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箱根パワー

今回は保育園の保護者会に土曜出てから、駅前のマクドナルドでハッピーセットを買い、スヌーピーとしまじろうのおもちゃをゲット。まさか、自分がマックのおもちゃをもらうためにハンバーガーを買うことになるとは思っていなかったが、ついにそんな日がきたのだ。小田急に乗り、そのまま小田原まで。ロマンスカーじゃなくても1時間ぐらいで着くので便利。小田原でレンタカー。ついに関東地方のドライビングデビュー。

日産ノートe-powerで新車だった。バックミラーは普通の鏡とデジタルが変えられるスタイルで、おお未来感あるなと。いつも借りているビッツとかより少し大きいので不安だったが、難なく乗れたので良かった。箱根の山をグネグネ。いつもはランニングしている道なので、ああ、ここねと意外とルートがわかったりもした。

鈴木康広さんの展示を見に、箱根彫刻の森美術館へ。今回のメインイベント。

自分では思いつかない発想だけど、作品を見るといつも、ふむふむそうそうと、深く頷く。
いつもそんな心地よい感覚を呼び起こしてくれる作品ばかり。

なんといっても、センスがとても良いので、今回もすごく楽しめた。
僕が芸大に通ってるころ、康広さんも茂木研によく顔を出していて飲んだりしていた。イランの写真展を俺がした時は、わざわざ阿佐ヶ谷まで来てくれたのが懐かしい。

オープンエアーミュージアムだが、寒いので、室内のみ。子供が遊べる展示もおおく、とても興味津々に、体を動かして遊んでいる姿を見て、ああ、こういった刺激に触れるという経験は多い方がいいし、小さい頃のほうがより良いんだろうなと思ってた。で、宿に。かんぽの宿に初めて泊まってみた。日本郵政が経営しているのが、なんとも不思議で仕方がないが。まあ、箱根の物価を考えると、リーズナブルな部類なんだろう。部屋もそこそこ広いし、特に不満はない。すごく良いというわけではもちろんないが、別に悪くない。

一方で、子供の食事を考えると、夜も朝もバイキングだと助かるなと思った。バイキングなら何かしら子供が食べられる物があるし、食べるスピードも自分たちのペースでできるから。温泉はまだ肌に良くないので、水道水のお風呂に入って、ピカピカに。

翌朝も快晴。富士山は今日もバッチリ。朝はバイキングでラッキー。朝風呂もさくっと入って、三国峠から富士山を眺める。箱根外輪山を走るときのルートでもあるので、車を停めて、少し山を登るとさらに絶景。富士山に芦ノ湖に太平洋まで、ああ、気持ちいい。最後は小田原のかまぼこ博物館へ。何が良いってわけではないが、お土産、レストラン、展示、かまぼこ作り体験などできて、ちょっとした立ち寄りにはもってこいな感じ。そして、車を返して、小田原駅前でランチをして、15時30分には帰宅という、楽しいショートトリップ。

八重山諸島

何年ぶりかの八重山

特に八重山にというわけではなかったが、どこかに行きたかった。
寒い場所はなしということだったので、南へ。

どこかの島が良かった。やはり島と山が好きなのだ。
子連れファミリーなので、あまりにもマニアックなところだと医療機関とか食事とかもろもろ不便ということで八重山に。

12月27日に羽田から石垣島へ直行便。今回はANAで。帰りは石垣島から名古屋に直行便で飛び、そのまま岐阜に帰ったのだが、このルートは無駄がないし、乗り継ぎとかも美しくてよかった。
あとは、全部で10日ぐらいの長旅だったが、熱を出したりすることもなく一緒に旅できたのがなによりもよかった。ただ、生後半年ぐらいで宮崎鹿児島に行ったときと比べると、動くし騒ぐしということで、飛行機の中での暇つぶしはけっこう大変だなというのはあった。

ひとっ飛びで石垣島。
島に到着すると、いきなり暑い。当たり前だが、東京都の温度差にびっくりだ。ダウンなどを急いで脱ぐ。そして、タクシーで離島ターミナルへ。まずは小浜島へ行くのだ。うちの子にとって初めての高速船で、酔ったりしないか心配だったが、そんなこともなく小浜島に到着。この島には、はいむるぶしという巨大なリゾートがあり、そこに。年末に近づくに連れて宿泊料金がぐんぐん上がっていくので、高いところは日程がはやいうちに泊まるのが得なのだ笑東京ドーム8個分だかの巨大な敷地。リゾート内をカートで移動するほど。部屋は広くて海が見えて、なかなかステキな場所。

