメモをした。自転車に乗るのは9ヶ月ぶりぐらいで、実は先週も乗ろうとしたが、チェーンおよびギアが壊れて自分で直すこと3時間。とりあえず乗れるようになり、自転車屋へ修理に。まあ、乗れるのだが、トリムがおかしいまま。でも、物はのらないと、ダメになる。使わないとダメになる。大切に使わないとダメになる。ということで、爽やかな天気を感じに荒川沿いをサイクリング。

そんなサイクリングをしながら、祈りについて考えている人も変なやつだろう。

例えば、昔から続いている宗教。仏教も宗派によって発生した時期は全然違って、歴史はちがう。でも、現代日本人の捉え方は、ずっと昔に生まれた仏教の一つという認識で、これらは歴史があり善。最近できた宗教は新興宗教っぽくて悪ぐらいの認識な気がする。まあ、俺も詳しくないので、偉そうなことは言えないが、それが正しいか否かは別にして、一般論としてそんな程度の認識な気がしている。

宗教ってのも、世代が変わるごとに、捉え方が変わる。人が変わるし、時代も変わるから当たり前なのだ。同じ宗教であっても意味合いが変わる。もともとは、宗教ごとに生まれたきっかけや経典がある。お経にも意味があった。でも、今は、それを知る人はほとんどいない。意味がなくなったということだと思う。でも、古くから続く宗教は大切なものであって、祈りの対象となる。これが、意味が崩壊して、祈りに変わるということなんだと思う。

自分は文化的な意味における仏教とであると自分は思っている。たぶん、この10年ぐらい。手を合わせる、和を重んじるとか、仏教の概念が日々の生活でしみ込んでいるから、それが大切だし、心地よい。

うちは、禅宗の臨済宗だ。厳しい宗派と聞くが、細かなことは分からない。情けないことに学んでない。(いつか本気で学んでみたいと思っている。)しかし、実家に帰ると、毎回お経を読む。これも、父が始めたことで、祖母が亡くなってからの最近の習慣だ。その習慣が俺にも、浸透して、お経の中身にではなく、その行為であったり、中身は関係なくそのもの自体に、ありがたさとか、大切な何かを感じるようになる。これも、意味が崩壊して、祈りに変わっている。

繰り返すこと。意味がわからなくても繰り返すこと。意味があっても繰り返すこと、意味がなくても繰り返すこと。これが、祈りなんだと思う。芸術作品にも、何か祈りに近いものを感じることがあるが、これがあるんだと思う。ひたすら何度も色を塗り重ねたり、ひたすら削ったりなどなど。この繰り返すという行為が、意味を超越していく。

数年前に読んだ「エデン」という自転車競技の小説にもこんな一節がある。

同じ行為を繰り返すことは、どこか祈りに似ている。戦略など封じられてみれば、こうやって集団でひとかたまりで、ただ進んでいくこの時間も、祈りの代わりになるのかもしれない。
P227

もちろん実体験から、100キロも200キロもひたすら一人で走る行為。これも祈りだと思っていた。繰り返す行為は祈りになる。そこに意味はなく、意味があっても崩壊している。

これは、繰り返すことによって祈りに変わった証拠なのかもしれない。
星野道夫さんが、大切なことは何度も同じことを繰り返したという。これは、大切な事が祈りになっているんだろう。

なんか、こういうことを書くと、怪しい人に思われるから嫌なんだが、単純に人間の脳とか、社会全体として、そういう側面も大きいということだけなんだが。いろいろな、実体験を伴う具体的な事例から、抽象化された「意味が崩壊して、祈りに変わる」という概念に落とし込まれて、自転車に乗りながら、メモったことを書き加えた。

送信者 岐阜

エデン
http://teratown.com/blog/2013/03/01/yycyociioiacadhoaoeuaa/

大切なこと
http://teratown.com/blog/2008/08/25/acauee/

何度も繰り返すと、好きになる、愛着がわく
http://teratown.com/blog/2007/05/20/yoyyyeyyoyyiyayycyoauiyi/

