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宝物が変わる

子供って、宝物が変わっていく。
大人になると宝物が変わらなくなる。
そして、宝物がなくなる。

このおもちゃが宝物って手放さなかったのに、いつの間にかそのおもちゃは手元から離れていき、次はぬいぐるみ、次はおままごとセット、いつの間にか洋服とかネックレスとかになるのだろうか。

男の子なら、◯◯レンジャーの服、ゲーム、野球のバットとか。

宝物が変わるって、素敵なことだな。そのときそのときの価値観があり、変化している証拠。

大人はお金とか、家とか、車とか、貴金属とか、誰々の美術品とか、ブランドの何かとか、より普遍的な社会一般の価値観にそったものを大切にするようになりがち。
子供の頃、日々変わる宝物って、いいもんだね。

と、こういうのがおっさん臭いな。
子供をみて、いろいろ学ぶ、感じるシリーズでした。

知らない世界


Create Your Own Map

家にいる日は、遠くに思いを馳せる。
旅の中では、家族に思いを馳せる。

面白いものである。

行った国を塗りつぶすサービスはよくあって、何度かやったが久しぶりにやってみた。
可視化すると、どこに行ったこと無いのかがすぐに分かって良い。

殆ど言ったことのないエリアはこの5つ。

アフリカ
オセアニア
中央アジア
東欧
中米

行ってみたいなと思うのである。

作り手に意味あった作品が、買い手には全く意味の作品(異物)として買い手の空間にあることの意味

アート作品には作り手がいる。
一方で、その作品を見る人がいる。
アート作品を購入して家に飾るなどした場合は、この人は買い手となる。

作り手にとって作品は非常に深く、複雑な意味が込められたものであることが多い。
その思いや背景は言葉ではなく、より抽象化されたアート作品という形で世に出ていく。

作り手にとって意味があった作品、意味を込めた作品が、買い手(見る側)にとってその意味がなくなる。
意味がなくなるという表現は適切ではないかもしれないが、買い手(見る側)が作り手の背景を理解し、いくら深く広く考えたとしても、作りての意図を完全に理解しきれない。

そうした観点からすれば、意味のないものが、買い手(見る側)の家などのプライベート空間に突然存在することになる。

作り手にとってはどこまでも深い意味があったものが、買い手(見る側)にとっては全く意味のないものが家に存在することに意味がある。
そういうものが、空間にどう影響与えるのか、買い手(見る側)やその家族にどう影響をあたえるのか、そこに興味がある。

と、フランクフルトでビールを飲みながら蓮沼画伯が語った。

作家の溢れ出す思いや気持ちを作品に乗せて、世の中の人に伝えたいという気持ちもあるんだろう。でも、その領域を越えて、自分の作品が自分から離れてどんな価値を生み出せるか、そこを一番のポイントとしていることが、ああ、そういう視点かと勉強になった。

そんな話を聞いて帰国後、世田谷美術館ではらぺこあおむしの作者エリック・カールさんの展示を見ると、絵本という作品もそういった視点で見えてくる。

7ヶ月

この世界の空気に触れてから、7ヶ月が過ぎた。

いろんな感情も生まれてきたり、意思もでてきたり、甘えるということを覚えたり、空間認知能力も上がったり、もちろん目もしっかり見えるようになってきた。であろうと、彼女の様々な行動から推測。

進化のプロセスがすごく早く、かつ学んでそれらの能力が身に付くようになったいた脳や身体の基本設計もすごいよなーと。

まさに、AIと同じような機械学習というかディープラーニングというか、それらの概念と同じだなーと。

人間という生き物は、なんとまあよく作り込まれているのかとおもう。

そして、何しててもかわいいと思える、そんな親の感情まで赤ん坊がコントロールし、かつて赤ん坊だった親の脳では小さい頃から赤ん坊をかわいいと思う感情が育まれていたのだろう。

いい子だねは、親にとって都合のいい子

いい子だねと、言うときがある。

周りの大人に言われることもある。
もちろん、自分で我が子のことをいい子だなと思うこともある。

例えば、長時間の電車とかで騒がなかったりした時。
例えば、はじめて会った人に赤ん坊が笑った時、
例えば、ミルクを最後まで飲んだ時。

これって、間違ってはいないんだけれど、いい子ではなくて、大人にとって都合がいい子と捉えられなくもない。
これって親の都合でしかないこともある。

いい子という言葉に込められた本当の意味を考えて、見極めていきたい。
大人にとって都合がいいからといって褒めるのはおかしなことだし、それを評価するということは親の考えを押し付けていたり、親が偉そうに子供を評価していることになる。

もちろん、社会で生きていくために一定の規範や常識を教えないといけない、一方でおとんにとって都合がいいことだけを評価しない、これらをごっちゃにして考えないように気をつけていきたい。