2024年12月に法事(妻の父方)がありお墓参りもした。そこで、年末年始はお墓参り&親族巡り全国ツアー企画に。子供も大きくなり、死とか祈りの意味が少し理解できるようになってきたと思うので。結論年末年始で4つのお墓参りと身近な親族には全員会う旅となった。記憶のどこかに残り、ご先祖様に感謝する気持ちをいつか持ってくれたらいいなと。
まずは新幹線で新大阪へ。家族で行くときは新横浜から乗るのが便利だと最近気づいた。都心に家族で電車で行くと大変なので。新大阪から芦屋駅へ。芦屋駅のホテル竹園、駅目の前だしビジネスホテルより少しゆったりしていてよかった。荷物をおいて、須磨シーワールドへ。シャチのショーがものすごい迫力で前列は完全にびしょ濡れ。イルカショーとは迫力が段違いで面白かった。その後、ホテルへ戻り、たこ焼き屋オムそばを買って部屋で食べる。
翌日は妻の母方のお墓参りに、夙川に住んでいるおじさんと。その後、夕飯もいただく。翌日は大阪のポケモンセンターに行き、インバウンドの外国人観光客の多さに驚き、岐阜へ行くと姉ファミリーも来ていて年末年始を過ごす。
年始は自分の父方のお墓参りに車で行き、その後畑で大根を引っこ抜いたり。さらに、実家から歩いて母方のお墓参りへ。これでお墓参り4か所すべてを回った。
新幹線で新横浜で降りて、妻の実家へ。妻のお姉さんも来ていて、これで身近な親族全員と会えました。普段とは違う年末年始になり、これもまたいい機会になったなと。
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2025年の911
ロシアウクライナ戦争は続き、トランプ関税もあるが、アメリカも日本も株価は好調。つい先日、石破総理が辞任を表明した、そんなタイミング。日本のインフレもいつの間にか普通になり、そう言った社会の動きに不思議さと面白さを感じる。
初めて高校同窓会に参加したり、中学時代の友達に久しぶりに会う、目が霞むとか夜中に起きて熟睡できてないとか年齢を感じることも増えた。歳を感じることは自分だけでなく、自分の周りの人でも。
一方で、子供はどんどん成長し、できることが増えていく。世代が変わるとはこういうことだなと。
子供たちの成長はたのしみつむ、自分の老化には抗いながら、楽しく生きていくためにどうしようかなと考える。
311 14年
朝ご飯の時に、子どもに東日本大震災について話した。
夜には学校や保育園などでも話題に出たとなり、津波が起こる仕組みを聞いたと、iPadに図を描いて説明してくれた。
いろいろ理解できるようになったので、自分がボランティアに行った時の話を写真を見せながら伝えた。
2025年 東京
2024年 東京
2023年 東京 子どもの卒園
2022年 東京 ロシアがウクライナを攻撃して戦争が始まった、ロシアに対する経済制裁で世界に大きな影響
2021年 東京 コロナはまだ続き今も緊急事態宣言の真っ只中
2020年 東京 世界はコロナウイルスで今もまた歴史の中にいる
2019年 東京 同い年の友達の東大准教授就任祝い
2018年 東京
2017年 東京&夜から白馬へスキー
2016年 東京
2015年 東京 数日後からキューバへ行った
2014年 麻布十番で飲んでたっぽい
2013年 伊豆トレイルジャーニーの翌日
2012年 東京
2011年 東京
武田の杜トレイルランニングレース
2024年締めのレースといいつつ、レースは相当久しぶりだ。仙元山100はレースではないらしいので。
100マイルの練習をしていたので、この3ヶ月は比較的走れた。その効果もあり走れるコースとは聞いていたが30キロで3時間19分という、本当に走れるコース。累積標高が1400mぐらいあるとは思えないタイム。
スタートは1キロ4分とかで走る人の波にのまれて、これはつぶれると思って、スピードを抑えた。
あとは、紅葉がめちゃくちゃきれいだった。
水分は600のペットボトルとウィダーインゼリー。あとはようかん3つと炎熱サプリ。
エイドで少し食べた程度。
ウェアは半そでにアームカバーでちょうどよかった。手袋は最後までつけっぱなし。
ゼッケンベルトに車のカギだけ入れて走った。ザックはなしで、ウエストベルト。
朝4時に家を出て、6時ぐらいに相川小学校の駐車場がぎりぎり止められた。相川小学校が一番便利なので、ここを取れてラッキー。ただ、開始までやることなく、車の中で仮眠。
タクジさんと2分差だった。岡野さん、赤嶋さんなど、久しぶりな友達にも会えた。
