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30年を振り返る。そして、これからの30年

未来は分からなくても、自分がやってきたことは分かる。
過去も未来もない、あるのは今、この瞬間だけ。

そんな風な考え方な自分ですが、ついに30になったらしいです。
その実感は全くなく、なんだかバタバタしているうちになっていたっぽいです。
正直、こんな風に迎えるとは思っていませんでしたが、まあ、これはこれでありなんだろうと思う今です。

で、せっかくなんで、これまでの30年とこれからの30年を記しておこうと思う。

◆小学校時代
 ゲームも漫画も読まない小学生。
 田んぼでサッカーをして遊んでいたけれど、運動は苦手だった。
 勉強はできる方で、困ることはなかった。
 けん玉をやった。けん玉は面白く、ハマった。没頭できる遊びだった。
 当時はたぶん優等生なのだが、自分の信念に反することは誰がなんと言おうとゆずらなかったと思う。

◆中学時代
 人生で最も記憶に残っていない時代。
 水泳部に入ったが幽霊だった。
 高校入試のために塾に通って勉強した。
 優秀な人に出会い、自分は馬鹿だと知った。
 自分がたいしたことないと気づけたのは、とても貴重で今にもいきている経験。
 インターネットを初めて、この世界は面白いと感じた。
 当時から日経新聞を読んでいて、世の中のことに興味があたし世界を作り上げることに興味があった。

◆高校時代
 ディベート部
 世界が広がった。
 視界がフラットになり、広がった。
 こんな見方があるのかと。
 プレッシャーに負け、胃潰瘍になった。
 こんなぐらいで胃潰瘍じゃまずいと、性格を変えた。
 死なないんだから大丈夫、気にすることはないと。
 ディベートの大会で何度も夜行列車で東京へ
 全国大会でも優勝したディベートの仲間は個性的だったが、強い絆。
 東京や海外への憧れがあった。たぶんそれはコンプレックスや夢を見ていたんだと思う。
 ITの次ぎにくるのは人工知能だと確信した。
 しかし、自分の能力の足りなさと、慶應SFCにオープンキャンパスに行き、ここを第1志望にした。
 AO入試で受かると思い込んでいたら、まさか落ちた。ショック。挫折だったと思う。

◆大学1、2年
 慶應の経済に受かり、一人暮らし。
 とにかく東京に行きたい気持が強かった。憧れだった。
 趣味もなく、物足りない日々。
 とりあえず色々なことに首を突っ込んでいった。
 ディベート組織の運営、サークルも少し、バイトも少し。
 そして、大学の親友のインド旅行に刺激を受け、旅に出会う。国内外を1人で。
 旅との出会いは大学で同じ暮らすになった親友2人の影響。
 1人で考え事ばかりしていた。自分の哲学、真理を求めていた。
 それを記録しておこうと、ブログを始めた。

◆大学3、4年
 旅をした。
 もっともっと広い世界を見て、自分で経験して、感じたかった。
 友達と会社をやった。
 東京芸大に通いはじめた
 地域活性のNPOをやった 
 会社をやった友達からは、商売の種を見つけ、どんなピンチでも何としてでも解決する方法を見つけることを学んだ。
 芸大の友達からは、たった1本の線だけれども精度を高く描くことの大変さ、美しさ、自分の沸き上がるものを表現するということを。
 そして、茂木さんと言う師匠と思える人にであえて、うれしかった。
 岐阜つながりの仲間からは地域を愛し、土地に根付いて生きていくことを、
 そして、旅で出会った多くの人からは、価値観の多様性、そしていろんな人生があって、それでいいということを教えてもらった。
 海外を1人で長旅をすると、日本語が恋しくなり本を読みはじめた。
 旅行のエッセイや冒険ものが多かった。中でも植村直巳さん、星野道夫さんは圧倒的な存在となった。

◆社会人1~3年
 大きな組織で働きはじめた。
 分からないことばかりだったので仕事メイン。
 仕事ばかりに捕われているつもりはなかったが、振り返るとそうだった。
 うまくいくことよりも、うまくいかないことの方が多かった。
 ただ、同期の仲間に恵まれた。
 もともと旅しか趣味がなかった。でも、旅をすることを忘れていた。余裕がなかったのかもしれない。
 趣味もない。
 何をやろうか。楽器がいいか、陶芸がいいか、鳥人間コンテストにも出たい、絵も描きたい。
 結局は写真を始めた。
 旅で撮った写真の個展をひらいた。
 素敵な文章も残したいと、大好きな旅雑誌のcoyote編集長のクリエイティブライティングの講座に通った。