UTMF
http://teratown.com/blog/2012/05/27/iiaoaiee41tho49e4ea/

自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生きている。

人生、同じようなチャンスが何度も訪れそうだけど、滅多にチャンスなんてない。だから、その目の前にあるチャンスを掴むこと。気になったら、後回しにせず行動すること。

こう思いながら、これって昔から自分の中で変わらないなと思う。

一通りの自分の価値観というか信念というか、生きる上での意思決定の軸というかが一通り出来上がったのが25,26ぐらいだと思う。それまでは、具体的な経験からエッセンスを抽象化してより本質的なことを理解しようとしていた。それをさらに別の具体的な経験に当てはめて実証みたいなサイクルを。

世の中のエッセンス、生きていく上でのエッセンス、いかに生きるか、いかに生きるかってのは社会の流れにも影響される。自分の性格を踏まえて、感情と出来事と合理性(経済的なものも含む)をどうやって、折り合いをつけるか、うまくやっていくか、渡り歩くかという秘訣みたいな方法みたいなもん。

なんだか、そういうといかにも考えて生きているようだけど、そうでもなかったりする。どこか、そういった合理的で未来を見ている部分もあるけれど、それは、最低限の部分にすぎず、それより重きを置いていることは自分の納得というもの。自分の言葉で一言で表すと、美学。全ては美学による。

でも、この数年はそういった新たな価値観に気づくとか、新たな意思決定の軸、新たな概念に気づくことが少なくなっていたけれど、様々な経験をすることは変わっていない。そうすると、25,26までに気づいたことって、本当に大切だなと改めて思い、自分の中で重みが増していく。若さという最大の価値。そして、その時に何を経験し、何を感じ、何を考え、何が自分の美学となるか。

運と勢いとノリが大切
えいやっと飛び出すには、きっかけといいわけが必要
人生は納得と覚悟
やるかやらないか迷ったらやる
ピンチになれば、なんとかする。なんとかなるではなく、なんとかする
背水の陣、火事場の馬鹿力
チャンスを作って、チャンスを生かす
人生万事塞翁が馬
どんなピンチでも、その状況を楽しむ
継続することの重要性
環境や人のせいにするのではなく、すべて自分が改善できることから取り組む
ロジカルとクリエイティブをいったりきたり
世界には流れというものがあり、それを踏まえることも大切
楽しまなきゃ人生じゃない
グレートバンテージポイントの大切さ(朱に交われば赤くなる)

人生を経験すればするほど、納得感が高まること。これらを、そう思い続けれるようにするためには、常にチャレンジし続けなければならないことだけは事実。慎重に、でも、やらないのではなく挑戦は絶対にする。このスタンス。

でも、こんな調子に乗った偉そうなことを言っていられるということは、それだけでありがたく幸せなこと。

振り返ってみると、本当に色々な経験をしてきた。自らの意思で飛び込んで、ドキドキして、でもワクワクして。それから副産物みたいな、ギフトに出会い、そっちの方がどっぷりはまり。そんな過程で、いろいろな生き方をしている人と出会った。出会っただけじゃなくて、そういった仲間と色々な貴重な時間を共にした。チャレンジであったり、真剣に議論したりと。地味に情熱大陸みたいなテレビとかcoyoteのような雑誌、そして本からも。

新たな世界に自分から飛び込むわりに、自分から飲みに誘うことはほぼないけれど、毎日のように誰かと飲んでいて、そうして誘っていただけて感謝ばかり。こんなことの積み重ねが自分を作り上げている。

全てはこの経験の積み重ねとその時の思考。あとは、自分では努力と思っていないけれど、はまって継続してやっていることが、結果的にいつの間にか果実になっていたりと。

こういった生き方をするとは思っていなかったし、こうなるなんて思ってもいなかった。でも、自分が思い描く世界とか生き方というものがあって、いつもどこかでそれを思い、考え、こうして書き残し、時には行動に出てみて経験する。答えがなく、悩み考えることもある。もちろん、まわりの仲間にも語り、いろいろツッコミをもらって、そうしたら世界はどんどん違って見えてくるし、ふと後ろを振り返ると全然違うところにいる。とどきそうで、ギリギリとどかない場所。いつもそんなところによじ登ろうと、ジャンプしようとしていた。そんな生き方をしていたら、こうなっていた。