まずは、カートで夕日の見える丘に行き、ブランコをしたりして夕日を待つ。西の水平線に沈んでいく太陽。久しく夕日や日の出を自然の中で見ていなかったな−と、思った。そして、やっぱりいいよな。この景色、この時間。夕食はあぐー豚しゃぶを食べ、レストランのバイキングにまさか赤ん坊の離乳食が置いてあったのでいただいた。この夜、旅に興奮したのか全く我が子は寝れず、12時過ぎまではしゃいでいた。そして、電話機が珍しいのか、ずっと触って遊んでいた。

翌朝1人ではやお起きして、リゾート内をランニング。日の出は見れなかったがうっすらとして朝焼けは美しかった。静かな波音を聞きながら、空を眺めるのはいいもんだ。ガッツリと朝食を食べ、砂浜で遊んで、はるかちゃんはオーシャンビューな場所でミルクを飲んで宿を後にした。今日はいったん石垣島に戻り、西表島へ。石垣島で八重山そばを食べて、また高速船に。西表島の上原へ行くには波が荒いエリアなのかよく揺れた。ニラカナイ西表島へ。森のブックカフェやプール、ビーチなどで遊ぶ。

翌朝は俺だけマングローブの中でのストレッチプログラムに。静かな場所で、ヌルヌルと海に足をとられていくのが、心地よい。もう少し大きければアクティビティができるのだが、今回は観光船でクルージング。まさか、船浮のビーチに行けるとは。でもくるなら、ホタルの時期に来たかったなと後悔した。また、いつの日か、ホタルを見にこの場所に来たいと思う。船での観光だったけれど、マングローブを遡上し、滝を見て、船浮のビーチに上陸してと個人的には懐かしい場所で、とても満足。はるかちゃんはだいたい寝てたけどw

翌日はまた石垣に戻る。レンタカーを借りて、川平湾に。実は、来たことがなかったのだ。まあ、有名な観光地だしたいしたことないだろうと思っていたら、きれいな海だった。白い砂浜に、透き通る海を見て楽しんでくれると思いきや、砂浜の砂が嫌いらしく裸足でつけたら、泣き叫んだ。まあ、大人が良いと思うものを子供が良いと思うわけでもないし、そんなもんだろう。価値観を押し付けても仕方ない。

夜は伊原間あたりの宿に。10年ぐらい前にこのあたりにきて、かわった民家のお祭りに参加したのが懐かしい。翌日は、平久保崎灯台、石垣島で一番食べログの点数が高い八重山そばの明石食堂に行き、空港へ。振り返るとあっという間だったけど、久しぶりに八重山に来れたし、きれいな自然も味わえたので、満足。親としてのエゴだが、こうした時間が一緒に過ごせたのもとてもうれしく、貴重な時間。一方で、子連れの時は、別に移動時間が長くなくても、移動は短めで行ける場所でも良いかなと思った。子供にとっては遠いから楽しいというわけでもなく、近くても見たことないものや楽しめるものがいっぱいあるし。大人もそっちの方が荷物少ないし、移動時間少ないと楽だし。個人的に遠くに行きたい場合は、自分の旅として1人で行くか、旅仲間と行って満たされればいいんだなと、家族旅行と自分の旅の違いをしった八重山旅行でもあった。

石垣島から直行便でセントレアに着くと、名鉄の特急で岐阜駅まで一本。初めてだけど、これは便利。大晦日の岐阜に着いて、父親がいつものように迎えに来てくれ、大晦日から新年3日までを岐阜で過ごした。両親は2ヶ月ぶりのはるかちゃんの成長に驚き、表情が豊かになり、とても触れ合うのが楽しそうだった。そして、新年元旦に、はじめて歩くことができた。元旦に3歩、2日に7歩と。岐阜で初めてのウォーキングですよ。これは大きなイベントで、みんなで盛り上がった正月だった。

12月27日(水)
ANA091 東京(羽田) 石垣11:20 – 14:45
小浜島はいむるぶし泊

12月28日(木)
小浜島→西表島
西表島ホテルニラカナイ西表島泊

12月29日(金)
西表島ホテルニラカナイ西表島泊

12月30日(土)
レンタカー
石垣島ナータビーチヴィラ泊

12月31日(日)
ANA580 14:35石垣16:50名古屋(中部)
セントレアから名鉄で岐阜へ

1月3日(水)
岐阜から新横浜へ新幹線

1月4日(木)
帰宅

2017振り返り

2017年もいろいろあった。

って、書いたけど、そんなにいろいろあったっけかなとも思う。表面的な大きなイベント的なことはなかったけれど、プライベートでも仕事でもそれ以外でもいろいろあったのだ。振り返ってみると、我が家に赤子が戻ってきたのが2015年の年末で一緒に暮らし始めたのは2017年の1月からだから、ライフスタイルは大きく変わった年だった。そう、なにげに1年間フルで子供と過ごしたのは、この年がはじめてで、子供中心の生活だった。新年は世田谷の家で迎えたのだった。当時は赤ん坊と言うにふさわしいくらい小さかったが、今は子供といったほうが良いくらい大きくなり話すようになり、ついには数歩だがあるき始めた。

