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クリエイティブキャンプ2015

何回めだろう。
6年前だか7年前に通ったクリエイティブライティングの講座を発端に始まったForget me notという年末の発表の場とともに、クリエイティブキャンプというイベントが恵那である。3回目か4回目だと思う。

東京や関西から20人から30人ぐらいが毎年集まるのだ。台風でキャンセルになった年もあるけれど、続いている。今年も新宿を朝早く出て、恵那に。恵那に着くと、ああ、また戻ってきたなと思う。

買い出しに行ったり、BBQの準備をしたりしていると、すぐに時間は過ぎていく。新井さんも到着され、乾杯。焚き火を囲みながら久しぶりに会った仲間と語り合う。繋がっているけれど、繋がっていない。でも、みんなで集まるこういった場がある。その場の心地よさに、また仲間は集う。火を囲み、音を囲み、言葉を囲み、酒を囲む。いつも連絡するわけじゃないけれど、またこの場で集う仲間。不思議だけど、普段会う友達よりも、真剣な深く入り込んだ話をしたり。それは、火のせいなのだろうか。

以前はcoyoteの復刊でお祝いをした。雑誌が休刊ということは、すなわち廃刊。でも、新井さんはcoyoteを復刊させた。そして、今回は新井さんが伊丹十三賞を受賞されたのだ。新井さんは学生時代から、好きな人のインタビューをしたいと思い、インタビュー雑誌を作った。星野道夫さんや池澤夏樹さん、藤原新也さん、植村直己さん、沢木耕太郎さんというそうそうたる方々のインタビューをして雑誌を作ってきた。そして、独立系の出版社、雑誌社として今なお続けている。スイッチは30年、coyoteは10年というからすごい。

伊丹十三賞をお祝い。「長くやっててよかったなと思う瞬間です」そんな新井さんの言葉には、すごく重みを感じた。続けることの価値。苦労。だからこそ、生まれてくるもの。それからみんなが持ってきた音楽を聴く。ちょっと冷えるが、焚き火に当たっていると、それも忘れる。いつの間にか、眠たくなり、眠っていた。

朝起きて、成瀬さんの手作りの家(山小屋)を見にいく。さらに進化して、素敵になっていた。ずっと住むかというと、すまない家かもしれないが、あんな場を自分で作るって素敵だな。成瀬さんの人間性が滲み出た家になっている。やはり、作り手に似るのだろう。だからこそ、家のような自分がずっと過ごす場は自分で作りたいなと思うし、どんどん改造できるってのは幸せだろうなと思う。

そして、岐阜の実家へと帰った。僕の誕生日の前週ということで、姉もそろって誕生日祝いの夕食。家族全員そろっての誕生日祝いも何度できるかわからないけれど、嬉しい時間だった。そして、そのありがたさは、後から新幹線で一番しみじみと感じた。

送信者 クリエイティブライティング

自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生きている。

人生、同じようなチャンスが何度も訪れそうだけど、滅多にチャンスなんてない。だから、その目の前にあるチャンスを掴むこと。気になったら、後回しにせず行動すること。

こう思いながら、これって昔から自分の中で変わらないなと思う。

一通りの自分の価値観というか信念というか、生きる上での意思決定の軸というかが一通り出来上がったのが25,26ぐらいだと思う。それまでは、具体的な経験からエッセンスを抽象化してより本質的なことを理解しようとしていた。それをさらに別の具体的な経験に当てはめて実証みたいなサイクルを。

世の中のエッセンス、生きていく上でのエッセンス、いかに生きるか、いかに生きるかってのは社会の流れにも影響される。自分の性格を踏まえて、感情と出来事と合理性(経済的なものも含む)をどうやって、折り合いをつけるか、うまくやっていくか、渡り歩くかという秘訣みたいな方法みたいなもん。

