月別アーカイブ: 2009年9月

紀行文と言う夏の宿題

10月になれば、夏だと言い張ることはできない。
夏は終わり、秋がやってくる。
そんな夏の終わりを決定づけるかのような宿題を9月末に発表した。
それは紀行文と言う夏の宿題。(クリエイティブライティングでのこと。)

しかし、そう簡単に夏は終わりを告げない。
次回の課題も紀行文。
さてと、夏に終わりをつげ、秋を楽しむためにも紀行文を練り直そう。

送信者 八ヶ岳(赤岳&権現岳)

金曜の羽田を飛び立てば、那覇の長い夜が待っていた

東京でどんよりとした蒸し暑さを感じると、沖縄の強い日射しの暑さが恋しくなる。

前回の沖縄からちょうど1年ほど経ち、沖縄の海が恋しくなっていたというのも関係しているんだろう。さらに、今年はまともに海で泳いでいない。ゴールデンウィークのトカラ列島ではまだ海が冷たかったし、夏は山を登っていた。夏に海で泳がないと何だか物足りない。そんなこともあって、沖縄に行きたいなーと思っていたら、全島エイサーが9月12、13日にコザであるという。おお、これはグッドタイミング。行こうかなと思ったが、行動するまでには至らなかった。

そんな時に沖縄大好き仲間と飲んだのだ。波照間島のやどかりという宿で仲良くなった仲間だから、飲めば沖縄の話しになる。全島エイサーに行く予定というので、俺も行こうと決めた。JALヘビーユーザーの友達がマイルで行くというので、おともdeマイルというチケットで便乗させてもらった。このチケットはマイルで行く人と同じ便に乗れば格安チケットよりも安い価格で飛べるという幸せな航空券だ。それに、売れ残った席を直前に発売開始するようで、ギリギリに行くことを決めた今回にはぴったりのチケットだった。

チケットは手に入れ、9月11日金曜日。仕事を終えて羽田へ向かう。空港で友達と合流し、ラウンジへ。友達がラウンジを使えるマイレージ会員なので、セキュリティチェックも専用のゲートでスイスイ。その後ラウンジでビールを飲み乾杯。ラウンジって便利だなと初めて使って気づいた。けど、俺の身分には分不相応な気もした。19時55分のJAL便で羽田を飛び立ち、那覇へ向かう。

那覇についてゆいれーるで本日のお宿である「月桃」へ向かう。ここは国際通りのすぐ裏手にあり便利な場所。と、その前にもう一人友達がANAの20時の便で那覇に到着しているはずだった。どこかで会うかな、と話しながらゆいレールの車内を覗いたが見当たらなかった。電車に乗り、発車した。すると、偶然にも真後ろに立っていた。バレないように携帯からメールを送る。そんなイタズラを楽しんでいたら、バレてしまった。県庁前駅で下車して、いったん別れなかむら家という居酒屋で再集合。昼頃に那覇に到着していた友達も合流して4人に。まずはオリオンビールを飲み、その後泡盛を飲む。

これで終わる那覇の夜ではないニューパラダイス通りにあるBar土へ。2階で写真展もやっており、こちらも見ながらお酒を飲む。店主と話しながら、まったりとした時間を過ごす。ANAで来た友達はまだチェックインしていなかったので、ホテルへ。ホテルの横で若い兄ちゃん二人がギターを持って、路上ライブをしていた。出会ってまだ数日目だと言う。僕たち四人は地べたに座り、唄を聞いていたと思ったら、自分たちが歌いだした。友達の一人が兄ちゃんからギターを借りて歌い始め、みんなで合唱。ひとしきり歌った後は、町を歩いて、タクシーに乗って農連市場へ。以前に2度ほど行ったことがある公設市場と違って、農連市場は観光客がいない。なぜなら市場がやっている時間が早朝だからだ。早朝と言っても夜中の2時半からとか。公設市場よりも昔からの地元の市場という感じがあり良いという話しを聞いていたので、楽しみにしていた。真っ暗な夜空に、農連市場だけが蛍光灯で照らされていた。おばあたちが、野菜などを並べている最中だった。ひとりのおばあに話しを聞くと、50年同じ場所で商売をしていると言う。その月日を聞いただけでただただ頭が下がる。農連市場をぐるぐると巡った後は、丸安そばで沖縄そばを食べて、長い長い那覇の夜は終わりを告げた。そのとき既に4時をまわっていた。


