2008/7/23 水曜日

群衆の中の一人だが

Filed under: diary, 思うこと, art, 人生 — teratown @ 1:03:54

ゴスペルを歌っている人を見て、ふと思うことがあった。

ゴスペルやコーラスなどたくさんの人数で歌うこと。
これらは観衆からすれば、歌っているある一人の人は何十人の中の一人だ。
見ている人からすれば、ある人(仮にAさん)は誰でも良い。
特にAさんを意識することはなく、何十人の人が歌っているという感じで、全体でしか捉えられない。

一方で歌っている本人(Aさん)からすれば、全身全霊をかけて歌う自分にとっては周りなんか気にならない。
何十人のなかの一人ではなく、まず歌う自分がいて、同じように歌う周りもいる。そんな認識。
完全にAさん自分自身が主役だろう。

見ている側からしたら個人ということは気にもせず何十人という群衆でしかないが、自分にとってはまぎれもなく自分が主役。
人生ってそういうものだよなーと、具体的な事象から抽象化された感覚を納得した。


(酒屋@谷中)

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/16 水曜日

肉体が全てを吸収してくれる

Filed under: diary, , 思うこと, art, 人生 — teratown @ 0:42:26

両親に本当に感謝することがある。
それは、元気な体に生んでくれて、そしてしっかりと育ててくれたこと。
そして、健康の「健」と名付けてくれたこと。
その名の通り、健康な体だ。

突然フルマラソンをしても4時間19分で完走でき、東京から岐阜(厳密には名古屋)まで歩くことだってできる体。
風邪だってひかないし、何でもおいしく食べられる。
過信している訳ではないが、頑丈だ。
外見からすると、マッチョでもなければ、背が高い訳でもない。
でも、しっかりとした作りの体になっている。

この体に感謝しても、しきれない。
小さいときの些細かもしれないが日々のバランスの取れた食事、
そういったことの積み重ねによって成り立っているからだ。
この年になって実感する。

そんな僕の体(肉体)が全てを吸収してくれる。

精神と肉体は同一のモノを意味するかと思うぐらい連動している。
体力が落ちていくと、物事の捉え方も元気がなくなる。
精神的にダメージを受けると、体にも支障がでてくる。

生きていれば、ものすごい楽しいこと、心躍る絶頂の時もあれば、何事もない平穏なとき、もう立ち直れないのではないかというような絶望。
悲しみ、怒りも存在する。もちろん、たった一言の美しさにこころが澄み渡ることもある。

いわゆるプラスの感情もマイナスの感情であろうと、その極みに達したときはどうしようもない。
恍惚とでも言うのか。茫漠たる自然の中にぽつりと一人で存在してしまうような、その時その場でどうしていいのか分からない感情になる。
そんな時、溢れ出した感情を肉体が吸収してくれる。
肉体が吸収してくれないと、感情が一人でどこかに行ってしまう。そして、取り返しがつかなくなる。
そうなってしまう気がする。

このときに、ちょっとやそっとでビクともしない肉体が溢れ出たものを吸収し、バランスを保ってくれる。
こんなときも、吸収してくれる肉体に感謝する。
このときというよりは、後から感謝するのだが。

僕は精神的に常に平穏な人間ではない。
確かに世の中一般でおこる些細なことでは動揺しないけれども、喜びもあれば悲しみもある。
そんな心の振幅があるにしろ、頑丈な肉体が吸収してくれる。
だから、精神的に強く見られるのかもしれない。

まあ、そんな周囲の目はたいしたことではなくて、
僕はこの肉体に感謝したいだけなのだ。


(群がる子供@インド アグラ)

今日は少し涼しかったので、走りやすかった。
6、7キロから体が軽くなって、走るリズムもついてくる。
そこからが楽しい。
走りながら、こんなことを考えていました。

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2008/7/15 火曜日

「おわり」のない最後

Filed under: diary, , 思うこと, 人生, 写真, — teratown @ 0:11:01

最近「おわり」のない最後 について考える。
かれこれ、2、3ヶ月。
思い出せない記憶について考えていたのがきっかけだ。

「おわり」のない最後が何かと言えば、ある物事を事前に「おわり」であると意識していないけれど、後から振り返るとその時が最後だった。
そんな事象を「おわり」のない最後と僕は言っている。