最近は年をとったなと思うし、年をとるのが嫌だなと少し思う。年を重ねないと絶対に見えない世界があるのだけれど、疲れるということを未熟でまだすんなりと受け入れられていないのだろう。そんなことも思いつつ、まあとりあえずは、今しかない。過去も未来もない。過去にすがっても、憧れめいた未来に夢を見ても、それは現実ではない。やっぱり、今なんだと思う。今しかないという結論に至る。だから、つべこべ言わずに、また今日、明日を最大限楽しんで、納得して、未練のない時間にしようと思う。

そんな31年間であり、32年目です。

大学の親友が、「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生きている。」こんなことをずっと前に言ってくれた。僕という生き物は、永遠にこの言葉につきるのだろう。

送信者 キューバ201503

http://teratown.com/blog/2009/11/01/iaauoeeoceaaaeaeaee/

何を言うかよりも誰が言うか

近畿大学の卒業式でホリエモンこと堀江貴文さんが講演した内容が素晴らしいと話題になっていた。

ということで、見てみたらやっぱりよかった。

過去も未来もないこと、今しかないこと。

未来は分からない。過去を悔やんでも意味がない。

先生に教わらなくても、世界中の情報に接することはできる。
情報を頭で考えて、整理して、情報を発信する。行動することの重要性。

タイと日本の物価2倍しか差がない。
そして、タイは急成長中。こんな差はすぐになくなる。

努力をしない人たちは取り残される。
厳しい社会が待ち受けている。世界中が競合になるから。

今の常識は10年後には常識ではない。常識に縛られないで生きる。
変化スピードはグローバル化で加速する。

未来を悲観することはない。未来は心がけ次第。
悪いことは忘れるようにしている。
過去を悔やんでもいいことはひとつもない。でも、これから失敗していく、チャレンジすることは失敗するということ。でも、チャレンジしないと成功もしない。失敗した時に再発防止策を考えて、実行する。悪いことは酒を飲んで寝て忘れる。これからチャレンジすることは必ずうまくいくと思い込むこと。

ってなことを話していた。

別に真新しい話はないし、自分もホリエモンとほとんど同じ考えを持っている。自分の過去の体験や未来を考えた結論とほぼ同じだし、同じスタンスだ。

例えば、老後のことは考えない。いくら準備しても50年後のことなんか分からない。からその時に考える。未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ。ってのは、今を楽しめない人は、将来も楽しめない。80歳になっても、将来が心配というだろう。ということとか。

未来には楽しいことしかない。過去を悔やんでも仕方ない。未来を楽しむためには今を楽しむこと。今を集中して生きている。

同じ考えだと思った。自分の人生経験を通して、いろいろ自分で感じて考えた実感を持ったこと。

でも、違うなと思った。
重みというか、なんというかが。自分の中では、本当にそう思ってるし、その考えに従って生き方を選択しているんだが。

同じ言葉でも、その深さが自分とホリエモンでは違うなと。

イチローが言ったことを思い出す。
何を言うかではなく、誰が言ったか。その誰がに価するする生き方。という言葉を。

拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う。しかし結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。その『誰が』に値する生き方をしたい」

それにしても、ベースの頭の良さが一緒だとしても、物事の考え方、捉え方、スタンスによって、人はどんどん違ったものになる。この人の考え方って微妙だなと思うことがある。どんな考え方をしていてもそれぞれだからいいんだが、捉え方がイマイチだと思う人は、人生楽しんでなかったりする。不満たらたら、人のせい環境のせいばかりにする。

