選挙に関する雑感

2009年8月30日は第45回衆議院議員選挙。

選挙に行ってそうな性格に見られることもあるが、今まで一度しか行ったことがない。
その一回とは選挙権をもった初めての選挙。一番早く行くと投票箱の中身が空か確認する作業ができるという噂に興味を持ち、朝一番に行った記憶がある。

それ以降、何度も選挙があったが、他の用事があったり、足を運ぶまで興味がわかないという理由から行ったことはなかった。(駅などいつも利用する場所で投票できたら、清き一票を誰かに投じていたかもしれない。)

だが今回の選挙は行くことになると思う。
政権交代とか話題になっているからではない。単純に友達に誘われたからというのが最も大きな要因だ。近所の友達が近所の公園で昼からバーベキューをするというので誘ってくれた。そのバーベキューに行く前に選挙にでも行って、一緒に公園へ行こうという話しだ。

そこで、いざ投票するとなると誰に投票しようか考える。そもそも、自分の地域では誰が立候補しているのだろう?と疑問に思い調べる。

東京8区は以下の4人だと分かる。
諸派 植田 誠一 新 44歳 0回 – 団体支部長
社民党 保坂 展人 推薦・支持:民主、国民  前 53歳 3回 比例区 党副幹事長
自民党(山崎派)石原 伸晃 推薦・支持:公明  前 52歳 6回 比例区 元国交相
共産党 沢田 俊史 新 58歳 0回 – 党地区委長

続いて、誰がどんな政策を掲げているのかなどが気になる。それを調べ終わると、比例代表はどの政党にするかを決めるために政党ごとの政策が気になる。

どちらかというと選挙とか政治とかに対して興味があるのだが、仕事やライフワークのようなモノでもないので、そうとう興味をもって調べないと分からないことばかりだ。他に自分の身の回りのことでやらなければならないこと、やりたいことが山積する中で、興味を持って、そして自ら調べてとなるとなかなかのエネルギーが必要だ。しかし、これだけ調べてもハッキリとした候補者や政党の像が立ち上がる訳ではない。

国の方向性をある程度左右する人々を選ぶ者だから重要な行為だと思う。
しかし、分からなさすぎる。
立候補者がどんな人柄で、どんなことを考え、どんな政策を実行しようとするのか。
その結果としてどんな国や地域にしたいのか。
過去にどんな政策を掲げ、どれほど実行した人物なのか。
小選挙区と比例代表選挙だから、これは政党に対しても持つ疑問だ。

これらのことを知ろうとしたら、選挙演説だけでも分からないし、テレビの政見放送でも、新聞でも分からない。
マニフェストなるモノがちまたにあふれているが、アレを読んでも、自分が気になることに対する公約がマニフェストに入ってない場合も多いし、マニフェストに書かれている政策が実施された後の世界がどのようになっているかもすぐには想像できない。

こう考えてみると選挙ってとんでもないことだと思う。重要な行為であるにもかかわらず、あいまいなまま、何となくの要素が大きいまま人々は投票する。(もしくは投票に行かない。)それで議員は選ばれ政策を実行する。政策について調べる動機やパワーなんか踏まえれば、そりゃ雰囲気に流されるだろうし、そうすればタレント候補を擁立しようとするよな。

こう投票行為を考えて行くと、各種団体の人や宗教を母体にした人々が結束するのも理解できる。
明確に自分に利益が生まれる政党や人を選ぶことができたり、自分が日頃から信じる考え方を持った人々に投票する。これは非常にしっくりくる。もちろんしっくり来るというのは、そういった人々の政策がどうのということではなく、そういった人々の行動にたいしてだ。選挙に行く動機としても明確だし、誰にどの政党に投票するかも迷うことなく強い意志を持って行うことができる。

「選挙」なかなか難しい。もっと別のいい方法がある気もするが、具体的な対案がある訳でもない。
今は民主的な選挙がほぼ世界中で良いとされ実施されているが、100年後、200年後は、あんなダメな方法で政治家を選んでいたと歴史で習うかもしれない。どうなっているのだろう。

さて、みんなは何を基準に投票しているのだろう。

そうそう選挙飲みという、選挙の時に友達の家に集まって開票速報を見ながら飲むという定例化した飲み会に行く。
高校時代の友達だから、もう10年かぁ、久しぶりだなと思いながら、明日は投票、バーベキューの後にいってきます。

4 thoughts on “選挙に関する雑感

  1. >重要な行為であるにもかかわらず、あいまいなまま、何となくの要素が大きいまま人々は投票する。

    私もまったく同じことを一昨日夫にぶつけたよ!

    そしたら、
    「今ある情報で決定しなきゃいけない場面はたくさんあるんだ」
    と、一喝された。。。笑

  2. 今ある情報で意思決定しなきゃいけないのは事実なんですよね。。。

    ただ、自分の中で気合を入れないと積極的に情報を収集しないので、調べれば知ることができる情報を知らぬまま、投票行動をしている点に難しさを感じています。

  3. 友人は、いつも『西郷隆盛』と用紙に書き込んでいます。

    私は白紙・・でも、かき込まれてしまう可能性を考えて
    以降は、坂本竜馬だったり、白洲次郎だったり、を書いています。

    昔からなぜ白紙投票が、カウントされないのかがとても疑問で
    候補者の中から選びたくないこの気持ちを

    悪ふざけと一見取られてしまう行為で、真剣に訴えてきた選挙。

    >あんなダメな方法で政治家を選んでいたと歴史で習うかもしれない。

    そうかもしれない。

    でも、独裁政治に戻ることは死んでもいや!と思う私は

    ばかげた選挙でも、自分の博識のなさを暴露する選挙であっても
    票を投じれる今を、ただただ感謝する現状だったりします。

    もっと、いい方法が生まれてくれるといいなぁ~

  4. 白紙だと書き込まれてしまうかもしれないとは、全く考えていませんでした。

    いくら調べて、考えても分からないことも多いし、考えれば考えるほど誰かに絞るのは難しいですね。さらに、結果として自分の選挙区に望む人がいない場合もあるので、白紙は意味がある気がしています。

    100年後、200年後はどんな選挙になっているのか、どんな政治になっているのか、どんな国の体制になっているでしょうかね?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。