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飛行機で見た映画と本

いろいろと映画を見た。この3年ぐらいかな飛行機で映画を見るようになった。年をとって寝れなくなったのか、現地でもスマホ使えるから下調べがいらなくなったからか。そうそう、あと映画を見て涙もろくなった。今回5本ぐらい見た中で一番良かったのが、「湯を沸かすほどの熱い愛」だった。

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「湯を沸かすほどの熱い愛」

父の蒸発
子供のいじめ
母の遺伝子ちょっとはあったみたい
母のステージ4のガン宣告
海老蔵妻のガンの死 俺と同い年
母は死ぬのに、連れ子
この家にいたいです、それでもママを好きでいいですか?
人生いろいろある
親子の絆、これに変わるものは存在しない
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この映画を見て、娘を持つ父として、日々の些細なことの積み重ねが父にしてくれているんだなと思った。今まで特に気を止めなかったことでも、父としての視点で見て、感じている。その積み重ねが自分の気持とか意識とかを父にしていってくれている。娘を持つこと、父になること、父じゃないとわかない感情、責任感というものがあるよなと。

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深夜食堂
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AmazonFireTVでは30分ものの短いのを見ていた。集中しなくてさらっと見れるからと見ていたのだが、まあ、特に印象に残ることなし。

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映画 「あん」

人の一生とはなにか、何によって決まるのか
どんな人生になるか
コントローラブルであり、そうでない
人の感情
だれと、どこで、どんな風に生きていくか
何を幸せに感じるか、飛び立てる鳥の幸せ
飛び立てない中での幸せ
差別、地位、お金、何らかのステータス、何らかの階級分け
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ハンセン病に関する映画。
自分が望み、いくら努力をしても抗えない世界ってあるよなと。成功して調子に乗ったりすると、努力とか自分次第でどうにでも世界が変えれると思ってしまうことも。自分は常に環境のせいにせずに、日々試行錯誤をするべきなんだけど、それは他人に押し付けるべきではないよね。絶対に抗えない環境とかってあるんだし、その環境の人を自分の軸でジャッジするのは違っている。

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永い言い訳

家族

子供
親子
一時の楽しさ
何を大切に生きる
突然家族を失うこと
家族を愛すること
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西川美和監督作品だったので、期待していたがそこまではまらなかった。
家族の形っていろいろある。そして、正解もなし。
どんな状況であろうと、家族が幸せを感じられる生き方を必死で模索するというのが人生なんだろう。

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君の名は

大ヒットしたので見てみたが、いまいち刺さらなかった。
自分が共感して良いと思わなくても、なぜ多くの人に刺さったのか、その理由は理解できないと良くないなと。
そういった消費者心理がわからないとビジネスマンとしてセンス無いなと。

印象に残ったのは音楽が非常に頭に残る。
場面ごとに流れる音楽は非常に良いなと思った。
あと、様々なシーンで東京の町が映るんだけど、ああ、あの町ねとわかる、その親近感。あとは、あり得ないけど、夢見そうな不思議なシチュエーションかね?

デバイスが変わり嗜好性が変わる

嗜好性が変わるまでは言いすぎだが、形やデバイスが変われば人の行動が変わる。全く同じ内容でもデバイスが変わると頻繁に使うようになったり、その逆もしかり。

結果として、嗜好性が変わったり、関係性だとかライフスタイルが変化する。

何度となく、型が行動を規定するということはブログに書いているが、つくづく思うのであ。

しばらく前に、amazon fire tabletを購入してしばらくたった。いままでは電子書籍をあまり読まなかったのだが、fire tabletを使って呼んでみると、非常に読みやすい。漫画はほぼ読んだことなかったが、漫画も違和感なく読める。美味しんぼが3巻無料だったので、電車の中で一気に読み終えた。まあ、最近料理に興味が有るのも理由にはあるが、やはり紙の漫画とのデバイスの違いは大きいと思う。

