「art」カテゴリーアーカイブ

夕日、富士山の七変化、ご来光、天の川、一面の花、遠くに見える山々、そして青空、そんな登山の写真

南アルプス山脈、北岳と間ノ岳に行ってきた。
天気がとてもよく、いろいろな景色を楽しむことが出来たので、まずは写真をアップ。

詳細はまた今度書きます。

17日土曜日

昼頃から山登り開始。雲が多く、雨もパラパラ。
初日のテント場である北岳肩の小屋に到着して、18時30分ぐらいになると、雨上がる。夕日のためかと思うほど。

送信者 北岳と間ノ岳

雲が早く動く

送信者 北岳と間ノ岳

薄い雲の奥に太陽

送信者 北岳と間ノ岳

空がオレンジ色に染められる

送信者 北岳と間ノ岳

みんなテントからはい出して西の空を見る

送信者 北岳と間ノ岳

稜線沿いにあるテント場からは西も東も見れる。振り返ると富士山

送信者 北岳と間ノ岳

花も染められる

送信者 北岳と間ノ岳

勢いを持った雲

送信者 北岳と間ノ岳

どこにだってはみ出す奴が1人ぐらいいる

送信者 北岳と間ノ岳

さて夕焼けのショーもクライマックス

送信者 北岳と間ノ岳

また明日の朝までさようなら。サンセット

送信者 北岳と間ノ岳

東の空では富士が微笑む

送信者 北岳と間ノ岳

やっぱり、富士山は美しい

送信者 北岳と間ノ岳

次は月の出番

送信者 北岳と間ノ岳

そして、夜中には無数の星

送信者 北岳と間ノ岳

東の空には富士が。真っ先に色を取り戻す。

送信者 北岳と間ノ岳

もう、朝だ。太陽は働き者だ。月と星はまた今夜まで。

送信者 北岳と間ノ岳

日常が始まった

送信者 北岳と間ノ岳

色とりどりのテントを片付け、それぞれの山へ旅立つ

送信者 北岳と間ノ岳

富士さん、あなたは顔を出し過ぎですよ。まあ、それだけ存在感があるんですね。

送信者 北岳と間ノ岳

雲だって、それの主役になる

送信者 北岳と間ノ岳

この飛行機は何処の国へいったのだろうか?

送信者 北岳と間ノ岳

日本で2番目の北岳山頂の人々は、1番目の富士山を見つめる。

送信者 北岳と間ノ岳

そう、ここは北岳山頂

送信者 北岳と間ノ岳

向こうに見えるは、間ノ岳

送信者 北岳と間ノ岳

富士に何を思う?

送信者 北岳と間ノ岳

次は富士山へ?それとも以前の富士山登山の思い出話でもしているのだろうか?

送信者 北岳と間ノ岳

可憐に咲く花

送信者 北岳と間ノ岳

白、黄色、紫、鮮やかな花の咲く山

送信者 北岳と間ノ岳

吸い込まれそうだ。

送信者 北岳と間ノ岳

青い空と山は最高の組み合わせ

送信者 北岳と間ノ岳

僕も富士を眺めて、何を思う?

