山野井さんの情熱

「死への恐怖」が「山への情熱」を上回るのは非常に珍しい気がする。
山野井泰史さんの山野井通信という10月16日の日記を読んでそう思った。山野井さんと親しい訳でもなく、本や雑誌で読んだり、テレビで見たり、ウェブの日記を読んだり、一度講演会でお話しを聞いたぐらいなので、あくまで俺の中での印象だ。

山野井さんと言えば小さい頃から飽くなき山への情熱をもちつづけて、今まで山に挑みつづけてきた方だ。ギャチュン・カン北壁の登攀で指を失っても、この登攀が良い登攀だったと冷静に発言し、その後も色々な壁に挑戦している。全く山への情熱が冷めることはないようだった。

ところが、今回のヒマラヤでは敗退したのにも関わらず悔しさがない、以前にも増して死ぬのが怖い、無事に家に帰りたがってたと日記に記している。これは非常に珍しいと思う。まあ、人間の心理の変化は起こることだし、あくまで俺ではなく山野井さんの人生であるので、俺がどうこう言う必要はない。ただ、山野井さんの情熱は何があろうと色褪せることのない情熱だと思い込んでいたので、あの山野井さんでもこんな風に思うことがあるのかと驚いただけだ。

そして、年齢が気になった。山野井さんはwikipediaを見ると今年で44歳である。植村直己さんも星野道夫さんも43歳ぐらいで亡くなっている。この年齢は男の厄年である42歳に近い。厄年だから何だとおも思わないが、やはり肉体的な変化、精神的な変化、社会的な変化などが重なり変化がある時期なのだろうか。この年齢付近というのが非常に気になる。なぜこの年齢付近なんだろうか?

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色褪せないもの

過去に書いた山野井さん関連のエントリー
http://teratown.com/blog/2006/06/13/dhcaci-oaoaayoythyeyaeeeeaanaiyyeyythiiaeaue/
http://teratown.com/blog/2007/11/16/iiaeuo/
http://teratown.com/blog/2008/12/09/aaaoiuiaaiaee/

(09/10/16 e-mail)

ヒマラヤから1ヶ月半の旅を終え帰りました。結果は敗退です。
2年以上前から考えていたクーラカンリ北壁は雪崩の危険性が高いので、隣に鋭く聳えるカルジャン峰(7200m)に単独でアタックしましたが6300mを最高地点に下降してしまいました。
現在は奇妙な感覚です。今まで何度となく目標のヒマラヤの高峰に登れず悲しい思いをしてきたのに、今回は力を出し切ったわけでもないのに悔しさがほとんど無いのです。26歳からヒマラヤに通い、そして情熱を注ぎこんでいた思いがぷつりと切れてしまったのでしょうか。
山の状態も体調も悪かったので登れなかったのは仕方ないのですが、いつにもなく行動中に自分の能力に疑問を感じていました。また以前にも増して山で死ぬのが怖くて、無事に家に帰りたがっている自分は昔とは少し違っていました。ヒマラヤンクライマーとして終わってしまったのでしょうか。燃え尽きてしまったのでしょうか。確かに今でも登ってみたいフリールートやアフリカや南極の岩峰や山に興味がありますがヒマラヤはと言うと・・・
それでも荒々しい氷河、真っ青な空、巨大な山脈、それらから別れを告げることは出来るだろうか、はたして残りの人生をほとんどリスクを感じないクライミングだけで過ごせるだろうか、少し疑問が残ります。

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