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Rwenzori9 頂へ

アタックキャンプということもあり標高も上がり冷えているだけでなく、空気も薄い。ただ、それよりもアタックを控えた夜という、不安と興奮ですぐには眠りにつけなかった。

寝る前に、アタックの装備をザックに入れては、何度も出して確認し、またザックに入れた。無駄なものは持ちたくないが、必要なものがないと困るから。シュラフに潜り込んでからも、アレヤコレヤと登山のシミュレーションをしていただ、いつの間にか眠りについていた。

トイレに起きて小屋を出る、空を見上げると満天の星空。このまま明日の朝まで天気がもってほしい。ただ、それだけを願った。ただ、ここは雨が非常に多いエリアだということは、数日間登ってきた自分たちが一番体験として理解している。期待しすぎない、そう自分の感情を期待値コントロールした。

2時に起きて洋服を着替えて、準備をする。さっと朝食をとる。急いでいるのと登山のことに週痛しているので、何を食べたかも覚えてないほどだったが、特に冷える夜中に温かい紅茶で気持ちがほっとしたことだけは強く記憶に残っている。予定通り3時に登山開始。もちろん、真っ暗だ。しかし、空に星は見えず、雲が多い始めていた。ヘッドライトをつけて出発。

雪のついた岩を慎重に登る。ここまで来て、焦って高山病になんかなっていられない。まずは、冷静に、焦らず。ゆっくりと。7人いるので、ヘッドライトが明るく、登山するにも不便はなかった。もうひとつのガイド会社のアタックキャンプであるエレナハットには30分ほどで着いた。急な岩場が訪れるとメインガイドのモーゼスが仕切って、ザイルを出してくれた。ユマールで登る。

すると、たまちゃんのシューズのソールが加水分解で剥がれてしまった。僕が長い細引きを持っていたので、それを上げてモーゼスがしっかりと縛ってあげていた。多少の不安は残るが登れなくはない、そしてもう少し行けば雪が出てアイゼンをつけるのでそれまでのしんぼうだ。まさかの、弘樹さんのソールまで少しめくれてしまった。こんなにも加水分解が。。。自分も不安になった。

2時間ほど歩きアイゼンを付ける。そして、温かいお茶と行動食を補給。氷河に入るので7人でザイルを結んだ。ついにここから核心部へと入っていく。一歩一歩を確実に、ゆっくりと。あるき始めて4時間がすぎ7時になると明るくなり、ヘッドライトがいらなくなってきた。やっと山の全貌が見えると思ったが、ホワイトアウトで周囲はあまり見えない。これじゃどこを登ればいいかわからない。ガイドさんがいなかったら、到底無理な山だった。

5000m近いので、深く息を吸いながら、呼吸を整えてゆっくりと登る。呼吸のペースを乱さないように、自分の速度で。ものすごい氷柱の壁で風をよけながら一休み。ここまで思ったよりも急な斜面でゆっくりと一息付ける場所がなかったので、フラットな場所をみつけほっと。

斜面をトラバースして、岩の壁を再びユマールで登る。合計3箇所ぐらい確保してもらった。マルゲリータ氷河は急であり、とても広い氷河でいったいどこまで続くのかと思っていた。ただ、先のことを余り考えるよりも、今の一歩に集中した。登っていくと、ここピッケルを置けという。えっ、ここで?と思いながら、雪にピッケルを刺して岩を登り始めると、頂上っぽさが伝わってきた?えっ、ここ?もう、あそこが頂上?思ったより早い、けど、頂上についに来た?登頂?