送信者 北岳と間ノ岳

いや、ただ、寝る準備だった。

送信者 北岳と間ノ岳

今回の登山では花に魅せられた

送信者 北岳と間ノ岳

どこまで歩いていくのですか?ちょっと、そこまで。

送信者 北岳と間ノ岳

今日も夕日の時間です。でも、雲が上がってきた。

送信者 北岳と間ノ岳

立派な雲だ。

送信者 北岳と間ノ岳

山が重なると水墨画に見えるのはなぜだろう

送信者 北岳と間ノ岳

またまた、やってきました。富士山です。

送信者 北岳と間ノ岳

まるで、地獄に堕ちるよう。

送信者 北岳と間ノ岳

ここは何山脈だろう

送信者 北岳と間ノ岳

夕日に染め上がられた稜線。稜線の美しさ、ここにあり。

送信者 北岳と間ノ岳

もう少しで、富士山から水がこぼれます。

送信者 北岳と間ノ岳

もう、富士山満タンです。

送信者 北岳と間ノ岳

富士山を見ていたら、日が沈む

送信者 北岳と間ノ岳

これはまさに夏の雲

送信者 北岳と間ノ岳

テントから顔を出すと、富士山と満天の星空。

送信者 北岳と間ノ岳

そして、天の川

送信者 北岳と間ノ岳

天体図を作った人は星の数をかぞえたんだろうか。気が狂いそうだ。僕は眺めているだけがちょうどいい。

送信者 北岳と間ノ岳

そして、また朝の富士。赤富士。毎日、ちょっとずつ表情が違う。

送信者 北岳と間ノ岳

その美しさは誰もが認めます。

送信者 北岳と間ノ岳

さて、今日も行動開始。それが5時ってのが山の時間。

送信者 北岳と間ノ岳

山だー。

送信者 北岳と間ノ岳

なんだかミニチュア模型の様に見えた。みんな、山を降りるよ。

送信者 北岳と間ノ岳

花は咲き

送信者 北岳と間ノ岳

山に生け花をしたようだった。

送信者 北岳と間ノ岳

森林限界を終えて、緑の木々が生き生きとしていた。

送信者 北岳と間ノ岳

溢れる緑がまぶしい。

送信者 北岳と間ノ岳

水の恵みはありがたい。顔を洗って、水を飲む。

送信者 北岳と間ノ岳

新芽が生えてきた。

送信者 北岳と間ノ岳

木漏れ日の影はどいつの影だろう。

送信者 北岳と間ノ岳

君たちの瑞々しさは日本一。

送信者 北岳と間ノ岳

ゆらゆら揺れる橋を渡って、今回の山は終わり

送信者 北岳と間ノ岳

バイバーイ。

日本代表の戦いを見て、心を打たれた

いい顔してるなぁとつくづく思った。

ワールドカップ南アフリカ大会。
サッカー日本代表の戦いを見て、心を打たれた。

デンマーク戦のあとの日本選手はいい顔をしていた。
信頼できる仲間と精一杯力を出し切って結果を得た、その充足感が選手の顔ににじみ出ていた。
それが、見ているだけで伝わってきた。
見ている僕にも漲る力を与えてくれた。

そして、決勝トーナメント1回戦。
パラグアイとの戦いだった。
前半後半、そして延長戦の前半後半、お互い1点も取ることが出来ず、1点も与えることなく試合はPK戦となった。
死力を尽くした戦いだった。
けれどPKをはずし、日本は負けた。
その後の、目をまっ赤にして泣く選手達。
涙を流すというレベルを遥かに越え、泣いていた。
テレビを通して、あそこまで人が泣く姿を見たのは初めてかもしれない。
それだけ、どの選手も本気で、何としてでもチームの仲間と勝ちたかったのだろう。

彼らの姿を見て、僕も胸が熱くなった。

なんでこんなにも選手が泣き、僕を含め日本人の多くが感動したのだろうか。
そもそも各国の代表になるには「体力」「技術」が必要なのは言うまでもない。さらに、「知力」「精神力」「直感」をどこまで兼ね備えているかが超一流と呼ばれる選手か否かを決定づけると思う。そんな選手が集まって、能力のすべてをぶつけ合い体力的にも精神的にも極限の状態で試合を戦う。そんな限界状態で結果が突きつけられる。それだけでも感極まるだろうけれど、何と言ってもそこに「仲間」がいたから、日本の選手達は泣いたのだろう。信頼できる仲間と寝食を共にして、同じゴールを目指したからこそ生まれる感情がある。

ちょっと冷めた発言に思われるかもしれないが、「結果」を残したことも不可欠な要素だったと思う。シビアな話しだけれど、感動を生むには想定以上の結果が必要だ。先日の「はやぶさ」にしろ、困難に巻き込まれ途中はうまく行かなくても、最終的に地球に帰還すると言う結果が必要だったのだ。だから、あんなにもみんなが機械である「はやぶさ」に感情移入した。今回の日本代表も予選リーグ敗退との前評判を覆し、決勝トーナメントまで進んだ。そうでなかったら、この感動をうむことはなかっただろう。どんな言い訳よりも、想定と同等もしくはそれ以上の「結果」が必要なのだ。

