日別アーカイブ: 2012/10/1 月曜日

【Amazing Summer 2012】モンブラン登山~モンブランの頂を目指して極限状態の1日~

前回の旅日記【Amazing Summer 2012】モンブラン登山~モンブランににしがみつく~

夜中に目を覚ます日が変わった00時30分ぐらいだった。小屋の中にいるにも関わらず、ものすごい雨の音、そして風が小屋に打ち当たるたる音が凄まじい。これじゃ到底アタックは無理だと思った。隣で寝ているガイドのLouisも起きて、外の状況を見てきたようだった。そして、今外に出るのは危険だ。雨、雪、風がすごく強く嵐だと。俺もその厳しい状況を理解していたので、分かったと答えた。そして、再度仮眠をして3時にもう一度確認しようと話した。おれも念のため外を確認したが、雨と言うよりもみぞれとアラレがひどかった。

ベッドに戻り、再び寝た。目覚ましで3時に目を覚ますと、1時と状況は変わっていないようだった。確認のために外に出てみたが、やはりアタックは困難な状況だ。しかたない。Louis と話して、再度5時に起きることを決めて寝た。しかし、この瞬間にほぼモンブランの登頂はなくなった。時間的に厳しいのだ。スリーサミッツのルートは一番簡単で距離も短いグーテ小屋のルートと比べると長く難易度が上がる。そのため、遅くとも夜中の3時に出発しなければ登頂して下山することが出来ない。3時の出発を諦める、すなわち登頂を諦めると言うことだった。致し方ないとは分かりつつも、もの悲しい気持ちが、胸を包んだ。そして、すぐに眠ることは出来なかった。モンブランの頂きに立つことが出来ないという目の前の事実。それを忘れ、今、与えられた環境、状況で出来る限りのことをしようと言い聞かせた。そして、すぐに体を休めるために寝るように、何も考えないようにした。

再び起きる。5時前だ。雨と雪、みぞれなどは止んでいた。ただ、相変わらず風は非常に強い状態だった。小屋の中にいても、風が強く揺れるほど。ガイドのLouis と話して、行ける所まで行こうと話した。ただ、状況が状況だけに、途中で引き返す可能性が高いと。目指すはモンブランスリーサミッツのひとつである、モンブランタキュールになった。この山も4248mの高峰だ。朝飯を5時前からとった。しばらく厳しい状況が続くので、食べられるだけ食べて、水分もたくさん取るように心がけた。そして、トイレにも行った。Louisと僕は登ると言う判断を下したが、7割近くのパーティはそのまま下山して行った。今後、天候が悪化すると予想されていたため、すぐに下山してロープウェイで下ると判断したようだった。

From モンブラン登山とUTMB2012

まだ、外は真っ暗だ。ザックを担ぎ、ハーネスを付ける、靴を履き、アイゼンを付ける。ヘッドライトを付けて出発。暗いとクレバスなどが危険だ。足下の1歩を気をつける。しかし、時間が経てば天候はどんどん悪化して行く。だから、ゆっくりしている暇は全くない。急ぎつつ、安全を確保しなければならない。あいにく、5時前後に出発した中では一番先頭だったので、気楽に進むことができた。

暗い中、一歩一歩雪を踏みしめて行く。最初はほぼフラットな所を歩き、クレバスを越えて行った。何もない雪原のような場所で強い風が、全身にぶつかってくる。なかなかタフな歩行だ。そして、登りがやってきた。取り付いて行く。アイゼンをしっかりと雪に噛ませて、突風が来ても飛ばされないように。ピッケルでバランスをとりながら。天候悪化を気にして、Louisは、かなりのスピードで登って行く。ここは3800メートル弱の場所と思えない。休むこともない。一定のペースで登り続けている。僕はかなり息があがってしまっていた。

