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メアドも電話番号もなくなる時代

メアドも電話番号もない時代が、手の届くところにある。
というか、もう電話番号もメアドもいらない。そして、実際に俺はあまり使ってない。

データベースを作るときに、一意の数字なりなんなり、個人などを特定するものといったら電話番号かメアドだった。携帯がなく個人で電話番号がなく、メアドもなかった数年前はどうしていたかといえば、名前と住所だったんだろう。そして、その次代はデータベースがしっかりあった時代ではないので、それでも成り立っていたのかなと思う。

余談だが、大学4年の時にマンションを引き払って荷物を貸し倉庫に入れていたことがある。すなわち住所がない。海外を旅していた。日本に帰国したらドヤ街と呼ばれている1日単位で借りれるアパートに住んでいた。住所もなかったのだ。実家の住所に郵便物は転送していた。

家なんていらないと思っていたが、なんだかんだ不便なのだ。充電とかの電気、そして公的な資料とかは郵便だし。何かあった時に住所を書こうとすると東京じゃなくて、岐阜でなんで??って思われたり。

それは、さておき。このIT化が進むタイミングで、メアドや携帯が普及し、個人が一意の数字を持ち始めた。これは、すごくIT化を支えたと思っていて、だからこそECサイトの購入とかが会員登録して、スムーズにできるようになったのだし。

でも、FacebookやLINE、SMS(ショートメッセージ)がキャリアを超えて遅れるようになり、障壁がなくなりよりシームレスなコミュニケーションが可能になった。クラウドもそうだし、AirDropを始めとしたbluetoothなどが発達し、ファイル(写真)もメアドなどなくても共有できるようになった。これって、メアドがいらない世界。さらに、追い打ちをかけるようにキャリアが乗り換えしたら割引というセールをしたり、格安スマホ(MVNO)が流行ると、メアドがコロコロ変わり、変更を伝えることもなくなり、メアドはないに等しくなる。もちろんPCのメアドも同じで、大きなファイルもメールでやり取りする必要ないし、スマホでメールをみるならLINEやfacebookでとなっていく。

ああ、メアドがいらなくなった。電話もそう。LINEでもfacebookでもできる。そして、無料だし。電話をすることもなくなった。田舎や島に旅をするときに宿を予約するときぐらいしか、電話をしない。そういったところは、ネットの予約サイトには掲載していないから。

ああ、メアドも電話番号もみんなが持たなくなる時代が来ている。そして、持たない人は俺も含めて増えていて、もしくは見なくなった人が増えて、実質的に持ってないのと一緒で。そうすると、一意に人を判断する方法は何になるのであろう。

サイトに登録するのに指紋とか虹彩を登録するのだろうか。それはハードルが高いかな。マイナンバーかな。転職サイトやホテルの予約、不動産サイトに登録するのにマイナンバー登録?なんか、現実味がない気がする。

フェイスブックがほぼ認証代わりになれば、FBのアカウントになるのだろうか。googleのアカウント、teitterのアカウントぐらいを網羅しておけば、ネットな人はだいたい網羅できそうな気もするし。95年ぐらいにネットを始めたときは、携帯もなかったから、そういえばメアドがないと登録できないサービス多かったな。それで、とりあえずメアドだけ作るサービスが当時は多かった。短縮メアドでかっこいいのを取る時代があった。

そんな感じで、とりあえずメアドだけはメールを見る手段ではなく、各種サイトに登録するようにみんな持ち続けるのか、そもそもFBに登録するために持ち続けるのか。メールは見ないけどとか。それか、メアドは使われなくなり、他の一意の判別ができるものが生まれるのかな―。このあたり、興味がある。

