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Rwenzori11 山を降りる

下山まであと1日、そして何よりも登頂というビッグイベントを終え、久しぶりに夜更かしをした。もちろん、大晦日というのもあって。翌朝もいつもどおりに起きる。食事の前に、ガイドやポーターへのチップをどうするかを話して準備した。通常なら下山して渡すようだが、下山日が新年元旦ということで、みんな家族の元へ少しでも早く帰りたいとのことで、少し早めに渡すことになったのだ。

いつもの朝食、これも最後かと思うと、すでに飽きていたのに、寂しさを感じる。準備をして、ダッフルバッグをポーターに預けた。今日は長靴でスタートして、途中でトレランシューズに変えるという工程らしいのと、標高も低くなるので暑くなるとのことで、出しやすいように荷物をまとめた。

出発前に、ポーターとガイドがずらりと並ぶ。今まで全員集合したことがなかったので、こんなに大勢のパーティーだったのかと驚く。一人ひとり感謝の気持ちとチップを手渡していった。トレイルはたまに沼があったが、今までと比べるとかなりましで、乾いたトレイルも時折見られた。行きとは異なるコースなので、景色に飽きることがない。モーゼスが滝だよと教えてくれる。耳を澄ますと、滝のゴォーという音が確かに聞こえる。音の方へと行ってみるとたしかに立派な滝があった。

暫く進むとポーターが座って待っていた。ここから先のトレイルはマッドじゃないよと教えてくれ、ダッフルバッグからトレランシューズを取り出し、雨具などを片付けた。もう暑いので、Tシャツで十分だった。

ゆるやかな下り道、さらに長靴を脱ぎ、乾いたトレイがこんなにも歩きやすいとは、ごく普通の登山道がこんなに心地よく歩けるなんて、と幸せに感じた。見慣れた光景だなと思ったら、行きに通った道に合流した。周りの木々は低山だなと感じるような、木々や草が豊かになってきた、そしてそんな雑草の中からまたカメレオンをモーゼスが見つけたのだ。葉っぱと同じ色のカメレオンをよく見つけるなーとあらためて感心した。

管理等で下山のサインをする。戻ってきた。キレンべの村に。木々の隙間から集落が見える。山の上にある民家がぽつぽつと出始め、子どもたちが遊んでいる。帰ってきた、あー帰ってこれた。ポーターの小さな子供がお父さんに会いに走ってきた。父と手をつないで一緒に歩いている。1週間ぶりにあえて、ふたりとも幸せそうだ。

山道をついに抜け、集落に入る。帰ってきた。子どもたちがたくさんよってきて、じゃれてくる。ガイド会社に到着して、また仲間とガイドの3人と握手をした。1週間本当に良い時間だった、ありがとう。

ビールを頼んでルウェンゾリと一緒に登ったすべての仲間に乾杯。ぬるかったけど、最高にうまいビールだった。ほっと一息ついて、登頂証明書をもらう。ランチを食べ、カセせの町まで移動することにした。ここで泊まっても良かったがすでに行きに2泊しているし、明日以降のサファリを考えると町まで行っておきたかった。バイクを読んでもらい、ダッフルを背をって村を出た。

ダッフルがおもすぎて、背中が引っ張られて腰が痛くつらいニケツだった笑宿に到着してシャワー。気持ちよかった1週間分の汗と泥が落ちていく爽快感。夜はゆっくりしたかったのでホテルの中庭でインドカレーを食べた。これまた、スパイシーで、山の味とは違って地上の飯はうまいって感じたのだった。疲れがどっと出て、すぐに眠りについた。

Rwenzori9 頂へ

アタックキャンプということもあり標高も上がり冷えているだけでなく、空気も薄い。ただ、それよりもアタックを控えた夜という、不安と興奮ですぐには眠りにつけなかった。

寝る前に、アタックの装備をザックに入れては、何度も出して確認し、またザックに入れた。無駄なものは持ちたくないが、必要なものがないと困るから。シュラフに潜り込んでからも、アレヤコレヤと登山のシミュレーションをしていただ、いつの間にか眠りについていた。