高所順応は充分に行っていたつもりだが、このスピードでかつ雪の状態がよくなく、滑りやすかった。そのため、キックステップで、アイゼンをきかせながら登っていた。そのため、蹴り込む時の力が必要で、いつも以上にエネルギーと筋肉を使っていたのだ。もちろん、風が強く体が煽られる。そのため、両足で踏ん張らないといけなかった。ピッケルを横にして持ち、這うようにして登る場所も多々あった。それらで、エネルギーを使っていることは明白だった。

アラレが頬に叩き付け、痛い。サングラスをしているが、その隙間からも入ってくるほど。風が強く、新雪が舞うのだ。地面から風で舞うと粉雪が顔に当たる。ああだ、こうだと、そんなことを言っている間も余裕もないので、なんとか呼吸を落ち着けるように大きく深呼吸をしながら、食らいついて行った。ただただ、なんとか食らいついて行こう、それだけを考えていた。ふと、後ろを振り返ると、かなり登ってきていた。下には数組のパーティーが登ってきているのが分かった。彼らも風にはかなり苦労しているようだった。

何度か、限界になりLouisに止まってもらい、呼吸を整えた。風が強く、飛ばされそうでピッケルを刺して安定させた。喉が乾き、水も飲んだ。さらに、登って行く。登山では景色を楽しみたいのだが、曇りだし、小雪が舞っていたり、雨が降ったり。さらに雪が舞うので視界なんて数メートル。景色なんて楽しめたもんじゃない。まあ、精神的に余裕がなく、目の前の一歩に集中しているので、景色なんて見るってことすら忘れて登っているというのが、正直な所だった。

From モンブラン登山とUTMB2012

登りはじめて2時間ほど、かなりバテていた。そんな時に、大きな雪の壁に到着した。おそらくクレバスがあって、片方が隆起して壁になったのではないかというような場所。ここは風がよけられるので、少し休憩することにした。水を飲み、ミックスナッツを口に放り込む。そして、クレバスの下を覗くと、息をのむような美しさだった。透明感のある水色の氷がずっと深く続いていた。いったいどこがクレバスの底かは分からなかったが、氷が作り出す清らかな美しさだった。吸い込まれそうな美しさに心が震えた。ただ、どんどん天候は悪化しており、見ている余裕はなかった。

From モンブラン登山とUTMB2012

すぐに出発することになった。その前に、Louisから「ここからは稜線に出る、さらに風が強くなる。覚悟して進め。そして、状況に寄ってはすぐに撤退する」そう告げられた。正直な所、ここまででもかなりハードだった。心が折れそうで、もう嫌だと内心思っていた。さらに強い風が吹くとなると、恐ろしくなった。しかし、まだパワーは少なからず残っていたので、弱音は口にしないことにして、進むことにした。

From モンブラン登山とUTMB2012

稜線に出ると風はいっそう強くなった。全身に風がブチ当たる。体がふわりと浮いたり、視界がほとんどなくなった。そんな時は耐風姿勢でなんとか耐えた。斜度が急な所は壁に張り付くようにして、雪が崩れそうなところは、四つん這いのような姿勢でピッケルを横にして雪に刺しながら。どうしようもない風が吹く。顔が痛い。突風がくるとLouisも飛ばされそうになり、体が揺らぐ。そんな時は、俺は倒されそうだ。Louisと二人でピッケルを刺して、体を小さくして耐風姿勢をしながら、突風をやり過ごす。ただただ耐え抜くだけ。

From モンブラン登山とUTMB2012

突風が止むとすぐに、歩き出す。突風の間に少しでも速く進んで頂きに近づく必要があった。突風が吹き耐風姿勢、止めば進む。それを繰り返した。頂上らしきいわばが見えてきた。あそこまで、何とかあの頂までと思いながら、前を見て進む。しかし、どうしようもないほどに風が強くなって、止む気配がない。耐風姿勢でも飛ばされそうになり、二人でほとんど地面に這うような姿勢になった。頂上の100メートルほど手前というのに。そのとき、Louisから諦めるかどうかの判断を迫られた。僕はすぐに答えられなかった。自分の力だけでは、とうてい頂上に立てないと分かっていたから、すぐに返事できなかった。ガイドさんの力を借りれば登れるかもしれないという淡い期待もあった。それは自分の責任ではない世界。だから無責任に答えを出せない自分がいた。しかし、モンブランタキュールの頂上に立ちたい気持も強くあった。時間もなく、すぐに答えを出さないことを分かりつつ、極限の状態で追い込まれて判断がすぐに出来なかった。情けなかった。