文字が文字である必要がなくなる日

TOEICで鉛筆かシャープペン、そして消しゴムが必要になり、探してみた。
すると、見つからない。

やっとこさ見つかったのは、10年以上前にスタンフォード大学で買ったシャープペン。グリップのゴムがネチョネチョするぐらい、使っていなかったようだ。

そうか、文字を書いて消すということがなくなった。おそらく10年以上は書いて消してという作業をほぼしていない。

あるとすれば、ホワイトボードぐらい。あとは、旅に出た時はボールペンで日記をつけるが、それ以外はすべてキーボードによるタイピングだ。

タイピング95%、ボールペン2%、ホワイトボード2%、その他(鉛筆・筆ペンなど)1%ぐらいか。直感的で、エビデンスがあるわけではない。

そっか、あたりまえだけど鉛筆で字を書かなくなったなと思う。それをきっかけにいろいろ考えていたら、文字が文字である必要がないのではないかと思えてきた。

本→新聞→雑誌→テレビ→漫画→アニメ
ホームページ→ブログ→2ch→SNS→twitter→LINEのスタンプ→vineなどの動画

テキストコミュニケーションはなくなりはしないが、よりテキスト量は減り、絵や動画のような非文字情報が増えていっている。それは、主に雰囲気や感情を伝える場合に多用される気もする。多分この流れは継続するはず。そう考えると面白いもんで、人間が文字を発明する前は、壁に絵を書いて記録していた。それが再び複雑な文字を経て、絵に回帰しようとしているのだろうか。もともと、絵だと直感的に言葉がなくても伝わるから、古代の人は絵を描き、記録した。しかし、人間が絵を描くのに時間がかかるし効率が悪い、人によって絵の上手い下手もあるだろうから誤解の可能性もある。ということで、簡易的な文字が生まれたと推測される。文字は、上手い下手はあるが、指し示すものは特定のものに限るので、誤認のリスクも減ると。

ただ、再び文字から絵に回帰しているのは、デジタルの世界が発展し、絵を人が描かなくてもキリンと入れれば動物のキリンの絵が変換されて出る時代だから。で、なんで、同じキリンを示すのに、絵が使われるか。より多くの情報を絵が持っているからだろう。キリンにしても、大人のキリンか子供のキリンかは「キリン」だけでは分からないが、絵なら1発で分かる。走っているキリン、何かを食べているキリン、それも1つの絵で完結する。さらに、キリンは1つの動物をさすが、イメージするものがずれるリスクが有る。絵を示せば、イメージがずれるリスクが減る。こんな理由ぐらいか?あとは、絵の方がかわいいとか、絵の方が言いづらいことでも言いやすいとかかな。

まあ、白川静先生の本を読むと、この辺りも書いてあるのかな。買って読んでない本でも読んでみよう。

で、話を本題に戻す。手で文字を書かなくなったということは、今のような文字でなくてもいいと思うのだ。あれは、手で鉛筆や筆で書くのに適している文字。筆で書く文字のスタイルと鉛筆で書く文字は、同じ漢字などの文字でもスタイルが違う。行書体とか楷書体とか。英語もブロック体と筆記体とか。

ということは、これだけキーボードでタイピングする時代になったのであれば、今の文字というものがぜんぜん違うスタイル(形)になってもいいのではないか。

すでに、ビールと入れれば、LINEなどはジョッキビールのイラストやスタンプが出るが、これがもっともっと進化すれば、文字コミュニケーション(聞くのではなく、見るコミュニケーション)における、文字の形は変わってもいい。

あくまで、手で書くのに適したスタイル(形)が今の文字であっただけなので。それは、絵文字かもしれないし、もっと情報量の多い新しい文字かもしれない。新しい文字(現在の文字に取って代わるサイン)が発明される日も、実はそう遠くないのかなと思う。

TOEICを受けてみて

なんでも振り返りが必要だ。
ということで、今日TOEICを受けた。

12:30までに受付を済ませるということだった。思ったより遅めのスタート。場所は北千住駅から15分ぐらいの帝京平成大学千住キャンパスの7号館。家から歩いて20分ちょいぐらいかな。もちろん歩き。

で、コンビニでシャープペンと消しゴムを買っていく。写真を貼るようにノリも買ったが、やはり会場に置いてあった。まずは、受験番号とか名前をマークシートに記入。それから説明とか受けるが、基本暇。