赤ん坊は本当に変化が早くて、最初の三ヶ月ぐらいは寝返りもできず寝ているだけで本当に小さくか弱さを感じていたけど、半年すぎると反応などもしっかりしてきて、10ヶ月ぐらいになると赤ん坊というよりは子供って感じになった。つかまり立ちとかし始めたら、よく喋るようになるし、動くのも速いし、食べる量も食べ物も大人に近づいて、目まぐるしかった。

1年の写真を振り返って見ると95%ぐらいは子供の写真だった。その前はほとんど山とか旅の写真だったのが、1年違うだけどゴロっと変わっているのが面白い。例えば2月にお食い初めをしたんだが、そのころはまだミルクしか飲んでいなかったのに、今はお米は大人と同じ炊いたお米を食べるし、量も茶碗半分以上、パスタも、パンも、うどんも食べる。味噌汁を薄めたものを飲んだり、ミートソースなんかも。この1年という期間でどれだけ進化したのだろうかと驚くばかり。そりゃ20センチ以上背が伸びているし、体重も3倍程度だから、当たり前なんだけど、自分の変化がないことに慣れきっているので新鮮さを感じる日々。

4月には保育園に入園した。0歳からでちょっとかわいそうといわれたこともあったが、社会生活に慣れるのって重要だなと、入園から半年以上たったときに感じた。さっき、なんでかって俺がひとり暮らしで10年以上過ごし視野が狭くなって価値観も偏っていた。が、家族で暮らすようになって指摘されたり気付かされたのが良かったのだ。おそらく子供の成長も同じ。親の価値観や行動パターンだけを見て幼少期を育つよりも多様な人と多様なことをして育ったほうが、より偏りのない人に育つ気がしている。もうひとつの親へのメリットは、朝の子供の保育園準備で、今は生活スタイルも早寝早起きになった。

家にいろいろな人が遊びに来てくれた。子供の吸引力というものだ。そして両親が孫を心の底から喜んでくれて、孫と触れ合うのが楽しそうだった。3世代旅行も行けたのがよかった。なんだか、うちの両親が孫ができて若返った感じがしている。子供の持つエネルギー、パワー、影響力ってすごいなと改めて感じている。家にいるだけで、ぜんぜん違うんだよな、ほんとに。夏にはまさかの入院ということもあったが、無事に元気になってくれて本当に良かった。

旅行という面では、岐阜にはよく帰った4回かな。あと、家族旅行や簡単なピクニックやハイキングも。神戸、宮崎、鹿児島、伊東、河口湖、八重山諸島など、高尾山や大山のハイキングも。近場の水族館や動物園という今まで行かなかったところにも足を運ぶ機会が増えた。0歳にしてはお出かけが多いほうだろう。こうしてたくさん家族旅行には出かけたが、家族旅行の楽しみと個人の旅とは同じ旅行というジャンルだが似て非なるものだなというのも感じた。ちょっとした冒険や一人旅や山なんかも今後もしたいなとおもう。

というのも、子供の成長は早く、同じ時を共に過ごしていきたいなと強く思う。すぐに進化するから、ちょっと見ないだけで変化を見逃すのだ。一方で、全てそれだけというのも自分自身の楽しみがなくなる。そして、自分の人生を楽しんでいない父というのも、子供にとってもかっこ悪いだろう。知識とか経験も全然ない親になるし。あとは、昔は運動していたのに、その時間が減り、一人の時間が減った。ブログも更新が一気に減った。というか、なくなった。走りながら考え事したり、知らない世界を旅をして学んだり、泳ぎながら心と頭を無にしたり、山で特別な風景に出会って心震わせたり、お風呂も真っ暗にして入ってリラックスしたり、そんな時間がなくなった。昔と同じだけの時間取ることは難しいが、強制的にこの時間は走るとか決めて時間を確保しておかないといけないなと。家族旅行では去年出来なかった家族キャンプを夏にしたいな。

