「art」カテゴリーアーカイブ

あの丸い砂場

あの丸い砂場で飲み交わしたのは何年ぶりだろうか。芸大に通っていた時の思いでが蘇ってきた。授業の後、みんなで移動して丸い砂場で飲んだ日々の事を。

そんな場所で花見をした。正確には砂場の周りに桜はなかったから、花見ではなく、上野公園飲みだ。もちろん、あの当時の仲間も何人かいた。時がたち、それぞれ立場が変わっても、丸い砂場に集えば、そんなことは関係なく、酒を飲み交わし語り合う。時には真面目に、時にはバカなことを真剣に。

あの頃の上野公園飲みは単に楽しかっただけでなく、あの空間と時間には様々な事が詰まっていた事に、改めて気づいた。何かしら共通のものを持った仲間が、自然と集う私塾のような空間だったのだろう。あの丸い砂場での記憶を忘れないようにしようと、強く思った花見だった。

組織に頼るなよ、と茂木さんに言われ、小さいところにおさまっているのではなく、もっと本質的な事に立ち向かって行こうという気が奮い立った。

星野道夫と池澤夏樹

以前にも紹介したがNHKの「知るを楽しむ」という番組で星野道夫さんについて取り上げられていた。今回が4回シリーズの最後で池澤夏樹さんが星野道夫さんについて語った。

星野さんと池澤さんに共通する、自然に対する向き合い方や、生きる事、死ぬ事に対する考え方は以前から強く共感している。今回の番組で非常に良かったのは池澤さんが星野さんについて語るシーンが見られた事だ。池澤さんが星野さんについて書いている本は色々とあり、ほとんど読んでいると思う。しかし、池澤さんが話す映像は初めて見た。文字だけからは伝わってこない、顔の表情や間の取り方などから星野さんに対する思いがにじみ出ていた。

星野さんに対する思いが非常にこもった語りかただった。このように言うと、二人は何度も語り合い、寝食を共にした仲のように感じるが、池澤さんと星野さんは、たった2回しか会ったことがない。ただ、会った回数でお互いの関係性は全く決まらないと思う。自分の場合も親友は会った回数では決まらない。良く会う友も、滅多にあわない友もいる。どちらにしろ、そんな男同士、心の底から信頼し合えるということはいいもんだ。お互いの考え方や価値観、そしてお互い表現する者としての作品を認め合っていたからこそなんだろう。

池澤さんは星野さんをこう表現している。安全で便利な都会の生活はそれで良いのだが、何かしらの違和感をほとんどの人が持っている。一方で本当にリスクをおって生きるということはとてつもなく大変な事。星野さんは日本人を代表して、それを体感した男で日本人に伝えてくれた、と。

また、池澤さんの話す言葉の選び方にも心地よさと納得感をおぼえた。現代人の生活が便利で危険のない状態になっていることを人々にとって「幸福」だとは言わず、「安楽」という表現をしていた。この表現は非常にしっくりきた。そうだ、幸福ではなく「安楽」だと。辞書によると安楽とは「生活の苦労がなく、楽々としている事。」とある。そして、現代都会人がいる居場所に対して、「現代都会人はせめて何を捨てたかを覚えておきなさいよ。いざという時に戻らないといけないから。今いる場所が本来の場所と思うなよ。」と語った。その言葉は、恐怖と言うか危機感を感じるほどの鋭いものであった。

もちろん池澤さんが紹介していた星野さんの本の一部である、「生」の最後に「死」があるのではなくて、「生」とともに「死」は共存している、といったことや「ノーザンライツ」に出てくる「遠い自然」ということの大切さには全面的に同意する。そんなとても興味深い番組でした。

この番組ではないですがガイアシンフォニーというドキュメンタリー映画があります。この第3番では星野さんが取り上げられていて、これを持っているので、見たい方はいつでもDVDをお貸しします。オススメです。

送信者 いろいろ

写真展[終] 皆様、ありがとうございました。

2月の終わりと共に、イランの写真展が無事終わりました。来て頂いた皆様、ありがとうございました。そして、行きたいけど諸々の理由で行けないよ、と連絡をくれた皆様ありがとうございました。そしてそして、場所を貸してくださったカルカッタカフェの店主じょーさんありがとうございました。

年末にイランに行った際に撮影した写真を9枚ほど展示した。コンセプトは「イランの青」として、イランの空の青とモスクの青を中心に展示しました。前回の「つながる旅の記憶」という展示の際はパネル展示でしたが、今回はワイド四つ切りサイズの写真を額に入れて展示したので、重厚感のある印象になったと思います。

