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apbank fes Reborn art festival2016

音楽番組を作っている友達Rさんに誘ってもらって、apbank fes2016に行ってきた。フェスというものに行くのは数年ぶりだったけれど、実に満喫して帰ってきた。

金曜の20時過ぎに東京駅から新幹線で仙台へ。仙台のスーパーホテルで泊まって、翌朝7時に出発。今回はRさんの友達と僕らで4人。朝、初めて顔を合わせて、レンタカーで出発。中国の広州からこのために来ていたKさんには、驚いたが毎年Rさんと一緒に来ていたという話をきいて納得。さて、出発。仙台を出ると5年前に見た風景がそこにはあった。

ボランティアで何度か来た時はまだデコボコの道路だった。それが、今はきれいな高速道路に変わっていた。ふたたびこうして、この地にくるというのは感慨深い。apbankfesの会場は、泥をかきだした海岸沿いのエリアからすぐそばの場所だった。更地になった港のエリアは大きなライブ会場になっていた。復興事業としていろいろな工事が行われており、乗用車とトラックの数が同じぐらい多く行き交っていた。

早めについて場所取り。炎天下はきついので、テントの下にシートを敷いてベストポジションゲット。ゆるゆると話したり、寝たりしながら時間を過ごしていると、ライブが始まった。Salyuを生で初めて聞く。伸びやかな歌声。これ以上でないと思ったところから、さらに伸びる声が心地よい。

音楽を聞きながら、いろいろな話をする。初めて会う人でも、いろいろな人がつながっている。おお、今宮城にいる、彼と知り合い?とか、あいつが会社作った時にサポートしていたよとか、とか、そんなに繋がるのかというほど。もちろん、音楽も。小さいころに聞いていたミスチルが演奏すれば、過去を思い出す。

そして、この石巻という場所。東日本大震災のあと二回ほどきた。2回めにGWにテントを持って来た時に、泥のかきだしをしていたが、その場所から数百メートルの場所が会場だった。生きているといろいろな物が重なりあっていって、いろいろな感情を味わわせてくれる。

ミスチルが歌い始めると、みんなが一斉に前へ前へと走り始める。そして、歌に合わせて手を振り、合唱する。これが、スターかと思った。他の歌手ではここまでならなかった。そして、その人達の顔を見ながら歩いていると、本当に幸せそうで、そういった人の感情を作り出せるってスゴイことだなと思った。と、同時に50年前とかはもっと娯楽が少なく、情報が少なかった。その次代の美空ひばりさんとかは、もっと多くの人を熱狂させたんだろうと思った。そう思うと、スターって、ヒーローってとっても重要なんだなと、音楽を聞きながら。

ミスチルが歌い終わると、いっきに人が帰っていった。次の歌手が終われば、さらに人は帰る。そして、1日目の夜の人が一気に減ってからの演奏を、木のチップが敷かれた大地に寝転んで聞いていた。七尾旅人さんが、ギター一つでゆるりと歌う声を聞くととても気持ちよかった。このゆったりとした時間が心地よい。1日を終えて、宿へ。石巻のすぐ近くの宿がとれたのでそこに。ホコリっぽかったので、風呂で汗を流し、夜な夜ないろいろなことを語りながら、お酒を飲んで寝た。

翌朝も快晴。宿を出発して、列に並んで昨日と同じテントの下をゲット。今日もここで快適に過ごすことができる。準備は今日も万端で、クーラーボックスに凍らせたスポーツドリンクがあったり、冷えピタ、エアマットや椅子もあって快適すぎる。そして、音楽が流れてくる。

2日目は、佐藤タイジ、ミスチル、ハナレグミ、ミーシャ、イエンタウンバンド、Bank Bandという神がかった流れ。特にハナレグミの心の柔らかい部分をそっと包み込むような歌、からのミーシャの力強い歌声は最高の瞬間だった。本当に満足度の高い時間。ただ、帰らねばならなく、JRというアーティストの大きな写真を撮って、帰ることに。歩きながら、BankBandの歌声が聞こえ、最高の蛍の光となった。渋滞もなく仙台に早く着いたので、ご飯を食べて東京へと戻った。






■持ち物
エアマット
ブルーシート
折りたたみ椅子
凍らせたペットボトル
お菓子
おにぎりなど
クーラーボックス
帽子
マスク
タオル
冷えピタ
日焼け止め
ウェットティッシュ
ボディタオル
レインウェア