なんだか、そういうといかにも考えて生きているようだけど、そうでもなかったりする。どこか、そういった合理的で未来を見ている部分もあるけれど、それは、最低限の部分にすぎず、それより重きを置いていることは自分の納得というもの。自分の言葉で一言で表すと、美学。全ては美学による。

でも、この数年はそういった新たな価値観に気づくとか、新たな意思決定の軸、新たな概念に気づくことが少なくなっていたけれど、様々な経験をすることは変わっていない。そうすると、25,26までに気づいたことって、本当に大切だなと改めて思い、自分の中で重みが増していく。若さという最大の価値。そして、その時に何を経験し、何を感じ、何を考え、何が自分の美学となるか。

運と勢いとノリが大切
えいやっと飛び出すには、きっかけといいわけが必要
人生は納得と覚悟
やるかやらないか迷ったらやる
ピンチになれば、なんとかする。なんとかなるではなく、なんとかする
背水の陣、火事場の馬鹿力
チャンスを作って、チャンスを生かす
人生万事塞翁が馬
どんなピンチでも、その状況を楽しむ
継続することの重要性
環境や人のせいにするのではなく、すべて自分が改善できることから取り組む
ロジカルとクリエイティブをいったりきたり
世界には流れというものがあり、それを踏まえることも大切
楽しまなきゃ人生じゃない
グレートバンテージポイントの大切さ(朱に交われば赤くなる)

人生を経験すればするほど、納得感が高まること。これらを、そう思い続けれるようにするためには、常にチャレンジし続けなければならないことだけは事実。慎重に、でも、やらないのではなく挑戦は絶対にする。このスタンス。

でも、こんな調子に乗った偉そうなことを言っていられるということは、それだけでありがたく幸せなこと。

振り返ってみると、本当に色々な経験をしてきた。自らの意思で飛び込んで、ドキドキして、でもワクワクして。それから副産物みたいな、ギフトに出会い、そっちの方がどっぷりはまり。そんな過程で、いろいろな生き方をしている人と出会った。出会っただけじゃなくて、そういった仲間と色々な貴重な時間を共にした。チャレンジであったり、真剣に議論したりと。地味に情熱大陸みたいなテレビとかcoyoteのような雑誌、そして本からも。

新たな世界に自分から飛び込むわりに、自分から飲みに誘うことはほぼないけれど、毎日のように誰かと飲んでいて、そうして誘っていただけて感謝ばかり。こんなことの積み重ねが自分を作り上げている。

全てはこの経験の積み重ねとその時の思考。あとは、自分では努力と思っていないけれど、はまって継続してやっていることが、結果的にいつの間にか果実になっていたりと。

こういった生き方をするとは思っていなかったし、こうなるなんて思ってもいなかった。でも、自分が思い描く世界とか生き方というものがあって、いつもどこかでそれを思い、考え、こうして書き残し、時には行動に出てみて経験する。答えがなく、悩み考えることもある。もちろん、まわりの仲間にも語り、いろいろツッコミをもらって、そうしたら世界はどんどん違って見えてくるし、ふと後ろを振り返ると全然違うところにいる。とどきそうで、ギリギリとどかない場所。いつもそんなところによじ登ろうと、ジャンプしようとしていた。そんな生き方をしていたら、こうなっていた。

最近は年をとったなと思うし、年をとるのが嫌だなと少し思う。年を重ねないと絶対に見えない世界があるのだけれど、疲れるということを未熟でまだすんなりと受け入れられていないのだろう。そんなことも思いつつ、まあとりあえずは、今しかない。過去も未来もない。過去にすがっても、憧れめいた未来に夢を見ても、それは現実ではない。やっぱり、今なんだと思う。今しかないという結論に至る。だから、つべこべ言わずに、また今日、明日を最大限楽しんで、納得して、未練のない時間にしようと思う。

