日別アーカイブ: 2008/8/5 火曜日

モノは人を変える

モノは人を変える。
金を持つようになって、いろいろな物を手に入れると、人は変わるとよく言われる。
僕の場合は、金もないし、モノもそんなにない。
家にきた友達は口を合わせて、何かが足りないと言う。
モノがないという。
だから、そういった意味で僕は変わらないのだろう。

でも、阿佐ヶ谷に引っ越して、モノによって自分がかわることを知った。
みんなはそんなことずっと前から知っているから、モノ(家具であり、文房具であり、服であり)に対して、こだわりを持っているのだろう。
そうだと言葉では知っていたが、自分の中で実際のこととして捉えていなかった。
だから、身の回りのモノに無頓着だった。

僕は何かと気づくのが遅い。極端な出来事によってしか気づかない。
それはお風呂に入ることによるリラックス効果であり、音楽の大切さであり、食べることの意味など。
これらは、東京から名古屋まで歩いたときや無人島に行ったことによって気づいたのだった。
ただ、気づくと、体で感じる実感として理解するので、本当に大切にするようになる。

そう、そして阿佐ヶ谷に引っ越して気がついたのだ。
モノは人を変えるということを。

僕はそれまでの一人暮らしで、デスクを持っていなかった。
ずっとちゃぶ台だった。阿佐ヶ谷に引っ越してデスクを友達から譲り受けた。
デスクで本を読むようになった。

そして、家というモノ。
これも大きく人を変える。
自炊なんてしなかったのに、家がかわり自炊を進んでするようになった。
以前の家と比べると、台所は比較にならないほどショボクなったのにもかかわらずだ。
自炊が楽しい。毎回違うものを作りたくなる。

もっと言えば、町も僕を変えた。
銭湯に通うようになったのだから。

巣鴨に住んでいたときにご近所さんだった友達が2人いる。
その友達が阿佐ヶ谷の家にも来て、前と生活が全く変わったねと。
その言葉を聞いて、改めて自分の変化を感じた。

ある機能を持ったモノのその機能によって、自分が変えられるというのではない。
例えば、一眼レフカメラを買ったから写真を撮るようになった。
そういうことではない。
モノがもつ直接的な機能によって自分が変えられるのではなく、機能による変化とは違う、想像し得ない変化を自分に巻き起こす。

僕は、自分が世の中を決定づけると考える傾向にあって、モノには影響されず、僕という人間が、感じ考えたことによって、自分ができあがっていると思い込んでいた。
もちろん周りの全てのモノに影響を受けているとは分かっているのだが、無意識的にモノからの影響を軽視していた。
それはそれで正しいとしても、僕の周りにはいろいろなモノがあり、日々それらに触れ生きている。

そんなモノに影響を受けないはずがない。
そう、僕はモノに影響され、自分自身が築き上げられている。
そんな風に思うと、自分の周りのモノを選ぶときに自分に与える影響まで考えて買うようになりそうだ。
そして、モノを大切にするのかなとも思う。

[suicaじゃnなくて、スイカでジュースを買う](PENTAX K10D DA16-45mm ISO: 400 露出: 1/200 sec 絞り: f/5.6 焦点距離: 45mm)