生き物として抵抗しはじめたんだ

しばらく前のこと、日曜の夕暮れの空を見上げながら、走っていた。

「何で走っているのだろう?」

今、走っている自分に対して、そんなことを思った。
昔は走ることなんてなかった。少なくとも物心ついた時から高校までは運動をしなかった。しいて言えば週に1回だけ幼稚園から小学校までの間通っていたスイミングスクールぐらいだろう。そんな少年だったので、運動神経が良い訳もなく、運動会も嫌いだったし、体力測定も嫌いだった。運動を好き好んですることは100%なかった。昔の友だちが、今の俺のマラソンの話などを聞いたら確実に驚くだろうし、人が変わったのではないかと思うだろう。

そもそも小さい頃の運動は集団競技が多いし、授業時間の関係上短距離や短時間の競技が多い。これが俺には向いていなかったとも言える。個人種目が好きだし、長距離が得意なのだから。ただ、小さい頃スポーツを特にしていない俺が自分で気づくこともなかった。

そんな俺が走りはじめた理由は、大学に入り旅を始めその延長でいろいろな経験をしたことだ。旅先では一人で何でも経験した。時間もあったし、自由もあった、ある程度のお金もあった。これは恵まれていて、感謝するほかないのだが、そんな環境があった。そんな大学の時代に、様々な体を動かす経験をしてその楽しさを知った。それがきっかけで、幅が広がって現在に至るんだと思う。マラソンもすれば、山も走るし、素潜りも、ひたすら歩いたことだってある。他にもスキューバ、スカイダイビング、シーカヤックなども。

ただ、それだけが理由ではないと思う。最近はマラソン大会がなくてもちょこちょこ走っている。これは、生き物として身体の衰えに抵抗しているんじゃないかと思う。無意識ながら抵抗している。その抵抗の仕方が、走るという行為である。そして、身体の能力を保っている気がする。振り返ってみると、体を動かしはじめたのは何もしないでいると身体能力が落ちる、この2、3年だ。生命として強く生き延びるために、必死で抵抗しはじめたのだろう。

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