◆社会人3~5年
 仕事にも慣れた。
 阿佐ヶ谷という町に引っ越した。
 旅の仲間が多く住む町で、平日の夜もご飯を食べたり飲んだり、語り合った。
 まるで、昔の苦学生のような生活。
 走りはじめた。
 水泳を始めた。
 山を登りはじめた。
 山を走りはじめた。
 トライアスロンも始めた。
 そして、旅を再び。
 日本の島を中心に、海外一人旅も。
 自分の価値観や人生観など、核となるものが定まってきた。
 アミニズムと言うか、自然であること。それがベースとなった。

◆社会人6~7年
 山を走ることがメインになった。
 はまった。
 徹底的にやった。
 山を走る仲間が増えて、遠くまで遠征した。
 ついに、モンブランまで走りに行った。
 素敵な仲間と最高に楽しい時間を過ごした。
 そして、今年はPTLという大きなチャレンジを控えている。
 山を走るのは好きだが、更なる高見に挑戦するトレランはPTLが最後になるだろう。
 そして、また仕事が盛り上がってきた。
 
過去を振り返るとこんな感じ。
こんな人生を歩んできて、これから30年をどうやって生きるか。

◆30代前半
 今の仕事で全力を出し切って勝負したい。
 仕事に感情をすこし持ち込みたい。
 もっと自然から知恵を得たい。
 ちょと長めに海外を旅したい。
 多様な価値観、人々に合い、自分目線を捨てて向き合いたい。
 

◆30代後半
 自分の意志と行動で飯を食っていけるようになりたい。
 本当に尊敬し、信じ合える仲間と仕事をし、周りの人々に意味あるものを提供したい。
 子育てをしてみたい。

◆40代
 より自然に近い場所で生活していたい。
 20代と変わらない好奇心をもっていたい。
 そして、新しいことにチャレンジし続けていたい。
 自分で家を建てたい。

◆50代
 自分の今までの経験や考えなどを体系化して、伝えられるようになりたい。それは概念、学問、テラマチ版人類学っぽいもの。
 自然学校をやりたい。
 実践者、挑戦者であり続けたい。
 次の世代に残したいものがある。

◆60代
悟りというものがあるか分からないが、その境地に達したい。
仏教について深く知り、その教えを心と行動で実践したい。
 悟りとはまた別で、お坊さんになっている気がする。
 

◆70代
 お寺なのか自然学校なのか分からないが、子どもや大人が気軽に出入りできる場を作りたい。
 図書館やカフェのように人が気軽に出入りできて、そこに集う老若男女が自然と会話し、何かがうまれてくるような場。

◆80代
 自然な時の流れとともに、安らかに眠りたい。

送信者 ALASKA 2009

自分が追い込まれた状態でも、自分の私利私欲を排除して判断できるか

人間の徳の高さは、自分が追い込まれた状態でも、自分の私利私欲を排除して判断できるか。こう思う。

言うは易し、行うは難し。

俺もできない。
長期視点で本質的なことと、短期視点の目先のメリットのこと。

でも、上に立つものはこうでないといけない。
「自分が追い込まれた状態でも、自分の私利私欲を排除して判断できるか。」

自分が追い込まれたり、劣勢になると、
もともと決めていたルールやあるべき理想の姿を忘れてしまい、
自分に、自分たちにメリットが有るようなことのみを支持したりする。

追い込まれた状態でも、私利私欲に左右されず客観的に、冷静に判断し行動できるようになりたい。
追い込まれた時こそ、あるべき姿、物事の本質を見て判断する。
これが、上に立つ人間。

もし、それがデキない場合は、こんな背景があって、客観的な意思決定ができない。
でも、自分たちにメリットがある選択肢を取らざるをえないと、明確に説明を行うべきなんだろう。

まあ、そんなオプションを残しておくと、結局逃げるので、そんな例外を排除しなければ、結局意味がない。

自戒の念。

送信者 クリエイティブライティング

経験を通してチャンスに気づくようになる

チャンスをものに出来る人とチャンスをものに出来ない人がいる。

チャンスなんて、いつもあるわけではないから、そのタイミングを逃さないことが大切だ。
チャンスだと思ったら、多少リスクを背負っても覚悟を決めて行動する。
先送りしないことが絶対だ。