旅日記の続き「夏の沖縄にはオリオンビールがよく似合う」


丸安そば

旅日記の続き「夏の沖縄にはオリオンビールがよく似合う」

巡り合わせ 下田昌克さん

親から聞いたことがきっかけとなり知って、好きになった人はこの人だけであろう。

2006年03月19日、僕はちょうど中国一周の旅を終えようとしている日だった。それだから、もちろん日本のテレビを見ているはずはない。
なぜ、こんな突拍子もないことを言ったかといえば、この日の情熱大陸というテレビ番組で下田昌克さんが取り上げられ、親が見ていたからだ。ちょうど旅を終えた僕に、親が教えてくれた人が下田昌克さんだったのだ。お前と同じような場所を同じように旅をして、楽しそうに絵を描いている人がいるよ、と。絵を描いている姿が本当に楽しそうな人だったよと。両親は旅をしている僕と下田さんを重ね合わせるようにテレビを見ていたのだろう。

こんなことを親から聞いて、気になって調べた。すると、下田さんの絵とその笑顔に魅了されたのを鮮明に覚えている。そのとき「PRIVATE WORLD
」という絵を描きながら世界を旅した時の本を買おうとしたが、結局買わなかった。それからも、下田さんのウェブをたまに見て、展示にも行った。その時に少しお話しして、本当に笑顔が素敵だなーとつくづく思った。表情に人間性が溢れ出していた。この時も、「Private world」という本を買おうとしたけど、なぜだか買わなかった。

そして、今日。クリエイティブライティングという文章講座のゲストが若木信吾さんであった。当初の予定では藤原信也さんだったのだが、若木信吾さんの映画最新作「トーテム」の公開にあわせて、台湾から主役のトーテムと言うバンドのスミンが来日しているということで急遽ゲスト講師が若木さんになったのだ。スミンは台湾の自らの部族である阿美族の唄を歌い、それに続いて皆で合唱。ついには手をつなぎ輪になって、皆で踊りだす。とても楽しい時間で、スミンからじきじきに来週月曜のライブにきて一緒に歌おうと誘われるほど。

こんな楽しい場に、下田さんがきていたのだ。昨日までこの場所で原画展を行っていて、その撤収で。ついでにこの会に参加する下田さんと酒を飲みながら話した。もちろんスミンの唄にあわせて一緒に唄い、手を取り合って一緒に踊った。もちろん旅の話し、飯の話し、バリ島の話し、絵の話しなど様々な話題で盛り上がる。特に盛り上がったのは、子豚の北京ダック風の丸焼きについて。下田さんも食べたことないらしいのだが、旅の途中に子豚の北京ダック風の丸焼きが台湾にあることを聞き、アヒルよりも脂がのっていておいしそうと、ずっと食べてみたい一品なのだそうだ。それを聞いて、俺も絶対にうまいだろうなと、想像するだけでよだれが出そうになる。

そして、「Private world」が目の前の机にあり、それを手に取り、話しで盛り上がった豚の絵を描いてもらった。今まで「Private world」を買わなかったのは今日のためだったのかと思うほど。それにしても、楽しい時間だった。

過去には展示にも行った
http://teratown.com/blog/2007/09/30/aai-2/

絵描き
下田昌克 しもだまさかつ 38歳

2006年03月19日放送

絵描き・下田昌克、38歳。
いろえんぴつ。手書きの素朴さ。下田の描く絵はくったくがない。
放浪の旅2年間のスケッチを集めた「プライベートワールド」、水に生きるものを描いた絵本「そらのいろみずいろ」、山崎豊子・作「運命の人」の挿絵・・・などが代表作。しかし下田には、そんなたいそうな言葉があまり似合わない気がする。
しかし実際のところは超売れっ子で、本や雑誌の表紙、CDジャケットなど数多く手がけるのだが、偉そうな響きがある「画家」ではなく、自身を「絵描き」と呼んでいるのも、下田という人物を象徴しているようだ。
会社をクビになって放浪の旅に出た26歳のときから、下田の絵描き人生は始まった。最近は生計を立てられるようになったが、これから下田は「アート」と「仕事としての絵」との折り合いをどうつけていくのだろうか?
番組では、人生の岐路に立つひとりの絵描きの「いま」を見つめてみる。