へりくつめいたことを書いたが何にしろ、
極限まで突き詰めた人間の姿は美しい。
心が動かされる。

そして、僕もよりいっそう精一杯日々を生きていこうという気持になった。

関連エントリー

24時間マラソンのイモト以上のゴールシーンに出会いたいならば

送信者 ドロップ ボックス

見たい夢を見る

実は見たい夢を見ることが出来る。確率にして5割程度だろうか。空を飛ぶ夢を見る人は夢をコントロールしやすいとか、明晰夢を見る人も同様であると聞いたことがあるけれど、真実のところは知らない。さらに、怪しい世界に入り込みたいと思っているわけでもない。今までの経験上でなんとなく自分の中で気づいた方法にすぎない。

先日書いた「はやぶさ」の記事で「今夜はなんだか希望に満ちあふれた夢を見れそうだ。」と締めくくった。はやぶさの帰還に興奮し、もういちどあのドキドキを味わいたいと思った。テレビのニュースで再度見ても、最初に見たようなドキドキは味わえない。野球の結果を知っているのに、試合の再放送を見ても盛り上がれないように。でも、夢の中であれば、最初に見たときと同じように興奮する。いや、現実よりもよりリアリティをもつかもしれない。そんなこともあって、はやぶさの夢を見れたらなと思っていた。そこで、夢を見るための準備をして床についた。

僕の夢を見る方法はいたってシンプルだ。

◆見たい夢を見る方法

・寝る少し前に(直前ではない)、見たい夢のことを”ちょっとだけ”考える。
・思い詰めるように考えるのではなく、なんとなくぼんやりと。

すると、夢に出てくるのだ。

科学的に考えれば、夜寝ている時にその日に起こった出来事(情報)を整理しているという。寝る少し前にぼんやりと考えたことは、その日の最後の情報になる。だから寝ている間に処理されるのも最後、すなわち明け方だ。よって、夢に出てくる順番も最後の方だ。

人間は一晩で夢を4、5つぐらい見ていると言う。ノンレム睡眠とレム睡眠の周期で夢がやってくるのだ。毎晩こんなにも夢を見ているけれど、夜中に熟睡しているときの夢は覚えていない。でも。明け方に見る夢は、目が覚める直前で覚えている可能性が高いのだ。僕の方法はこの時に、夢に出てくる状態を意図的に作り出しているのだ。

こんな風に言ってしまうと、当たり前でつまらないけれど、見たい夢を見れるのも悪くはない。

それで「はやぶさ」の夢の内容だけれど、真っ暗な夜空に閃光を放ち「はやぶさ」が地球に戻る瞬間を草原で見ていた。なぜだか一緒に見ていたのは仕事仲間だった。はやぶさが去った後の夜空には、オーロラが瞬いた。緑色のオーロラに続いて赤色の強いオーロラも空を舞った。現実に見ているかのようにリアリティーがあり、美しいオーロラを楽しんだ。そして、目が覚めた。目が覚めた時に、「何だ、夢だったのか」とショックを受けるのではなく、「良い夢を見れたな」と朝から幸せな気持になれた。

送信者 四国

遊ばざる者、働くべからず

反捕鯨団体シーシェパードへの寄付金などで、最近は色々と言われるパタゴニア。個人的にもシーシェパードはおかしいと思っているけれど、それは別としてパタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードは素敵な人物だ。

石川直樹の「全ての装備を知恵に置き換えること」という本の冒頭にパタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードとの会話が書かれている。

「冒険というものの究極は自分の身体一つで行うことだと思っている。もしある人がはじめてクライミングをやりはじめたら、周りにある装備を全て使うだろう。例えばアイスクライミングだったら、最初はダブルアックスで氷壁を登るかもしれない。それはとても簡単なことだ。しかし、技術を身につけていくにつれ、その氷壁を一本のアイスアックスで登れるようになるかもしれない。もしも、禅マスターだったらここに座ったままでも氷壁を登ってしまうかもしれない(笑)それはある道筋のようなものなんだ。私にとっての究極は何の道具も使わない”ソロクライミング”なんだよ。チョークやクライミングシューズもガイドブックも・・・・・・。裸で登るのが究極さ。きみが興味を持っている古代の航海術と同じように、全ての装備を知恵に置き換えること。それが到達点だと思ってる。私はそれを完全に信じてやまない。」