スマホでもできるのに、何が違ったのか。

・無料
・デフォルトでホームからブックストアに飛べる
・ページを捲りやすい。

fire stick TVも買った。テレビから音楽をBGMとして流す。TEDやブルームバーグ、NHKワールドを流しておく。映画もタダで見れるが、あまり映画を見る性格でない(2時間もじっとしてられない)ので、相変わらず映画を見る頻度は増えない。同じように、両親がスマホでLINEを使うようになり、コミュニケーションが楽になる。普段使っているツールなので、手間とかめんどくささもない。もちろんSMSと違い無料だし、動画や写真も送れるし、ビデオ通話も。コミュニケーションの数も圧倒的に増える。いやはや、何か変えたいコトや関係性などがあれば、それを変えるために努力するよりも、関係するデバイスや型を変えることを常に頭にいれて生きていこう。

小さい頃にやっておけばよかったなぁと、今更思うこと

宇多田ヒカルさんは、子育てを通して自分の記憶にない自分自身の小さかった頃を見ているように、追体験しているようだと話していた。自分自身にとって大きな影響を与えたけれど、記憶になくて空白になっていた時間を子育てを通して、取り戻し、今の自分自身たる所以を理解できたみたいな発言がすごい刺さっている。

そんな話から、自分の人生というものも振り返り、友達の過去と今を見たりなんかして、こんなことをした人生がよかったなと思ったことをメモ。

■コミュニケーション
・多様な人との交流(同年代も、大人も、考え方も、仕事も)
 →小さい頃にいろいろな仕事をしている大人と触れ合うと、自分の将来を考えるときに選択の幅が一気に広がる。
→年上、年下とも頻繁にコミュニケーションすることで、状況に応じた振る舞いが学べる。
・リーダシップ、組織を率いること
 →友達や学校組織の中でリーダシップを取ることは、大人になってからも重要。慣れていると大人になってからも自然にリーダシップを示せる。
・恋愛
 →コミュニケーションを学ぶ手段や感情を表現する手段、相手の立場に立った言動など学べる。
・悪いこと・喧嘩
 →人間社会で活きるということは、綺麗事だけじゃ生きれない。そこで、喧嘩したりすることも慣れておく必要がある。
   悪いことをし続けるのは良くないが、悪いことをして反省したり、悪いことってなぜダメかを学ぶのにも良い。

■学び・教養
・英語
 →いずれ自動翻訳もあるだろうが、人と人が心を通わせるには同じ釜の飯を食べると同じで、同じ言葉でのコミュニケーションは必須
・お金の勉強・経験
 →学校では学ばないけれど、生きていくには必須の能力。概要とともに実際に小さい頃から投資とか運用したほうがいい。
・教養(歴史・名著・文化)
 →それなりの人たちと対等にやっていく際は、教養が必須。それがないと、馬鹿なのって感じになるし、信用もしてもらえない。
・プログラミング
 →エンジニアになるかどうかは別にして、ある程度プログラミングを理解しておいて、モノの仕組みの原理原則を理解して考えを発展できるようにしておく。

■行動パターン
・自分で考え、自分で行動すること。どんなことでもPDCA
 →何か決められたことをただやって達成することは学生までで、それが染み付いているとダメ。自分でゴールを見据えて、逆残して自分でアイディアを出して行動計画まで落とし込む。そんな習慣がついていないとダメ。
・自分の好きなことを、とことん追求する
 →好きこそものの上手なれ。これは本当に正しい言葉だと思う。大人になってから好きなことがなくて、結局ダラダラした人生を送るよりも、マニアックなことであっても好きなことに出会い、好きなことを追求する。それを親も応援する。やると決めたらすぐに辞めない。これがポイントかな。
・一緒ん懸命取り組んで成功や失敗
 →本気で取り組んで、成功や失敗する経験をするといい。その感情の起伏も味わえる。喜びや悲しみは、大きなエネルギーになるし、その経験が人生を彩り豊かなものにする。
・バンテージポイントにいつもいること
 →朱に交われば赤くなる。周りがだめな人ばかりだと、それで良いと思ってしまう。一方で常に最先端だったり、自分より優秀な人がいると見える視点が違うし、さらなる世界を見ようと努力する。そして、小さいことに仲が良かった仲間は、大人になって様々に活躍する。そうすると、大人になってから、小さい頃の繋がりが大きく価値を生む。
・多様な視点で考える
 →答えはひとつではない。偉い人や権威が正しいわけでもない。1つのことでも、多様な視点で常に考え、それを踏まえた上で自分の意見を持つ。
・表現をする
 →自分の意見は表明する。自分の意見は変わっても良くて、その時全力で考えたらそれを伝える。簡単に伝わらないことも多いので、ひとつのことをAという表現で伝えたり、Bという表現で伝えたりと、いろいろ試すことが重要。後からいろんな人と議論して意見が変わっても良い。その時は、またそのことを率直に伝える。
・ロジカルとクリエイティブ
 →ロジカルとクリエイティブをうまい具合に行ったり来たりできる思考ができると強い。片方だけじゃ足りない社会。

