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体力とユーモア、光を持って大人になる

やりたい事はたくさんある。
いま全てが出来る訳ではない。

大人になってからに後回しにする事もある。
だから、その時のためにいまできること。

日々運動をして体力を保つ事。
自分は体力があるという自信を持ち続けられる事。
肉体が元気だと精神も元気を保ちやすい。

新たな事にチャレンジしようという気持ち。
ユーモアを持ちつづけ、何でも楽しもうとする気持ち。

そして、少しの知力とお金があれば、いくつになっても人生は楽しめる。
そう思う。

そして、光を持つ。
子育てでも、仕事でも、趣味でも何でもいい。
年齢や環境とともにその光は変わってもいい。
ただ、常に光を一つは持ち、それに向けて邁進していたい。

そして、周りへの感謝を忘れない。
家族や親友を心の底から大切にする。

最後にセコいことはしない。
ずるいことはしない。
真っすぐに生きる。

体力、ユーモア、遠くに見える光、家族を思いやる、セコいことはしない。
この5つを常に心に置いて年を重ねて行きたい。

世の中ってどんだけ面白そうなものがあるんだって思う。
やりたいこと知りたいこに終わりがない。
何歳になっても
少しの体力と
少しのお金と
少しの知恵と
少しのユーモア
があれば楽しんでいられるよな。

送信者 燕岳登山心折れ部2011

【PNG紀行5】ちょいと隣町まで祭りを見に

前回の旅日記はこちら【PNG紀行4】ついにマウントハーゲンショー2011へ

始めの予定ではマウントハーゲンショーに2日行く予定だったが、他の場所にも行って祭りを見たいと言うことで今日はエンガ州で行われるエンガフェスティバルへ。マウントハーゲンとは同じような山岳地帯だが隣の州にあたる。マウントハーゲンからはけっこう離れているので、少し早起きをして出発。今回もバスでの移動だ。相変わらず道は悪いので、デコボコ、ガッタンゴットンのジャンピングバス。バスと一緒に飛び跳ねた。

送信者 パプアニューギニア2011

エンガまではバスで3時間弱。山を越え、谷を越え。天気も良くとても美しい山の連なりを眺めることが出来た。そして、大きな川も流れており、水量も豊かで、何かと自然に恵まれた国だ。所々に滝もあり、熱帯雨林とも違うけれど豊かな森はどこか日本の森と近しい感じを覚えた。そして、道中の薮の中にポツポツと家がある。本当に1軒だけが暮らしている感じなんだけど、よくもこんな環境であえてひと家族で暮らしているなと思うほど。食べ物や水に困らない国だからこんなことも可能なのだろう。そもそも、町の近くに住んでいても電気もガスも水道もない家がほとんどだから、そういった観点からは大差ないのかもしれない。人がいない寂しさぐらいかな。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

3時間と言うそこそこ長い時間だが外を眺めていたらあっという間に過ぎた。エンガに着くと、それなりの大きさの町で人が集まっていた。エンガフェスティバルの会場に到着。パイワショーやハーゲンショーでは合わなかったスタイルの部族もいくつか来ていた。そして、ハーゲンショーよりも小さいので人が少なく落ち着いた感じ。

送信者 パプアニューギニア2011

少年たちが全身を白と黒に塗り、プラスティックバケツを叩いて更新していた。これはハーゲンショーで見た少年たちが真っ黒に体を塗り銃を持って更新していた部族とどこか通じる物がある気がした。たぶん、このスタイルが出来上がったのはこの60年~100年ぐらいじゃないだろうか。その他にも、弓で戦いをする部族、伸びのある声で歌う部族など様々。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

面白かったのは地元の空手道場も来ていたこと。型を披露していた。彼らに取ってはこうしたものも取り入れて「シンシン」は生活の中に入っていくのだろう。昔から変わらない祭りも面白いが、こうして戦争や外国の文化も自然と取り入れながら変わっていく祭りも面白い。なんだか、そこに住む人のそのままって感じがしていい。

送信者 パプアニューギニア2011

横一列になってジャンプしながら太鼓を叩いて歌う部族がいた。見ていたら、輪に入るように誘われたので、太鼓を借りて叩きながら歌った。何だか面白い。現地の部族もみんな寄って来て笑いながら指を指して楽しそうだった。でも、気づいた。これはかなりハードな踊りだ。しばらくやったらかなり疲れてしまった。みんなタフだなーと思いながら戦線離脱。

