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【PNG紀行3】祭りの始まり

前回の旅日記はこちら【PNG紀行2】日常から非日常の扉をあける日

朝起きて、買っておいたパンを食べる。パサパサとしたパンだが噛んでいるとほんのり小麦の香りを感じる。ピーナッツクリームを塗るけれど、このクリームも水分が少ないのか伸びない。砂糖もかなり少なめで甘くない。まあ、そんな朝ごはんを食べる。ほぼ毎日こんな朝食を続けた。

今日はパプアニューギニアに来て1つ目の祭りに行く。泊まっているマウントハーゲンから1時間程度バスで移動したところにあるパイワ村(paiya)で年に1度行われる祭りだ。明日から見る予定のマウントハーゲンショーと比べると規模が非常に小さい村の祭り。この祭りはパイワ村にある小さな広場で行われる。

まずはゲストハウスからバスでパイワ村へと向かう。同じゲストハウスに宿泊している何人かの外人観光客と一緒に移動。すぐに町を抜けて進んでいく。たまに、青空マーケットがある。そこには多くの人が集まり賑やかだ。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

マウントハーゲンは名前の通り山岳エリアだ。パイワ村へ行くときも山の間をグングンと進み、さらに高度を上げていく。バスは大きな唸り声を上げて頑張って登る。メインの道路はアスファルトに舗装されているが、アスファルトが波打っていたり、削れている部分も多く、ジャンピングバス。車窓からは滝や川が流れていたり、美しい山々が続いていた。たまにココナッツん葉で作られた家が点在していて、その横には畑があり野菜を育てている風景を目にした。本当に自然の中で自給自足をしている人が多く、かつ1家族だけなど少人数で生活している人が目についた。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

1時間ほど行き、脇道にそれてとても細く土の急登を登り始める。凸凹でバスは右に傾き左に傾きゆっくりと登っていく。隣は崖なので、落ちないでくれよと祈るのみ。しばらくして到着するとパイワ村ではなく、1軒のロッジがあった。ちょっと高そうな雰囲気で眺めも良い場所にあったのだが、ここで誰かが乗車するわけでもなく、何か荷物を預かるわけでもなかった。俺も降りて近くを歩いて散歩した。

また急な坂道をドキドキしながら下り、パイワ村へと向かう。メイン道路からは村があるかどうか分からなかったが、バスが道をそれて進んでいく。土のでこぼこ道を。すると、家が数軒たっていた。おそらくだが、800も部族がいて、対立も多かったという。メインの道路からは分かりづらいところに集落を作り生活していたことが予想される。

送信者 パプアニューギニア2011

バスを降りて村の中に入っていく。この建物は儀式の準備をする建物、ここは生活する家、これは豚小屋などと教えてくれた。この村は建物が10棟ぐらいある小さな村で、家の前のスペースではすでに祭りのために準備が始まっていた。村の男や女が鳥の羽や木々の葉を身にまとい、木の実などで赤や黄色に化粧をしていた。香水のように匂いをつけたり、テカリを良くするために油を吹きかけたりもしていた。淡々と準備を進めながらも、彼らは自慢気に衣装や飾りを見せてくれた。彼らと話していると顔にペイントをしてくれた。赤や黄色に。樹の枝を細かく割いて作った刷毛のようなもので、ぬられていく。ヒンヤリこそばゆい。木の実などを原料とした顔料だが、とても鮮やかで鏡でみたら笑えてきた。けれど、現地の部族たちには成りきれなかった。。。

送信者 パプアニューギニア2011

近くの村からいくつかの部族が来ており、それぞれの衣装や化粧、飾りの準備をし始めていた。中には子どもも参加する部族もあり、とても可愛らしかった。ドレスアップが終わると、歌やダンスの練習を始めた。太鼓を叩いたり、ジャンプしたり、歌ったり、踊ったり。こういった部族の踊りを総称してシンシンと呼ぶ。シンシンは英語のsingが訛ったものとされていて、結婚式やお客さんが来た際などに行われるお祭りのようなもの。

