2008/7/30 水曜日

マジックアワーとかあやふふぁみとか

Filed under: diary, , 写真 — teratown @ 1:59:58

マジックアワー(magic hour)は日没後のしばらくの時間のこと。
ブルーアワー(blue hour)は夜明け前に数十分程体験できる時間帯のこと。
トワイライト (twilight)とは、日の出前や日没後の薄明かりのこと。
黄昏とは1日のうち太陽が沈んで暗くなる時間帯のこと。

波照間島に行ったとき、「あやふふぁみ」という言葉を知った。

「あやふふぁみ」とは、「トワイライト (twilight)」を意味する。
 夜明けや,夕暮れ時などの暗闇と光が混ざり合った時間のこと。
(沖縄本島では「あけもどろ」というらしい)

僕はこういった時間帯が好きで、ぼんやりとついつい眺める。
なんか心が落ち着くのだ。

空の様子が変わっていく時を、のんびりと眺めている。

そして、この時間は外に出たくなる。
砂浜とか河原とかあぜ道とか山とか、自然の中が理想だ。
腰をおろして、風に吹かれたくなる。

旅先での至福のひと時。


[あやふふぁみと虹@フジロックフェスティバル’08](PENTAX K10D DA16-45mm 1/25s F6.3 16mm ISO1600)


[ブルーアワー@和歌山](PENTAX K10D SIGMA APO 70-300mm 70mm 1/320 F7.1 ISO200)

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/29 火曜日

飲む、食べる、聞く、叫ぶ、踊る、笑う、フジロック’08

Filed under: diary, , art, 写真 — teratown @ 1:01:12

以前から野外フェスに行きたいと思っていた。
近年良く聞くし、目にするし、さまざまな場所で行われている(気がする)。
これは一度行ってみたい。
そんなことを思っていて、去年apbank fesに行く予定だったが、台風で中止になった。

で、今年、やっとこさ野外フェスに行けた。
フジロックに。
新潟の苗場で行われるフジロックフェスティバル。
俺がどんなアーティストが出るかも知らないのに行くというので、不思議がる人もいたが、僕はどんなアーティストでも楽しめると思っていたし、そして何よりもまずは行ってみたかった。

以前にもフジロックに行ったことがある友だちが、今年も行くというので便乗させてもらった。結果的に思ったのだが、こういったフェスは行く相手も楽しむのに重要だなと思った。それで言うと、一緒に行った相手は最高だった。

越後妻有トリエンナーレ以来の越後湯沢駅に到着し、駅から徒歩1分という便利な宿に荷物を置き、さっそくシャトルバスで会場へ向かった。会場に近づくと何やらウズウズ、ワクワクしてくる。なんでだろうと思ったら、そこに向かっている人の感情が、みなワクワクしているから、それが伝わってくるのだ。

会場内ではいくつもの場所で、同時進行でライブが行われている。それもあって、みんな自分の好きなように振る舞っている。寝ている人もいれば、ライブを楽しんでいる人も、飲んでいる人も、飯を食っている人も、移動している人も、大道芸を見ている人も、ぼーっとしている人も。みんな好きな時に来て、好きなときに帰る。こういった十人十色な感じが大好きだ。なんとも自由な空気がよかった。何かに統制されていないのが、居心地の良さを作り出していた。

居心地の良さは野外であることも大切だった。空の下、大地の上。木々に小川。そこには野外の自由があった。自然の中にいるという、やすらぎがあった。

さらに、この空間は大人の幼稚園だとも思った。会場内に入ってしまえば、何をしても誰も気にしない。昼からビールを飲んでも、地面で寝転がっても、歌に合わせて叫んでも、日常の生活では社会の視線が気になることも、気兼ねなくできる。大人も何にも縛られない空間を求めている。そんな空間だから、「大人の幼稚園」だと感じたのだ。

俺たちの行動も、自分たちのペースだった。
飲む、食べる、聞く、叫ぶ、歌う、踊る、笑う、見る、寝る、川に足をつける、語る、遊ぶ、ギャグ連発、写真を撮る、雨にぬれる、虹を見る、幸せ。

どれをとっても最高に楽しかったし、本当にこの空間にいられることが幸せだった。

一番強く印象に残っているのは、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトの笑顔だ。あの笑顔が忘れられない。あんなにもいい笑顔をする人を久しぶりに見た。一点の曇りもない笑顔なのだ。彼の笑顔を見ていると、こっちまで笑顔になってきた。2日間(3日間)俺もずっと笑みがこぼれていたと思う。

