「旅」カテゴリーアーカイブ

【色鮮やかな国へ5】このリズム、この夜がキューバそのものだ

色鮮やかな国へ4】バラコアの朝、バラコアの夜

バラコアを後ににすることにした。思ったよりもしっくりこなかったから、目指すはサンチアゴデクーバ。朝起きて、ふらふらとバスターミナルへ。何時にバスが出るかわからなかったので、とりあえず行ってみた。すると昼だったので、仮予約だけして、エルカスティージョという丘の上にある高級ホテルへ。ここのプールサイドのカフェで一休み。宿泊客でもないが、眺めもいいし笑

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

昨日の夜に飲んだ奴らが、見送りに来てくれた。バスで行こうと思ったが、同じ値段で乗合タクシーで行けるよと言われ、クラシックカーっぽかったし、早く到着するので、バスをキャンセルしてこちらに。

送信者 キューバ201503

スペイン人カップルとキューバ人2人、まさかの日本人も1人という構成。ノリノリだ。車の中でラム酒を飲み始めて、音楽ボリューム全開、もちろんダンスを始めるw山道でぐねぐねが続くので、酔いそうだったのでお酒を誘われたが断った。車はよく止まる。止まるといっても故障ではない。道端でバナナとかいろいろなフルーツを売っている人がいる。その度に、何かをみんなが買うのだ。これもキューバ時間。

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

とある検問で、事情聴取的なものを一人のキューバ人がされた。どうやらパスポートかIDかが偽物と疑われていたっぽい。まあ、よくある話だが、そんな時も他の乗客は取り調べの横で大はしゃぎ。あるキューバ人が言っていた、「キューバにNOはないよ」と。俺が、何かしていい?と聞いたときに、そう答えられたのだが、印象的で覚えている。なんでもOKなんだ、それがキューバスタイル。

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

悪名高きアメリカのグアンタナモ収容所があるグアンタナモを通り過ぎて、サンチアゴデクーバへと向かう。バスターミナルに到着して、タクシーで中心部へ。その辺の民家へ突撃訪問。このスタイルも慣れてきた。他のお客さんはカナダ人の老夫婦が泊まっていた。話すと年に1度の音楽祭があってきていると。毎年来ているけどいいよとのこと。おお、まじか!タイミング抜群。そして、宿のおっちゃんは、日本人の歌手もきてるよ、と。またまたびっくり。

送信者 キューバ201503

とりあえず、街をぶらぶら歩く。ペペ・サンチェス・フェスティバルという、ソンとかトローバというサルサとかの原型になったキューバのオリジナル音楽のお祭りだということが分かった。街中を歩いていると、道端で演奏している人や踊っている人、カサデトローバというバーみたいなライブハウスでも演奏して踊っている。この陽気な世界といったら。

_

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

街の中心部などを見たり、現地のおっちゃんたちと話す。太鼓をたたく有名なおっちゃんだとか、なんだとか、いろいろな人が寄ってくる。日本人のアーティストでマコトさんという方が来ているということを聞いて、その場所へ。スタートまで時間があったので夕食。パスタを食べながら外で演奏する人たちを見ていると、店の中でも演奏が始まる。マコトさんの演奏会場へ行くと、まさか日本人観光客が15人ぐらい!びっくり。キューバで日本人に合うなんてと思ったら、マコトさんの演奏に合わせたツアーだそうだ。こりゃ驚きだし、いろいろな人がいるし、いろいろなマーケットがあってビジネスが成り立つんだなとも。

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

日本人の演奏と歌は丁寧なんだが、キューバの人のそれとは迫力が違ったというのが正直な印象。みんなステージに上がりダンス。老若男女が混じり合って、手を取り合って踊る。特に老人のおじ様がダンスが上手い。見ていて、絵になるなーと。そして、日本人には踊れない独特のリズムとステップ。モヒートを飲みながらそんな夜を過ごしていると、すっかり夜中で眠くなったので、てくてくと歩いて宿に戻って眠りについた。

送信者 キューバ201503

みんな、なぜ体験せずに本質を見抜いているのか

俺は愚かなのかもしれない。

なんでも自分で経験しないと、本質を身をもって実感し、納得し、行動に反映できないのだ。
経験しないと分からないことはある、口だけで行動しないタイプは好きではない。なぜなら実際にやってみると、想像していた困難な部分じゃなくて、簡単にいくはずのとことで、些細な問題が起こり何も前に進まないとか。そんなことがあるし、実際にやってみないと肉体を伴わないから、肉体と脳(精神)が複合的に意識を作り出さないし、その複合的な意識が最も人にとって大きな要素だと思う。

一方で、経験主義というか、経験に基づかないとイメージが弱まっている気もする。経験しなくても想像する力が弱い。これは、ダメすぎるなと。取り返しのつかないことだってあるし、すべてのことができるわけじゃないのに、と。