トイレに起きて小屋を出る、空を見上げると満天の星空。このまま明日の朝まで天気がもってほしい。ただ、それだけを願った。ただ、ここは雨が非常に多いエリアだということは、数日間登ってきた自分たちが一番体験として理解している。期待しすぎない、そう自分の感情を期待値コントロールした。

2時に起きて洋服を着替えて、準備をする。さっと朝食をとる。急いでいるのと登山のことに週痛しているので、何を食べたかも覚えてないほどだったが、特に冷える夜中に温かい紅茶で気持ちがほっとしたことだけは強く記憶に残っている。予定通り3時に登山開始。もちろん、真っ暗だ。しかし、空に星は見えず、雲が多い始めていた。ヘッドライトをつけて出発。

雪のついた岩を慎重に登る。ここまで来て、焦って高山病になんかなっていられない。まずは、冷静に、焦らず。ゆっくりと。7人いるので、ヘッドライトが明るく、登山するにも不便はなかった。もうひとつのガイド会社のアタックキャンプであるエレナハットには30分ほどで着いた。急な岩場が訪れるとメインガイドのモーゼスが仕切って、ザイルを出してくれた。ユマールで登る。

すると、たまちゃんのシューズのソールが加水分解で剥がれてしまった。僕が長い細引きを持っていたので、それを上げてモーゼスがしっかりと縛ってあげていた。多少の不安は残るが登れなくはない、そしてもう少し行けば雪が出てアイゼンをつけるのでそれまでのしんぼうだ。まさかの、弘樹さんのソールまで少しめくれてしまった。こんなにも加水分解が。。。自分も不安になった。

2時間ほど歩きアイゼンを付ける。そして、温かいお茶と行動食を補給。氷河に入るので7人でザイルを結んだ。ついにここから核心部へと入っていく。一歩一歩を確実に、ゆっくりと。あるき始めて4時間がすぎ7時になると明るくなり、ヘッドライトがいらなくなってきた。やっと山の全貌が見えると思ったが、ホワイトアウトで周囲はあまり見えない。これじゃどこを登ればいいかわからない。ガイドさんがいなかったら、到底無理な山だった。

5000m近いので、深く息を吸いながら、呼吸を整えてゆっくりと登る。呼吸のペースを乱さないように、自分の速度で。ものすごい氷柱の壁で風をよけながら一休み。ここまで思ったよりも急な斜面でゆっくりと一息付ける場所がなかったので、フラットな場所をみつけほっと。

斜面をトラバースして、岩の壁を再びユマールで登る。合計3箇所ぐらい確保してもらった。マルゲリータ氷河は急であり、とても広い氷河でいったいどこまで続くのかと思っていた。ただ、先のことを余り考えるよりも、今の一歩に集中した。登っていくと、ここピッケルを置けという。えっ、ここで?と思いながら、雪にピッケルを刺して岩を登り始めると、頂上っぽさが伝わってきた?えっ、ここ?もう、あそこが頂上?思ったより早い、けど、頂上についに来た?登頂?

サブガイドのアサバが先に登って、頂上の看板の雪をきれいにしてくれていた。たまちゃん、たくじさんに続いて僕が登頂、弘樹さんもすぐに登頂。ついにきた、ルウェンゾリの頂に。

「やった~、きたー、きたぞー」と叫んだ。みんなも、それぞれの感情を爆発させていた。日本から9日ぐらいかけてたどり着いたアフリカの奥地の頂に。トレーニングもした、下調べの準備もした、ここまで飛行機、車に揺られ、沼地をあるき、雹に降られて、たどりついた。なによりも5年前このメンバーでいったアコンカグアは登頂できなかったが、今回は仲間全員で登ってこれた。ともに助け合い、笑いながら、ここまでこれた、成し遂げられた、それが何よりも嬉しかった。今回は来れなかったしんやさんがくれたルウェンゾリ手ぬぐいを出してみんなで記念撮影。そして、少し奥が国境で、そこはコンゴだよと言われ、コンゴに足を踏み入れた。