語録

すごい誤解を招く言い方なんだけど
人は見た目なんだよね

ある意味、言葉なくてもいいことがあるから……
絵だと……
鉛筆1本あれば、紙とかなんでもあれば
そこで成立できるものだし

僕、意外とふつうの人なんだよ(笑)
だから、アーティストとか言われると困っちゃうんだよ
僕は、ふつうだよなぁ……

温泉が空から降ってくる

前回の東北祭り旅日記はコチラ「江刺鹿踊。西馬音内盆踊り。」

西馬音内盆踊りを楽しんだ後、高橋さん宅でお世話になって、翌朝目指すは「川原毛大湯滝」。ここは世にも珍しい場所。なんと、温泉が空から降ってくるのだ!友達がこんな面白い場所を探していた。非常に楽しみにしていたが、調べてみるとかなり不便な場所にあり、かつ車の運転ができないのでバスしか手段はない。そのバスも一日2、3本。さらに、近くまで着いてから1時間以上歩かなければならないと言う。うーん、なかなか辛いという話しになったが、ここまで来たんだから行こう!と、意見は一致。湯沢駅から朝のバスに揺られて泥湯温泉まで1時間ほど。バスには乗客がほとんどいなくて、のんびりと揺られる。もちろん、外の風景は生き生きとした稲が育つ田んぼと山、そして青い空。


高橋さん宅の朝ご飯


バスに揺れながらの風景

泥湯温泉でバスを降りて、坂を上って行く。夏の太陽が照りつける中の坂道はなかなか辛い。途中でヒッチハイクをしようという話しになり、車をつかまえようとしたが失敗。二人乗りのスポーツカーであったり、家族ずれで空席がなかったりと運がなかった。歩くしかないので、ひたすら無言で歩く。すると川原毛地獄に到着。かなり硫黄ガスのにおいが強い、地獄谷を歩く。坂道の次はひたすら砂利道を歩く。ここを抜けると次は山道を歩く。1時間以上歩いただろうか、やっと川原毛大湯滝に到着。


本当に地獄のような川原毛地獄

立派な滝だ。一目見ただけでは普通の滝だ。しかし、入ってみると暖かい。若干の硫黄の匂い。まさしく温泉。硫黄泉の温泉が滝になっており、落差20メートル。滝壺ができており、そこに入れば天然の滝露天風呂。温泉が落ちてくる間に適温になり、ちょうど良い湯加減。たまらん、滝から先は川になっているけど、途中までは暖かいお湯だった。滝に打たれてみたり、岩に寄りかかって寝てみたり、泳いでみたり、と温泉を満喫。


滝だけど温泉

そんなことをしている間に、ヒッチハイクで声をかけたおっちゃん二人が来た。どこから来たのかと聞かれ、東京と言うとおっちゃんも東京の葛飾からだった。歩いてきたの?と驚かれ、色々と話しをした。空から温泉が降ってくると言う、今まで想像もしなかった経験をして、帰路につく。すると、山道でおっちゃん二人が座っていた。帰りの車に乗せて行ってくれると言う。ラッキー。セルシオに乗ったおっちゃん2人は葛飾で会社をやっている人だった。東北や海外の旅の話し、温泉の話し、お祭りの話しで盛り上がり、湯沢駅まで送ってもらう。お礼を言って別れる。


温泉を満喫

それから腹も減ったのでそばを食べに行き、東北の文化と夏祭りを追いかけた旅も終了。湯沢から新庄にでて、新幹線で東京へ。月曜日だというのに席は満席だった。今回の旅も本当に楽しかった。いろいろな人とのふれあいや東北地方の歴史やお祭りに触れられたのは本当に楽しかったし、ますますこういったことに興味がわいた。

2009/08/14-17

江刺鹿踊。西馬音内盆踊り。

前回の東北祭り旅日記はコチラ「白馬岳に日は昇り、東北新幹線で日は沈む

遠野から目指すは江刺。なぜ江刺かといえば江刺鹿踊(えさしししおどり)があるから。江刺の最寄り駅である水沢駅を目指す。水沢駅からタクシーに乗り江刺へ向かう。遠野での素敵な出会いもあり、長居したせいもあって鹿踊は17時から開始するのだが、少し遅れてしまっている。タクシーの車窓からはすでに鹿踊が見えた。中村旅館と言う古くからありそうな宿に荷物だけを置いて道路へ出る。この日、鹿踊は3カ所で行われていたらしいが、旅館のすぐ近くでも鹿踊を舞っていたのでそこでまずは見る。初盆を迎える家の人の前で鹿踊は行われる。