スキーの帰り道、高速から都心の夜景が見えた。鮮やかに輝く橋のライトアップが荒川の水面に映り、高層ビルが立ち並ぶ、ひときわ目を引くのは東京スカイツリー、そして、その奥に小さく東京タワーが見える。

こんな、光景を見たときに、この街、東京が、そして、人々が行き交う都市が愛おしく、思えてきた。本当に、いろいろな人が生きていて、それぞれの人生があって、家族がいて。俺にとっては知らない人たちだけど、その一人一人は、他者にとっての自分にもなり得るという事実を思い。みんな、経験せずに大切なことを分かっているのはすごいなと感じたのだ。

何がすごいって、都市社会ってすごいと思う。
だって人間が求めるものがつまってる。
それが、ある意味で完成されているのだ。

大学生、そして社会人になって、歳を重ねるごとに自然の中に入っていった。そうすると、都市社会にには人間が根源的に求めているものが、仕組みとしてほぼ全て備わっていることに気づいて、あらためて、すごいなって思うようになった。いっぽうで、それらが備わっているのが当たり前で、感謝もしない、というか当たり前になっているので、ありがたみもなくなるのだが、そういった態度というかスタンスが嫌いでもある。

マイホームは人間の本能、安全で安心して寝たいというものを体現した姿。俺は、東京から岐阜を目指して歩いたことや山でのこと、知らない国に降り立って真っ暗な夜の街を歩いたことなどの経験から、安全に寝れる場所があるというありがたさを知ったのに、世の中の人は、そんなことしなくても知ってる。

食べ物を見つけて食べる大変さも同様。無人島に突然行ってみて、本当に食べ物がなくて苦労した。食べ物があるというありがたさ。だって、1日が食べ物を探すことと、水を作ること、調理することで全てが終わってしまった日々だったのだから。

お風呂というリラックスもそう。東京から岐阜まで歩いて帰った時に、足が動かなくなった。筋肉痛の極み。でも、3日ぶりにオフロに入ったら、足が蘇った。自分の意志で自分の足が動かせるようになった。

食べることや寝ることも。トレランで2日以上寝ずに走っていて、食べることによる脳活動の活性化と体を動かすエネルギー。すなわちそれは、気持ちの問題にも関わってきた。寝ることも同様で、寝ないと気持ちが弱くなる。食べないと気持ちが弱くなる。

でも、これらは自分で経験しないとわからなかったのに、多くの人はこんな経験なくして本質をわかっている。

まあ、だからこそ軟弱になっていたり、クレイジーなシステムなところもあると思うけれど、都市という仕組みは人が安心を求めて作り上げたひとつの正解であるのは間違いない。単純に批判するのでは、大きな視点が欠落している。

みんな、すごいな。もうちょっと、考え、想像を膨らませて生きよう。取り返しのつかないことをこれ以上してしまわないように。そして、より人生を豊かなものにするために。

【色鮮やかな国へ4】バラコアの朝、バラコアの夜

【色鮮やかな国へ3】寝る、寝る、寝る、寝るバスで寝る

バラコアはキューバ最東端の小さな村。旅の鉄則は遠いところに最初に行き、徐々に帰りの飛行機が飛び立つ町に近づいていく。こんなスタイルだ。そこで、ハバナを後にして、最も遠い場所までやってきた。バスが到着すると、まだ薄暗い。そんな小さなバスターミナルに客引きが何人もきていた。民泊は市民にとって重要な稼ぎの一つ。普通に稼ぐよりも圧倒的に効率的に稼げるからだ。なんて言ったって、外国人通貨は現地人通貨の25倍の価値があるのだから。

送信者 キューバ201503

なんだか、客引きについて行く気にもならず、バスターミナルで次の町へ行くバスの時間を見てみたり、ぶらぶら。すると、隣に座っていたキューバ人のおっちゃんが、どうしたの?と聞いてきたので、どこ泊まろうかと考えていると言ったら、うちの実家がすぐそこだから、両親に聞いてやるよと。良さそうな人だし、とりあえずついて行くことに。

送信者 キューバ201503

バラコアの町は大きくなく、5分ぐらいで彼の実家に到着した。両親が出てきて、隣の家を紹介してくれた。ケバくておせっかいなオバちゃんで面倒くさそうでやめようかと思ったが、探すのがめんどくさいのと、朝日が昇り始めるころで、屋上へ行くと空が美しかったので、ここに泊まることにした。朝食は屋上で、海から登る朝日を見ながら。

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

国立公園があると聞いていたので、宿の人に聞いて今日のツアーに行くことに。街に行きCubaTourというところで申し込み。西洋人の人が何人かいた。近くの山に行くプランと国立公園に行くプランとあった。アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園。特に何があるとも知らなかったが、先日友達がここに行っていたので、行ってみるというぐらい。

