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母親にとって命をかけた最大の記念日

しばらく前に、友達3人で阿佐ヶ谷のおでんやに入った。
初めて入ったカウンターだけの店で、おばあさんが1人で切り盛りしていた。

他の店で飲んだ後に立ち寄ったので、ビールだけ1杯飲んで帰ろうと話していた。
3人とも阿佐ヶ谷に住んでいて、かつ土曜日だったので夜も遅かったと思う。
瓶ビールを飲みながら、おばあさんにオススメのおでん盛り合わせを出してもらった。

おでんが美味しく、落ち着く空間だったので、これからも食べにきたいと話すと、おばあさんは20年以上も店を1人で切り盛りして来たが、そろそろ止めようと思うと話した。

初めて入った店で、店を閉めるという話しを聞くのは寂しい感じがしたが、おばあさんはゆっくりとした口調で、若造3人に今までの自分の人生を語るかのように話してくれた。

「人生には3つの坂があるのよ、
 知ってる?

 ひとつ目は、
 上り坂

 ふたつ目は、
 下り坂

 みっつ目は、
 まさか

 まさかが一番大きな坂なのよ。」

「ほら、あんた、好きな言葉は?」

好きな言葉はたくさんあるけれど、
無意識のうちに「一期一会」と答えていた。

「じゃあ、何を信じるの?
 ああ、誰を信じるかでもいいは?」

僕は「明日を信じる。」と答えていた。

他のお客さんも順に同じ質問に答えていった。
その中に、今日がお子さんの誕生日の方がいらした。
子どもとは言っても、もうとっくに成人し結婚しているお子さんだった。

店のおばあさんは、またゆっくりと話した。

「それはおめでたいはね。

 子供の誕生日ってのは、自分が命をかけた大切な記念日なんだよ。

 あんたたち、分かる?

 誕生日は自分が生まれた記念日だけじゃないのよ。

 母親にとっては、自分の命をかけた人生でとっても大切な日なの。

 あんた、自分の誕生日は自分のものだけだと、思ってるでしょ。

 母親にとっては、1年でもっとも思い出深い日なのよ。」

今まで、自分では全く思いもつかなかったことだった。
でも、言われてすごく納得した。
けっこう衝撃が走るぐらい、心にグサッと来た。

本当に自分視点でしか物事を考えれてないなと、情けなくなった。
けれど、母親にとっては子どもの誕生日が「命をかけた大切な記念日」なのだ、ということに気づけたことがうれしかった。

いつの間にか時間は経ち、周りの他の店は全て閉まっていた。
遅くまで、すいませんでしたと話すと、

「あら、大丈夫よ。

 息子が迎えにきてくれるのよ。」

と言って、おばあさんは電話を取り出した。

送信者 パプアニューギニア2011

2011/11/11 たぶん生きている中で一番「1」が多く並ぶ日。
1日遅れたけれど、誕生日、そして大切な記念日おめでとう。

お産という冒険
http://www.teratown.com/blog/2008/06/23/eea/

涙で始まる朝
http://teratown.com/blog/2010/09/04/ithcithea/

東日本大震災の写真プロジェクトで7ヶ月で72.1万円が寄付されました

3月11日から8ヶ月が経ちました。

地震のときは東京の高層ビルの36階にいました。
ビルが免震構造ということもあり驚くほどの横揺れで、本は落ち、ブラインドはガシャンガシャンと音をたて、会議室の扉はバタンバタンとなりました。

遠くではお台場から煙が上がるのが見え、千葉の方からはコンビナート火災で真っ赤な大きな炎が見えました。
冷静になるように努め、非常階段を駆け下りて皇居へ逃げ、歩いて阿佐ヶ谷の家まで帰りました。
それから8ヶ月が経ちました。

地震の前日に仙台に行くことが決まり、翌日に起こった地震。
そんなこともあり身に迫る出来事でした。
仙台行きは地震でなくなりましたが、4月の頭と末に2回ほどガレキ撤去などのお手伝いに行きました。

それと同時に、極北を愛する人の東日本大震災写真プロジェクト (NPFP)というサイトを作り、募金を募りました。
極北地域の写真を写真家の方にご提供いただき、募金して頂いた方は写真をダウンロードできるという仕組みでした。

4月の頭から始まり約7ヶ月間でなんと721,000円もの募金が集まりました。
NPO法人のCIVIC FORCEに全額寄付させて頂きました。
本当にありがとうございました。
8ヶ月目の11月11日でサイトを閉じます。

