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銛突きは粟島へ

狩猟キャンプ第3回目。毎年恒例になり、去年から銛突きかつファミリーキャンプ化してきたこの夏の島旅。今年は三宅島から新潟県の粟島に行き先を変えたのだった。三宅島のフェリーが山の日が制定されたせいで取れなかったので、かねてから行ってみたかった粟島に。でも、遠かった。

8/11山の日の朝3時にタクジさんが来るまで迎えに来てくれて向かう予定が、ハルくんがまさかの風邪。ということで、始発に乗って新幹線で新潟に向かうことにした。お盆シーズンということで、始発の新潟行きの新幹線は満席かつ長蛇の列だったが、ちょっとした工夫で自由席を2席ゲットした。今回は剛さんも一緒に行くことになったのだ。いつもはスキーで越後湯沢まで行くことがあるが、新潟はそこからまだまだ先。思ったよりも遠いのだ。

さらに、新潟駅から特急に乗り換えて村上駅へ。ここも満席で1時間程度立ちっぱなしだった。さらに、村上駅から岩船港へとタクシーで向かう。と、あっ、忘れた。銛を新幹線の棚に忘れてしまった。やってしまった。銛突きに来たのに銛がない。。。おい、ガーン。急いで忘れ物センターに問い合わせたら、新潟駅の忘れ物センターにあるそうだ。。、今更取りにいけないので、諦めて岩船港へと向かったが、ショックは引きづった。結局、剛さんが一足先に新幹線で帰るので、ピックアップしてもらうことになった。

岩船港に到着すると、想像以上の人がいた。こんなに人気の島だとは。そして、ファミリーが多い。もっと寂れているのかと思ったら、日本海側には小さな島があんまりないので人気なようだった。このフェリーは車を載せれないので、みんなキャンプ道具を担いだり、コロで引っ張ったりという風景が見られるのだ。船が出ると、青い空と青い海。気持ちがいい。寝ていたり海を眺めていたらすぐに粟島に付いた。沢山の人が降りて、キャンプ道具などを下ろす。そして、衣装ケースほどのサイズの箱を3つとか4つゴロゴロ転がしながら、キャンプ場を目指す人が多数。いったい、ここは!?びっくりした。

1時間前の高速船で、シンヤさんファミリー、Qちゃんファミリーが来て場所をとってくれていたので、一番奥のエリアへと。テーブルがあり、水道が横にあるいい場所。もちろん目の前に海があって、すぐとなりにトイレとシャワー。完璧だ。お昼だったので、みんなが食事を作っていたのでそれをちょっともらうことに。テントを張って、とりあえずキャンプの準備をして、休憩。それから、とりあえず海に潜って魚影を確認。あんまり無いけれど、サザエとかはたくさんあった。

海を上がって、スーパーへ。ここでいろいろな食材を買い込み、帰りに酒屋でビールと氷を。剛さんが大きなクーラーバッグを持ってきてくれたので、ビールや冷蔵保存したいものが買えて便利だった。魚はカレイや小さなメゴチしか取れなかったが、それ以外の採れたものを網焼きにするなどして、夕食にした。

パスタも作れば、味噌汁も、刺し身も、浜焼もなんでもありの男の料理をヘッドライトをつけながら食べる。海でこんな風に食べるのはうまい。みんなカセットコンロ持参だったので、火にこまることもなく、快適な料理ライフが送れた。食事をして子どもたちが寝静まったら、ビールを持って港へ。ペルセウス座流星群のピークということで、おっさん4人で星を見に。寝転んで空を見ていると、星が流れる。あっ、流れた。おお。たまに流星痕が残るような大きな流れ星も。このまま寝てしまいたくなるような心地良い時間だったが、テントへと戻ってねることに。

翌朝は、日の出の明るさで目が覚めた。そして、夜は思ったよりも寒かった。三宅島とはだいぶ違う。長袖を着て寝袋で寝たほどだった。起きて、シンヤさんと釜谷まで走ろうということになり、2人で島の南を半周ぐるっと。意外と上り下りがありハードだった。釜谷にもキャンプ場があるのと漁場として最高という噂だったので来てみたのだが、この道程を荷物を持ってくるのは至難の業だと思った、子供がいたらなおさら。暑すぎるなかをなんとか走って、戻ることに。

