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イントゥ・ザ・ワイルド 荒野へ

イントゥ・ザ・ワイルドの試写会の券をもらったので、新宿へ見に行ってきた。
「荒野へ」というタイトルで、日本語訳の本も出ている。
この本は色々な人から聞いたり、雑誌などでも見かけていて、ずっと前から読みたいと思っていた。
それで、何ヶ月か前に買ってぱらぱらと読んだ。
映画化されることも知っていたので、ぜひ見てみたいと思っていたのだ。

映画が始まる前に、石川直樹さんが、イントゥ・ザ・ワイルドについて話した。
こういった系統の映画にしろ、本にしろ、雑誌の企画にしろ最近はとりあえず石川直樹さんという感じ。
石川さんがどうのこうのと言うより、このイベントを企画した担当者に突っ込みを入れたいところ。

・この映画は生ぬるいロハスとかエコとかいった話ではない。
・生の体験をすることの大切さ。
などについて話した、そして荒野の孤独感に関しては、こんな話をしていた。

クリスが発見されたのは、町から数マイルの所。
すごい人里離れた場所ではない。
でも、クリスに取っては完全なる荒野の中にひとりぼっちだった。
トウキョウで孤独を感じるように。

石川さんの話を聞いた後に、映画を見た。

この映画を通して思ったのは、生き物として都会という環境で生きていくことの違和感。
そして、野性的であること、社会に縛られない自由、そう生きていくことへの憧れめいた感情。
一方で、社会化した人間がそのままの野生で生きることの難しさ。
最後に何と言っても、大切な人への思い。

クリスほどではないが、無人島で暮らしてみたり、東京から実家の岐阜を目指して歩いてみたりする俺だから、ちょっとばかり、クリスの気持ちがわかる。

クリスは複雑な家計に育ったことも、荒野へと進んでいった大きな理由のひとつだろう。
クリスが旅に出て、しばらくして親がクリスを心配し、親の心の変化がおこる。
妹は、同じ境遇に置かれていた兄だけは心を自分に許してくれていると信じ続ける。
そして、クリスにも心の変化が起こる。
家族のこと、旅で親切にしてもらった人のこと、愛する人のこと、そして子供がいたら、その子を大切にしたいと。
ロンという元軍人で革職人、小麦農園の仲間、歌っていた少女、キャンピングカーで旅をしていたヒッピーの夫婦。

出会った人の中でも、ロンは自分の憧れをクリスに見ていたような気がする。
やるかやらないかは別として、男のロマン。夢を見る世界。

映画の最後に、本人の写真が映し出される。
クリスが発見されたバスに寄りかかって座っている、笑顔の写真。
自分にまとわりついていた、仕事やら、名前やら、年齢やら、肩書きやら、レッテルを振り落として、心が軽くなったような笑顔だった。
なんとも澄み切った笑顔なのである。

これは現実にあった話。

幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合ったときだ。

イントゥザワイルドHP


[荒野に刻まれた一本の線@ペルー ナスカ](OLYMPUS OPTICAL CO.,LTD ISO: 80 露出: 1/250 sec 絞り: f/8.0)

聞こえない音が聞こえる

聞こえない音が聞こえる時がある。

静まり返った時、普段は聞こえないような、ささやかな音に気づくことがある。
その時、なにやら時間の流れがゆっくりとなった気になる。
その音に集中する。その音に意識が向かっていく。
自分だけが聞こえる音のような気がして、なんかうれしかったりする。

一方で、そういった音ではない音に気づくこともある。
机の上に外付けハードディスクを置いてある。
その音だ。
普段もハードディスクから音は聞こえている。

でも、普段聞いているハードディスクの音ではない音が聞こえた。
ひじを机に突き、手を両耳に当てた。
すると、今までは聞こえなかった低い音が手を伝って強く響いてきた。
なにやら、聞こえる世界が変わった。
視点の変化ではないが、「聴点」が変わったとでも言うのか。

