「人生」カテゴリーアーカイブ

論理的な思考が可能に

肌着を嫌いになってはや数ヶ月

何をしても嫌がる

歌を歌いながら、話しながら、大好きなアンパンマンぬいぐるみをエサにして

一方、動物のシャツはずっとお気に入り
てんとう虫、クジラ、パンダなど

昨日から、肌着を着たらてんとう虫シャツ着れるよと言うと、すんなり肌着を着た

今日も同じ方法でトライ

今日も肌着をただ着せようとすると泣き叫んだが、肌着を着たらクジラ着れるよと。すると肌着をすんなり着た

論理的な展開を解釈できている。

単語を覚えて、2語や3語ではなし、意思表示を始め、会話のキャッチボールが少しできるようになって、ついには論理的な思考まで可能に。

もしくは報酬にたいして耐えることを知ったのか。これも論理と未来推測し、今の行動を変えることだからより高度な気がする。

そして、話せなくても、聞いて理解することはできるんだなという、当たり前のことも学ぶ。大人の言語習得もひたすら失敗しても自分で話し、失敗して教えてもらい、聞けるようになり、それを使って話せるようになるこれだな。

明るい未来のために

平日の晴れた朝、少し子供が早起きをした。
ママが早く仕事に出掛け、二人で朝食を食べる。

野菜がたっぷり入ったホットケーキと、牛乳。親子一緒の食事。食べながら、いっしょ、いっしょ、と話しかけてくる。

あまりにも天気がよく、日差しがリビングまで差し込んでいる。俺の方が先に食べ終わり、子供の食べる姿をみていたら、ふと思ったのだ。この子のために、未来が明るい世界であってほしいなと。

未来のためにって言うと、なんか大げさだけど、この子が生きる世の中が、心地よく暮らせる世界であってほしいな、そしてこの子の子供もそんな世界で暮らせるといいなと思った。

自然が好きだし、大切だし、いろいろな地域を旅していろいろな人に出会い、世界中がより良くなればいいなと思ってはいたが、それとは少し違う感覚。

もう少し自分事としての未来がその感覚にはあったのだ。明るい未来であってほしいかそうでないかという問いがあれば、誰でも明るい未来を選ぶが、もう少し積極的な意思をもった明るい未来にしたいという気持ち。

今目の前で無邪気にご飯を食べ、おーいしと笑顔でいるこの子が生きる世界がよりよくあってほしい。そうしたい。そうなるように自分も行動したい。そういう気持ち。
 
子供ができて初めて感じることができた感情だな。

ひとりひとりがエゴのために動くのではなく、発言するとき、行動するとき、意思決定するとき、そんな瞬間に明るい未来に向かって一歩でも近づけるように動けれたらいいな。

図解の分かりやすさ

かなり単語を覚えてきて、2語でも話すようになってきた。

そして、好き嫌いの意志がはっきりもしてきた。赤ん坊という状態から、子供になってきてる。

絵本に描かれたパンダのイラスト、お洋服のパンダ、写真のパンダ。全部パンダと理解して、パンダという。

パンダをパンダたらしめる要素があり、それを理解している。まさに、具体的なものから、要素を抽出し抽象化(概念とか枠組み理解)し、さらに別の物に当てはめ具体化してる証拠。

すごいよね。自然と人間はこれができるから、1を聞いて十を知ることができるし、人はいろいろな物を進化させれたのだろう。

で、話がそれたが、イラストや絵が好きだ。おもちゃよりも絵本が一番好きで、絵本を持ってきて、読んでと膝の上に座ってくる。

お洋服も動物のイラストがプリントされたシャツがお気に入りで、無地の服は嫌がって着ない。

イラストは、子供にとって、好きな対象で、アニメやマンガが好きなのも、同じな気がする。さらに、大人が難しいことを理解するのに図解するのも同じ。

図解って、重要なんだなと、分かりやすく図解できると伝わりやすいのは、人間のベーシックな生まれつきの性質なんだなと学んだ。ビジネスでも、図解なんだな、やはり。

未来を考えるか、考えないで行動するか

未来を考え、今の行動をするのが人間の能力だと思っていた。

けど、子供を見ていると、その考えのベースが社会の枠組みで考えすぎてる証拠だなと思った。

何も考えず(大人がそう思ってるだけで違うかも)、とりあえず今やりたいことをやっている。汚くなろうが、風邪ひこうが、壊れようが関係ない。やりたいからやってみる。そして、その時に無邪気な笑顔をすることがある。

そんな姿を見ていると、子供の無邪気さとは、未来を考えないから生まれるんじゃないかと思う。

人間は、未来を考え、予測できるようになっているから、ついつい先をいろいろなパターンで考えて今の行動を変えてしまう。それ自体は、間違ってないと思うし、だからこそ得られる楽しみもあると思う。

とはいえ、それに縛られすぎると、チャンスを活かしきれないし、社会の枠組みの範囲の中での人生しかおくれなくなる。

まあ、社会の枠組みを完全に外れて生きていく予定もないので、未来をある程度考えて今の行動をするのは、今後もかわりないんだけど、そうなりすぎると面白くないよなと。

そのうまい塩梅がどこか、永遠に分からないけれど、両方ミックスしながら生きていきたいと思う。

35すなわちアラフォーかぁ

アラフォーと考えると、少しブルーになる。年取ったなーと。最近は年齢に関して何も感じないことが多かったけど、こういった年齢が次の段階になる感じの時は嫌なもんだな。

まあ、その年令でしか楽しめないこともあるんだから楽しめば良いんだけど、体の衰えとかってのは抗えない。だから、運動の習慣化とかが重要なんだけど。

一方で、子供が1歳を超えてから急に人らしくなって、表情とか、言葉とか、動ける範囲とか、いろいろなことが理解できて行動するようになりかわいい。これは、今までになかった種類の喜びであり、この喜びをしれたのは最大の子供からのプレゼントだなと思う。本当に日々成長・変化していて、昨日と今日が本当に違うから、見逃せないな~と思う。

子供に関してもだけど、自分のことに関しても、チャンスってありそうで2度となかったりする。今度やれば良いやと行っていると、チャンスなんて意外と次にはやってこない。状況が変わっていてチャンスに乗っかれない状態になっちゃってたり。だから、チャンスがあったら興味が有ることは躊躇せずにやるということが大切だ。

そして、待っていてもチャンスはやってこない。「自分からチャンスを作って、チャンスを活かす。」これは大学時代から考えていたことで、過去のブログを見ると2004年すなわち21歳の誕生日にも同じことを言っているから、進歩がないというか、自分の生き方の軸になっているというか。

あとは、「詳細まで詰める」「相手の立場で考える」かな。効率はよく、スピード感はあるけれど、詳細まで詰めたりとか、徹底的に調べて理解したりとかってのが弱い。表面的なので、もう少し細部まで詰めることを意識する年にしようと思う。あとは、分かってはいてもついつい自分中心で考えがち、物事を見がちなので、相手の視点(他の視点)ということを徹底的に意識することも意識した1年にしたいなと思う。

まあ、そんな感じ。