するとタクジさんが向かっているという。ハルくんの熱は解熱剤で一時的に下がったタイミングで出てきたようだった。カッセさんも同じ高速船で到着するので迎えに。これでまた子供が増えた。みんながテントを張ってそれぞれゆっくり。そして、昼ごはんを食べる。魚をとりあえず突いて、足りないものは商店で炭水化物を購入。御飯のあとは、4人ほどでバスで釜谷集落へ。ここで魚を探すが、意外といない。サザエは無数にあるが、魚があまりいない。魚影が濃いという場所でも、場所がわからないとなかなか見つからないものだ。また、バスで戻り、再び海へ入り魚を調達。

タクジさんが参戦したので、沖まで行くと漁礁がありそこに魚がわんさかと。ここで銛突き開始。さすがは銛突き名人。いろいろな種類の魚をゲット。名前も知らなかったが、うまいと食べてから調べたら超高級魚だったりもした。今夜は全てのメンバーが集って総勢15人ぐらい。男たちばかりで、カレー、やきそば、焼き魚、つぼ焼きなどなど、こんなに食べれるかとおもったがペロッと食べ終わった。夜はテントの前の浜で寝転がりながら、夜空を見上げてみんなでお酒を楽しんだ。

そして、眠くなりいつのまにか寝ていた。翌朝も晴れ。眩しい一日の始まり。朝から銛付きに、するとタクジさんが超大きな石鯛を突いて、シンヤさんが海から上がってくるときに暴れる魚を抱えながら来た。え、サメ?と思ったら巨大なマゴチ。これは、すごい、そして面白い光景だった。沢山の魚を刺し身、煮付け、味噌汁などなどに調理してさっそくいただいた。やはりタイの刺し身はうまい!三宅島よりも魚種が多いので、この点は幸せだ。

剛さんはここで帰るので見送って、島の北側を回るバスに乗って観光。なかなか眺めの良い場所もあって、島を楽しむ。そして、また戻り銛突き。この島はサザエや牡蠣なんかも多い。が、禁漁なので、魚を取って食べる。夜ご飯を終わらせると、島の盆踊りへ。本当にこじんまりとして、ほんわかした祭だった。

さて、最後の日が始まる。最後の漁に出掛けて、3,4匹だけとって朝食として、テントを片付ける。さて、今年の狩猟生活も終わり。昼のフェリーで岩船港に戻って、タクジさんに乗せてもらって東京へ。ハルくんをタクジさんの実家に預けるので、立ち寄って帰還。来年はどこの島でどんなメンバーで銛突きをするのかと考えると、また楽しみだ。


◆装備

登山テントで必要なモノ以外


ウェットスーツ
ミニマスシューズ(ウォーターシューズ)
長いスパッツ
長袖のコンプレッション(日焼け防止)
捨てる靴下(フィンで足がすれる)
手のひらがゴムの手袋
スイムキャップ
水着
シュノーケル
水中メガネ
フィン
ナイフ
包丁
ボール
ざる

まな板
うろこ取り
アームカバー
スキンズのカーフ
耳栓
クッカー一式
GoPro
水中OKなコンデジ
コンタクト
サングラス
日焼け止め
虫除け
キンカン
帽子
サンダル
テントは広くてメッシュがいい(涼しい)
出刃包丁
ウロコ取り
魚を入れて腰につけるメッシュの袋(洗濯ネット、細引き、留め具)
カセットボンベがつけれるコンロ
網焼きできるセット
コッヘル
割り箸
醤油
みそ
わさび

折り畳みイス
レジャーシート

調味料
ニンニク
菜箸
割り箸
虫除け
ムヒ
日焼け止め
帽子
長袖
テント
包丁かナイフ
うろことり
まな板
ザル
ボール
サングラス
つり道具
ウエットスーツ
折り畳み自転車
七輪とセットで網があるか確認
大きくて丈夫なビニール袋
島内移動用の小さなザック
サングラス確認
銛先を研ぐヤスリ
生姜、ネギ、香草、ニンニク、味噌、カレールー、油、片栗粉、

疲れの違い

ずーっと前に書いた文章。

最近、顕著に体力落ちたな、筋肉落ちたなと思う。運動量が減って2年ほど。2年運動しないとダメになるなー。
ということで、2週間前から少し運動を始めた。継続して週に1,2回は運動しようと思う。近くの砧公園には50mプールがあることだし。

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仕事で疲れるのに、休みの日に走ったり山に行って、なぜあえて疲れることをするのか?
よく、こんなことを言われる。