そんな31年間であり、32年目です。

大学の親友が、「自問自答を繰り返し、新しい何かに執着して生きている。」こんなことをずっと前に言ってくれた。僕という生き物は、永遠にこの言葉につきるのだろう。

送信者 キューバ201503

http://teratown.com/blog/2009/11/01/iaauoeeoceaaaeaeaee/

【色鮮やかな国へ2】ハバナの町を歩き、野球を楽しむ

【色鮮やかな国へ1】あの時代のキューバを見たくて滑り込み

朝起きると。目の前がマレコン通りですぐに海が見える。朝食の前にちょいと散歩。ここがマレコンかあ。クラシックカーも走っている。ミドリにピンクに黄色にオレンジに赤にと、色とりどりのカラフルなクラシックカーが当たり前のように走っている。絵になるな。もちろん、建物の壁もパステルカラーだったり。何から何まで鮮やかだ。

送信者 キューバ201503
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クラシックカーだけでなく、新しいヒュンダイや日本メーカーの車もちょくちょく走っていて、60年前と現代が混在する不思議な場所だなーと思った。宿に戻って朝食は、ガヴァジュースにパパイヤにバナナ、パンにコーヒー。この後も朝食はだいたいこのパターンが多かった。毎日フルーツをよく食べた。ガヴァはそのまま食べるよりジュースがうまかったなー。

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荷物を全て持って、とりあえず町歩き。荷物が小さいので持って歩いても苦にならないのがいい。というか、大きい荷物だと不便だからいつも小さな荷物で旅しているのだ。マレコンを歩き、革命広場とかヘミングウェイが通った店で彼が飲んだお酒でも飲もうかと思って、ぷらぷらと歩いていく。

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なんの目的もない町歩きだけど、歩くスピードだと周りがしっかり見れて、話しかけられて、この国がどんな国かが知らぬ間に理解できていく。どんな国でも、最初はつかみどころないけれど、いつの間にかこうして歩いていると、この国がどんな国かというイメージの骨格が出来上がっていく。

送信者 キューバ201503
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マレコン通りを歩いているとクラシックカーが横を通り過ぎる。ついついカメラを向けてしまって、前に進まない笑。旅の始まりは、何が本当に珍しいのか分からない。60年、70年前のアメ車なんて見ることはないから、ついついカメラを向けてしまうのだ。まあ、結果的にキューバにおいてクラシックカーはいつでも観れるのでそんなにもがむしゃらに写真を撮る必要なんてなかったんだけどw

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ハバナ大学を超えて、革命広場へ。あの有名な内務省だか外務省だかの建物の壁にゲバラの顔がオブジェ的にある場所だ。ゲバラは絵になる顔をしている。おお、観光客も多い。さて、どこへ行こう。旧市街へ行ってみたかったけど、歩くのも遠いなと思っていたら、2回建てのオープンデッキバスが来たので飛び乗った。5CUC(クック)で乗り降り自由。

送信者 キューバ201503
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ぐるぐると街中を走っていく。視線が高くなるので、また街の見え方が変わる。墓地の横を通り、海の近くへ行くと少しばかりリゾートっぽいホテルが。そして、また革命広場に戻り、次はマレコン通りへ。海の風を浴びながらマレコンを走り抜ける。そして、国会議事堂の前の旧市街へ到着しておりた。ヘミングウェイが通ったというフォロリディータとメディオの2軒をはしご。パパヘミングウェイというお酒とモヒートを飲む。やっはり、観光客であふれていた。が、カウンターでヘミングウェイが座っていた席の横で飲む酒もいいもんだ。

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送信者 キューバ201503
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すると、空港であった日本人の青年にばったり。ふらっとハバナクラブの資料館に行き、メディオでモヒートを飲み、カテドラルなんかを眺める。そういえば、昼飯を食べていなかった。道端でピザを買う。これは、現地人通過で買えるので50円ぐらいと安い割に、ボリューミーでお腹いっぱい。宿を決めてなかったので、国会議事堂の近くの10クックという安いドミトリーへ。カサプラクティカルという民泊なんだが、ドミトリーというスタイル。