送信者 パプアニューギニア2011

どの部族もだいたい10名前後でシンシンを行っていたが、パプアにいる800の部族がそれぞれのスタイルのシンシンを持っており、その800の部族の中でも厳密にはさらにシンシンが細分化されているという。同じハイランド地方(山の地方)とはいえ、身にまとうものや歌、踊りが全然異なる部族もいた。その土地で取れるものを使用して身につけるといった点では似ているのだが、部族の身体的特長も影響しているという。背が小さくて普通だと戦いに負けてしまうので、体を灰色に塗ってお面をかぶり、さらにゆっくりとノシノシ歩くだけ。そんな風に不気味さを出して、敵が逃げていくことを狙ったりと様々。さらに、現代では銃を模した木を持っていたり、戦争時期の名残か日本国旗のようなデザインがあったりと近代の影響も受けているようだった。

送信者 パプアニューギニア2011

広場には村の人や近くから見に来た現地の人達、そして観光客が円を描くように座っていた。各部族が順番に広場に入ってきて、それぞれのシンシンを披露する。ひと通り部族がシンシンを終えて休憩時間。いろんな部族の方たちと話をする。まずは、アサロ渓谷に住むマッドマンと呼ばれる部族のお面をかぶらせてもらった。かなり重たく、首で支えるだけでも一苦労。さらに、太鼓を叩かせてもらったり、踊ったり。

送信者 パプアニューギニア2011

ハデハデなフリ族の方とも話す。やはりフリ族は目立っていた。がっしりとした胸板。赤褐色の肌。頭には大きなカツラ。腰には葉っぱをまとい、真っ黄色にぬられた顔。栄えるのだ。彼らは2列に向き合って並んでジャンプしながら太鼓を叩いてシンシンを行う。一緒に写真を撮ってもらおうと思い、せっかくなら俺も裸にならなきゃいかん。そこで、お互い裸ででパシャリ。

送信者 パプアニューギニア2011

ウェストハイランド州のクナイ族。顔の化粧は黄色、黒、白、赤など派手で、青色で長いエプロンのような物をしている。彼らは男たちだけで横一列に並び、膝を曲げてリズムを取り、「ウォーウォ、ウォーウォ」と歌った。

送信者 パプアニューギニア2011

シンブー州のオモ族は体全身を真っ黒に塗り、白く骨を描いていた。まるで骸骨のように。かなり見た目的にインパクトがある部族。マッドマン同様に、ヨロヨロと歩いているだけのシンシン。

送信者 パプアニューギニア2011

SILI MULI(シリムリ)という部族は、女性だけで頭に苔のカツラをかぶって、「シリムリ~何とか~♪」と歌って踊った。

送信者 パプアニューギニア2011

いろいろなシンシンを楽しんだ後に昼飯を食べる。カウカウというさつまいもを頂いた。これがウマイ。地面を掘って、カウカウを入れて下から火を炊いて葉っぱで覆う。そんな蒸し焼きみたいな芋。さつまいもの甘さがウマイんだ。パプアで食べた中で一番カウカウが美味かったんじゃないかというほど。

送信者 パプアニューギニア2011

休憩の後に、部族同士の戦いのパフォーマンスが行われた。土地の所有を巡って部族同士の争いが始まった。住むにしろ、野菜を育てるにしろ、狩猟をするにしろ、ベースは土地にある。土地があるから人間が生き延びられる。だから、取り合いの争いが生まれる。そして二つの部族が争って、負傷者を出して負けた方が引き下がっていった。

送信者 パプアニューギニア2011

最後に結婚式。日本の結納みたいに男の一族と女の一族が向かい合って座る。男の家計から女の家系に豚、ヤギ、そしてバナナや野菜が贈られた。そして、両家の主人がそれぞれ大きな声で宣誓のようなことをして、女性が男性の家系側に座り直して嫁入りが完了した。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

一連の儀式が終わり、お祭りも幕を閉じた。ちょうどそのタイミングで雨が降り出したので、バスに乗って宿へ戻った。やはり、この国は夕方になると雨が降り始めて、朝まで降ったり止んだりが続く。この気候によって行動パターンが規定されている気がした。