サブガイドのアサバが先に登って、頂上の看板の雪をきれいにしてくれていた。たまちゃん、たくじさんに続いて僕が登頂、弘樹さんもすぐに登頂。ついにきた、ルウェンゾリの頂に。

「やった~、きたー、きたぞー」と叫んだ。みんなも、それぞれの感情を爆発させていた。日本から9日ぐらいかけてたどり着いたアフリカの奥地の頂に。トレーニングもした、下調べの準備もした、ここまで飛行機、車に揺られ、沼地をあるき、雹に降られて、たどりついた。なによりも5年前このメンバーでいったアコンカグアは登頂できなかったが、今回は仲間全員で登ってこれた。ともに助け合い、笑いながら、ここまでこれた、成し遂げられた、それが何よりも嬉しかった。今回は来れなかったしんやさんがくれたルウェンゾリ手ぬぐいを出してみんなで記念撮影。そして、少し奥が国境で、そこはコンゴだよと言われ、コンゴに足を踏み入れた。

そして、9時前に下り始めた。下りの方が斜面が急に感じた。滑り落ちないように、キックステップで。下れば呼吸は楽になるはずだが、下りの方が息があがったきがした。岩と雪が混ざるミックスな山肌。ミックスクライミングという状況だった。とはいえ、下りはやはり上りより早い。あっという間に高度を下げていく。先程見たばかりのルートを上から見ながら降りていく。ただ、雪が強く、遠くまでは見渡せないまま。

氷河を終えアイゼンを取る。上りのときとはルートが違ったのか、雪の状態が違ったのか、垂直の岩をトップロープで懸垂下降したポイントもあった。その後も大きな岩が凍ってしまっていてツルツル。滑るので、転ばないように重心を低くして慎重に。上りよりも怖かったかもしれない。マルゲリータキャンプが見えると、気持ちがほっとした。下山ではないので気を緩めるにはまだ早い。今日の行程では、マルゲリータキャンプで荷物をまとめて、長靴に変えて、ひとつ下のキャンプまで歩かねばならないから。でも、やはりほっとした。安全な場所まで帰ってきたという安堵。

小屋につくと、自然と涙がこぼれ落ちた。まさか1回の登山で二度涙をするとは。みんないろいろな思いを胸に涙を拭い、ともに抱き合い、称え合った。仲間と成し遂げた嬉しさと、危険なエリアを乗り越えたほっとした気持ちが自身の体を包み込んでいた。まさに、This is 最高。そして、下山して、「半端ない、まじで疲れた」そんなことがくちをついた。でも、こういった成し遂げるときの爆発する感情というものは、人生において忘れられない記憶として刻まれる。

ポーターたちが温かいごはんを作ってくれて、それを食べた。うまい。疲れ切ってはいただここからまた降らなければならない。冬靴やヘッドライト、ピッケルなどはここで片付け、また長靴で下るために、荷物をパッキング。そして、再び下山開始。本当に疲れ切ってからの下山。もう、ふらふら。でも、進まないといけないので、気を確かにしようと言い聞かせた。

夕方が近くなると雲が流れ、青空が顔を出し始めた。しかし、もう元気がない。一歩進むのですら、体が重い。幽体離脱してしまって、コントロール出来ないような、歩いているのも惰性で歩いているような感じさえした。それほど疲れていた。その一方、ガイドさんたちは元気で、対して疲れてない様子。流石だ。18時過ぎにHunwick’s campに到着。疲れすぎて、この日は日本から持っていったフリーズドライの炊き込みご飯(尾西)を食べることにした。紅茶を飲みながら、仲間とこの長い一日を語り合いながら、ストーブを囲んだ。長い長い、そして、本当に最高な1日だった。シュラフに入ったら、すぐに眠りについた。

Rwenzori8 夕日に染まる岩肌に心躍る

隙間風に起き、トイレに行くことを繰り返す夜。朝になり目を覚ますと、雨。また雨だ。乾季がスタートしたとは思えないほどだ。ガイドいわく厳密には1月から乾季なので、あと数日ほどある。乾季に慣ればトレイルもドライになるというが、この沼地が果たしてドライになるのだろうか。

朝食はいつものパンケーキ。HUNWICK’S CAPMPを出発する。登り始めは雨。どんよりした曇り空の下、こうどもそこそこ高くなってきたのでゆっくりと歩を進める。沼地は変わらない。しばらく行くと、湖が見える。こんな高度に湖が、晴れていたらさぞ美しいことだろう。

