カテゴリー別アーカイブ: 思うこと

Rwenzori13 サファリの目覚め

夜中には動物の鳴き声や足音が部屋のすぐ横を通り過ぎる。ああ、夢の中でサファリの中にポツンと放り出されたような意識になったり、鳴き声にビクッとしたが、すぐに冷静になり、ああ、今サファリのど真ん中にいるんだと気づく。

クイーンエリザベス国立公園の中で目を覚ます。夜明けとともにサファリへと車で。すぐ、角が立派な水牛やライオンなどを目にした。が、昨日見たので、盛り上がりはそこまででもない。それよりも、朝のひんやりとして静かなサファリの独特な空気感がとても心地よかった。山のように凛とした朝というわけでもないが、動物たちが動き始めるその直前の世界があった。

近くの湖の畔へ行くと、村人が多く集まり、洗濯や魚釣りをし、子供たちははしゃいで遊び回っていた。そんなところに大量のカバが。最強とも言われるカバの真横で子どもたちが遊ぶ光景が微笑ましかった。我々は、干上がった塩湖へと足を運ぶ。かれらはクレーターレイクとよんでいた。ウユニみたいにきれいな白ではなく、ドロドロな感じで、匂いも臭かった。

またまた移動して、小さな小さな集落に連れて行ってもらい、そこでいくつも点在するクレーターレイクを見せてもらいながら散歩。弘樹さんはバナナの木々の間をトレランして撮影したり。お昼は、近くのローカルレストランで食事。観光地でもない小さな村のローカルレストランで、ウガリとゴートシチュー。このゴートシチューが臭かった&ウガリも美味しくなかったけど、これしかないのでみんなで歯を食いしばって食べた笑

それから、コンゴとの国境へ。コンゴは治安が悪くエボラ出血熱が流行っているため国境は越えられない。国境はWHOなんかがいた。治安の良くない発展途上国の国境という感じがビンビン伝わってくる国境だった。いかにも国境らしい国境にきたのは久しぶりだったかもしれない。ガイドのジェム男の友達が国境にいるというので、車から少しだけ降りてちらっと見せてもらったが、特に何もせずすぐに帰った。

カセせに戻り、同じ宿にチェックイン。近くのタクシー乗り場で翌日のカンパラ行きのタクシーチャーターを探し、値段交渉。まあ、すんなりと決まったので、中庭で以前と同じような夕食を食べ、ナイルビールを流し込む。そろそろ旅も終わりに近づく。あとは、カンパラを目指すのみ。

家の掃除

引っ越してきて3年8ヶ月

倉庫と呼ばれる部屋があった。

当初俺の部屋という設定だったが、片付けが苦手なのと、アウトドアや洋服、本などがたくさんで、いつの間にか倉庫と呼ばれるように。

でも、今月2人目が生まれる予定なので、倉庫の整理をこの2ヶ月ぐらいやってきた。

まずは、本を500冊ぐらいブックオフで売った。

それから、書類系、洋服、自転車のケースなどなど、いらないものをメルカリで売ったり、捨てたり。

ダイソン掃除機もちょうど買ったので、ホコリもなくなり、家全体が浄化されたぐらいスッキリした。

そして、倉庫が部屋としても使えるようになった。

リビングに子供が入れないスペースを作って、俺のPCをおいていたり、子供が触らないようにハサミとかの文具、大切な書類をおいてあったが、それも旧倉庫に移動。

リビングに柵がなくなったので、広く感じる。

2年ぶりぐらいに使う、ベビーベッドも組み立て、新しい命を迎え入れる準備が整ってきた。

赤ちゃんが増えるので準備をしたのだが、掃除され準備が整ってきた部屋を見ると、改めて赤ん坊がやってくるんだなと感じるから、人間の心理とは不思議なものだ。

あ、今回も名前に悩んでいるが、なかなか納得行く漢字がなくて、どうしようかと協議中。

箱根へ

箱根なんて、まあ日帰りでもすぐだし、トレランでもサクッと行く場所。

だけど、2人目の臨月が近いし、近場で最後の3人旅行にと。

エンタメ性がないとつまらないので、帰りのロマンスカー展望席をゲット。

しかし、行きのロマンスカーでまさか子供が履いてしまった。

電車ではいたのは初めてで準備していなかったので、大変だった。

ロマンスカーは普通列車よりも横揺れが大きいようだ。

予定も変更して箱根登山鉄道にはのらず、湯元で食事をして、神奈川県立生命の星・地球博物館へ。

思っていたよりも恐竜の展示などが圧巻で楽しめた。

でも、一番刺さっていたのは旭山動物園でも見たいと言っていた蛇だった。

運良く箱根湯本で宿をとっていたので早めにチェックインして、ゆっくり。

家族風呂にも入れて、ゆっくり、お肌もすべすべ。

翌朝、家に帰りたい、ロマンスカーは揺れるから嫌だと明確に意思表示をするので、展望席を楽しみにしていたけど、キャンセル。

4人で展望席を楽しむために、とっておいたのかもしれない。

で、帰りは、ゆっくり普通列車で。乗り換えもあるので、リフレッシュできて良いのかもと思った。

ほんわかした小旅行で楽しめた。

子供の興味がうまれるきっかけ

自分がなぜビジネスとか経済に興味を持ち始めたのか。

ランニングの最中はこうした日々の生活では考えないことをふと思いつき考え始める。

遡ると、父親が日経新聞を読んでいて家においてあった。テレビも経済や政治の番組がすごいよく流れていた。

覚えてないが必然的に経済ネタの会話もあったのだろう。

だから興味を持ち、今でも好きなジャンルなのだ。
そう思うと、現代は家に新聞もない、テレビもあるけどつけない。だから、親が大人が興味を持つことに触れる機会が少ない。