このプロジェクトをスタートする前は、正直なところこんなにも集まるとは考えていませんでした。
しかし、実際にやってみると、みなさんの思いがよせられこのような額になりました。

自分が直接寄付することでは、この額は無理でした。
ただ、お金だけではなく自分ができることをして、お金以上の効果を生み出せるんだなと強く実感しました。

そして、ネットの和、写真の和、自然を愛する和って純粋にすごいなと教えてもらいました。
それらの元になっている、一人一人の思いと言う物にも感銘を受けました。

今回のことに限らず、自分に出来ることをアイディアだけで終わらせるのではなく、未熟でも良いので何でも形に残して世の中に出していこうと思いました。

ありがとうございました。

送信者 ALASKA 2009

◆極北を愛する人の東日本大震災写真プロジェクト #NPFP

募金はコチラ
http://justgiving.jp/c/6050

写真のダウンロードはこちら
http://teratown.com/NPFP/NPFP.html


極北を愛する人の東日本大震災応援プロジェクト~the Northern Photography Fundraising Project – NPFP –
http://teratown.com/blog/2011/04/06/eeioeiiaiaeueuaciothcyyiyyyyeathe-northern-photography-fundraising-project-npfp/

◆地震に関連するエントリー

とりあえず無事です
http://teratown.com/blog/2011/03/12/eeciuoc/

こんな所では死ねないという強い衝動
http://teratown.com/blog/2011/03/13/oeeciaieeae/

ランラン扇山トレラン&チャリティーラン
http://teratown.com/blog/2011/03/20/yeyoyeyoadhyeyiyeyooyayayeyaeyyeyo/

地震後の変化
http://teratown.com/blog/2011/04/02/aiiaien/

地震直後のそのままの姿
http://teratown.com/blog/2011/04/07/aiiaaiiththin/

東日本大震災 石巻でのお手伝いと、目の当たりにして感じたこと
http://teratown.com/blog/2011/04/11/aiaeueuacio-adhcieaaeciuiaoeeaee/

石巻市でのお手伝い記録
http://teratown.com/blog/2011/04/12/adhocieaaui/

石巻での4日間のお手伝い。1日の流れはこんな感じ。
http://teratown.com/blog/2011/05/03/adhciaeuoieaa/

石巻ボランティアセンター2011年5月2日時点の情報
http://teratown.com/blog/2011/05/05/adhyuyeyoyaeyycyyoy2011c5i2aeuthaaidheo/

石巻での日記 1日目 自分の目で見て感覚を掴む日
http://teratown.com/blog/2011/05/09/adhciaeuu-1aeuiueiiucaedhoaiaaeu/

石巻での日記 2日目 組織について考えた日
http://teratown.com/blog/2011/05/11/adhciaeuu-aeuiuaeyeaaeiaeu/

石巻での日記 3日目 慣れてきた日
http://teratown.com/blog/2011/05/13/adhaeuu-3aeuiuiaeaeu/

石巻での日記4日目 また来たいと思った日
http://teratown.com/blog/2011/05/18/adhciaeuuaeuiuthieeaaeu/

【PNG10(終わり)】パプアの海の中、島の中、闇の中

【PNG9】偶然の出会いに流されて

朝起きて、朝食を食べる。このゲストハウスには朝食が無料でついていた。この旅で初めてなのでリッチな感じがする。
パンとシリアルそしてコーヒーを。キリスト教系のゲストハウスなので、ヨーロッパ諸国の若者も泊まっていた。
デザートにと昨日ハヤ村のおばちゃんにもらった、大きな柑橘類をみんなで分けて食べた。

送信者 パプアニューギニア2011

朝食をとっていると雨が降り出した。かなりの土砂降りだ。そもそも今日は宿を変えなきゃならないし、ダイビングも予約してある。どうしようか悩みダイビングをキャンセルしようかと思ったら、イギリス人の兄ちゃんも雨だったらキャンセル料金はかからないよと教えてくれた。

送信者 パプアニューギニア2011

しかし、しばらくすると大雨は止んだので、とりあえずダイビングに行くことにした。バックパックを背負い、ルザランゲストハウスを後にする。歩いて10分ぐらいのCWAゲストハウスへ向かう。こちらの方がマダンリゾートから近いし安い。ルザランはドミトリーで95キナだったが、CWAはシングルかつシャワーとトイレ付きで85キナだった。荷物を置いてダイビングショップへ。