ああ、この人はビジネスでも趣味でも結果だしづらいんだろうなと思ってしまう。同じぐらい頭良くても、スタンスの違いで、まったく違う人生を歩むし、大きな差が生まれるんだなとつくづく思う。だからこそ、捉え方とかスタンスは、能力以上に磨きをかけ続けていく必要があるなと。

http://teratown.com/blog/2015/01/31/今、手を抜いたら、手を抜いた未来しかやってこ/

2014振り返り

昨日、ふと2014振り返りをやってないと思いついた。と思って調べたら、書いて放置してあったのでアップ。

で、びっくりしたのは、キューバに行くとか宣言してる。この時はGWとか書いてた。なんか、時間ってあっという間だし、大きく人生なんて変わるな。

ちなみに2014/12/25に書いて放置してあった記事をアップ。

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この1年を振り返る。

特にこれといったことはしていない。

行く前に強い情熱を持っていった「旅」もない。移動する民の自分としては、コンビニへ行く感覚で旅行に出かける。そんなふらっと出かける旅行と旅との違いは事前の情熱というか思い入れだ。昨年でいうならばPTLとかアコンカグアとかが情熱をもった旅。

でも、次はキューバに行ってみたいという気持ちがあるので、次のゴールデンウィークにでも行こうかな。もともと興味がある国で、俺の正確に合っていると10年ぐらい前に言われて興味があったのと、最近行った友達の写真を見て。最後のダメ押しはアメリカと対話を始めるというニュース。社会主義を支持するとかしないとかではなく、アメリカと関係が生まれれば国が変わるのはたぶん間違いない。その変わる前というのは、今しか見れないから。青蔵鉄道が出来る前にチベットに行きたくて昔行ったのと、理由は同じ。キューバなら、ついでにドミニカでクジラになりたい。最近は友達と海外に行っていたので、久しぶりの海外一人旅もいいかなと思う。

まあ、それはいいとして、何もしてないといっても、振り返ってみるといろいろあった。わかりやすいepoch making とかremarkableな出来事ではないが、自分にとっては大きな変化になりうる波はいくつも。

身体的な面もそうだし、価値観的な面もそうだし、ビジネス的な面も、趣味的な面も何もかも。そして、昨年からビジネスを真剣に考える機会が増えが、今年も引き続き。そこから派生していろいろ考えたり、いろいろな出会いがあったり、このあたり来年はもう少し展開がありそうな予感。

まあ、時系列に。

1月

年明けはパタゴニアで迎えた。アコンカグアの敗退で時間があったから。
いつか行こうと思っていた場所に思いがけないきっかけで訪れた。
自然を愛する人には、いい場所だなとしみじみと感じた。

送信者 Aconcagua&Patagonia

石打でスキー。毎年恒例行事になってきた。
少しずつ滑りを楽しめるようになってきたので、次のシーズンはもっと上手くなって、思うように滑れるようになりたい。

送信者 苗場スキー2012

2月

蔵王へ樹氷を見に。何十年に一回のモンスターということで。
初めて樹氷を見たけど、なかなかのインパクト。樹氷の間を縫ってスキー場があると知っていれば、やったのに。。。

送信者 登山

そして、またスキーへ。
当たり前だが、やればやるほど上手くなる。

送信者 苗場スキー2012

3月

家族で鎌倉へ。
たまには、家族で旅行というのもいいもんだ。
また、来年か再来年ぐらいにはどっかに、行きたい。

送信者 鎌倉家族旅行

妙高のかっせさんの別荘へアコンカグア反省会をしに。
スキー&スノボをしつつ、飲みながらアコンカグアの写真を見るという贅沢な時間。

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

西穂高岳へ友達3人と。
快晴で、夜もムーンライズと満天の星空が印象的。

送信者 西穂高岳20140323-24

4月

また、ビジネス感の転機。やっぱり人が多くて、条件や方向性が様々で、やっていることが多様で、という状態は難しい。あとは、組織をいかに作るか。それは、文化や風土、それを作る一人ひとりのスタンスとか、暗黙の当たり前のレベルを最初いかにするか。みたいなこと。

一方で、時間の流れと自分の市場価値。そんな客観的な目を持ちつつ、自分にとってはすべての確率は50%なので、どうしたいかという自分の意志を大切にしたいと思ったり。

できることとできないこと

念願の宮古島トライアスロン。
青空と青い海を見ながらの宮古島一周は最高だった。

送信者 宮古島トライアスロン2014

連戦でUTMF。
2回目の参加で、無事に完走し宮古島トライアスロンとUTMFダブル完走。
それよりも、走り方を変えて、ゆっくりペースだったので、ストックなしでも100マイルなんの問題もなく走れたのが嬉しかった。

