月別アーカイブ: 2015年1月

今、手を抜いたら、手を抜いた未来しかやってこないから

言葉には、その人の考えが現れる。
考えというか、価値観、周囲への感謝、物事の捉え方。
そういった、その人とは何者かというのが滲み出るのが、言葉だと思う。

coyote10周年の動画で山口智子さんが話しているのを見ていたら、彼女の言葉が、すばらしく、実際の行動を伴っている感じがして、尊敬する。

「今、手を抜いたら、手を抜いた未来しかやってこないから」

「旅の面白さは、ずーっと知っていたことを、改めて知ることにあると、噛みしめています」

なんだか、彼女の人生が凝縮されている言葉のように感じた。

そして、昨日イチローがマリーンズ入団会見で語った言葉。

『これからも応援よろしくお願いします』とは僕は絶対に言いません。応援していただけるような選手であるために、自分がやらなければならないことを続けていく、ということをお約束して、それをメッセージとさせていただいてもよろしいでしょうか。

イチローが2013/02/13 イチローの日経新聞インタビューも記憶に残っている。

「今はまだ色紙に一言と言われても書けない。大切にする姿勢や哲学はあるが胸を張って一言残せるほどの自分ではない。偉人の言葉を引用する年配の方がいるがあれはダサいと思う。拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う。しかし結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。その『誰が』に値する生き方をしたい」

送信者 TEAMJAPON

本物の臆病者

いつの日か、本物の臆病者になりたいと思う。

チャレンジする人は、新しいことに飛び込む怖さを知っている。

一方で、口だけで何もしない人は、本当の怖さをしらない。

本物の臆病者はチャレンジする人だけがなれると思う。

そして、臆病者だからこそ、常に最善の道も最悪の道も考えて行動できる。

だからこそ、生き残り続けられる。そういう者でありたい。

ただの臆病者は、なにもせず、ビビるだけで行動をしないものだ。

しかし、本物の臆病者は、チャレンジする。

それは自分が臆病者だと知っているからこそ、その気持ちを跳ね除けたいからだろう。

臆病者だから、チャレンジしたい。

チャレンジするからワクワクする。

チャレンジするからドキドキする。

チャレンジするからゾクゾクする。

人が本当に力を発揮するのは、ピンチで追い込まれたときか、未知なる世界へと新たなことにチャレンジするときぐらい。

どうせなら、常にワクワクする方を選びたい。チャレンジして、力を発揮する人や組織でありたい。

僕らは過去を生きているのでも、未来を生きているのでもない。ならば、この瞬間を最善なものにしたい。

過去も未来も、この瞬間の積み重ねなのだから。

そして、現状にあぐらをかくことなく、したたかに、自由な発想で勝ち残っていきたい。

そう、偉大な冒険家は、常に偉大な臆病者だ。

臆病者だから慎重に準備をして、ピンチな時も冷静に判断して、死なずに生き残れる。

そうでなければ、偉大な冒険を成し遂げたとしても、生きては帰ってこれない。

本物の臆病者は、本当の怖さを知っている。

だからこそ、周りの人にも優しくなれる。

Only the paranoid survive
臆病者だけが生き残る。

送信者 ALASKA 2009

アコンカグアとかPTLとか、周りの友達からすると大きな決断と思われることでも、僕にとってはそんなに大きなことではない。自分の意思次第で何度でも挑戦できることだし、これをやったから他のことができなくなるとか、それ以前にさかのぼって他の可能性を潰すような行為ではないから。

自分の中でたったひとつしか選択できないものを決めることが大きな決断なのだ。自分の中で大きな決意をした今日、書き留めておきたかったこと。

2015/01/29(金)

捉え方次第だし感覚は自分の中での相対性

仕事より辛いことを求めている、トライアスロンやトレランをする理由というユーセン宇野さんの話し。

僕が、トレランやトライアスロンをする理由は、こんな感じ。

一番はトライアスロンやトレランが楽しいから。

自然が美しく好きだから

日々とは違う視点をえられる。新しく多様な友達も含め。

知らないことを知りたい、やってみたい

というのに加えて、僕も宇野さんと同じ理由がある。

苦しさや楽しさ、金銭感覚だって、感覚に基づくものは自分の中での相対性による。

もっと言えば、麻痺していく。良く言えば、経験値が上がる。

死ぬほど辛いと当初思っていたことも、一度経験すると、二回目は辛くない。ハセツネの経験がまさにそう。一方で、もちろんその達成感や喜びも減る。辛さも喜びも感覚だから。