おそらく、中学高校になりスマホを持ったら、好きなジャンルしか見ないし、レコメンドもされない。

そう思うと、リアルな存在であり、共有デバイスというものしか生み出せない大きな価値があるなと思った。

小学生ぐらいになったら、新聞でもとるかな。中学になったら、3年間のお小遣い一括であげて投資含めた運用でもさせてあげようかな。

その時しかなかった過去

久しぶりにしみったれたことを書くのだ。そもそも、若い頃はいろいろ多感な時期だった。そして、沢木耕太郎さんが深夜特急に書いていた、26歳旅人最強説的な、社会を知り、でも知らないから吸収が良いてきなタイミングだった。だからこそ、いろいろ考え、書き残していた。

ただ、歳を重ね、いろいろ経験をし考え、そして子供ができると、意図的ではないが結果的に人は変わるというのが実際に起こることなんだろうと思う。責任感という人もいれば、子育てで精一杯で他のこと考えてられないという人もいる、自分よりも子供の未来がというのも、実際の勘定なんだろう。

あまり流されないと思っていた自分も、なんだかんだそんな状況に流されている。昔であれば、そんなのが嫌だと思ったかもしれないが、それ自体を受け入れるというか、心地よくいつの間にか受け入れているというのが今の現実だと思う。

若い頃の自分からすれば、かっこ悪いなといったかもしれないが、今の自分自身からすれば、かっこ悪いかもしれないが、そのときには想像もしなかった今という価値があるのだとも思う。

まあ、2019年ももう半年が終わり、この半年もいろいろあったけど、とてもいい時間を過ごせた。それは、個人としても、家族としても、仕事としても。そして、今年の下期も、もっともっとたのしみなことがいくつか待ち構えている。

で、リーマンがなぜ発生したかとか、金融の話、組織の話、人の話、あとは人の輪廻転生の話と個人的に楽しい話をして帰ってきたので、まあ、こんな日も最近ないので、メモを取ろうと書き始めたら、前置きで終わりそうだ。

で、何が書きたかったというと、昔の自分の考えとしては、過去も未来もない、今しかないと言っていた。今でも、基本的にはその考え方で、過去にすがる生き方はしたくない。今を楽しめないやつは未来も楽しめない。本当にそう思っている。

ただ、一人で楽しんでる時代は、過去も未来もない、今しかないと、本当にやりたいことやり続けた。ただ、子供ができてしばらく立った頃に、思い出があるという良さを感じ始めた。

なんでかと振り返ってみると、純粋に可愛くて、過去を思い出したり写真を見返すとそれは幸せな気持ちになる。でも、それだけじゃないよなと思う。

自分にしろ、大人の他者にしろ大人の変化は緩やかだ。日々脳も身体も変わっている。でも、その変化が緩やかなので、自分でも周りの人も気づかない。久しぶりにあった友達に老けたねとか、痩せたねと言われるのは、期間が空いていて、細かな変化があった日々を見ていないからだ。

で、子供の成長は、あまりにも早い。身体の変化も、できることが日々変わる。顔つきも、動きも。そして、脳の発達も急速で話せることなんて日々変わる。本当にその速さに驚きしかない。そして、その変化は不可逆なのだ。一度学んだら忘れない。以前にも子供が一度学んだら、それはマスターして、すぐに次のステップにいくと書いた。そうなのだ、本当に。

だからなんだと思った。その可愛さ(愛おしさ)*不可逆な成長が、その時しかなかった過去を振り返りたくなる理由だと。大人は、今できたこと、今の自分がまた再現できるとどこかで思っている。それは脳も身体も変化が緩やかだから。でも、子供を見ていると違う。これができるのは一回こっきり、次からはもっと進化した子供しかいないのだから。

たぶん、これは誰にも通用する感覚だとは思っていなくて、自分がその一回性というものに取り憑かれている体と主う。だからこそ、チャンスなんか訪れないから、そのチャンスは活かしたいと思うし、だからこそフットワーク軽く何でもやるし、一期一会だと思っているんだろう。

今は今なんだが、だからこそ変化の激しい子供という対象にめぐりあい、戻れないその過去の今が愛おしくなるという感覚をもらったんだと思う。

まとめると以下

===
一人で楽しんでる時代は、過去も未来もない、今しかないと、本当にやりたいことやり続けたけど、子供ができてしばらく立った頃に、思い出があるという良さを感じ始めた。子供の成長は、不可逆で。ある意味今は今なんだが、だからこそ変化の激しくて戻れないその過去の今が愛おしくなるから。
===

一度習得したことは忘れない

一度習得したことは、忘れない

どうやら2005年から「今しかない」と言っている。

永遠は一瞬だ。一瞬は永遠だ。一瞬は永遠になり、永遠は一瞬になる。