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夕方から野球があるというので路線バスに乗って、てくてく歩いて野球場へ。ハバナの地元のチームとどっかのチームの試合。なんだか、日本シリーズ的な試合かリーグ戦の優勝が決まるか決まらないかの試合だったようで、すっごい混んでいた。キューバといえば野球が有名で、この国の人々がどれぐらい熱狂的なのか見れて面白かった。

送信者 キューバ201503
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暗くなるとほぼ満席。みんな、一喜一憂していた。ここでも陽気に踊りながら応援していたり。それにしても打撃は強いという印象。でも、守備とかはイマイチだったかな。球場で食べた米と肉の弁当がうまかった。帰りはバスもないので、宿までとぼとぼと歩いて帰ったら、眠たくてすぐに寝た。辛かったのは、蚊だ。夜中じゅう蚊が飛び回り、刺されまくり。。。うおーーーって、発狂しそう。本当に蚊はいやだと久しぶりに感じた夜だった。

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【色鮮やかな国へ1】あの時代のキューバを見たくて滑り込み

アコンカグアへ行った仲間と妙高へ滑りに行き、翌日の昼に1つ打ち合わせをして、そのまま羽田へ。今回はキューバの帰りに極寒のカナダ・ナイアガラの滝へ立ち寄るので若干荷物が多く、20Lのリュックがパンパンだ。

都心から羽田はやっぱり近くて便利だ。すぐについてしまって、18時50分の便までは時間があった。もしかしたら羽田から海外へ行くのは初めてかもしれない。ということで、羽田の中をうろちょろ。といっても、やることはさしてあるわけでもなく、セキュリティを通って出国。

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羽田からこの時間に飛ぶ飛行機が少ないのか、人もまばらだ。実家に電話をして、飛行機に乗り込む。まずはトロントまで13時間ほどの旅。とりあえず行きは寝る、そして帰りの飛行機で映画を見るというのがいつものパターン。今回も、速攻で寝たが食事が運ばれてきて、食べた。

大学生の頃は、機内食ならなんでも美味しく感じていたが、そうも感じなくなってしまったここ数年。贅沢になってしまったのか、美味しいの基準が上がってしまったのはいいことなのか、なんでも心の底から幸せに感じるチャンスが減ったのかと思いながら、とりあえずカナダのビールを飲み異国感を味わい始める。

とは言っても、すぐに寝る。眼が覚めるとキューバのガイドブックでも読んで、また眠くなって寝る。この繰り返しですぐにトロントに到着。トロントはAirCanadaのホームエアポートだけあって、大きいし綺麗だ。ハバナ行きの飛行機まで1時間しかなかったので、心配して急いだが何もかもスムーズに進み余裕だった。ハブ空港ではこれが超重要だよなと思う。そして、wifiもバリバリ繋がって、スマホでネットを楽しんだ。

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ハバナへ。トロントからハバナは真南に行くと到着する。すなわち時差がないのだ。さらにアメリカを縦に越え3時間ほどで到着。ほとんど国内線扱いで、軽食とソフトドリンクだけ。日が沈み、羽衣のようなオレンジ色の雲が漂う。北米大陸を越えると海に浮かぶ島が光っている。あれが、キューバか。

飛行機は高度を下げ、明かりはよりハッキリと見え、家々が立ち並び、車が行き交う。どこか、飛行機の中も暖かくなった気さえする。さあ、旅の始まり。夜の空港に着く旅の始まり。これは、何度経験しても不安を覚える。