送信者 パプアニューギニア2011

宿に戻って、夕食を買いに行く。今日は魚にしようと白身魚のフライとカウカウの揚げ物にした。どちらも揚げ物はくどいが、魚自体は淡白でおいしいし、カウカウも程よい甘さがうまいのだ。腹もいっぱいになり、明日のマウントハーゲンショーに備えて水シャワーを浴びて寝た。夜はそこそこ冷え込むので長袖長ズボンに毛布をかぶって眠った。

やわらかな鏡の中で

それはクリスタルのグラスに注がれた水

それは気球から覗きこんだ南の島の青い海

それは真っ白な塩の大地に水がはるウユニ塩湖

送信者 ドロップ ボックス

僕の背丈よりもな20倍30倍も大きな一枚の鏡

そっと鏡の中に入り込む

そこは、ひんやりとして穏やか

鏡の裏から鏡をみる

上も下も右も左も反射する世界

全てが全てを反射して、まるで宇宙のような、新しい次元に来てしまったような

見上げると 海底が映しだされ、無限に続く世界

どこまでも深く、でも光がある不思議な世界

まるで世界で一番鮮やかな深海にいるような

濃くそして透き通った世界

底には太陽の光が揺らめくきらめく

ここにしかない水と光の鏡の世界

大きな鏡の中を泳いでいく

送信者 八重山2008

東京体育館のプールは一日2回ほど10分間の水中点検がある。
その時は、みんながいっせいにプールを出る。

10分間で、プールの水は穏やかに静まり返り波がなくなる。
それは、まるで大きな1枚の鏡に。

そんなプールに一番最初に入り、泳ぐとまるで鏡の中を泳いでいるかのような鮮やかな世界に入り込むことが出来る。

この時間がとても好きで、水中点検が終わると一番最初に泳ぎだす。

サンタクロースは2度来ない

2009年に毎月1回程度通い続けていたのが、クリエイティブライティング講座。

好きな雑誌と聞かれたら「coyote」と答えていた。
残念ながら、今は休刊してしまった雑誌だが、coyoteの編集長であり、switchパブリッシングの社長である新井さんの講座に通っていた。
その講座がクリエイティブライティング。
当時、それぞれの言葉を共有した仲間とは、今でも毎年12月中旬にForget me notというイベントで集う。

それぞれの1年間の近況を話し、5分程度の発表を行う。
大半の人が自身が書いたエッセイや小説の朗読をするが、決まったルールはなく紙芝居、歌、映像なんでも自由だ。
そして個人が書いたエッセイや小説、詩は冊子にしてみんなに配られる。
会の締めくくりとして最後にお互いが持ち寄ったオススメの本の交換会し、懇親会へと進む。

僕は、このクリエイティブライティングに参加して、朗読に耳を傾けるという幸せに出会った。
それまでは、あまり朗読を聞くこともなかったが、毎月30人ほどの朗読を聞いていると、本当に好きな朗読に出会えた。
参加者の中で特に3人の方の朗読に、いつもうっとりとしていたのだ。
その中でも、一瞬の間に朗読の中の世界に誘ってくれるストーリーテラーが一人いた。
僕は、その朗読を聞くために通っているといってもいいぐらい、心地よい時間を作り出してくれていた。
毎年12月に巡り会える年に1度のクリスマスプレゼントのようなもの。

そんなメンバーと焚き火を囲んで朗読をしたいという案から、夏休みにキャンプが企画された。
旅と言葉が好きな人ばかり。
あとは、年齢も職業も性別も何もかもバラバラだけど、どこか共通点がありよい雰囲気でつながっている。

トライアスロンや友達の結婚式、トレランレースともうまく日程がずれてくれて、無事に参加することが出来た。
それが、9月10、11日のクリエイティブライティングキャンンプ。

送信者 クリエイティブライティング

参加者のひとりである成瀬さんが岐阜の恵那に戻り、山小屋をひとり造り暮らしはじめたと言うので、舞台はそこに決まった。
恵那までは各自集合。
俺は実家からも近いので、いったん家に帰り朝ご飯を食べて、再び恵那へ向かった。