■人間のベース
・睡眠
 →しっかり寝なきゃ、体が作られない。健全な肉体に、健全な心がやどり、最高のパフォーマンスがだせる。
・健康的な食事
 →睡眠と同じで、食事が体を作り上げる。
・運動
 →運動することで、肉体も強くなる。しっかりした肉体だと、何をするにしても馬力がある。小さい頃に運動しておくと、運動神経が良くなっておとなになってからも様々なスポーツがうまくできて、人生を楽しむことができる。運動によって脳が使われるので、そういった意味でも脳の活性化につながる。

■人生の彩り
・旅
 →知らない世界や知らない文化、人に出会える。偶発的な出会いを生むので、自分の人生が非連続に拓かれていく可能性をくれる。
・自然とのふれあい
 →人間も自然の一部であり、自然の循環は本当にできた仕組みで、学ぶことがたくさんある。日々の生活とは少し離れた環境と触れ合うことで、楽しみ学ぶことが非常に多い。なんたって、僕らは自然の中で生きているのだから。
・音楽・楽器
 →世界を旅して思ったのが、音楽って人を幸せにする。空間彩り豊かにする。できたら楽しめる。
・絵などアート
 →言葉以外で表現する手段を持つ。自分から溢れ出る気持ちをそのまま表現する。芸大に通って、そんな仲間を見て心の底からアートというものの力を知った。
・本・映画・漫画・ゲーム
 →どれも俺は小さい頃やってこなかったが、どれもやったほうが良かったなと今更ながら思う。

と、色々書いたけれど、自分の子にこれらを押し付けたいだけじゃんと思われそうだが、それもちょっとある(笑)でも、押し付けることは好まない。その過程の中で、自分も考え、議論しながらやっていきたい。まず環境だけは整えれるようにはしたいなと思う。

名前の持つ意味 名前を考える

そもそも名前って何だ?なんで名前というものが生まれたのか?そして、どんな文化や部族でも持っているのか?名前の果たす役割はなんだ?

you
あなた

相手を指差す
おい
この人
あの人

と、いう言い方もあるが、区別する必要があって、明示的に誰かを指し示すために名前が必要なのだ。でも、鉛筆に名前はない。固有名詞の付いた鉛筆はほぼ無いと言っていいだろう。それは、鉛筆を個別に明確に区別する必要がないから、鉛筆に名前が生まれなかった。じゃあ、なぜ、人間は個別に名前をつけて明示する必要があったのか。

もちろん文化によっても違う。日本は雪という言葉があるが、その種類も粉雪とか吹雪とかいくつかある、一方で東南アジアのローカル言語は雪という言葉を持ってないかもしれないし、アラスカのネイティブは50だかの雪(雪の白だったかも)を表す言葉を持っているという。これも同じで、細かく表現する必要があったから、それぞれの名前が生まれたのだろう。

そう、名前は細かく表現することが必要で生まれたものなのだ。だから、人間も細かく特定する必要がどうしてもあって、名前が生まれたと思われる。

おそらく、名前というものが発明された当時は、大人になった人に名前をつけていったはず。だとすると、大人なのでその人の特徴を踏まえて名付けたであろう。

今でも名は体を表すと言われるが、名前が生まれたずっと昔はまさに、名は体を表していたはず。もちろん、今でもそうだと思う。自分の名前は毎日触れるものである。自分で毎日書く。さらに、周囲から呼ばれる。自然に、刷り込みが行われていって、その人に染みこんでいって名は体を表すようになる。英語の勉強だって、単語を書いて、リスニングをしていくうちに身についていくように、名前も同様。毎日、自分で自分の名前を書く。そして、その文字を自分で見る。まわりから毎日何度も呼ばれ続ける。そうすれば、その文字、音がその人の体に染み付くのだ。だから、その人のメンタリティというか、根底を流れるものに大きな影響を与えるのは紛れもない事実だ。