まあ、たいしたことなくて骨伝導とやらなんだろうけど。
視点が変化すると言うが、それ以外にも「聴点」など五感は全てそういった変化をもっている。
同じものでも異なる見え方があったり、異なる聞こえ方があったりする。
それら五感の点の変化を感じて生きたい。

五感の記憶に関するエントリー
http://teratown.com/blog/2008/07/18/aadhaeu/


[バスの行き先はアメリカ(USA)ではなく宇佐(USA)なのだ@大分空港](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 100 露出: 1/15 sec 絞り: f/11.0 焦点距離: 45mm)

オーロラの向こうに

「オーロラの向こうに」という小学生向けの絵本がある。
昨年の末ぐらいに発売された絵写真本だ。

この本に興味を持ち、大型の本屋を探したが紀伊国屋にも丸善にもなかった。
紀伊国屋では子供の本コーナーにあるはず(本を探す機械でそういわれた)、店員さんにこの本を尋ねたときは少し恥ずかしさもあった。
なんと言うんだろう、この年齢になって絵本のコーナーにいることが気まずい。
居心地の悪さを感じた。まあ、どってことないんだけど、怪しまれたらめんどくさいなという思い。
ま、そんなことはどうでも良いことだ。

この本は星野道夫さんに憧れ、アラスカ大学に行き、アラスカで写真を撮る松本紀生さんの写真と文章が添えられた本である。
ある1ページにこんな文章がある。

氷河の上におろしてもらって驚いた。
目の前に、まるでピラミッドのようにマッキンリーがそびえ立っているんだ。
「度肝を抜かれた」というのは、まさにこのこと。
それまで見たどんな景色よりも美しく、
壮大で威厳があった。喜びのあまり、
「ウワーーーーー!」と思い切り叫んだのを覚えている。
うれしかったなあ。

この文章の背景の写真は真っ白で、大地にしっかりと根を張ったマッキンリー。
そして青く広い空。
それを目の前に、手を広げる松本さんが写っている。

松本さんの後ろ姿からも、この場所に来れて本当にうれしいんだろう。
そんなことが伝わってくる。
恋いこがれた地に、たどり着いた。
そのときの気持ち。あの憧れを抱いた場所にいる。
茫漠たる自然と向き合った、こみ上げる感情。
どうしようもないぐらい、自分が混乱してしまうぐらいの喜び。

僕も、今まで恋した土地にやっとたどり着いたとき。
あの感情がこみ上げてくるのを経験した。
2008年3月5日


[海を見つめる一羽@ガラパゴス](OLYMPUS ISO: 80 露出: 1/320 sec 絞り: f/13.0 焦点距離: 15mm)


[憧れの地、ウユニ塩湖](OLYMPUS ISO: 80 露出: 1/500 sec 絞り: f/8.0)


[赤岳山頂の日の出(別に赤岳は恋いこがれた地ではないが。。)](PENTAX K10D DA18-55mm ISO: 100 露出: 1/320 sec 絞り: f/18.0 焦点距離: 18mm)

エネルギーが有り余っている

先日、ボルダリングに行った時に言われた「エネルギーが有り余っているね」と。
確かに自分でもエネルギーが有り余っていると最近強く感じる。
確かにアクアスロンといい、ハセツネカップといい、エネルギーが最近有り余っている証拠だと思う。
すこぶる元気なのだ。
いまいちなぜかは分からないが。

エネルギーが有り余っているので、夜走っている。
ハセツネに出場するのでその練習という面もあるが、それよりもエネルギーが有り余っているので、走りにでる。
今日も、人間はこんなにも汗が出るのかと驚くぐらい汗を流しながら走った。
そして、家に戻り冷たい水を飲む。うまい。
また、元気になる。

Mondo Grosso feat. BirdのLifeという曲を聴きながら走っていたら、体が軽くて跳ねるように走っていた。
先日、2年ぶりぐらいに会う友だちと、ふんどしで演奏するコミックバンド(?)の演奏を聴きにいった。
かなり笑ったのだが、その友だち仲間がサルサをやっている。
なんか、いいなと思った。ラテンに惹かれる。走るときに聞いていたLifeも、ラテンな感じがする曲。