11時30分過ぎに恵那駅に着くと、仲間がちらほら集まって来た。
半年ぶりぐらいに会う顔は懐かしく、みんなこの2日間を待ちわびている感じがした。

送信者 クリエイティブライティング

成瀬さんや車で来ている方にピックアップしてもらい、小高い丘ひとつが成瀬さんの家のような物で、敷地内ではお姉さんご夫婦がパン屋&カフェを営み、ご両親もすぐ横の家に住んでいらっしゃった。着いた瞬間に、ここは素敵な場所だなと思った。自然に囲まれ、隣の家とは適度な距離があり、丘の上で見晴らしも良い。

送信者 クリエイティブライティング

高速バスで恵那まで来たり、車で来た人が徐々に集まって来た。皆が集まり気がついた。サンタクロースは2度来ないと。一番朗読を楽しみにしていた方が来ないことを知った。サンタクロースは1年に2度やってくることはない。12月のForget me notで、朗読が聞けるのを楽しみに取っておこう。

さて、クリエイティブキャンプのスタートだ。まずは、各班に別れてアクティビティをする。トレッキング班、Gobar(ゴーバル)さん指導によるソーセージづくり、そして釣りの3班。俺はトレッキングコース。車で20分ほど行った、保古山に。1000メートル弱の山にハイキング。みんなで近況を共有したり、今回来ていないメンバーの話しをしたり、山歩きを楽しんだ。ダムになってい湖の湖畔を歩いて、ゴール。爽やかな汗を流した後は、花白温泉でひとっ風呂。

送信者 クリエイティブライティング

17時にキャンプ会場に戻って、バーベキューやら焚き火やら、テントの準備。ソーセージづくりを教えてくださったGobarさんの方々もご一緒して頂けた。とても、気さくで優しい方ばかりだった。薪を集め、野菜や肉を切り、ビールを冷やし、BBQの炭をおこし、テントを張った。そして、星野道夫さんとも焚き火をして語り合っていた新井さんが直々に焚き火を熾してくれた。とても手際よく、炎が揺らめきはじめた。準備は整った。

送信者 クリエイティブライティング

ここで、成瀬さんの作った小屋のお披露目会。正直な所申し訳ないけれども、もっと小さく精度の低いものかと思っていた。ところが、とても立派で、精度は高くひとりでは大きすぎると思うぐらいのサイズだった。さらに、ロフトもありとてもひとりで作り上げたとは思えないほど。そして、この小屋のストーリーを聞いてさらに魅了された。

送信者 クリエイティブライティング

自然と人の折り合いをつける接点としての家としたかったと言う。それを意識して建てたそうだ。大地を傷つけるわけではなく、コンクリートで埋めた固め自然を人が支配するような建て方ではない。河原で大きな石を広い土台として、木は近くの山で切ったB級品を製材所から分けて頂く。その土地にあった建て方で、人と自然がお互いの許容できる範囲を確かめ合って造った家。そして、大型の工具は出来るだけ使わず、自分ひとりでのこぎり、ノミなどを使い、手で大きな丸木を担いで作り上げた。

送信者 クリエイティブライティング

作っている間に、気づいたことがあればそれに従って家の作りを変更して行った。日の出をみるで窓を付け加えたり、人と自然をつなぐものとして縁側を作ったり、もぐらの巣をみるために低い位置に窓をつけたり、鳥箱をつけるために玄関の前に木を残したりと。 そんな山小屋を彼は身の丈にあった家と表していた。そんな暮らしにとても共感するし、実際に体現しているのが何よりもかっこいいし、憧れる。悔しさと言うか嫉妬の心も生まれるが、俺も自分のやりたい世界を実現しようという気持にさせてくれる。。