送信者 UTMF2014

5月

友達が移住した四国の徳島へ。
ずっと行ってみたかったけど、行けてよかった。ネット企業のサテライトがなぜあるかも、理解できたし、タクジさんに紹介してもらって神山にも行けたし、アレックスカーの宿にも行けた。さらに面白くなっていく場所だろう。

送信者 徳島の旅・神山と祖谷

新緑を味わいに奥多摩にトレラン。
みずみずしい黄緑の葉。これは本当に美しい。

送信者 sports

6月
土曜は長野の信濃大町、日曜は鎌倉で友達の結婚式。
芸大と旅仲間の結婚式。既製品じゃなくて、山の中とかオリジナリティに溢れていい場だった。

送信者 記録

去年はPTLにアコンカグアといろいろあって、ゆっくりしたいと思って引っ越し先探し。のんびりできそうな家だったので、即決で引っ越してみた。わかったことは、家はいい。リノベーション物件だと高い値がつくことが多いのもうなずける笑。あと、セミパブリックな場所にしようとしたが、結局家でじっとしているのは苦手で、なかなか進まない。そして、街としては阿佐ヶ谷の方がいい。家は今がいいが。この街はなにか品がない。

送信者 場を作る@北千住

中国・大連へ

10年ぶりぐらいに大連へ仕事で。ソフトウェアパークが有名な場所。日本語を話せる人が多いのに驚いたし、まだまだ、中国はこれから建設含めて成長する気がした。一方で、すでに一人っ子政策の子どもたちは、低欲望になっているというのも驚いた。

送信者 記録

7月

目黒さんまアクアスロン

こばちゃんとプールで泳ぐアクアスロンに参加。超短距離は辛かった。ダッシュというのは疲労がすごい。

送信者 sports

鳳凰三山

TEAM JAPONで鳳凰三山にトレラン。夏山1発目は天気に恵まれて、話も面白くていい時間だった。

送信者 登山

丹沢

ユーシンブルーが見たくて、丹沢にトレラン。最後は川にダイブして気持ちよかったな。

送信者 登山

農鳥岳
いつもより軽量な荷物で1泊2日の星空を眺める登山。星空も最高だった。またジョリーさんに偶然あった。よく会うな。

送信者 奈良田から農鳥岳ピストン

8月

原始感覚美術祭

毎年恒例の芸大時代の茂木さんたちとの合宿。最近は日常的に話すことがなくなってきた、抽象的な概念の話とか激論して、いい時間だな。

送信者 art

雲の平、高天ヶ原温泉

原始感覚美術祭からの登山は、雲ノ平に。3,4日の縦走になると、温泉が山にないと嫌になってきた。おじさん化。雨にふられたりもしたが、温泉は気持ちいい。

送信者 雲ノ平と高天原温泉

三宅島
手銛を買って、三宅島で狩猟生活をタクジさんと。海に面した、きれいな無料キャンプ場で自給自足。思ったよりも魚は獲れたが、すぐに贅沢になるのは、人間というか俺の性。。。

送信者 三宅島手銛漁

9月

秋ぐらいから、ビジネス的にいっちょあがる人が周りに増えてきた。そのとき、自分はどうして生きていきたいか。その時に仕事とかはどうしていきたいかという考えを巡らせ始めた。でも、やっぱり基本は変わらない。自分の思想が26歳ぐらいからできはじめ、ブレなくなってきた気がする。

御宿オーシャンスイム

2度目。みんなで、リレーして、泊まって飲んで。のんびりした感じがいい。

送信者 sports

尾瀬
引っ越した北千住から便利に行ける山を探すことが多かった今年、尾瀬もそのひとつ。ただの、人の多い観光地と思っていたけれど、夜になると人もいなくなり、湿地帯のなかで自然と会話する時間がよかった。

送信者 登山

南アルプス南部縦走

行ってみたかったけれど、不便で1度しか行ってない南アルプス南部。今回は、赤石岳避難小屋のドンドンさんが、腹ペコ登山隊のみんなと仲良いということで、そこに寄って行くことに。天気にも恵まれ、静かな山を歩いた。

