「音楽」カテゴリーアーカイブ

笑うこと

何でも楽しむ。
良く笑う。

疲れたなーとか、気分が落ち込んだ時は、帰りの夜道をスキップして鼻歌を歌いながら帰る。
自分があほらしくて、笑えてくる。
まあ、いっかと思えて、気分が楽になる。

人間はそういう生き物だと思っているから、自分で疲れたなーと思うと、何か笑えることをする。
夜道をスキップして帰ったり、美味しいものを食べたり、好きな場所に旅したり、気の置けない仲間と話したり、音楽を聴いたり、本を読んだり、写真を見たり。

ミウラドロフィンズでSPO2というヘモグロビンがどれだけの割合で酸素を運んでいるかを測った。
笑ったら、数値が回復した。
驚いたけど、ああ、そうなんだと思った。

楽しくなかったら、突然変なことしてでも笑えばいい。
あまりにもバカらしくて、笑えてくる。

体は正直だ。
笑うとリラックスする。
笑うと体が喜ぶ。

個人でもそうだけど、人間関係も結局同じ。
緊張感のある関係や悪くなった関係も、勇気を出して、笑えるようなことをしてみる。
一気に関係性が変わる。
そして、楽しくなる。

なんか、怪しい人みたいだけど、結局生き物は単純で、笑えばいいのさ。
どんな時も、笑えばいいのさ。
そう思う。

送信者 パプアニューギニア2011

目の前の快楽とすぐに見えない快楽

スマホと読書

エレベーターと階段

スポーツ観戦とロングトレイル

マヨネーズと薄味料理

牛肉と山菜

ついつい目の前の快楽に流される。
遠くにある快楽は、遠ざけてしまう。
いいわけをして、安楽な選択肢を選んでしまう。
自分のせいではなく、他人のせいにして逃げてしまう。

だれしもこんなことがあるのは事実だと思う。
そして、生き物はより楽をして、より大きな果実を得たいものだと思う。

目の前の快楽だけでは、深みのある喜びは味わえない。
一方で、すぐには手の届かない喜びだけを追い求めては、日々の楽しみが減り、なかなかツライ。
その両方を味わえてこそ、素敵な時間を過ごせるんだと思う。
どちらの快楽もあってこそだと思う。

ついつい目の前の快楽に走りがちだ。
目の前の快楽はほかっておいてもやるんだから、あえてすぐに見えない快楽をチョイスし続けて、深い喜びの世界に踏み入れるのがいい。

送信者 鎌倉070212

そうか、ファンを作ればいいのだ

先日のこと、カフェで黙々と作業をしていたら、隣の席にいい年なんだけど派手な服装をした女性が座って話していた。どうやら、ジャニーズかアイドルか分かんないけど、そんな人達のファンのようで、話をしていた。

アイドルの追っかけのようで、ライブとかの後に出待ちをしたりしているようだった。で、他の1部ファンにたいしてだけ、握手をしただの写真を撮ってあげた何だのと、そのアイドルの行動が不公平だったと話していた。

ファン全員にはできないし、アイドルのやった行為もわかるけど、でも私達からしたら寂しいよね、みたいな会話。

ふと、思う。人はファンになれば不満があっても、大好きなアイドルを心の底から悪くは思わない。
歌手のライブとかが盛り上がる理由は、来ている人の全員がステージのアイドルに対して肯定的なのだ。だから盛り上がる。敵がいないんだから。

これって、ビジネスでも一緒だなと。当たり前だけど、スティーブジョブズとか孫正義さんみたいな強烈な性格の経営者の下で働く社員は、社長のファンが多いのだ。だから、無理難題を言われて、かなり過酷な環境でも頑張って仕事をする。環境が悪くても、文句は言いつつ、最終的にはファンだから不満や問題は大きくならない。不満も受け入れる方向になるのだろう。

強烈な創業者や経営者がいなければ、会社という組織の理念や風土に対するファンを作る。そうすると、経営者のファンを作るという一時的なものではなく、永続的に続く仕組みになる。

こう書くと当たり前だけれど、改めて思うとしっくりくる。

自分もそんなふうにビジョンを示したり、そうやってファンを増やしていけるような働きかたができたらいいな。まあ、ファンを作ろうと思ってやるよりも、本当に自分自身が楽しんで、目指す世界を思い描いて、働いているのが重要なんだろうけど。