送信者 パプアニューギニア2011

しばらく、見て回っていると雨が降り始めた。すると突如シンシンを踊っていた彼らが、走りはじめた。そして、建物の軒下へ。どうやら雨が苦手な部族らしい。夕方になれば雨が降る国だし、雨に濡れても壊れるような電化製品やスーツを着ている訳じゃないから、雨なんて気にしないと思っていた。でも、そうじゃないんだな。雨に対する恐怖とかってものが昔から潜在的にあるのだろうか。一方で、全く雨を気にせずにシンシンをやり続ける部族もいる。この違いはなんなんだろう。その部族の習慣なんだろうけれど。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

エンガフェスティバルも終わりに近づき、マウントハーゲンまで帰ることに。帰りのバスでは、モーターサイクルダイヤリーズを思わせるような光景に出会ったり、トラックの荷台に乗った元気な兄ちゃんたちにあったり、子ども達が屋根に使うためにココナッツの葉を運ぶところに遭遇したり、豚の散歩しているおっちゃんにであったり、川で遊ぶ人たちに会ったりと、まさに旅の途中って感じ。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

露天が出ていたので、バスが止まった。そのまま食べられる物ないかなと思ったら、小さな人参が売っていたので買って食べた。生の人参は最初苦みを感じたが、食べているとその苦みがうまくなってきた。大地の恵みを頂いている感じの味がした。そして、落花生も。こちらは生で食べる。日本みたいに煎ってないので脂肪分がより強く感じた。

送信者 パプアニューギニア2011

マウントハーゲンに戻り、夕食を買う。今日はフライドチキンとポテト。まあ、毎日大差ない。明日は早朝からバスで長距離移動。マダンからケビエンの飛行機があるらしいという噂を聞いたのと、マウントハーゲンからバスで一気にマダンまで行くことも可能らしいので、マウントハーゲンからマダンまで行くことにした。12時間と言っていたが、いつ着くかは明日のお楽しみ。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

まるであの砂場を囲むように

かなり前のことになるけれど、書きかけで放置していたものを書き終えたのでアップ。あとは、パプアの日記を書ききれば夏の宿題も完了だ。まあ、数年前の旅日記が途中で止まっているやつがいくつかあるけれど。。。

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去年は8月の末に行った、原始感覚美術祭
今年は8/7に行くことにした。

送信者 art

8月のスケジュールで空いているのが、8/6,7と8/27,28だったので、どちらかに行こうと思っていた所、茂木さんのトークが8/7にあり、芸大の友達もみんなこの日に合わせて来ると言うことを聞いたので、俺も行くことにした。

送信者 art

またもや始発電車で行くことを考えたが、ちょっと遅めで7:50に阿佐ヶ谷を出て、特急スーパーあずさで松本へ。12時過ぎに稲尾駅に到着。

送信者 art

西丸震哉記念館へ歩いて行くと、外に杉原さんがいた。竪穴式住居が雨で湿ってしまったので、中で火をたいて乾かしている所だった。ついでなので中へ入る。なかなか煙たかったが、天井の穴から差し込む光が美しかった。

送信者 art

西丸震哉記念館でカレーをいただく。ナンがうまかった。蓮沼さんが通りかかったので、少し話した。それから、葦の船に乗れると杉原さんのお父さんから聞き木崎湖に乗りに行く。南米のチチカカ湖に浮くウロス島に行った時に、葦の船&葦の島に行ったが、それらを参考に作っていると言う。

送信者 art

この葦は木崎湖でとれたもので作っているというから、さらにすごい。そんでもって、この葦船を作った方の野望は葦で船を造りそれで太平洋を渡るのだとか。とてもワクワクする話しだった。

送信者 art

試しに乗らせてもらう。思ったよりも安定しており漕ぎだせば簡単に乗れた。まあ、湖で波がないから乗りやすかったんだろうけど。それにしても、とても気持よく寝転がって空を見上げていたら本当に幸せな気持になった。本郷さんがやってきたので、少し話しをして別れた。14時30分から杉原さんと山形さんのパフォーマンスがY邸で始まる。その前に、少し展示を回りたかったので自転車を借りて蓮沼さんの作品があるあたらしやへ。木崎湖の自然をイメージして書いたのかな?