送信者 赤石岳から北岳縦走

民泊マラソン
たぶん20年ぶりぐらいに鳥取へ。砂丘は懐かしかったし、岡山に移住した友達とも会えて、いろいろと話した。そして、民泊マラソンは東京からみんなが集まった。人に呼ばれて人が集まる。心を感じる時間だった。

送信者 民泊マラソン・鳥取砂丘・投入堂・たみ

10月

茶臼岳

友達ファミっリーと那須に。ナイトサファリと茶臼岳。ナイトサファリというものを初体験。面白いビジネスの着眼点だなー。

送信者 ちょっとした遊び

サンフランシスコ・シリコンバレー

仕事でシリコンバレーに。10年ぶりぐらいの訪問。偶然、腹ペコ登山隊のタクジさんもサンフランシスコに来ていて飯を食った。シリコンバレーの企業を幾つか訪れて、この街は面白い文化が作り上げられているし、こうした働き方から面白いサービスが出て、世界が変わるのが、良い世界だなと思った。自由に楽しんでやって、面白いものが生まれる。一方で、そういうスタイルで働ける人ばかりではないのも、ある程度は事実であるんだろうけど。

送信者 サンフランシスコ&シリコンバレー

11月

道後温泉、しまなみ海道

数年ぶりに同期と旅行。話す内容の変化とか、こんなこと考えているのかとか、いろいろ話すと面白い。

送信者 道後温泉、しまなみ海道、尾道、福山アートウォーク

奄美大島

バニラエアで片道1480円という安さにつられて。加計呂麻島まで足を伸ばした。夕日がきれいな、ゆったりとした時間。帰りの飛行機で前の席に友達が座っていて驚いた。

送信者 奄美大島と加計呂麻島

広島

潰れた温泉旅館を買うかどうか見に行くという名目で広島に。それ以外にもいろいろな話ができて面白かった。常に新しい変化が起こるところがやっぱり好きな性格なんだろう。

送信者 ちょっとした旅行

12月

Forget me not

アコンカグアで昨年は参加できなかったForget me not。いろいろな仲間のいろいろなストーリーを聞くと、1年たったんだと実感する。朗読を聞くということは、幸せな時間。

送信者 クリエイティブライティング

心折れ部箱根合宿

去年はこちらも参加できず。今年はトレランのレースにも出なかったし、久しぶりにみんなに会った。トレランはどんどん人気が出るが、この心折れ部の仲間のスタンスがいいなと思う。たぶん、トレランに対してだけではなく、みんなの生きるスタンスが好きなのだろう。

送信者 心折れ部2012忘年会トレランin箱根

燕岳登山

青い空と白い大地は美しいなと実感した山。今年は、スキーの板を買ったので2015のメインはスキーになりそう。

大切な思い出が、仲間の言葉で記録される

何人かで旅をして、仲間の旅日記を読む。違った視点が見れて楽しいもんだ。

旅だけじゃなくて、なんかのプロジェクトとかでも、一緒にやった同士がそのことを書いていると、ついつい読み込んでしまう。

毎年の恒例行事の一つが花見。
芸大の仲間と東京の各所で毎年花見をしている。

今年は、茂木さんが東京都現代美術館で仕事があったので、上野公園でということになった。上野公園といえば、東京芸大のある場所。芸大時代は夜な夜な、上野公園の砂場で飲んでいた思い出の場所。今は綺麗にされて、遊具とかあったりしているが、以前に砂場があった場所で飲んだ。

そんな場所で、茂木さんが東京藝大物語の赤入れしたゲラを編集者の方に渡し、僕らは記念撮影をした。この重なりが感慨深い。自分の人生にとって、藝大での日々は非常に思い出深く、人生にとって大切な思い出の数々。

それが、茂木さんの手によって、東京芸大物語として小説になる。読んでみないと、どこまでがフィクションで、どこまでがノンフィクションか分からないが、とても楽しみだ。

茂木さんの目にはあの日々がどのように映っていて、あれから10年経った茂木さんは何を思っているのか。そんなことが分かるのが楽しみだ。俺も、ちょいとだけ実名で出ているらしい。楽しみだ。

送信者 記録