送信者 パプアニューギニア2011

客は俺ともう1人の2人だけ。二人とも2本潜る予定なので、ポイントをかえて2本潜り午後に戻る予定となった。俺はまた久しぶりのダイビング。去年の夏に小笠原諸島で潜ったからちょうど1年ぶりぐらい。一緒に潜る方はかなりベテランで世界中で潜っているおっちゃんだった。思い出しながら、教えてもらいながら機材を準備する。

送信者 パプアニューギニア2011

まずはPig島近くの沈船ポイントへ。波がちょっと高かったが、潜ってしまえば特に影響はなかった。どんどん潜水していく。ちょこちょこ魚はいるのだが、小さいものが多かった。大物がいる感じもしなかった。けれど、海の中に包まれる、あの感覚はいつ味わってもいいもんだ。

送信者 パプアニューギニア2011

実はコンタクトレンズを持って来ておらず、ハッキリと魚が見えないのが最大のネックだった。。。コンタクトレンズなんて荷物にもならないから、旅のときは常に持ち歩くべきだなとつくづく思った。インストラクターや一緒に潜ったおっちゃんに聞いてみても、マダンの海はそこまでスゴイ場所ではないらしい。たまに大物に会えるぐらいだとか。1本目を終わり、もう1本は止めることにした。目が見えないし、大物に出会える確率も低そうなので。

送信者 パプアニューギニア2011

そこで、近くの島(おそらくPig島かな?)に降ろしてもらって、みんなは別のスポットでダイビングをした後に拾いにきてくれることになった。誰もいない無人島。さて、おそるおそる中へと探検。木々が生い茂っている。が、驚いたことに人間のゴミも散見された。ここまで来ているのだろうか?流れ着いたのだろうか?島の中には特に何もなさそうだったので、近くを泳ぐことにした。ゴーグルは持っており、これには度が入っているのでハッキリ見えるのだ。

送信者 パプアニューギニア2011

熱帯魚を追いかけて、泳いだり、帰ってすぐ佐渡トライアスロンがあるので水泳の練習もした。ダイビングとは違いタンクも何もなくて、身軽だ。どちらかと言えば、素潜りのこの身軽さが好きだな.何にも縛られない、自然と自分が対等に向き合っている感覚が。

送信者 パプアニューギニア2011

海から上がって昼寝をしたり、のんびりと無人島で1人自由な時間を過ごす。池澤夏樹さんの夏の朝の成層圏を思い出した。南の島にポツンと流れ着いてしまったような。ダイビングを終えて船が迎えにきてくれた。

送信者 パプアニューギニア2011

いったん宿に戻りシャワーを浴び、インストラクターの方と町をぶらぶらすることに。ぶらぶらと言っても、すでにこの町は歩き尽くしたので行く所はたいしてなさそうだが、やることもなく暇だし、自分とは違った住んでいる人の視線で町を見るのも楽しそうだ。船着き場の近くの露天に行って揚げたカウカウ(サツマイモ)を食べる。パプアのカウカウは実に美味い。と思いながら、この旅でカウカウを食べるのも最後なんだろうなと、しみじみと感じた。

送信者 パプアニューギニア2011

海の近くのマーケットではいろいろな種類の魚が売られ、また別の所では生きた鶏(1500円ぐらい)が売っていた。ジャンキーなアイスクリームを食べてみたり、カップラーメンを買ってみたり、パプア名物ゴロカコーヒーを買ってみたり、この国にある日常を最後まで味わい尽くした。

送信者 パプアニューギニア2011

ゲストハウスに戻り、芝生で本を読んだり日記を書いた。ああ、この旅も終わりかとしみじみと感じながら、2週間弱の旅を思い返した。今回も非常に面白い旅になった。山に始まり、海に終わる。そして、その間にある変化も陸移動で味わえた。山エリアでの祭りもあったし、島でののどかな滞在もあった。

