「旅」カテゴリーアーカイブ

東海自然歩道FKT応援

弘樹さんが東京から大阪まで東海自然歩道を走る旅に出た。東海自然歩道はトレイルが中心で、山を登って下って、たまにロードを走りという非常にタフなコース。

ロードだけれど、東京の一人暮らしの家から実家の岐阜を目指して歩いたことがある。その出来事は強烈で、今でもありありと覚えている。当時は運動もアウトドアもしなかったので、体の限界とか疲れの取り方、体の特徴や動かし方もしらなければ、アウトドアグッズもない。そんな状態だったこともあって強烈な思い出となっている。

http://www.teratown.com/blog/archives/001950.html

そんな思い出もあって、ぜひ石川弘樹さんに会いに行きたいなと思っていたが、自分の空いている日の都合と場所がネックだった。タクジさんとかと行こうと思ったが日程が合わず。すると、公共交通手段で行くことになる。そうなると山の中とか田舎だと電車などで行けない。どうしようかなと、水曜ぐらいから見ていた。土曜に行く予定だったので、土曜日にどこにいるかを想定しながら。そもそも駅の近くを通るのは定光寺駅、三河大野駅、家山駅ぐらい。で、速度と山の起伏などを考慮し土曜は三河大野駅前後になると想定。どりあえず、行き方を調べる。毎朝8時ぐらいスタートしていたので始発の電車じゃ間に合わない。ということは、夜行バスしか無い。飯田線で三河大野駅に行く。となると、豊橋が一番いい、豊橋行きの夜行バスを探しゲット。5時15分について6時の始発で行けば三河大野に7時。これなら行ける。

ただ、三河大野を過ぎてしまっていたらどうしよう。調べると新城駅から設楽町に行くバスが一日数本あったので、これだと。この前後のパートは山の中が多くなかなか会うのが難しいので、この2択だった。まあ、会えなかったら、適当に1人でトレランして帰ろう。初めての山域だし。

と思っていたら、金曜日の終わりが三河大野駅近くだった。これは会えるなーと思って、新しくなった新宿バスターミナル「バスタ」から金曜の23時35分に豊橋に向けて出発。5時に豊橋につくが、さすがに閑散としていて、コンビニで朝ごはんを買って食べる。始発までブラブラして、始発の飯田線に。のどかな風景を見ながら。

無人駅の三河大野で降りて、GPSのプロット地点まで行くとすでに数人がいた。8時過ぎに弘樹さんが登場。そしてスタート。すぐに橋を渡る。趣きのある橋で、川の水も澄み切っていた。数百メートル走って山の中へ。ここで、みんなと別れて、Yさんと弘樹さんと3人で。あんまり走るつもりなかったけど、楽しそうなので走ることに。奥三河トレイルレースの逆コースらしく、弘樹さんはこのあたりの地理を熟知していた。

杉林を走ったり、小川沿いを走ったり、そして、山山。けっこう急な上り坂が続く。山に行っていない俺にはきつい。けれど遅れたら弘樹さんに迷惑なのでついていく。天気もよく、眺めも良くてトレラン日和。そして、愛知にこんな山深い場所があった事に驚いた。

今までの旅の話を弘樹さんから聞いたり、気をつけていることとか、いろんな話をしながら楽しく走った。そして、山に入ったらなかなかロードに出ないコース。コンタクトポイントで、奥さんなどサポートで水や食料などを出してもらっていた。ぼくらもご相伴に預かった。

それにしてもハードなコースで、寺さんもってますねーと。特に後半の鞍掛山がきつくて、登りがしんどかったのでカフェインジェルを入れて気合を入れた。そうしたら復活してなんとか走れた。しかし、おもったよりタフなコースで、設楽町に着くのが17時ぐらいになってしまう。そんなに走るつもりなかったけど8時間ほど並走。帰る手段があるか不安だったが、設楽町から新城駅までの最終バスが18時だったので救われた。一日数本のバスが。乗り継ぎもよく東京に戻れた。もう少し弘樹さんたちは距離を伸ばすので、ここでお別れ。

ここまでで約400キロ、残り600キロ。とてつもないチャレンジだ。20日前後かかり、それも山道を毎日50キロ平均。体の状態をいかに保ち続けるか、いっぽうで最速記録(Fastest known time)を狙うのでゆったりもしていられない。気持ちは先を急ぎたくなる。この難しい、誰もやったことのない挑戦。本当にかっこいい。

