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ビル・ゲイツの60年、ビル・ゲイツを知ってからの20年

ビル・ゲイツ、誰もが知る人物だ。
マイクロソフトの創業者であり世界一の金持ち。

2015年10月28日はビルゲイツの60回目の誕生日だったらしい。business insiderにこんな記事が出ていて知った。写真と短い文章で、ビルゲイツの偉業や私生活などが記事になっているのだが、それを読みながら、おれって10歳ぐらいの時からビル・ゲイツが好きだったと思いだした。

そう考えると、ビル・ゲイツは40歳、ウィンドウズ95を出すちょっと前ぐらいだっただろう。それから20年。
俺はといえば、岐阜に住む10歳ぐらいの少年だったわけだが、たしか日経を読んでいた。それから20年。

岐阜に住む10歳の少年は、経済とかビジネスに興味があったというよりも、世の中の知らないことに興味があったのだと思う。世の中の仕組み、経済の仕組み、インターネットの仕組み、猿から人間への進化の仕組み、宇宙の仕組み、人間の意識の仕組み。。。って、今書いてて思ったのが、車の仕組みとかそういった目で見えたり、分解できるものの仕組みには昔からあまり興味がなく、目に見えない世界の仕組みに興味がもともとあったんだなと気づいた。20年たってから、今さらw

話を戻して、日経新聞を読む小学生だったので、そこでビル・ゲイツを知った。パソコンというものに興味があって、ブラックボックスなんだけど、なんでもできそうなオーラを解き放つもの。そんな風に僕には写っていた。どうやら、ビル・ゲイツはそのパソコンのソフトウェアを作っていて、世界をせっけんしているらしい。インターネットが簡単にできるようになるウィンドウズ95を作ったらしい。その人がビル・ゲイツで、彼の寄稿文「ビル・ゲイツからの電子メール」を読むと、なんだかワクワクしてくる。夢がある。ってな感じで、ビル・ゲイツを尊敬するようになった。

小学生の時に将来なりたい職業を紙粘土で作るという課題が出されて、俺はビル・ゲイツをイメージした起業家(社長というか新たな世界を作り出す人ってイメージ)を作った覚えがある。なんだか、一人だけへんてこなものを作っていたが、俺の中では野球選手とかサッカー選手とか全く興味なかった。まあ、運動嫌いだったし。

そして、中学に入ると同時ぐらいにパソコンを買ってもらい、インターネットを始めた。だから、かれこれ20年ぐらいネットを使っている。以前に、20年たった今でも、インターネットを使っていると、インターネットってスゴイなと新たな驚きを与えてくれる。それが一番のインターネットのすごさを証明していると思う。

今までなかった世界を作り出す、そんなことに一番興味がある人間で、別にそれはビルゲイツであろうと、スティーブ・ジョブズであろうと、セルゲイ・ブリン、ラリー・ペイジであろうと、イーロン・マスクであろうと、まあ誰でもいいわけで。少なくとも10年は地道に続けること、でも地道に続けながらも、非連続の変化をもたらすようなことを常に考え実行していくこと。それが、うまく重なって世界はこうして変化し続けている。

10歳の時に、偶然にもビル・ゲイツという人物を知り、興味を持って新聞で記事を読んだり、本を読んだり、テレビを見たりした。Personal なComputerというもの。Internetも個人が世界へと発信できるもの。そういった、個人が起点となって、何かを推し進めることができる社会。生まれ持っての性格(本当に生まれた時かは不明)もあってか、既得権益のでかい組織とか嫌いで、そういったものを新しい叡智で壊していく。より一人ひとりが未来をつくることに関われる可能性(機会)がある。そして、その機会があることによって、世界は大きく変わっていく。ビル・ゲイツという人物を知ることによって、僕はそんな未来をより強く望むようになった。