送信者 クリエイティブライティング

山小屋の見学を終えると、BBQの開始。たくさんの肉と、たくさんの野菜、たくさんのビール。どれもとびきりおいしいものばかり。さらに憎い演出が空には真ん丸の月。みんなが、思い思いのスタイルで食べ、話し、楽しい時間を過ごした。山の話しを聞いたり、共通の知り合いが見つかり盛り上がったり、本の話しになったり。

送信者 クリエイティブライティング
送信者 クリエイティブライティング

お腹も満腹になり、話しもひとしきり終えた所で、朗読タイム。今回は自分の文章ではなく、オススメの本の一節を焚き火を囲んで読むと言うスタイル。焚き火を囲んで座る。朗読の前に、まずはGobarの桝本大地さんが焚き火を囲いながらギターで中島みゆきさんの糸を歌った。うたた寝をした時に柔らかい毛布をそっとかけてもらった様な居心地の良い、心安らぐ歌声で空間は包まれた。みんな、あまりの歌声にうっとりとしいった。僕もあまりにも心地よく、とても暖かな幸せを感じた。

送信者 クリエイティブライティング

それから、朗読。トップバッターが俺で少々ビックリしながら、焚き火の前で近況報告。先日の佐渡トライアスロンやパプアニューギニアの祭り旅の話しをした。そして、それらを含めて僕が行動する源泉である好奇心と同じような気持を表現した文章を読んだ。小沢征爾さんの「僕の音楽武者修行」の冒頭だ。

送信者 クリエイティブライティング

まったく知らなかったものを知る、見る、ということは、実に妙な感じがするもので、ぼくはそのたびにシリと背中の間の所がゾクゾクしちまう。日本を出てから帰ってくるまで、二年余り、いくつかのゾクゾクに出会った。
 神戸から貨物船に乗って出発、四日目に、ぼくにとって、物心ついてから最初の外国であるフィリピンのエスタンシヤという島が見えだした時 ―
 六十日余りの気の遠くなるほど長い長い船旅のあと、何日ものスクーター旅行でパリにだんだん近づき、やっとパリのセーヌ河のふちにたどり付いた時 ―
 少々空想的に考えていたチロルで、銀雪に輝く山頂にスキーで登って、ギョロリと山々を見まわした時 ―
 また、ヨーロッパから飛行機でボストンに飛び、機上から初めてアメリカ大陸を見た時 ―
 ニューヨーク・フィルの一行と、太平洋の上を飛んで来て日本の土が見えた時 ―
 これらは、いま思い出してもそのゾクゾクの代表的なものだ。
 しかし、まだある。

送信者 クリエイティブライティング

それから10人が続いて、休憩を挟みまた10人。最後に新井さんが朗読された。朗読された本の中には、僕も読もうかと悩んだ池澤夏樹さんや角田光代さん、開高健さんの本の一節が読まれた。同じような感覚をもっている人が多いんだなと改めて実感した。話者は満月を背に、焚き火を前に、聴衆は大地に座り 秋風を感じ朗読を聞き惚れていた。最高に心穏やかなあたたかい幸せの時間が流れた。みんなたくさん食べ、たくさん飲んで朗読なんて出来るのだろうかと思ったが、みんなしっかりと朗読し、聞き入っていた。それだけ、みんなが言葉に敏感なのだろう。最後にまた大地さんが美空ひばりさんの「愛燦々」を唄い締めくくった。

送信者 クリエイティブライティング

何時になったかも知らぬまま、月の位置がBBQを始めた頃と比べてだいぶ高くなったなーと思い、眠たくもなったので眠ることにした。テントもなしで空を見上げて大地に包まれて寝た。世界は柔らかく、温かく、風がやさしく子守唄を歌い寝かせてくれた。こんな完全な野宿は久しぶりだったかもしれない。

