そして中へ

前回の旅日記はコチラ「すべてはマシュハドへの序章だった」

旅も終わりに近づいている。駆け足であっというまだったがテヘランへ行かねばならない。行きたい場所はいくらでもあったし、もっとゆっくりして街を歩き、人と話したかったが、そうも行かない。旅というのは終わりがあるから旅なんだ。

ただ、この旅を通してはっきりと言える事がある、イランはすばらしい。何と言っても人が優しい。そして、最後にこのマシュハドという地に来れた事に感謝する。

マシュハドの朝は寒かった。夜中の間も暖房は焚かれていたが、やはり底冷えする。朝食を食べに上の階へ上がる。朝食のメニューは目玉焼き、ナン、ジャムそしてチーズ。もちろんいつものようにチャイはついてくる。疲れているのだろうか、甘いジャムがとてもおいしく感じた。寒く乾燥しているためか、ナンが固く感じた。


朝食

テヘランへの足を確保せねばならない。ホームステイ先のヴァリによると、イスラム教の偉い人の命日が近く、人々がマシュハドに集結すると言う。確かに、町中に黒い旗が立ちはじめていたし、昨夜のお祭り?儀式とも関係ありそうだった。バスで町中に行き、チケットを買い求めた。これまでバスばかりだったので、違う交通手段も乗ってみたい。なんでも試したがりやの性格が出る。すると、飛行機か電車となる。飛行機はどこの国で乗っても大差ない。イランの国内線の特徴としては、飛行機代がかなり安いということぐらいのようだ。とすると電車。電車チケットの空席を聞くと翌日の夜行列車ならあるという。それにする事にした。それも、最も高級なクラスにした。その名もグリーントレイン。日本人的感覚からいってもグリーン車を連想し高級そうな響きだ。22万リアル(約22ドル=2,200円)。高いというほどではないが、あまり贅沢をしない自分からすると高級だ。

イランに入国した時にアメリカドルからイランリアルに両替しすぎていた。帰国する時に再両替すれば良いのだが、再両替のレートが限りなく悪いということで、お金を使いきる必要がある。そういった背景もあり、グリーントレインにしたのだ。

その後、絨毯の卸売りを行っているビルに行き、そこのおっちゃんたちと話しをしたり、絨毯の売買の現場を眺めていた。それも飽きたのでチャイを飲み昼ご飯のケバブを食べてから、holy shrine(イマームレザ廟)へと向かった。ここは昨日だけでは足りなさすぎる。もっと見たい。もっとこの空間にいたい。そして中へ入りたい。そう思っていたのだ。


巨大なモスクの中

holy shrine(イマームレザ廟)は途轍もなく大きいため、入り口が何カ所もある。大きな入り口もあれば小さな入り口もある。昨日とは違う小さな入り口から入る。すると、入り口の警備員は、ガイドをつけろと言ってこず、一人で入る事ができた。何ともラッキー。これでゆっくり見て回る事ができる。

何度来てもこの大きさと美しさ、そして人々には圧倒される。このholy shrine(イマームレザ廟)は外の世界とは別世界だ。モスクの中と外をはっきりと別の世界とするためだと思うが、とんでもなく高く厚い壁で囲まれている。中に入ると別世界に来たような印象を持つ。礼拝の時間ではないが、やはり多くの人が礼拝に来ている。目が空ろな人や泣いている人もみかける。宗教に限らないかもしれないが、絶対的に何かを信じるということは、とんでもなく巨大な感情のエネルギーを作り出すんだなと深く思う。


写真の左寄りにあるのが聖なる泉。その水が聖なる水

中を見ながら歩いていると、イラン人に話しかけられる。彼らは聖なる水を飲んで清めていたのだ。その水を飲むように勧められたので、彼らと同じように聖なる水を口に含み、一口飲んだ。それから靴を脱いで核心部分であるモスクの中へ入る。中は人で溢れかえっていた。全ての人がお祈りをしている。壁にすがりながら祈ったり、棺のようなものに寄りかかるように祈ったり。モスクの中はムスリムの嗚咽が幾重にも重なって、独特の空気を漂わせていた。

モスクの中はまぶしかった。大理石の床に黄金の壁や柱、天井には鏡の破片がちりばめられている。このモスクを建物としてとらえても、ものすごい技術と時間とお金をつぎ込んだものだろうと思う。そんな建物と敬虔なムスリムの感情が合わさる事に寄って、マシュハドと言う聖地をさらに確固たる聖地たらしめているのだと思う。そんなことを考えながら、モスクの中を見て回った。


お祈りのために絨毯が敷かれている

マシュハドに来てよかった。イスラム教やムスリムを肌で感じたくてイランに来た。他の街でもイスラム教の聖職者と様々な事を話したり、街の人々が集うモスクでの礼拝を見学した。もちろん人々の生活の中に入り込んでいる習慣ベースでのイスラム教も感じる事はできた。しかし、このマシュハドのモスクに漂っていたムスリムの熱気というものは、他のものとはエネルギー量が異なっていた。それだけ驚くべきものであった。このようにムスリムの感情が極大化するような場と、日常のムスリムと接する事ができたことは非常に意義深かった。

ゆっくりモスクを味わいすぎて、もう暗くなってしまった。ヴァリの家までは歩いてしばらくかかるので、その間もこのモスクで出会ったイスラム教というものや人々の信仰などについて思いを巡らせながら歩いて帰った。夕食は昨日と同様にヴァリと俺と台湾人のデイブ。たらふく食べた後、ビスタが搭載されたパソコンを借りてネットをした。そして、寝る事にした。


夕食はピラフと豆とラムの煮込み

旅日記の続きはコチラ「マシュハドの日常。そしてマシュハドとの別れ。」

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