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毎年恒例の石打スキーも少しづつ変わっていく

石打丸山スキー場に通いはじめて、5年ぐらいたつだろうか。年に2,3回行っているので、なんだか毎年冬の恒例行事となっている。夏の原始感覚美術祭や銛突きキャンプと同じように。今回も金曜の夜に新幹線で越後湯沢まで行き、タクシーでピステ石打まで。前田ファミリーとりゅうやさんと俺の5人。こちらもいつものメンバー。我が家の母子は世田谷の産後ケアセンターで木曜から土曜の夜まで宿泊。個室で食事も出て、看護師さんや助産師さんなんかもいて、いろいろアドバイスを貰えるらしい。お肌が荒れるとか、哺乳瓶から飲みたがらないとか、成長スピードが遅いとか、まあ、二人目の子だったら気にもしないようなレベルのことなんだろうけど、最初はよくわからないことばかりで、ググって調べたり、知り合いに聞いたりと。そんな日々分からないことが多くあるので、ケアセンターでゆっくり滞在しながら、いろいろと教えてもらえるいい機会なのだ。ついでに、世田谷区民はスゴイ安くて泊まれるので。

ということで、気兼ねなくスキーに。ピステに到着すると、ビールとつまみで、テレビを見ながらダラダラと話し、眠たくなったら寝るといういつものスタイル。翌朝は、だらだらと過ごして、午後からゲレンデに。昨年よりは雪が多く、今日は曇っているけれど雪も雨も降るわけでもなく、客も多くないので快適に滑れた。かすみんが、スキーの板でママに手伝ってもらって滑っていたのだが、何度かやっているうちにコツを覚えていた。色々具体的に教えるより、大きくなって、小さくなってというと、しゃがんだり立ったりするので、それでうまくなったとか。何年か前は、暖かい服を着てピステに泊まっていた、2年ぐらい前からママの背中に背負われていたのに、この変化はすごいもんだ。

夕方まで滑ってから、食事なのだ。毎年恒例の石打ドライブインで焼肉となるはずが、石打ドライブインが昨年末ぐらいに火事で休業中なのだ。スーパーのぐちで食材を買って、餃子を作ってマンションで食べることに。かなりおいしくでき、ボリュームも満点で大満足。夜中まで飲んで、お風呂に入って寝た。翌朝起きると、青空。いい日だ。しかし、俺だけ一足先にキロに。日曜の朝早めに出て、12時過ぎには帰宅。来年は家族3人でくるのだろうか。どうなるのか、今から楽しみだ。

自分の理念が決まれば、意思決定が早くなる、行動が早くなる。

自分の理念が決まれば、意思決定が早くなる、行動が早くなる。

どう生きていくのか。
何がいちばん大切なものなのか。
そういったパーソナルミッションステートメントというか、活きる軸が定まればぶれない。意思決定の最終的な拠り所があると、意思決定の基準が明確でぶれないので速い。そして、行動も早くなる。その行動も気合が入り、熱量が違うから成功の可能性が高くなる。

当たり前なんだけど、これって個人にも組織にも当てはまる。

自分の考え方とか、軸というもの、信じるものは定まっていても、完全にそれに従って意思決定できるかどうかというのはまた別次元。それには、現実の生活とか死の恐怖とか、周りからの見た目とか、法律とかいうものがあって、ある程度それらに従う必要がある。

まあ、稼いで食べていかなきゃならないとか、将来への不安とか、逮捕されたらもともこもないとか、周りからの目が、まあ、いろいろ。こういったいろいろな事情があるけれども、それを乗り越えて自身の信念に従って意思決定できるか。そこまでいったら、本当に覚悟が決まった信念なんだろう。そこぐらいまで昇華させないと意味が無いんだろうな。

それには、行動と徹底的に考え抜く、最後には覚悟。思うはやすし、言うはやすし、行うは難し。

今シーズン最初のスキー

日曜の予定が急遽なくなり土曜日の夕方ごろに突然行くことになったのだが、かなり早めの初滑り。日曜の朝5時にタクジさんに家まで迎えに来てもらい、出発。苗場とかぐらの早割チケットを買っていたので、それに便乗させてもらう。

天気予報的には快晴なので、青空と白い山を楽しめる日になりそうと期待して出発。1年ぶりなので、どれだけ体が鈍っているか。道路は混雑していることもなく、8時前には苗場に到着。昨年は雪が少なかったが、今年はそこそこありそうだ。

着替えて板の準備をして、さてゲレンデへ。シーズン初めということもあり、まだ人は少ない。ガリガリに凍ったゲレンデもあって、体がなれていないので力が入った。が、ゴンドラに乗ってゲレンデの上部に行くとまだフカフカだった。気持ちい滑りを何本か。