そして、9時前に下り始めた。下りの方が斜面が急に感じた。滑り落ちないように、キックステップで。下れば呼吸は楽になるはずだが、下りの方が息があがったきがした。岩と雪が混ざるミックスな山肌。ミックスクライミングという状況だった。とはいえ、下りはやはり上りより早い。あっという間に高度を下げていく。先程見たばかりのルートを上から見ながら降りていく。ただ、雪が強く、遠くまでは見渡せないまま。

氷河を終えアイゼンを取る。上りのときとはルートが違ったのか、雪の状態が違ったのか、垂直の岩をトップロープで懸垂下降したポイントもあった。その後も大きな岩が凍ってしまっていてツルツル。滑るので、転ばないように重心を低くして慎重に。上りよりも怖かったかもしれない。マルゲリータキャンプが見えると、気持ちがほっとした。下山ではないので気を緩めるにはまだ早い。今日の行程では、マルゲリータキャンプで荷物をまとめて、長靴に変えて、ひとつ下のキャンプまで歩かねばならないから。でも、やはりほっとした。安全な場所まで帰ってきたという安堵。

小屋につくと、自然と涙がこぼれ落ちた。まさか1回の登山で二度涙をするとは。みんないろいろな思いを胸に涙を拭い、ともに抱き合い、称え合った。仲間と成し遂げた嬉しさと、危険なエリアを乗り越えたほっとした気持ちが自身の体を包み込んでいた。まさに、This is 最高。そして、下山して、「半端ない、まじで疲れた」そんなことがくちをついた。でも、こういった成し遂げるときの爆発する感情というものは、人生において忘れられない記憶として刻まれる。

ポーターたちが温かいごはんを作ってくれて、それを食べた。うまい。疲れ切ってはいただここからまた降らなければならない。冬靴やヘッドライト、ピッケルなどはここで片付け、また長靴で下るために、荷物をパッキング。そして、再び下山開始。本当に疲れ切ってからの下山。もう、ふらふら。でも、進まないといけないので、気を確かにしようと言い聞かせた。

夕方が近くなると雲が流れ、青空が顔を出し始めた。しかし、もう元気がない。一歩進むのですら、体が重い。幽体離脱してしまって、コントロール出来ないような、歩いているのも惰性で歩いているような感じさえした。それほど疲れていた。その一方、ガイドさんたちは元気で、対して疲れてない様子。流石だ。18時過ぎにHunwick’s campに到着。疲れすぎて、この日は日本から持っていったフリーズドライの炊き込みご飯(尾西)を食べることにした。紅茶を飲みながら、仲間とこの長い一日を語り合いながら、ストーブを囲んだ。長い長い、そして、本当に最高な1日だった。シュラフに入ったら、すぐに眠りについた。

Rwenzori8 夕日に染まる岩肌に心躍る

隙間風に起き、トイレに行くことを繰り返す夜。朝になり目を覚ますと、雨。また雨だ。乾季がスタートしたとは思えないほどだ。ガイドいわく厳密には1月から乾季なので、あと数日ほどある。乾季に慣ればトレイルもドライになるというが、この沼地が果たしてドライになるのだろうか。

朝食はいつものパンケーキ。HUNWICK’S CAPMPを出発する。登り始めは雨。どんよりした曇り空の下、こうどもそこそこ高くなってきたのでゆっくりと歩を進める。沼地は変わらない。しばらく行くと、湖が見える。こんな高度に湖が、晴れていたらさぞ美しいことだろう。

高度を上げていくと雨はしだいに雪に変わる。アフリカの地で雪に降られるなんて、なんだか不思議な気分だ。スコットエリオットパス(4338m)を無事に通過する。岩肌に雪がつき滑りやすいところもあるが、ここも長靴だ。ストックでバランスを取りながら。長靴は保温効果がないので、足がじんわりと冷える。