一人ではできないことも、楽しめる。野外フェスは一人じゃない。楽しみを幸せを共有できる。行って正解だった!サンキュ。

最高に幸せな時間と空間にふと気づかされたのは、日曜の夜ビールを片手に飯を食い、大道芸を見ながら腰かけて話をしていた時。フジロックを一通り楽しみ、帰りが近づいた時だった。
あの幸せは何だろう。安心した幸せというのか、ほっとする幸せというのか、何か時の流れとその空間が幸せに包まれる感じ。人生で数度しか味わったことのない感覚に包まれた。
幸せで仕方ない。中国での砂漠、ガラパゴスの船上、コパカバーナの朝、屋久島の浜、西表島の蛍と星空の浜、でしか味わったことのない人生6度目の「幸せ」だ。
お互い幸せすぎて、相当にやけていたと思う。
http://teratown.com/blog/2008/06/19/caueaethaacaeaci/

この幸せを共有できたならば、死ぬまで一緒に楽しくいられると思う。

帰りは、ザ・クロマニヨンズの「うめえなもう」が頭をリピートし続けていた。

ううっふー ううっふー
ごはーんーが すすーむー

2泊3日の幸せなフジロックは、幕を閉じた。

[26日 土曜]
沖仁
ザ・クロマニヨンズ
PRIMAL SCREAM
UNDERWORLD

[27日 日曜]
ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン(中川敬/奥野真哉/リクオ)
Big Willie’s Burlesque
MICHAEL FRANTI AND SPEARHEAD
THE BIRTHDAY
ゆらゆら帝国
Sheena & The Rokkets

以上、楽しませてもらったアーティスト。
漏れがあるかもしれない。うん、まあ、ご愛嬌。

(追記:雨でぬかるんだ土の上を歩いているときに、ぼんやりと感じたことがある。”今の俺は子供だ。”まぎれもなく子供だ。子供のころと感覚が同じだ。心の状態が子供だ。一般的に言ったらお前はいつも子供だと言われそうだが、なんだかんだ社会を意識して振る舞いをしているわけで。それが全くなくなっているなと感じた。こんな風に感じたのはとても珍しい。)


[フジロック フェスティバル’08@苗場](PENTAX K10D 16-45mm F10.0 1/100s 16mm ISO400)

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2008/7/24 木曜日

点が線になる。今年の皆既日食、来年の皆既日食。夏休み。ボゼ。

Filed under: diary, , 写真 — teratown @ 1:16:28

夜のジョギングを終えた後、明日からロシアに皆既日食を見に行く友人と話していた。
ロシアのビザ取得の話、皆既日食の話、写真の話。

たった2分しかない、その2分をどうするか。
どうやって写真におさめるか。
話しているだけで、ワクワクしてくる。
皆既日食への想いはつのるばかり。

来年も、皆既日食を是非みたいと話していて、来年の奄美についても調べていた。
来年行くなら、事前に下見もしたい。どうせ下見をするなら、悪石島のボゼの時が良い。
こんな話で盛り上がった。
ボゼは以前から興味があって、一度行きたいと思っていた。
宮古島のパーントゥプナハとか、パナリの豊年祭とかと同様に、一度行きたいと思っていた祭りだ。

ボゼは旧暦の7月だから、今の9月ぐらいかと調べていたら、今年はなんと8月16日。
なんと、お盆、休み、夏休み。

そろった。
求めるものが全てそろった。
点が線になる。
オセロが全部白になる。
ビンゴ。

夏は奄美周辺を狙おうかと思います。
今から調べます。

飛行機取るには遅いよなー。
キャンセル待ちかな。

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/22 火曜日

男が見た夢〜自由の翼〜 アラスカ極北飛行 : 湯口 公 

Filed under: , 写真, — teratown @ 0:46:56

アラスカの空を飛ぶ。
この響きを聞いただけでも、憧れを抱いてしまう。

湯口さんは日本の航空自衛隊で戦闘機のパイロットを10年やったあと、アラスカに単身乗り込み小型飛行機を買い、アラスカの空を、そして北極圏の空を飛んだ方だ。

湯口 公さんのことは、アラスカのことを調べながら色々なサイトを見ているときに知った。
そして、「アラスカ極北飛行」という本が出版されることを知り、湯口さんのサイトから事前に申し込んでいた。
出版予定日が、色々な都合により何度か遅れたのだが、毎回湯口さんは丁寧なメールを送ってくださった。