まだまだ残りは長いし、疲れは蓄積するけれど、この先もおもいっきり楽しんでゴールすることを応援しています。

一緒に走りながら、「こんな幸せなことはない」「本当に贅沢な時間を楽しませてもらっている」という弘樹さんの言葉が印象に残っている。

ここから弘樹さんの現在位置が分かる。
実家の岐阜の近くも通る予定。

気付かずにはじめてのことをしている

初めてのこと。

例えば、

初めて学校に行く。
初めて会社に出社する。
初めて車を運転する。
初めて100マイルを走る。
初めて一人旅に出る。

初めて何かをする時は、緊張する。心配になる。一方でワクワクもする。だから、事前準備を周到にしたりと、この「初めてだ」という認識が、物事をより思い出深い出来事にしてくれる。

一方で、初めてのことなのに、初めてだと気づいていない時もある。

タクジさんのブログを読んで、あ、そうだと思った。俺も海外男ふたり旅は初めてで、それも2週間近く。行く前は全く意識していなく、気付かずに初めてのことをして、終わってから気がついた。終わってから4ヶ月以上たってからwこんな風に初めてのことを気付かずにしていることもある。

初めてだと思わなかったのは、無意識のうちに楽しい旅になると思い込んでいて、不安が一切なかったから、初めてだという意識が湧き上がらなかったのかもしれない。一方で、心配になり、初めてだと思うほうが、ワクワクすることもある。まあ、初めてのことでも初めてと気付かずに、経験して過ぎていくことも、無数にあるんだなと思ったのだった。

——-

海外オトコふたり旅、なんていうのはおそらく初めての経験で。
きっと道中で飽きるんじゃないか、険悪になったりもするのだろうか、そんなことを思っていたのだけれど。センパイとして彼は気を使ってくれていたのかもしれないが、二週間一緒にいて退屈することもなく、適度で快適な距離感だった。テントはもちろん別だったけれど、あえての相部屋もまったく気にならなく非常に楽ちんだった。お互い自由と個人を適当に尊重する間柄だったからかもしれないし、彼がただたんに類まれなユニークなキャラだからなのかもしれない。

http://www.tabibum.com/blog/?p=4286

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる

先日3人で飲みながら、そうかと思ったことがある。

自分がやりたいこと。
それをたどれば、自分が大人になる過程で経験し、そこから学んだこと。自分にとって大きな影響を与えた経験とそれを通して考え学んだこと。それによって、自分の人生が一番自分らしくなったできごと。それを他者に、将来に、次の世代に伝えたくなる。そんなことがしたくなる。それは、教育かもしれないし、政治かもしれないし、研究として学問としてかもしれないし、作品かもしれないし、サービスかもしれないし、農作物かもしれないし、生き様かもしれない。

そう、思ったのだ。

というか、友達がこんないい会社見つけた。それは、自分がずっとやりたかったことを、ビジネスとして成立させていた。すごいなと。これだと思ったと。その背景を聞いていると、自分が小さい頃の両親との関係があったりしていた。人間って、そういう生き物なんだなと、共感した。

自分の人生経験で得た最大の学びを再現したくなる。自分の人生が大きく切り開かれた経験。それは旅かもしれないし、部活かもしれないし、受験戦争かも、アウトドアかも、本かも、食事かも、音楽家も、アートかも、誰かに言われたヒトコトかも、何かは関係ないけれど、自分の人生を自分らしくしてくれた経験を社会に還元したくなるのだ。この人間に組み込まれた欲求が、世界をより良くしていく原動力になっているのは事実なんだろう。

それは、いいことだ。ただ、押し付けにならないようにしなければならない。ここが難しいところ。その人にとって良かった経験でも、他者にとっては何の価値もない経験になるかもしれない。ある経験から何を学ぶかは、その人の価値観によっても違うし、過去の経験によっても何を感じ取るかは異なる。ぜんぜん違う経験から大きな学びを得るかもしれない。それは人それぞれ。それを頭の片隅に置いたうえで、経験を押し付けるのではなく、機会が提供される場がより多く、多様であればと願う。

一度途切れたことを復活する

1年ちょっと前に、オンライン英会話を始めた。そして、1ヶ月のうち27日ぐらいやり続けていた。しかし3月はほぼやっていなく、1回やったかやってないか。
理由は、引っ越してからWimaxの電波が悪く、聞こえないこともしばしばあり、ついに音声もできないほどになったことだ。

と、機械のせいにしつつ、1年ほどやってマンネリ化し、飽きたというのも背景にあると思う。オンライン英会話ができないという理由だけではなく、インターネットが使えないのが不便なので、光回線を引いた。英会話ができる環境は整った。