日々長い行動時間が続いていたが、この日は早めに宿泊地であるマルゲリータキャンプ4485mに着いた。少し上に、もうひとつのガイド会社の小屋が見えた。ついにここまで来た。明日はアタックの日だ。自然と胸が高鳴る。しかし、ここで冷静さを保つ、それがアコンカグアで学んだこと。今回は、慎重にゆっくりとゆっくりとここまで来た。小屋で荷物を片付け、お茶を飲む。

アタックに必要な装備を最終チェックし、ザックに詰め込み、ベッドの下に並べる。そして、何度もチェックする。忘れることだけは許されない。温かい昼食を食べ、ユマールやatcでの懸垂下降の復習をする。また、冷えた体を小屋で温めながら、お茶を飲んでいると、外が明るくなった。もしかして、青空だ。

飛び出ると、こんな景色だったんだと、息を呑む美しさ。やはり、この高度で、この山奥だけあっての景色。そしてアフリカならではの植生。思わず、うぉー、すげー。

“This is 最高”

ここまでこれてよかった、来たかいがあった。

景色を見ていたかったが、ガイドさんに呼ばれて夕食を食べに小屋へ戻る。食べていると、、ちょうど日が沈む、オレンジ色に染められていく。夕焼け空、と山、小屋を飛び出した。

ついに、この景色を見ることができた。興奮が抑えられない。あっちからも見たい、こっちからも見たいという衝動が止まらない。みんなで、声を上げながら、景色に圧倒され続けた。

こういう景色を見ると、また自然に魅了される。これが見れるから、感じられるから、旅はやめられない。そして、こういう瞬間は突然やってくるのだ。この景色を、仲間とともに味わえたこと、そして、ウガンダのこの奥まで一緒に来たからこそ、この景色とこの興奮を味わえたことに心の底から感謝した。明日はいよいよアタック。深夜に起きるので、早々に寝ることにした。

今後おめでとうと言われない人生

せつないけど、そうなのかもなと。思った。

結婚して子供がいると、おめでとうといわれる。
結婚しておめでとう、子供が生まれておめでとう、子供の誕生日や入園卒園で大学入学でおめでとう。

一方、仕事でおめでとうと周囲から言われるのは、社長になるとか、上場するとか、教授になるとか、機会としてはすべての人に訪れるわけではなくレアだ。

あとは、趣味。スポーツなどの大会に出る趣味であれば優勝したらおめでとうと言われるが、それ以外の趣味では楽しむことはできても、おめでとうとは言われない。

人生とは、ちゃんと考えられていて、ありきたりかもしれないけど結婚して子供を生んで育ててというまあ、よくある人生のステップ。この道を歩んでいると気づかないけど、この道を歩んでないと、そこから得られる感情を得られないのだ。

それは、思っているよりも人間が求めている感情であるんだなと、つくづく思った。昔から続いている習慣というか、それには気づいていない人生において副次的効果というか、必要不可欠な要素があるんだな。

そもそも、未来の感情って想像しても、その状況におかれないと分からない。でも、時間は逆再生できない。だから、ある物事の真価がわからなくても、一般的に昔から続いてきたことならそのレールに乗るということも重要なのかもしれない。もちろん、2択で絶対にどちらかしか選択できないとか、そういった選択は違うかもしれないが、あれもこれもとどちらもできるようなことであれば、とりあえずやってみる精神は重要で、あとから振り返ってその判断に感謝することが多いんだろう。

20年来の友達が東大准教授に就任したお祝いを当時の仲間としていて、その時聞いたひとことが印象に残った。

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おとなになって走り始める人がいる、それは努力が結果に結びやすいから、報われるから、そんなことを昔書いたことがあるが、それとも似ている気がする。

報われると同時に自分に言い訳できないこと。

Rwenzori5 山へと入る

ついにルウェンゾリへの登山スタートする。今朝も天気が良い。いつも午後や夕方ぐらいから雨が降るので、朝早めに出発して雨を避けたいなと思いながら準備をした。いつものようにパンケーキを食べながら、登山の同意書にサインをする。ドルキャッシュでガイド料を払う。1人1000ドルほどで7日間のポーターとガイド料、宿泊料、食糧費が含まれる。ウガンダ相場だとかなりの高額だ。食事をしていると、ポーターがぞくぞくと集まってきて、荷物を持っていく。