こういった、彼の思想がいくつか紹介されている。彼の考えを僕の思想表現で言えば、「物質的にも精神的にもミガル」となる。これは旅を重ねているうちに、自分の思想のひとつとなっていった。ミガルになる事によって、より自然と対等になり繊細な感覚で自然を知る事が出来るし、物がないことによって知恵を絞り出す。ハイテクなグッズでミガルになるのとは、少し意味合いが違っている。本当の意味でミガルでいるためには経験と知恵が必要になる。それが「全ての装備を知恵に置き換えること」という意味だ、イヴォン・シュイナードという人物に関して詳しく知らないけれど、「全ての装備を知恵に置き換えること」という思想に限っては全面的に賛同できる。

送信者 ドロップ ボックス

Patagnia創業者イヴォン・シュイナード
1998年10月エスクァイア日本版
『パタゴニア PRESENTS HOW TO BREAK THE RULE. A to Z
 :遊ばざる者、働くべからず 』

1.ルールは盲目的に従うものではなく、自分たちで創るものである。
2.過ぎ去りし時代の栄光、成功をひきずらない。
3.夢中になり悪戦苦闘することが仕事であり、それは決して苦労ではない。
4.我を忘れることが遊びである。
5.何事も閃いたり、思ったら、まずアクションをひとりでも起こす。
6.お金のかからない自分なりの贅沢を知っている。
7.ムダな生活用品よりも趣味に関するモノの方が家に多い。
8.業界づきあいは必要最低限にとどめる。
9.神出鬼没。
10.単純なくりかえしの作業に神経を集中することが出来る。

11.神は決して人の姿をしていないと思う。
12.利害関係ではない人間関係に恵まれている。
13.プロの物書きではないが文章を書くのは好きである。
14.投機的なることにはいっさい興味がない。
15.寝食忘れて物事を追求してしまう。
16.太陽系の中のひとつの惑星に自分は生きていると感じることがあり、神秘を知る
17.生きることはユーモラスなことだと笑うときもある。
18.ハードなときでも人生や仕事を楽しむコツを知っている。
19.大人の常識よりも子供の奔放さに本来の姿を見る。そして感心する。
20.生活習慣のひとつに日記やスケッチがある。

21.インスピレーションやテレパシーに満ちた生活を送っている。
22.およそ営利目的だけで作られた新製品には興味がない。
23.名コックの料理もいいが、山の上で渇きを潤おす一個の果実の至上の美味を愛す
24.美術館の中の高価な美より日常生活の中に在るさりげない美を愛す。
25.人は誰しもがアーティストだし、そうあるべきだ。
26.クリエイティブな作業に没頭しているときに生きる悦びさえ感じる。
27.歩いて行ける所ならば、車には乗らない。
28.子供の頃から好きで、ずっとやりつづけていることがある。それがあるから自分だと思う。
29.モノの名称よりも、自然に関する名称をよく知っている。
30.動物との共生感が人には絶対に必要な感覚であると信じている。動物は魂の友である。

31.山や海は聖書以上の偉大なるバイブルであると感じたことがある。
32.喜びや富は多くの人と共有すべきものである。
33.悲しみは自分だけのうちにひっそりと秘め大事にすべきもののひとつである。
34.文明ということでいえば、先進国より未開社会に真価をみる。
35.マス・メディアを信用しない。観ない、読まない。
36.都市での流行現象に無関心のうえ、他人を意識したファッションを着ない。
37.どんな問題も頭で解決するものではなく手と足を使い解決する。
38.過ち、失敗からは逃げず真剣に取り組む。
39.手になじんだ道具を使い、創造する趣味がある。
40.コレクターではないが、愛着のあるモノがたくさんあり、大事にとってある。

