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EUはうまくいかないけれど、昔は国家がどんどん統合されていた

EUはうまくいかないけれど、昔は世界中でいろんな国家がどんどん統合されていた。そして、うまくいったというか国は大きくなったり、分割されたりを繰り返していた。ヨーロッパもアジアも中東も。時代によってその時時に国が勢力を拡大していた。ローマ帝国、ビザンツ帝国、唐、明とかとか。

なのに、現代のEUとか国連とかはうまくいかないか。そんなことをふと思う。まあ、歴史を全然学んでいなく、覚えていないので勝手な自分の妄想にすぎないのだが。

最近の世界は、お利口さんになりすぎてしまって、それぞれの国の独立自治的なものが尊重される。侵略したらダメダメといった風潮で世界の各国が反対したり、介入したり、国連軍なんかも出てくる。軍事行動に出る前にも経済制裁を剃る。だから、昔みたいに力づくでひとつの国にしてしまうとかがあまりない。それぞれの国の独立とか意志とかを尊重しながら、ゆるいつながりで国家を束ねて運営しようとしている。だから、結局国ごとの主張があってまとまらないのだろう。難しいものだ。今っぽさで言えば、腕力で国を東道するよりも、それぞれの個性を活かしながら協力するゆるいつながりを尊重するほうがしっくりくるのだが。実際のところうまくいくかは別だ。うまくいくという定義にももちろんよるだろうが。

国によらず、どんな組織でもそうなのかもしれない。会社という組織の中も、学校や、サークルなんかも。会社の合併という意味でも。とまあ、なんの結論もないけれど、強引な統合というのも時には必要なんだよな、そういうことだなと思ったのでメモ。

紅葉の栗駒山と温泉と

一関駅でレンタカーを借りて、平泉へ。10年ちょっと前に中尊寺に来たことがある。たぶん18切符で。ただ、到着時間が遅くて、金色堂には入れなかったのだ。そんな記憶がずっとあった。5年ほど前に東北の祭り巡りをしたときに、江刺の鹿踊りに行ったけれど、すぐ近くまで行きつつここにはよらず。

今回は宿泊して中尊寺から紅葉の栗駒山へと遊びに行くことに。紅葉の栗駒山は相当いいという噂だったので、シーズンもビンゴで楽しみにしていた。車の運転も慣れてきたし、練習も兼ねてレンタカーを借りて。まずは、一ノ関駅近くのタイムズレンタカーへ、今回はマツダのデミオ。4回目のレンタカーは、奄美大島、沖縄×2、そして岩手ということになった。平泉へと向かう。車で20分ほどで到着して、17時の閉館に間に合った。

駐車場に車を止めて、あるき始めると金色堂まで800メートル、さらに上り坂で想像以上に時間がかかったが、40分もあったので妊婦でも問題なく金色堂と宝物館に到着。宝物館から見学して、金色堂に。始めてみたが、金閣寺と同様に金ピカ。よくもこんなもの作ったなと思う。そして、人間は日本も海外も金が好き。それも、昔からずっと。希少性もあるだろうけれど、金は光を反射してその輝きを長期間に渡って保つ。人間にとって光は生活していく上で必要不可欠なものであって、金は光を反射するので光に似た価値を昔から人間は感じて金を重宝してきたのだろうか。そんなことを考えながら、中尊寺を後にして、宿に。

かみくらという一関と栗駒山の間にある温泉宿。周りに宿や建物があるわけではなく、ぽつんとあった。不思議な感じ。暗くなった道を進んでいく、暗い道は初めての運転だったかも、とりあえずこれもクリア。やっぱり後は、バックの駐車だけがネックだ。宿につくと、電話。なんと山口のチャリダーアキさん。結婚式の連絡したときに、電話もメールも返信がなく心配だったのだが、とても元気な声でホッとした。そして、寺町くん、今日仕事で東京来たから泊めてくれないって。なんか、うれしかった。阿佐ヶ谷時代のノリというか、旅人のノリ。何歳になっても結婚しても、子供が生まれて何年たっても変わらない、この突然な感じが好きだな−と思った。宿で晩御飯を食べて、温泉に入り、涼しくなった東北の夜を感じながらホッと一息。