さらに、名前を見た周りの人が、その人をどんな人だと直感で捉えることがある。そのファーストインプレッションは100%拭いきれるものではなく、この人はこんなキャラだろうという印象を持って接することによって、名前の意味を持つイメージを演じるようになる要素もあるんじゃないかと思ったりもする。

だから、漢字の持つ意味、漢字のもつイメージ、そして毎日いろんな人から呼ばれるので、その音感。全てが重要だ。死ぬまでついてくるものでもあるし。

ただ、考えの押しつけというものを僕は好まない。と言いつつ、自分の思いを込めたい、でも押し付けない。なぜなら、一人ひとりは個体によって違って、子供であれ自分のモノではないのだから。うーん、難しい。

■望むこと
・健康
・素直
・強くしなやか
・大きな心
・自分で考え自分で行動
・自分の価値観、自分の軸を持って生きていく
・自分自身を信じれること(自信)
・広い視点 複数の視点
・多様性を楽しむ心
・好奇心
・感受性 自分の好きなことを好きと感じれる心
・楽しいことも苦しいことも味わい尽くせる。
・自分自信、周りの人に対する優しさ
・見えない世界、自分の知らない世界も想像し、気を使い行動できる
・いつも笑顔
・自然の大きさを感じられる

悠、遥、笑、風とかとかいろいろな漢字に惹かれ、白川静さんの辞書を引く。

お前の名前の意味は何だ?

一年で一番ありがとうを思う日

NHKスペシャル「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる」

星野道夫写真展×2

星野さんが亡くなってから20年。
ということで、写真展や雑誌がいろいろと発売された。いつも銀座松屋で開催される写真展に足を運ぶ。大きく引き伸ばした写真と言葉の数々。

やはり、カリブーの移動が圧倒的だった。あの写真の持つ力の総体は圧倒的だ。1頭1頭のカリブーがアラスカの原野を駆け抜ける、その世界。海に潜ると小さな魚が群れて一斉に向きを変えたりして泳ぐ姿を見ることがある。まるで小学校の教科書に乗っていたスイミーのように。そういった海でしか普段は見ることができない群れが、アラスカの大地でも起こっている。僕らの知らないときに、僕らの生きている同じ時間に。

あと、面白かったのはメジャーなカットの写真とセットで撮った一連の写真をネガフィルムでライトボックスで展示していた。その時の一連の写真を見れたのだ。動物の動きなどが分かるし、まるでコマ送りの動画のように星野道夫さんが、どんな瞬間を味わい、切り取ったかが少し分かったような気がした。

展示の最後はこの言葉で締めくくられていた。

短い一生で
心魅かれることに
多くは出合わない
もし見つけたら
大切に… 大切に…

自然の中で遊ぶようになって、世界のいろいろな地域を旅をして、海も山も夏も冬も、そうしていくうちに星野道夫さんの言葉の意味をより深く深く噛みしめるようになっている。

銀座松屋の写真展が終わって、糸井重里さんのtobichiで小さな写真展が開催されるというので、こちらも行ってきた。表参道の狭い場所ながら100枚の写真が展示されるという。理由はこんなもの。

テーブル大の巨大ライトボックスを用意し、
その上に、星野さんが撮影した
「35mmフィルム」を100枚ならべて、
ご来場のみなさまには、
ルーペを使って、
1点1点、作品と1対1で向き合うように、
ご観覧いただくという趣向。

星野さんがフィールドで撮影した写真を、家に戻って写真に初対面したのと同じように、ルーペを使って写真を見る。ルーペで覗くと、それ以外のものが視界に入らない。いくら大きく伸ばした写真であっても、展示会場の壁や床、証明、隣の写真が目に入る。けれど、ルーペで覗き込むと、写真以外何も視界に入らない。この視界の違いが非常に没入感を作り出してくれた。

今まで見たどの写真展とも写真集とも違って、もっとも写真と正面から向き合えて楽しむことができた。ただ、最終日で混んでいたので見れれる時間が短かったのが残念なところ。でも、アラスカの風を感じ、東京という街にいるのに、悠久の時を感じられる、そんな素敵な展示だった。