お腹に太鼓をもち、獅子の面をかぶった男たちが8人歩いてくる。そして、初盆を迎える家の前で舞い始める。太鼓を鳴らし、歌を唄い、背中から伸びた長い木を上下左右に舞いを行う。20分ぐらいの舞いを終えると、全員で座り家の方からお礼を頂いて舞いは終了した。

さて、次を見に行こう、と思ったら6時で全てが終了らしい。周りの人に聞くと、今日はもう終わりだと。おお、あっと言う間だった。しかし、未練もあって音がする方へ町を歩くも、町内の盆踊りの音であった。じゃあ、飯でもということで数少ない飲食店から和食の店をチョイス。江刺ではあんかけうどんを売り出しているらしいので、食べる。そこそこ上手い。けど、暑い夏に熱いあんかけうどんはちょっと不向きかもしれない。その後、町内の盆踊りへ。若者の集団がYOSAKOIソーランを踊る。。。全国津々浦々、若者が踊ると言ったらYOSAKOIソーランのようだ。ある種のブームでどこへ行ってもYOSAKOIソーランになっている。こうなると、各地で長く続いてきた祭りが姿を消してしまうので、寂しい。一方で若者がひとつになれるものがあるのはいいなとも思う。そんな盆踊りを見て、宿に戻り眠りについた。

2009/08/16
翌朝起きて、西馬音内盆踊り(にしもないぼんおどり)を目指す。水沢駅から北上駅、横手駅を経由して湯沢駅へ。道中の横手駅では横手焼きそばを食べた。3年ぐらい前の冬にも横手に来た時に焼きそばを食べたことを思い出した。湯沢駅からいったん地区活性化センター(そんな様な場所だった気がする)へ向かう。西馬音内盆踊りに来た観光客向けに役場が個人のお宅に宿泊できるプランを用意している。そこで、活性化センターに一度行き、個人のお宅まで連れて行って頂くのだ。今回訪問するのは高橋さんの家。車で移動すること10分ほど、西馬音内盆踊り会場のすぐ近くにある、高橋さん宅に到着。ご家族に迎えられ、お茶とお菓子を頂く。ご家族や今日一緒に泊まる観光客と話しをした後、会場へ。見学するのにベストな場所を確保して、まちをぶらぶら。

古民家カフェでお茶をしたり、盆踊りの講座を覗いてみたり、神社に立ち寄ったりと開始までの時間を楽しむ。夕食としてそばを食べる。ここはそばが有名らしい。彦三そばという店でそばを食べたが、正直感動する上手さではなかった。それから、盆踊り会場へ。日本三大盆踊りのひとつ(残りは阿波踊りと郡上踊り)だが、そこまで人が多くなかった。

夕暮れとともに盆踊りが始まると、まずは子供たちが踊り始める。早い時間は子供が踊り、遅い時間になると大人が踊る。それにあわせて唄も変わるのだ。そして、踊りはほとんどが女性であった。頭にかぶるのはい草で作った編み笠かひこさ頭巾。この頭巾は顔をすっぽり隠す頭巾なので非常に特徴的だ。町の人に聞いたら、編み笠か頭巾のどちらかをかぶるかは個人の好みだと言う。なんとも面白い。そしてお囃子の唄の内容も人々の生活感がにじみ出た内容で非常に親近感が湧いた。最後に、盛り上がりをみせ、西馬音内盆踊りは終わった。てくてくと歩いて帰り眠りについた。

東北夏祭りの旅日記 続きはコチラ「温泉が空から降ってくる」

江刺鹿踊とは

江刺に伝わる鹿踊は、「太鼓系鹿踊」に属するものです。主として、宮城県北部から岩手県南にかけての旧仙台藩領と、旧南部藩領の一部に伝わる鹿踊です。

前腰に太鼓をつけ、背に一対のササラを立て、鹿角のついた頭(カシラ)をかぶり、馬の黒毛をザイとして用い、頭から胸にかけて黒の幕垂れをさげ、自ら太鼓を叩き、歌を歌って踊るもので、これが大きな特徴となっております。通常八人で踊るもので、大別して行山(ぎょうざん)流と金津(かなつ)流の二つの流派があります。

その由来については、「村々に悪魔降伏のため御神楽を教え給えしを夫より始まるとの事なり」としており、神楽にその起源を求めるものが主流とされております。

鹿踊は、お盆の頃には祖霊供養・悪魔追放のために、秋には五穀豊穣を祈願し踊られ、江刺を代表する郷土芸能として伝承されて来ました。