カフェでの展示は実にいいなと再認識した。友達が来てくれて、チャイを飲んだり、カレーを食べながら、時にはビールを飲みながら旅の話しやお互いの近況などを話せる。何とも楽しいひとときを過ごす事ができる。写真展をする理由は2つあって、1つはもちろんだが撮影した写真とそれに込めたメッセージを伝えたいということ。2つ目は普段あまり会う機会のない友達と会って話す事ができたり、新しい人との出会いがあること。

今回も実に多くの友達が来てくれて、色々な話しをする事ができた。この場をきっかけに旅の話しをしたり友達の近況を聞いた。そして近々また飲もうという話しになる。

さらに、こういった話しだけではなく、コメントを書いてもらうためにノートを置いてあったのだが、そこには友達が感想や絵を書いてくれた。これはいつ読み返してもうれしいし、良い思い出になる。

今後も1年か2年に一度ぐらいのペースで写真を展示したいと思いますので、その際はまたお越し下さい。

「Iranian Blue」~寺町 健 写真展~
期間:2009年2月15日(日)~28日(土)
   月曜は定休日です
   12:00~15:30 18:00~21:30
   (15:30~18:00の間は店が閉まっていますので、ご注意ください)
   店内は禁煙となっております。
場所:カルカッタカフェ
   〒166-0004
   東京都杉並区阿佐谷南3-43-1 NKハイツ101
   詳細地図はコチラ
   最寄り駅は阿佐ヶ谷駅になります。

こちらが展示風景です。


展示会場のカルカッタカフェ


展示風景


コメントノートとプロフィール


カルカッタカフェの美味いカレー

あなたは無言で何を語るのか

「日本語も英語も通じない国でどうやってコミュニケーションを取るの?」と聞かれる事がある。どうコミュニケーション取っているか、言葉では説明しづらいが、確実に理解し合えている。それは日本語も英語も使わずに。身振り手振り、顔の表情、時刻や周りの環境などを総合して、お互いができる限り理解し合おうとして、言葉以外の情報を必死で読み取り、理解しようとする。言葉がない分、より集中して理解しようとする。

海外を一人で旅した事ある人は理解してくれる。言葉を使わなくても本当に理解し合えるのだ。

「が~まるちょば」という2人組の日本人サイレントコメディアンの舞台を見て、無言で伝えることについて改めて考えた。彼らのサイレントコメディは本当に面白い。テンポといい、落ちの作り方と良い、体の動きといい、ひとつひとつの精度がとても高い。見ていて面白いし、サイレントコメディという作品としても一級品だと思った。

あえて、言葉を用いずに伝える。伝えるツールが減ることで、より伝わる事があると思う。例えば今回のようなサイレントコメディに限らず、「詩」などもそうだろう。読む側の想像力を増幅させ、伝えていく。長い文章とは違い、読者自らの頭で考えさせる。すると、理解度も高くなるし、強く記憶に刻まれる。長い文章で書かれていると、読み流してしまい頭に残らないことも多々ある。あえて言葉を捨てると言う選択肢は非常に興味深かった。

さらに、彼らは20カ国以上の海外でも公演している。無言で伝える場合は、演じる者と見る者の間に共通の文化がより必要となると思う。海外でやっているということは、その国々の文化を調べて知り、それ体感して、ネタ作りをしているんだろうな。これはとんでもないぐらい凄い事だと思う。

「無言で伝える」事の神髄を見た気がした。


が~まるちょば
http://www.gamarjobat.com/

送信者 いろいろ

イランの写真展はじまりました

今日の朝、写真を搬入&展示をしてイランの写真展が始まりました。
写真を額に入れて吊るすだけでも、色々と頭を使う必要があるんだなと日曜の朝から実感。

そして初日のお昼から来て頂いたみなさん、ありがとうございました。
遠くから来てくれたり、近くから来てもらったり。
うれしいです。

28日までやっていますので、お時間があれば来てください。

以下詳細です。


展示風景

「Iranian Blue」~寺町 健 写真展~
期間:2009年2月15日(日)~28日(土)
   月曜は定休日です
   12:00~15:30 18:00~21:30
   (15:30~18:00の間は店が閉まっていますので、ご注意ください)
   店内は禁煙となっております。
場所:カルカッタカフェ
   〒166-0004
   東京都杉並区阿佐谷南3-43-1 NKハイツ101
   詳細地図はコチラ
   最寄り駅は阿佐ヶ谷駅になります。
   お食事の方は事前に予約をして頂けると幸いです。(tel:03-3392-7042)