夕方になり、飯をどうしようかぼんやり考えながら、部屋のベッドで寝転がっていたら、ドアがノックされた。昨日お会いした青年海外協力隊のカズキさんだった。最後にもう一度話したいと思っていた所で、ちょうどよかった。近くのレストランに飯を食べにいくことにした。外観とかは豪華なのに、メニューの値段はKAIBARなどと変わらないのでビックリした。俺は海鮮炒めとビール。青年海外協力隊の仕事の内容などについて聞いた。聞けば聞くほど大変な仕事だと実感した。文化の違い、価値観の違い、生活習慣の違い、言葉の違いで仕事はうまく進まない。けれど、自分は日本の代表としてこの地に来て活動しているから、最大限できることはやり続けなければならない。正直やってられないと思っても、愚痴る相手もいない。一緒に飲みにいく相手もいない。日本人が来たとしてもツアー客の自分の両親やそれ以上の世代。さらにパプアはネット環境が悪いので、ネットを見たり書き込んで気晴らしも出来ない。そんでもって、日本に戻ってからの職の保証は全くない。すごい環境で、それでも頑張って活動しているその姿がかっこよかった。自分の精神との戦いの連続だろう。

送信者 パプアニューギニア2011

同じ年代だし、ツアーで来たいわゆるお客さんじゃないから、こんなにもフランクに話してくれたのだろう。そんな話しを聞いたり、仕事ぶりを見ていて、青年海外協力隊はオリンピックの日本代表選手みたいなもんだと思った。でも、残念なことにマイナー競技でほとんどの人が名前も知らない選手なのだ。そんな感じがした。日本の代表として世界各地に行き、自分の持てるすべてを発揮して活動して役に立つ。チヤホヤもされないし、誰も知らないかもしれない。けれど、そんな青年海外協力隊の人たちこそ、オリンピックの金メダルをもらうべき人たちなんだろうなと思った。

送信者 パプアニューギニア2011

夜も遅くなったので、店を後にした。夜のパプアはやはり物騒だ。フラフラと歩いている人はかなり怪しさが漂う。バイクの後ろに乗せてもらい、宿まで送ってもらった。翌朝も早いので寝ることにした。

5時ぐらいに起きた。自分のゲストハウスは空港送迎がないので、マダンリゾートの送迎に便乗させてもらうことにした。約束では自分のゲストハウスの前まで迎えにきてくれるはずだったが、約束の時間を10分過ぎても車は来ないので、マダンリゾートまで真っ暗な道を歩いて行くことにした。ただ、リスクの天秤だった。真っ暗な夜道で襲われるリスクと車に乗れず飛行機に乗り遅れるリスク。約束の時間を10分過ぎていたし、マダンリゾートまでは5分ぐらいの位置にあったので行くことにした。

ゲストハウスを出て歩いていると、左手に芝生があった。男二人の影が見える。何やら会話をしてコチラを見ている気がした。怪しい。狙われている。二人を見ながら、距離感をキープする。そして、いつ走り出すかの間合いを伺う。ココからなら逃げ切れると思った所で、一気にダッシュ。すると二人もダッシュで追いかけて来た。真っ暗なので正確な距離は分からないが、足音から距離を推測するになんとか逃げ切れそうだ。あとちょっとで逃げ切れると思ったら、足音が止まった。よし、勝った。最後の最後まで、襲われそうだったがセーフ。ホテルに入り、しばらくすると悲鳴が聞こえた。おそらく、同じ二人が襲いかかったのだろう。間一髪。

送信者 パプアニューギニア2011

無事に車に乗って、空港へ。マダンの空港もとっても簡素な作りだった。滑走路の先から太陽が昇る。飛行場の夜明けはなかなかいいもんだ。希望に満ちあふれた新しい未来がやってくる感じがする。ポートモレスビーまで行き、半日ぐらい空港でボーッとした。モレスビーの町に出ても1時間ちょっとしか時間がなかったし。パプアの通貨キナを両替して、本を読みながら出発を待った。今回の旅もこれでおしまい。

送信者 パプアニューギニア2011

オーストラリアや南の島からの乗り継ぎで搭乗時間の間際になると日本人が増えはじめた。日本語を久しぶりに聞くと、ああ、もう帰るんだって思う。飛行機に乗り6時間。あっという間に日本に到着した。たった6時間でこんなにも異なる世界があるって、本当に不思議に思える旅だった。空港について実家に電話をして、今回の旅も終わった。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

初めまして。ヨガ。

もともと興味があったけれど、やったことがなかったヨガ。
別に女の人だけがやるって訳ではないけど、日本のヨガスタジオは女性向けばかりな気がする。
だから、なかなか男ひとりでは入りづらいから、やったことがなかった。