翌朝は7時30分から朝ごはん、たっぷり食べて、さて宿を出る。今日は栗駒山と須川高原温泉へ。車で山道をグネグネ。細いところもあって、すれ違いはカーブミラーを見ながら慎重に。最初はきりだったが、登っていくと晴れてきて最高の登山日和。車を止めて俺は山へ。友達が偶然前日に栗駒山へ紅葉を見に登っていて3時間と聞いていたので、俺は走れば往復2時間かなと。須川高原温泉のかけ流しの湯は最高らしいので、ここで奥さんには待っててもらって、サクッと。尾瀬みたいな木道があり、昭和池というきれいな池があり、その上に行くと紅葉の山。登山客がさすがに多い。紅葉の時期ということで。

そんなに高い山でもないし、距離も長くないが、長雨の影響かトレイルがぐちゃぐちゃになっていた。天狗平から上は完璧な紅葉。赤、黄、橙、そして緑。なんともカラフルな絨毯。紅葉の山はいつも混んでいる。もちろん大好きだし、一度紅葉の涸沢にも行ってみたいと思っているが、紅葉といえば混んでいるというイメージがいつも付きまとう。そして、紅葉の名所からは足が遠のく。ただ、今回は運が良かった。こんなにもきれいな紅葉を、こんな簡単に味わえて。紅葉を楽しみ、サクサクと降りていく。予定通り、2時間。軽く露天風呂に入る。うーん、気持ちいい温泉だが、ちと熱い。それから、着替えて下山。厳美渓に立ち寄る。きれいな渓谷だが、まあ、そんなに珍しいものでもなくw

と、レンタカーを駅前で返して、再び一ノ関駅へ。駅弁を買って新幹線で帰る。えきねっとで事前にチケットを買ったので30%オフのグリーン車。やはり、いい。それなのに、割引で普通車より安いというこのお得感。東京には17時過ぎに到着。家にも18時ぐらいに帰れたので、疲れもたまらず楽しいショートトリップになった。

セブで知る、これがホントのアイランドホッピング

眠いなと思いながら、朝目を覚ます。家の前にタクシーがさっそく待ってくれていて、乗り込む。宿でインターンをしている子とその友達2人。友達2人は韓国人だけど、日本語がかなりうまくてビビった。で、まずはマクタン島方面のホテルに。オールブルーというダイビングショップがあるホテルに到着。そのタクシーで朝ごはんのパンをもらって食べた。そして、休日の朝というだけあって、車の量も少なくすぐに到着した。

日本人の店員がいるショップなだけあって、日本人のお客さんが多い。俺は、何も考えずジャックさんにアイランドホッピングツアー行くと聞かれて、行くといっただけだったので、事情はよく知らず。高級感あるホテルなんだが、ゲートの真ん前まではバラック小屋で生活している人のエリアというのも面白い。デコボコの土の道を大型バスなんかが入ってきていて、ああ、まだまだ発展していく国なんだろうなというのが伝わってくる。

船は両脇に木でできたスケルトンのような枠があって、それでバランスをとるスタイル。ダイビングをする人と同じ船で出発。青い空と青い海を船で行く。やはりいいもんだ。30分ぐらい行くとダイビングスポットらしく、停泊。俺は、ゴーグルとフィンだけで潜る。サンゴが綺麗というわけではないが、熱帯の魚がたくさん。そして、水もきれいだ。透明度が高く、遠くまで見渡せる。少し泳ぐと切れ落ちて一気に深くなる部分があった。deep blueとはよく言ったもんで、本当に深く吸い込まれそうなどこまでも続く海の底。