高速なPDCAができない仕事

今の時代は情報が整理されている。だからこそ、ある行動をした結果がすぐに数値で見れるようになってきた。

それはインターネットのサイトであれば当たり前だけれど、台風とか希少予報などの自然現象もデータを取り、それぞれの場合はどんな結果になるかを数値で読み取り、次はこうなると予測して精度を上げる。飲食店などの店舗
経営も天気による来店の影響とか、来店した方のプロファイル情報や購入履歴も全てデータとして分析できる。だから、早いサイクルで仮説・実行・検証・改善(PDCA)を繰り返し、いろいろなものは改善されていく。

もちろん、この流れは全ての物事に反映されてきているけれど、例えば農業はまだまだだ。といのは、新しく花や野菜を育て始めたら長いと1年サイクルだ。これを試行錯誤して改善するにはそれなりの時間がかかる。デジタルデータとして存在しないので、仮説から改善のサイクルもなかなか難しい。そう、期間の長さとデータ化されていないものは、高速なPDCAができない仕事なのだ。こういった仕事は、最善のアウトプットを出すことが難しい。

その最たるものが、人間だと思う。生まれたばかりの人間が年を重ねて物事を経験し、学び大きくなっていく。なんといっても期間がとても長い。20年とかかかる。いや、その人が社会に出すアウトプットまで見ようとしたら生まれてから50年、60年は必要だ。もちろんこれだけ長いし、データ化もされていない。この期間の長さとデータ化されていない状況は他にはない。それだけでなくN数が少ないのだ。1人の親にとって、子育ては1回きりだ。2人子供がいても、結論がわからないタイミングで2人目を育てるのだから、1回なのだ。20歳で子供を産み、子供が50歳になる頃に、再度子育てをすれば2回経験することになるが。まあ、それだけの期間が経てば、社会環境が大きく変わっているので、結局またゼロからスタートな気がする。

高速なPDCAが可能な世界で生きてきて、そういった仕事やそういった思考でいる僕らの世代には、なかなか戸惑いを隠せない。昔であれば、全ての物事がデータ化されていなかったので、まあ一緒だよねと思えただろうけれど。今の時代の人が拠り所とするデータと高速なPDCAでの改善が通用しないというのだから。子育てというのは、難しさの極みだと思う。ある意味、職人的な仕事のような。

こうなると、過去の人々の一般化されたデータ(統計)とかに頼るか、経験者の世代の知恵を聞くとか、まあ、あとは信念しかないんだろう。こうだと親が信念を持ってやっていくしか無い。最後は、全ての個体は本来違うものなので、その子の持ち味が社会にもっとも活きるようにサポートするしかないのだろう。

一度原始的な方法を試してみる

家電製品などが発達した現代社会は便利だ。ホームベーカリーもそうだし、炊飯器、給湯器、電子レンジ、パソコン、スマホ、自動車、洗濯機、冷蔵庫、エアコンなどなど、挙げだしたらきりがない。非常に簡単で便利だけでなく、自動化されているのでミスが少ない。家電製品のアウトプットは並以上のものが常にできあがる。

ただ、フタを閉じ、スタートボタンを押したらできあがるまでがブラックボックスなのだ。スタートから完成(アウトプット)までの間にどんな行程が行われているのかが分からない。まだ、俺らぐらいの世代は、全自動の物が少なかったので過程を知っているが、今の子供達は生まれた時から家電製品が身の回りに溢れ、かつ全自動のものが多いのでどんな行程が行われているか想像もつかないかもしれない。

ホームベーカリーを手に入れる前に、粉を捏ねてオーブンでピザを作ったりケーキを作ったので、どんな行程があるか分かっているが、ホームベーカリーしか使わなかったら、どんな風にできるか分かっていなかっただろう。だって、はかりの上にホームベーカリーのパンケースを置いて、分量通りの強力粉などを入れホームベーカリーにセットしてスイッチ押せば出来上がっているのだから。いったい何してるの?状態。

これは炊飯器も、自動車の動く原理も、なにもかもしかりだ。自動車だってクラシックカーが多く走っていたキューバでは、誰しもが工具を持って修理をしていた。

そう、一度自動化された機械に頼らず原始的な方法でやってみる。するとどんな原料で、どんな行程で作られるかわかる。どんな風に動いているかが分かる。すると、応用が利くのだ。作り方や材料もアレンジできる。機械を使うときもアレンジできる。そうすると、楽しみの幅が広がるし、いろいろ発展する。

自分の体も同じ行程を経て、人間の体の原理を知り、アレンジできる。トレランとか長距離走るのも、筋肉の動き、骨格の挙動範囲を理解してからだと、効率的に動けるようになったりと。と、まあ、一度原始的な方法を試してみて、原理原則を学び取る。そうすると、応用がきいていいなということ、当たり前だけど常に頭の何処かに。