高度を上げていくと雨はしだいに雪に変わる。アフリカの地で雪に降られるなんて、なんだか不思議な気分だ。スコットエリオットパス(4338m)を無事に通過する。岩肌に雪がつき滑りやすいところもあるが、ここも長靴だ。ストックでバランスを取りながら。長靴は保温効果がないので、足がじんわりと冷える。

日々長い行動時間が続いていたが、この日は早めに宿泊地であるマルゲリータキャンプ4485mに着いた。少し上に、もうひとつのガイド会社の小屋が見えた。ついにここまで来た。明日はアタックの日だ。自然と胸が高鳴る。しかし、ここで冷静さを保つ、それがアコンカグアで学んだこと。今回は、慎重にゆっくりとゆっくりとここまで来た。小屋で荷物を片付け、お茶を飲む。

アタックに必要な装備を最終チェックし、ザックに詰め込み、ベッドの下に並べる。そして、何度もチェックする。忘れることだけは許されない。温かい昼食を食べ、ユマールやatcでの懸垂下降の復習をする。また、冷えた体を小屋で温めながら、お茶を飲んでいると、外が明るくなった。もしかして、青空だ。

飛び出ると、こんな景色だったんだと、息を呑む美しさ。やはり、この高度で、この山奥だけあっての景色。そしてアフリカならではの植生。思わず、うぉー、すげー。

“This is 最高”

ここまでこれてよかった、来たかいがあった。

景色を見ていたかったが、ガイドさんに呼ばれて夕食を食べに小屋へ戻る。食べていると、、ちょうど日が沈む、オレンジ色に染められていく。夕焼け空、と山、小屋を飛び出した。

ついに、この景色を見ることができた。興奮が抑えられない。あっちからも見たい、こっちからも見たいという衝動が止まらない。みんなで、声を上げながら、景色に圧倒され続けた。

こういう景色を見ると、また自然に魅了される。これが見れるから、感じられるから、旅はやめられない。そして、こういう瞬間は突然やってくるのだ。この景色を、仲間とともに味わえたこと、そして、ウガンダのこの奥まで一緒に来たからこそ、この景色とこの興奮を味わえたことに心の底から感謝した。明日はいよいよアタック。深夜に起きるので、早々に寝ることにした。

今後おめでとうと言われない人生

せつないけど、そうなのかもなと。思った。

結婚して子供がいると、おめでとうといわれる。
結婚しておめでとう、子供が生まれておめでとう、子供の誕生日や入園卒園で大学入学でおめでとう。

一方、仕事でおめでとうと周囲から言われるのは、社長になるとか、上場するとか、教授になるとか、機会としてはすべての人に訪れるわけではなくレアだ。

あとは、趣味。スポーツなどの大会に出る趣味であれば優勝したらおめでとうと言われるが、それ以外の趣味では楽しむことはできても、おめでとうとは言われない。

人生とは、ちゃんと考えられていて、ありきたりかもしれないけど結婚して子供を生んで育ててというまあ、よくある人生のステップ。この道を歩んでいると気づかないけど、この道を歩んでないと、そこから得られる感情を得られないのだ。

それは、思っているよりも人間が求めている感情であるんだなと、つくづく思った。昔から続いている習慣というか、それには気づいていない人生において副次的効果というか、必要不可欠な要素があるんだな。

そもそも、未来の感情って想像しても、その状況におかれないと分からない。でも、時間は逆再生できない。だから、ある物事の真価がわからなくても、一般的に昔から続いてきたことならそのレールに乗るということも重要なのかもしれない。もちろん、2択で絶対にどちらかしか選択できないとか、そういった選択は違うかもしれないが、あれもこれもとどちらもできるようなことであれば、とりあえずやってみる精神は重要で、あとから振り返ってその判断に感謝することが多いんだろう。