テストが始まったら、リスニング、リーディングが続けて2時間。休憩なし。

あえて、今の実力を見るために過去問とか参考書は一切見ていなかったので、どんな問題が出るか分からず、戸惑ったりした。まあ、これは当初の予想通り。

分かったのは、TOEICは考えちゃいけない。バッティングセンターのように、考えず来た珠をひたすら打ち返す。そうしないと、次から次へとリスニングが流れていく。

ちょっとトリッキーかなという回答もいくつかあったけど、それはサクッと忘れるのがポイント。そして、受験勉強のせいか、ついつい時間とか金額とかそういったものを注意して聞いてしまう。その辺りが質問されそうで。ただ、あまりそれらを聞く質問は少なく、理由を聞いたり、おかれている状況を答えたりする質問が多かった。数字系に気を取られて、そっちばっかり頑張って覚えているとほかがおろそかになるので注意。

まあ、そんな感じかな。10年以上前に受けた時は730ぐらいだったはずだが、今回はそれより悪い気がする。一方で、当時よりも英語で会話していても、今のほうが聞き取れてるし、話せるし、リーディングも、facebookのタイムラインは半分ぐらい英語で毎日ニュース見てるから、トータルではスキルが上がっていると思っていたのだが。

で、なぜTEICができなかったか考えてみた。まあ、何点かは1か月後ぐらいしか分かんないので、どれぐらいの点か分からないのに悪いと決め付けるのも、微妙なんだが。

・フィリピン人の発音とのちがい

オンライン英会話は、フィリピン人が半分、セルビア人2割、ボスニア・ヘルツェゴビナ1割、残り2割は各国。そんなイメージ。各国はボツワナ、ナイジェリア、ブルキナファソ、ギリシャ、ルーマニア、ドミニカ、ジャマイカなどなど。ということで、ネイティブではないブロークンイングリッシュなのだ。発音もネイティブとはやはり違う。

まあ、non English native人口のほうが多いので、別に気にはしていないのだが、English nativeの発音もすらすら聞けたほうがいいなーとは思う。TEDとかかな。

・問題のパターン、矢継ぎ早にくるリズムに慣れていない

これは慣れ。大学受験にしろ、過去問をやればパターンに慣れる。点数とりたかったら、それように勉強しろと。ただ、ただ点数がとりたいわけではないので、次回受けるにしても専用の勉強はしない気がする。

・集中力
特にリスニング。45分ぐらい、次から次へと問題が読まれていく。どんどん頭を切り替えて、回答しないといけない。この集中力が続かない。もともと、自分一人で考えたり、一人で作業するときは集中できるが、誰かの話を一方的に聞くのが続かない。。。学校の授業も聞いているだけだと、どうしてもダメだった。これは、仕方ないので、いったんスルー。

・語彙力はそこまで問題ない
正直語彙力はそこまで問題にならなかった。全体で知らない単語は5個ぐらいかな。まあ、文章の中で類推できる。

・文法は少しやるべき
もともと文法が苦手。日本語も。たぶん、文法とか、スペルとかなんてどうでもいいと思っている性格。これは幼少期から。それが出ている。ただ、より適切に伝えたり、ビジネスシーンで信頼を得るにはしっかりした文法が必要かなとは思う。ちょっと復習してもいいかなって思った。

で、なんだかんだ書いたが、ここ。

English nativeがTOEIC受ければ、おそらくやる気なくても、事前に問題パターン知らなくても900点を下回ることはない。(満点990)ということは、上記の言い訳抜きにして、普通にコミュニケーションできるレベルに達していれば、900点は取れるだろうと。極論、目指すところは、まあ、てきとーに受けて900点取れるぐらいのコミュニケーション能力。

TOEICはスピーキングもライティングもないから、英語の能力を測るのに適してないという人もいるが、TOEICためだけに勉強して点をとっているとコミュニケーション能力を適切に評価できないが、対策せずにパッと受けに行った場合は、それなりにコミュニケーションスキルを適切に評価できる試験な気がする。