そんなことを始めて言われたときは、そういった考えってあるんだと驚いた。

もともと、仕事にしろ遊びにしろ疲れることは少ない。
疲れは肉体的なものと精神的なものがあると思うけれど、影響が大きいのは精神的な物だと思う。

肉体的なものは休めばだいたい解消される。
精神的なものは、そのストレスフルな時間が過ぎれば解消する場合と、その後もモヤモヤと残り続けてしまう場合がある。まあ、肉体と精神は互いに影響しあう関係だから、どっちか崩れると、もう片方もダメになることは仕組み上あるのだが。

で、先日事故渋滞で疲れた。車に乗っている、ただ助手席に座っていただけなのに。10時間とか、山を自分の足で走った後の疲れのほうが軽いのは不思議。疲れの種類が違う。これはたぶん精神的な疲れかな。

車(エンジンおよびスピード)の動力による人間の身体(能力)性を越えた恐怖、そこからくる精神的な死への負担。もちろん、自分が運転していないからコントロール出来ないという不安。まあ、その行為に慣れているかどうかによって疲れる度合いも違うんだろう。

そういえば、二十歳ぐらいまで疲れるという概念とか意味が自分で分からなかったな。年を重ねて疲れを知ってしまったな。

癒やしはマイナスをゼロにするだけで嫌い

僕が「癒し」を嫌う理由

高速なPDCAができない仕事

今の時代は情報が整理されている。だからこそ、ある行動をした結果がすぐに数値で見れるようになってきた。

それはインターネットのサイトであれば当たり前だけれど、台風とか希少予報などの自然現象もデータを取り、それぞれの場合はどんな結果になるかを数値で読み取り、次はこうなると予測して精度を上げる。飲食店などの店舗
経営も天気による来店の影響とか、来店した方のプロファイル情報や購入履歴も全てデータとして分析できる。だから、早いサイクルで仮説・実行・検証・改善(PDCA)を繰り返し、いろいろなものは改善されていく。

もちろん、この流れは全ての物事に反映されてきているけれど、例えば農業はまだまだだ。といのは、新しく花や野菜を育て始めたら長いと1年サイクルだ。これを試行錯誤して改善するにはそれなりの時間がかかる。デジタルデータとして存在しないので、仮説から改善のサイクルもなかなか難しい。そう、期間の長さとデータ化されていないものは、高速なPDCAができない仕事なのだ。こういった仕事は、最善のアウトプットを出すことが難しい。

その最たるものが、人間だと思う。生まれたばかりの人間が年を重ねて物事を経験し、学び大きくなっていく。なんといっても期間がとても長い。20年とかかかる。いや、その人が社会に出すアウトプットまで見ようとしたら生まれてから50年、60年は必要だ。もちろんこれだけ長いし、データ化もされていない。この期間の長さとデータ化されていない状況は他にはない。それだけでなくN数が少ないのだ。1人の親にとって、子育ては1回きりだ。2人子供がいても、結論がわからないタイミングで2人目を育てるのだから、1回なのだ。20歳で子供を産み、子供が50歳になる頃に、再度子育てをすれば2回経験することになるが。まあ、それだけの期間が経てば、社会環境が大きく変わっているので、結局またゼロからスタートな気がする。

高速なPDCAが可能な世界で生きてきて、そういった仕事やそういった思考でいる僕らの世代には、なかなか戸惑いを隠せない。昔であれば、全ての物事がデータ化されていなかったので、まあ一緒だよねと思えただろうけれど。今の時代の人が拠り所とするデータと高速なPDCAでの改善が通用しないというのだから。子育てというのは、難しさの極みだと思う。ある意味、職人的な仕事のような。

こうなると、過去の人々の一般化されたデータ(統計)とかに頼るか、経験者の世代の知恵を聞くとか、まあ、あとは信念しかないんだろう。こうだと親が信念を持ってやっていくしか無い。最後は、全ての個体は本来違うものなので、その子の持ち味が社会にもっとも活きるようにサポートするしかないのだろう。

自分ではないなにか

胎動を感じた。

その時に感じたことは、ああ、自分じゃない何かがいる。

もちろん、全ての人は、独立した存在であって、当たり前だ。別に大人が偉いわけでも、子供が偉いわけでもなく、どちらもいち人間である。けれど、そこにいる存在は目視することができないからこそ、なんだか自分のものだというような気持ちになりがちだ。自分の子供だから、自分の目下な存在というか、目下とは言わなくても対等ではなく、親が上で子供が下といった感覚が少なからずあったりする。でも、胎動を手で感じた時に、ああ、別の人間が別の意志で生きていると実感したのだ。