群れをなす魚もたくさんいて、太陽の光を腹や背に浴びながら、光をキラキラとさせながら泳いでいる姿は、見ていて飽きなかった。本当にスイミーのようだ。一斉に右、左と向きを変える行動を見ていると本当に不思議で、何を合図に、何に反応して泳いでいるのだろうと、思えてくる。そして、そんな風に機敏に泳ぐもんだから、まるで一匹の魚のようにも見えてくる。そして、オスロブでジンベイザメと泳げるという話をココでも聞いて、やはり泳ぎたくなってしまった。しまった、ジンベイザメのツアーに申し込んでいればよかったと。

また、場所を移動してダイブ。移動している間は、フリードリンクなので助かる。そして、屋根がついている船なので日が当たらないように気をつけつつ、でも、船の枠組みに寝転びながら海風を感じたり、船首に立って透き通る海を覗き込んでいるといつの間にか時間が立って、日焼けしてしまった。

お昼の時間になり、島に上陸。そして、魚、貝、肉などなどをBBQ写真にしていただく。うまいね。なんだか、エイゾー取っ手感じ。アイランドホッピングという言葉は知っていたが、島を旅することとはちょっとニュアンスが違うよなーと思っていた。例えば、トカラ列島の口之島とか子宝島とか悪石島を旅したからって、アイランドホッピングしたとはいえない気がするのだ。アイランドホッピングなのだが、なんか違う。そう、アイランドホッピングという言葉はメジャーなリゾート地が似合うのだ。ここは、まさにアイランドホッピング。

ご飯を食べてから、島に住む子どもたちと遊んだり、白く美しい砂浜でぼんやりしていると、いつの間にかときが過ぎていった。船でダイビングショップに戻り、併設のホテルのプールにドボンと入ると、まるで温泉のような暖かさ。着替えて、タクシーでジャックさんの家に戻った。一日中海の上にいて、疲れていたのか昼寝をしていると、リクルートの知っている後輩が登場。ジャックさんとも知り合いで夏休みで来たようだ。他にもセブのジャックさんの友達が集まって、しゃぶしゃぶパーティー。そして、ジャックさんの家のプールにドボン。からの、元気なみんなでセブのクラブへ行った。賑やかな店内だったが、俺はいつの間にか寝ていて、またみんなでタクシーで家に。家に戻ってすぐに眠りについた。

翌朝はすぐに出なければならず、みんなにさよならをして、1人でタクシーで空港に。まずはエアアジアでマニラに飛んで、マニラの空港では空港内バスで今度はタダでターミナル移動。JALに乗り換えて、その間あまったお金でドライマンゴーとお昼ごはんを食べて、お金を使い切った。100ユーロをフィリピン・ペソに両替してピッタリ使い切った。アイランドホッピングツアーはカードで払ったので、そんなもんの物価でフィリピンでは過ごせるということだ。夕日を飛行機から眺めて、成田へ。バスで東京駅まできて、家に到着。3日で十分楽しめたセブ。成田からの直行便ならもっと時間とれるだろうし、12月からLCCのバニラエアが飛ぶので、もっと日本人の短期旅行者やビジネス、英語留学が増えそうだな−と。

星野道夫写真展×2

星野さんが亡くなってから20年。
ということで、写真展や雑誌がいろいろと発売された。いつも銀座松屋で開催される写真展に足を運ぶ。大きく引き伸ばした写真と言葉の数々。

やはり、カリブーの移動が圧倒的だった。あの写真の持つ力の総体は圧倒的だ。1頭1頭のカリブーがアラスカの原野を駆け抜ける、その世界。海に潜ると小さな魚が群れて一斉に向きを変えたりして泳ぐ姿を見ることがある。まるで小学校の教科書に乗っていたスイミーのように。そういった海でしか普段は見ることができない群れが、アラスカの大地でも起こっている。僕らの知らないときに、僕らの生きている同じ時間に。

あと、面白かったのはメジャーなカットの写真とセットで撮った一連の写真をネガフィルムでライトボックスで展示していた。その時の一連の写真を見れたのだ。動物の動きなどが分かるし、まるでコマ送りの動画のように星野道夫さんが、どんな瞬間を味わい、切り取ったかが少し分かったような気がした。

