カテゴリー別アーカイブ: 生命

2語で話し出す

パパ、ママ、ブーブー、わんわん

感覚的に話しているだけで、単語の持つ意味を完璧には理解していなさそう。

1語で話していたと思ったら、「いやだ」と話し始めた。

嫌だは単語とはまた違う。

続いて、最近2語で話すことがある。

「ママいる」とか。

他にも、2語で話すことがある。

それも1語は日本語の単語で、それに宇宙語がくっついて2語になっていることが多い。

「ママ◎✕△?1■」
「パパ△?✕◎3gs」

こんな感じ。

音で言うと、

「パパ ぱらぽれこれちあ」

2語で話し始めるんじゃなくて、こうしてオリジナルな言葉を日本語にセットで付けて話すんだなと学んだ。

伝えたいけれど、日本語わかんないから、自分の言葉で付け加える。

あとは、表情とか声の強弱で意思を伝える。

それを繰り返して、日本語で話せるようになるんだなと。

言語習得の仮定を学んでいく。

7年目の311

去年の311は保育園の説明会だったのか。
それから1年。

大人の自分にとっては、大した変化を感じられないけれど、0歳から1歳になった子の変化は大きい。
同じぐらい大人も変化してるんだろうけど、大人は気づかないもの。

新年に歩き始め、今は全くハイハイをしない。歩いてばかりだ。歩く楽しさ、歩くことによっておもちゃもすぐに取りに行けるし、すぐにママにも甘えに行ける。歩くの最高という感じだろう。

自分の意思で行動したいという気持ちもあるのか、あれだけ好きだった抱っこも嫌がることが出てきた。

アンパンマンとか、友達の名前も呼べるようになってきた。これは、この1ヶ月ぐらいのとことだから、1年の変化たるや。

ぞして、1年後にまた保育園が変わろうとしている。昨年はこんなことを書いていた。

もう3週間後には保育園。まだ、5ヶ月なのになと思う気持ちもあるが、速いタイミングからいろいろな大人と触れ合ったり、同世代の友達と接する方が経験という意味では良いのかなと思ったり。一方で、働きながら子供を育てるという世の中の大半の人がやっていくことを、そんな普通のことをするだけなのに、苦労したり不満が産まれたりするのも変な世の中だなと思いつつ、こうして家族でどんどん新たなステージへと歩を進めていけることに喜びを感じている。

1年経ってみると、保育園にかよってよかったと思う。どうしても、両親だけだと、子供の成長に合わせた新しい遊びができない。そもそも思いつかないし。親も疲れてしまって、子育てに愛がなくなりそうだし。一方、保育園の先生にはそのあたりのノウハウがあるし、同世代の友達や少し上のお兄ちゃんお姉ちゃんがいるのが良い。いろんな人に触れ、いろんなことを学ぶ。

とまあ、この定点観測も、昔は自分がどんな遊びや旅をしたかがメインだったが、変わるもんだなと。

2018年 東京
2017年 東京&夜から白馬へスキー
2016年 東京
2015年 東京 数日後からキューバへ行った
2014年 麻布十番で飲んでたっぽい
2013年 伊豆トレイルジャーニーの翌日
2012年 東京
2011年 東京

6年目の311

言葉を使わずに考える

言葉を使わずに考えるということを、大人はあまりしないらしい。

しかし、言葉を知らない赤ん坊は、言葉を使わずに考えている。

大人がロジカルという方法も、赤ん坊は言葉を使わずにできる。

俺も、言葉を使わずに考えることは、今でもしていて、でも、そのプロセスを他の人に説明する難易度がいつも高い。だから、理解してもらえない。

で、赤ん坊を見ていて、一緒だなと思った。

言葉は分からないけれど、ソファから降りる時に後ろ向きになって足から降りる、これは前から行くと、足の曲がる方向と足の裏が設置するのが不向きで、足がつかないからと理解していて、それの解決策を思考した結果、後ろ向きで歩いているわけだ。

少し距離がある場所へ飛び乗ろうとするときも、長さを予測し、自分の身体能力を検討した結果、いけると判断して飛んでいるわけだ。

我が子はまだ言葉は使えない。

すなわち、言葉を使わずに、論理的に思考して、推測して、行動しているわけだ。

言葉を使わずに論理的に考えれるという証明だなと、思うのである。

言葉を理解し始める

お正月に数歩歩き始めた。
一ヶ月たった2月の頭には、ハイハイはしなくなりあるきまわっている。
小走りぐらいできるレベル

ハイって言いながら、物を渡してくれる

鬼わそと福わうち、パラッパラッパラッパラッ豆の音、鬼はこっそり逃げていく
という歌を保育園で習ったらしく、パラッパラッのところで手を上げて回転させる。
鬼はのところで、手を頭に持っていく

タッチというと、手を出してハイタッチする

はるかちゃんというと、ハイって言いながら手を挙げる

1歳2ヶ月ぐらいの成長とはこんなに速いのかと驚くばかり。

あと、乾杯もすき。
コップを持って、パーイってやってから牛乳やお茶を飲んでいる。

あと、見えないものの存在を把握して、自分の動きを変えれる。
お風呂のにごり湯に入っているときに、俺の足は見えないんだけど、俺の足のところだけ上手くまたぐのだ。
これは、見えないけれど、ここに足あるよねと想像し、そこだけ大きく足を伸ばして越えているのだ。

