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【場を作る新しい旅0】ワクワクすること年にひとつ。場をつくる。

何かどうしてもやりたいけれど、今の自分には無謀なことを思いついて、いろいろ調べて、準備して。だいたい半年。それぐらいの期間が自分にはいい。

そして、冷静さを保ってると思い込んで、でも、がむしゃらに挑んで。

何らかの結果に、舞い上がり、落胆し。ほとぼりが覚めるまで、少しの時間が必要で、言葉や写真で記録に残すのにまた半年。

そう思うと、一年に一回ぐらい、熱をおびることがあるのが、自分にはあっている。

最近は山とか、スポーツとかだったけど、それは学問でも、家を建てるでも、空を飛ぶでも、旅でも、場をつくることでも、プログラミングでも、楽器でも、絵でも、ビジネスでも、地域のことでも、なんでもよくて。

最近は、それを一人じゃなくて、志を友にする仲間とやっていたい。

いつも、それが生きるエネルギー。

っさ、今までとは全然違う、けど、昔からやりたかったことの、第一歩になりそうなことを7月ぐらいから始めれるかな。

空間、場、そんなものを作りたかった。
ネットも好きだけど、実際に存在する場。
スペインを旅したときのバル、岐阜で言えばオルガンのオフィス、徳島のカフェオニヴァもそうだった、山小屋もそうだろう。
そんな空間を作りたい。

外に出て、新しい世界に飛び込んで、いろいろなモノや人や発想、価値観、場に出会う。
外に出ることによって、その好きなものが増え、家というか自分のHOMEスペースにも好きなものが増える。
内(HOME)の多様性&居心地も増していく。
そんな空間は、HOMEに戻れば好きなものに囲まれた生活。

究極は自分で家を造ってと思っているが、まだまだそこまでは道のりがあるし、いきなりやっても空間プロデュース能力が低いので、まずは小さなところからやってみたい。

送信者 ドロップ ボックス

アコンカグアその後~山と渓谷とForget me not~

今発売の「山と渓谷」4月号にアコンカグア登山の話が掲載されている。カラー4P。
タクジさんが書いてくれた文章は、あの旅のことがギュッと詰め込まれている。
そして、写真もきれいで、また行きたくなってしまうほど。

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー
送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

そして、ヤマケイの発売日の夜にrainy days books & cafeでForget me not番外編として、タクジさんと話をさせてもらった。
実はタクジさんと出会ったきっかけは、4年ぐらい前のクリエイティブライティングのForget me not。
2回目は3年ぐらい前の信越五岳のレース中のトレイル。

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

写真や動画を使って、アコンカグアの旅に着いて話させてもらった。
なかなか人の前で話すのは難しいなと。
聞き手の興味とか知識レベルなどを把握して、飽きさせないようにメリハリを付けるのが難しい。

普通に話しているようで、トークショーなんかで話している人はいろいろ考えて、工夫しているんだなと実感。

その後の、おいしい食事とワインを飲みながらも楽しかった。

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

そして、驚いたのが、rainy day の前にたっていたら、走ってくる人がいた。そしたら、大学のゼミの先輩だった。rainy dayから30秒のところに住んでいたw

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

ということで、トークショーなどで気をつけること。
まあ、プレゼンでも一緒だと思うけど。

・話のメリハリをつける
・声には抑揚をつける(強調したいところは強く)
・起承転結をつける
・一番最初のつかみが重要(ネタを考えておく)
・終わり方も重要(Q&Aで逃げるとかが楽)
・事前に全体構成を考えてイメージしておく
・最初は概要を簡単にまとめたスライドを用意しておく
・笑える話を準備しておく。
・だらだら長い文章ではなく、短い文章で分かりやすく。

◆聞き手を飽きさせないコツ

・会場に話をふる
・クイズを出す
・小ネタを入れる
・動画を入れる
・BGMを流しておく
・現地で買ったお土産とか現地のモノを会場にまわしたりする
・手元の資料を渡しておく
・会場にサクラを用意して質問などをしてもらう

送信者 アコンカグア反省会妙高杉の原バックカントリー

変われる人。変われない人。

たった半年で見違えるような変化をとげた人がいる。
10年経っても何も変わってない人がいる。

ただ、闇雲に全て変わることがいいとも思わないけれど、どんな人も持っている悪い部分は素直に認めて変えて行くべきだと思う。こう話すと、悪い部分をなくすと、自分の性格の良い部分も削がれてしまうという言い訳を言う人もいるが、残念ながらその思考が変われない人の特徴だともう。

変わった人の何が変わったかと言えばスタンスだと思う。
それは、自分の生き方に対するスタンス。周囲に対する感謝のスタンス。

そのスタンスの変化が、自分の悪い部分を変えようとする原動力になり、日々の努力に繋がる。その地味で地道な努力の結果として、いつの間にか大きな変化、成長を遂げている。こういった変化を見ていると、純粋にスゴイと思うし、かっこいいし、自分がその変化に寄与できた場合はうれしくなる。

