【地球の裏のその先へ7】突然の終わり。救急ヘリそして入院

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【地球の裏のその先へ6】休息日に休息できない人の過ごし方

送信者 Aconcagua&Patagonia

朝になっても咳は止まない。みんなが置き始めると、「テラ、大丈夫?」と声をかけてくれた。大丈夫じゃなかったので「かなり、きてますね。」と答えた。そして、メディカルオフィスが開いたら、診てもらって、咳止めをもらいに行こうという話になった。

夜中は、咳も出てつらくて、トイレに行く気分にもなれなかった。夜があけて明るくなったので、トイレに行くことにした。しかし、まともに歩けない。ふらふらする。もちろん咳もでる。10歩ぐらい歩いて、地面にうずくまる。それを繰り返した。トイレに入って、大きいほうだったので、座る。これが一苦労で、頭が真っ白になる感じ。そして、汗がだらだらでる。なんとか用を足して、外に出るが、歩けない。もうダメだ。これは。

這いずり回るように動いて行く。休み休み。トイレだけなのに30分以上かかってしまい、心配で友達が探しにきてくれた。テントに戻っても、状況は変わらず。タクジさんと一緒にドクターのところに行った。もちろん、とてもゆっくり歩きながら。

ドクターは、俺を見るなり、血相を変えておこった。どうして、こんな状態になるまで放置したのかと。聴診器を当てたり、体温を測ったり、SPO2をはかったり。SPO2は32、体温もかなり下がっていた。すぐに、酸素マスクをつけられ、薬を吸引させられた。もう一人のドクターも入ってきて、救急ヘリですぐに降りないと危険だと。そして、レンジャーが無線でヘリの要請を始めた。たいへんなことになった。

昨日、少し山に登ったことを話すと、本気で怒られた。なんで昨日の診察のときに言わなかったのかと。すぐにヘリで降りるから、パスポートと財布だけ取ってくるように言われた。そして、テントまで戻ろうとしたが、歩けない。道に横たわる。すると、ズボンをめくられて、駐車をうたれた。

タクジさんがテントに戻り、仲間にも伝えてくれて荷物の準備をしてくれた。俺は両肩を抱えられて、メディカルオフィスに戻され、酸素マスクをつけて座らされた。そして、ヘリがくるのを待ちながら、SPO2を計ったりして待機した。酸素を吸うとすこし楽になったが、気力は戻らなかった。

仲間が荷物を持ってきてくれた。ほかの登山者も何事かと、外でにぎやかになっていた。しばらく待っていたが、この時間がとても長く感じた。ここでアコンカグアが終わってしまうと分かっていたので、ヘリなんてこなければいいのにと思ったりもしたが、なにか抵抗しようという気持ちまでにはならなかった。

バタバタバタと音がしたと思うと、レンジャーに抱えられて外に出た。そして、仲間に「すいません」とだけ言い残して、そのままヘリポートの近くまで連れて行かれた。ヘリは旋回して、目の前に降りたった。すぐに人が降りてきて、荷物が出され、俺が抱えられてヘリにのせられた。すぐに、ヘリは飛び立った。

送信者 Aconcagua&Patagonia

2日間かけて歩いてきた渓谷を飛んで行く。青い空と赤茶けた大地の間をヘリは飛んで行く。気持ちがいい景色だが、カメラを取り出す訳にもいかず、おとなしくしていた。ヘリの窓からは大きなアコンカグアが見えた。これが登りたかった山かと思いながら、しみじみとしてしまった。

送信者 Aconcagua&Patagonia

すぐにヘリは登山口に着陸して、そのまま救急車に乗せられた。寝台に寝転び、酸素マスクをつけられる。救急車の中はとても簡素なつくりだった。すぐに走り出し、後方のガラスからアコンカグアが遠ざかって行くのが見えた。これが最後のアコンカグアだった。

30分ぐらいで田舎の病院に到着した。車代として50ドル支払った。ベースキャンプのドクターにスペイン語で病状を書いてもらった紙があったので、それを見せて診察。注射を打たれ、点滴をつけながら、車いすで運ばれる。そして、レントゲンをとる。英語がしゃべれる人がいなく、とても心配だった。すると、看護婦の弟が山岳ガイドで、呼んでくれて通訳をしてくれた。点滴を受けながら、しばらく安静にしていたが、SPO2が65ぐらいのままで、再度メンドーサの大きい病因に移るように言われた。病因代としてアメリカドルで155ドルぐらい払った。

再び、車いすにのせられ、救急車に。ここから、しばらく長い道のり。1時間以上の救急車。相乗りで、もう一人の病人もいた。そして、救急車の車内ではノリノリな音楽が流れていた。さすが南米。どこに連れて行かれてるかは分からないが、とりあえず病院に着いた。おそらくメンドーサのどこかの病院だろう。相乗りの一人が降ろされる、しかし俺は放置。しばし待つ。

運転手に聞くと、この病院は無理だからといって、また救急車は動き出した。10分ぐらいで別の病院に到着。裏口から入ると、スラムの病院かなと。。。裸の子供たちがたくさんたむろしていた。大気の部屋には酸素マスクをつけた女性が。薬中かと思えるような雰囲気。。。ヤバいところにきてしまった。ただ、手術をする訳ではないし、まあ仕方ない。言葉もはなせないし、自分で別の病院へ移ることもできない。ただ、注射針だけは新品かどうかしっかり確認しようと思った。

送信者 Aconcagua&Patagonia

レントゲンを撮り、診察を受ける。SPO2とか、体温とかいろいろチェックされて、入院です。と。再び車いすで別の病棟へ。ここの病院には英語がそこそこしゃべれる人がいたので助かった。きれいとは言いがたい6人の病室だった。骨折っぽい人も入れ歯、心臓の病気っぽい人もいろいろと混ざっている。なんだか不思議病室。

面会に来ている人なんかもちょくちょくいた。僕は疲れきっていたし、まだ元気じゃないので、そのままベッドに横になると眠っていた。夕食の時間になり、食事が運ばれてくる。アルゼンチンの病院食は、病人が食べるっぽくない食事。。。薄味だが、鳥の足を丸焼きにしたものとか、リンゴも丸ごと1個を煮付けたつなど。

水もないので買いにいきたいと行ったら、病院にないから無理だと。じゃあ、水をくれといったらないと。。。隣の人が、哀れんでペットボトルを恵んでくれたw全部食べることもできず、少しだけ口をつけて、またすぐに眠りについた。点滴と酸素吸入をされ、たまに駐車を打たれる。そんな時間。トイレへも行けないので、尿瓶にする。それを繰り返し、眠り続けた。

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