2017振り返り

2017年もいろいろあった。

って、書いたけど、そんなにいろいろあったっけかなとも思う。表面的な大きなイベント的なことはなかったけれど、プライベートでも仕事でもそれ以外でもいろいろあったのだ。振り返ってみると、我が家に赤子が戻ってきたのが2015年の年末で一緒に暮らし始めたのは2017年の1月からだから、ライフスタイルは大きく変わった年だった。そう、なにげに1年間フルで子供と過ごしたのは、この年がはじめてで、子供中心の生活だった。新年は世田谷の家で迎えたのだった。当時は赤ん坊と言うにふさわしいくらい小さかったが、今は子供といったほうが良いくらい大きくなり話すようになり、ついには数歩だがあるき始めた。

赤ん坊は本当に変化が早くて、最初の三ヶ月ぐらいは寝返りもできず寝ているだけで本当に小さくか弱さを感じていたけど、半年すぎると反応などもしっかりしてきて、10ヶ月ぐらいになると赤ん坊というよりは子供って感じになった。つかまり立ちとかし始めたら、よく喋るようになるし、動くのも速いし、食べる量も食べ物も大人に近づいて、目まぐるしかった。

1年の写真を振り返って見ると95%ぐらいは子供の写真だった。その前はほとんど山とか旅の写真だったのが、1年違うだけどゴロっと変わっているのが面白い。例えば2月にお食い初めをしたんだが、そのころはまだミルクしか飲んでいなかったのに、今はお米は大人と同じ炊いたお米を食べるし、量も茶碗半分以上、パスタも、パンも、うどんも食べる。味噌汁を薄めたものを飲んだり、ミートソースなんかも。この1年という期間でどれだけ進化したのだろうかと驚くばかり。そりゃ20センチ以上背が伸びているし、体重も3倍程度だから、当たり前なんだけど、自分の変化がないことに慣れきっているので新鮮さを感じる日々。

4月には保育園に入園した。0歳からでちょっとかわいそうといわれたこともあったが、社会生活に慣れるのって重要だなと、入園から半年以上たったときに感じた。さっき、なんでかって俺がひとり暮らしで10年以上過ごし視野が狭くなって価値観も偏っていた。が、家族で暮らすようになって指摘されたり気付かされたのが良かったのだ。おそらく子供の成長も同じ。親の価値観や行動パターンだけを見て幼少期を育つよりも多様な人と多様なことをして育ったほうが、より偏りのない人に育つ気がしている。もうひとつの親へのメリットは、朝の子供の保育園準備で、今は生活スタイルも早寝早起きになった。

家にいろいろな人が遊びに来てくれた。子供の吸引力というものだ。そして両親が孫を心の底から喜んでくれて、孫と触れ合うのが楽しそうだった。3世代旅行も行けたのがよかった。なんだか、うちの両親が孫ができて若返った感じがしている。子供の持つエネルギー、パワー、影響力ってすごいなと改めて感じている。家にいるだけで、ぜんぜん違うんだよな、ほんとに。夏にはまさかの入院ということもあったが、無事に元気になってくれて本当に良かった。

旅行という面では、岐阜にはよく帰った4回かな。あと、家族旅行や簡単なピクニックやハイキングも。神戸、宮崎、鹿児島、伊東、河口湖、八重山諸島など、高尾山や大山のハイキングも。近場の水族館や動物園という今まで行かなかったところにも足を運ぶ機会が増えた。0歳にしてはお出かけが多いほうだろう。こうしてたくさん家族旅行には出かけたが、家族旅行の楽しみと個人の旅とは同じ旅行というジャンルだが似て非なるものだなというのも感じた。ちょっとした冒険や一人旅や山なんかも今後もしたいなとおもう。

というのも、子供の成長は早く、同じ時を共に過ごしていきたいなと強く思う。すぐに進化するから、ちょっと見ないだけで変化を見逃すのだ。一方で、全てそれだけというのも自分自身の楽しみがなくなる。そして、自分の人生を楽しんでいない父というのも、子供にとってもかっこ悪いだろう。知識とか経験も全然ない親になるし。あとは、昔は運動していたのに、その時間が減り、一人の時間が減った。ブログも更新が一気に減った。というか、なくなった。走りながら考え事したり、知らない世界を旅をして学んだり、泳ぎながら心と頭を無にしたり、山で特別な風景に出会って心震わせたり、お風呂も真っ暗にして入ってリラックスしたり、そんな時間がなくなった。昔と同じだけの時間取ることは難しいが、強制的にこの時間は走るとか決めて時間を確保しておかないといけないなと。家族旅行では去年出来なかった家族キャンプを夏にしたいな。

とはいえ、家族って良いもんだなと感じる一年だった。10年以上も一人で暮らして、自由にやってきたのでわがままになっていただろうし、価値観も自分の軸だけで生きていた。それが、そうではなくなった。子供は自分とは違うけれど、自分と同じぐらいの存在であって、世界を見る視点が2つになった感じがする。そうすると、また世界の捉え方が変わって、ああ、昔の自分の考えは浅はかだったなとか、偉そうなこと言っていたけど全然何も多面的に考慮していなかったなとか。

こんな世界になって欲しい、という気持ちも強くなった。自分だけの時は、まあ、あと50年ぐらい生きるだけだし、比較的どんな環境でもありがたいことに生きれる体だし気にしていなかったけど、子供が大きくなる世界はどうなっているのか、どうなって欲しいか、そんなことを強く意識するようになった。そんな2017年だった。2018年はどんな年にしたいかは、気が向けばまた書くことにしよう。