20年来の友達が東大准教授に就任したお祝いを当時の仲間としていて、その時聞いたひとことが印象に残った。

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おとなになって走り始める人がいる、それは努力が結果に結びやすいから、報われるから、そんなことを昔書いたことがあるが、それとも似ている気がする。

報われると同時に自分に言い訳できないこと。

Rwenzori5 山へと入る

ついにルウェンゾリへの登山スタートする。今朝も天気が良い。いつも午後や夕方ぐらいから雨が降るので、朝早めに出発して雨を避けたいなと思いながら準備をした。いつものようにパンケーキを食べながら、登山の同意書にサインをする。ドルキャッシュでガイド料を払う。1人1000ドルほどで7日間のポーターとガイド料、宿泊料、食糧費が含まれる。ウガンダ相場だとかなりの高額だ。食事をしていると、ポーターがぞくぞくと集まってきて、荷物を持っていく。

ガイドはリーダーのモーゼス、彼は39歳で100回ぐらいのルウェンゾリ山のガイド経験がある。ヘンリーは23歳で若くて体力自慢。2日目から参加したガイドはアサバ。愛されキャラの男だ。それに、ポーターさん14人という、まさに大名行列。

日本の登山文化からすると遅めの9時30分頃に出発。ついに。まずは集落を抜けていく。トレイルヘッドはどこだろうと思いながら歩いていても看板すらない。これは分からない。マイナーな山だけあるし、観光化されてない証でもあるが。

山に入っていくと、子どもたちの声が。丘の中腹と言ったほうが正確だが、そんなところに教会や家があり、子どもたちがはしゃいでいた。本当にこの国は子供が多いのだ。ドローンのテスト飛行などをしながら歩いていくと、MULYAMBULIというレンジャーズポストがあって、1週間分の入山料を支払う。こんなところにあっても、誰も気づかないと思ったが、みんなガイド登山だから、そんな心配は必要ないのだろう。

しばらくいくと山の中にカメレオンが!というか、雑草の中にカメレオンがいたのだが、小さいに同じ緑だし普通気づかない。しかし、ウガンダ人ガイドは見つけるのだ。すごい。どうしたらあるきながら見つけれるのだろうか。その後も、ライカというシカみたいな動物が遠くの岩陰に座っているのを見つけたりと、視力が良いのか、いつも同じ場所にいるから見つけれるのか、不思議だ。

寒いかなと思っていたが、暑くて半袖短パンでよいぐらいの気候だ。ただ、念の為長ズボンを履き続けた。川を渡ったり、アフリカ固有の植物や木々を見ながら高度を上げていく。ランチは朝渡されたランチボックス、中を開けるとサンドイッチとりんご、そしてマンゴージュース。腹が減ったのでうまい。トレイルの眺めがいい場所に簡易的な屋根がついた東屋のような場所があって、そこがランチスポットのようだった。

登っていくと視界が広がっていく、見渡す限り山。深い山に入ってきた。日本から遠く離れたアフリカの大地、さらにアフリカで最も大きな山塊のど真ん中にいる。自然の大きさと自分の小ささを肌で感じる瞬間だ。

ポーターが我々のすぐ近くを歩くので荷物をいつでも出せると言っていたので軽装備だったが、全然一緒ではなかった。。。まあ、これがアフリカだ。ポーターたちはザックを背負わず、麻袋に紐を通して額にひっかけて登っていた。パワフルだ。足元はサンダルや長靴で登り続けるので、バランス感覚なんかもすごいなと。16:00ぐらいにKALALAMA CAMPに到着。今日の宿泊する場所だ。

黄緑色の小屋は、思ったよりもしっかりしていた。そして、客は我々のみ。ドライシーズンの始まりかつ年末年始というベストな時期なのに、この客数。やっぱりマイナーな山だ。