送信者 キューバ201503

5、6人の外国人旅行者と一緒に。国営の会社なのかなんなのかよくわからないまま、マイクロバスに乗って向かう。ここはキューバ。ガイドさんが、俺はミュージシャンだといきなり言い始め、ギターを取り出して歌い始める。そんなマイクロバスが世界にあってもいいじゃないかと思えてくる。バスにはいろいろな人が乗っているから好きだ。

送信者 キューバ201503

どれぐらいバスに揺られただろうか。山の入り口について、スタート。こんなに歩くとは思ってなかったが、7時間歩くと言われ驚く。。。ココナッツを割って飲んだり、マラカスの中に入っている赤い実を取ってみたり、ヤギがいたり、サソリがいたり、鮮やかな鳥も飛んでいた。ここはキューバ。日差しが暑い。いつも持っている薄っぺらいタオルを頭に巻きつける。

送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503
送信者 キューバ201503

正直なところ、たいした景色ではないwまあ、そうだろうと思っていたが、なんだか普通の森を歩いているぐらい。見晴らしが良いところがあれば、違ったのになーと思いながら。中が空洞でポキっと折ればそのままストローになる枝、針のようにトゲトゲがついた木の幹とか、世界位で一番小さなカエルとか変わった植生ではあった。たぶん、そういった植生とかに興味がある人にはいい場所だ。俺みたいなシンプルな広大な自然好きにはちょっと違った。途中、川にドボン、もちろん水着なんてないのでパンツでそのまま。

送信者 キューバ201503

近くの民家でランチをいただき、バスに乗って近くのビーチに。まさか、キューバでビーチにくるなんて。とっても小さなビーチで、何もすることなく、海にちょっとつかり、それから寝転がりながら音楽と読書。ああ、のんびりしてるな。こんな旅も久しぶりだ。

送信者 キューバ201503

カサデプラクティカルすなわち民泊先に戻り、荷物を置いて外へ。小さな村なので、中心の公園に人が、そして海岸沿いに移動式遊園地。どこの国だったか、インドかなー。どこかでも見たな。それから、カサデトローバで踊っている人たちを見て、レストランで夕食。この国も料理の種類は少ないな。米と肉の炒め物。街をふらふらして、現地の若者と話して、ネット。電話局みたいなところでカードを買って、wifiが飛んでいるところに行って繋げるというのがキューバ流。とってもネットは不便。高級ホテルのフロントぐらいしかwifiがないが、カードはフロントに売ってないことが大半。。。

送信者 キューバ201503

若者たちにハバナクラブ(キューバのラム酒)をおごってあげて、ほんの少しだけコーラを入れたキュバリブレを飲む。南米でもそうだったが、ここキューバでもキュバリブレとモヒートが人気だ。ビールなんかより、ハバナクラブ。酒すなわちハバナクラブってぐらい。若者たちと、いろいろ話し、ぶらぶら街を歩き、丘の上にある眺めの良いディスコっぽいとこに行き、眠くなって本日は終わり。どこまでも陽気な国だ。社会主義だし、物質的に豊かでもない、ネットもなくて情報も少ないけれど、みんながこんなに楽しんでいられるの、暖かくて死なない、くだもの中心に自然に取れる。そして、何よりもお酒と踊りが好き。これだけ揃っていれば、お金とかテクノロジーとかなくても、まあ楽しく生きれるってこと。パプアニューギニアと似てるかもな。でも、情報が入ってきて、海外の生活を知ったり、政治が変わっていくと、国は大きく変わり、国民の生活スタイルも変わっていくのだろうと考えながら眠りについた。

送信者 キューバ201503

クリエイティブキャンプ2015

何回めだろう。
6年前だか7年前に通ったクリエイティブライティングの講座を発端に始まったForget me notという年末の発表の場とともに、クリエイティブキャンプというイベントが恵那である。3回目か4回目だと思う。

東京や関西から20人から30人ぐらいが毎年集まるのだ。台風でキャンセルになった年もあるけれど、続いている。今年も新宿を朝早く出て、恵那に。恵那に着くと、ああ、また戻ってきたなと思う。

買い出しに行ったり、BBQの準備をしたりしていると、すぐに時間は過ぎていく。新井さんも到着され、乾杯。焚き火を囲みながら久しぶりに会った仲間と語り合う。繋がっているけれど、繋がっていない。でも、みんなで集まるこういった場がある。その場の心地よさに、また仲間は集う。火を囲み、音を囲み、言葉を囲み、酒を囲む。いつも連絡するわけじゃないけれど、またこの場で集う仲間。不思議だけど、普段会う友達よりも、真剣な深く入り込んだ話をしたり。それは、火のせいなのだろうか。