一方で、変われない人は、たいした能力やセンスも持ち合わせていないのに、自分は今のままでいいとしてしまう。目の前の安楽だけに答えを求めてしまう。そのスタンスをかたくなに変えようとしない。まるで幼稚園児がおもちゃを親におねだりするかのように。最後は泣き続けるか、買ってもらえるまで意地の張り合いをするか。。。

なんでこんな違いができてしまったのかを考えると、様々な経験から考えることをして、次に活かしてこなかった結果だと思う。どんな人でも感情はある。辛いこと、悲しいこと、うれしいこと。感情は意志をもって行動しなくても、沸き上がってくるものである。一方で考えることは、努力が必要だ。自分が意志をもって考え続けることをしないといけない。

感情は受動的なもので、思考は能動的な行為なのだ。

能動的な行為はめんどくささを伴う。しかし、その能動的な行為をしない限り、人間は大きく変化しない。ボーッとテレビを見て生きて死んで行くことも出来るが、意志をもって本を手に取り読み学び生きて行くこともできる。テレビは自分は何もせず受け身でも見られるが、本は何を読むかを意思決定し、活字を読むという努力と意志が必要だ。そこに、自分の意志があるからこそ、得られるものが大きい。

そんなように、目の前の感情だけで生きてきたのか、感情を踏まえて考えてそれを糧にして生きてきたのか。これが大きな違いなんだろう。

結局のところ、自分のベースとなる軸、価値観、美学、どういう人生を歩みたいか。そういったモノがないと、結局のところ毎回毎回ブレるし、人生なんて何が起こるか分からないのも事実だし、だからこそ軸がないと毎回の意思決定がブレ続けて、あさはかな結論を出してしまう。このような価値観とかどんな人生を歩みたいかは感情だけでは具体化されず、考えなければ出て来ない。

だから、経験から考えることが重要なのだ。価値観とかどんな人生を歩みたいかが少しずつ明確になれば、それに対して今の自分に足らないものもはっきりする。すると、それを改善しようと言う思考になり、再び努力する。そうすると、より価値観や歩みたい人生が明確になる。この無限の繰り返し。

もちろん、最初からしっかりした軸がある訳ではないが、20歳ぐらいの頃に悩み、様々な経験をして、感じ、考え考え、少しずつ絞られてきて20代後半にはある程度定めてないと人としては未熟であると思う。もちろんある程度定まっても、30代、40代、60代、80代と永遠とこれを続けていくのだろうけど。

目の前の快楽とすぐに見えない快楽

スマホと読書

エレベーターと階段

スポーツ観戦とロングトレイル

マヨネーズと薄味料理

牛肉と山菜

ついつい目の前の快楽に流される。
遠くにある快楽は、遠ざけてしまう。
いいわけをして、安楽な選択肢を選んでしまう。
自分のせいではなく、他人のせいにして逃げてしまう。

だれしもこんなことがあるのは事実だと思う。
そして、生き物はより楽をして、より大きな果実を得たいものだと思う。

目の前の快楽だけでは、深みのある喜びは味わえない。
一方で、すぐには手の届かない喜びだけを追い求めては、日々の楽しみが減り、なかなかツライ。
その両方を味わえてこそ、素敵な時間を過ごせるんだと思う。
どちらの快楽もあってこそだと思う。

ついつい目の前の快楽に走りがちだ。
目の前の快楽はほかっておいてもやるんだから、あえてすぐに見えない快楽をチョイスし続けて、深い喜びの世界に踏み入れるのがいい。

送信者 鎌倉070212

いつもそばにいてくれたカメラを失った

今回のPTLの旅で、長年使っていた一眼レフカメラを失った。

旅をするようになってから、そこで出会う美しい風景を少しでも鮮明に記憶しておきたい、その時を後からより生生しく思い出したい。
そんなことを思って買った一眼レフ。

世界中、日本中、
いろいろな国を旅した。
いろいろな山に登った。

そんなとき、いつもこのカメラがそばにいた。

何十万枚撮ったか分からないけれど、自分が撮った写真はだいたい覚えている。
レンズを向ける時、いろいろな思いがその対象に向けられていた。

1枚の写真を出されれば、自分の写真かどうかはすぐに分かるし、その写真がいつどこで何を思って撮ったのかもありありと思い出せる。

風景ばかり撮っていた時も、人の笑顔ばかり撮っていた時も、日常の何気ないスナップばかり撮っていた時も。

イランの盗難でも何とか死守したカメラ。
アラスカに行ったり、様々な極地に行き調子が今ひとつだった最近のカメラ。

買い替えようかとも思っていた。
でも、結局買い替えずに使っていた。

そして、このカメラで撮った最後の写真は夕焼けに染まるモンブランだった。でも、この写真を見ることは永遠にないだろう。

その写真がないことも残念だが、愛着のあるカメラ自体がなくなったことが物悲しい。

さよなら、今どこにいるのだろう。

いつか新しい一眼を買うのだろうけど、なんだか、すぐにはそんな気にならない。

送信者 青空と雪の硫黄岳20130104-05