東京で予定あり、しんやさんのゴールを見れず帰宅。
弘樹さんにも久しぶりに会えたし、手軽に行けるレースでよいな。
仙元山100マイル
前日の夜に葉山館に宿泊、スタートの森戸海岸からは徒歩数分で便利な場所だった。当日3時に目がさめて、そのまま準備をした。足の指やマタ、おしりなどにワセリンをしっかり塗り、ニューハレを足首と膝に貼った。膝のバンドも忘れずにつけた。外に出ると思ったよりも暖かく、半袖にフーディニで十分なぐらいだったし、天気予報を見ても雨はほぼ大丈夫なので、これは好条件だなと嬉しくなった。
体調は数日前に喉が痛かったが、生姜はちみつ紅茶を飲んだりした効果なのか偶然なのか改善していた。筋肉や身体の状態という意味では、10月は290kmその前は220km、その前は130km、その前は80kmほど。徐々に無理なく距離を伸ばした。長めの距離も何度か走っていたので、そういった意味での不安はあまりなかったが、最長50kmだし、15時間以上走ったのは10年前なので後半どうなるかなという未知であることへの不安はすこしあった。
とはいえ、10年前と違って今の練習は合理的になっている。アプリで練習量や疲労などを管理して、疲労が抜けた数値で本番を迎えることができると数値で示されていた。ハード過ぎとのトレーニング理論基づくTSB(フォーム)の指数がなったら、走らず練習はひかえたためか膝の痛みなどもないのも安心材料だった。
あとは、走ってるときは追い込まない無理のないゆっくりしたペース。足のマメができないようにワセリンを塗ることで、いけるという感覚のもと森戸海岸へ歩いていった。朝の4時30分だけどすでに多くの人が集まっていて、まずは受付をしてゼッケンをもらう。セルフチャレンジなのに、普通の大会よりも充実した運営なのがすごい。友達もたくさんいて、話しながら荷物をデポして、ストレッチをしてスタートを待つ。たけさんとタクジさんの説明&挨拶を終えて朝5時にスタート。
暗いのでヘッドライトを付けて。知らなかったがいつの間にかブラックダイヤモンドのヘッドライトが暗くなる(電池が持つように弱くなるらしい)。そこで一度OFFにして再度つけたり、右の側面を触って明るさ調整するのがめんどくさかった。友達と話しながらロードを行く、ゆっくりと思いつつ、周りのペースも早いし、自分も元気なのでついついスピードが出てしまう。
ルートは時計に入っているので1人でもわかるが、見るのめんどくさいので人がいるうちは誰かについていけばいいと思って、適当についていった。明るくなりヘッドライトを消すころには熱くて汗が流れる。太陽は出ていないが熱くて帽子も取った。思ったよりもお腹が減ってたくさん食べたので食料が少なめになったのもあり、ファミマに寄る(その後毎回寄ったので5回もファミマに行ったが、これが楽しみのひとつだった)。この最初のファミマまで3時間ぐらいはコンビニはないが、ここ以降はコンビニがあるので食料は少なめでもOKなのが気楽だった。水分はスタートからファミマまで500mlだと足りないぐらい1Lあれば余裕という感じだった。
1周を終えて2周目に。4時間50分とちょっと早めに終えたので2周目は抑えようと意識した。この頃から走るペースが同じ人がだいたい固定化されていって、特にタクジさんとは2-4周目まで結果的に一緒に走った。ちえさんがすぐ後ろにいて、のりおさんは何度か前後した。3周目は暗くなるので、防寒着とお腹につけるライトも持った。想定よりたくさん食べるのでエイドで多く食べ、たくさん食料をザックにいれることを心がけた。逆走なので、みんなとすれ違うことができるのが面白かった。同じ道だけど逆周りだと、違う風景に感じるのが面白い。3周走るとだいたい道を覚えることができた。
3周目は夜になるが思ったよりも暖かく、半袖短パン、たまにアームカバーをつけて温度調整と言った感じ。やはり100キロ超えてからが辛かった。そして3周目だけ逆走になるが、これがつらい。逆走の方が登りがつらく、下も走れるパートが少ない印象だった。胃が調子悪く胃薬を何度か飲んだ。胃に関してはカフェインいつも取らないのに、とりすぎて胃の負担があったのではないかと予想した。眠気防止にカフェインジェルを何本も飲んでいて、普段はコーヒーを3杯飲んだら手が震えるので、それじゃないかと。3周目が終わり、足の指がスレそうだったので、ワセリンを塗り直した。足の豆も小さいのがひとつのみだった。関節とかの痛みはさほどなしで、そこは良かった。