だからこそ麻痺させれば、さらに次を求めるから、どんどんたどりつけなかった新たな世界に行けるようになる。

どんな辛いことでも乗り越えたければ、もっと辛いことをやっておけば、だいたい乗り越えれる。

辛いこともゲームだと思うし、どうせなら辛いことも嬉しいことも究極を味わい、悟りに近い全く想像がつかない世界を知ってみたいと思う。まあ、これは好奇心の塊だからゆえ。

この発想になるのが心の強い人と言われるかもしれないが、誰でもこの対処法はできるから、もっと心を強くすることは自分の努力で可能だと思う。が、今の時代はそう言うと病気だからと批判される時代。強制するわけではなく、こんな対処法があるというのを、提示して気づいてもらえれば、ひとつのきっかけにはなるかなと思う。

http://logmi.jp/35037

たとえ話は、身近なもので

山から降りて温泉に入っていると、小さな子供がお父さんに「温泉卵の匂いがする」と。

あれれ???

温泉卵は温泉で茹でてるから、その名前になったんじゃないのか。これは勝手な俺の解釈ww。しかし、温泉よりも温泉卵の方が子供には身近なのだ。だから、逆だけど、そんな表現になったのだろう。

ダイビングをして、まるで水族館みたい!と表現するのも同じ現象。海がもともとあって、それを真似たのが水族館でしょ!と。

でも、人はより身近なもので、例えたがる。それは、身近なもの、すなわち日常的に接していてよく理解しているものなのだ。身近なものに例えることによって、新しいものを理解しようとする。人間の言語学習の過程と同じだろう。

そう、もしみんなの前で、たとえ話をする時は、聞き手の身近なものを意識して話すことが重要なのだ。当たり前すぎるが、こんな場面から改めてその意味の本質に近づけた気がする。

逆説的な話とか、当たり前のことを日常のふとしたことから、新たな理解をすることが趣味というか習慣になっている俺は、こんなことばかり考えてしまう。

送信者 小笠原

アルツ磐梯へ

もともとは一人でたかつえスキー場に行く予定が、腹ペコ登山隊仲間おかっせさんが東京に来るというので、一緒に夜行列車でたかつえに滑りに行こうという話に。

ところがどっこい、ウェブでの予約が終わっていて、やっぱり自分一人で行くか、当日に窓口で買って一緒に行くかと木曜までは話していた。

さらに、ところがどっこい、腹ペコ登山隊のタクジさんが金曜の朝に滑りに行けることに。

ということで、俺はたかつえをキャンセルし、3人でアルツ磐梯スキー場に。

東北道なので金曜の夜にうちに2人が来て、仮眠からの4時発でアルツ磐梯へゴー。夜中の東北道はガラガラで順調に進む。朝焼けを高速道路で見て、到着したのは8時30分前。

ウェブ会員になって駐車場無料&リフト券500円引き。星野リゾートがホテルとゲレンデを買収しただけあって、セレブっぽい人が多い気がしてくるのが面白い。まずはリフトで上がって、人が滑る前の新雪を楽しむ。でも、足が取られて難しい。

リフトを乗り継いで上のゲレンデには、人が多くなく自分たちのペースで楽しむことができた。猪苗代湖を望むコースがあり、眺めがいい。そして、スキー場で久しぶりの青空。これが気持ち良い。リフトやゴンドラに乗って、午前中でコースはほぼ網羅。

送信者 苗場スキー2012

ランチを食べて、午後からも滑る。昼を過ぎると雪が削られて凍ってゴツゴツ。難しくもあり、練習にもなり。そこそこ傾斜のあるところで、滑りながら動画を撮ってもらって見た。美しくない。何がって足の間が開きすぎている。足が揃っている方が美しいし、コントロールがききやすい。板の頭を下に向けて、頭から曲がるようにする。板の真ん中サイドから曲がると凸凹の雪面に影響を受けやすいのだ。

送信者 苗場スキー2012

急勾配でも滑れるけど、足で踏ん張ってという感じなので、緩い斜面でフォームを意識して練習してみよう。どんな時もボーゲンじゃなくて、エッジを使って止まる練習も。

日が傾き始め、寒くなったし、リフトも終わり始めていたので、今日のスキーはこれにて終了。数を重ねて少しずつ、できるようになる、うまくなると楽しいな。コケたりして練習しているときを越えないと楽しめない世界がある。まあ、やりたいこと、好きなことなんで練習中も満喫できるし、ああ楽しい。

送信者 苗場スキー2012

喜多方ラーメンを食べて帰宅。渋滞もなく帰りもスムーズ。楽しい時間をありがとうございました。

送信者 苗場スキー2012