以前はcoyoteの復刊でお祝いをした。雑誌が休刊ということは、すなわち廃刊。でも、新井さんはcoyoteを復刊させた。そして、今回は新井さんが伊丹十三賞を受賞されたのだ。新井さんは学生時代から、好きな人のインタビューをしたいと思い、インタビュー雑誌を作った。星野道夫さんや池澤夏樹さん、藤原新也さん、植村直己さん、沢木耕太郎さんというそうそうたる方々のインタビューをして雑誌を作ってきた。そして、独立系の出版社、雑誌社として今なお続けている。スイッチは30年、coyoteは10年というからすごい。

伊丹十三賞をお祝い。「長くやっててよかったなと思う瞬間です」そんな新井さんの言葉には、すごく重みを感じた。続けることの価値。苦労。だからこそ、生まれてくるもの。それからみんなが持ってきた音楽を聴く。ちょっと冷えるが、焚き火に当たっていると、それも忘れる。いつの間にか、眠たくなり、眠っていた。

朝起きて、成瀬さんの手作りの家(山小屋)を見にいく。さらに進化して、素敵になっていた。ずっと住むかというと、すまない家かもしれないが、あんな場を自分で作るって素敵だな。成瀬さんの人間性が滲み出た家になっている。やはり、作り手に似るのだろう。だからこそ、家のような自分がずっと過ごす場は自分で作りたいなと思うし、どんどん改造できるってのは幸せだろうなと思う。

そして、岐阜の実家へと帰った。僕の誕生日の前週ということで、姉もそろって誕生日祝いの夕食。家族全員そろっての誕生日祝いも何度できるかわからないけれど、嬉しい時間だった。そして、そのありがたさは、後から新幹線で一番しみじみと感じた。

送信者 クリエイティブライティング

【色鮮やかな国へ3】寝る、寝る、寝る、寝るバスで寝る

http://teratown.com/blog/2015/04/21/【色鮮やかな国へ2】ハバナの町を歩き、野球を楽/

昨夜は蚊に刺された。やられた。あの、ぶーんという音。何度もなんども刺されて、痒く不快だ。世界で一番嫌いなものは蚊かもしれない。夜中に長袖長ズボンに着替え、シーツで体を覆った。翌朝、同宿の人がムヒを持っていたので使わせてもらったら、かゆみが引いていき、気持ちがほっとする。

ガヴァジュースにフルーツの盛り合わせ、そしてパンというキューバ定番の朝ご飯を食べる。朝ご飯込みで10クックというから安い。そして、水シャワーを浴びてスッキリ。野球を見に行った仲間を宿から送り出して一人、ガラーンとしたフロアにぽつんとあるソファで寝る。さて、バラコアでも行くか。日本でビアスールのバスを予約してあったので、バスターミナルまで行くだけでOK。でも、バス停までどうやって行くか。誰か相乗りか歩きも考えたが、昼の出発だったので、街をぶらぶら。郵便局を見つけ、絵葉書を出す。旅に出ると絶対にすることのひとつ。

送信者 キューバ201503

さて、どうしようかな。この国はネット環境が非常に悪くて、wifiも飛んでないし、ネットカフェもない。そもそも、10年ぐらい前に旅をしていた頃は、ネットカフェが世界中にあったけど、どんな国でも家でネットできるから、なくなったのかな?まあ、場所もわからないので、タクシーに乗る。5クックぐらいだった。

送信者 キューバ201503

バスターミナルで予約した紙を見せる。てきとーな国だから、本当に予約されてたか心配だったが、問題なかった。中国製の観光バスという噂は聞いていたが、どれもかしこも中国製のバス。ユートンと書かれたバスだった。日本では聞かないが、キューバではこのブランドのみ。外人専用のバスということだったが、半分ぐらいは現地の人だった。隣の席のにいちゃんも、工場で働くエンジニアだったし。

送信者 キューバ201503

やることはない。20時間ぐらいバスに揺られる。寝る。寝る。寝る。外を眺める。音楽を聴く。隣の兄ちゃんと話す。そんな繰り返し。夕方に幹線道路沿いのカフェに。トラックや長距離バスなんかが休憩を取る場所。ここで夕食を。黒豆とご飯を炊いたものと肉。この豆ご飯はこの後もなんども食べた。そこそこ美味しくて、はまっていった。

送信者 キューバ201503

外を見ると、サトウキビ畑が広がる。おそらくキューバ人が大好きなラム酒をつくるため。でも、それ以外の野菜の畑とかは全く見当たらない。どこで作っているのだろうか。そんなことを考えながらまた寝ている。いろいろな街に止まりながら、人が降りていく、乗ってくる。終点のバラコアで降りるので、あまり意識することなく寝続けた。