休憩したり、昼ごはんを食べたり、いろいろ喋りながら2人で滑る。まあ、今年一本目ということもあり、体が慣れておらず、ついつい力みがちだが、何本か滑るうちにだんだん慣れてきた。とは言え、踏ん張ると筋肉痛になる。早めの2時30分頃に上がって帰ることに。

おそらく、今年最後のアウトドアな遊びはこれにて終了。ベネズエラのロライマから始まり、何度かスキーに行き、神津島、奄美大島、沖縄と島をふらふらして、久しぶりに富士山や甲斐駒ケ岳に走りに行ったり、木崎湖は恒例行事、こちらも恒例化しつつある銛突きは初上陸の粟島、フィリピンのセブにも遊びに行ったな。紅葉の栗駒山もきれいだった。そして唯一のトレランレースは修行走のショートバーティカル。あまり運動したり旅行に行かなかったなと思うけど、こう列挙してみるとそこそこ行っているのかなと思う。ああ、テントで山の縦走ができなかったことぐらいが心残りかな。また、来年。

あの頃、ホームレスになりたいと言った

テレビで大阪のドヤ街を取材した番組をやっていた。すると旦那さんが昔、一度ホームレスをしてみたいと言っていて驚いたという話を聞き、俺も小学生ぐらいに同じことを両親に言ったことを思い出した。

街によって色がある。それは国単位でもそうだし、ひとつの国の街ごとにも。人が移動する行動範囲によって色が出るので、電車の沿線沿いごとにも色が出る。

若い人が多くおしゃれな街もあれば、古くからの金持ちの街も、貧しいエリアもあれば、下町もある。

横浜の寿町はアートの町になっているようだし、南千住の山谷あたりも外国人旅行者のたまり場となり、外部に対してオープン化し綺麗になっている。
この社会は一般的に綺麗であることが良いとされている。もちろん、綺麗か汚くないかで言ったら、綺麗な方がいい。一般的には、衛生的であるし。ただ、すべての人にとって、それが心地よいかといえば、違うと思う。日本という国は、汚い場所を排除して、すべてを綺麗な街にしてきた。昔、汚いとされていた街も再開発して、本当に綺麗でオシャレに変わってきている。

ある種の価値観の強要だろう。これは、行政による価値観の強要とも言えるが、まあ、国民の総意(総意ではないが多くの人がそうだと思う価値観)によって、推し進められていることなんだろう。

ホームレスになりたいと言った。
それは、楽そうだからと。
たしか、母は、一度やるとお前は病みつきになるから止めなさいと言った。
今思うと、なんと的確な教えだったのだろうと思う(笑)。
自分ながらそんなこと言う小学生もどうかと思うがw

まあ、そんなちょっと汚く、だらしがない人が居心地の良い街が、世界に社会にあってもいいんじゃないかと思う。いろんな人がいて、いろんな場所があればいい。それを全部ひとつの色で染めてしまうことは面白くないよなって。

新しい世界へ

全く初めての経験だった。

長いはずなのに、あっという間の出来事だった。

同じような時間が流れるのに、なぜかそう感じない。

遮光カーテンが引かれた室内は、時間感覚を失い時の流れすら忘れていた。

そして、何もできない自分がいるのに、ここまで自分のことのように感じる不思議な感覚。

この時間を共にするなかで、女性の精神と肉体の特異さ、自分との絶対的な違いを一層強く感じ、尊敬と感謝の気持ちで溢れ出す。

未経験すぎて、今まで見たことなさすぎて、次に何が起こるか分からない。

少しの不安がありつつ、冷静に心を落ち着ける自分、それなのにどこか自分ではないという感覚が残る。

頭では分かっているのに、人の中から人が出てくるという不思議を全身で味わった。

髪の毛を見、頭を見、体を見、泣き声を聞いた時、こみ上げてくる安堵感と感謝の気持ち。

今、始まり、これからどんな時を一緒に過ごすのだろう。

そして、彼女は僕の知らない世界をどれだけ見るのだろう。

いいもんだね。

ありがとう。

父ちゃん、早口で、いろいろ話しかけちゃうけど、いろいろ気になってなんでも質問しちゃうけど、仲良くしてね。

たとえ親であっても、
子どもの心の痛みさえ本当に分かち合うことはできないのではないか。
ただひとつできることは、
いつまでも見守ってあげるということだけだ。
その限界を知ったとき、
なぜかたまらなく子どもが愛おしくなってくる。
星野道夫