でも、今日、初めてホットヨガを体験して来た。
当初は朝の5時に起きて山に行く予定だったけれど、寝坊をしてしまって友達とヨガに行ってきた。

阿佐ヶ谷にあるヨガスタジオ。
行く前にホームページで調べ、電話もして男もOKと調べた上で。
でも、実際に店にいくと雰囲気は女性用の空間で友達と気が引けた。
けれど、意を決して受付に。

弱ホットヨガというもの。
ヨガマットを敷いて、バスタオルを敷いてヨガ初体験。
三日月の姿勢や、手を合わせて頭の上に伸ばして手の先を見たり、地面と平行に手を広げてバランスをとったり、合掌のスタイルだったり、四つん這いで呼吸をしたり、色々やった。
汗が出るので水もちょくちょく飲みながら。

ゆっくり動かしたり、一定の時間姿勢を保つので思っていた以上に筋肉がプルプル。
ホットヨガだけあって、汗がじわっと出てきた。

空間はやっぱり女性的でゆったりとした時間が流れる。
いつもはがさつな空間に居ることが多い。
自分の家もそうだし、山で走ったりと。

自分に取ってはちょっと非日常な空間。
女性的でゆったりとした空間だから、心が安らいだ。
床暖房でじんわりと温かい部屋で寝転がると、なんだか体がほぐれる感じ。

さらに、ヨガをして鼻から息を吸って、ゆっくり吐いて、腹式呼吸で呼吸を整えると、体の中を風が通り抜けるような心地よさがあった。
かなりインナーマッスルが鍛えられる感じがしたし、何よりもやっていて体がほぐれ不純物が抜けていく感じで気持よかった。
トレランの不整地を走る時にバランスが良くなるような気がしたし、体がほぐれてスイムのときの伸びも良くなる気がした。

毎日なんだかんだバタバタと生活していると、心と体を整える時間がないけれど、ヨガは精神と肉体に空白の時間を持てる感じがしてとっても良かった。
これからもヨガをやりたいと思う。

旅先の自然の中で、島を旅している朝とか夕暮れ時の砂浜で、山で泊まった朝にゆったりとヨガをしたら気持いいだろうなと思う。
旅ヨガ、登山ヨガ、これからもやっていきたい。

送信者 座間味島'08

付け足しで。
心も体も安らぐので、漲るエネルギーと言うか、闘争心はあまりなくなる気がした。
日常的にやりつつ、勝負のトレランレースなどの前はヨガを休んだほうがいい気も。

【PNG9】偶然の出会いに流されて

前回の旅日記はコチラ【PNG8】隣の島は違う島~花びらひとつで華やかに~

朝、目を覚まし、オヤジにお礼を伝えて島を出た。
船着き場がどこか分からないので、適当に海沿いにいたら船が拾ってくれた。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

マダンに着くとやることが本格的にない。
この周辺にあと2日はいないといけない。
しかし、全くやることがない。
どうしようかと思って、ガイドブックのLonelyPlanetをひらく。

すると、ツアー会社が1軒だけあった。
しかし、マダンリゾートという高級ホテルの中にあるらしい。
ツアーに参加する予定は全くなかったが、よい行き先を聞けるかもしれないと冷やかしにでかけた。

送信者 パプアニューギニア2011

このマダンリゾートの敷地内に入ったが、ツアー会社なんて見当たらない。
ホテルのスタッフに聞くと、裏の方にあると言う。
行ってみると、ホテルの裏口の方にあった。
看板とかも出ていない。ここはホテルが持っているツアー会社で外部の人向けのツアーというよりも、ホテルに泊まった人にツアーを提供している会社だった。

冷やかし様がないし、予約はここではなくホテルのフロントですると言う。
ちょっと話して、ツアーが2種類あるけど、2人からだよと言われた。
ああ、まあいいやと思ってツアー会社を後にしようとドアを開けた。

すると、バイクに乗った東洋人らしき人がツアー会社に入って来た。
ホテルのスタッフが「Hi, Kazuki!」と言った、
えっ、カズキ?日本人か?いや、そんなはずはない。
ここはパプアニューギニアなのだから。

と思ったら、日本人だった。
話しを聞いたら青年海外協力隊でパプアニューギニアの観光局に努めていると言う。
ただ、日本人がこの町にくるときは、マダンリゾートに来てツアーなどをアレンジしたりしているという。
年間に200~300人ぐらいの日本人がマダンに来るらしいが、日本人はほぼ100%マダンリゾートにしか泊まらないらしい。
厳密には99%ぐらいだとか。まあ、だからここで働いているんだよと話していた。