ついに先日楽しみにしていた「アラスカ極北飛行」が届いた。
まず、手に取った瞬間にずしりと重みを感じた。
良い紙を使っていて、重みがあったのだ。
本の中にはフルカラーのアラスカの写真がたくさんあり、オオっと思った。
こんなにも良い紙を使って、写真もフルカラーでこの値段では、儲けがないんじゃないかと思うぐらい。
そんなおせっかいな心配までしてしまった。

文章も読みやすく、すぐに読み終えた。
この本には等身大の、そして現在進行形の湯口さんが書かれていた。

プロの物書きっぽさはない、でも、夢を追いかけてもがいたことが、そのまま表現されている。
ありありと伝わってくる本だった。

オーロラを飛行機から見る。
このことについて書かれたあたりが良い。

空から見るオーロラは、完璧だった
=中略=
人はある美しい風景に居合わせた時、その瞬間のためだけに生まれてきたのではないだろうかと思うことがあるけれど、まさしくオーロラはそんな感じで、自分が美しいと思える場所や瞬間に身を置くことこそが全てなのだと思い、その時だけあなたは、何かしらの神秘性を持って自分に対峙することができて、そのことはすなわち自分自身のなかの根源的な想いに触れるということなのではないかと。

まずは、オーロラを静寂のなかで眺めたい。そしてその次は飛行機からオーロラを見たいと思う。

美しい風景の連続。
写真を見ているだけでゾクゾクしてくる。
たまらなく美しい。

さらに、ノーススロープという北極海近くの無人地帯がすばらしい。
もちろん、山の写真なども良いのだが、ノーススロープは特別だ。
青い湖沼が続く場所なのだが、この場所の静かなる力強さが好きだ。

こんな景色に自らの意思で、出会うことができる。
自由の翼を持っていることは本当にうらやましい。
それだけ、美しいものに出会える可能性が高まるのだ。
僕も乗り物を攻略したくなる。
やはり、自分で移動手段を持っているのはいいなと思う。
自由に行ける。思ったように行動できる。
僕は歩くことしか、自分で移動できる手段を持っていないので、本当にうらやましい。
かといって、動力のついた乗り物を操縦するのが、いまいちなんだよな。

本の終わり方も現在進行形だった。
これから湯口さんはどのように生きていくのだろうか。

ただ、いろいろやってきてひとつだけ言えることは、
「夢の続きは、また夢だった」ということです。

湯口さんのサイト
http://www.talkeetna.jp/
サイトにある動画もカッコいいです。
男はみんな夢を見るんじゃないでしょうか。


(星野道夫写真展@市川市2008)

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/15 火曜日

「おわり」のない最後

Filed under: diary, , 思うこと, 人生, 写真, — teratown @ 0:11:01

最近「おわり」のない最後 について考える。
かれこれ、2、3ヶ月。
思い出せない記憶について考えていたのがきっかけだ。

「おわり」のない最後が何かと言えば、ある物事を事前に「おわり」であると意識していないけれど、後から振り返るとその時が最後だった。
そんな事象を「おわり」のない最後と僕は言っている。

ドラマには最終回という事前に最後だと分かる「おわり」がある。
大学や高校の最後の授業も、あらかじめ分かっている。
結婚式もおそらく最初で最後だと分かっている。

事前に最終回(最後)であると分かっていると、自然と気分は高まる。
最終回であることを自然と意識し、その時を深く心に刻む。

有名な野球選手の引退試合も、セレモニーが行われ明確な最終試合が存在する。
多くのファンが球場に駆けつけ、最後の勇士を応援する。
そんな選手とは対照的に、怪我などをして、最後の試合が事前に分からない選手も多い。
野球選手を引退し、振り返ってみて「あの時が、最後の試合だったのかなぁ」と記憶をたどる。

星野道夫さんの死のような、突然の死も「おわり」のない最後であり、
最後の誕生日だって、その時は分からない「おわり」のない最後だ。
ものごとには「おわり」が分からない最後がある。
ほとんどの物事の「おわり」は分からない。