41.50歳を過ぎてから信念と確信に満ちた仕事をはじめる。
42.生涯一職人的なスピリットを持った自由人であろうとする。 
43.人は誰しも何らかの使命を持って生きるべきだと思い、それを実践している。
44.仲間たちとの仕事、遊びであれば思い切りエンジョイできる。
45.原点が何であるかを知り、そこに戻らず、よりよい方向へと前進する。
46.人と能力を競いあうことよりも高めあうことに興味がある。
47.いくつになっても自然に対する驚きを忘れない。
48.ネクタイ、スーツが仕事着だとは思わない。働きやすいスタイルが一番。
49.テキパキと仕事をこなしてしまったら、勤務時間中でもあとは勝手。
50.知的な好奇心と体のはたらきがひとつである。

51.人と人との出会いからすべてがはじまり、そこに未来が開かれていった。
52.誰も歩まなかった道を先人たちの残した英知をムダにせずに歩む。
53.組織はシステムではなく個人が解放されるサークルであるべきだ。
54.何よりも自己の健康の管理が大切である。と同時にメンタリティの自己コントロールも。
55.フラストレーションを決して他者にぶつけない。
56.音楽の響きの奥に感情の源を知る。
57.エゴがある限り、それをのぞむ限り、人は何も得ることができない。
58.町内の人々と親しく長いつきあいがある。街にも通じている。
59.酒場で決して社会、会社、家庭の自慢や愚痴をいわない。
60.よきライバルである親友たちに恵まれている。仕事でも遊びでも。

61.超自然、非科学的世界におけるフォースを信じる。強い関心があり、調べたりもする。
62.何事も決断が早い。
63.体験したことのないことを知ったかぶりをして批判的に語らない。
64.年少者であれ年輩者であれ年の差を超えて、よき人生の友となれる。
65.道具とは社会の中のルールではなく、地球そのものに対する愛であると思う。
66.前例のないことでも、正しいと思えばやってしまう。
67.他人の意見を尊重するが、自分の意見は曲げない。
68.大自然を前に神を感じたことがある。
69.飛行機では行くことのできない旅先に憧れ、何度も実際に行ったことがある。
70.心の通った握手のやり方を心得ている。

71.天体に関する忘れ難き思い出がある。
72.旅行以外のときは手ぶらで暮らすのが性に合っている。
73.昼と夜の過ごし方のメリハリがハッキリしている。
74.いくつになっても、たえず何か学ぼうとする。
75.鍵の数だけ人は不幸であり、賞なるものも、その鍵と同じである。
76.シンプルな生活ほど人の強さをあらわしている。
77.テレビを観ることは、ほんの気晴らしである。観ないにこしたことはない。
78.家族内での断絶はない。
79.自分独自の人生経験にのっとった暦がある。
80.ひとり暮らしの不自由さは感じない。

81.休日に退屈をおぼえることはない。気の向くままに行動している。
82.カルチャー・ショックにより自分自身を強くすることができる。
83.いつも太陽と月が気になる。
84.計算よりも偶然のなりゆきに事の本質があることを知る。
85.自分が心安らげる場所が何処かよく知っている。
86.盛り場よりも”外れ”のちっぽけな町を愛する。
87.マネー・ゲームのために結束し、抗争はしない。そんなゲームからはおりる。
88.古き佳き時代の音楽やアート・オブ・リヴィング、詩、人を愛する。
89.女子供という見方、扱い方をしたことがない。 男ならば。
90.他人のプライバシーをのぞきみしたり、干渉したりするようなことも、気もない。

91.肩書きで相手をみない、そんなものに惑わされない。
92.東洋的、日本的な文化や精神世界への関心がある。
93.何であれ、他人をうらやましいと思ったことがない。
94.どんなに忙しくても、本を読む時間はつくる。
95.遊び友だちとの笑いに満ちた長く自然のつきあいがある。
96.ネイティブ・ピープル、カルチャーに尊敬の念を抱く。
97.臨機応変の生き方をしている。
98.それを欲しているうちには、それは本当に手に入らないことを知っている。
99.海と山で、この地球のことを学び、街で、人生のことを学んだ。
100.はじまりは終わり、終わりははじまり・・・であると知る。