そのチャンスというものは、頻繁にやってくるわけではない。
と言いつつ、誰にでもチャンスというものがやってくるのも事実。
(ここでいうチャンスは、自分では作り出せない、与えられるものと定義しておく。)

それにもかかわらず、チャンスをものに出来る人とできない人がいるのはなぜか。
それは2つの要素があって、ひとつはチャンスに気づけるか。
2つ目は、気づいたチャンスを活かせるか。

気づけるかどうかは、様々な経験をすると、チャンスに気づきやすくなるんだと思う。
どんな人にもきっかけは同じぐらい訪れているのだが、経験が足りないとそれがチャンスだと気づかない。
チャンスだとわかるように、いろいろな経験をして、小さなことから成功も失敗も重ねておく必要がある。
すると、大きなチャンスの時にチャンスと気づき、活かせる。

また、何があろうとなんとかするという気持ち(姿勢)も重要だろう。
そのような気持ちでいると、日常のどんなことでも、チャンスかもしれないという鋭い目でみる。
そうすると、他の人が気づかなかったことでも、チャンスに変わることがある。

こういった経験とか気持ちがないと、そこら中にあるきっかけをチャンスに変えられない。

そして、2つ目のチャンスを活かすのは、覚悟の問題だ。
チャンスということは、現在の延長線上ではなく、非連続の変化が訪れることである。
ということは、大きくプラスに動くかもしれないし、マイナスになるかもしれないというリスクを背後に持っている。

これを天秤にかけて、冷静にかつ、チャンスはすぐに去っていくのでスピーディーに決断する。
すると、チャンスを活かすことができるんじゃないかと思う。

チャンスはできるだけ多く、そして、そのチャンスをできるだけ高確率でよい方向へ向かうエンジンにする。
これにつきる。

送信者 モンブラン登山とUTMB2012

自分が意志を持って行動した後に着いてくる偶然

自分が意志を持って行動した後に着いてくる偶然

自分の人生を自分で生きる

自分の人生を自分で生きる

人に家電製品のようなスイッチはない

人はいきなり変われないかもしれない。

もし、人間にスイッチがあるとすれば、ONとOFFは簡単だ。
でも、人間にスイッチはついていない。
だから、人はいきなり変われないかもしれない。

たぶん、スイッチに類するものがあるとすれば、それは自らの意思なんだろう。
自分自身で、覚悟をもって意思をもつ。これが唯一のスイッチだと思う。

意志によって行動をかえる、
意志によって考え方を変えてみる、
意志によって価値観を変えてみる。

そして、そのスイッチを入れる方法は、強い衝撃を得る経験かもしれない。
大失敗をする、徹底的に怒られる、逆に成功体験かもしれない。

毎日のように身近な人に言われていた指摘。
それを、尊敬する人に同じことを指摘される。
その重なりによって、スイッチが入るかもしれない。

じわじわくるスイッチもあるだろう。
バチッと急に入るスイッチもあるだろう。

でも、早く変わるスイッチにしろ、
ゆっくり変わるスイッチにしろ、
今の自分が完璧でないという認識を持ち、
素直に受け入れる心をもち続け、
変わろうとチャレンジする、試してみる。

この姿勢がなければ、はじまらない。

そして、本人しかスイッチは押せない。
周りの人は、スイッチを押すサポートを最大限する。
そうなんだろう。

送信者 五島列島(上五島)と軍艦島

自分で楽しめる人と自分だけでは楽しめない人

世の中の人を分類する軸はたくさんある。
一つの分け方として、

1.自分(だけ)で楽しめる人
2.自分だけでは楽しめない人

このような分類がある。

1.はさらに2パターンあって、
1-a自分で楽しみを発見し、自分ひとりで楽しめる人
1-b自分で楽しみを発見し、周りを巻き込んで楽しめる人

「2.自分だけでは楽しめない人」は、他人から何かを提供されないと、行動を起こさない人。楽しむことに対して常に待ちの姿勢でいる人。

誰かがいないから、つまんないとか言うタイプ。逆にこういった人は協調性というものがあるのかもしれない。

「1.自分だけで楽しめる人」は大ピンチに陥ったり、辛い状態でもそれをゲームのように捉えて楽しんで乗り越えれる人かもしれない。

まあ、楽しみの対象の問題かもしれません。
身近な人に対して楽しみを感じるのか、自然や行動などに楽しみを感じるかの違いなのかもしれません。

だから、どっちの方がいいという話しではないです。
個人的には「1.自分だけで楽しめる人」に近しい行動特性のある人の方が好きだけど。

送信者 八重山2008