展示の最後はこの言葉で締めくくられていた。

短い一生で
心魅かれることに
多くは出合わない
もし見つけたら
大切に… 大切に…

自然の中で遊ぶようになって、世界のいろいろな地域を旅をして、海も山も夏も冬も、そうしていくうちに星野道夫さんの言葉の意味をより深く深く噛みしめるようになっている。

銀座松屋の写真展が終わって、糸井重里さんのtobichiで小さな写真展が開催されるというので、こちらも行ってきた。表参道の狭い場所ながら100枚の写真が展示されるという。理由はこんなもの。

テーブル大の巨大ライトボックスを用意し、
その上に、星野さんが撮影した
「35mmフィルム」を100枚ならべて、
ご来場のみなさまには、
ルーペを使って、
1点1点、作品と1対1で向き合うように、
ご観覧いただくという趣向。

星野さんがフィールドで撮影した写真を、家に戻って写真に初対面したのと同じように、ルーペを使って写真を見る。ルーペで覗くと、それ以外のものが視界に入らない。いくら大きく伸ばした写真であっても、展示会場の壁や床、証明、隣の写真が目に入る。けれど、ルーペで覗き込むと、写真以外何も視界に入らない。この視界の違いが非常に没入感を作り出してくれた。

今まで見たどの写真展とも写真集とも違って、もっとも写真と正面から向き合えて楽しむことができた。ただ、最終日で混んでいたので見れれる時間が短かったのが残念なところ。でも、アラスカの風を感じ、東京という街にいるのに、悠久の時を感じられる、そんな素敵な展示だった。

とりあえずセブに

マイルの期限が切れそうだったので、どこかのチケットに引き換える必要がある。さてと、どこに行くか。2万マイルで行ける海外だと近場で、行ったことある国が大半だった。が、フィリピンだけなかったので、マニラ行きのチケットに交換することにした。オンライン英会話の講師もフィリピン人が多く、一度行ってみたかったのだ。ただ、フィリピンのどこに行くかは決めていなく、さてどうしようかと思っていたが、出発の直前にセブにした。一番はコルディエラの棚田に行きたかったが、ちょっとスケジュール的に厳しい。パラワンとかタガイタイもよかったが、心折れ部の友達と前職の先輩がセブで仕事をしているので、会いに行くのを兼ねてセブにしたのだった。

最近便利というgoogle flightsでチケットを探すと、air asiaが安くて、往復で9000円ぐらい。マニラからセブの往復だ。直前にこのチケットをとって。金曜の朝、早く起きて家を出る。成田についてJALのカウンターでチケットを発券。預ける荷物も特に無いので、そのままセキュリティゲートを越えて、出国して出発待ち。

JALの国際線は前の席との幅が10センチ長くなって快適。とりあえずフィリピンは沖縄より少し長いぐらいなので、すぐついてしまう。映画を見始めるが、朝早かった成果すぐに寝てしまった。そして、機内食を食べてと、するともう到着だ。空港に着くと、入国審査を経て、まずは空港の外に出る。

マニラからセブへは同じ空港なのだが、広いので移動が大変。T1とT4の移動。で、とりあえず100ユーロをフィリピン・ペソに両替。日本円でも良かったのだが、使わないユーロがあったし、しばらく使わなさそうなので。と、バスでも移動できたのだが、30分待ちだったので外に出てタクシーを拾う。空港を出て、マニラの町中を眺めながら。マニラは急成長中らしいが、まだまだ発展途上といったイメージ。正直、もっと発展しているかと思っていたが、やはりタイとかそういった国とはかなり差があるようだった。

チケットを発券して、エアアジアのセブ行きを待つ。国内線ターミナルは小さく、人でごった返していた。機内に入ると、JALとの座席の幅の違いに驚く。やはり狭い。まあ、1時間ちょっとなので、特に問題ないが。新しい飛行機っていいなーと。セブに着くと、タクシーを捕まえる。マクタン島に空港があって、メジャーなリゾートホテルもこちらのマクタン島にあるのだが、前職の先輩であるジャックさんはセブシティに住んでいてAirbnbで宿もやっているので、セブシティに行くことに。心折れ部のともさんはマクタン島の高級ホテルで働いていてそちらに泊まるという洗濯しもあったが2万だったので、ジャックさんのドミトリーにお世話になることに。