夏にラテンは良くマッチする。
フジロックフェスティバルでも、スペインのフラメンコのリズム感というかステップというかが感情を高ぶらせた。
最近は中米、特にキューバとかあの辺りに行きたいと思う。
ラテンの空気からはエネルギーと陽気さが伝わってきて好きだ。

まあ、そんなことを思いながら走っていた。
そして、エネルギーの移動についても考えた。

温度(熱)は暑い所から冷たい所に移動する。
気圧も高気圧と低気圧で移動する。

じゃあ、人間のエネルギーも余っている人から、足らない人に移動すれば良いと思う。
エネルギーのありすぎる人を見て、元気のない人がさらにげんなりしてしまうこともあるが、
そう考えると、確かに、エネルギーのある人から、元気のない人が元気をもらうということはある。
とは言っても、漲るエネルギーは移せないよな~。

まあ、それはいいや。
元気な理由と言えば、人生でこんなにも好き勝手にやりたいことをやれる期間もそうないだろう。
何でもやりたいことをやり、楽しんでいる。

年を重ねれば違った楽しみ方をしているのだろうけど、今みたいな好き勝手な楽しみ方ができる期間は、人生80年と言えどそんなにないと思う。
この時間が僕にエネルギーをくれているのだろう。

楽しいこと、健康な体、最高の仲間。のんきな思考。身軽さ。
ある程度のお金。うまい食い物、おおきな自然、心地よい音楽。
元気の源だ。

何にせよ、この勢いを保ったままハセツネカップを完走したい。
ただ、それだけです。


[大道芸@フジロック08苗場](モデル: PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 1600 露出: 1/200 sec 絞り: f/7.1 焦点距離: 36mm)

皆既日食の臨場感

8月1日といえば、皆既日食。
北極圏からロシア、中国にわたり見ることが出来る。
僕も行こうとしたのだが、日程とチケットに無理がありしぶしぶあきらめた。

でもネットで生中継を見ることが出来る。
北極圏と中国そして、ロシアのノボシビルスクからの中継映像を見ることが出来る。
18時ごろから20時まで。

ちなみにノボシビルスクは友達が行っている場所だ。
そう思うと、さらに臨場感を感じる。
楽しみにこの時間をまった。
今回はこれで我慢しようと。

第一接触で太陽が欠け始める。
まず、おおおと思う。欠けてる。徐々に、太陽が欠けていき、太陽が三日月のようになった。
太陽が月のようだ。
もうすぐだ。ディスプレイを見ながらでも興奮してしまう。

そして、ついに太陽が完全に隠れた。
丸いふちだけが薄らと光っている。
すんごい。ぞっとした。
そして、そんな時間が1、2分過ぎた所で、光った。
ダイヤモンドリング。丸いふちの光の一カ所が輝いた。
指輪のダイヤの部分のように。
実際はそんな程度の輝きじゃないんだろうけど。
時間とともに刻一刻と変化する太陽のありさま。

たまらない。こんな天体ショーを見れるなんて。
ネットっていいね。
でも、リアルでもちろん見たいけど。
絶対に来年は生で見てやる。
固く決意した。
生で見たら、発狂しそうだな。

2chの★皆既日食を見たい★スレを見ながら、皆既日食の中継をlive-eclipseで映像と音声を楽しんでいた。
live-eclipseの中継をロシアでしている日本人も2chのスレを見ていて、2chに質問が書かれると、口頭で答えていた。
僕は2chを見ながら映像を見て、2chの質問に答える現地で中継している人の話を聞いていた。
なんか不思議だけど、臨場感があって非常に良かった。

よし、絶対に来年はこの目で、この体で感じてやる。


[満月の夜@岐阜](PENTAX K10D DA18-55mm ISO: 400 露出: 2.0 sec 絞り: f/3.5 焦点距離: 18mm)

皆既日食を生中継


http://www.torikyo.ed.jp/rika/cecdl/nissyoku/nissyoku.htm

このページもわくわくさん