高度を上げているので、順応のために紅茶をたくさん飲んだ。ありがたいことに食事の小屋があって、そこには温かいお湯とクッキーが置かれていた。想像していた以上のおもてなし。これは下山までつづくクオリティだった。タクジさんがすこし高山病でボーッとしていた。今回の僕は慎重に慎重に。ゆっくり登り、水分を標高と同じだけ飲んだ。すなわち3000mなら3000cc(3リットル)というルールに従って。ダイアモックスも朝と夜に半分ずつ飲んだ。おかげで体調はすこぶるよかった。

夕食はかぼちゃ、じゃがいも、肉とスープ。たっぷり食べて、夕焼け空を眺めた。翌日からは長靴(ラバーブーツ)で歩くとのことで、準備をして、眠りについた。水分をたくさんとったので夜中に何度も起きてトイレに行った。

直島二人旅

父子の二人旅は初めてで、先日岐阜の実家に二人で帰ったぐらい。今回は飛行機で高松に行き、そこから直島に行く2泊3日の旅。

旅に行く前から、高松と直島で予約して、最初はレンタカーにしようとしたがメインが直島なのでバス移動にすることに。どこか立ち寄れる場所があるかなとか、子供が好きそうな場所、乗る可能性のあるバスの時刻表なんかを調べた。

一人で行くなら、宿も取らず適当に現地での偶然を大切にするのだが、今回は行く前にドキワクなので、いろいろと調べた。ある程度準備をしても、なにか忘れてるんじゃないかと気になったり、当日風邪をひかないといいなと願っていた。
で、風邪も引くことなく金曜日になって天気予報を見ると、土曜は雪の予報。特に気にもしていなかったけど、まさか羽田便がすでに欠航が決定し始めた。。。土曜の朝に起きると、雪は降っていないのに、欠航便は増える。欠航時の振替便の方法などを調べ、まずは新しい便も往復予約する。

どうなるかわからないけれど、とりあえず早めに羽田に向かった。2月の3連休だし空港が混雑してるかもと思い。まあ、飛行機が飛ばなくても、飛行機見学して帰ってこようかなというぐらいの気持ちで。

抱っこ紐での徒歩移動なので、両手をフリーにしたいのでザック。ただ、機内持ち込みサイズにしないと不便ということで、圧縮袋を使って小さくしてザックに収めた。電車で羽田に着くと小雨だったが、思ったほど混雑しておらず、チケットを発見し、飛行機を待った。無事に午後便で高松へ。

話せるようになって、ミルクを飲まなくなってはじめての飛行機なので、耳が痛くならないかが心配だった。さらに、1席なので暴れると隣の人に迷惑かけちゃうので、窓際が好きだけど通路側にした。離陸すると、お茶とたまごボーロを上げてむしゃむしゃ。たまごボーロは小さく数が多いので長持ちするので、ちょうどよかった。

1時間ほどで着陸しちゃうのであッと言う間だった。着陸のときはぐーすか寝ていた。高松空港に着くと、バスで高松市内に。高松港から翌朝フェリーに乗るので、高松港の近く=高松駅の近くにホテルを取ってあった。何年か前に来たことがあるが、新しい駅前のビルが建っていた気がした。記憶は曖昧なので、どうかわからないが。

ひとまずホテルにチェックインして荷物を置く。高松センチュリーホテルというところで、少し駅から離れていたが、新しくきれいで十分だった。駅の近くは店も意外に少なく、居酒屋はちょっと難易度高いので子連れで入れるところがなかったので、駅ビルに。

ディスプレイを見ながら、どこに入ろうかと思っていたら、お子様ランチを見つけて、ここここというので、入ることに。運良くうどん屋さん。さぬきと言ったらうどん。ということで、うどんとちらし寿司のセットとお子様ランチを食べることにした。パパの膝の上でお子様ランチを食べながら、俺も同時並行で食べる。子供だけ先に食べ終わって、俺があとから食べると待ち時間が耐えられず暴れたり、どこかに行っちゃうかもしれないので、同時に食べる。が、これが意外と大変だった。