送信者 クリエイティブライティング

翌朝も早く目が覚めた。日の光を浴びて。朝の空気の気持よさが違った。もちろん都会の家で目覚めた朝とも、自然の中でもテントの中で目覚めた朝とも違った。昨夜の片付けをして、朝食の準備。パン屋さんが作って頂いた、サラダにパン、卵。パンは焼きたてのうんまいクロワッサン、レーズンやナッツがたくさん入ったパン、そして食パンにコーヒー。もちろんGobarさんのソーセージも。青空の下で、みんなと話しながら、こんなにうまい朝食ってのは幸せだ。食べると言うことは自然の恵みを頂いていることだって、当たり前のことを感じることができる。そして、おもむろにGobarの桝本進さんが取り出したのが、骨付きハム。新井さんもこれはうまいから、切ってほしいと。骨に着いた肉をナイフでスライスして行く。皿に並ぶとみんなの手が次々と伸びて行く。俺も楽しみにして食べると、うまい。なんだこの肉のうまみは。こんなにうまい肉は久しぶりに食べた。最高にうまい。

送信者 クリエイティブライティング
送信者 クリエイティブライティング

肉はほとんどナイフで切り落としてしまったけど、まだシャブリ着けば食べれそうなので、食わせて頂いた。骨についた肉がまたうまい。もう、たまらん。なんだか、野生に戻って肉を食べている感じ。みんなからは、オフィスワークよりも似合っているねという半分褒め言葉、半分あきれたという感じで(笑)「だって、うまいんだもん」という小学生並みの発言をしてしまった。

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そして、朝食も終わり、最後の本の交換会。くじ引きで交換する本を決めて、最後の感想を共有する。俺は、山田詠美 さんの「せつない話」第2集をもらった。自分では買わなさそうなジャンルの本だ。だからこそうれしい。どこか共通点がある仲間がお勧めするのだから、好きになる可能性は高い。けれども自分では買わない、そんな本に出会えるとても貴重な機会。読むのがとても楽しみだ。僕は、成瀬さんの家のコンセプトの話しとそれを実現していることへの尊敬、そして自然の中で迎える朝の瑞々しさ清々しさ。最後に、最近は野菜が好きと言っていたけれど、骨付きハムを食べてやっぱり肉が好きだと気づいたことを話した。日々食べている肉は、生き物の味すらしない工場生産の肉のような肉だったのかもしれない。そな時に、この骨付きハムを食べた。特に骨をもってかぶりついた時。その豚の足の骨の太さとしっかりとした重厚感を感じ、それに食らいつく。生き物を頂くことに真正面から向き合っている感じがした。そんな事もあって、頂く動物に対する感謝もこめて肉が好きと言いたくなったのかもしれない。

送信者 クリエイティブライティング

本の交換会も終わり、2日間に渡ったクリエイティブキャンプも終わり。最後に、みんな別れを惜しんで立ち話をする。僕も新井さんと何人かで話しをしていた。新井さんが一緒に話していた仲間に対して、「寺町は裏切らないやつだからいいよ。」と話した。その言葉がとても嬉しかった。新井さんは自分が好きな人に話しを聞きたい、だから雑誌を作ると言って、本当に雑誌を作られ好きな人にインタビューをしたり、自分でも表現したいとエッセイを書いて表現されている。そして、もう25年以上もその会社を続けられている。本当に尊敬する生き方をしてる方だ。そんな方に、「寺町は裏切らない」と言って頂くとうれしいと同時に、しっかりとしないといけないと身が引き締まる思いだった。

送信者 クリエイティブライティング

最後に記念撮影をして、みんな駅へ向かう人東京へ帰る人と方々に帰って行った。僕らは4人でGobarさんの工場へ。工場を見せて頂くと同時に、惚れ込んだ骨付きハムを買わせて頂いた。小規模ながら、本当に真摯にハムづくりをされているというのが感じられる工場だった。それから、昨日からずっとご一緒し、工場を案内して頂いた桝本進さんのご自宅も見せて頂いた。桝本さんは若い頃に何年もネパールのルンビにに住み水牛を飼って生活していたと言う。それから、流れに流れて恵那の地にきて、ハムを作っていらっしゃる。

送信者 クリエイティブライティング

桝本さんの家も丸木で作った立派なログハウス。眺めがよい高台にあり、外にはビザ釜と焚き火スペースがある。みんなで夜な夜な焚き火を囲んで語り合える幸せな空間。部屋の中にも薪ストーブがあり、囲炉裏があり、ハンモックがある。木のぬくもりで落ち着く手作りの空間。