送信者 記録

山を走る魅力

情熱大陸でトレイルランナーの山本健一さん通称ヤマケンさんが取り上げられた。
トレランの世界では知らない人がいないほどの有名なトップ選手。
イケメンだし、笑顔が最高だし、人の良さも溢れる方。

テレビがないので、スマホのワンセグで見ると言う寂しさはありつつ、それでもワクワクするいい番組だった。
俺が山を走る中で感じていることや考えていることをヤマケンさんも話しているのを見て、山を長い距離走るとやっぱり同じような感情をいだくんだと強く共感した。

そして、こんな人がトレランをしているから、トレランがますます好きになる。
とっても人間として魅力的な方だなーと。

アンドラウルトラトレイルのゴール後のヤマケンさんの表情が仏様みたいに柔らかかった。
汚れが一切抜けて、この世界の全てを受け入れるという表現が合うような表情だった。

送信者 神流マウンテンラン&ウォーク2012

昨年の神流マウンテンランでヤマケンさんとご一緒したときの写真。

【ヤマケンさんの言葉】

「肉体の限界が試される時、体を突き抜けていく恍惚感を 言葉にはできない。」その味を知ってしまった。

順位も気にかけず どこか、この苦行を楽しんでさえいた。

獣のように夜を走る時、五感が極度に冴え渡る。

家族の写真は自分を奮い立たせる必需品だ。

今の体じゃダメです。これじゃ心もダメです。

よく噛むことと良く寝ること。

家族にはいつも心配をかけている。

もっとも幼い子ども達は父親がどれほど途方もないことをしているのか、まだ理解できないかもしれないが、子どもにボロボロって姿を見てもらうのはいいなって、だから子どもが中学校ぐらいになるまでは、やりたいなって思う。もう、ボロボロって言われたいなって。だから、まだまだ走りたい。走り続けなければならない。

今からコース一周駆けて、人生を一回やってくる感じ。だから、楽しみですよ。人生ですよね、これ。凝縮された一生みたいな感じですか、今から始まるのは。だから、苦しいことも楽しいことも一杯あると思うんだけど、やりきれば、スゴイ達成感がある、たのしみですよね。やりきりたいなって言う、そういう気持です。

つき合っていくしかないからね、この膝と。仲良く行くしかないね。

肉体はじりじりと責め立てられていた。だが山本は知っている。痛みも苦しみも、全て消えていく瞬間がいつかおとずれることを。

例のごとく山本は順位に頓着していない。これは己との戦いなのだ。

走り続けて24時間。ついに未知の領域に踏み込んでいく。

肉体が溶け出し、樹木や大地と同化していく感じ。ただ、前へ進もうとする意識だけがある。

野生の自分に会いたいのだと山本は言う。極限状態で生きろと本能に背中を押される瞬間。そのために走っているのかもしれないと。

僕そのままです。僕の生活でもあるし、僕の人生でもあるし、走るがなければ僕じゃない。

浮かんで揺れるやすらぎ

自分が無意識のうちにとった行動を後から意味付けしたくなる性格だ。

自分だけじゃなくて人一般の行動も。

プールのあとに風呂に入っていた。東京体育館の風呂は大きく、足を伸ばすとちょうど足が浴槽の縁に乗っかるぐらい。頭を倒し、足を投げ出して浴槽のふちに乗せる。すると、体はお湯のなかに浮きゆらゆら揺れる。

ふと、思った。いつもこうして風呂に入っているのはなぜか。お尻をお風呂の底につけて座って入ってもいいのに、何故かいつも浮かびゆらゆら揺れて風呂に入っていた。

こっちの方が心地よいのだろう。ためしに、座って入ったが、やはり解放されたやすらぎはない。固定されてしがらみにとらわれている気持ち。

そうか、ハンモックも、ダイビングも同じか。

お母さんのお腹のなかと同じと言ってしまうと簡単な結論に逃げている気がするが、浮かびゆらゆら揺れる心地よさは確かだ。大切にしたい感覚。動的平行じゃないけど、1/fゆらぎじゃないけど、なんだろうか、止まっていない適度なゆらぎは心地よいのだろう。電車の揺れが眠りやすいとかいうし、もう少し調べてみると面白そうだな。

送信者 八重山2008