今まで旅をして来て青年海外協力隊にあったこともなかったし、10月から友達がエクアドルに青年海外協力隊で行くことになっていた。
こんな機会もないし、カズキさんも面白そうな方だったのでいろいろ話しをしたいなと思い、ツアーに申し込むことにした。
参加者は俺1人だけで、半日ツアーで180キナ(7200円)!
普通なら絶対にこんなツアーに参加しないが、カズキさんも一緒に来てくれると言うので、いろいろ話しが出来るし面白そうなので、そこにお金を払ったような感じ。

ツアーは午後からで、とりあえず昼まで暇つぶし。宿も決まっていないので、これから探すけどいいところ知らないか?と聞くと、電話して予約までしてくれた。
2日間マダンに泊まる予定だったので、同じ宿で連泊したかったが、安い割に一番良いCWAゲストハウスが1日目が満室だったので、1日目はルザランゲストハウス(95キナ)、2日目はCWAゲストハウス(85キナ)を予約してくれた。値段もそんなに高くないし、ラッキー。

ついでに、1人で宿まで行くのは危険だからといって、わざわざ宿まで送ってくれた。今まで、さんざん1人でほっつき歩いていたのでなんだか不思議だったが、ありがたく連れて行ってもらった。
ルザランゲストハウスはルターゲストハウスということらしく、キリスト教系のゲストハウスだった。今までパプアで泊まったどの宿よりも清潔で広くて安全そうな場所だった。さらに、立地する場所は高級住宅街のど真ん中。いやー、これはびっくり。ホットシャワーもいつでも使い放題。なんだか、セレブな感じ。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

日本人に合うので臭いと申し訳ないと思い、久しぶりのホットシャワーを浴びたり、服を着替えた。そんな事をしていたら、もう昼になったので、飯を食べに出かける。と、その前に、住宅街をぶらぶら。海岸沿いに行くと海に面した広場に大きな塔がたっていた。なんだかこぎれいな町だ。その後はまた同じ店で食べる。そして、マダンリゾートに行って、ツアースタート。翌日もやることがなかったので、マダンリゾートに併設するアドベンチャーダイビングと言う店でとりあえずダイビングをする予約をした。さて、出発。

送信者 パプアニューギニア2011
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村巡りをする前に、運転手のビジービーが腹が減ったと言うので、露天に立ち寄る。暇なので、俺もビートルナッツ(ブアイ)を試した。にが渋い感じで、口の中の水分が全て吸い取られてしまう。うまくない。ブアイの実を噛む。唾液をすべて捨てて、マスタードの実を少しずつかじる。そこに石灰を乗せる。舌に着くとやけどするので、噛み砕いてぐちゃぐちゃになったブアイの上に乗せる。そして、噛んでいるとだんだんとオレンジ色に変色する。相変わらずまずい。飲み込めないし、唾液も飲み込む気にならないので、しばらく噛んで捨てた。

送信者 パプアニューギニア2011
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先に進むとBalek wildlife Sanctuaryという自然公園に到着。川にはうなぎがいた。この川は硫黄が含まれた温泉みたいな川。そこに大きなウナギが泳いでした。パプアのピジン語でもウナギというらしい。戦争の時に日本語が伝わったのかな?近くの家の子どもがよってきて、一緒に遊んだ。それにしても、パプアニューギニアには子どもが多い。一緒に来てくれた青年海外協力隊のカズキさんに、聞いてみると平均年齢は19歳と言うから驚きだ。子どもが多いのが最も大きな理由だが、寿命も日本のように長くなく60歳ぐらいからだとか。

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子どもがパパイヤ取ってあげると言うので、「お願い」と言うと、輪っかにした木のツルを足首につけて木登り。そして、パパイヤをもぎ取って降りて来た。本当に食べ物が豊かな国だ。ビックリ。さらに枝とかが出てない、すっらっと伸びる木に、輪っかひとつで登る何てことにも驚き。俺もチャレンジしてみたが、無理だった。小さい頃からの鍛え方が違うんだな。それから、木の長いツルに捕まってターザンみたいに遊んだりと楽しんだ。