入国手続きをして、上着を脱いで出国。おお、それなりに客引きがいる。けど、小さい空港だな。まずは、両替と明日のバスViazul(ビアスール)の予約をしなければならない。日本円から現地外国人通貨のクック(CUC)に。大金かつ日本円は空港を出て外の両替所しか無理と。。。人目につくとこだと嫌だなと思いながら、並ぶ。日本人の男性がいたので話しをして時間を潰す。うーん、オペレーションが実に悪い。全然進まない。まだまだ東京のビジネスモードというか時間感覚でラテンの時間感覚になっていない。これがキューバなのだと思い、次に何をしようか考え事。

8万円ほどを632CUCに。キューバを旅するのは金がかかる。現地の人は安く生活できるが、外国人旅行者は何かと高いのだ。それから、infoでバスの予約を聞くがここじゃ無理と。いろんな窓口で聞いたら、Viazul(ビアスール)はあそこに人がいるんだけど、今日は夜遅くて担当が帰っちゃったみたいだから、明日だねと。まあ、しかたない。

日本でViazul(ビアスール)のサイトから翌々日のバラコア行きは予約してあったので、翌日にはハバナを旅立ちたかったが、諦めることにした。空港の前でタクシーを捕まえる。ホテルまで25CUCと言われたが、20CUCにすぐ下がった。クラシックなバンのような車でホテルへと向かう。

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今回は初日の宿を日本で予約していたので、そちらへ。夜遅いこともあって、人もまばらだし、よく町の雰囲気がつかめない。ノリノリなDVDが流れ、ボリュームもいい具合だ。もちろん運転手さんはリズムを取りながら踊って運転する。最初は慎重にと思ったが、どうやら良さそうな人なので、俺もその音楽に合わせてリズムを刻む。おっちゃんはより気分を良くし、ボリュームアップ。ああ、ラテンだな。こういう国かと感覚をつかんでいく。

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革命広場のゲバラの像はライトアップされ、自分がどのあたりにいるのか感覚がつかめるとやはりほっとする。高速のような幹線道路を降り、スラム街かなと思うようなボロボロの家が並ぶエリアを抜けマレコン通りに。あの有名なマレコン通り近くに泊まってみたくて、この宿にしたのだ。もう夜遅く宿の人は寝ていたがベルを鳴らすと起きてきた。マンションの一部を宿にしたという感じで、ホテルといレベルではないが、特に問題ない。知らない場所で宿が決まっていないことほど落ち着かないことはない。ああ、移動疲れだなと思い、着いてすぐに寝た。

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色鮮やかなキューバの印象

キューバとカナダ。

お気楽な旅。

キューバの印象

陽気だ

暖かい

治安がいい

外貨が欲しい

究極の民泊国家(AirBnbすらいらないぐらい、どの家も泊まれる国家制度)

2重通貨(外国人用と現地人用で25倍の差)

現代と過去が合わさった不思議な国(最新の車も60年前のアメ車も)

広告とか看板がいっさいない

大企業とかもなさそう

観光に力を入れている(特にビーチリゾート)

アジア人はいないがカナダとヨーロッパ旅行者多い

ビーチリゾートは高すぎる

音楽が大好き

踊りが大好き

ラム酒が大好き

そんなキューバを2週間旅してからの、カナダはトロント、そしてナイアガラの滝へ。

さくっと行くはずが、カナダのトロントはちょっと不便だった。エアカナダのベースとなる空港なのだが、巨大空港かつ離発着むちゃくちゃ多いのに、ただのハブ空港で乗り継ぎだけに使われるっぽい。出国する人がほとんどいなく、空港の両替所も人がいなかったり、空港からナイアガラの滝へのバスもなかったり。もっと言うと、トロントユニオンスクエア駅へ直接行く方法もない。(この春からやっとできるとか)

ガイドブックもネットもなしで、街中でナイアガラの滝への行き方を聞いても分かるはずなく、バス、バス、電車、バス、タクシーというすごい乗り継ぎをかましてたどり着いたナイアガラの滝は寒かった。そして、華やかな街だった。やっぱり、北米は旅がしづらいな。大きすぎて、車社会すぎて。

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