後から振り返ったら、あの時が最後だったのかと分かることもあれば、
大半は「おわり」を思い出せず、「おわり」を振り返ることもなく過ぎてゆく。

南米で5回も繰り返し合った人がいる。
ナスカで偶然同じ宿になり、クスコで泊まる宿を約束したが来なかった。
心配したがお互い旅の中だから、ぼくは先へと進んだ。
すると、ぼくがマチュピチュの帰りに、ウルバンバという町で会った。
日本人なんか見当たらない町だ。そこで別れ、プーノという町へ行った。この町のバス停からコパカバーナへ向かった。
プーノの町中でバスが止まった。人が乗ってきた、そして、ぼくの後ろに座った。
こんな所で偶然にも、また会った。コパカバーナまで一緒に行った。
この町ではゆっくりとチチカカ湖を歩いたり、料理をしてビールを飲んだり。
四面ガラス張りの最上階の部屋から日の出を見て、チチカカ湖を眺め、朝食をとった。
この時の幸せといったら人生の中で、トップ5にはいるのだ。
それから、ラパスへ。バスの中では語り合った。
それぞれの旅について。写真について。デザインについて。コレからの人生について。10年後の日々について。
そして、最後はウユニ塩湖のど真ん中であった。僕が夢にまで見たウユニ塩湖の上が最後だった。
こんなにも会ったんだから、また会える、そう思ったけど、振り返ればこれが最後だった。
あの人は今どこで何をしているのだろうか。

芸大の授業の後はいつも上野公園で飲んでいた。
酒を片手に真っ暗な上野公園で、いろいろなことを仲間と語り合った。
時には、砂場で相撲をして遊んだりと。
そして茂木さんの言った言葉を思い出す。
みんなが卒業したら、いつまでこれをできるか分からない。
この瞬間を一生忘れるなよ。と。
その言葉を覚えている。
最後はいつだったのか、過去の思い出にまぎれた「おわり」のない最後。

「おわり」のない最後を思うと、どんな一瞬も自分にとってかけがえのない時間や、出来事だと思えるようになる。
ひとつひとつの出来事を本当に大切にしていこう。そんな気持ちになる。

全てのことを大切にして、しっかりと心にとどめておきたいと思う。
でも、実際は全てのことを記憶していられない。
いくら思い出そうとして振り返っても、薄らとした記憶にしかならないこともある。
寂しくもあるが、だからこそ新しいことをして日々の生活を送ってゆけるのも事実だと思う。

そんな「おわり」のない最後には常に人が関わっている。
人は人をそれだけ求めているということでもあるんだろう。
そして、人というものは、それだけ流れているもので、不確かだ。
だから人には「おわり」のない最後が訪れる。

不確かだからこそ、絶対的に揺るぎのないものを求めようとする。
けれども、この世に絶対的なものはありやしない。
常にあらず。無常なのだ。

だって、人生そのものが「おわり」のない最後なんだから。
「おわり」のある人生なんて、未来の決まった人生そのものだ。
だが、そんなことはありえない。
たとえあったとしても、つまらない人生だろう。

「おわり」のない人生を楽しむ。
それが生きることそのものなんだと思う。

「旅をした人」星野道夫の生と死 池澤夏樹 P156にある一節

振り返ってみると不思議なことに、最後の段階で星野がやっていた仕事が二つにきれいに分かれている。二つというのは書物の名前で言えば、一方が〜中略〜「森と氷河と鯨」という本ですね。それからもう一方が〜中略〜「ノーザンライツ」〜中略〜今になって言うとこれは「最後の仕事」という言いかたになってしまうのであって、もちろん彼はこれを最後の仕事にしようとなんて思っていなかったわけなんですから、あまりそのことに意味づけをしたくはないんですけれども、ただ、今振り返ってみると最終段階で彼はアラスカについてひとつ新しい面を開き、二つのテーマに分けて、それぞれ見事に表現したなというふうに思います。

なんくるない よしもとばなな 12ページ

「今思えば、それが私の平凡だった少女時代最後の家族旅行だった。
そう思って思い返すと、なんていうことのない旅なのに、そのひとつひとつが鮮やかに思い出され、ささいなできごともすばらしいシーンに思えてくる」

「おわり」のない最後はいたるところに存在する。
そんな「おわり」のない最後は一人一人の人生の物語そのものなんだろうな。


(満月の夜@巣鴨の家から)

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵
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