「art」カテゴリーアーカイブ

足りない絵はがき

僕の中で旅と旅行の違いを決定づけるひとつのモノが絵はがきだ。旅に出たときは旅先から絵はがきを出すが、旅行に行ったときは出さない。それは自分の中での意味付けが影響している気がする。

この定義に従うとすればアラスカからは絵はがき出したから、旅なんだろう。アラスカを旅して実家に絵はがきを書いた。絵はがきを送った場所が北極圏の10人足らずの村だったこともあるのだろうけれど、僕が帰国してから2週間程して届いたようだ。帰国した次の週末に既に実家に帰省していたから、絵はがきは本人よりも時間がかかって届いたことになる。そんなことからも届くまでにしばらくの時間がかかったことが感じとれた。でも、この時間が安心させてくれる。人が移動する時間は飛行機などの恩恵もあって短縮された、しかし、人の心持ちのうつろいは技術の発達に伴って高速化しない。絵はがきが届くまでの時間も旅の続きのような気がして、その間をかけて徐々に東京の生活に馴染める気がする。

そう、絵はがきで思い出すことと言えば、スペイン・モロッコを旅した時の絵葉書だけがない。他の国を旅をした時はいつも絵はがきを送っているのだけれど、スペイン・モロッコの旅だけ絵はがきを送っていないのだ。実家のテーブルクロスの下には僕が送った絵はがきが並べられているのだけれど、1枚だけ足りない。パズルの1ピースだけを無くしてしまったような感じがする。今思えばスペイン・モロッコの旅でも送れば良かったなとも思うが、その時は初めての海外一人旅でそこまで気が回らなかったのだろう。次、スペインとモロッコに行くことがあれば、絵はがきを送ろう。

無くした1ピースを探しにいつかスペイン・モロッコをまた旅するんだろうと、おぼろげながら思っている。

海の向こうからやってくる絵葉書

送信者 ドロップ ボックス

少しばかり遅い2009振り返り

年が明けてからしばらく経ち今さら感はあるが、2009年を振り返えらぬまま2010年を迎えてしまったので、このタイミングではあるが振り返るとしよう。

《旅》
2009年は旅から始まった。2009年を迎えたのはロシア上空の機内の中。キャビンアテンダントがワインを振る舞いささやかなお祝いがされた。イランとロシアの旅から帰ったら日本はすでに2009年になっていた。

2006,2007年はあまり旅をしなかったが2008年2009年と旅を良くした。イランとロシアに始まりアラスカで終わった2009年の旅。その間にも東北から沖縄まで日本各地を旅した。国内は主に南西諸島以南の群島。トカラ列島(悪石島、口之島、子宝島、宝島)、奄美大島、甑島、久高島、沖縄本島。そして、祭りを巡った。西馬音内盆踊り、江刺の鹿踊、白山中居神社の創業祭、エイサー、台風の波で行けなかったけれど硫黄島の八朔踊り。

《走る》
荒川マラソンでフルを走り、水無月喜多マラソンでハーフを走った。山岳マラソンは初出場だった北丹沢山岳耐久レースと昨年に続いて参加した日本山岳耐久レース(ハセツネカップ)。そして、2010年に開催されるウルトラマラソン100キロにエントリーを済ませたのは2009年だった。昨年に続き2009年もちょくちょく走った。

《山登り》
友達と山に登ることはあったが、一人でテントを担いで山に登ったのは今年の夏が初めて。立て続けに中央アルプス、北アルプス、南アルプスと登った。テントで一人ゆっくりしながら飯を作り本を読み、星を見上げ、明日の天気にやきもきしながら眠りにつくことはとても豊かな時間だった。秋には安達太良山に。そして、3月には雪の雲取山に行った。

《水泳》
秋以降に水泳を始めた。泳ぐのは実に13年ぶりぐらいだった。水泳好きの友達がシンガポールから日本に帰国したので誘ってもらったのがきっかけだ。週末や平日の夜に泳ぎに行っている。気分転換にもいいし、肺活量もつくナイスな遊びになっている。