送信者 クリエイティブライティング

桝本進むさんは目尻にしわを寄せて、本当に優しくにんまりと笑う。ただ、その笑顔をみているだけで心穏やかになるような仏さまのような笑顔。そんな笑顔で、進さんは話してくれた。「田舎で楽しく生きている、そんなことを実現しているってだけでいいのかなと思うんだ。」「それをみんなに宣伝しなくても、繋がりで人がきて知って体験してくれればよい。家に何日とまってもいいんだよ。ハム屋の仕事はいくらでもあるからね。暇つぶしもあるし。」と。

送信者 クリエイティブライティング

なんだか、この家と、笑顔と、この言葉だけで、全てを教えていただいたような気がした。それと、パン屋さん成瀬さんのライフスタイルにもとてもハッとさせられた。本当にいい時間を過ごさせてもらった。coyote がつないだ縁。関わった全ての人、企画してくれた仲間に心の底からありがとうございました。

送信者 クリエイティブライティング

そして今年のクリスマスプレゼント「Forget me not」は12月17日に行われる。

スイッチパブリッシング
http://www.switch-pub.co.jp/

Cultivateur(キュルティヴァトゥール)
http://www.cultivateur.jp/

山のハム工房 ゴーバル
http://gobar.jp/

聞き惚れる声
http://teratown.com/blog/2009/12/11/euiea/


クリエイティブライティング
http://www.teratown.com/blog/2009/11/29/eaceeeiioae/

どこでもドアは使わない

太陽が西の空に沈み、夜がやってきた。
旅先で知らぬ町を目指しているとき、
暗くなるといつも少しの不安が襲う。
いくら旅を重ねても変わらない気持ち。
今夜も無事に宿が見つかるだろうか。

送信者 パプアニューギニア2011

僕らはRum Hwyを走っていた。
どこまでも続く、サトウキビ畑を。
すでに10時間以上バスに乗っている。

この国に、こんなにも平地があって、
そこに商業的な発想で作られたサトウキビの畑が永遠に広がるとは。
今まで見てきたこの国の地形、
そして何よりも人々の性格や行動からは結びつかない風景だった。

広漠な畑のちょうど間ぐらいに、
大きなサトウキビの精製工場がたっていた。

そんな一直線の道を引き裂くように飛ばしている時、彼は聞いてきた。

送信者 パプアニューギニア2011

それまでにも既に、どこの国から来ているか、
ここに来る前はどこにいて、この後はどこに行くか?
旅人が聞かれるいつもの質問をひとしきり聞かれていた。

おもむろに、「名前は何だ?」と。
「ケン」だと答えた。

本当は「タケシ」なんだけれど、
旅のときは、最初の頃に「タケシ」と言って、
聞き取ってもらえない場合は、
「ケン」と名乗るようにしているのだ。

パプアニューギニアの人にも「タケシ」は慣れない発音だった。

すると、彼は一瞬、時が止まったような表情をした。
俺も「ケン」だよ。

そう、同じ名前だったのだ。
彼はいつもより柔らかく微笑んだ。

送信者 パプアニューギニア2011

ケンは乗り合いバスの客引き兼料金回収の仕事をしている。
パプアニューギニアのバスは、どこでも乗り降り自由。
空席が出たら新たなお客さんを探して、席がうまったら出発する。
だから、常に客引きが必要になるから、バスに一緒に乗っている。