4週目はまた通常の向きに走るのでまた選手とすれ違う。ここからストックを使った。気分転換になり、登りもつらく感じなかった。ただ、胃の調子が悪くなり食べる量が減っていくのと甘いものに飽き始めた。シャリバテ感が少し出てきていた。筋肉疲労があるので、アミノバイタルの粉を定期的に取るようには意識した。スピードは落ちているが、大きな問題は特になかった。
バテ始めていたのと足のメンテをするためにゆっくりとエイドで準備をしたので、5周目に入るときにタクジさんがペーサーの松田さんと先に出ていった。追いつくつもりはなかったが二子山で追いついたのでその後しばらく一緒に走ったが、胃の不調に寄るシャリバテで力が出なくなり残り20kmぐらいで、1人になった。その後もゆっくりながら進み、調子が良いときは走った。2日目は天気が良く青空だし、元気も出てきて走るかなと思い、走り最後のロードに出た、暑いなと思いながら最後だからと小走りで頑張った。すると向かいからしんやさんが逆走で応援に来てくれた。話すことで気分が変わり元気になりスピードアップ。30時間30分切れそうと思い、そこを目指して一緒に走ってくれた。最後の山を降り神社に5回目の拝礼と100マイル完走のお礼。もうゴールは数百メートル。無事にゴール。エイドの皆さんや先にゴールしていた仲間に迎えられた。
30時間26分ぐらいの旅となった。
10年ぶりの100マイル無事に完走できたことは何よりも良かった。身体能力は落ちている中で、トレーニング時間の確保も家族がいると以前のようにはいかない、そんな中でも100マイルの難易度を想定して、自分の身体能力と相談してトレーニングをして完走できるレベルまでもっていけた。あとは、モチベーションも以前のように高くない中で、いかにトレーニングをしていくかもポイントにはなった。大変は大変であるが、初めて100マイルを走った時と比べるとさほどダメージはなかったことに驚いた。
結論以下がうまくいった理由と予想
日々のトレーニングで膝など痛みが出ないように、練習前は足や体のストレッチを徹底
徐々に距離を伸ばすトレーニングで、休息もおりまぜた
100マイル中もストレッチを心がけた
足の指、股などワセリン、水ぶくれもほぼなし、途中で塗り直し
アミノバイタルを定期摂取
最初からゆっくりペースで途中も、追い込まない
完走後の筋肉痛もあまりなく、眠たさもひどくない、疲れ切った初100マイルとは違う疲労のなさ。追い込んでないといえばそうだが、どちらかと言うとガムシャラに訳もわからずやった時ともう少し頭を使ってやった後の違いにも感じる。でも、なんで頭を使えたかと言えば、こんなことがある気がする。
ノウハウは蓄積される。日本でほぼ初めての100マイルUTMF の時は100マイル走ったことある人が周りにゼロ。日本の中にも少なかったから、情報がない。もちろんGPSウォッチの発達も大きいが。
マイル完走者がたくさん溢れてからは、最初ペースを抑えるとか、ワセリンを塗って足の指の豆を作らないとか、ジェルをいつ飲むと良いとか、こんなザックが便利とか、練習はこんなことをどれぐらいすると良いとかとかノウハウが世の中に蓄積されて、インターネット上に蓄積された。
トレランの地域コミュニティも本当に多くて、その仲間同士での情報共有も大きい。それを支えるGPSウォッチやウェアや装備の進化。
初めて走った100マイルの辛さと比べると走り終えてからの身体のダメージがなさすぎて、なぜか考えてたら、ふと思ったこと。最初に知らずにやるって大変だなぁ、でもそれをやる人が増えてノウハウは社会にネットやコミュニティに蓄積されるんだなぁとか、思って興味深かった。
あとは仙元山トレイルクラブとそこに集う人々のすごさ。地域コミュニティってすごい。そのコミュニティを適切にマネジメントして運営するすごさ。楽しみの集団でありつつ、仕事っぽい運営思想やノウハウを少し織り交ぜた感じがあたたかみもあり、ある程度の効率的な運営が併存するすばらしさ。
開催に関わってくれたみなさんありがとうございました。誘ってくれたタクジさんありがとうございました。参加できて楽しかったです。次回があればまた出たいなと思うほどです。
ゼッケン100 11/16 AM5:00 9:51 15:11 21:25 11/17 AM4:40 ゴール11:26 合計時間30:26:00
10年ぶりに100マイルを走った。30時間半ほど。まぁ長いしつらいけど、初めて走ったあの限界で未知なるものとの戦いという感じはない。大人になり、うまくやることを覚えたからなのか。それはそれで良いのだが、物足りなさもある。