そもそも、オンライン英会話始めた理由ってなんだっけw目的は?ゴールは?って、毎朝30分ぐらいグダグダしてるくらいなら、なんかやろうかな。家で気軽にできる。うーん、プログラムは学びたいが性に合わないのを知っているし、もう少し長い時間を取りたい。手軽なのは英語かなー。そういえば、アウトドアにしろ旅にしろ、趣味で英語が必要なんだよなー。前の仕事でも、アメリカ人に伝えるの苦労したなー。毎日、知らない国の人と話して、その国のことを知れたら楽しそう。まあ、肩肘はるより、このスタンスで、楽しみながらまずは1年やってみようと思ってる。

あるひとつの悲劇

自動バックアップエラーが2回表示された。
昨夜と今朝。

あれれ、と思いながら土日に外付けハードディスクでもチェックしようかなと思っていた矢先の事だった。

夜、パソコンを付けた。
そして、アマゾンで買ったMP3プレイヤーを接続して音楽を入れようとした。もちろん来週に迫った信越五岳トレイルランニングレースのために。一人で20時間も走っていると暇だし眠たくなるので、音楽が必要なのだ。まあ、この話はさておき。

MP3プレイヤーを接続して、フォルダに音楽を移そうとしたら、外付けHDDが認識していない。。。。あれ、おかしいぞ。

昨夜と今朝のバックアップエラーの文言が脳裏をよぎる。

パソコンを再起動する。ダメだ。
コンセントを確認したり、電源を確認したり。繰り返すこと2度3度。

かろうじて、外付けHDDが動いている。
そして、「フォルダの中身を認識できません、早めのバックアップをしてください。」

こんなアラートと、共にファイルの中身が見れた。
この中には過去15年ぐらい撮りためた写真が全て入っている。一部はpicasaに上がっているが、自分の脳よりも鮮明で色鮮やかな場の記憶が残っている。そして、その鮮明な記憶はトリガーとなり、自分の脳の中により豊かな臨場感のある記憶を蘇らせてくれる。

そんな大切なものが消えれしまうなんて。google photosで早く自動バックアップを終わらせたいが、なぜだか最近調子が悪くて35万枚ぐらいアップロードされないままだし。

あるひとつの悲劇が目の前で起ころうとしている。
その日の前に。

早く新しい外付けHDDを買って、バックアップをするぞー!おー!

飽きてきたところで、新たな施策を投入できるかが勝負の分かれ道

以前にも書いているのだが、何にせよ長い間継続してやってくると飽きる。
その期間の差こそあれ、大体の人が飽きてくる。

これは、人間の脳が学習し、頭を使わなくてよくなり、惰性でできるようになるからである。逆に、この能力があるからこそ、人間は物事の処理が早くなる。なんでかって、無意識下での処理能力が、より高度な思考を実現するから。

まあ、その一つの例として、オンライン英会話も5ヶ月ぐらい続いている。まあ、飽きてきた。講師として登録しているすべての国の人とコミュニケーションをとったためだ。このままやり方を変えずにやると、苦痛になる。我慢して努力して続けることになって、それだと面白くないし、脳が積極的じゃないので学習速度も遅くなる。

ココラで一発、ゲーム性をもたせたり、仲間と一緒にやったり、目標を持つといった新たなスパイスが必要だ。

例えば、日本語が話せない人とのフェイス・トゥ・フェイスでの会話機会を作るとか、non nativeなonline 英会話じゃなくて、ENglish native personとのオンライン英会話に変えるとかまあ、そのあたり工夫してみよう。ということで、9月にTOEICを受けてみることにした。わかりやすい数値目標になるからだ。

仕組みとか、ゴール設定とかで、自分の脳をだます戦略。これ、生きていく上での重要なノウハウ。

別にTOEICは何点でもいいのだが、今回の点数を基準にしてさらに勉強を継続したら、次回何点とれるかといゲームをしようかという考え。

確か10年以上前に一回だけ受けていて、その時730だかそれぐらいだった記憶。上がってんのか?下がってんのか?そもそも、テスト中に集中力が続くのかとか、どんな問題が出るかも見てないとか、別の問題もありつつ、9/13のテストが少し楽しみだ。

無意識の処理能力が脳の回転速度を決定する

マンネリ化したところで、いかに姿勢を正すか

太り気味だと気づいた時でも、体重計に乗れるか