送信者 パプアニューギニア2011
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送信者 パプアニューギニア2011
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また、移動して芝生がキレイに刈り取られている村に。大きな道路から少し中に入った所にこの村はあった。パプアとは思えない綺麗さ。その綺麗さは都市化されたと言うのではなく、自然の中で芝生がキレイに整えられ、家もこぎれいにされていると言うこと。なんだか、異空間に来てしまったかのような不思議な感覚に。ここはハヤ村というらしい。観光客のツアーで立ち寄るから綺麗なのかなとおもったら、もともと綺麗な村だったので、ツアーでも訪れるようになったのだとか。

送信者 パプアニューギニア2011

家にお邪魔するとニューバランスのシューズ「ミニマス」が干してあった。あれっと思って聞いたら、ミニマスは裸足感覚のランニングシューズで、PNGの野生っぽさとマッチするから、このイベントでここを走ったのだとか。友達の裸足ランナーの山田さんとか高橋さんがこの企画をやっていたとは聞いていたが、まさか同じ村に来るとは。驚いた!

送信者 パプアニューギニア2011
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何軒かの家をお邪魔して、ココナッツの内側の白い部分を削ってココナッツオイルを作ってみたり、シンシンでペイントに使う赤い実を見せてもらったり。腹が減ったと思ったら、そこら中に果物がある。バナナをもぎ取ってくれたり、通常の3、4倍の緑色したグレープフルーツみたいな物も、長い棒でつっついて落として食べさせてもらった。柑橘系のフルーツは久しぶりに食べたので、瑞々しくて酸っぱくてとても美味かった!かなり大きいのに1人で食べ尽くした。そうしたら、おばちゃんがお土産に持っていきなとさらに大きいのをくれた(笑

送信者 パプアニューギニア2011
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送信者 パプアニューギニア2011

さらに、ヤムイモ、タロイモ、バナナ、カウカウ(サツマイモ)と菜っ葉を煮込んだものを食わしてもらった。日常的にはこんなイモの煮込みを食べているらしい。ふと疑問がうかぶ。イモしか食べていないのに、パプアの人はスゴくマッチョだ。筋肉隆々だ。なぜか聞いてみたら、パプアのイモには日本の4倍のタンパク質が含まれているとか。テキトーなパプア人の言うことはどこまでが本気でどこまでが冗談かは分からないが、ちょっと信じてしまうほどだった。

送信者 パプアニューギニア2011
送信者 パプアニューギニア2011

ゲストハウスへ帰る道ではいろいろ話した。運転手のビジビーには、パプアの人は経済発展と自然の恵みを享受する暮らしとどちらを求めているのかと聞いてみた。人に寄って答えは違うのは承知で。すると、山岳地帯の人は経済発展を求め、海沿いの人は現在のような自然の恵みを受けて生活したいと思っていると話してくれた。それは、海沿いが果物など食べ物がとっても豊かだからなんだろう。

カズキさんには青年海外協力隊にくるに至った背景を。学生時代は旅をして、旅行会社に就職したがしっくりこなかったとか。世界の観光に関わる仕事をしたいとパプアの観光協会に入って仕事をしているが、なかなかパプアの人の価値観と日本の価値観は違い苦労をしていると話してくれた。

ルザランゲストハウスまで送ってくれて2人と別れた。日記や絵はがきを書いていたら、歌声が聞こえて来た。真っ暗な夜で危険かなと思ったが、近くならと思って出かけることに。すぐ近くの家の庭で皆が歌っている。聞いてみるとキリスト教のフェローシップという儀式?だという。キリスト教に関しては全く詳しくないので分からない。キリスト教の文化圏にもあまり言ったことないし。まあ、みんなで集まって行うお祈りみたいなもんだろう。

送信者 パプアニューギニア2011

それぞれが立ち、踊りながら歌う。「ハレルヤ」とか「ジーザス」とか自由に叫ぶ。仏教とは異なる宗教だし、こうした違いが人間のメンタリティにも影響を与えているんだなーと実感。まあ、人間のキャラが先か宗教が先かは鶏と卵の話しだし、相互に作用し合っているのだろう。そして、宗教もその土地にあったように少しずつ変わっている感じが伝わって来た。

イスに座りながら眺めていた。偶然にもこんな会に参加して、自分は偶然に寄って、そして一瞬一瞬の経験によって作り上げられているんだなーと実感した。特に日本での日常ではこんな機会はないので、旅の中で出会う想像もしないことは自分を形作る大きな影響要因のひとつだなと思い、旅に育ててもらったなと。今回の旅も終わりに近づき、旅にありがとうという気持が沸き上がって来た。