常に今がピークと思えるような日々を歩んでいきたい

葉桜になりかけた週末、小田急ですぐに行ける大山へ。家から1時間弱で行けるのが便利だ。何度も行ったことある山で、感覚的に自分でどれぐらいの時間がかかって、どれぐらいの負荷かを知っている。だからこそ、トレランしてて衰えたなと思った。運動量減ったから当たり前だ。

そんな自分の衰えを感じながら、ふと考えた。衰えたとすると、いつが一番肉体としてピークだったのだろうか?。が、明確には分からない。分かるはずもない。毎日体重を測っていて、今日が一番軽いとか思いなら判断がつく。しかし、肉体のピークって明確な指標がない。さらに、肉体がピークでも、精神が伴ってなかったり、経験不足でノウハウがないと肉体の価値を完全に出し切れないから、ピークは明確に分かりっこない。

ただ、今が肉体のピークでないことは明らかだ。運動をあまりしていないから。

そんなことを考えていたら、いつも今がピークかもしれない、今がピークだと言い続けられるように情熱と練習をし続けていたいなと思った。今がピークかもしれないと思える、期待できるということは、それだけ日々トレーニングをしているからこそだ。

トレランに限らずどんなことでも、こうしてありたいなと思える人生のスタンス。その方が人生楽しい。英会話もそうだし、車の運転も、ビジネススキルもそうだし、自分の性格もそうだし、他者とのコミュニケーションもだし、料理の腕もだし、スキーとかも、本当になんでも。どんなことでも今がピークかもしれない、ピークだと思えるぐらいの日々を送り続けたい。

いい友に囲まれることはかけがえのないことなんだと、ただそれだけを教えてもらった

いい仲間に恵まれているなと思った。

芸大の友達、大学の友達、旅の友達、トレランの友達、山の友達、仕事の友達、昔会社やってた友達、ディベートの友達、阿佐ヶ谷の友達と、まあ、ジャンルが幅広いし、みんな価値観違うし、やってること全然違うし。

でも、どの友達も自分の素で接していて、分かり合える友達ばかり。全然ちがうように見えても、つながっている部分がある、強く共感できる部分がある仲間ばかり。

ちょっと癖がある人ばかりだねwと言われたけど、実際にそうだと思う。それだから、いいんだとおもう。やはり、芸大の友達は独特のセンスが溢れている。それは、芳名帳の文字もだし、ご祝儀袋が自作の絵だったり、作品だったり、服装も。自分の価値観があるので、それにしたがって生きている友達なんで。それ以外の山の友達とかも、世の大半のサラリーマンして人生つまんなさそうな属性とは大きく異る。

みんながそれぞれに、好きなように生きてて楽しそうだし、僕の人生にいろいろな視点や世界を与えてくれた友達ばかり。正直、こだわった部分とかは無いけれど、せっかくきていただくなら、楽しんでもらったり、不便なこと無駄なことをできるだけ省いて、この友達とこの友達がつながればいいなとか、新たな仲間や世界に触れる出会いの場になればいいなと、それぐらい。

こうした仲間といろいろな時間を過ごしてこれたことが、ただそれが嬉しかったし、自分を作り上げてくれている。もちろんその場の楽しさを共有した記憶も、ものすごく辛くて死にそうだったことを協力して乗り越えた経験も。そんな苦楽をともにしたのは良いなと。そんな思い出を噛み締めたり、今の出来上がった自分に感謝するとともに、再びこうしてそんな仲間と笑っていられるという、そのことが何よりも幸せだなと。

そんな風に自分が最大に楽しみ、きてくださる人も最大に楽しむには、できるだけ社交辞令的なことを一切省くのがいい。無駄なものがない、無駄な気を使う人がいない。社交辞令的な雰囲気になると、無駄で誰も面白く無い時間だけが流れてしまう。誰にとっても意味が無い。だから楽しむには社交辞令を徹底的に省く、そんな信念を貫いてよかった。

あとは、何よりも両親が楽しそうだった。僕のブログで出てくる人たちに会えたのがよかった気がする。ブログはよく書くが、18歳で東京に来てからのことはあまり知らないので、14年間をぎゅっと凝縮して僕の人生を友達という軸で知ることができた感じがして。両親があんまり知らない友達と馴染めるかなと不安なところも合ったが、友達と両親が楽しそうに会話しているのを見ていいなと。そして、父が友達と話しているのを見て、ノリがけっこういいなと思い、そして僕はやはり似ているんだなと思っていた。14年間に出会っていろいろな経験を一緒にしてきた仲間を両親に結婚式という場で紹介できたのは何よりもよいことだったと思う。そのためだけにでもやった価値があった今は確信を持っている。みなさん、ありがとうございました。