ドラマには最終回という事前に最後だと分かる「おわり」がある。
大学や高校の最後の授業も、あらかじめ分かっている。
結婚式もおそらく最初で最後だと分かっている。

事前に最終回(最後)であると分かっていると、自然と気分は高まる。
最終回であることを自然と意識し、その時を深く心に刻む。

有名な野球選手の引退試合も、セレモニーが行われ明確な最終試合が存在する。
多くのファンが球場に駆けつけ、最後の勇士を応援する。
そんな選手とは対照的に、怪我などをして、最後の試合が事前に分からない選手も多い。
野球選手を引退し、振り返ってみて「あの時が、最後の試合だったのかなぁ」と記憶をたどる。

星野道夫さんの死のような、突然の死も「おわり」のない最後であり、
最後の誕生日だって、その時は分からない「おわり」のない最後だ。
ものごとには「おわり」が分からない最後がある。
ほとんどの物事の「おわり」は分からない。

後から振り返ったら、あの時が最後だったのかと分かることもあれば、
大半は「おわり」を思い出せず、「おわり」を振り返ることもなく過ぎてゆく。

南米で5回も繰り返し合った人がいる。
ナスカで偶然同じ宿になり、クスコで泊まる宿を約束したが来なかった。
心配したがお互い旅の中だから、ぼくは先へと進んだ。
すると、ぼくがマチュピチュの帰りに、ウルバンバという町で会った。
日本人なんか見当たらない町だ。そこで別れ、プーノという町へ行った。この町のバス停からコパカバーナへ向かった。
プーノの町中でバスが止まった。人が乗ってきた、そして、ぼくの後ろに座った。
こんな所で偶然にも、また会った。コパカバーナまで一緒に行った。
この町ではゆっくりとチチカカ湖を歩いたり、料理をしてビールを飲んだり。
四面ガラス張りの最上階の部屋から日の出を見て、チチカカ湖を眺め、朝食をとった。
この時の幸せといったら人生の中で、トップ5にはいるのだ。
それから、ラパスへ。バスの中では語り合った。
それぞれの旅について。写真について。デザインについて。コレからの人生について。10年後の日々について。
そして、最後はウユニ塩湖のど真ん中であった。僕が夢にまで見たウユニ塩湖の上が最後だった。
こんなにも会ったんだから、また会える、そう思ったけど、振り返ればこれが最後だった。
あの人は今どこで何をしているのだろうか。

芸大の授業の後はいつも上野公園で飲んでいた。
酒を片手に真っ暗な上野公園で、いろいろなことを仲間と語り合った。
時には、砂場で相撲をして遊んだりと。
そして茂木さんの言った言葉を思い出す。
みんなが卒業したら、いつまでこれをできるか分からない。
この瞬間を一生忘れるなよ。と。
その言葉を覚えている。
最後はいつだったのか、過去の思い出にまぎれた「おわり」のない最後。

「おわり」のない最後を思うと、どんな一瞬も自分にとってかけがえのない時間や、出来事だと思えるようになる。
ひとつひとつの出来事を本当に大切にしていこう。そんな気持ちになる。

全てのことを大切にして、しっかりと心にとどめておきたいと思う。
でも、実際は全てのことを記憶していられない。
いくら思い出そうとして振り返っても、薄らとした記憶にしかならないこともある。
寂しくもあるが、だからこそ新しいことをして日々の生活を送ってゆけるのも事実だと思う。

そんな「おわり」のない最後には常に人が関わっている。
人は人をそれだけ求めているということでもあるんだろう。
そして、人というものは、それだけ流れているもので、不確かだ。
だから人には「おわり」のない最後が訪れる。

不確かだからこそ、絶対的に揺るぎのないものを求めようとする。
けれども、この世に絶対的なものはありやしない。
常にあらず。無常なのだ。

だって、人生そのものが「おわり」のない最後なんだから。
「おわり」のある人生なんて、未来の決まった人生そのものだ。
だが、そんなことはありえない。
たとえあったとしても、つまらない人生だろう。