とはいえ、家族って良いもんだなと感じる一年だった。10年以上も一人で暮らして、自由にやってきたのでわがままになっていただろうし、価値観も自分の軸だけで生きていた。それが、そうではなくなった。子供は自分とは違うけれど、自分と同じぐらいの存在であって、世界を見る視点が2つになった感じがする。そうすると、また世界の捉え方が変わって、ああ、昔の自分の考えは浅はかだったなとか、偉そうなこと言っていたけど全然何も多面的に考慮していなかったなとか。

こんな世界になって欲しい、という気持ちも強くなった。自分だけの時は、まあ、あと50年ぐらい生きるだけだし、比較的どんな環境でもありがたいことに生きれる体だし気にしていなかったけど、子供が大きくなる世界はどうなっているのか、どうなって欲しいか、そんなことを強く意識するようになった。そんな2017年だった。2018年はどんな年にしたいかは、気が向けばまた書くことにしよう。

思いを伝える声

言葉は話せないけれど、すでに感情は宿っている。
様々な概念も身につけつつある。
物理的な法則も理解しつつある。

お腹すいたというった生命の維持に関わることだけでなく、身体的な感覚、物を掴んだり、叩いたり、新しい人に会うと静かに間合いを探ったり、ただまだ言葉が話せない。
それを言葉にならない声で日々伝えてきてくれる。

週末に岐阜の実家に帰ると、大人5人。
普段は大人二人と子供一人。

それに、夜家に帰って、ご飯、お風呂、寝かしつけとスケジュールぎっちりにやらなければならないことがあり、会話は多くないのかもしれない。
さらに、大人2人だと会話に広がりが産まれづらい。
これはMTGでもそうだけれど、2人でブレストしても盛り上がらないけれど、3人だといっきにアイディアが出てくるのと同じ。

岐阜に帰ると大人がいろいろな会話をしてそれを聞いたからか、とても多くの声を出し始めた。
聞くことによって、自らも声を発することを学んだのだろうか。
発する声のトーンも違えば、叫ぶときも、フレーズの長さも、もちろんフレーズの音も違う。
手足の動きや顔の表情も異なるので、伝えたいことが違うんだろう。

そう思うと、いろいろな人に会って、いろいろな会話を聞いていくことが重要なんだなと改めて思った。
再びSkype英会話でもして、家庭内に新たな会話の風邪を吹き込ませようかと思う。

そして、ハイハイ。
今までもしていたが、家だと狭い。
1.5m四方の空間を作って、そこで遊んでいる。
しかし、ハイハイするにはせまい。そんな囲いのない広い空間だと、自由にハイハイをして、かなりスピードも出てきた。
こちらも、大人の目がたくさんあると、広いところで遊ばせておいても危険が少ない。

核家族化は、家事を行う面で子育てが大変だという話をよく聞いていたが、会話や広い空間でハイハイできることなど含めて多くの大人がいる家庭で育つと良いんだな−と。

食洗機や乾燥機付きの洗濯機を導入して、自動化できる作業はすべてそちらに任せて、少しでも会話を増やしたり一緒にハイハイしようと思ったのだった。

不在で存在感を改めて感じる

10日ぐらい前から子供の体調が悪かった。40度を超える熱が出て、咳が出て、ぐったり。ちょうど1週間前に呼吸も荒くなり、夜間病院に行き、大きな病院で診てもらうということで、夜の10時ぐらいに成育医療センターへ行き、夜中の2時ぐらいまで血液検査、尿検査、レントゲンなどを撮り、そのまま入院、そして現在も入院中。

命にかかわる病気ではないのだが、RSウイルスがかなり悪化してしまい、入院ということになった。SPO2が安定しなかったり、咳が治まらなかったりと長引いて1週間ほど入院している。

夜は付き添いで寝ないというのが病院の方針なので、両親とも家で夜は寝ている。まあ、赤ん坊の精神的な安心はあるが、親は病院にいても医療的に何かできるわけではないし、親まで疲れて倒れてしまったらさらにピンチということからも正しいとは思う。

で、そうすると家に赤ん坊がいない。今までずっと一緒だったから、なんだか不思議な感じなのだ。今までも寝ていたりして泣いていないときもあった。そうであれば、いないのとほぼ同じなのに、その状況と今は違うなーと思った。いるだけで存在感があった。この存在感と言うものは不思議なもので、家が空っぽになったかのような寂しさがある。

親の脳の中はいつも赤ん坊のことを気にかけているから存在感がうまれているし、そこに存在することで熱量とか寝息とか動いたときの小さな音など、いろいろな物が存在感というものを作り出しているんだろうな。産まれてきて1年にも満たないけれど、すでにそれほどの存在感を発揮してくれていて、我が家の中心的な存在なんだなと、不在になって改めて感じた。