本当かどうかは知らないが、当時ビルゲイツが日本に来た際に飛行機のエコノミークラスで来たとテレビでやっていた。まあ、それは分かりやすい例として示しているだけだが、世界有数の金持ちになっても、金持ち気取りの生活をただするだけでなく、そんなことに興味なく、本質的に自分が成し遂げたいことに寄り添って生きていくという姿を垣間見たような気がした。ああ、社会の軸に振り回されて生きるのではなく、自分の軸で生きていく。それはいくらお金を持っても、いくら有名になっても、いくらチヤホヤされても関係ない。自分の価値軸を生きる楽しさを、強く確信していった。

ビルメリンダ財団を作ってから、マイクロソフトの経営からは離れたが、今の彼の目には世界がどう見えているのだろう。そして、どんな未来を見て、どんな未来を作ろうとしているのだろうか。ビルゲイツ未来を語るという本は、まさに94年ぐらいに未来を語った本だったが、また今のビルゲイツに10年後の未来を語ってほしいなと思う。

http://www.businessinsider.com/the-fabulous-life-of-bill-gates-2015-10

こうして探すと、ビル・ゲイツについて書いたエントリーがわんさか。それも10年以上前から定期的に書いている。これとは別で、やはりブログに書いておくとこの検索性が高くて便利だ。最近なんて自分の撮った写真も風船と入れたらgoogle photosが風船の写真を選び出してくれるし。もちろんタグ付けとかしてないけれど、画像を解析してくれているので。うん、すごい。

http://www.teratown.com/blog/archives/000722.html
http://www.teratown.com/blog/archives/001683.html
http://teratown.com/blog/2014/11/13/aaaeiaociaaeeioe/
http://teratown.com/blog/2008/07/20/yoyeyyyaiuaa/

ソラへ、ワクワク。宇宙を撮りたい、風船で。

おとなになって、子供のようにはしゃぐこと。
主に社会の目によって、そんなことがなくなる。

あの人ちょっとおかしいという社会の目。(周りの人に変なふうに見られないようにしなければならないという社会の目)
もうひとつは、いろいろな困難を経験して、夢を実現することは難しいと知る、社会の目(社会の厳しさを知るという意味での社会の目)

まあ、ある程度は重要なのだが、それに振り回されすぎると人生を謳歌できない。自分の人生なのに、自分の人生じゃなくなってしまう。

俺の場合は、旅やアウトドアというものに出会って、社会の目の外に出るということを知った。海外に行けば知り合いもいないし、文化も違うからひとつめの社会の目は気にしなくていい。さらに、アウトドアは未経験だったし、困難もあるけれど、できないことを純粋にクリアして夢を追いかけることができた。もともと得意だったり仕事だったり、プライドがあることだとふたつ目の社会の目ってのがあってできなかったかもしれない。

そんなふうに思う。

岩谷圭介さんが情熱大陸で取り上げられていた。数年前に初日の出を宇宙から撮影した時も話題になっていた方だ。個人的にも宇宙には興味が非常にあり、なんどかウェブで拝見していた。そして、海外でもJP aero spaceなどのプロジェクトがあって、それもウォッチしたり。

今回、情熱大陸を見て、さっそく岩谷圭介さんの本、宇宙を撮りたい、風船で。を読んでみた。つくづく思うのが、まずはやってみること。そして、試行錯誤すること。諦めないこと。やりたいことは徹底的に周りに話すこと。すると、いろいろな人やアイディアがつながって、夢に近づくこと。いつも思っているし、当たり前だし、出来る限り俺もそんな風に動いているけど、その大切さを改めて思った。

それにしても、自分で作ったものが、自分の手から飛び立って宇宙に行って帰ってくる。ロマンだよな。そして、本当に美しい世界を見せてくれる。双眼鏡で見る行為と体験的には近い気がする。ちょっと便利なツールを使っているけれど、自分の目を通して宇宙を見ているような。自分の分身が宇宙に出かけてきてくれたような。いろいろノウハウものっているし、岩谷さんのサイトにも飛ばし方が載っているのでやってみたいなーと思う。

読み終えて強く思うこと。日々の生活で埋もれていることが、見えることに夢がある。見えない世界を見てみたい。この気持が全てのはじまりなんだな。

送信者 art

ふうせん宇宙撮影
岩谷圭介さん
http://fusenucyu.com

アメリカだとこんな風にやってる。
http://www.jpaerospace.com

記憶に残った言葉

P7
本当に些細なことでも、「やってみる」から、はじめてみる。すると、何かが変わっていくと思うのです。そうすれば、宇宙ですら、手を伸ばせば触れることができるかもしれないのです。
まずは、「やってみる」から、はじめよう。
これが夢を追いかける合言葉なのかもしれません。