《写真》
2009年も写真展を開催した。イランに行った際に撮影した写真を展示した。いつものことだがなかなか準備が大変だった。額装して展示すると写真に重みが出ていた。なによりもうれしかったのは友達がたくさんきてくれたこと。久しぶりの友達に会えるから写真展は本当に楽しみだ。もちろんイラン以外でも写真を撮った。イランでは人を撮ることにチャレンジしてみたし、アラスカではその自然がもつ優しさと厳しさを表現したいと考えながら撮影した。

《クリエイティブライティング》
文章を書くことに真摯に取り組んだ1年だった。coyote編集長の新井さんのクリエイティブライティング講座に参加し、自分の文章と真剣に向き合った。正直かなり大変だったが、終わってみるとその分だけ自分の中に残ったものも大きかったと思う。

《本》
今年もいろいろな本を読んだ。おそらく30冊か40冊ぐらいかな。ジャンルとしては旅&冒険、エッセイが多かったのはいつもの傾向。小説は5冊ぐらい読んだかな。本でうれしかったのは、上記のクリエイティブライティングで出した課題を新井さんが読んでくださり、僕にあってそうな本を頂けたこと。さらに、その頂いた本は星野道夫さんの本棚にもあったという一冊だった。

こんな2009年でした。

ちなみに2008年はこちら。同じ部分もあれば新たなこともある。今の時点でこれを見ても大して面白みはないが、10年後にこれを見たら、あのころはそんなことが好きでやっていたんだと気づくんだろう。そんな10年後のために書き残す。

2010年はどんな年になるか。日本の祭りに行きたい、トライアスロンや海外の山岳レースに出てみたい。山にも登りたい。海外の旅ではアラスカに再度行きたいのとアフリカもゆっくり旅したい。写真と文章はより真剣に取り組みたい。2009年の延長に2010年はあるのだろうと思う。出来るかどうか、どうなるかは分からないけれど、自分がやりたいことは思いつづけていれば、少しずつでも出来ていく。新たな一歩を踏み出す基礎を固めるような年にしたい。

送信者 ALASKA 2009

アラスカ、旅の写真たち

アラスカの旅で撮った写真たちです。

アラスカの旅で撮った写真をを時系列でムービーにしました。
こちらはクリックすると、音楽とともに写真が時系列で流れます。
BGM:ウィーアーオールアローン 小曽根真

送信者 ALASKA 2009

この時期のアラスカは極夜に近くなっています。極夜とは白夜の反対で、太陽が昇らないことを言います。日照時間は3時間程度で、太陽は地平線のあたりをかすめる程度です。だから暗い時間が非常に長く、写真を撮るにはブレという天敵と戦わないとなりませんでした。逆にブレを使って撮りたいように表現できればいいのですが、そう簡単にはうまくいかない。。。という感じで写真を撮っていました。

さらに気温がマイナス30度ぐらいで、デジカメという電子機器には過酷な環境でした。明らかに処理速度が遅くなっていたり、レンズが凍ってしまったり、曇ってしまったりと。極北の大地で思い通りの写真を撮るのはなかなか難しい、そう実感してから、改めて星野さんの作品を見ると、ただただ驚くばかりです。

一方で、心の底から熱いものがこみ上げてくるような風景や、人々の何気ない表情、そして冬のアラスカに生きる動物など印象に残るものが多く、極北の大地では時間をかけて対象とじっくりと向き合い、写真を撮りたいなとつくづくと思いました。

送信者 ALASKA 2009

夜空を舞うオーロラ

送信者 ALASKA 2009

カリブーの角。できるハンターの証

送信者 ALASKA 2009

ドールシープ

送信者 ALASKA 2009

ブルックス山脈の谷に現れたブルームーン(1ヶ月に2度目の満月)

送信者 ALASKA 2009

飛び立つ前

送信者 ALASKA 2009

パイロットのビル

送信者 ALASKA 2009

雪におおわれた山々

送信者 ALASKA 2009

マッキンリー

意思があればひとつになれる。

矢野顕子さんのさとがえるコンサート2009に行ってきた。数年前から矢野さんがいいなと思って聞いていたのと、クリエイティブライティングの初回の講座で矢野さんのひとつだけが流され、こんな場にしたいと新井さんがお話しされた。さらに、阿佐谷の友達が矢野さん好きということで一緒に行ってきたのだ。