送信者 art
送信者 art

それから北ヤマト館へ。山形さんの写真が展示してあった。ここは100年以上前の建物でとても立派な梁だった。見とれるほどのしっかりした作り。そして結婚の時に作ると言う、立派な布の掛け軸みたいなものが飾られていた。すばらしい。ここのばあちゃんがジャムを作っているらしく、味見をさせてもらった。これがうまい。今までの人生で一番うまいジャム。取れたブルーベリーやハーブなんかを煮込んで作ったらしいのだが、この甘さの自然さが最高だった。

送信者 art

時間もないのでY邸へと急ぐ。着くとお客さんがすでに家の中にきていた。しばらくするとパフォーマンスが始まった。始まると同時に大雨。そして雷が真上でガッシャーンと鳴った。まるで呼び寄せたかのように。杉原さんと山形さんのパフォーマンスが続いた。舞った、叫んだ、走った。そして、雨が振る外へと二人が行き終わった。

送信者 art
送信者 art

16時から海ノ口上諏訪神社の舞台で茂木さんのトークがあるので、3、4年前に田植えをさせて頂いた山本さんに車で乗せてもらい移動した。茂木さんと杉原さんなどが直前に打ち合わせ。それまで何も話していなかったようだ(笑)まず、杉原さんが今回の祭りとトークの説明を。その後、茂木さんが少し話してすぐにまた、杉原さんに振った。そして、参加作家の話しということで芸大の蓮沼さんに、その後に本郷さん。続いて、芸大時代のメンバーに話しをさせると言う流れになり茂木さんが「寺町、次に話せ」と。もともと茂木さんの本を読み、芸大に潜ったこと。その授業や仲間とのつながりで芸術に興味を持ったこと。自分の原始感覚である無人島の食べ物を探しまわったり、東京から岐阜まで歩いて帰った経験談とともに話しをした。そして、芸大のメンバーといえば植田さんが話しをした。

送信者 art
送信者 art

その後、茂木さんが話しをして、杉原さんと原始感覚をキーにいろいろと話しをしていった。

送信者 art

原始感覚は体で知ること。だから、その土地にいてやらないと分からない。うまれてこないもの。ただ、その土地だけに止まっているだけじゃ面白くなく、原始感覚を感じつつ新しい物を作り出していかないと意味がない。

実は最も古い物に、最も新しい物へのヒントがある。

そして、今ココから世界へ未来へと発信して行く。それができる、強さがあれば場所は関係ない時代。

芸術家とは常に何かに向き合い、挑み続けていなければ意味がない。自分の醜い部分も透明にしてさらけ出す。だからこそ生まれるギリギリの表現をやるからこそ表現者である。一方で、生き様の凄まじい部分を表現するが、正体は表さない。それによって真のアートとなる。

アートとはそんな簡単に言葉にしたり表現できないこと。でも、表現しなければならない。

自分自身を作品や言葉や発想が追い越してしまった時の表現。そうして生まれたものを、後から自分自身がどう見て、どのような解釈を加えるかが最大のポイント。

御柱祭りは何も説明しなくてもそのスゴさが分かる祭り。そのレベルが一番望むべき姿。昔からずっと続いていることは根源的な何かがあり、受け継がれている。我々はこれになりうるものをいかにして作り上げるか。

祭りは生きている。古い祭りの習慣だけをそのまま受け継いで行くのではなく、現代のアレンジを加えて行く。そうしてアレンジされた祭りこそ生きた祭りである。

下克上が好き。価値をひっくり返す。そのためにはジャンルを超えて、閉じないことが重要。同族の集まり何て意味がない。もっと暴れろ。

送信者 art

こんなコトが話された。2時間はあっという間に過ぎていき、トークショーは終わった。本郷さんの写真だけ見て行こうと、蔵へ。今回は和紙に木崎湖の水源の写真を白黒でプリントしていた。この蔵の空間は去年からさらにキレイになり、板の間がとても気持よかった。ちょうど来ていたおばちゃんと話していたら、外は大雨になってしまっていた。蔵で雨宿り。外の空は異様なほどの紫ピンクいろだった。