「おわり」のない人生を楽しむ。
それが生きることそのものなんだと思う。

「旅をした人」星野道夫の生と死 池澤夏樹 P156にある一節

振り返ってみると不思議なことに、最後の段階で星野がやっていた仕事が二つにきれいに分かれている。二つというのは書物の名前で言えば、一方が〜中略〜「森と氷河と鯨」という本ですね。それからもう一方が〜中略〜「ノーザンライツ」〜中略〜今になって言うとこれは「最後の仕事」という言いかたになってしまうのであって、もちろん彼はこれを最後の仕事にしようとなんて思っていなかったわけなんですから、あまりそのことに意味づけをしたくはないんですけれども、ただ、今振り返ってみると最終段階で彼はアラスカについてひとつ新しい面を開き、二つのテーマに分けて、それぞれ見事に表現したなというふうに思います。

なんくるない よしもとばなな 12ページ

「今思えば、それが私の平凡だった少女時代最後の家族旅行だった。
そう思って思い返すと、なんていうことのない旅なのに、そのひとつひとつが鮮やかに思い出され、ささいなできごともすばらしいシーンに思えてくる」

「おわり」のない最後はいたるところに存在する。
そんな「おわり」のない最後は一人一人の人生の物語そのものなんだろうな。


(満月の夜@巣鴨の家から)

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/10 木曜日

乾電池EVOLTAでグランドキャニオン(高橋智隆)

Filed under: diary, 思うこと, テクノロジー, ビジネス — teratown @ 0:10:00

珍しくバナー広告をクリックした。
バナーをクリックすることなんて、ほとんどないと思う。

ロボットがグランドキャニオンを登ったというバナーだった。
面白そうと思いついついクリックした。

ロボ・ガレージの高橋智隆さんとパナソニックが共同でやった広告ネタだ。
高橋さんはタイムかなんかの○○な人100人っぽいランキングに取り上げられて、話題になっていたので名前は知っていた。

高橋さんもだが、この広告を作った人たちがすごいワクワクしてそうだった。
メイキングムービーを見たらすごく伝わってきた。

こうして無邪気にやっている大人が好きだ。
そんな大人になりたいとつくづく思う。

ああ、今度の情熱大陸にでるらしい。

乾電池エボルタ
http://evolta.jp/

ロボ・ガレージ
http://www.robo-garage.com/index.html

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵

2008/7/5 土曜日

自分が入れ替わる

Filed under: diary, , 思うこと, art, 人生 — teratown @ 10:14:51

先日、バスと電車を乗り継いで長野を訪れた。
先日といっても5月の末ぐらい。

友達のアトリエと彼の家が運営する西丸記念館(@稲尾)へ。
田んぼがあり、山があり、湿原があり、家の前には湖があるという素晴らしい環境。

友達のご近所さんの田植機が壊れたというので、田植えを手伝うことになった。
産まれて初めての田植え。それも手植えだった。
田んぼに素足を入れたとき、ひんやりとした柔らかさを感じた。
土の肌理が細かいなと。
柔らかい水の含んだ土に足を包まれるのは、こんなにも幸せなことなのかと満たされた。
とても心地よい時間だった。

まっすぐに植えるのはかなり難しかった。
田植えをしながら、いろいろな話を伺った。
機械で植えるよりも、人の手で植えた方が育ちやすいとか、田植えをしている田んぼでとれる米の量など。

この田んぼでとれる米の量を聞いて驚いた。
なんとその田植えした水田では200キロの米が取れるという。
さて、どれぐらいの米かを考えた。
1日1合食べたとして、1合は180グラムでと計算すると、人間は年間に60キロぐらいの米を食べる。
何と、自分の体重と同じぐらいの米を食べるのだ。
冷静に考えれば当たり前だが、こうやって実際の重量で目の当たりにするとすごい。
食べるものの重量と自分の体重を比較する。
そして、それが自分の体重と同じぐらいなのだ。
米だけで考えても、僕の体(全ての肉体)は米と入れ替わっている。
僕の体は食べ物によって常に入れ替わっていることを実感した。
自分の体は食べ物でできているんだと、改めて強く感じた。

そして、その体を作っている米に感謝した。
そして土ってありがたいな。と改めて思った。
僕が生きることを支える米を作るのが土なのだから。

潟若菴遵潟del.icio.us菴遵
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