食べ終わって、夜道を歩いていると、「ちゅるちゅる美味しかったね」と突然言い出した。ちゅるちゅるはうどんのことで、讃岐うどんが美味しいと、味覚がするどいなと。麦茶の種類変えたら飲まないとか、牛乳は飲むけど、調整した牛乳だとおいしくないと飲まないので、舌は肥えてるのだろうけど、本場のうどんも見極めたかと思った。

まずは無事に二人で高松まで来て、1日が終わる。ビールでも飲みたくなり、スーパーで1本だけビールを買って、ホテルに帰った。大浴場に入って、クリームを塗って寝た。広いベッドでジャンプしたり、きゃっきゃ遊んでから、すぐに眠りについたので、ビールを飲み、しみじみと二人の旅が始まった喜びと、1日が無事に終わった安堵の気持ちをほろ酔い気分で味わいながら、1日を思い返して眠りについた。

翌朝、早いフェリーで直島に渡ろうかとも思ったが、焦る旅でもない。はるかちゃんが自然に起きるまで寝かせてあげることにした。青空と眩しい太陽を浴びて、自然に起きたので、機嫌が非常によかった。朝食はバイキング。家族3人のときはバイキングが非常に良かった。食べないものもあるので、好きなものをその日にあわせてチョイスできるし、待ち時間もない、親も冷めた料理を食べなくていいから。でも、二人だとバイキングは難易度が高かった。朝は人も多いし、お味噌汁とか熱いのでぶつかってかかってもいけないし、一人で席においておけないから、抱っこしてトレーを持っておかずを取るのは難しい。飲み物のバランスはなおさら。持ち運びやすいパンとかを中心にして食べた。

とはいえ、パパと2人という状況を理解してくれているのか、新しい環境で不安やワクワクな気持ちでいっぱいだからかわからないが、駄々をこねることがそんなに多くなかったのは助けられた。

ご飯を食べてフェリー乗り場に。草間彌生さんの水玉のフェリーに乗り込む。大きいフェリーなので揺れることもなく、船酔いも大丈夫だった。デッキで風を浴びながら海を見たかったが、はるかちゃんは寒いので中がいいというので、中から海を見たり、シールブックで遊んだ。旅を通して、シールブックはいい遊びどうだった。大人からしたら100円ショップで買えるやすさとかさばらなさ、それなのに1冊で長持ちする。

1時間弱で直島に到着すると、赤いかぼちゃがお出迎え。バスで移動する。外国人観光客が多いなーというのが印象。バスを降りて、海を歩き、黄色いかぼちゃで記念撮影。海で遊ぶかなと思ったら、海は嫌だというので、またバスで地中美術館へ。ここは12:45のチケットを予約してあった。30分ちょっと前に到着すると、10分前からしかチケットに交換できないらしい、さらにカフェとかあると思っていたら、チケットセンターは美術館とは離れた場所にあり、チケット売り場だけ。。。やることない。。。とりあえず、パンを持っていたのでお昼ご飯にした。

チケットをもらって地中美術館へ。子供にはすぐ飽きるかなと思ったが、作品の展示数は少なく、どちらかというと空間を五感で感じる作品で、子供も楽しめた。面白いね、フシギダネと何度も言っていたのが印象的だ。日常では味わうことのない、感覚、錯覚から何を思ったのだろう。

ウォルター・デ・マリアの作品は、球体に映る青い空が美しかった

モネの作品を一番引き立てるために、あの空間を作ったのかと思うほどマッチしていた。

タレルは光の魔術師、なんだろうあの吸い込まれるような空間。光を操りきっていた

地中美術館の屋外カフェでミネストローネスープとライスバーガーを二人で食べる。ポカポカ陽気の中、海を見ながら二人でランチ。やっぱり瀬戸内海って島々と海が美しい。

美味しい、楽しい、美しい。なんと幸せなのだろう。ここでものんびり食べて、芝生で遊んで、帰りのアンケートコーナーでは、アンケートの代わりにお絵かき。再びつつじ荘までバスで行くと、はるかちゃんはお昼寝したので、歩いて家プロジェクトのエリアまで。いえプロジェクトの杉本さんの神社を見て、再びバスで宮浦エリアまで、今日の宿へと向かう前に大きな赤いカボチャで遊ぶ。かぼちゃの中に入れて、はるかちゃん大喜び。東京に戻ってからも、赤いかぼちゃで遊んだね、とか、赤いかぼちゃまた行こうねというので、一番印象に残っているのかもしれない。