光回線が引いた直後に英会話を復活するかがポイントだ。ちょっとめんどくさいなとか、しばらくやってないから上手く話せないかもとか、ネガティブな理由は無限に思い浮かび、気が進まない。ただ、こうした何かを再開する時は、できるようになった直後にやるかどうかが全てを分ける。この日にやらないと、ずるずるとやらずにいって、忘れていく。だから、全てのネガティブな気持ちを忘れて、とりあえずやる。やるという事実が一番重要だから。

そう言い聞かせて、英語を復活してみた。そうしたら、うまくいかないこともあるが、やってみるとやはり面白いこともある。無心になってやる。やっていると面白みが出てくる、悔しさが出てくる。そうしていると、いつの間にか習慣化している。ああ、もっとニュアンスを伝えれると良いなと、そうなりたいなと思いながら。

英語とは違うなと思ったのは、社会人になって2年ぐらい旅もブランクがあった。でも、旅は完全な趣味だから復活しやすい。といいつつ、趣味の情熱も時によっては変わる。まあ、期間が長くなればどんなことでも情熱が減衰していく。悲しいことに。だからこそ、情熱を持ち続けれる人ってかっこいいし、それに挑み続けている姿は美しい。でも、英語は楽しいが、趣味ではないので、より難易度は高いと思う。そういったことを、継続して次のステージに移っていき、世界を楽しみ続ける人生を歩んでいきたい。

ベネズエラまとめ

年末年始でベネズエラへ行った。目的はテーブル・マウンテン、ロライマ山。昔から行ってみたかったが行けてない場所の一つだった。そして、実際に行ってみてロライマ山の存在に圧倒された。楽しかった。幸せな時間を過ごすことができてよかった。ちょっと無理なスケジュールだったけど、できないことはないので何でもやってみる精神は重要だなと。

■治安
ざっくりと、ベネズエラと言ったら治安が悪いというイメージ。確かにすごい良いですとは言いがたいが、世界一危険と言われるほどでは無いと思った。男二人なので比較的安全だっかもしれないし、危険な地域に行ってないのも理由かもしれないが。

■年末年始の休暇
2015年末から16年年始だったが、クリスマスの3日間はすべてが閉じていた。長距離バスすら走っていないほど。飛行機もかなりの間引き運行。これは不便だった。

■物価
物価は安い。特に飛行機が安い、なんだか驚くほど

■両替
闇両替はレートが良い。空港とか観光地、国境などは両替商がいる。インフレで100枚をゴムで束ねてあるので、束でごっそりもらうので、空のザックにお金を入れてもらうと便利。

■食事
まあ、ありがちな料理でうまいというものはたいしてない。飛行機代と比べると食事は高かった。

■宿泊
ホテルはちょくちょくあるので不便はしない。高いホテルと言っても2000円とか3000円レベル。

■交通
長距離バスは安いがけっこうヘビーだった。ボロボロだし。飛行機は安くて快適。直前でも買うことができることもあるので、最後まで諦めないのが重要。タクシーやプライベートでチャーターも可能だが、プライベートでチャーターのタクシーは距離にも夜が50USドルとか100USUALLYドルした。

■人
商売ッケがないので、料金交渉があまりうまくいかない。南米なんで陽気でのりの良い人が多いが、去年行ったキューバと比べるとノリはそこまで良くない。

■ロライマ山
とりあえず遠い。天気がころころ変わるので、雨対策とかしておいたほうが良い。景色は、それはもうすばらしい。6日ツアーだが4日あればいける。第1キャンプは微妙なので第2キャンプに早く行くべき。虫が多いので、かゆみ止めとか虫よけは必須。

【旅行記】
LOST WORLD ベネズエラのロライマへ

LOST WORLD 1 長い旅路の始まり

LOST WORLD 2 うまくいかない旅の始まり

LOST WORLD3 空港の住人としてベネズエラを眺めた日

LOST WORLD4 日本を出て100時間、ついにロライマを遠目に通り過ぎる

LOST WORLD5 4時半に始まる朝。僕らはロライマに向かった。

LOST WORLD6 雨で始める朝、ロライマの頂上へ

LOST WORLD7 雨、雨、雨、そして流れ星

LOST WORLD8 “This is 最高!”

LOST WORLD9 山から海へ

LOST WORLD 10 島に渡ればそこはリゾート

LOST WORLD 11 ありがとうベネズエラ

LOST WORLD 12 まさかの展開で地球を回る

【旅の前のブログ】

WHY VENEZUELA?

【旅先での記録】
ロライマの上で

911WTC