From モンブラン登山とUTMB2012

そんな俺の姿を見て、Louisはもういいよ。時間がない、さっさと行くぞという感じで「Go, Go.」と話した。僕はホッとした。ここで、降りるという判断をされたら頂上を目の前にして、とてもやりきれない気持になってしまっていただろうから。ただ、状況は最悪で、すぐに頂上に立って下山しなければならない。Louisは、急いで登るぞと言った。本当にペースが速くなり、残り100メートルほどを必死で食らいついて登った。頂上直下は岩場だった。そして、その手前は凍てついた氷だった。滑って落ちる危険があった。アイゼンをしっかりきかせた。そして、Louisが、アイススクリューを出して、支点を作り俺の安全を確保してくれた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

最後の最後でクライミング。突風の合間を見極めて、登った。昨日のクライミングがあったおかげで、感覚があったので思ったよりもスムーズに。ただ、どうしてもホールドに届かない所があった。Louisがカンパツ入れずに、プッシュプッシュ。と叫んだ。足を強く押して体を持ち上げて登れとのこと。切れ落ちた場所で風も強く恐怖心があったが、思い切って足でけり返して体を持ち上げて、ホールドをつかんだ。なんとかホールドにひっかかり、体を持ち上げ、よじ上るようにして、這い上がって頂上にたどり着いた。ついに登った。モンブランは無理だったが、モンブランタキュールの頂上には立つことが出来た。うれしかった。この状況で、ここまでやってこれた。思わずヨッシャーと叫んだ。360度ぐるっと見回した。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

すぐに降りるぞと言われた。岩場は懸垂下降で一気に降りた。時間の短縮が一番重要なことだった。岩場を過ぎると、突風の稜線を下って行く。登りとは打って変わって、小走りぐらいのスピードで。若干だけれど、風が弱まったのも救いだった。どんどんと下って行く。2組のパーティーとすれ違った。頂上の状況をきかれ話すと、諦めるかどうか迷っている様子だった。僕たちは先を急いだ。稜線を終えた。すると、自然と涙が溢れ出してきた。どうしようもなく、涙が込み上げてきた。一番危険な場所は脱したため、精神的な緊張の糸が切れたからなのだろう。よかった。正直、ホッとした。しかし、まだ安心するには速い。そう、自分に言い聞かせた。涙でサングラスは曇り、危険なだけだ。泣いていても何のメリットもない。気を引き締めろ。下りが危険だ。事故は安全な所で起きる物だ。植村直巳さんも、マッキンリーの頂上を踏んだ後、下山で消息を失っている。そんな風に自分に語りかけて、冷静さを取り戻して降りて行った。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

下って行くと、風はだんだんと弱くなり、雨や雪、アラレなども止んでいった。下りでは滑って尻餅をつくこともあったが、無事に降りることができた。よかった。よかった。ここまで来れた。フラットな場所まで来れた。と思ったら、小便がしたくなり、立ちション。そして、コズミック小屋まで戻った。荷物を取ってゆっくり休めるかと思ったら、ロープウェイが止まっていると言われた。すると
Louisが、急げと。ロープウェイを動かしてもらえるかもしれないから、いったんミディの展望台へ行く。ただ、ダメかもしれない。その時は、再度下って、自力でイタリア側に降りる。そう話した。肉体的、精神的、技術的、時間的にすべてが限界、極限だった。だから、もう無理だ。ミディまで行ったらとりあえず安全なんだから、2日でも3日でも1人で待ち続ける。もう、動きたくない。そんな気持だった。ただ、そうも行っていられないので、荷物をまとめてコズミック小屋を出て歩きはじめた。