タクシーはけっこうな渋滞。タクシーの運転手さんが攻めるキャラだったので、そんなにストレス無く。信号がスゴイ少ないのと、マクタン島とセブシティの間に橋が2本しか無いのが理由だった気がする。町中はマニラ同様に発展途上な感じ。家もバラック小屋的な物が多く、ゴミなども散乱している。個人的にはこういった環境もあまり苦にならないので、まあ楽しみながら。

タクシーで到着すると、ゲートがあった。どうやら高級住宅街らしく入り口に警備があって、その中はセキュリティ上安全っぽかった。この中は大きなお屋敷ばかり。外人もけっこういるらしいが、現地のフィリピン人の金持ちも住んでいるとの事だった。ジャックさんは外出中とのことで、部屋に荷物を置いて、近くをぶらぶら散歩。町中は東南アジアって感じの町並みだが、ミニストップやセブン-イレブンがあった。その他は、雑多な感じ。

家に戻るとジャックさんが帰宅して、数年ぶりに。そして、寺町、お前ドミトリーかよとジャックさんに何度も突っ込まれたw学生みたいに金をケチってドミトリーにすんなよとwそして、折れ部のともさんにも連絡して、夕食に。AARONバーベキューという地元の店に。さかなや肉をチョイスして、焼いたり炒めたりして持ってきてくれた。数年ぶりの再開に乾杯。ともさんはジャックさんのBarにかよっていたらしく、そこでジャックさんにも面識が会ったとか。数年ぶりなので、近況を話したりと盛り上がる。薄いビールのサンミゲルを飲みながら。1人だとBBQとか食べに来ないので、いいもんだ。

そこから、ジャックさんがオーナーのバーに。ここは日本人1人とあとは現地のフィリピン人で運営されていた。静かなバーで、こういう店はフィリピンには少ないようで、現地に住む日本人や外人がよく来るようだ。とは言え、日本のお酒の調達とか含めてなかなか大変そうだった。さらに、そこから、ともさんおすすめなディープソーンに。マクタン島にタクシーで移動してぼたんという店に。ここは50歳を過ぎてからフィリピンに移住したおじさんが15年ぐらい経営しているお店。日本人のおじさん以外は、若いフィリピン人の奥さんとその弟なんだけど、妹になったオカマちゃん。

それだけでもディープだが、このぼたんという店があるエリアは観光地でも、外国人が住むエリアでもない。現地の人が住むエリアでどちらかというと貧困層のエリアなのだ。タミヤと呼ばれていた。なのに、日本人のおじさん2人が客としていた。現地の工場でもう何十年も働いているのだとか。旅をしないと出会えない人と場所。いろいろな人生、いろいろな背景があって、いろいろな場所で、いろいろな生き方をしている。それって、とても興味深いし、人間というものの不思議さを感じるのだった。

最後にバロットというアヒルの孵化直前の卵をいただいた。18日目かなんかで、卵を割ると少しだけ形が見られるようだったが、味はまあ普通だった。夜も遅く、再びタクシーに乗り帰宅。明日は7時30分ぐらいからアイランドホッピングツアーだ。そんな直前になって、なんと、南部のオスロブでジンベイザメと泳げるらしいと聞いた。こっちに行きたかった。。。でも、12月から成田セブをバニラエアが飛ぶらしいので、今度はジンベイザメと泳ぐために来ようか。

オスロブではかなりの数の自然のジンベイザメがいて、その餌付けに成功したらしく、いついっても会えるとか。これは、ぜひ時間あるときに行っておきたい。あんまり事前に調べてないのもあるけど、こういった情報は現地に行かないとわからない。また、来てみたくなった。ジンベイザメと泳ぎたい。そんなことを思いながら眠りについた。