送信者 art

しばらくして、雨が止み飲み会の会場である「あたらしや」へと。すでにみんな飲みはじめていた。芸大のころのみんなと話したり、地元のかたと話したり、茂木さんと話したり。まるで芸大の授業が終わった後に、上野公園の砂場を囲んで飲んだ日々の続きのようだった。

そして、メシがうまかった。1品持ちより&宿の食事。どれもうまい。やさしい味付けなのだ。野菜がうまいのだ。夏だから、酸っぱい味付けのものも多く感動もの。こんな夜中までみんなと色々話したのは芸大時代以来かもしれない。

送信者 art

雨もやんでいたので、ひとりで外をふらふら歩いた。静かな木崎湖が目の前にあった。こんな場ができたのも、今回の原始感覚美術祭を杉原さんが開いたから。ひとりの思いがきっかけで、場が生まれ、人が集まる。なんと素晴らしいことなんだろう。それをやっている杉原さんがかっこよかった。自分も頑張ろうという気持になった。

木崎湖にいる杉原さんは芸大時代の杉原さんの印象と大きく異なるとみんなが言った。確かに俺も思った。企画書を書き、予算をとり、アーティストに声をかけ、オーガナイズしていく。そんなキャラじゃないと思っていたけれど、自分がやりたいことを成し遂げるための役割。それを成し遂げつつ、アーティストとしても今まで以上に能力を存分に発揮する。みんな杉さんからエネルギーをもらいインスパイアされた感じがした。

送信者 art

夜もふけ、片付け。やはり植田さんが食器を洗っていた。そんな姿を見ていつも感心する。とても気遣いのある優しい人だなとつくづく思う。地元の方と話しながら、笑いを提供しつつ、真面目なことも話す。そんな話しを俺も聞きながら、皿を拭くお手伝い。片付けも終わり、寝ることにした。翌朝の月曜日は始発で東京へ戻った。

送信者 art


絵日記の中の夏休み in 湖畔の原始感覚美術展

絵日記の宿題がわりに、この夏をひとつの映像に

いつも遊んでばかりだけど、
今年の夏も本当に楽しみ尽くした。
全力で楽しんだ。

振り返ってみると、
よくもこんなにも遊んだなと思う。

渦中にいるときはたいして忙しくもないし、
やりたいことをやっているだけ。
でも、こうしてまとめてみると、
本当にいろいろな所に行き、
いろいろな事をしている。

これも自分だけじゃ出来なかったことで、
回りの仲間や
健康な体、
さまざまな環境、
これらに恵まれたからこそ。

本当にありがたい。
幸せ者です。

送信者 ムービー

たぶん、結婚式が続いてプロフィール動画を見ていたら、自分も映像を作りたくなったんだと思う。

【PNG紀行4】ついにマウントハーゲンショー2011へ

前回までの旅日記はこちら【PNG紀行3】祭りの始まり

パプアニューギニアでもトップ3に入ると言われる祭りのひとつ「マウントハーゲンショー」がついにやってきた。小規模な個性的な祭りのほうがディープに味わえたりコミュニケーションが取れるので好きなのだが、そういった意味ではなく祭りとして盛り上がるのはやはり大規模なものが楽しい。8月中旬の土日で毎年開催されている。

送信者 パプアニューギニア2011

外国人は参加料として2日間で300キナ(1万2000円)というかなり高額な料金を払わないといけないが、各地から非常に多くの部族が来て装飾をしてといったことにもお金がかかるので、その代金と考えれば妥当なのかもしれない。参加のチケットは紙の安っぽいものだと思っていたら、パプアに似合わずプラスチックカードでびっくり!シリアルナンバーも入っており、俺はちょうど「100」。なんか縁起がいいかんじがして、それだけで嬉しい。

送信者 パプアニューギニア2011

朝起きて、いつものようにパンをかじり、バスに乗って会場である広場へと向かう。空港近くのラグビー場だ。この国ではオーストラリアやニュージーランドなどオセアニア地域の影響もあってかラグビーが非常に人気のあるスポーツなのだ。町には他にスポーツ施設なんてなにもないが、ラグビーができる競技場だけあった。とはいっても、芝生にポールが立っているだけなので、簡単な施設だけど。

送信者 パプアニューギニア2011

地元の人も歩いてぞろぞろと会場に向かっていた。もちろん各部族のシンシンを楽しみにしている人もいたけれど、大半は盛り上がっている場所にたむろしにきているという人だった感じがした。会場の近くには露天がたくさん出ており、肉や芋、サトウキビなどが売られている。そして、お土産なんかも並んでいた。

