日別アーカイブ: 2008/12/8 月曜日

右肩上がりの経済成長なんて、始めから信じていない

景気が良い時を知らない。記憶のあるときから、バブルは崩壊しどん底だった。テレビや周りの人の話でも、経済という話題において、明るい話は聞いたことがなかった。一般経済が悪るければ、生活も華やかではない。多くの人にとって、生活の華やかさと、日々の生活の潤いは近しい。経済の善し悪しに関わらず、自分の揺るぎない価値観を持ち、それを貫いていれば、景気の善し悪しに日々の生活の豊かさを左右されないだろうが、そういった人は周りにいなかった。小さい頃の僕の周りの人の価値観は一般経済の良さは、すなわち生活の豊かさだったからだろう。

バブル崩壊後の記憶、その次の経済の記憶は不良債権処理、IT革命(IT好景気)だ。ただ、IT景気は東京だけの話でその頃住んでいた岐阜には関係なかった。少なくとも、テレビではIT景気は都市のみだと報道していた。だから、IT景気なんて知らない。そして、すぐにITバブルは崩壊した。そもそも、ITというものは既存の経済とは少し変わった社会を作り上げるものだと思う。たんなる右肩上がりの経済成長を促すテクノロジーや思想ではない。特にインターネットはそういった思想ではないと思う。そして、2008年前半までの好景気。多少良かったのは事実なんだろうが、何も恩恵にはあずかっていない。一部の金融機関や企業は確かに華やかな世界だったのだろうけど、あまり関係なかった。

そもそも、金本位制でなくなったときから、経済なんて「信じる」ことで成り立っているだけで、それが崩れれば、世界経済も崩れるにキマッている。最近の経済が実体がないわけではなく、金本位制度でなくなった時から実体のないものなんだ。もっと言えば、金本位制だって、金が価値があると信じているから成り立っていただけである。実体のある経済とは、生きていくために必要なものをベースにした経済だけ。生活必需品本位制の社会とでも言おうか、これだけが実体のある経済だ。いわゆる物々交換の社会。もちろん、これだけの人口を支えるには物々交換の社会では厳しいというのも現実だと思うし、よくも現在のような経済が絶妙なバランスをとって成り立っているなとも驚く。各個人が好き勝手なことをして、金融機関や各国政府も好きなことをして、それでもこの信用モデルは続いている。

まあ、みんなが信じることで成り立っているからこそ、現代の経済は儲けようと思ったら、いくらでも儲けることができる仕組みなんだとおもう。さらに負債を債券化してどうのこうのしてと、複雑にしているからいくらでも儲かるし、いくらでも損をする。際限はない。一時的に投資銀行の業務が世界的にシュリンクしたとしても、いずれ今まで以上に架空で複雑な仕組みの経済がやってくるのだろう。

なんだかんだ書いたが結局のところ、好景気を全くと言っていいほど知らない。幼少の頃から景気の良さを実感していないから、そもそも景気が良くなるなんてコトを信じていない。景気なんて循環するのだから、今よくてもいずれ悪くなる。そんな風にはじめから捉えている。ついでに、好景気は経験したことないが、モノには困らなかった世代である。そういった面では豊かだったのだろう、生活していく分には何の不自由もなく、生きてきた。不景気だが豊か。さらに、ずっとインターネットに触れているために、その根底をなす考えや行動規範が染み付いている。インターネットの思想はオープンネスであり、今までの経済思想とは異なる。

こんな風な環境で育ってこれば、がつがつ儲けようとか、右肩上がりの経済成長でもっと豊かになろうなんて思うはずがない。もちろんそれに向かって情熱を注ぎ行動するはずがない。我々の世代はそういった世代なんだと思う。だから、ソーシャルアントレプレナーが増えてきたり、ニートが増えたり、農業をやる人が増えたりしているんだろう。

あまりにも、語り尽くされたことを、そのまま書いた。けど、自分の言葉にして書き残すと、自分の経験や考えを通してきたことが整理された気がする。

念のために。別に物々交換の社会になれとも思っていないし、金本位制になって欲しいとも思っていない。ただ、一部の人のお金遊びに世界中の人が、もちろん俺も振り回されるのは嫌だなと思う。現代の経済はそういう仕組みになっているから当たり前で、その恩恵に一部授かっているのも、これまた事実。ただ、こういったことを大きな視点で捉えた上で、生きていこうと思っている。ただ、それだけ。