自分自身の肉体は自分自身の意志によって動くことが大半だが、母体の意志とは関係なく動いている。そうなのだ、あ、動いたと、その動きによって後から気づくということなのだから、動いた本人の意志ながあるということなのだ。

双子の人を見ていても、全然性格が違ったり、兄弟でも能力の方向性が大きく違ったりしているのを見るたびに、人間という生き物は生まれつきの個体が持ったその人らしさがあるんだなとつくづく思う。そして、その、その人らしさというものを尊重して、子供であろうと、大人であろうと、家族であろうと、友達であろうと、初めて会ったどこかの国の人であろうと、その人らしさを尊重して、向き合っていきたいなと思う。

SWITCH 1997年 1月号 星野道夫、FORGET ME NOT
クリエイティブライティングでもお世話になった新井さんが編集長として作られた雑誌。

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星野道夫さんが引用したカリール・ギブランの詩

「あなたの子供は、あなたの子供ではない/彼らは、人生そのものの息子であり、娘である。

彼らはあなたを通じてくるが、あなたからくるものではない。

彼らはあなたとともにいるが、あなたに屈しない。

あなたは彼らに愛情を与えてもいいが、あなたの考えを与えてはいけない。

何となれば、彼らは彼ら自身の考えをもっているからだ。

あなたは彼らのからだを家に入れてもいいが、彼らの心をあなたの家に入れてはいけない。

何故なら、彼らの心は、あなたが訪ねてみることはできない。

夢の中で訪ねてみることもできないあしたの家にすんでいるからだ/あなたは彼らのようになろうとしてもいいが、彼らはあなたのようにしようとしてはいけない。

何故なら人生はあともどりもしなければ、昨日とともにためらいもしないからだ」

社会を仕組み化して運営することと人間の多様性のアンマッチ

最近、誕生日というのが不思議でならない。母親の体内から出た日を誕生日としているが、それは適切で無い気がするのだ。というのも、早産で早く生まれた人も通常より遅く生まれた人も、母体から出た日が誕生日だ。これだと、成長のレベルは大きく異る。そもそも、10ヶ月と分母が小さいので、2ヶ月早く生まれたら20%小さいということになる。と、成長が遅いのだ。なのにも、誕生日はそれを基準にカウントされてしまう。スタートからハンデをおっている。100メートル走をひとりだけ20メートル後ろからスタートするようなもの。これは、ウサインボルト並の能力があろうとも、勝つことはできない。

まあ、誕生日単体で考えるならば、それでも問題ない。誕生日自体は個人の問題だから、他の事柄と関係しないから。だが、学校という制度があると不都合が生じる。学校制度が1年という単位で区切っているが、4月生まれと3月生まれでは1年違って、入学するタイミングでは、5歳とかだから、1年違うと20%。こんなに成長が違うのに、同じアウトプットを求められる。100メートル走を20メートル後ろから走り始めることが、実際に起こっている。オリンピックでスタートが20メートル後ろからスタートすると違和感があるが、学校という制度がずっとむかしから存在して、当たり前になっているとこの不思議さに誰も気づかない。人間の感覚や認識なんて不思議なものだ。

まあ、社会には多くの人がいて、なんとかしてひとまとまりにして国家というか社会を運営する必要があるので、個人ごとの個別対応ではなく、多くの人をひとかたまりにまとめて、対応していかないと国家は回らない。運営側からすればアタリマエのことだし、自分が運営側だったらそうした仕組みを作ると思う。制度を作って、一括して対応しないといけないのだが、それと個人の置かれた状況から考えると、制度の歪は明らかだ。制度と個人事の状況の違いは顕著なのだから。

今後の社会は、ネット含めてテクノロジーが発展したので、より個別最適化が昔よりしやすくなっているはずである。だからこそ、個人にあったサービスが提供され、よりその人のエネルギーが発揮される社会になればいいと思う。一方で、人間というものは感情の生き物で、不条理な条件を突きつけられているからこそ、こんちくしょうというエネルギーで頑張ることも考えられる。トータルでどちらがいいかは分からないが、普段当たり前だと思っていることでも、違う視点から見てみると不思議なことで溢れている社会は面白いし、変えがいがあるなとつくづく思うのだ。