送信者 パプアニューギニア2011

会場につくと、各部族が化粧や着替えをし、シンシンの練習をしていた。毎晩のように雨が降るのでぬかるみが多く、足は泥だらけ。こりゃ、パプアの人が裸足なのもうなずける。町を歩いていても3割は裸足。4割がスリッパ。3割が靴といった感じ。裸足でも何一つ不自由はないし、お金もかからないし、汚れても洗えばいい。ガラスでも怪我しないぐらいにがっしりとした分厚い足をしていた。

送信者 パプアニューギニア2011

まあ、余談はさておき、各部族の準備を見てまわる。昨日楽しんだパイワショーよりも多くの部族が集まっており、昨日とはまた全然違った衣装や化粧の人たちも多い。本当に多様で、見ていても飽きない。そして、パプアの青空と彼らの化粧や衣装がバッチリと合うのだ。パプアの空には、現地でとれたものを身にまとい、自生の植物からとれた香料で化粧をしたパプア人がよく似合う。よそ者の俺らみたいなものでは到底追いつけない自然さ。

送信者 パプアニューギニア2011

ぐるぐる回っていたけれど、日本人は俺を含めて2人しかいない。外人は300人ぐらいか。外人は日本人2人に対して、ヨーロッパとオーストラリアが多かった。インドと台湾なんかも。オーストラリアは近いからわかるが、フランスやドイツなどヨーロッパから来るってなかなか気合入っているなーと。

送信者 パプアニューギニア2011

ショーが始まると、いったんラグビー場の外に出された。そして、各部族がそれぞれのシンシンを披露する。このショーはコンテスト形式となっており、各部族のシンシンを審査員が評価して、優勝グループを決めるというもの。だから、各部族が順番にラグビー場に入ってきて、ぐるっと1周回りながら踊る。

送信者 パプアニューギニア2011

何グループほどいたかは正確には分からないけれど30ぐらいじゃないかと思う。昨日パイワ村で見たのと同じ部族も何組もいた。2列に向い合って座り、体を揺らしながら歌う部族。体を真っ黒に塗り木で銃を模した物を持って整列して歩くグループ。日本の日の丸のデザインをした大きな帽子をかぶったグループ。顔や体に黄色い泥を塗って亡くなった子どもを悲しむグループ。鮮やかな鳥の羽をさして踊るグループ、山のエリアなのに綺麗な貝殻をたくさん身にまとったグループ、木で作った仮面をかぶったグループ。全身を苔で覆った部族。黄色い土で体を塗り槍を持って走る部族などなど。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

本当に多種多様な衣装と踊りを見せてもらった。それらを見た後に、簡単に昼ごはんを食べて、近くをブラブラと歩く。露天を出している人たちと話したり、おみやげ屋の人と話をする。パプアに行くと言ったら、一部の友達に「コテカ」「コテカ」と言われたが、コテカと呼ばれるペニスサックも売っていた。しかし、かなり一部の部族が使っているらしくメジャーではなかったが、おみやげとしては売っていた。基本的にどこを旅してもお土産を買って帰らないが、ひとつだけ欲しいなというものがあった。それは布に描かれたペイントだ。昔からの伝統的な絵というよりも、デフォルメされた鮮やかな現代の絵だ。ジミー大西さんっぽい色使い。しかし、その鮮やかな色使いと、コミカルな感じがとても気に入って、部屋に飾っておきたいとおもうほど。もっというと、こういう絵を自分でも描いてみたいと思う絵だった。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

いくらか聞いてみると割引をねばっても200キナ(8000円)。まあ、それぐらいでもいいんだけれど、いかにもスグに色落ちしそうな絵の具で描かれていて、持ち帰るまでの間に布どうしが擦れて色が汚くなりそうだったのでやめた。でも、日本に帰ってからこういう絵を描く参考にしたいので、写真だけ何枚か撮らせてもらった。