P23

自分の手から放たれて飛んで行くというのも、風船の特徴です。自分と地上と雲と宇宙が連続的に体験できるのです。
宇宙と地球と自分とーーー。風船によって、宇宙という非現実の世界だと思っていたものが、実は自分のすぐそこにある場所であること。

P27
商品は買うことで、使うことができます。単にお金を出すだけでいいのです。そこに創意や工夫はいりません。そんなことにならされてしまっていると感じるのです。
たとえば、スキーがやりたい。けれど、スキー板がない、お金がない。中略 お金を稼ごう、バイトしよう、と発想してしまいます。中略 明治時代の開拓当時、中略 木を削って作られているのです。なんだはじめのスキー板はこんなものだったのか、これなら作れそうだ、と思うのです。

P28
僕達の身の回りにあるすべてのものは、もともとは商品ではありませんでした。誰かが考えて、ハリボテのような試作品から、改良されて進化して、便利な商品になっていったのです。生まれてからずっと、便利で進化した製品に囲まれていると、商品を与えられることに慣れてしまっていて、自分の力でなんとかやってみようという発想を忘れてしまっていることに、たびたび気づかされます。

P36
失敗には取り返すことのできるものと、できないものがあると思っています。
お金の損失は取り返すことができる失敗です。お金をかければ済むことです。しかし、命に関わる失敗や体が不自由になる失敗は取り返すことができない失敗です。

P49
自分のもやもやと持っていた夢らしきものを、どうにか形にすることで、将来、自分のものに落としこんだり、掴むことができるようになります。
その険しい段階を試行錯誤していくことの大切さを、知ってもらいたいのです。

P70
お金に縛られることから解放されるには、循環、つまり、消費のサイクルを管理することが大事だと思いました。
そこで僕は、大学を出てからも大学生の頃と同じ生活費でずっと生活を続ける努力をしてみました。社会人になっても生活のレベルを変えず生活すると、収入は増えますが出て行くお金は変わりません。そのためお金はそれほどなくても、お金のために働かなくては!という状況から脱することができ、結果として自分がしたいことをする時間を増やすことができたのです。

P76
風船が空に向かって飛んで行く速度は、僕らのこぐ自転車と同じくらいです。
中略
こののんびりした速度で、自分の手から離れた風船が、少しずつ宇宙に近づいていく。それを感じることで、身近な風船を通して、宇宙に行くということ、風船でも行けるくらい宇宙が近いのだということ、そして、”等身大の地球と宇宙と人間”が見えるのではないかと思うのです。
そこから何かを受け止め、考えるのはそれぞれ、いろいろです。

P83
自分がどんなにすごい夢を見ていて、それがいかに魅力的なものだと思っても、まずどんな形でもやってみないと、人の心には届かず、ついてきてくれないのです。
失敗してもチャレンジして、また失敗してもまたチャレンジしてを繰り返していると、人の子ことに響き、やがてついてきてくれるようになるのだということを、この活動を通して僕はほんとうによくわかりました。

P88
秘密にしているより、公開することでたくさんの人達とつながっていくことができ、結果的に新しいフィードバックがどんどん増えるからです。そして、自分だけの力でしか見えなかった世界がどんどん広がっていくんです。
広がっていく世界は、自分で秘密にして抱え込んでいる世界よりじっと魅力的です。

P117
失敗は、自分のダメだった部分と向き合わなくてはなりません。自分の足りなかった部分と、真摯に向き合うための機会をもらえます。ですから、まぐれの成功より、失敗のほうがいいものだと思うのです。

P148
文字がないので、どうしてその作業をしなくてはいけないのかを考えてもらうことができるのです。何を目的に作業するのか、その作業が何に繋がるのかを考えてもらうためには、言語は不要だったのです。