送信者 ドロップ ボックス

Going back to a simpler life is not a steep backward;
rather,returning to a simpler way allows us to regain our dignity,
puts us in touch with the land,and makes us value human contact again.
by Yvon Chouinard

よりシンプルな生活ーそこへ戻るのはむしろ前進なのだ。
シンプルになることで私たちは尊厳を取り戻し、
大地と接し、人と人との触れあいの大切さを、もういちど学ぶことになるのだから・・・

もちろん、以下に100個もあるから、全てアグリーできるわけではないけど、

イヴォン・シュイナードコチラで拝見して、いいなと思ったので貼付けました。

送信者 ドロップ ボックス

それだけで成立していることの安心感

iPadが話題になっている。

何度か触ったけど、これは雑誌や写真集を読むのには適している気がする。一方でAmazonが出しているキンドルは本を読むのに適しているんだろうな。いずれにせよ、紙媒体はどんどん少なくなり、電子化していく。でも、iPadやキンドルでは革命的にペーパーレス化は進まない気がする。

紙がなくなると思う程の衝撃は電子ペーパーしかない気がしている。入力はキーボードのようにタイピングとペンタブレットの両方。もちろんネットワークには繋がっていて、折り畳んでポケットに入れて持ち運べる。さらに、2枚電子ペーパーを持っていれば、情報を見比べることもできるし、紙が本当にいらなくなると思う。電子ペーパーなら重くないし、かさばりもしない。

この50年~100年で3つの革命が起こると思っている。人工知能革命と再生医療革命と電子ペーパー革命だ。そんな3つの中に入るほど、電子ペーパーは大きなインパクトを人類に与えるんだと思う。この流れが来ることは間違いないと思うし、享受する利便性も大きいと思う。

こんなことを書いておきながら、紙が好きだ。もっと言うと、「それだけで成立している物」が好きだ。

「メール」と「手紙」
「デジタルデータの写真」と「プリントした写真」
「電子ブック」と「本」

この例で言えば、「手紙」、「プリントした写真」「本」が好きなのだ。それが、「それだけで成立している物」が好きということ。「それだけで成立している物」とは、単体で役目を果たせる物のことだ。分かりづらいので、例えば「デジタルデータの写真」を見るためには、パソコンなどの電子デバイスがいる。電池などの電力がいる。データがいる。ネットワークの環境がいることもある。これらがそろわないと、「デジタルデータの写真」を見ることは出来ない。一方で、「プリントした写真」はそれだけで見ることが出来る。

デジタルはそれ単体では価値を持たない。いくつもの要素が全て満たされて、価値を発揮する。ただ、現代は科学技術が発達しているので、複数の要素が安定して供給されており「デジタルデータの写真」が見れないと言うことは滅多にない。どちらかと言えば、それだけで成立している物の方が単体で見られる安心感があるのは事実だ。

「それだけで成立している物」は、それ以外の何者でもない。例えば富士山が写っている写真は、富士山が写っている写真でしかない。一方でパソコンで見る富士山の写真は、物理的に存在する物はあくまでもパソコンであって、そこに富士山の写真のデータが一時的に写っているだけだ。そのパソコンに表示される物は他の写真にも変わる。一方で1枚の富士山の写真は、それでしかない。写真は鉛筆で、デジタルの写真はシャープペンだ。パソコンがシャープペンの本体で、データがシャープペンの芯となる。鉛筆、シャープペン、シャープペンの芯だと愛着がわくのは鉛筆だろう。そのものでしかないから、傷も付くし、よれよれになる。だから愛着がわくのだ。

電子メールよりも手紙を大切にするのもそんな理由だろう。手紙はそれ自身が単体で存在し、価値を持っている。だからこそ、電気がなくてもそこにある。それだけで楽しめ安心感がある。

デジタルはコピーできるから、永遠にあるように思っているけど、そう思っているからこそ、大切にせずどこかへ失ってしまうことが多々ある。「それだけで成立している物」、逆に言えば代替がきかないもの(手書きの手紙など)を大切にしていきたい。

茂木さんが話していた、迷ったときはモノに帰れ

作るという行為が自分に与える影響

送信者 ドロップ ボックス