そんな彼が話しはじめた。

「バスに乗ってくれてありがとう。」

今さら、何かと不思議になったが、
こちらこそ「ありがとう」と。

送信者 パプアニューギニア2011

彼は続けた。

「観光客はバスに乗らない。
 乗り合いバスには乗らない。」

「治安が悪いからとか。
 到着時間が分からず不便だからという理由で。」

「でも、ケンはバスに乗ってくれている。
 だから、うれしいんだよ。」

「君は、本当のPNGを見ている。
 PNGのインサイドを見ている。」

「たぶん、日本とは全く違うと思う。
 それがPNGのあるがままの姿なんだ。」

「これはケンにとってのライフタイムエクスペリエンスだよ。」

俺は、とてもうれしかった。
わざわざ俺がバスに乗る理由をケンは感じとってくれていた。
それを共有できていたことがうれしかった。

そして、ケンという男の感性に脱帽した。
自分がなりえい立場の人間の感覚をここまで理解しているとは。

もちろん旅先では、祭りも見たいし、美しい自然、歴史的な建造物などの名所も見たい。
回りの人に旅する理由を聞かれたら、それらの場所に行きたいと答える。

でも、極論を言ってしまえば名所が見たい訳じゃない。
その国のありのままの姿を見たい。
それは、自然であり、文化であり、人々の性格であり。

俺の存在が限りなく小さくなって、この国の人がいつも通りに生活しているさまを、見て感じたい。
まるで、覗き穴から彼らの日常をこっそりと見ているかのように。
それには日本人同士で群がらない方がいいし、飛行機やツアーよりも現地の人と同じ交通手段がいい。
だいたいの国ではそれがバス。

バスの中はどこも、その国そのままだ。

じいちゃん、ばあちゃん、赤ん坊、おっさん、おばさん。
みんなが乗っている。
現地のラジオや音楽がガンガン流され、
なぜか大きな麻袋を持ち込む人がいて、
ペチャクチャ何かを食べて、ゴミを床に捨て、
みんなで大笑いをして。

一方で、飛行機の中はどんな国でも、先進国のようだ。
みんなそれなりの服装をして、
静かに決まった席に座り、
金持ちだけがのる。

バスの中はどこも、その国そのままだ。

そして、
どんな風に地形が変わるか、
人々の顔が変わるか、
性格が変わるか、
植物の植生が変わるか、
気温が変わるか、
食べ物が変わるか、
文化が変わるか、
それらの変化していく過程を五感で味わえる。

だから、バスで移動したい。
陸を移動したい。
歩きや、自転車でもいい。

人に、自然に触れ合いながら移動して行きたい。

名所ごとをただワープして見に来た訳じゃない。

僕はどこでもドアが目の前にあっても、旅ではどこでもドアを使わない。

そう決めている。
旅をするために。

送信者 パプアニューギニア2011

海の向こうから絵はがきを送ること

海の向こうの旅先から絵はがきを送るのが好きだ。
普段の生活では手紙やはがきを書くことなんてないけれど、海外を旅していると絵はがきを書きたくなる。

最近は海外でも携帯電話が通じて、日本にいるのと変わらないコミュニケーションが取れる。
けれど俺は旅に携帯電話は持って行かない。
せっかくの旅だから、日常とは切り離したい気持があるからだ。
だからこそ、人恋しくなり、絵はがきを書きたくなるのかもしれない。

最近は携帯電話やPCのメールの発達で友達の住所も知らないことが多いし、
自分自身に絵はがきを送るのも照れくさく実家や年賀状をくれる友達に送るようにしている。

今回の旅に出る前にふと思ったことがある。
これは年齢的なものも関係しているのだろうけれど、友達の子供に絵はがきを送りたいなと思った。
子供がいる友達が何人もいる。
そんな子達に異国の地から絵はがきを送ってみたくなった。

絵はがきには不思議な魅力があると思う。

子供達に届いた絵はがきを、友達であるお父さんやお母さんが、寺町の兄ちゃん(おじちゃん?)が送ってくれたんだよ。
今は、こんなところにいるんだって。と、地図を広げながら説明してくれたらうれしい。
子供にとってまだ見ぬ世界があって、そんなところに行くことが出来て、そんなところでも自分の知らぬ人が同じ時代を生きている。
そんなことを、感じてくれたら幸せだ。

送信者 ALASKA 2009

たった1通のメールで小笠原の夏が蘇る

手書きだけの郵便受け

海の向こうからやってくる絵葉書

足りない絵はがき

たった1通のメールで小笠原の夏が蘇る

送信者 ドロップ ボックス