日別アーカイブ: 2015/10/6 火曜日

考えれば理解できることだけど、想像もしない仮定で世界はあふれている

推論というものがある。

状況を理解し、そこで起こることを筋道立てて考え、経験のないことをイメージする。推測する。
これは、人間が持つ重要な能力の一つだと思っている。

でも、考えれば分かるけれど、考えるきっかけとなる状況の前提(仮定)が世の中には無数にあって、その状況の前提(仮定)を認識することがないものが大半だ。そのため、結局のところ考えれば理解できるけれど、想像もできないことばかりで世界は溢れている。

ただ、考えれば理解できちゃったりもするので、結論を聞いてそんなん当たり前じゃんと、自分がその仮定を思いつかなかったことを棚に上げて、そういった発言が多々飛び出すのだと思う。

本来、自分が想像もしなかった新たな前提(仮定)に出会うと、人間の脳は活性化する気がする。仮定を言われて、そんなん当たり前ジャンというのではなく、その仮定を前提に、どんな事が起こるのかと考えを巡らすことの楽しさ、脳の刺激は、そこにある。

どれだけ多くの前提(仮定)に出会えるか。これが、楽しみでもあったりする。

出会うだけじゃなくて、より多くの前提(仮定)をほんとうの意味で理解できるようになるために、多様な経験、ひとつの物事の深い経験を積むかが鍵となる。

仕事でもそう。やったことある仕事は、いつも限られている。常に新しい状況の連続。だからこそ、今の状況を短期間で把握して、その状況を自分の頭のなかで整理する。それらを踏まえて、成し遂げたいことにいかに近づけるかを考え、施策を決めて実行、実行、愚直に実行しつづける。みたいな。

先日、5人姉妹という人にあって、お風呂が3時間待ちだと話していた。まるでテレビに出る大家族のようだ。5人もそれも女子ばかりいたら、確かに大変そうなのは想像できるが、自分の普段の生活とはかけ離れているので、そんな家族構成という前提(仮定)を想像もしたことがなかった。

同様に、トレランで100マイル40時間以上も走るって、日常の生活をしている一般の人は、この前提(仮定)を想像すらしないだろう。ノーベル賞を受賞した後の、自分を取り巻く環境の変化を想像すらしないし、まあ、そんな仮定で世界はあふれていて、自分にとっては仮定の世界でも、この世界に生きる誰かにとっては仮定でも何でもなく、それが目の前の現実なのである。だからこそ、より考えもしない仮定をイメージしながら、いろいろな人と接していきたいと思う。

http://teratown.com/blog/2012/11/27/naiaeeoaeyaectheiinai/