矢野さんはステージに登場したときからやんちゃな感じがした。(笑)天真爛漫の女の子が大人になった感じで、非常に心地よかった。自分の中から沸き上がってくるものを、いつわりなく体で表して歌っている感じがとても良かった。そして、MCで話している間もピアノをさわりながら自然に音を奏でていた。ピアノと一体感を持った方だった。そんな素敵なコンサートの中でも「When I die」という曲がとても印象に残っている。

そして最後の曲が終わり矢野さん達がステージから引く時に盛大な拍手が巻き起こった。それから、アンコールの拍手になかなかならなかった。それぞれの人はアンコールのリズムで拍手をしているのだろうけど、何千人もいるとリズムがなかなか合わない。そんな時間だけが流れていった。すると徐々にみんなの手拍子があってきた。ある瞬間これはみんなの手拍子がそろうなと思ってからは、あっという間だった。みんなのリズムが合わさり、会場全体がひとつのリズムでアンコールの手拍子を行った。

最初はバラバラでも、ひとつになるもんだ。そう思った。みんなアンコールのリズムで手拍子をしたいと思っている。だから、周りのリズムを聞いて隣の人にあわせたのだろう。その連鎖が少しずつ広がって行ってひとつになった。みんなの意思が同じ方向を向いていれば、絶対にひとつになるんだ。そんなふうに思った。これはコンサートの手拍子に限らず、大きな組織であろうと、チームスポーツであろうと、オーケストラであろうと。意思があればひとつになれるんだと思った。

聞き惚れる声

この1年ほど、朗読を聞く機会に恵まれた。

そのきっかけは、Rainy Day Bookstore & Cafeでの赤坂さんのストーリーテリングだった。深い森の中でアラスカの神話を聞いているような気分になった。こんなにも声が空間をひとつに包み込むものなんだと初めて気づいた。そして、また朗読を聞き続けたのは偶然にも同じ場所だった。

クリエイティブライティングでは、書いた文章をみんなの前に立ち朗読した。30人ほどの出席者が入れ替わり立ち替わりあるテーマについて書いた文章を読み上げる。数時間程さまざまな人の朗読に耳を傾ける。全6回の講座があったから、この半年で180回ほど朗読を聞いたことになる。それぞれ読むスピードも違えば、緊張して声が震えている人もいる、落ち着いて声に強弱をつけて読み上げる人もいる。その人なりの朗読になり、全てが魅力的にうつった。読み上げられている内容と朗読の仕方が非常に上手く合わさり、それらの組み合わせでしか生まれない表現となっていた。ちなみに、僕は参加者の一人に「少年みたいな朗読をするね」と言われ、自分でもその感想に頷いた。

参加者の中には図書館で子供に絵本の読み聞かせをしている人、プロのストーリーテラーかと思うほどの人、淡々と読み進める人、感極まって声が震えている人。そんな中でも特に好きな人が3人ほどいて、その人たちの朗読が始まると瞬く間に文章の世界に吸い込まれて行った。文章の内容よりも前に、その声だけで聞き惚れていた。声に聞き惚れただけでなく、そんな朗読をする人は例外なく素敵な文章だった。

朗読し始めた瞬間に空間を包み込むような、全ての視点を奪うような声。その声はつぶやくような柔らかさを持ちつつ、しっかりとしていた。声と声の間に潜むものや声の背景にある世界も伝わってきそうで、想像が膨ら朗読だった。朗読の素晴らしさは、読書では味わえない程に想像が膨らむことにあるのだろう。そして、その想像は場を文章の中の世界にする力を持っている気がする。

これが僕に取っては非常に希有な経験だった。声に自然と集中し、目を閉じて聞く。心地よいとても暖かく幸せな時間に浸っていた。そんな暖かな幸せは、今まで旅の中でしか出会ったことがなかった。そんな気持を初めて東京の建物の中で味わった。またひとつ幸せな時間が増えた気がした。

送信者 ドロップ ボックス