自分の頭だけで考えちゃいけない、言葉だけで考えちゃいけない

毎朝すごい数の人がスカイツリーに行くためだけに、はとバスのツアーを使ってる。俺の考えだと無駄じゃねって思うけど、別のところに価値を感じてるんだろう。普通に電車でも見にいけるけど、バスで友達見つけたいとか、バスで移動するほうが好きとか、なんかあるんだろう。つくづく自分の頭だけで考えちゃいけないとおもう。

人に聞く、相談する。
自分には無い視点をもらう。

そうなんだ、究極的に自分の脳は自分で閉じている。思考パターンもそうだし、自分で完結する場合は文字でなくてもいいし、文字でないことも多い。論理的に説明する必要なってない。自分の脳の中では。一方で他者と話すときは、文字や言葉、図などで伝え合う。自分の脳にあるものをそのような手段で伝えるために、文字とか絵に変換するときに、自分でも気づきがある。

さらに、相手は自分の伝えたことを完全に同じように捉えないし、その人の経験とかさねあわせて考えるから、また違った発想が生まれる。具体的に説明するってことは、相手に伝える手段としていいのだが、本当に言いたいことは伝わらない。本当に考えていること思っていることは文字で存在していなくて自分の経験やもっと抽象的な文字ではない脳にあるモノであったりする。それは絵かもしれないし、感情かもしれないし、全く違うナニカかもしれない。ただ、相手にはそれでは伝わらないので具体例というもので類似したものを言葉で提示して分かり合おうとしているだけ。結局、分かり合えっこなんかない。が、それがいいのだ。考えが発展するきっかけなのだから。

80%の共通認識と、20%ほどのズレ。これが、思考を発展させる。50%ぐらいしか共通認識がないとちょっと、話が噛み合わないってことになる。一方で100%共通認識ができてしまうと、新たな思考の発展がない。

仕事相手に気が合わない人が多い理由ってのも、その一種だと思う。それは、いいことなのだ。
http://teratown.com/blog/2014/10/08/aoaeeeucieiaiyi/

絵で考える人
文字で考える人
書いて考える人
話して考える人
数式で考える人

論理で考える人
思いつきで考える人

いろいろな方法があるし、数式をいつも扱っている人は数式で考えがちかもしれないし、絵を毎日考えている人は絵で、写真で、音楽で、物理法則で、作家は書いて、漫才師は話して考えるってな感じで、自分が身近な方法で考えることが多いかもしれない。だから、普段自分が使わない方法で考えると、新たな発想を得られたり。

俺は、文字で考えないことがあって、何で考えているかと聞かれると非常に説明が難しいのだが。。。積み木みたいなブロックのようなもので考えていたり、グネグネした糸のようなもので考えていたり、脳の右と左から何かが斜め上に出ていてそれがぶつかる感じのことが起きて考えていたりする。これは、言葉に変換するのが非常に困難だ。あとは、言葉なんだけど日本語でも英語でもない、俺独自の言葉というか擬音語みたいなのがたくさんあって、それで考えているというか感じていることもある。

ということで、他者の脳を使ったり、考える手段・方法を変えてみたり、自分が言葉で考えなかったことを言葉にしたり絵にしてみる、こういったことをすることによって、思考は発展する。思考は変換されて、新たなことに気づき、広がっていく。と、まあ、形にならないアイディアを自分なりに形にするための手段を書き留めておく。

http://www.teratown.com/blog/archives/000975.html

http://teratown.com/blog/2015/09/15/文字が文字である必要がなくなる日/

ドローン×自動運転カー=?今日はバックツーザフューチャーの未来の日

It’s Oct. 21, 2015, and the future is here.
Back to the Future Day Has Finally Arrived

あんまり映画は見ないけど、バックツーザフューチャーの未来の日が今日という設定らしく、海外のニュースメディアでは、いろいろと記事になっていた。そうなんだともいながら、紹介動画なんかも見ていた。

偶然にも今朝、岩谷 圭介さんの「宇宙を撮りたい、風船で。」という本を読んでいたら、バックトゥザフューチャー2のエメットブラウン博士(ドク)のような科学者になりたかったと書かれていて、おお、不思議な縁だなーと思いながら読んでいたのだった。