From モンブラン登山とUTMB2012

クレバスを飛び越えながら歩き、ナイフリッジを登って行く。このナイフリッジの登りのペースが驚くほど速かった。ただただ、ロープウェイを動かしてくれることを祈り続けた。これからイタリア側まで歩いて降りるなんてゴメンだった。心拍がかなり上がった状態で登っていく。切れ落ちた稜線にドキドキしながら、突風にドキッとしながら、風よ吹くな吹くなと祈りながら。

From モンブラン登山とUTMB2012

登山口が目の前に現れた時はホッとした。戻って来れた。良かった。でも、まだまだ安心しきって気持の糸が切れるのは危険だ。イタリア側に降りなければならなくなるかもしれない。登山口の柵を越えて、ロープウェイ乗り場に。ロープウェイがとまっているので、全く人がいなく寂しい感じだった。オフィスに行ってみると、ロープウェイの管理人が3人いた。Louisが相談してくれた。すると、アルピニストのために1度だけ動かすと言ってくれた。これでモンブラン登山が終わった。本当にホッとした。これで終わった。無事に終わった。良かった。うれしかった。また、涙が流れた。ルイスが一緒に写真を撮ろうと言った。涙が流れているのを見られるのが恥ずかしかった。サングラスを付けていたので、涙を見られることはなかった。サングラスを取りつつ、涙を拭いた。

From モンブラン登山とUTMB2012
From モンブラン登山とUTMB2012

ロープウェイ乗り場に行き、動くまで待つことにした。結果的に1時間30分ほど待った。どんどんアルピニストが戻ってきて全部で20人か30人ほどに。待っている間はやることがなく、この壮絶で極限な2日間の直後の気持を書き留めることにした。肉体、精神、技術の極限まで追い込まれたことは始めてだった。その率直な気持を残しておきたかったのだ。ただ、目がかすんだ。目やにかなと思って、目をこすったがダメだった。コンタクトが汚れているのかと思って、コンタクトを外してもダメだった。極度の精神的な疲労、肉体的な疲労に追い込まれて、目が見えずらくなったのだと気づいた。それからは、目を休めて、リラックスすることに。

徐々にアルピニストが増えて着た。みんな、今回のハードな登山について話している。ガイドをずっとやっているけれど、何年ぶりの天候だろうとガイドさん同士で話していたり、風速100メートルは越えていたと。100メートルはない気がするが、嘘でもない気がするほどの風だった。

From モンブラン登山とUTMB2012

ロープウェイが動き、下山した。ホッとした。そして、シャモニーの町は暑く、晴れていた。こんなにも環境が違うのかと驚くとともに、山は気をつけなければならないと強く思った。宿に戻り、昼寝。そして、洗濯。ピッケルなどを返しに行き、帰りは中華料理を食べて宿へと戻って寝た。明日からは再びスイスに行き、UTMBまで体を休めることにした。

From モンブラン登山とUTMB2012

最後に、モンブランの頂きに立つことは出来なかった。結果としてモンブランタキュールへ登り下山することになった。当初のゴールはモンブランだったので目的を果たすことは出来なかった。しかし、後悔というか未練は全くなかった。残念だった気持は確かにものすごく強い。天気が良ければとか、グーテルートだったらとか、もう少し日程に余裕があればとか、そんなことを思うこともある。ただ、今回の限られた日程で、自分の体力、精神力、技術、全てを注ぎ込んだ。今、自分が持てる全ての物をぶつけた。だから、未練はこれっぽっちもなかった。ほっとした気持と同時に、清々しさがあった。何かしらのゴールがあって、それを達成できなかったのに清々しさを抱いている時点で、逃げ腰の弱い奴のようだ。いつもなら、そう思って自分って情けない奴だと思っていただろう。でも、今回は全身全霊をかけて、自分のすべてをかけて勝負ができた。余裕をかましているなんて、していられなかった。だからこそ、そんな清々しい気持になったのだろう。モンブランはそこにあり続ける。また、登りたくなったら来たらいい。今はそう思っている。

モンブラン登山直後の気持ち