ガイドはリーダーのモーゼス、彼は39歳で100回ぐらいのルウェンゾリ山のガイド経験がある。ヘンリーは23歳で若くて体力自慢。2日目から参加したガイドはアサバ。愛されキャラの男だ。それに、ポーターさん14人という、まさに大名行列。

日本の登山文化からすると遅めの9時30分頃に出発。ついに。まずは集落を抜けていく。トレイルヘッドはどこだろうと思いながら歩いていても看板すらない。これは分からない。マイナーな山だけあるし、観光化されてない証でもあるが。

山に入っていくと、子どもたちの声が。丘の中腹と言ったほうが正確だが、そんなところに教会や家があり、子どもたちがはしゃいでいた。本当にこの国は子供が多いのだ。ドローンのテスト飛行などをしながら歩いていくと、MULYAMBULIというレンジャーズポストがあって、1週間分の入山料を支払う。こんなところにあっても、誰も気づかないと思ったが、みんなガイド登山だから、そんな心配は必要ないのだろう。

しばらくいくと山の中にカメレオンが!というか、雑草の中にカメレオンがいたのだが、小さいに同じ緑だし普通気づかない。しかし、ウガンダ人ガイドは見つけるのだ。すごい。どうしたらあるきながら見つけれるのだろうか。その後も、ライカというシカみたいな動物が遠くの岩陰に座っているのを見つけたりと、視力が良いのか、いつも同じ場所にいるから見つけれるのか、不思議だ。

寒いかなと思っていたが、暑くて半袖短パンでよいぐらいの気候だ。ただ、念の為長ズボンを履き続けた。川を渡ったり、アフリカ固有の植物や木々を見ながら高度を上げていく。ランチは朝渡されたランチボックス、中を開けるとサンドイッチとりんご、そしてマンゴージュース。腹が減ったのでうまい。トレイルの眺めがいい場所に簡易的な屋根がついた東屋のような場所があって、そこがランチスポットのようだった。

登っていくと視界が広がっていく、見渡す限り山。深い山に入ってきた。日本から遠く離れたアフリカの大地、さらにアフリカで最も大きな山塊のど真ん中にいる。自然の大きさと自分の小ささを肌で感じる瞬間だ。

ポーターが我々のすぐ近くを歩くので荷物をいつでも出せると言っていたので軽装備だったが、全然一緒ではなかった。。。まあ、これがアフリカだ。ポーターたちはザックを背負わず、麻袋に紐を通して額にひっかけて登っていた。パワフルだ。足元はサンダルや長靴で登り続けるので、バランス感覚なんかもすごいなと。16:00ぐらいにKALALAMA CAMPに到着。今日の宿泊する場所だ。

黄緑色の小屋は、思ったよりもしっかりしていた。そして、客は我々のみ。ドライシーズンの始まりかつ年末年始というベストな時期なのに、この客数。やっぱりマイナーな山だ。

高度を上げているので、順応のために紅茶をたくさん飲んだ。ありがたいことに食事の小屋があって、そこには温かいお湯とクッキーが置かれていた。想像していた以上のおもてなし。これは下山までつづくクオリティだった。タクジさんがすこし高山病でボーッとしていた。今回の僕は慎重に慎重に。ゆっくり登り、水分を標高と同じだけ飲んだ。すなわち3000mなら3000cc(3リットル)というルールに従って。ダイアモックスも朝と夜に半分ずつ飲んだ。おかげで体調はすこぶるよかった。

夕食はかぼちゃ、じゃがいも、肉とスープ。たっぷり食べて、夕焼け空を眺めた。翌日からは長靴(ラバーブーツ)で歩くとのことで、準備をして、眠りについた。水分をたくさんとったので夜中に何度も起きてトイレに行った。