送信者 パプアニューギニア2011

審査をするショーは終わり、会場の中に俺らも入れるようになった。休んで昼ごはんを食べる人もあれば、踊り続ける部族もいる。近くで見させてもらったり、一緒に踊ったり、いろいろと話しをした。彼らも休憩時間になると携帯電話を取り出して使う人がちらほらいた。パソコンの普及率はほぼゼロに近いし、テレビや音楽の娯楽もほとんど皆無。そんなエリアだけれども、携帯だけは多くの人が持っている。もちろん貯金という概念がない国なので、携帯はプリペイド式オンリーみたいだったけど。ちなみに最安の機種で50キナ(2000円)。通話料は4キナ(160円)~のカードを買って話していた。もちろん、家に電気が通っている人は少数なので、町の商店で充電をしている感じ。このような環境でも、携帯電話は普及する。うん、実にすごいなと思う。人間は個人どうしで自由にコミュニケーションをとりたい生き物なんだとつくづく思う。その欲求が非常に強くて、人間にとって根源的なものなんだろう。そして、固定電話ではなく個人がワイヤレスで持ち運べるってのが、個人で自由にコミュニケーションという欲求を満たしてくれたんだろうな。

送信者 パプアニューギニア2011

ショーも終わりバスでゲストハウスまで戻る。会場の近くには本当にたくさんの人が集まってブアイを噛みながらしゃべったり、じゃれあったりしていた。日本の花火みたいなもんで、これを口実にみんなが集まって露天で買い物をして、たむろするという習慣なんだろうなーと実感。外人は珍しいので、あいかわらずテンション高めに手を振ってきたり、走って追いかけてきたり。

送信者 パプアニューギニア2011

ゲストハウスに戻り、ビールを買いに行くことに。同じ宿の人がビール好きで飲みたいといったので一緒についていくことにした。宿の人に聞いてみるとマウントハーゲンエリアではほとんどビールを飲まないらしい。パプアの人は全体的にアルコールに弱い人が多いのだが、このエリアは特にとのことだった。だから商店にもカイバーと呼ばれる食堂にも、スーパーにもアルコールは一切売っていないのだ。唯一あるのは、町で一番の高級ホテルのみ。そこで、宿の人に連れていってもらって行くと門番に止められる。中から支配人みたいな人が来て俺らの服装チェック。スリッパがNGらしく、ホテルのレストランに入れてもらえなかった。ビールだけ買って替えるのもダメ。おー、いい加減そうな国に見えて、こういった高級なところでは意外と厳しかったりすることに驚き。

送信者 パプアニューギニア2011

諦めて帰ろうとしたら、連れてきてくれた宿の人がもう一箇所あるという。それはボーリングセンター。そんな娯楽があるのかと驚き。ボロボロの建物がボーリング場だった。中に入ると昔の西部劇に出てきそうなカウンターがあり、数人の酔っぱらいがビールを飲んでいた。あんまりいい雰囲気ではなかった。奥にはボーリング場があったが、日本のようなボーリング場ではなく、広い芝生が広がっていた。いったいパプアにおけるボーリングがどんな競技か分からなかった。というのもボーリングをしている人はゼロ。ここはボーリング場という名の場末のバーみたいな場所だったのだ。せっかくだからと缶と瓶のSP(サウスパシフィック)ビールを購入。確か1本5キナ(200円)ぐらいだった気がする。そして、缶の方が1キナ(40円)高かった。便はリサイクルもしていないのに不思議な感じがした。ビールを持って帰ろうとしたら、連れてきてくれた宿の人がここで飲めという。ビールを飲んでいるのが、他の人に見られるのが良くないということらしい。彼はビールを飲むなんてクレイジーだと言っていた。それぐらいビールはタブーなのだ。確かに、ボーリング場はかなり品のないダメな空間に感じた。瓶ビールだけここでのみ、缶だけは隠し持って帰った。でも、他のエリアではここまでお酒をタブー視しているところはなかった。

送信者 パプアニューギニア2011

それから、いつものように夕食を買って帰る。今日の夕食も昨日に続き魚のフライ。そして、ポテトフライと味のしない揚げパンにSPビール。それから、ゲストハウスで宿の人と話をしていると、明日はエンガ州でエンガフェスティバルもあるという。マウントハーゲンショーは楽しんだし、別のエリアにも行ってみたいと思い、明日はエンガに行くことにした。エンガはマウントハーゲンから2時間30分ぐらいかかるちょっと遠い場所だ。また違う町に行けるので、その風景や文化の違いも楽しみだ。