宿へと向かう途中にアイラブ湯という銭湯があり、はるかちゃんが入りたいというので、たちより。そこからすぐのセブンビーチという宿に。宿を初めて13年というおばちゃんに、父子のふたり旅は初めてだよ、大変だね、よく来たねと言われた。まあ、自分(大人)のトイレとか、自分(大人)の食事とか大変だし、飛行機はひと席なので狭いとか、移動長いとぐずるとか、ママがいいとか、まあ、いろいろあるが、それ以上にふたり旅は楽しいしかわいいし、新しい体験をしてそれに反応する姿を見るだけでうれしい、いい時間だ。だから、あんまり大変という気持ちはなかった。家族旅行とはまた違う楽しみ喜びに出会った感じ。

その後、夕食はシナモンというお店でカウンターで食べた。子供用メニューがなく、おにぎりとお味噌汁といくつか頼んで、その残りを俺は食べた。また宿に戻って、岐阜のじぃじばぁばとテレビ電話をした。今日は和室で布団を引いている部屋。珍しいのか、部屋をぐるぐる走り回っていた。

明日は早いので、早めに寝ることにした。7時のフェリーと考えていたので、夜中に何度か起きて時計を見た。すると、雨。おお、でも昨日じゃなくてよかった。自分の準備をして、パンを食べて、はるかちゃんを起こさないように、小さな明かりでおむつを変えて、洋服を着替えさせたら、目覚めたようだった。フェリー乗り場に行くと、まだ真っ暗。おしりが痛いというので、ズボンを触ると濡れていた。おしっこが漏れたのだ。こんなタイミングで!とりあえず、おむつと洋服を変えてフェリーに乗った。

高松に着くと、小雪が舞う中バスで空港へ。するとまさかの、濃霧で飛行機着陸できないとのアナウンス。上空で旋回していると。2回目の着陸トライでも降りれず、時間だけ過ぎていく、これは帰れないかなー、新幹線か夕方の飛行機とったほうがいいかなと思ったら、ANAが着陸したのにJALは降りない。やきもきしていても仕方ないので、空港の探検を二人でした。すると、JALも着陸し、飛行にに乗って、東京へと。1時間のフライトは短い、すぐだった。東京に戻ると、また電車で家へと帰った。

はじめての親子2人旅が終わった。当初不安もあったが、実際に旅をしていると、それよりも楽しかったし、夜になっていろいろと一人で考えると、このかけがえのない時間が非常に貴重で、またすぐにでも旅に一緒に出たいなという気持ちになった。家族旅行とはまた違った時間だ。母子旅とか、父子旅も今後もしていきたいなと思う。

■持ち物の基本方針
カバンはひとつでリュック(機内持ち込みサイズ)
手提げ袋など街歩き用の小さなカバンも必須
両手があいているのmust
圧縮袋(荷物の体積最小化)

■手持ちのもの荷物

飲み物
ウエットティッシュ
お菓子(複数)
おもちゃ(複数)
食器類(エプロン、スプーン、フォーク)
タオル
ビニール袋
町歩きなど持ち運びに使える袋

■ザックに入れる持ち物

おしりふき
おむつ
モンベルだっこひも
オムツ替えシートセット
おもちゃ
肌着 3組
洋服 3組
顔体用クリーム
食事用エプロン
体温計
靴下
水筒
母子手帳・保険証・乳幼児医療証
スプーン、フォーク、麺きり
タッパー
座薬
パックのジュース
パジャマ
コート
おやつ・お菓子 複数種類
絵本
おもちゃ2個以上
歯ブラシ
充電器
焼き芋
タオル
ゲロ袋