よく未来予測ってある。
当たるものもあれば当たらないものもある。
別に当たる、当たらないはどうでもよく、人間とは知らないもの、見えないもの、これから来る時代に希望を感じるという生き物だ。そこに、可能性の光があるからこそ、人生って楽しいし、今の自分に対するエネルギーにもなっていると思おう。

で、バックツーザフューチャーのなかに、スケボーみたいなやつに乗って空中を移動している映像があったのだが、これを見て常々考えていることを思い出したのだ。

ドローンって、各方面で利用方法が検討されて、ビジネスチャンス!ってなっている。
政治家とかも首を突っ込んできているぐらいだし。
まあ、どんどん進歩するだろうなという予感しかしないのも事実で、将来の活用方法が興味深い領域ではある。

また別で、自動運転カーも開発にしのぎを削る。
昔からの自動車メーカーも、google、appleなどのIT系企業も。

じゃあ、ドラえもんのタケコプター的な人間を運ぶドローンが開発されてもいいのになって思っていたのだ。
場所をインプットすれば、勝手に目的地に行ってくれるような。

自動運転でも、自動車よりも事故が少なそうな気もするし。そもそも自動車は人間が運転していることもあるので、予測不可能な動きをするが、空中であれば誰もまだいない。飛ぶのは人間を運ぶドローンだけになれば、全体のコントロールも簡単じゃないのかなとも思う。

まあ、人を運ぶドローンも研究開発されているんだろうけど、あまり話題になってない気もする。なぜだかは知らないが、いつの日かそんな日が来るのかな―と、ちょっと夢想することは実にワクワクする。

もうすこし、俯瞰的な話だと個人的にはハード的にできることってかなり前に実現されていて、できることベースでの大きな変化は少ない。もちろん、テレビは薄くなったし、スマホも生まれたが、できることベースでのハード的変化は少ない気がする。この20年ぐらいはソフト的な変化が大きくて、だからスマホでテレビ電話とか、
次は、人工知能的なもの。いわゆる人工知能でなくても、作ったものが意図通りに動くだけでなく、どんどん学習したりそのプログラム自身で改善していくものが、様々なものにインストールされ活用されると世界ってどうなるのかなと。そこが気になるであります。

お酒を飲むことを止めようかと思うことがたまにある

お酒を止めようかなと思う。ことが、最近ある。

特に何かあったわけではないのだが、この1、2年ぐらい昔より酔いやすくなったり、飲んだ後疲れが残る気がするのだ。あと、すぐに眠くなったりも。定量的なデータはないが、感覚的に。お酒は嫌いではないが、特別好きというわけでもない。だが、友達とかいろいろな人とコミュニケーションするために飲むのは好きだ。飲まなくても率直に話し合える仲間もいるが、酒の席になると面白くなる人もいる。飲むと、お互いが率直に話して分かり合えるのが面白い。

だから家では全く飲まないし、お酒を飲む理由はコミュニケーションの潤滑油という位置づけでいる。暑い夏とか、冷えたビールは美味しいと思うこともあるが、それも1杯目か2杯目だけだ。

もともと自分がよっぽど好きなこと以外は、メリットデメリットで考えたり、効率的か否かで判断する傾向がある。だから、お酒のこだわりもまったくなく、出されたら飲む。そうでなければ、ビール。その後は、プリン体とか少ないし太りにくいという噂のハイボールにしている。

ということで、コミュニケーションの潤滑油であれば、1,2杯だけ飲めば十分だし、それで盛り上がれば後は水とかお茶とかで十分かなと。あとは、飲んだあとの疲れがたまるデメリットを考えるとそれが今のところのベストアンサーな気がする。

まあ、いきなり完全に止めることはないとおもうが、昔はこんなことを考えもしなかった。こういことをパッと思いつくということは、遠くない将来止めるかもしれない。やめないにしても1杯だけ飲んで後は飲まないとかはありそうな気がする。それが2年後か3年後か分からないけれど。まあ、無理して止めることもないし、流れに身を任せよう、